GBF-L+D/F_ガンダムビルドファイターズ Lost + Diver's / Fantasy 作:杉村 祐介
「力があるのに、戦わないの?」
「諦めたんならそこで泣いてればいいさ」
「楽しいぜ、戦いはよぉ」
「戦う気がないのにそこに立つな」
「でも、でも! 僕はロストフリーダムを取り返したいだけなんだ。もう傷つけたくないし、傷つきたくないんだ。なのに、なのに!」
「けど、遊を必要としている人が居るんじゃないの?」
「ぅ……」
雨は地面に強く打ち付けられ、跳ね返る水しぶきが足元を濡らした。大樹の陰に身を寄せていたものの、湿度の高い空気は一層、悪夢を見た遊の身体を重くさせる。
「……ジュン、お姉ちゃん」
その姿はない。あるのはダンボールいっぱいのお菓子と、右足が壊れたガンプラだけ。
── ガンダムビルドファイターズ L+D/F ──
〜 勝ち取った自由 + ジュン・ハイドランジア 〜
ジュンは濡れた髪を乾かすこともなく、さまよい歩いた末にたどり着いた無人のコンビニで雨宿りをしていた。こうすれば、彼が姿を見せるだろうと思ったから。
「Guestのお相手をお願いしたはずですが?」
「リクシー」
白衣の研究者は思った通り現れた。ふわり、ふわりと月面を歩くような足取りでこちらへ近づく。
「早くシュミレーターを終わらせて。こんなのつまんない!」
「Nooッ! それは出来ません。こちらにもPlaaanとAgreeeementがあるのですよ。このSimulaaatiooonは普段のそれとは違うことは、もう気づいている通り!」
「……チッ」
「ですがどうしても、というなら」
彼女が舌打ちで否定の意を示す。だがリクシーはその気持ちも分かると言わんばかりに、そう言ってくるだろうと分かりきっていたかのように、代替案を提示してみせた。
「BoyをBreakしてしまえばいい」
まさかの提案にジュンは驚きを隠せない。
「なんで。この間はダメって言ったのになんで今さら!?」
「確かに言いました、彼がこちら側にDrop Dowwwnするのも時間の問題と。But、彼はInfluencerrとしてとてもPowerfullッ。このWorrrldの半分を彼がControolするほどに肥大化している。もしかすると『No.6』、貴方も取り込まれてしまうかもしれない」
「……遊に、取り込まれる?」
「あのBoooyは末恐ろしい! 私はもしかしたらPandora Boxに手を掛けているのかもしれないッ! だが、彼はまだImmatureee! 彼が目覚めるより前にDestrutionしてしまえば、あるいはッ!」
そこまで聞いて、ジュンはコンビニから一歩踏み出した。打ち付けられる冷淡な豪雨が、逆に身体が火照っていることを認識させる。
「なんだ、遊のことも壊していいんだ」
◇ ◇ ◇
丘の上の公園、大木の下。戻ってきたずぶ濡れのジュンが目にしたのは、レジャーシートの上で寝ていた遊の姿。寝息を立てて毛布にくるまっている彼の様子は、ジュンには子犬のように見えた。
可愛い。まだ出会って間もないが、接した時間以上に交わしたものが多かったのかもしれない。彼と一緒にいたい。けれど彼は自分を拒否した。ならいっそ、この手で壊してしまえば、あたしが居なければ何もできないようにしてしまえばいい。手足を折って箱に仕舞えばいい。首だけ残して捨ててしまえばいい。彼はLost……自由を失えば失うほどに、強くなるのでしょう?
