透とシャーリィ達が日本の夏の風物詩を楽しむお話になります。
特に本編のネタバレは無いはずです。
空に浮かぶ不思議な島、ライゼルグ。
一年を通して穏やかな気候に恵まれ、日本のはるか上空にあるにも関わらずその四季は日本とは大きく異なっている事でも有名だ。
夏は暑過ぎず、冬は寒過ぎない過ごし易さもこの島の人気の一つ、そんな訳で今日も天気は快晴、窓からは穏やかな日差しが……
「暑い……暑い……暑いぃ~!」
「うん、全然穏やかじゃないね」
窓からは中々に厳しい日差しが差し込み、ボクの額にも一筋の汗が流れる。
モデルの役目は勿論、動かずにじっとしている事……だけど、この状況ではそうも言っていられない。
「……(コクッ)」
キャンパスに向かうシャーリィに目配せしてみると、どうやら彼女も同じ気持ちだったらしい、力なく頷いたのを確認してから、ボクはハンカチで額の汗を拭う。
シャーリィの方も筆を置いてパタパタと手を仰ぎ、弱々しい風を熱くなった体に送り込んでいる。だけどそんなささやかな抵抗も、どうやら大した効果は発揮できていない様子だった。
「少し休憩しようか?」
「いえ……今日はもうここまでで、これ以上はいくらやっても集中できそうにないですから……」
そう言って、シャーリィは恨めしそうに窓の外を見上げている。
釣られてボクも視線を合わせ、二人でその元凶を見上げてみるも……ボク達の抗議の視線はどこ吹く風と言わんばかりに、太陽は今日も燦々と輝き続けている。
それもここ数日の間ずっとだ、おかげで気候の穏やかなライゼルグでは珍しく、最近は夏を感じさせる様な暑い日が続いていた。
「透は平気なの? この暑さ」
「まぁ……確かに暑いけど、日本の夏よりはマシだからね」
実際、日本の猛暑に比べればそこまで辛いと言う訳ではない。しかしシャーリィの方は慣れない暑さにすっかり参ってしまっている。
とは言え生粋のライゼルグ育ちである彼女と、日本生まれのボクとでは暑さに対する慣れ方が違うのは詮無い事だろう。
「そうなんだ? これ以上暑いなんて……私、日本の夏は好きになれそうにないかも」
「確かに夏の暑さはこの島よりも大変だけど……悪い事ばかりでもないよ、夏ならではの楽しみって言う物もあったしね」
「それって……例えば海水浴? とか、夏祭り、とか?」
「あれ、知ってるの?」
「実際に体験した事は無いけど……ほら、そう言うのって漫画とかでもお約束と言うか、よく見るシチュエーションだから」
「成程、そう言う事か」
確かにその手のイベントは、物語の中でも定番中の定番と言える出来事。
日本に降りた事の無いシャーリィでも知っているのも合点が行く。
「逆に、ライゼルグにはそう言う物はないの? いわゆる季節の風物詩、みたいな物は」
「うーん……これっ! って言うのはあんまり……元々ライゼルグって、四季の移り変わりが穏やかなので」
「あー……そうだね、それもそうだ」
浮島で、国土もそこまで広い訳でもなく、気候も穏やかで安定していて。
逆にそうなると、季節ごとのイベントみたいな概念が薄くなるのも自然の成り行きなのかもしれない。
「ねぇ透、その風物詩って他にはどんな物があるの?」
シャーリィの好奇心が、ボクの話に喰いついてくる。
はしゃぐ子供の様なきらきらした眼差し、その期待に応える為、ボクはライゼルグには無さそうな日本の夏ならではのイベントを頭の中で並べてみる。
「他には……そうだね、浴衣とか花火なんかも……あっ」
そうしてふっと思い立つ。そうか、これならこの島でもできるかもしれない。
どうせ嘆いた所で暑さが収まる訳ではなし、だったら夏を思いっきり、目一杯楽しんでしまえばいいんだ。
そう思い立ったボクはスマホを取り出しながら、おもむろにシャーリィに問いかけた。
「よかったら、シャーリィも実際に体験してみない? 日本の夏の風物詩を」
「えっ? そりゃ……興味はあるけれど、一体どうやって?」
「それはね……ちょっと待ってて」
そうしてボクのスマホに登録された数少ない番号の中から、シャーリィの次に見覚えのある番号にコールを掛ける。
ほどなくしてスピーカーの向こうから聞こえた気怠そうな声に対して、開口一番。
「頼みがあるんだ」
『……面倒事じゃなければ、聞いてやらんことも無いさね』
そうして数日後。
相変わらず続く猛暑もちょっとだけ陰りを見せる夜、ほんの少しだけ秋の訪れを感じさせてくれる風に髪を揺らしながら、ボク達は並んで一つの光を見つめていた。
「綺麗……」
目の前でパチパチと弾ける線香花火の輝きを、吸い込まれる様に見つめながら。
淡いピンクの浴衣に身を包んだシャーリィの、ため息の様に小さい呟き。
