「って、そういえば何弁当がいいか聞いていなかったな」
コンビニの弁当コーナー前でどれを買ったものかとしばし考える。
といってもここのコンビニは個人のお弁当屋から仕入れているためか、唐揚げ弁当など二、三種の超定番品を除き割とランダムなものが入荷されるため、要望に応えるのは難しいのだが。
例えば昨日の焼ききりたんぽ弁当などの攻めに攻めまくった弁当から、いい意味で値段と中身が釣り合っていない所謂当たりの弁当まで存在する。
とりあえず今回は際物などを避けて定番品を二つ買い、あかりちゃんに選んでもらうのがいいだろう。
「とすると片方は唐揚げを買うとして、もう一個は何にするかな……」
唐揚げ弁当を片手に唸っていると、肩をポンと叩かれる。
「やあやあいらっしゃい。って、珍しいね二日連続で弁当なんて」
振り返ると、片手を上げたマキさんが立っていた。
「ああ、本当なら今日は時間もあるし自炊するつもりだったんだけど、時間が押しちゃってたからな」
「そっかそっか。まぁボクとしてはお金を落として貰えるのは嬉しいけど、健康には気をつけなよー?」
「はいはい、分かってるよ。と、会計お願い」
答えながら生姜焼き弁当を選び、マキさんに手渡す。
「と言いつつ早速弁当二つはあまり感心しないかな」
「いや、別に自分で二つ食べる訳じゃないから」
「なんだそうなんだ――」
と、よく食べるなぁという風に苦笑しながらレジに向かっていたマキさんは、突然何かに気が付いたようにニヤニヤし始めた。
「そっかー、ついに君にも一足早く春が訪れたんだね」
「……どういうことよ?」
「いやだなぁ、ボクと君の間柄で隠すことも無いじゃないか」
なんだか面倒くさい絡み方の酔っぱらいみたいなマキさんは、うりうりと肘で脇腹の辺りをつついてくる。
というかマキさんとの間柄って言われても、顔なじみのコンビニ店員と常連客でしかないと思うのだけれど。
心の中でこっそりと突っ込んでいると、ニヤニヤととても楽しそうにしていたマキさんは小指を立てた手を口元に当てて、なぜかひそひそ声で。
「出来たんでしょ? 彼女さんがっ!」
…………。
「ぶふぉっ!! い、いきなり何言い出すんだよ?! びっくりして咽たじゃないか!」
「おっ⁉ 半分くらいは冗談だったんだけど、これはもしかしてビンゴかな?」
びっくりした拍子に気管へ入った唾液でゴホゴホと咽ている横で、マキさんはいよいよ楽しくなってきたといわんばかりにニマニマとした笑顔を浮かべる。
しまった、ブラフかよ。
何でそんなあっさり反応してしまったんだと後悔する自分とは対照的に、マキさんは滅茶苦茶いい笑顔を浮かべて肩に手をポン、と回した。
「まあまあ、あんまり根掘り葉掘り聞くなんて野暮なことはしないからさ。……その代わり今度一回彼女さん連れてきてくれると嬉しいな」
……いや待て、それは言外に彼女から聞き出すと白状しているようなものじゃないか?
ガールズトークなんてものは秘密を公然の秘密にするための儀式だって、俺は賢いから知っているんだ。
…………いや尤も? 前提からしてあかりちゃんは彼女じゃないし、関係ない話だけど。
「というか何でそんな楽しげなんだよ」
「いやー場所柄もあるんだろうけど、この店会社帰りのおじ様たちが多いんだよね。そうするとほら、色気のあるお話が少ないじゃない? でも華の年頃であるボクとしては、もっとこうキャーキャーいえるようなお話に飢えてる訳なのさ」
「予想以上に自分の私利私欲全開じゃねーかっ⁉ 第一彼女だとは一言も言ってないだろ?」
「えー、またまたそんなこと言ってー」
今日ばかりはマキさんらしい距離の近さが恨めしい。
こうなれば一刻も早く誤解を解いてしまいたいところだったが、では改めてあかりちゃんとの関係って何だろうと考えると、言葉に詰まる。
マキさんが言うように恋人ではないけれど、そういうことはやってしまっている訳だし――と、セックスフレンドというあまりにもあまりなワードを思いつき、危うく悶絶しそうになる。
いや、客観的に状況だけ見たらご飯と寝床の対価にしちゃったんだから、援助交際の方が――ってそっちの方がよりやばくなってないか?
