※この作品はR-18です。

ゆずソフト短編   作:つまさき立ち

27 / 33
RIDDLE JOKERより、七海ちゃんと千咲ちゃんの短編です。
バレンタインに向けて頑張った二人のお話となります。
特にシナリオのネタバレはありませんが、失恋要素が含まれますので、苦手な方はご注意下さい。


最近更新したもの
きっと明日は晴れるから(RIDDLE JOKER 在原七海 壬生千咲)


 誰も居ない廊下をゆっくりと、忍び足で進み続ける。

 任務でもないのに、こうして学院内でこそこそしている事を改めて思い直すと、思わず自嘲の笑みが零れてしまう。

 後ろめたさ? あるいは……罪悪感?

 そうして自分自身の感情に名前を付ける事なく再び目を逸らしながら、わたしは階段を降りて、無人のロビーを通り抜ける。

 

「――――」

 

 そうして歩いていればやがて、どれだけゆっくりとした進みでも目的地に辿り着いてしまう。

 夕食の時間はとうに過ぎていて、誰もいない筈の食堂の中。明りの灯った厨房を見た瞬間。わたしの予想は的中してしまったんだと言う事を思い知らされてしまう。

 つま先が回れ右をしようとして、それを目一杯の我慢で抑え込む。それを何度か繰り返してから、意を決して中に踏み込むと……予想通りの人影が、厨房に立っていた。

 

「……あっ、七海ちゃん!」

 

 今だけはあまり会いたくなかった親友は、真剣な表情で最後の仕上げに取り掛かっている真っ最中だった。

 だけどわたしの気配を感じ取ると、作業の手を止めてわたしを迎えてくれる。

 

「七海ちゃん、やっぱり来たんだ」

「う……うん」

 

 顔に付いたチョコレートを手首で拭いながら。いつもと同じような眩しい笑顔。

 それが今は、わたしの心に絡み付いて離れない。

 その綺麗で真っ直ぐな瞳が、わたしの全てを見透かしていそうで……今だけは少し、怖い。

 

「七海ちゃんは、お兄さんの分?」

「うん……何だかんだ言っても、暁君には毎年渡してるから」

「そっか……そうだよね」

 

 持ってきた材料を取り出しながら答えると、千咲ちゃんは再び目の前のチョコに真剣な視線を注ぎ込み始める。

 きっとクラスの友達に配る用だと思うチョコとは全く別。手間と時間、何より一番の気持ちがそのチョコに込められている事は、出来栄えを見れば誰にだってわかる事だった。

 そして、そのチョコを誰に渡すつもりなのかも。

 

「千咲ちゃんの、それは……」

「うん、先輩に渡そうと思って」

 

 わたしの口から零れた無難で、卑怯で、答えを知っている質問に、千咲ちゃんは静かに答える。

 普段と変わらない声。

 だからこそ、そこに少し違和感を覚えてしまう。

 

「そっ、か……」

 

 言葉が途切れる。

 親友として、背中を押す応援の言葉をかけるべきなのか、それとももっと別の言葉を投げかけるべきなのか。

 何度悩んでも、正しいと思える答えは浮かんでこない。

 

 ただ……たった一つだけわかっているのは、この想いはきっと伝わらないだろうという事。

 なぜなら暁君にはもう、先輩と言う恋人が居るのだから。

 

「……千咲ちゃんは」

「えっ?」

「どうして、暁君に渡そうと思ったの?」

 

 ぐるぐると巡った感情と共にわたしの喉から飛び出した言葉は結局、すごく単純な、それでいて最大級の爆弾だった。

 肝心の核心には触れないように言葉を選んでも、それ以外の意味はわたし達の間にあるわけもない。

 それをわかってて……だけど、千咲ちゃんはいつもと同じ笑顔で答える。

 心のカサブタを、わたしに抉られてるみたいなものなのに。

 

「……ねぇ、七海ちゃん」

 

 視線をチョコから動かさず、声だけが返ってくる。

 

「私って……弱いよね」

 

 答えることができない。

 ううん……わたしには、答える資格が無い。

 

「先輩の事を想うと我慢ができなくって……もっと私を見て欲しいって思っちゃって……ホントは、結果なんて分かりきってる事なのに」

「……千咲ちゃん」

「それでも、どうしても気持ちを抑え込めなくて……先輩の迷惑になるって、心の中ではわかってるのに」

「……」

「あはは……駄目だね、私ったら」

「そんな事ないっ」

 

 力なく笑う親友に向けて、思わず言葉が飛び出てしまう。

 

「……そんな事ないよ、千咲ちゃんは……強いよ」

「……そっか。ありがとう、七海ちゃん」

 

 それは、嘘偽りの無い本心だった。

 家族と言う繋がりから手を離す勇気の無いわたしにとって、それでも前に進もうとする親友の姿は、きらきらする程に眩しくて。

 正直、羨ましいとすら思ってしまう。そう思ってしまう自分に自己嫌悪してしまう位。 

 

「……七海ちゃんは」

 

 そんな事を考えていたわたしの前に、親友の真剣な声が立ち塞がった。

 

「七海ちゃんは、どうするの?」

 

 突き付けられたのは、単純で、そして決定的な問い。

 

「だ……だからわたしは、暁君に……」

「ううん……そうじゃなくって」

 

 何が言いたいのか、そんな事はお互い分かりきっている。

 だけど、階段を一段ずつ上がる様にゆっくり、ゆっくりと。 

 

「渡すのは……お兄さんに? それとも……在原 暁さんに?」

「っ……」

 

 千咲ちゃんの真っ直ぐな瞳。

 決して責めてる訳じゃなくて、むしろわたしの事を心配してくれている。だからこそ、わたしはその嘘の無い瞳が眩し過ぎて、思わず目を逸らしてしまう。

 だって、わたしはずっと答えを出さずに、立ち止まり続ける事を選んでいるのだから。

 

