月が綺麗なある夜のお話になります。
シナリオの重大なネタバレがあるので、ルートクリア後に読んで頂ければと思います。
満月の魔法(千恋*万花 ムラサメ)
「これで良いのか? ご主人」
「そうそう、後はそこに宛先を入れて……最後に、送信って所を叩けば……」
ムラサメちゃんが、俺と同じ学院に通い初めて数か月。
最初は慣れない部分に困惑する事もあったムラサメちゃんも、今では学院生活を目一杯楽しんでくれている。
そして今は、その日常をもっと楽しんでもらう為の勉強中だった。
「ほら、届いたでしょ?」
そう言って、俺はたった今メールが届いた自分のスマホをムラサメちゃんに見せる。
画面には、メールの受信を告げるポップアップ表示と、差出人である『ムラサメちゃん』の文字。
「おぉー……芳乃や茉子が使っている所は何度か見ておったが……何とも不思議なものじゃのう、ご主人」
「まぁ、戦国時代にスマホなんて無かったからなぁ……」
”今のご時世、クラスメイトとの交流にだって必需品だろうからね”
安晴さんがそう言って、ムラサメちゃんにスマホをプレゼントしたのが先週の事。
それから毎晩、ムラサメちゃんに使い方を教えるのが最近の日課になっていた。
「しかし、何度見ても不思議なものじゃな……目の前におるご主人はともかく、遠くの芳乃や茉子にも届くのであろう?」
「そりゃ勿論」
「相手がどれだけ離れておっても良いのか?」
「距離は関係無いよ、まぁ、相手のアドレスさえ知ってればだけど」
「ふむ……」
「ん?」
そう言って、ムラサメちゃんは俺の膝の上で少し考え込む。
暫くして顔を上げた彼女は、少し遠慮がちにこう言って来た。
「なぁ、ご主人」
「ん? 何?」
「少し、吾輩の我儘に付き合ってはくれぬか?」
それから、30分位が経過しただろうか。
何か文字を打つのに集中しているムラサメちゃんと、彼女の頭を撫でる俺。
時折吹く風の音だけが、月明りの照らす静かな境内に響いていた。
「……ふぅ」
「お、終わった?」
顔を上げた彼女に、俺はそう問いかける。
「そうじゃな……これでもう十分だ、ご主人」
「……そっか」
そう言って、俺は優しくムラサメちゃんの頭を撫で続けた。
そうしなきゃいけないと思う程に、彼女の表情は何処か寂しそうだったから。
「何を書いてたのか、聞いてもいい?」
「これご主人、無闇に乙女の秘密を暴こうとするでない……と言いたい所じゃが、ご主人にならば構わぬ」
むしろ、ご主人には伝えねばならぬ事だ。
そう言って、ムラサメちゃんは自分のスマホの画面を俺に見せてくれた。
画面に映し出されていたのは、一通のメールだった。
宛先のアドレスは入っていない、件名も無い。
ただ、本文の書き出しを見た時、俺はムラサメちゃんがさっき言った事の意味を少しだけ理解した気がした。
”我儘”と言った事を。
「……」
「どうした、ご主人? 抱き締めてくれるのは嬉しいが……少し苦しいぞ?」
言葉が出てこない俺は、気が付けばムラサメちゃんを抱く腕に力を込めていた。
そんな俺とは対照的に、ムラサメちゃんは困ったように苦笑いしながら、
「……吾輩とて分かっておる、いくら離れた者に言葉を伝える事ができると言うても、まさか時を遡ることまではできまい」
「……だからさっき、我儘って?」
「その通り、これは吾輩の我儘、自己満足……と言う奴だな」
例えば、空に浮かぶ満月のような。
ソコは決して手の届く所ではないと言う事は、ムラサメちゃんもはっきりと分かっているのだろう。
だからこそ、ムラサメちゃんは”我儘”と言ったんだと思う。
「じゃが……もし、何処までも遠くへ伝わるのであれば……たった一度だけでも、伝える事ができるなら……思わず、そんな事を考えてしまってな」
自嘲気味に、ムラサメちゃんは笑う。
でも俺は、そんな彼女と一緒に笑う事はできなかった。
宛先の入っていないメール、だけど、誰に宛てた言葉なのかは、しっかりと最初に書かれていたから。
『父上、母上』と。
「それに、勘違いしないで欲しいのだ、ご主人……吾輩はご主人と共に生きる今がとても大切なのだぞ?」
「うん……それは、わかってる」
その気持ちは、十二分に伝わっている。
ムラサメちゃんの言葉からも、表情からも、俺の腕を握っている小さな手からも。
「だから、これは……決して、過去に戻りたいと言う事では無……」
「いいんだよ、それ以上はもう」
そう言って、俺はムラサメちゃんを言葉を遮るように、抱き締める腕にさらに力を込める。
「全部、分かってるからさ」
「……ご主人……」
ムラサメちゃんは、俺の願いを聞き入れて、人として今を生きる道を選んでくれた。
その気持ちに背いてしまっていると、彼女は少しばかりの後ろめたさを感じてしまったのだろう。
そんな彼女に”大丈夫”と言う気持ちを伝えたくて、俺はさらに強くムラサメちゃんを抱き締めた。
ずっと離れない、そんな想いが伝わるように。
そうして、暫くお互いの温もりを感じ合っていた時。
ふっと、ムラサメちゃんが顔を上げた。
「もう大丈夫だ、ご主人……すまぬ、不安にさせてしまったな」
「そんな事ないよ、ムラサメちゃんこそ……」
「問題はない、ご主人」
寂しくはない?
