透先生と愛莉ちゃんの朝の日常風景のお話となっております。
特にシナリオのネタバレは無いと思います。
日常(天色*アイルノーツ 白鹿愛莉)
ここは落ち着いて、一旦状況を整理してみよう。
「うーん……」
昨日は少し遅い時間に帰って来たけど、特に変わった事はなかった……はず。
ここの所、定期テストの準備やら何やらで忙しかったから……休日の今日はしっかり体を休めようと思って、お風呂を借りて、オーウェンさんの夕食を頂いて。
その後は、間違いなくボクの部屋の、ボクのベッドで眠った……はず?
そして今は鐘の音が鳴る少し前といった時間、折角だし今日は、もう少し横になっていようかなんて考えていたっけ……さっきまでは。
「とは言え、この状況で二度寝する度胸はボクにはないからなぁ……」
しかし、惰眠を貪ろうとしていたボクの眠気は、昨日までとは違う部屋の中の違和感によって吹き飛ばされ、すっかり目は覚めてしまった。
そう、つまりは昨日眠りに落ちるまで、こんなモノはなかったはずなんだ。
部屋の真ん中で異様な存在感を放つ、大きな段ボール箱なんてモノは……
「と言っても、目を背ける訳にもいかないし……」
宛名も、宛先も、何だったら心当たりだって何も無いその箱に近づく。
唯一の手掛かりは箱に貼ってある”生物”と書かれたシールただ1枚だけ……って、”生物”? ”ナマモノ”じゃなくて?
「……駄目だ、心当たりが無さ過ぎて、逆に興味が湧いてきてしまった」
それにこれはきっと、考えても答えの出る問題じゃないだろうし。
そう思い切り、勢い半分、諦め半分で箱に手をかけ、ボクの手は箱の封を破っていく。
そこには――
「……」
「……」
開けた箱の中には、愛莉ちゃんがちょこんと座っていた。
何故かネコ耳着用で、ちょっとほっぺたを膨らませて不機嫌そうだけど……間違いなく、愛莉ちゃんが。
「……えっと、おはよう、愛莉ちゃん」
「……」
硬直した頭から、かろうじて挨拶の言葉を絞り出してみたけれど……目の前の愛莉ちゃんからの返事は無く、代わりにじっとこっちを見つめて来る。
いや、愛莉ちゃんの物言わぬ雰囲気とプレッシャーのお陰で、もはや睨まれているに近い感覚を覚える。
(えっと……どうしよう)
寝起きの頭をフル回転させて、この状況に対する回答を必死に探す。
数十秒かけて一つの答えを導き出したボクは、その答えに従い、愛莉ちゃんから視線を外さないまま、一歩ずつ距離を取る。
そのまま、部屋のドアノブに手をかける、そして開ける。
視線はそのままに、体をずらして部屋の外に出て――
バタンッ
そして最後に、ドアを閉めた。
「オニイチャン!? ゲンジツカラメヲソムケテハイケナイノデス!」
「……うーん」
ドアの向こうから聞こえてくる抗議の声を一旦棚上げし、現状確認の為に頭を捻る。
愛莉ちゃんが暴走するのはいつもの事だけど、今回は手間がかかっていそうな上に小道具が多い、何より箱の内側に居た愛莉ちゃんには、自分で箱に封をする術がない。
と言う事は、つまり――
「先生? どうかなさったのですか、ドアの前でじっと立たれているなんて」
「ん? あぁごめん、おはよう、天霧さん」
「おはようございます、先生」
などと考えていた所、不意に背後から聞き慣れた、そして聞きたかった声の持ち主が挨拶と共に現れる。
……よく推理小説なんかで、”犯人は必ず現場に戻って来る”なんて言葉があるけど、アレはあながち間違いではなかったんだな。
と言っても、天霧さんはここの住人である以上、会うのは当たり前だけれど。
「突然だけど、天霧さん」
「はい、何でしょうか」
「愛莉ちゃんから何か相談を受けなかった?」
「相談……ですか?」
