天気の良い放課後に柊史君とまったりする憧子先輩のお話となっております。
シナリオの大きなネタバレがあるので、ルートクリア後に読んで頂ければと思います。
「んーっ、本当にいい天気だねぇ♪」
冬の冷たい空気にも負けない暖かな日差しに、目を細めながら憧子さんが呟く。
この時期、風通しの良い場所は少し肌寒いかとも思っていたが、今日はそれ以上に太陽が頑張っているらしい。
むしろこのまま、目を閉じれば昼寝ができてしまいそうな心地良さだった。
「憧子さんは寒くないですか?」
「んー? 平気だよ、それに寒くても、シュウ君にくっついていれば暖かいから」
そう言って、オレの肩に憧子さんの頭が枝垂れ掛かって来る。
……確かに、人目は少ない、と言うよりオレ達二人しかここには居ないけど……視界が広いせいか、妙に落ち着かない。
「……憧子さん、ここ、一応学院内ですよ?」
「大丈夫だよー、基本ここは立ち入り禁止だから、誰にもバレないよ?」
「いやまぁ、それはそうですが……」
放課後のグラウンドから運動部の掛け声が響いてくる中、オレ達二人は何故か設置されていたベンチで、穏やかな時間を過ごしていた。
一般生徒は立ち入り禁止の屋上で。
「今更ですけど、ここって普段は鍵がかかってますよね?」
本当に今更な質問を投げかけるオレに対して、憧子さんはあっけらかんとした表情で、ポケットから何かを取り出して答える。
「うん、これのことだよね?」
「ええ……で、どうして憧子さんがその鍵を持ってるんですか?」
「それはだねー……むふふ、知りたい?」
「……いや、やめておきます」
……まぁ、元学生会会長の憧子さんなら教師陣の信頼も厚そうだし、その辺は色々とあるのだろうから、深くは触れないでおこう。
「その代わり、別の事を聞いてもいいですか?」
「いいけど、何かな?」
「どうして急に、屋上に行こうって言い出したんですか?」
「んー、人気の無い場所で、シュウ君と二人っきりでいちゃいちゃしたかったからだよ?」
「でも、それだけじゃないですよね?」
いくら学院内と言っても、人の来ない場所なら他にもある。
わざわざ普通は立ち入れない屋上に足を運んだ理由を、オレはまだ聞いていなかった。
「んー……そうだね、理由はもう一つあって」
「聞いてもいい事なら、聞かせて欲しいです」
「隠すようなことじゃないし、改まって聞かれるとちょっと恥ずかしかもだけど……」
そう言って、憧子さんは左手を太陽に向けて広げる。
光を浴びてキラキラと輝く薬指の指輪を見つめながら、言葉を続ける。
「新しい思い出を作りたかったの、この学院の色んな場所で……シュウ君と一緒に」
少し寂しそうな表情を浮かべる憧子さんの長い黒髪が、冬の風になびいて揺れる。
この風が暖かくなる時……春を迎える頃にはもう、憧子さんはこの学院の生徒では無くなってしまう。
こうして同じ学院で一緒に過ごせる時間は、もう季節一つ分しか残されていないのはお互い分かっていた事だったけど……どうしても、寂しさを感じずにはいられない。
「だから、まだ来た事のない屋上……ですか?」
「うん、だからごめんねシュウ君、わたしの我儘に付き合わせちゃって」
「何言ってるんですか、むしろ嬉しいですよ、オレは」
卒業までの残り少ない時間、憧子さんとの思い出をもっと作りたいのはオレだって一緒だ。
「そう言う事なら新しい所以外にも、もっと色々行かないと駄目ですね、明日はどうしましょうか」
「んー……それなら、中庭なんてどうかな?」
「勿論いいですけど、人目に付くからあんまりイチャイチャできませんよ?」
「それはそうだけど……でもあそこは、シュウ君がわたしに告白してくれた、思い出の場所だから」
「……わかりました、じゃあ、約束ですね」
「うんっ♪」
そう言って、目を細めて寄りかかって来る憧子さんの頭を撫でながら、オレは何となく、晴れ渡った空を見上げる。
そうしてふと思い出すのは、憧子さんの心の中の魔法が壊れる前の、あの出来事。
忘れてしまった記憶を思い出す為に、思い出を巡って色々な所に行って、キスをして……それでも思い出すことができなかった時の、憧子さんの辛そうな表情と、震える両手。
(……約束、か)
思い出を振り返って、一緒に笑って、明日の約束をして、次の日を心待ちにしながら眠る。
普通の恋人なら当たり前の事、だけど少し前のオレ達にとって、それは奇跡でも起きない限り不可能だった事。
そうして今、皆の協力とオレ達二人の想いが重なってその奇跡が起きた事に、改めて嬉しくなってしまう。
(魔法が壊れた直後は、ちょっと不安だったけど……)
最初はありのままの感情に戸惑っていた憧子さんも、最近ではすっかりと慣れて来たみたいで、いつもの調子を取り戻しつつある。
アルプの頃の記憶も薄れていて、あの頃の夢ももう殆ど思い出せないみたいだし――
(……あっ)
そう思った時、頭の中に一つ引っかかった事があった。
今となっては知らなくてもいい事、だけど思い返すと妙に気になってしまうような事。
(憧子さんって……アルプの頃はどんな動物だったんだ?)
