「――と言っても、やっぱりこういう所は女の子だな」
三軒目に入った服屋で、鏡の前に立ち難しい顔をしながら服を合わせるあかりちゃんに安堵を覚える。
良かった、食い気だけじゃなかったんだな、と。
因みになぜ三軒目かと言うと、一軒目は女の子の服など何も分からなかったため適当な店に入った所値札を見て早々に退散することが決定し、逃げるように入った二軒目はそれよりも更に高かったためである。
きっと有名なブランドだかなんだかのお店だったんだろうが、正直うにゃっとした筆記体でおしゃれに書かれたものや、恐らく英語じゃないんだろう、やたらと点が付いたアルファベットで書かれた看板など読めるはずもない。
いや、例え読めたとしても結局その店を知らないから結果同じなんだろうけれど。
兎も角、何とか比較的お手頃そうな値段の店を見つけてこうしてみて回ることが出来ているわけだ。
「おにいさん、試着してみるのでどっちがいいか選んでくれませんか?」
「はいよ」
意識を戻し、両手にそれぞれ別系統の服を持ったあかりちゃんを追って試着室前まで来た。
「それじゃあ着替えてくるので、ちょっと待っててくださいね」
あかりちゃんはカーテンを閉めると早速着替え始めたのか、中から衣擦れの音が聞こえ始める。
流石にいくら自分といえどもこれしきの事で本能が理性を飲み込むとは思わないが、それでも聞き続けているとここ二日の夜を思い出しかねないので、少し離れた所で待っていようと近くの壁に背を持たれようとした時だった。
「どなたかお待ちでしょうかー?」
声のした方へ向くと、如何にもお喋りが好きそうな店員さんがにこやかな営業スマイルを浮かべて立っている。
あんまりこういう風に話しかけられるのは得意じゃないのだが、さりとてあかりちゃんを置いて行くわけにもいくまい。可能な限り適当に流せばいいんだし、と覚悟を決める。
「ええ、連れが試着してくるから感想を聞きたいと言われまして」
これで引いてくれればいいのだが、と少し期待したのだが世の中そううまくはいかないようで、逆に店員さんの興味を引いてしまったようだった。
「そうなんですかー、因みにお連れさんはご兄弟ですか? それとも彼女さんですかー?」
また答えにくい質問をっ!! と苦々しく思ったのと同時、ガタン! と試着室が驚いたように一つ揺れ、そしてその後は逆に不自然なまでの無音がカーテンの向こうから放たれる。
これは……どう考えてもあかりちゃんが耳を澄ませて、何と答えるか待っているのは間違いない。ゲームで言うなら明らかに選択肢が出てきている状況だ。
一体あかりちゃんはどっちの答えを求めているのか……そういうことをしているし、やはり彼女か? いや、しかしそれは単なる自分の願望でしかなく、気持ち悪いと思われないだろうか。いやいや、それ以前の話として外見的に兄弟はきついか。
「……まあ、一応彼女ですが」
「それはそれはー」
色々な葛藤の末に言ったはずなのだが、割とよくある話なのか店員の反応は何気ないものだった。
しかも丁度そこで「店員さーん」と呼ぶ声がして、店員さんはごめんなさいねーと去ってしまう。
「聞くだけ聞いて去っていくのか……」
一人残され何とも言えない空気の中で呟く。
「まあ忙しいみたいだし仕方ないですよ」
カーテンを引く音に振り向くと、着替え終わって白地の薄いセーターに何時もの黒いジャケット、下は大きな飾りベルトのついた柿色の膝丈スカートを履いたあかりちゃんが立っていた。
「おお……なかなか似合ってるんじゃないか」
一張羅の服も黒基調でシックな感じが似合っていたが、これはこれで年相応の快活そうな感じが可愛らしい。
「本当ですか? えへへ……」
服を誉められたからか上機嫌そうなあかりちゃんは、その場でくるりと一回転した。
うむ、どの角度から見ても彼女の為に誂えられた服のようによく似合っている。
……と、何時までも見とれている訳にはいくまい。
「あー、さっきは彼女とか勝手に言ってごめん、嫌じゃなかった?」
