GBF-L+D/F_ガンダムビルドファイターズ Lost + Diver's / Fantasy 作:杉村 祐介
町は静かに、雨を受け止めるだけの音が鳴るばかり。昨日よりも強くなった雨音は、それでも耳をそっと包み込むような、優しい不定期な音。
「Greaaaatッッ! 彼が能力者として目覚めたようですね!?」
「……リクシー?」
疑問符をつけるまでもなく、その独特なイントネーション、独特な言葉選びは、ジュンの支援をする科学者だった。
雨に濡れる道を歩くジュンに近づく白衣の学者は、ふわりふわりと足元の覚束ない、まるでコロニーのような重力の軽い場所にいるかのように跳ねる。
「このWorrrldはとてもCraaazzyy! 彼の影響力が強すぎて、こちらの資料すら強制的にPull out! 歪にReproductionしているではありませんかッ! 本来ならば純粋たるReal Graaadeなジャスティスが登場すべきシーンで、あろうことかダークジャスティスをCollllingするとはッ!」
「相変わらず、煩い、キライ」
「Oh……そう言わないでくれ、私とて辛く当たられるのは苦しいんだよ?」
リクシーはジュンの髪に触れようと乾いた手を伸ばしたが、彼女はそれを拒否して、黙々と歩き出した。
「リクシーはいっつもそう。ハッキリ言ってよ。今回は遊をヤれ、って言うんでしょ?」
「Nooooッ! 『No.6』、彼はTargetではありませんッ」
白衣をなびかせて、彼女の前に立つ青年。
「彼は『遭難者』であり『来航者』。こちら側の人間でない彼をKillinnngしても、我々の計画にはMerrritがありません! Buuuuttt──」
回りくどい言い方をする、と唇を噛みながら、話の続きを黙って聞く。
「But、彼がこちら側にDrop Dowwwnするのも時間の問題、その時は『No.6』、貴方が自由に遊んであげてください。それまではGuest Userrとして、丁重に? 扱ってくださいね?」
久々に聞いた気がするリクシーの話し方は、やっぱりストレスだ。イライラする。
「なんであたし? そういうのは他のやつに任せればいいじゃん! 遊ってば変なんだよ? 戦いたく無いって言いながら戦ってるし、壊したくないって思いながらDeep/Fを作ったんだって。なんで壊すのが楽しくないのかわかんないし、楽しくないことをやろう、って思うのもわかんないの! 変な奴なの!」
「すっかり仲良くなったんですね、『No.6』は、彼と」
「──っ!?」
思っても居なかったことを突かれて、まるで突き飛ばされたような感覚に半歩、足が後ろへ下がった。見上げれば、それを発していたリクシーの姿はどこにもない。あの煩い声も聞こえず、ただ雨音が鳴るばかりで。
「もう、勝手ばっかり! リクシーはキライだ!」
── ガンダムビルドファイターズ L+D/F ──
〜 迫られた選択 + あなたを理解できないから 〜
「──ここは」
「起きた?」
丘の上にある公園。強くなった雨から逃げるように、植えられた大木の影に荷物を移動させていたジュン。その木陰で、芝生の上に寝かされていた遊は、かかっていた毛布を退ける。
「ジュンお姉ちゃん、僕は……そうだ、ジャスティスと戦って、殺されそうになって──」
頭が痛い。あのとき、無我夢中で握った操縦桿と、バチバチと脳に焼き付いたν-tyupeの表示がフラッシュバックする。そうだ、よく分からない力で僕はあれを。
頭を抑える少年に、ジュンはダンボール箱を差し出した。
「多分、また雨があがったら戦いが始まる。その時までに元気にならなきゃ、ね!」
「ねって、これ全部お菓子?」
子供の遊が抱えるほどのサイズにぎっしり詰まった食料は、ポテチ、キャンディ、ガムやグミ、ケーキなんかの洋菓子もあり、それからジュースが入っていて。昨日二人で持ってきた覚えのない種類と総数に加えて、ダンボールはふやけて破れそうだった。
