バイト先から柊史君と一緒に帰る、夜の帰り道のお話になります。
ストーリーのネタバレは無いはず。
「お待たせっ! ゴメンね柊史、待たせちゃって」
『CLOSED』の看板が掛かったドアから、バイトを終えた和奏が勢いよく出て来た。
「大丈夫、それより戸締りの方は?」
「そっちはバッチリ、ちゃんと後片付けも終わらせてきたから」
「そっか、それじゃあ行くか、和奏」
「うんっ!」
そう言ってオレが差し出した手を、和奏は自然に握り返してくれる。
付き合い立ての頃は、お互い恥ずかしがってスムーズにできなかった事。
けど今はもう、これがオレたちの当たり前になっていた。
「柊史の家で晩御飯を食べるのも、なんだか久しぶりかも」
「そう言えば……そうかも?」
「そうだよ、前にカレーをご馳走してもらったのだって、もう随分経つよ?」
「最近は和奏がちょっと忙しそうだったから、何だか誘い辛くてな」
「うっ……それは……ゴメンナサイ」
「謝って貰うような事じゃないさ」
とは言え、思い返してみれば、確かにそうかもしれない。
元々、こんな事は父さんが居ない時じゃないと、恥ずかしくて中々出来る事じゃない。
それに、そんな日があっても、ここ暫くの和奏は……
「ゴメン! その日はちょっと用事があって……」
……そんな感じだったもんな。
「でも、一体何で? ギターの練習?」
「そうじゃないよ、もしそうなら、柊史も一緒に誘うに決まってるでしょ?」
「そりゃそうか、となると……オレには見せられない事?」
「見せられない、と言うか……ちょっと、挑戦してみたいコトがあって……」
「挑戦?」
そう聞き返すと、和奏はちょっと恥ずかしそうに俯きながら、
「その……アタシも、彼女らしい事に挑戦してみよう、かな、って……思ってさ」
そう言って、空いているオレの手にやや強引に押し付けてきたのは……紙袋?
やや軽くて、ちょっと温かい何かが入っている……位の事しか、外からは分からない。
「……とりあえず、中を見ても?」
「あぁっ、それはダメ!」
中を覗こうとしたオレを、慌てて和奏は制止する。
その顔は何処か恥ずかしそうで……照れくささの感情が流れ込んで来る。
「えっと……中は見ないで……欲しいかな、恥ずかしいから」
「えぇ……」
一体どうしろと言うのだろう。
「じゃあ、コレは一体……?」
「えっと……その……」
「……?」
「……クッキー」
ポツリ、と恥ずかしそうに小声で漏らす。
「クッキーって……あの、お菓子の?」
「そう……だよ? あのお菓子の」
落ち着かない視線を泳がせながら、照れくさそうに和奏はそう言った。
「ほ、ほら、やっぱり男の子としてはさ? 彼女の手作り料理とか……憧れるものなのかなって」
「それは……確かに、憧れるシチュエーションではあるな」
「でもホラ、アタシって料理ってあんまりした事なくて……」
確かに、和奏の手料理ってまだ食べた事無かったな……思い返せば。
「それで、クッキーを? でも……いきなりお菓子作りは難易度高くないか?」
「うん、そうかもって思ったんだけど……オーナーが、『こういう物なら自分でも作り方を教えてあげられる』って、言ってくれたから」
「……もしかして、最近忙しそうだったのって」
「オーナーに頼んで作り方を見て貰ったり、お店の道具を借りて練習してたんだ、お店を閉めてからになるから、どうしても遅い時間になっちゃって、それで……」
「和奏……」
温かい気持ちが、胸の中からこみ上げてくる。
シュバルツ・カッツェの閉店後からと言うと、かなり遅い時間に練習していたんだろう。
それだけ一生懸命に作ってくれているんだから……男として嬉しくないはずがない。
「や、やっぱりアタシらしくないかな!? と言うか、今更になってかなり恥ずかしくなってきた……うぅ……」
「まぁ……確かにらしいか、らしくないかで言えば、和奏らしくないかも」
「えぇ……そりゃそうかもだけど、でも面と向かって言われると、ちょっと傷付く……」
「あ、いやゴメン、そういう意味じゃなくって……嬉しいんだ、新しい和奏の一面を知れた事が」
手の中の紙袋を大切に抱えながら、オレは和奏の手をギュっと握り返す。
「ありがとう、和奏」
「ま、まぁ……喜んでもらえるなら、アタシもすごく嬉しい……けど」
慣れないプレゼントに落ち着かない和奏の視線は、相変わらずあっちこっちを泳いでいる。
でも、しっかりと握り返してきたその手からは、嬉しさの感情も確かに流れ込んで来ていた。
「それじゃ……早速だけど、食べてみても?」
「あ、ちょっと待って!」
そう言って、中を覗こうとしたオレを再び和奏が制止する。
「えっと……味にはちゃんと自信あるんだけど、実は仕上げをちょっとミスっちゃって……あんまり綺麗な形に焼き上がらなかったんだよね……」
……成程、ようやっと合点がいった。
それで、さっきから中を見られる事を恥ずかしがっていたのか……
「だ、だからね? 柊史は目を瞑ってて! アタシが食べさせたげるから」
「えっ? それって……」
いわゆる『あーん』的な?