「そう、例えばネコ耳を付けて箱の中に潜り込みたい、みたいな」
「左様な内容ではありませんが……別の内容のご相談でしたら」
そう言って、実に楽しそうな笑みを浮かべる天霧さん。
まず間違いないと思っていたけれど、どうやら今回の暴走は愛莉ちゃん一人だけのモノではないらしい。
「なるほど……わかった、ありがとう天霧さん」
確認したかった一言が聞けて満足したボクは、再びドアノブに手をかける。
「ご相談の内容は、お聞きにならないのですか?」
「それをボクが聞いちゃうのは、流石にフェアじゃないかなって」
「畏まりました、では先生、頑張ってください♪」
若干含みのある笑顔の天霧さんに見送られつつ、ボクは再度部屋の中へと戻る事にした。
ドアを潜った先には、先ほどと変わらない眼力でこちらをじっと見つめる愛莉ちゃん。
(とはいえ……さて、どうしよう)
……とりあえず、箱から出て貰わないと話が進みそうにないか。
そう思い立ったボクは、箱の中で座っている愛莉ちゃんを抱き上げる。
すると、終始無反応だった愛莉ちゃんの表情が変わって、
「…ふっ、ついに拾ってしまったのですね、お兄ちゃん」
「ん? 拾う?」
「そうなのです、今のわたしは正に、ひねくれて面倒くさい捨て猫なのです……」
成程、だからネコ耳と言う訳か。
「ちなみにその設定、誰のアドバイス?」
「夕音ちゃんです、ちなみにネコ耳はフランちゃんが貸してくれたのです」
「……じゃあ、この謎の生物シールが貼られた段ボール箱は?」
「それはシャーリィちゃんの発案なのです、最近やったゲーム……? を、参考にしたって言ってました」
「……となると、寝ている間にドアにかけていたハズの鍵を開けたのは」
「当然、真咲ちゃんなのです」
この雰囲気だと、下手したら火宮さんも何か絡んでるんじゃなかろうか。
うーん、友達総動員とは、結構に大がかりな作戦だったみたいだ。
「じゃあ最後に、一番聞きたい質問なんだけど……これ、どういう事?」
諸々の確認が終わった所で、ボクは最大の疑問を愛莉ちゃんに投げかける。
「皆に相談してみたのです……最近忙しいお兄ちゃんの気を引くにはどうしたらいいのかを」
「うんうん」
やはり、と言う言葉がボクの頭をよぎる。
ただでさえ忙しい職業なのに、最近はそれに輪をかけて仕事量が多いものだから、愛莉ちゃんとの時間も中々用意できずにいたし……
「皆から色々アドバイスを貰ったのですが……どれが一番効果的か、考えても答えが出なかったのです」
「うんうん」
「なので、全部一度に試してみたのです」
「うんうん……うん?」
なるほど、こういう所はいつもの愛莉ちゃんだった。
「確かに気を引く事には成功してるけど……インパクトが大き過ぎて、それどころじゃなかったのが正直な感想かな」
「やっぱりですか……わたしも、何だか方向性がズレて来ているような気は、薄々感じていたのです」
「気付いた時点でブレーキを踏むべきだったね」
「それは無理な話なのです、わたしには最初からそんな機能は備わっていないのです」
「うーん、自身満々に言い切られてしまったか」
とは言え、最近はこんなやり取りもご無沙汰だった事は事実だし、愛莉ちゃんに寂しい思いをさせてしまった事も事実。
ここは愛莉ちゃんの彼氏としても、埋め合わせはしなくてはならない。
加えてそれは、ボクも望む所でもある。
「ちなみに……愛莉ちゃんの作戦では気を引いて、この後どうするつもりだったの?」
「? どう、とは?」
「……もしかして、ノープラン?」
「当たり前です、暴走するわたしに、次の事を考える余裕なんてある訳がないのですっ」
どうやら、思った以上に行き当たりばったりだったらしい。
「で、ですから……」
「ん?」