「たぶん美味しいよ、キャハハッ!」
濡れた髪がやけに艷やかなのと、肌に密着した黒いワンピース。笑顔の彼女に思わず息を止めた。
「そんな、濡れたまんまじゃ風邪ひいちゃうよ」
「大丈夫だよ。そんなことより、さっきの能力!」
「能力って、ブイタイプ……?」
ずい、と距離を詰めてくる彼女。
「違う違う、こうかいて、ニュータイプって読むの。あれは特別なファイターだけが持ってる一人一人違う能力でね。まさか遊も能力者だったなんて!」
キャハハと笑う少女とは裏腹に、遊は目線を地面に向けてしまう。
「たぶん、僕のはそんな大層なものじゃないよ。それに僕はジャスティスを、あんなふうに壊してしまったことが怖いんだ。そんなつもりはなかったのに、怖くて、パニックになって無茶苦茶にして」
「でも、遊は弱いけど、遊の能力は強いじゃん! せっかく強いのに、なんで戦おうとしないの?」
ジュンなりに励ましの言葉を選んだつもりだった。けれど今の遊には、それは逆効果で。
「それでも、もう戦いたくないんだ……怖いんだ!」
「……そっか、なら」
彼女は立ち上がって空を見上げた。雨は止み、町に再び炎が上がる。
◇ ◇ ◇
「ねえ、ジュンお姉ちゃん!?」
「遊は後部座席で座ってるだけでいいからね!」
座席に座っている少年をビニールロープでグルグルに巻いて、操縦桿を握らないように手首も縛る。遊が乗っていなければ能力が使えないけれど、遊は戦いたくないという。なら答えは一つ、彼は乗ってるだけで戦わなければいいのだ。
「こんな、磔にするなんて!」
「さぁ、敵が来るよ……キャハハハッ」
舞い降りてきたのはDeep/Sと、今度は蒼色のユニコーンガンダム。名をプログレスと表示したそれは、本来遊が呼びたかったユニコーンガンダムに影響されたのだろう。
だんだんと見慣れた機体が来るようになったな、とジュンは思った。それでも機体の性能はコピーされたとしても、本来のパイロットが居ないのでは形無しだ。遊び相手としては十分なようで、物足りないような。
「キャハハ! 行くよ、Deep/Fっ!」
こちらに気づいたSとプログレスは両者一斉にファンネルを発動した。ソードファンネルとドラグーンが赤い空を飛ぶ。Deep/Fは、ジュンは目視できないほどに小さいそれを、第六感とも言えるような直感と、これまでの戦闘データを駆使して飛び回り、隙間を縫うように駆け抜ける。
ドラグーンがビームを放てば、それを回避するために急制動、直後急発進、追い打ちを掛けてくるソードファンネルをいなす。矢継ぎ早にビームの雨が振りそそぎ、バレルロールで回避したジュンのロストフリーダムを追い立てる。急転直下、流星のごとく落ちる黒い機体は迫りくるソードファンネル達を誘導し、地面スレスレで飛び上がる。勢いを殺せないファンネル達は地面に突き刺さって動かない。流れていく民家の屋根を下に見てから、回転しながら高度を上げていく。
「キャハッ! そう簡単に捕まらないよーっ!?」
迎撃のために残されたDeep/Sのドラグーンが二機、こちらへと火砲を唸らせれば、その程度のビームならと左手甲で的確に受け止め、やすやすと弾き飛ばす。そのままドラグーンの一つをヴァイブレーションネイルで捉えれば、それを握りつぶさずに背中に迫ったソードファンネルへと投げ飛ばす。鋭利な刃で貫かれた羽は爆発し、剣もその煙にのまれて溶けた。
「さぁ、もっとあそぼうよ! ハジメ・アルファインスっ!」
それが蒼いユニコーンに乗っていないことは感覚的に理解していた。けれどそれを見て叫ばずには居られなかった。彼女は本能的に敵対相手の苦しむ顔を思い浮かべてしまう、それがジュン・ハイドランジアという個性だ。