「どう? 日本の夏の文化を体験してみて」
「うん……話に聞いた事はあったけど、こんなに綺麗だなんて思わなかった……」
三刀屋に頼んだ面倒事、それは一言で言ってしまえば『夏の風物詩』をライゼルグまで運んでもらうと言うもの。
……平たく言えば花火を持って来て欲しい、と言うお願いだったんだけど……
「わふー! キレイだねー、これ♪」
「真咲ちゃん!? 振り回したら危ないのです!」
「あらあら……」
手持ち花火を二刀流で振り回すガイヤールさん、それを慌てて制止する愛莉ちゃん、少し離れた所から楽しそうに見つめる天霧さん。
各々可愛らしい浴衣に身を包み、あっちもあっちで夏の夜を楽しんでいるご様子だ。
……女の子同士なのだから、もう少し落ち着きある楽しみ方をして欲しい気もするけれど……
「気にしない……ああいうのもそれはそれで夏の風情、と木乃香は先生の心を読んでみる」
「……心を読まれたのは一旦置いておくとして、火乃宮さんは一緒にやらないのかい?」
「のーぷろぶれむ、木乃香は木乃香でしっかりと満喫している」
そう言って喧騒を遠巻きに眺めながら、くぴくぴとラムネの瓶を傾ける火乃宮さん。
食い気の方が若干勝りつつも、この子もちゃっかりと浴衣の裾を風になびかせながら。
(無理を頼んだ以上、三刀屋には多少の礼はするつもりではいたけれど……)
自分含めて7人分の浴衣、加えてその他諸々にかかった諸経費は中々に大きな出費と言わざるを得ない。
……と言っても、目の前でこうしてはしゃいでいる彼女達の姿は、それだけの価値があったと十分に思わせてくれる光景だった。
「クスス……」
「……本当は、二人っきりで楽しむつもりだったんだけどね」
「いいじゃないですか、こういう事は皆一緒の方が楽しいですから」
そして何より、恋人のこんな笑顔が見られたんだから。
心の中で三刀屋に再度の礼を言ってから、ボクはシャーリィの隣でしゃがみ込んで、二人で同じきらめきを眺め続ける。
「……」
そして、二人だけの世界を静寂が包み込む。
暗闇の中に感じるのは淡く優しい光と、火花の跳ねる音、隣に座る恋人の温もりと息遣いだけ。
決して重苦しい訳ではなく、むしろ暖かさと充足感が全身を満たしていく瞬間。
ふと、シャーリィの方に視線を向ける。
人生で初めて着ると言っていた浴衣を、彼女は文句無しに着こなしていた。ライゼルグには無い文化に身を包んだその姿や、衣装に合わせて上げられた長髪、そこから覗くうなじには、普段のシャーリィとはまた違った魅力に溢れている。
いつの間にかボクの視線は、花火よりもそちらの方に吸い込まれてしまっていた。自分の口から思わず零れたため息に、自分自身でも気付かない位に真剣に。
(あぁ……なるほど、こういう事なんだな、きっと)
勝手に体験し、勝手に納得したボクは、静寂を振り払って彼女にこう告げる。
「シャーリィ」
「?」
「好きだよ」
光に照らされたシャーリィの肌に、朱の色味が増す。
「ど……どうしたの? 突然そんな……」
「うーん……強いて言えばこれも”お約束のシチュエーション”って奴かな」
「? ……それって、どういう事?」
「例えるなら、夏祭りの会場でクラスの女子を見つけた時、その浴衣姿から何故か目が離せなくなった、みたいな……」
女の子の、普段とは違う姿によるギャップと雰囲気にやられてしまう。
夏休みの恋の物語には定番のシチュエーションだけど……まさかこの歳になってから、それを自分が経験する事になるとは。
そう思うとボクの学生生活は、一体どれだけ灰色だったのだろうか……
でも今は、その事に少しだけ感謝している。
そのおかげで、この胸の高鳴りを最愛の人と共に経験できているのだから。
「まぁ、つまり……キミに見惚れちゃったと言う事だね」
「だねっ、て……きゅ、急にそんな事言われても、恥ずかしいじゃないですか……」
恋人直前の学生男女が繰り出す様な甘酸っぱいやり取りを自分達がしている事に気付いて、えも言えぬむず痒い感情が背中を走る。
だけどその感覚を上回る嬉しさに全身が支配されているのは、結局の所ボク自身もそれを楽しんでいる証。
まぁ、詰まる所……改めて言葉にすると恥ずかしいけれど。
「ボクがそれだけ、シャーリィに夢中って事かな」
「~~~っっ!」
暗がりの中でもはっきりとわかる位に、シャーリィの顔が真っ赤に染まる。だけど反論の言葉は飛んで来ず、彼女はむしろ俯いたまま静かになってしまった。
そうして、さっきとは少しだけ居心地が変わった静寂が再びボクらを包む。だけどそれは長くは続かなかった。