あかりちゃんは一瞬きょとんとした後で、わたわたと苦笑しながら手を振った。
「べ、別に大丈夫ですよ、全然謝ったりしなくて! あれは……あの二択で言われたらそう答えるしかないですもんね?」
「ああ! そうそう、ちょっと兄弟は無理があると思ってな!」
「そ、そうですよね! 髪色も似てないし無理がありますもんね!!」
「いやー、髪色は染めればいいとして顔がね、あかりちゃんみたいな可愛い子のお兄さんとかちょっと難易度が高すぎるかなって……」
「そんなことは無いです! おにいさんは格好いいですし、本当に私のおにいさんならって……いややっぱりそれは――」
「な、それはちょっと嫌だろ?」
「違いますっ! 嫌だとかそういう意味で困るんじゃなくて、でも困るのは事実で――」
お互い気まずさを誤魔化すように、顔を真っ赤にしてフォローしあう。
一先ず、あかりちゃんからキモいとか思われては無さそうで一安心だ。
しかし、あかりちゃんが彼女か……想像してちょっと頬が緩みそうになって慌てて引き締める。
「あー、そういえばもう一着の方はどんな感じなんだ?」
「そうでした、じゃあ着替えてきますね」
因みにもう一着の服は灰色の緩めなシャツに紺のハーフパンツで、先ほどのと甲乙つけがたいほど似合っていた。
「本当に、二着とも買ってもらって良かったんですか?」
フードコートにてもしゃもしゃとダブルチーズバーガーを咀嚼しながら、あかりちゃんはそんな事を訊いてくる。因みに二個目だ。
時刻は昼時、あの後他の服も色々見て見たりはしたが結局最初のものに敵う服は無く、先の二着をお買い上げした所で休憩がてら昼食にする運びとなったのだ。
「まあ、あれくらいの値段なら買えなくはないし、服の替えが一着しかないというのも不便だからね。それになにより、どっちも良く似合ってたから」
「あ、ありがとうございます」
実際身を削ってまで買った訳ではないし、気にしないようにと笑顔で答えたのだが、何故かあかりちゃんは食べる手を止め、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「そ、それでですね。この後の事なんですけど」
「この後か、雑貨と服は買ったし……後は何だっけ?」
寝具……はいろいろな意味であった方がいいのだろうが、スペース的には今のセミダブルで十分寝れなくはないし、何より予算的に厳しいだろう。
歯ブラシみたいな日用品は最後に食材と一緒にスーパーで買えばいいし――
「そうか、夕飯の事か」
「何でそうなるんですかっ! いくら私だって昼食食べながら夕食の話するほど、常に飢えてる訳じゃないですよ」
「じゃあ夕食に作って欲しいものは?」
「……ハ、ハンバーグ」
「ほぅ、たいしたものですね。ハンバーガーを食べながらハンバーグを食べたいとは……」
「うっ……あくまでハンバーガーに挟まってるこれは、パティであってハンバーグでは無いですし、それにおにいさんに作って欲しいものと言ったらやっぱり一番食べたいものを最初に――」
あかりちゃん自身も自分で言ってて矛盾を感じるのか、だらだらと汗を流しながら弁明していたが、やがてバン! とテーブルを叩いて。
「そもそも! おにいさんが作って欲しいものは、とか訊くから答えただけで、本当はこれからの予定について話すつもりだったんですよ」
「ごめんごめん、でもあかりちゃんと言えばそれしか思いつかなくてさ」
「もう……確かに、私にだって思い当たるところが無い訳では無いですけど……」
いつの間にやらバーガーを食べ終わって、腕組みしているあかりちゃんは頬を膨らませる。
「本当に悪いと思ってるなら、次のお店でもしっかり感想を聞かせてくださいね」
「そんな事でいいなら勿論、ってか結局何を見に行くんだ?」
「それは着いてからのお楽しみです。しっかり言質は取りましたからね」
その悪戯っぽい表情の意味が分かるまでそう時間はかからなかった。