暖かい昼下がりの縁側で二人でゆっくりするお話になります。
ルートのネタバレがちょっとあるので、できたらシナリオクリア後に読んで頂ければと思います。
「あっ、ここにいたんだ」
「将臣さん?」
探していた恋人の姿を縁側で見つけた俺は、声をかけてからその隣に座る。
頭上から降り注ぐ日差しは想像以上に暖かくて……思わず、今朝起きた時に厚着をしなかった自分の判断を褒めたくなってくる。
「一体、どうしたんですか?」
「ちょっと探してたんだ、そろそろ奉納が終わったと思ったんだけど、部屋にはいなかったから」
「あっ……ごめんなさい、少し休むだけのつもりだったんですが、ついゆっくりし過ぎてしまって」
「気持ちは良く解るよ、何せこんな陽気だしね」
冬真っ盛りの今日……もし普段通りの寒さなら、誰もこんな風通しの良い所に座ってゆっくりなんてしない。
だけど不思議な事に、今日はまるで春の昼下がりの様な心地良さで、おまけに頭上を見上げれば、そこには雲一つない青い空と大きな太陽。
「こんな日は誰だって、日向ぼっこの一つや二つ、したくなるってものでしょ」
「ふふっ……確かにそうかもしれませんね、私も、きっとこの子も」
「この子?」
自分の膝の上を見つめる芳乃に合わせて、俺も目線を落とす。
優しい視線の先には……実に気持ちよさそうな寝息を立てている、子猫が一匹。
「知ってる猫?」
「いえ、この辺りの野良猫だとは思うのですが……うとうとしていて、気付いたらこの状況になってしまって」
ゆっくりと、優しく子猫の頭を撫でながら、困ったように芳乃が笑う。
「起こすのも悪いですし……と思っていたら、随分時間が経ってしまいました」
「なるほど」
「ですからごめんなさい、この子が起きるまで、もう少し待っていて頂けますか?」
「気にしないで、そう言う事ならこのままここでゆっくりしてればいいんだし……あっ、じゃあさ」
物音を立てないように静かに立ち上がってから、大きく背伸びをする。
全身で日の光を浴びると……今日が冬なのか春なのか、本当に解らなくなりそうだった。
「お茶でも持ってくるよ、暖かくて喉が渇いたでしょ」
「それなら私が……あっ」
立ち上がろうとした芳乃だったけど、膝の上の重量感に気付いて、慌てて座り直す。
思わず二人で苦笑いをして、芳乃は子猫が起きなかったことを確認してから、静かに口を開いた。
「それじゃあ……お言葉に甘えちゃっても、いいですか?」
「任されました」
そうして俺は、足音に気を付けながら台所へと向かう事にした。
「それにしても……本当にいい天気だね」
「そうですね、たまにはこんな風にのんびり過ごすのも……良いものですね」
二人で縁側に並んで座って、お茶を啜るという若干お年寄りっぽいシチュエーション。
だけど、こんなぽかぽかした陽気の日には、こうして穏やかな時間を過ごすのも悪くはなかった。
それに――
「……ふふっ」
時折、膝の上で丸くなっている子猫を見つめながら、優しい笑顔を浮かべる芳乃。
それが何だか無性に愛おしくて、ずっと見ていたくなるような気持ちになる。
「ずっと乗せっぱなしだけど、膝とか痛くない?」
「平気です、まだ子猫ですし……それに、体重もそんなにありませんから」
「だけどほら、そろそろ座りっぱなしで、脚も疲れて来たんじゃないかなーって……」
「……将臣さん? そんな事言って、実は自分も抱いてみたいだけなんじゃありませんか?」
「そんな事は……ごめんなさい、多少はあります」
「はぁ……駄目ですよ、こんなに気持ちよさそうに寝てるのに……起こしたら可哀想です」
そう言ってから、まるで子猫を守るように両腕で包みながら、その頭を優しく撫でる芳乃。
そんな姿を見ていて……思わず俺は、芳乃と子猫の事を、ちょっと背伸びした気持ちで見つめてしまう。
「どうしたんですか? 将臣さん」
「いや……芳乃はきっと、いいお母さんになるなって思って」
「……ふふっ、何ですか、それ」
力強く言葉にする俺とは対照的に、若干呆れた様な目線で俺を見つめる芳乃の瞳。
「今の芳乃の姿が、まるで赤ん坊を抱いてる母親みたいだったからさ」
「母親みたい……? 一体、どのあたりをそう思ったんですか?」
「うーん……雰囲気がそんな感じに思えたんだけど……あっ、笑顔」
「笑顔?」
「うん、普段の芳乃の笑顔も凄く素敵だけど、それよりも何と言うか……優しい、母親らしい表情だなって、何となく思って」
「……そう、ですか」
「……芳乃?」
思った事を素直に述べた俺の言葉を、芳乃はとても複雑な表情で受け取り、そして考え込む。
その顔は困っている様でも、喜んでいる様でもあって……
「将臣さん」
「うん、何?」
「ありがとうございます」
「えっ?」
そうして暫く悩んで、言葉を選び終えた芳乃が不意に切り出す。
それは、俺が全く予想していなかった感謝の言葉だった。
「芳乃に喜んでもらえるのは嬉しいけど……俺、何かしたっけ?」
「しています、いつもいつも……私は将臣さんから幸せを貰ってばっかりで、申し訳なく思う位です」
「それなら、俺だって芳乃から貰いっぱなしだよ、それに今だって思った事を正直に言っただけだ」