憧子さんの夢を共有した時、オレの視線は憧子さんから見た視界だったから……憧子さんがどんな動物だったかは、結局謎のままだった。
願いを叶えて人間になった今、もう気にすることではないけど……一度頭に引っかかったら妙に気になってしまう。
(と言っても、そんな事急に聞いても変だし、そもそも憧子さんも既に忘れてて……)
そう思った時、目の前の青空を鳥が羽ばたいていく光景がオレの目に映る。
好奇心を抑えられなかったオレは、思い切ってこう切り出してみた。
「憧子さんは、もし動物になれるとしたら何になってみたいですか?」
「え?突然どうしたの、シュウ君」
「いや、あの鳥達が気持ちよさそうに空を飛んでるのを見たら、なんとなく聞きたくなっちゃって」
もしかしたら、忘れた記憶でも深層心理には印象のようなものが残っているのかもしれない。
そんな事を考えていたオレの唐突な質問に、憧子さんはほんの少しだけ悩み、でもほぼ即答で返事を返して来た。
「んー……その例え話は、わたしにとっては逆、かな」
「逆?」
全く予想してなかった返事に対応できないオレを置いて、憧子さんは続ける。
「うん、きっとわたしはね……逆に、他のどんな動物に生まれていたとしても、人になりたいって願うと思う」
憧子さんには、アルプの頃の記憶はもう無い。
だけど、まるでそのことを覚えているような言葉に、思わずオレの心臓が跳ねてしまう。
そうして、透き通るような瞳でオレの顔を見つめながら――
「だってわたしの一番の願いは、シュウ君とこうして恋人でいることだから」
迷い無くそう口にする憧子さんの笑顔は、何処か輝いているみたいで、
見惚れてしまったオレの顔を、気付けば憧子さんが不思議そうに覗き込んでいた。
「……」
「? シュウ君?」
「あ、いえ……すいません、嬉し過ぎて固まってしまいました」
恋人としての言葉は、言うまでもなく嬉しい。
だけどそれ以上に……上手く言葉にできないけど、暖かい気持ちが胸にこみ上げてくる。
一つだけ確かに理解できた事は、魔力が暴走し、意識を共有したあの時とは違って……憧子さんの表情には不安も、恐れも微塵も無くて、代わりに満面の笑顔が咲いている、と言う事だけ。
そして、それだけで十分だった。
「憧子さん」
「んー? なーに?」
「ありがとうございます」
「へ?」
「あぁいや、気にしないでください……さて、っと」
そう言って、オレは慌てて立ち上がって背を伸ばす。
さっきよりも綺麗に見える青空を見上げながら、憧子さんへ手を伸ばして
「そろそろ行きましょうか、オカ研の方に行く時間が無くなっちゃいますから」
「えっ? もうそんなに時間経っちゃったの?」
「天気が良いから、ついゆっくりし過ぎちゃいましたね」
そうして、憧子さんはオレの手を取って立ち上がる。
温かい日差しを背に受けながらドアへと歩を進めると、ふいに憧子さんの足が止まった。
「シュウ君」
「はい、なんです?」
「明日の約束、忘れないからね」
憧子さんは微笑みつつ、しっかりとオレの手を握りながら、小さくそう呟く。
だからオレもその手を、その微笑みと同じくらい優しく握り返して――
「オレも、忘れませんよ」
桜が咲く頃までに、二人でいくつの約束を交わせるだろうか。
そんな事を考えながら、オレ達は手を繋いでゆっくり部室へと向かった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
憧子さんルートは終盤泣いて、エピローグで泣いて、EDでまた泣いてと何度泣いたかわからない位好きです。
でもメイン4人中で唯一フィギュア化されてないんですよね、何でだ。