と、兎も角。同居人とか居候とかが近いのだろうけれど、そうなると今度は何故一緒に住んでいるかと言う話になるだろう。
というかそもそもここにあかりちゃんを連れてきていたら、自分はマキさんになんと説明するつもりだったんだろうか。
ボイスロイドだと紹介するにしても、マキさんならボイスロイドの値段も分かっているだろうし、こちらが買えない筈だということはすぐに分かるだろう。
では野良だと明かすとして……ついつい野良という名称に引っ張られてあかりちゃんを拾ってしまった訳だが、こうして改めて考えて見ると本当に拾って良かったんだろうか、と今更ながらちょっと不安になってくる。
色々な考えが頭の中を駆け巡ったが、結局友人と言うことでゴリ押すのが一番な気がしてきた。
「友達だよ友達、ただの友達が家に来ただけだって」
「『ただの』友達ねぇ……」
「そうそう、だからマキさんが期待するような事は無いから」
「えー……、嘘つくような悪い子にはプレゼントあげないぞー」
弁当を袋に詰めながらマキさんは口をとがらせる。
「いや嘘じゃないから、というかプレゼントって何だよ」
「ありゃ? もしかして今日何の日か覚えてない? クリスマスだよクリスマス! ま、正確にはクリスマスイブだけど」
「あぁ……そういえば世の中そんなイベントもあったな、すっかり縁遠くなって忘れてたけど」
「何いってんのさ! 今年はがっつり縁の有るイベントじゃないか」
「いやだから誤解だって。そもそも日本のクリスマスはカップル偏重過ぎるんだよ、発祥地である欧米では家族で過ごすのが一般的なんだろ?」
「駄目だなぁ、趣ってやつが分かってないよ」
「いやいや、海外のイベントに趣も何もあるかよ」
……まぁ確かに、ケーキとかあかりちゃんが喜びそうではあるけれど。
小さいのでもあるなら買っていこうかと冷蔵棚の方を見たが、ケーキらしきものは無いどころか特に色々と飾り付けられてる訳でもない。
「とか言いつつ、店の飾りつけとかケーキ置いたりはしたりしないんだな」
「まあウチは大手でもないし、変にコストをかけて売れ残ったら損するだけだからね。いつもどおりが一番だよ。と、袋入れ終わったよ」
言われて首を戻し、マキさんから袋を受け取った。
「おう、ありがとな」
「ちゃんとお箸は二膳入れておいたから。じゃっ、彼女さんによろしくねー」
「いやだから彼女では無いって!」
どうやらマキさんの中では完全に彼女が出来たという事で確定してしまったらしい。
ほとぼりが冷めるまでここのコンビニに行くのは控えようか、と少しだけ考えるのだった。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい!」
玄関を開けると、軽快な足音と共にあかりちゃんが玄関先まで走り出てくる。
「……おう、ただいま」
シンとした暗い部屋に帰るのは慣れていたと思っていたが、やっぱりこうして『ただいま』に対して答えてくれる人がいるというのは何だか安心するものだ。
そんな感慨にふけっていると、あかりちゃんが手を伸ばしてくる。
「袋向こうまで持っていきましょうか?」
「そう? じゃあお願いしようか」
大した距離でもなかったが、別に拒否する理由も無いのであかりちゃんに袋を渡して靴を脱ぎ、その間に彼女は袋を和室まで運んで行った。
丁度両手が開いたことだしお茶でも持っていこうかとキッチンに向かう途中、そうだったと和室の方に首だけ突っ込んで呼びかける。
「二種類買ってきたから、食べたい方を選んでて」
「はーい」
袋の前でそわそわとしながら待っていたあかりちゃんは早速その中にある弁当へ手を伸ばし、それを確認して自分もキッチンの方へ向かう。
外は寒かったし今日は暖かいお茶でも入れよう、そう考えマグカップを用意し電気ケトルでお湯を沸かしてティーパックを入れる。
お湯が沸いたのを確認しカップに注いで和室に戻ってくると、あかりちゃんはまだ悩んでいたのか弁当を二つとも目の前に置いていた。
お湯が沸くまでの間それなりに考える時間はあったはずだけど……もしかしてどっちも食べたくて悩んでるのだろうか? それならおかずを半分こにしてもいいかもしれない。
そう最初はほほえましく思っていたのだが、近づいてみると何だか様子がおかしい。
具体的には顔が妙に赤い。部屋は暖房が効いてて特に寒いなんてことは無いと思うのだが。
「あかりちゃんどうかした?」
彼女はその言葉にびくっと反応すると、なんだか真剣な表情でこちらを見つめて。
「も、もしかしてっ! おにいさんの晩御飯は私って事ですか?!」
「⁉」
何を言ってるんだこの子は⁉ と危うく動揺で零しそうになったお茶を何とか机に置くと、あかりちゃんが何かの箱を両手で握っているのに気が付いた。
箱には『極うす0.005――
「って何でコンドーム持ってんの⁉」
慌ててあかりちゃんの手から箱をひったくり――箱の裏面に付箋がついてるのに気づく。
何だこれと剥がしてみると、ボールペンで文字が書いていて
『ラブラブする時はちゃんと避妊をする事! マキさんとの約束だぞ♡』
「マキさああぁぁん?!」
ビリイィィッ! と思いっ切り付箋を破きながら、元凶のあん畜生に向かって叫びを上げる。
そういえばプレゼントがどうとか言ってたけど! まさか本当に!! しかもこんなものを入れてくるとは思わなかった!!!!