「だからです、将臣さんがそう思ってくれたこと……それが、嬉しかったんです」
謎かけの様な芳乃の言葉に、俺は顔に手を当てて考え込む。
そんな俺のかっこ悪い姿を、横に座る恋人はくすくすと笑いながら、実に楽しそうに眺めていた。
(母親……)
私の隣で考え込んでいる恋人は、きっと何気なく思ったままを口にしたんだと思う。
だけど、その言葉は私にとっては複雑な、そしてとても意味のある言葉だった。
子供の頃の記憶をどれだけ深く掘り返しても、お母さんの笑顔を見つける事はできない。
代わりに思い出すのは……辛く、悲しい表情ばかりで。
(でも、将臣さんが……)
そう、将臣さんと出会えて、少しずつだけど変わる事ができて……
だからこそ、写真の中だけど、お母さんの笑顔を知る事ができた。
そして……私も、心から自然に笑えるようになって。
(だから…もし、私が)
そんな風に笑えているのは、将臣さんが私を変えてくれたから。
それが実感できたみたいで、嬉しくて……同時に、少しだけ寂しかった。
(お母さんは……私を抱きながら、どんな風に笑ってたのかな……)
その表情をもう確かめる事はできない事を、改めて感じてしまったから――
「にゃー」
「あっ……」
そんな事を考えていた私の意識を引き戻したのは、膝の上から響く小さくて可愛らしい声。
「ふふっ……ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」
いつの間にか起き上がった子猫を今度は抱き抱えて、そのまま頭を撫でてあげると、目を細めてゴロゴロと喜んでくれます。
「くすっ……」
そうして、子猫の笑顔につられて、私も思わず笑って――
カシャッ
「えっ?」
「うん、やっぱりいい笑顔」
突然響いたシャッターの音に振り向くと、そこにはスマホを私に向ける将臣さんの姿。
「い、いきなりどうしたんですか? 将臣さん」
「ごめん、素敵な笑顔だったからどうしても撮っておきたくて……嫌だった?」
「嫌と言う訳ではないですが……びっくりしたので、次からはちゃんと声をかけて下さい」
「本当にごめん……でもほら、芳乃も見て」
そう言って手招きする将臣さんの傍に寄って、画面を覗き込む私。
そこに写っているのは――優しい笑顔を浮かべた私と、腕に抱いた小さな命。
「……あんまり、普段と変わらない気がします」
「そんな事ないよ、普段よりも穏やかと言うか、優しそうと言うか……あっ」
「?」
「きっと、芳乃のお母さんが芳乃を抱きしめてる時も、こんな表情だったんじゃないかな」
「あっ……」
「だからこう……母性? と言うか、普段の芳乃の笑顔も好きだけど、これもこれで違った魅力が……」
頭を悩ませつつ、ああでもない、こうでもないと言葉を探してあたふたとする私の恋人。
でも、そんな将臣さんの声が、少しずつ遠くなっていく。
代わりに私の意識は、画面に写っている私の表情から離れなくなっていて。
(……こんな風に、笑っていたのかな)
確かな事は分からない、それはこれから先も変わらない。
でも……不思議と、胸の中の寂しさはいつの間にか消えていて。
代わりに、私の心を満たすのは大好きな、私の恋人の言葉。
それでいい、と思えた。
ううん、きっとそうだったんだって、何故だか確信できた。
それは多分、それが私に笑顔をくれた、最愛の人の言葉だったから……
「だから、えっと……うーん……」
「将臣さん」
「芳乃?」
「ありがとうございます」
「えっ、また?」
先ほどと同じ言葉に、将臣さんは再び頭を捻ってその意味を考える。
それがやっぱり何処か可笑しくって、私はくすくすと笑ってしまう。
「駄目だ分からない……もしかして俺、何か変な事言った?」
「分からなくていいんです、将臣さんはそのままの将臣さんでいて下さい……あなたも、そう思いますよね?」
「にゃー」
腕の中の子猫にそう問いかけると、返って来るのは元気な鳴き声。
「ほら、この子もこう言ってるじゃないですか」
「うーん……まぁ楽しそうだし、芳乃がそれでいいなら」
「はい、いいんです、このままで」
そう、このままでいい。このままがいい。
このまま二人で、このまま一緒に、ずっと隣に居られたら……それ以上、嬉しい事は無いのだから。
「……良い天気ですね」
「うん、ほんとに」
暖かい日差しの中、どちらからともなく顔を合わせ、そして笑い出す。
”やっぱり笑顔が似合う”
そう思ったのは貴方と私、どちらの方が早かったのかな、なんて思いながら。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
どうして千恋のお話を書くとこうちょっとしんみり寄りになってしまうんだ…引き出しか、自分の引き出しが少ないからか。
そう言えば聖地巡礼で京都には良く行くのですが、朝武神社のモデルになった所はちょっと離れててまだ行けてません、今年中には一度行ってみたいな…
ちなみに、ついに発売された喫茶ステラと死神の蝶についてですが、
ステラのお話を書くとしたら早くとも5~6月、だいたい半年は何も書かないつもりです。
と言うかそれまでにクリアできるかな…