ジュンは笑わなかった。ただその手を子犬の首に伸ばして、包むように、親指を喉仏に当てて。
「……お姉ちゃん?」
人の気配に気づいた遊が目を覚ました。
ジュンは思わず息を飲む。また拒否されるかもしれないと思ったからだ。いやいっそ、拒否されてしまえば自分も反発して、彼をいたぶることに何らためらいが無くなって楽だったかもしれない。けれど遊は、近づいてきたのがジュンだと分かった少年は、拒否ではなく安堵と自省の表情を浮かべて。
「ジュンお姉ちゃん……僕、ごめん」
「謝らないで」
彼女は自身の手でそれを強く締め付けた。だがそれは首ではない、その上にあった彼の、幼くモチモチしたほっぺたで。ぐいと引き寄せた彼の唇と、彼女のそれが重なる。
強く、強く遊を求めた。獣のように食らいつけば、驚いて拒否しようとする彼の手を掴んで、指と指を絡めて押さえつける。開こうとしない口をそれでも吸い続け、その下唇を甘く噛んでみせた。ほおら、痛みで開いた口に滑り込ませるように舌を這わせて、自分の唾液を押し付けて、相手の唾液を味わう。
小学生の力では彼女を引き剥がすことはできない。上に覆いかぶさったまま、わざと艶めかしい音を立てた次は首筋を走らせ、耳の後ろまでを濡らす。経験したことのない感覚に、少年は心臓が止まってしまいそうだ。
じゅるりと音をたてて鳴いたジュンは、うつろな少年の瞳を見つめて一度呼吸を整えた。
「あたし、遊が欲しくなっちゃった。キャハッ」
首筋に噛みつく。頬を舐めて唇を吸う。右手は彼のそれと重ねて、左手は彼の肌を求めた。しだいに二人を隔てる布が煩わしくなって、彼女はもの寂しげに唇を離すと纏っていた黒いワンピースを脱ぎ捨てた。そして再び、待ちかねたように再び彼を求めた。求めながらに、彼の服を脱がしてゆく。雨露に濡れる肌は赤く火照って高揚した。
重なる皮膚、交わされる体液、少年はされるがままに、けれど嫌な感情ではなく、ただ自分の知識の、理解の及ばない快楽の波に襲われて声も出ない。YesもNoもなく、もはや抵抗する力も声も出ない遊はただされるがままに受け入れる。覆いかぶさっている彼女の匂いが伝わる。乱れる髪の毛が妖艶で、肌に吸いつく彼女の唇、首筋に噛みつかれてビクンと飛び跳ねる自分の身体、暖かく柔らかい胸、混ざりあった唾液の味は、ストロベリーと罪の味。
気づけば雨が止み、大地が再び紅く染まり始めていた。
「……いいとこだったのに」
「お姉、ちゃん」
ジュンと繋がっていた肌が、重なっていた手が離れる。自分の意志でなく引き剥がされたことに少年は不安を覚えながら、毛布を身体に巻きながら立ち上がる少女を見つめた。
その少女は赤い夜空を見上げる。飛翔する複数の機体。バックパックが異質なほど補強されているエールストライクと黒いAGE-1、そして最初の夜から残り続けていたDeep/Sの姿。
「続きは、戦いが終わったら。ね?」
この戦いが終わった後、また雨が降るのだろうか。あれを倒せば、この世界は終わってしまう。そんな予感をうっすらと感じていたが、また雨が降って遊と話せることを願って、ジュンはそう言った。
「おいで、あたしのロストフリーダム!」
直後、少女の前に現れたるは赤い翼の黒い影。『ロストフリーダム Deep/F』は万全な姿で、その右手には今までに無かった大型の槍、ハイパービームジャベリンを携えている。遊の持っているガンプラと瓜二つの、彼女が乗るべき本来のモビルスーツ。
「これが、ジュンお姉ちゃんの──」
「そう、キミのじゃない。あたし専用の、あたしが楽しむためのガンプラ!」
ジュンはDeep/Fが跪き差し出した左手に飛び乗って、遊を置きざりにコクピットへ向かう。独りでいい、独りがいい。あの敵たちはジュンも見たことが無かったが、完全にこちら側の存在だろうことは遊の反応を見ればわかる。きっとリクシーが最初に言っていたように『遊がこちら側にドロップダウン』したのだろう。だったら彼はあたしの自由だ。それはあいつらにも邪魔させない。
敵を倒して、それから遊を自分の物にする。誰にも奪わせやしない。
「キャハハ、今日で終わらせてあげる。お姉さま……!」
だが、まだ役者は揃っていなかった。
『Danger! New fighter field in.』
戦場の全員に告げられたアラート、空から降り立つもう一つのモビルスーツ。異形の左腕、右腕の平行板、三体目のロストフリーダム。破損した右脚はパチ組のフリーダムへと差し替えられた、ジャベリンを持たないDeep/F。
「遊!? どうして、戦いたくないんじゃ無かったの!」
「ジュンお姉ちゃんを一人では行かせない」