プログレスはソードファンネルを整列させゲートを作る。『プログレスゲート』と名付けられたそれを右腕のマグナムが貫通すれば、その威力を増幅させて一撃必殺の破壊力を生み出す。今はファンネルが減ったため一重しかゲートを作れなかったが、それでも通常のビームマグナムを悠に超える威力が出るのは、その機体の恐ろしさである。だが
「キャハハハッ!!」
ああ、必殺の一撃を突き崩してやることのなんと楽しいことか。相手の思惑を崩してやることのなんと愉快なことか。ジュンは右腕のビームスマートガンで、ゲートを形取るソードファンネルを的確に射抜く。たちまち隊列を乱されたファンネルたちはその役目を全うできず、直後放たれたプログレスマグナムは、ただのビームマグナムと大差ない程度の一撃になる。そんなものと一蹴するようにロストフリーダムのバラエーナが吼え、マグナムの熱量を掻き消して、ユニコーン本体ごと貫いた。
「今よ遊、能力を!」
「……だめだ、できない。どうやったら出せるのか、わかんないよ!」
座席に縛られた遊は昨夜の感覚を思い返そうと必死になったが、何がどうなってあの力が出たのかさっぱり分からない。分からなければ出しようがない。コントロールできない力など、無いのと同じだ。
「肝心な時にっ」
そのままトドメに向かいたかったが、こちらの状況もさることながら、相手もそう簡単にことを運ばせてはくれない。ロストフリーダムが左腕の剛爪を叩きつけようと迫るのを回避しなければならなかったのだ。
Deep/Sは強引なスラスター性能と光の翼──ヴォワチュールリュミエールによってDeep/Fに迫る。ビームサーベルはサーベルで受け止めることはできても、ヴァイブレーションネイルだけは防げるような防御兵装がない。
もたもたしている内に、ユニコーンが歪に鳴動して。
「再生……うっとおしいなぁ、もう!」
少しDeep/Sと戯れていただけで、先程ダメージを負わせたはずの一角獣は元あった形へと復元される。破壊したソードファンネルも、地面に突き立っていたはずのそれも、出撃前と変わらぬ形へ再生する。
プログレスは再び、その銃をDeep/Fへ向けて。
「何度やっても──っ!?」
「後ろにロストフリーダムが!」
ガシャン! 鉄と鉄がぶつかり合う音と機体の振動がパイロットを刺激する。モニターを注視すれば、Deep/SがDeep/Fの背後に取り付いて、機体を鈍らせていることがやっと理解できた。
「まさか自分を犠牲にして……」
プログレスは、今は仲間であるはずのDeep/Sをお構いなしに、ソードファンネルのゲートを生成して、マグナムを二機のロストフリーダムへと向けて、その引き金を引いた。
翔ける雷光、弾けるスパーク、完全なプログレスゲートの攻撃はサテライトキャノンに匹敵するかのようにも見えた。放たれたが最後、眼前のものを全て焼き尽くさんと轟く光と熱が迫る。ジュンはモビルスーツ一つ分もの重量が嵩んだ状態では満足に逃げられない。
「邪、魔っ!」
苦肉の策、ウイングバインダーに搭載されたバラエーナを、本来は前に展開するはずのそれを背中へと向けて射出する。その勢いを殺すはずのスラスターと、ビームを射出した時の反動を一手に受けたDeep/Fがもう一つのロストフリーダムを引き剥がす。
光の塊が通り抜けていく。完全に波に飲まれたDeep/Sはその姿を消し、Deep/Fは直撃をかろうじて回避したものの、右足の肘から下は焼けただれ、溶け落ちていた。
「ああ……そんな、ロストフリーダムっ!」
遊は声を荒げた。ジュンは黙ったまま、被弾した機体を静かに操作する。いつものような笑い声は出さず、だが口元に浮かべた笑みは隠しきれず。
消えたDeep/Sも暫くすれば復活するだろう。だがあの熱量に溶かされたのだ、完全に復活するまでにはタイムラグが必ずある。だから、単機になったこの一瞬の、大技を出したこの一瞬の隙を逃さず、叩く。