確かに嬉しい、嬉しいが……いくら夜も遅い時間で誰も居ないと言っても、ここは公道だ。
普段よく使っている道でそういう事をするのは……かなり恥ずかしい。
「……わかった、じゃあ」
そう思いつつも、オレは目を閉じて軽く口を開く。
……だってそうだろう、そんな些細な恥ずかしさより、嬉しさの方が上回るのは当然だ。
何せ、可愛い彼女からの手作りのプレゼントなんだから。
「そ、それじゃ……そのまま目を閉じてて、いい? 絶対開けちゃダメだからね!」
念押ししてくる和奏の声は、能力なんて無くても分かる程に緊張していた。
そりゃそうか、俺だってこんなに……
(……あれ?)
目を瞑りながらそんな事を考えつつ、オレはふと思った。
そもそも……あーんで目を瞑る必要ってあるか?
……そう思った一瞬。
「んっ……」
目を瞑ったオレの唇に触れる、クッキーの感触。
……と、柔らかい唇の感触。
口の中に広がる仄かなバターの甘味と、和奏の唇から感じる甘いキスの味。
突然の事に鼓動が急上昇したオレの頭の中には、それ以外の事は何も入って来なかった。
パキッ
クッキーが半分に割れる音で、オレは意識を取り戻す。
同時に、目一杯背伸びをしていた和奏の唇が、オレの唇から離れていった。
「えと……どうかな? 味の方は」
「……どっちの?」
「どっちって……そりゃ、クッキーの味に決まってるでしょうが!?」
顔を真っ赤にした和奏から伝わる、これ以上ないって位の焦りと照れ。
そんな和奏が可愛くて、つい意地悪をしたくなってしまう。
「美味しかったよ、どっちも」
「っ! ……~~~!!」
「ありがとう和奏、オレの為に」
「……なんか、柊史がいつになく余裕シャクシャクって態度で、何かムカつく」
和奏は口を尖らせながら、ぼやくように呟いた。
「はぁ……やっぱり、慣れない事はするもんじゃないのかなぁ……?」
「これから慣れていけばいいじゃないか……所で、和奏よ」
「何さ柊史?」
「残りのクッキー、食べちゃってもいいか?」
「いやでも……これから晩御飯なのに、全部食べたらご飯食べられなくなっちゃわない?」
「大丈夫だろ、さっきみたいに半分こすれば」
「さっきみたいにって……」
瞬間、和奏の顔が再び真っ赤に染まる。
「あ、アレはもう駄目! 思ってた以上に、かなり恥ずかしかったんだから!」
「残念だな、それじゃ……」
そう言って、オレは紙袋からクッキーを取り出す。
それを半分に割ると、片方を和奏に差し出した。
「……やっぱり、何か余裕ありげなのがムカつく」
ぼやきながらもそれを口にくわえた和奏と一緒に、オレ達は再び歩き始める。
すっかり日も落ちた夜道に響くのは、二人分の足音と、クッキーを砕く音だけ。
まだ夜は少し肌寒い季節だけど、握った和奏の手は温かくて……
お互い少しだけ大きくなる歩幅に、お互い気付かないフリをしながら。
オレたちは並んで、家へと向かうのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
背伸びをしてキスする女の子って素晴らしいと思うんですよ。
普段は活発な女の子がやるとこう乙女が爆発すると言うか、特に破壊力が素晴らしいと思うんですよ。
私が言いたい事は以上です。