服を着てDeep/Fに乗り込む遊の瞳は、まっすぐ前を向いていて。
「ジュンお姉ちゃんの『楽しい』は、僕にはよく分からないけど。ジュンお姉ちゃんは笑ってるのが一番『らしい』から。僕はそれを守りたい。力になりたい。僕もジュンお姉ちゃんが欲しい!」
少年の決意は固く。
「じゃあ、頑張って付いてきてよ? もし置いてけぼりで死んじゃっても……知らないからっ!」
二機のDeep/Fは一斉に飛び上る。向かうDeep/S、ストライク、AGE-1も反応して、全員がバーニアを点灯させた。もはや燃え盛る第九区画も狭く感じられるほど、合計五機のモビルスーツがぶつかりあった。
「キャハハハッ!」
真っ先に仕掛けたのはジュンだ。ビームジャベリンを左手に持ち替えて、右腕のビームスマートガンを乱雑にぶっ放す。しかし適当な攻撃が当たるはずもなく、狙われたDeep/Sは身体一つ分ずらすだけで何事もなかったかのように飛行を続けた。
「お姉ちゃんの下手くそ!」
「はあ!?」
「ビームスマートガンは、こう使うっ!」
遊のDeep/Fが腰部レールガンを射出し、直後にスマートガンを唸らせた。先発されたレールガンをやすやすと回避したAGE-1、その目の前に、曲線を描いて走る紫色の熱線。曲がるビームという特徴のそれがもたらしたのは、熟練者だからこそ「あり得ないこと」と判断した結果だ。
AGE-1に紫のビームがぶつかる。だがそれも簡単には墜ちない。間一髪、胴体への直撃から逃れるために、それは身体をひねらせて、プロトシールドライフルを犠牲にすることで受けきって見せた。
「へぇ、やるじゃん! 負けてられないなぁ、キャハハッ!」
ジュンのロストフリーダムが加速する。流星のようにバーニアの尾を引いて、エールストライクめがけてビームジャベリンを振るった。受け止める武装を持ち合わせないストライクは飛び上がって回避する。すれ違った直後、Deep/Fは翼に仕込んだ二門のバラエーナを後方へ展開、目視することもなく発射する。直後、赤黒いエネルギーが走り抜け、ストライクの背中を穿った。
「うわっ、すごい……」
「これは遊にはできないでしょ、キャハハハ!」
高らかに笑った彼女は空中で機体をロールさせ、シールドを失ったAGE-1へと迫った。だがそれに割り込むようにDeep/Sが進路を塞ぐ。
「どいて!」
ジャベリンを逆手に振り回して、その柄で立ちはだかったロストフリーダムを弾き飛ばす。あっけなく落とされたDeep/Sだが、そのドラグーンは健在。ジュンの周囲を飛び回ったそれらが一斉に火を吹く。AGE-1へと向かうはずだったのを中断し、彼女は回避に専念した。
「うっとおしいハエ!」
「……お姉ちゃん、上手く避けてよ!」
遊がそのマニュピレーターをしっかりと握りしめた。マルチターゲット、ロックオン。画面に表示される複数のマーカーがドラグーンを、そしてジュンのDeep/Fを巻き込むように捉える。そして中央には『ν-type』の文字。
「ハイマット・フルバーストっ!」
かろうじてアラートで気づいた彼女の機体が飛び上がる。直後、そのばに残された幾つかのドラグーンは、遊の一撃に溶けて消えた。
「バカ、殺されるかとおもった!」
「ジュンお姉ちゃんなら躱せると思ってたよ」
当たってしまったときのことを微塵も考えてないような笑顔で言われても困る。だが回避できたからそれはいい。もっと気になったのは
「遊、あのDeep/Sを──」
「やっぱりお姉ちゃん、ロストフリーダムを壊さないように手加減してくれたんだね。ありがとう、でも」
遊は自分が『ν-type』としての能力を出していることを自覚していた。先程のフルバーストで壊したドラグーンは再生しないだろう。この力で傷つけたものは、元には戻らない。それでも
「僕はあのロストフリーダムよりも、ジュンお姉ちゃんの方が大事だから。あれが敵になるのなら、僕はあれを破壊する!」
強い意思はさらなる能力の開花をもたらす。遊に与えられた力の名はLostではない。破壊するだけの力ではない。画面には記された本当の名前は『Liberty』。
遊にはその単語の意味は知らなかったが、ジュンはなぜか直感的にそれを理解した。
「リバティ……自由……」
Freedom、漠然と存在する自由ではない。それは不自由や制約に虐げられていた状況を覆し、勝ち取った先にある自由。天から与えられる平等さではない、己が求めて抗った先にある自由。遊がその能力を手に入れたということは、遊の心がそう在りたいと願ったことに他ならない。
失う力ではない遊の、自由を志した遊の、最後の戦いが始まる。