「何も考えていませんので……お、お兄ちゃんの、好きにして下さい、です……」
恥ずかしそうに小声で呟く愛莉ちゃんの言葉は、ボクの頭の温度を急激に上昇させていく。
薄暗い部屋の中でもはっきりとわかる位に、その可愛らしい顔は真っ赤に染まっていた。
そして、それはきっとボクも同じだろう。
「……本当に、好きにしていいんだね?」
「は、はい……」
「じゃあ……愛莉ちゃん、目を閉じて」
「お、お手柔らかに、なのです……」
そう言って、愛莉ちゃんが目を閉じると、ボクの顔が自然と愛莉ちゃんの顔に近付いていく。
そしてそのまま、唇が触れ合うまであと数センチの距離へ――
カラーン カラーン
ライゼルグに朝を告げる大きな鐘の音が、街中に鳴り響く。
驚いたボクたちは目を見開き、お互いを見つめ合って。
「……ふふっ」
「……あはは」
そして、どちらからでもなく笑い始める。
随分とタイミングの悪い鐘の音だけど、何と言うか、こういうのもボク達らしいと言えなくもないのかもしれない。
「愛莉ちゃん、今日は何か予定はある?」
「いいえ、今日は何もないのです、それに暇じゃなければこんな事、出来るハズがないのです」
「それは一理あるかもね……と、それじゃあ」
「はい?」
抱き抱えていた愛莉ちゃんをベッドの上に下ろしながら、ボクはこう告げる。
「今日、デートしようか」
「えっ、こ、この格好のままでですか!?」
「いや、そうは言ってないけどね?」
「お兄ちゃんは、ネコ耳にはあまり欲情できないですか……」
「朝から言葉がストレートだね……欲情はともかく、可愛いと思うよ、よく似合ってる」
「そ、それはどうもなのです……」
照れる愛莉ちゃんの横目に、ボクは急遽決まったデートのプランを考え始める。
……が、落ち着きを取り戻したボクが不意に感じた空腹感が、今のボク達の状況を思い出させてくれた。
よく考えてみれば、まだ顔を洗ってすらいなかったっけ。
「今日の予定も決まった事だし、朝ご飯を食べに行こうか」
「そうですね、わたしも早起きして箱の中に閉じこもっていたので、お腹がペコペコなのです」
「言葉にするとますます意味が分からない状況だね……」
二人で苦笑いしながら、ボクは部屋のドアに手をかけて……
そこでふと、違和感を覚えて固まってしまう。
「愛莉ちゃん」
「? はい、なんです?」
「今日のアレって、具体的には誰に手伝ってもらったのかな?」
「アレですか? 夕音ちゃんに真咲ちゃん、シャーリィちゃんにフランちゃんですが」
「ウォリックさん達も来てたのか……あれ、火宮さんは?」
「『面白そうだけど早起きは無理』と言っていたのです……」
「あぁ……なるほど、つまりだいたい勢揃いと言う訳か」
ドアの外、複数の足音が離れていく気配を感じながら、ボクは観念してそんな事を呟く。
どうやら、朝食は穏やかに済みそうにないな、これは……
「どうかしたのです? お兄ちゃん」
「……いや、何でもないよ」
そう言って、ボクはドアを開ける。
開いた扉の先にあるのはきっと騒がしくて、だけど優しい、そんな日常。
「行こうか、愛莉ちゃん」
「はいなのです!」
そうして、ボク達は二人並んで歩き出す。
鐘の音の余韻が響くこの島で、今日もドタバタな日常が始まった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
天色は未プレイな方も結構見かけるのですが、独特な優しい雰囲気が凄く好きです。
個人的にはプレイして損は無い作品だと思いますので、余裕があれば是非。
ただし聖地巡礼が大変なんですよね…ドイツは流石に遠い…
箱の下りはまぁ、パロディと言うかオマージュと言うか、そんな感じと言う事でここは一つ。