思わずそう聞きそうになっていた俺の言葉を遮り、ムラサメちゃんはそう言った。
「ご主人、めえるを消すにはどうすればよいのだ?」
「えっ? 消しちゃうの? それ」
「決まっておろう。吾輩はもう決めておるのだぞ? 人として、今の世を生きると……ん?」
だから、過去はもう振り返らないと、おそらくそんな事を言いたかったんだと思う。
そんなムラサメちゃんの手が、ピタッと止まっていた。
「どうしたの?」
「いや、先ほどのめえるが……消えてしまっておる」
「えっ?」
言われて、俺も画面を覗き見る。
確かに、あったはずの未送信メールが跡形も無く消えてしまっていた。
「気付かない間に消しちゃったとか?」
「吾輩はまだ消し方が分からぬのだぞ? あるとしても偶然、と言う事になるが……」
まぁ良い、と言いながら、ムラサメちゃんは俺の膝から立ち上がり。
「どうせ消すつもりだったのだからな……ほれご主人、夜も更けてしもうた、そろそろ寝ぬと明日に響くぞ?」
「……うん、そうだね」
少しだけ寂しそうな、ムラサメちゃんの笑顔。
原因はわかる、だけど俺にできる事は、傍に居てあげる事位しか思い付かない。
だったらせめて、今晩はずっと隣に……そう思っていた時だった。
「……ん?」
「む? どうしたのだ? ご主人」
「いや、こんな遅くに電話……って、え? 安晴さん?」
「どういう事じゃ? 安晴なら、直接伝えに来れば良いものを」
「わからないけど……余程急ぎの内容とか?」
不思議に思いつつも、俺は電話に出る。
スピーカーの向こうから聞こえて来たのは、滅多に聞かない、安晴さんの慌てた声だった。
「……それで、これなんだけど」
「これは……?」
そう言って、俺はムラサメちゃんにあるものを手渡した。
幾重にも折り重なって畳まれた古い紙。
そのあるものこそが、先ほどの安晴さんが電話で伝えてくれた事でもあった。
「安晴さんが見つけたんだ、御神体が入っていた箱の中に入っていたらしい」
「妙じゃの……あの箱の中には、吾輩の体しか入っておらなかったはずでは?」
「俺もそう思ってたんだけど……」
確認していた安晴さんも、まるで突然現れたみたいだと驚いていた。
同様に、ムラサメちゃんにも心当たりは無いらしい。
だけど、これが何なのか、俺には確信に近い予感があった。
「これは多分、ムラサメちゃんの為の物だよ」
「吾輩の? 一体どう……いう……」
紙を開きながら中を確認したムラサメちゃんの手が、口が、呼吸が止まる。
やがて小さく震えだした体を支える様に、俺はムラサメちゃんを膝の上に抱えて、優しく抱き締めた。
「……ごしゅ……じん……」
「……ね?」
開いた紙の中には、文字がびっしりと書かれていた。
内容は分からない。古文は得意な訳ではないし、予想が正しければ、それは500年以上前の文字だ、同じ日本語でも今とは違い過ぎる。
だけど、それでも最初の文字だけは理解する事ができたのは…そこに記されていた言葉が、俺の予想通りのものだったから。
『綾へ』
結局、手紙の内容は俺にはわからなかったし、ムラサメちゃんも話さなかった。
……と言うより、物凄い勢いで泣いてたから、そんな余裕はなかったんだろう。
でも、読み終わった後のあの笑顔を見れば、何が書いてあったかなんて聞くまでもないだろう、そう思えた。
「ふぅ……」
ムラサメちゃんが眠った後、俺は再び月明りが照らす境内に出ていた。
今晩の出来事を考えながら。
手紙は、もしかしたら俺達が見落としていただけかもしれない。
メールだって、たまたま適当に指が触って消してしまっただけかもしれない。
でも今は、きっとそうじゃないって、そう思っていたい気分だった。
「奇跡……か」
夜空に輝く満月を見つめながら、俺はポツリと呟いていた。
500年以上。
それだけの長い間を、彼女は孤独に耐えながら頑張ってきたんだ。
人に戻れただけじゃ足りない、奇跡のもう一つや二つ、おまけしたってバチは当たらないだろう。
きっと、あいつもそう思ってくれたのかななんて、ちょっと恥ずかしい事を考えながら。
「……ありがとう」
静まり返った夜空にそう呟いてから、俺は部屋に戻った。
夜空に浮かぶ満月には、いくら手を伸ばしても届かない。
だけど、言葉は……想いは届く、そんな気がしたから。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
ムラサメちゃんには無限に幸せになって欲しいですね、いやほんと。
それはそうと、ムラサメちゃんのセリフ書くの難しい…