まるで時間切れをボクらに教えるみたいに、最後に一瞬だけ輝きを増した線香花火はその役目を全うする。さっきまで輝いていた光は幻みたいに溶け、夜の闇が一瞬で世界を支配した。
「新しいのを取って来るよ」
今度はボクとシャーリィの分を、そう言って立ち上がろうとした時だった。
ボクの動作よりも一瞬だけ早く伝わる、袖口を引っ張る力。
いつも間にかボクの頭の後ろに回されていた、柔らかい手の温もり。
その一瞬だけ後に訪れた、唇と唇が触れ合う感覚。
「……え、っと、シャーリィ?」
まだ二人で一緒の時間を過ごす様になってそれほど長い訳ではないけれど、それでも数えきれない程のキスを二人で重ねてきた。
だけどいくら暗闇の中とは言え、こうして周りに誰かがいる時になんて事は……
「クスッ……ほら、夏と言えばこれも”お約束のシチュエーション”、ですよね?」
「えっ?」
困惑するボクの前で、悪戯っぽく笑うシャーリィ。
少し上気した頬を誤魔化す事もせず、唇を指先で隠す仕草は女の子らしさと可愛らしさに溢れていて。
「女の子の方から……ちょっとだけ勇気を出して、大胆になる事♪」
言うや否や、シャーリィは新しい花火を取りに駆け出していく。
その姿をふわふわした視線で見送ってから、熱暴走した頭を冷やす為に夜空を見上げて、誰にも聞こえない様に小声で呟く。
「……ズルいなぁ、ほんと」
「えぇ……本当に、シャーリィさんのあの魅力は、同性のワタクシからみても羨ましい限りですわ」
年相応の可愛らしい女の子の愛らしさと、落ち着いた大人の女性としての魅力のギャップと合わせ技。
それに振り回される幸せを噛みしめながら、思わず零れた本音に顔が綻んでしまう。
「お約束に忠実な流れと素晴らしい破壊力……次の新刊のシチュエーションは、今の一連の流れで決まりですわね♪」
「見てみたい気もするけど、それは恥ずかしいかな……ところで」
しかし、いつまでも幸せに浮かれている訳には行かない。
目を背けたい現実にも、ボクは大人としてしっかりと向き合わなければならないのだ。
「パラミディさん」
「はい、何でしょう?」
「何時から見てたんだい?」
「何時からも何も……強いて言うならば最初から? でしょうか」
そうだよね、さっきから姿が見えなかったけど、当然パラミディさんもいるよね。
だって彼女が今着ている浴衣も、ボクが三刀屋から買った物なんだから。
(……いや違うか、姿が見えなかったんじゃなくて……)
単純な話だ、別に彼女が気配を消していた訳でも、まして何処かに隠れていた訳でもない。
ボク自身がシャーリィの事しか見えていなかった、ただそれだけだ。
「安心して下さい先生、こういう事はその後、気付いた友達にからかわれるまでがセットで”お約束”ですので」
「……どうやら、そうらしいね」
駆け出した向こうで、4人にしっかりと囲まれ、顔を真っ赤にしているシャーリィ。
そんな彼女の助けを求める視線を受け取って、諸々の現実と諦めを受け入れたボクはゆっくりと歩き出す……でも、その前に。
「あぁそうだ、パラミディさん」
「なんでしょうか、先生?」
「秋っぽいシチュエーションって言われたら、例えばどんな物を思いつくかな?」
「……ふふっ、そうですわね、でしたらやはり外せないのは――」
そんな事をパラミディさんと話しながら歩き出すと、涼しさを感じさせてくれる夜風がボク達の髪と、浴衣の袖を揺らす。
まるで夏を運び去り、季節の移り変わりをボク達に告げる様な、冷たくて心地良い風。
「……そうしたらまた、三刀屋に何か頼んでみようかな」
呟いたボクの言葉はそんな風に乗って、誰に聞こえるでもなく夜空に消えていく。
秋の訪れは、もしかしたらボクが思うよりもずっと近くに来ているのかもしれない。
ただそれだけの事が今は、無性に楽しみで仕方なかった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
ライゼルグの高さって本編で(確か)具体的な表記は無かったと思いますが、打ち上げ花火は横から見るのか、それとも大展望台から見下ろしたりするんでしょうか。
下から見るか横から見るか、なんてお話がありましたが、上から見下ろす花火ってどんな感じなんでしょうね…
あと天色の面々は皆個性が強くて自由に動き回ってくれるので、書いてて楽しかったりします。いつか天色の全キャラ集合のギャグ寄りのお話とかも書いてみたいです。
また、前回の短編から約5か月も期間が開いてしまって申し訳ありませんでした。
相変わらず残業続きで中々時間が取れてないのですが、また少しずつ再開して行こうと思います。良かったら引き続き、よろしくお願いします。