「ジュンお姉ちゃん! まだ戦うの!?」
「当然じゃない、今ちょうど敵を倒す絶好のチャンスなの! 邪魔しないで!」
「そうやってお姉ちゃんは僕を──」
邪魔者扱いして! と叫んだ直後、Deep/Fのコクピット内部が書き換えられる。遊を縛っていたロープはゆるみ、シートは光となって消える。全天周囲モニターだったそれらが砕け散り、薄暗い個室と三枚の立体映像に差し替えられる。気づけば遊とジュンの立ち位置も前後反転して、宙に漂っている球体を掴んだ遊が、叫んだ。
「僕は邪魔じゃない、僕だって、戦える! 僕が敵をぶっ潰す!!」
『ν-type』。Lと名付けられた能力は覚醒し、遊の激情を乗せて機体に巡る。それはまるで朱い粒子のようにDeep/Fを照らし、その性能を引き上げた。
プログレスはゲートに利用していたソードファンネルを巧みに操った。ロストフリーダムはジュンのそれとは違う、荒っぽく直線的なマニューバ。雷が天を割くような軌道で剣を躱すと、瞬く間に敵へと近づいて、それを簡単に蹴り飛ばした。はるか上空から地面へと叩き落された蒼い機体は民家を巻き込んで土に埋もれた。
「……キャハッ、やっぱりそうだったんだ」
後部座席でモニターを眺めるジュンは、笑っていた。
「遊の能力は強い。Lってのは……Lost、喪失するって意味かな。きっとそうだ。あの子はきっと、何かを失っていくごとに強くなっていく。キャハハ!」
画面が動く。地に墜ちたプログレスを追いかけて、Deep/Fが急降下した。その瞳には殺意の涙を浮かべて、伸ばした左腕は全てを破壊する牙の象徴を構えて。
また、雨が降り始めた。蒼い鉄塊は二度と躍動することはなく。それを踏みつける黒い喪失者は、無意識下で溶け落ちた右脚を探していた。もう一つのロストは姿をくらましている。しばらくは追撃されることもないだろう。
「遊!」
ロストフリーダムのコクピット内部、後部座席にいたジュンが大金星を上げた遊に近づいた。
「すごいじゃん、あのプログレスをあっさり倒しちゃうなんて!」
「ジュンお姉ちゃん」
うつむいた顔を上げないまま、震える声で少年が語る。
「お姉ちゃん、やっぱり変だよ。戦って壊すことが楽しいだなんて、僕をこんなふうに追い詰めてでも勝ちたいだなんて」
「……えっ」
「わざとなんでしょ、あのユニコーンの攻撃を回避しなかったのは。ロストフリーダムの脚を落としたのは。ジュンお姉ちゃんくらいガンプラが上手く操縦できるなら、もっと簡単に回避してたはずだもん」
「それは違う──」
違う、と思った。事実あの時はできうること全てを発揮して、被害を最小限に押さえていた。ジュンほどの実力者であれど、取り付かれたモビルスーツを引き剥がしながら完全回避するのは至難の業。あれは誰にも回避できない結果だった。
けれどジュンは脚を失った時、『この状況は使える』と笑ってしまったのを、思い出して。
「キライだ。ジュンお姉ちゃんなんて、大っキライだ!」
「っ……!」
売り言葉に買い言葉。遊が叫んだ明確な否定の言葉に思わず、ジュンも同じように吐き出してしまう。
「遊が、遊が最初から能力を使ってたらこんなことにならなかった! 遊が弱いのが悪いんじゃん! あたしだって遊のことなんてキライ。そんなことを言うなら、好きにすればいい!」
言い終わるが早いか、ジュンはコクピットから飛び出した。日に日に強さを増していた雨はもうバケツをひっくり返したような大雨で。しかし彼女はお構いなしに、黒いワンピースを濡らしながら傘もささずに駆け出した。
どれだけ雨に打たれて身体が濡れても、水たまりを思いっきり踏んづけて靴がぐしゃぐしゃになっても、どうでもいいとさえ思えるほどで。ただこの気持ちを振り払いたくて、目的地もなく、ひた走った。