「……七海ちゃんは、強いね」

 

 小さく呟いた言葉が、わたしの胸を貫く。

 そんなんじゃない、わたしは……わたしは……

 

「そんな……事、無いよ……」

 

 掠れた小さな声は、ギリギリの所で音と言う形になってくれた位の代物で。

 だけどそんなわたしの心の悲鳴を、千咲ちゃんは静かに、優しく受け止めてくれた。

 

「……ごめんね、変な事聞いちゃって」

 

 そんなわたしを察した千咲ちゃんは、そこで話を切り上げ、いつの間にか完成していたチョコに綺麗なラッピングを済ませ、大切に鞄に忍ばせる。

 

「私、先に行くね?」

「……うん」

「おやすみ、七海ちゃん」

「……千咲ちゃんっ!」

 

 自分が出した大声なのに、自分自身が驚いてしまっていた。

 何か言わなくちゃいけない、そんな気持ちだけが逸ってしまうのに、頭の中は空っぽで、逆さに降っても何も出てきそうにない。

 

「その…………あ、明日……」

 

 わからない、わからない。

 だけど、このままじゃいけない。

 

「……が、頑張って、ね」

 

 だけど、結局わたしが精一杯に絞り出せたのは、そんな当たり障りのない言葉だけだった。

 

「……ありがとう、七海ちゃんっ」

 

 太陽みたいに眩しい笑顔でそう言って、千咲ちゃんは部屋へと戻っていった。

 

 親友は自分のその足で、前に進む事を選んだ。

 わたしは、そのままそこに立ち尽くし続けていた。

 

 残されたわたしの元にあるのは、行き先を失って膨れ上がった恋心と、一人分のチョコの材料だけ。

 

「……」

 

 今は2月13日の夜。

 決断しなきゃいけない瞬間は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 放課後になって少し経った頃、わたしは千咲ちゃんの姿を探した。

 お互い察しは付いていても、わたしは怖くて深くは踏み込めなかった。だから時間も、場所も千咲ちゃんからは聞いていない。

 だから何となく。本当に何となくだけど、わたしは夕焼けが綺麗に見える所を探した。きっとそこに千咲ちゃんが居る気がしたから。

 

「……千咲、ちゃん」

 

 天気予報によると今日は一日中、雲一つ無い快晴みたい。

 オレンジ色の日差しが眩しく輝く場所をいくつか見て回ると、すぐに千咲ちゃんの姿を見付ける事が出来た。

 夕日の中でぴくりとも動かない影が、嫌でも目に焼き付く。

 

「……あのね、七海ちゃん」

 

 わたしが声をかけるよりも早く、千咲ちゃんの口が動いた。

 夕日の方を向いたまま、背中越しのわたしに向けてゆっくり、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「私……ちゃんと言えたんだ、最後まで」

「……うん」

「先輩が好きって言ってくれた笑顔のままでね、言えたんだ」

「……うん」

「……ねぇ、七海ちゃん」

「……うん」

「私……まだ、ちゃんと笑えてるかな?」

 

 振り向いた千咲ちゃんの表情を見る前に、わたしはその体を目一杯抱き締めた。

 明るくて、行動力があって、誰とでも仲良くなれて、わたしとは正反対の親友の。弱々しく震えるその肩を。

 

「笑ってるよ、いつも通りの素敵な笑顔。だから大丈夫だよ」

「でも……でも、ね。夕日が。滲んじゃって……だから、きっ、と……」

「ううん……ただ少し、眩しいだけだよ」

 

 黄昏が覆う世界の中、夕日はまるで包み込んでくれるみたいに優しく、暖かくわたし達を照らしてくれていた。

 だけど、そんな太陽にどれだけ手を伸ばしても、わたしたちはそれを掴む事はできない。

 そんなわかりきった事が、今は凄く残酷な事に思えた。

 

「それに……ね。今日の天気は、晴れ時々雨なんだって」

「……七海、ちゃん?」

 

 そう言いながら、わたしは鞄の中から小さな箱を取り出して、蓋を開く。

 中に入っているのは……千咲ちゃんと別れたあの後、普段より時間と、手間と、ありったけの気持ちを込めて作って。

 だけど、結局渡さなかったチョコレート。

 

 ハート型のそれを両手で持って、ゆっくりと力を込める。

 パキッと音を立てて、チョコは真ん中から綺麗に二つに分かれた。

 その瞬間、わたしの心の中にあった大切な物が弾けて、終わった。

 

 これでいい。

 わたしは、千咲ちゃんみたいに強くはなれないから。

 ズルくて、弱虫で、卑怯で。

 だけど……だけど、こうして、決着は付けたから。

 

「……降って来ちゃったね」

「うん……」

 

 雨は静かに、だけど止めどなく流れ続ける。

 二人分の想いが流れて枯れるまで、ずっと流れ続ける。

 

 だけど、きっと。

 今日沢山雨が降ったら、明日は目一杯に晴れるよね。

 

 だから……今だけ、もう少しだけ。

 この夕日が沈むまでの間だけは……この暖かい光が消えてしまうまでの間だけは。

 

「大好きだったあの温もりを……思い出しても、いいよね……」

 

 滲んでぼやけた夕日は、何も答えてはくれない。

 だけど、その光はいつまでも優しくて、暖かかった。




ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
練習にと思って暗めの題材で書いてみたのですが、正直心苦し過ぎて書いてて凄く辛かったのでもうあんまり書きたくない…
それでも何とか、失恋の傷だけでなくてそれを糧に前を向いて次に進める様な雰囲気を出したかったのですが…難しいです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。