今度行った時に文句を言ってやる! そんな行き場のない怒りを込めて付箋を念入りにバラバラにしていると、あかりちゃんが不安そうに声を上げた。
「それ、おにいさんが買ってきたんじゃないんですか?」
「いやこれはだな、コンビニの店員が入れてきたというか、別にそういうつもりで買ってきたわけじゃなくてだな」
「……それって行く前に言ってたボイスロイドの店員さんですよね? ……そういう物が必要になる関係なんですか?」
「いや違うから! 何というか冗談とかそういうノリで入れてきただけだから!」
何だかトゲを感じるあかりちゃんの態度に、浮気が見つかった夫よろしく必死に否定する。
というか本当に何もやましいことは無いんだが。
それもこれもマキさんがこんな悪戯を仕掛けてきたせいだ……絶対許さんからな。
今度会ったら意趣返ししてやるという決意をひっそりと固めている内にも、あかりちゃんの追求が止むことは無い。
「冗談って、どんな話をしてたらこんな物入れてくるんですか」
「大した話をしてたわけじゃなくて、なんというか……話の流れで彼女が出来たんだねって事になって入れられたんだよ」
下手に隠していると余計面倒なことになりかねないと白状する。
と、今までじーっといぶかしげにこちらを見ていたあかりちゃんはその言葉にえっ、と驚きを露にした後、弱弱しい口調で尋ねる。
「おにいさん、彼女いたんですか?」
「いやいないよ。というかいたことすら無いし。 ただ単に弁当を二つ買った事へ対してあの人が邪推しただけだから」
テンパって何だか余計なことまで言ってしまった気がするがきっと気のせいだ、気のせいに違いない。
「と言うことは、私の事をその店員さんは恋人だと思ったんですか?」
「……まあ、そういうことになるな」
「そうだったんだ……何だか色々疑っちゃってごめんなさい」
改めて本人から恋人だとかいわれると気恥ずかしいものがあるが、誤解を解くためならば仕方あるまい。
素直に答えると、漸くあかりちゃんの機嫌もいつもの通りに戻ったようだった。
「いやいいよ、明らかにあの人のせいだし。さあ、それよりどっちの弁当にする――」
と、何気ない動きでコンドームの箱を後ろの方に押しやろうとしたところで、あかりちゃんがその手を握り止めた。
「それで、おにいさんの意思はどうなんですか? したく、ないですか?」
「あ、あかりちゃん?」
顔を真っ赤にしながらも、こちらの反応を注視するあかりちゃんの目は真剣そのものだ。
「私、おにいさんが出かけてる間に考えたんです、やっぱりただここにおいてもらってるだけじゃいけない、何かお返ししないとって」
「お、おう。だったら家事でも手伝ってくれればいいんだけど」
ずいっとあかりちゃんは身を乗り出す。
「もちろん家事も手伝おうと思ってますけど、残念ながら私のデータベースには家事の知識が無いので、最初は教えてもらうことになると思います」
「ああ、うん。それはまあ」
「でも、それじゃあ結局おにいさんにお手数かけてますし、料理は私の覚えたいことでもあるのでそれだけじゃだめだと思うんです」
「え? いやそんなことは――」
「だから、私の体を好きにしてください!!」
「ぶほぁ!」
目をつぶって手を握りしめながらも、あかりちゃんはすごいことを言い放った。
というか、女の子が「好きにしてください」とか薄い本なんかではよく見るけれど、現実だと破壊力がやばい。トラックにでもぶつかられた方がまだ軽傷なレベルだ。
破壊力が凄すぎて何もできないでいる間にも、頭の中では昨日のように流されてはいけないという良心と、あかりちゃんの方から誘ってきてるんだから遠慮なく頂いちまおうぜぐへへ、という欲望が激しく争っている。
そうしてイエスともノーとも答えられないでいると、あかりちゃんが不安げに口を開いた。
「それとも、私なんかでは満足できませんか? 一度抱けば満足する程度の魅力しかないでしょうか?」
……その言い方はずるいと思います、あかりさん。
次回、エッチ回