「本っ当にごめん! ちょっと理性が飛んでたというか、あまりにあかりちゃんが可愛すぎたというか……」
頬を膨らませて、一人先を行くあかりちゃんを追いかけながらその背に声をかけ続ける。
「もう、そんな事言われたって誤魔化されませんからね。いくら何でもあれはちょっとやりすぎです」
現在本日最後の目的地である一階のスーパーに向かっているのだが、本気で怒っているのかあかりちゃんはさっきからこちらと目を合わせてくれない。
彼女の右に行けば左を向き、左に行けば右へと顔を背けてくる。
「……はい、悪かったと反省してます」
「ふーん……本当ですか?」
漸く視線を合わせてくれたあかりちゃんだったが、やっぱりと言うか当然というかその目には濃い疑いの色がじとーっと浮かんでいた。
「うん……やっぱりいくら何でもあんなバレるのも構わないで、ってのは自分でも今思い返すと馬鹿なことしたと思います」
「そうですよ、他の人に見られたらどうするんですか!!」
あかりちゃんは三つ編みを翻して振り返ると、ふんすと仁王立ちをする。
「ここで誓ってください、今度からお外でする時には、バレるような無茶はしないって。そしたら許してあげます」
「分かった。二度としないって約束するよ――」
と、答えた後で気づいた。
「――って、無茶さえしなければまた外でしてもいいのか?」
あかりちゃんは一瞬言葉に詰まって――
「それは……何時もより興奮したのは事実ですし、おにいさんがどうしてもって言うなら……」
指先同士をもじもじと動かしながら顔を赤くする。
……危なかった。もし少しでも出すものが残っていたら、三回戦目が始まっていたかもしれない。
「そ、そっか……ほら! それじゃあこの話はおしまいにして、改めて買い物いこうか?」
「そ、そうですね!」
そんな動揺を悟られないよう平静を装いながら、今度は並んで歩き始める。
「でだ――結局夕食はハンバーグでいいのか?」
「ハンバーグ! 本当にいいんですかっ⁉」
「昨日から食べたいって言ってたからね」
「やたー!!」
目を輝かせたあかりちゃんは喜びを抑えきれずにぴょんぴょんと跳ね、もう歩いているというよりスキップをしている状態だ。
「どうどう。で、あかりちゃんが想像するハンバーグってどういうのなの? せっかく作るならイメージ通りのを作りたいんだけど」
「えっ!? ハンバーグってそんなに種類があるんですか?」
「いやそんなには無いけど……ほら、食感がフワフワしたやつかそれともぎっしりしたやつか、とか。かかってるのはケチャップかそれとも別のソースがかかってるのかみたいな」
「そ、そんな……折角夢のハンバーグにありつけると思ったのにどれか一つを選ばなきゃいけないなんて、そんな残酷なっ!!」
あかりちゃんは一転絶望の底に叩きつけられたかのように頭を抱える。
「因みに全部とか――」
「……それは流石に勘弁してくれ」
「うぅ、仕方ないです……それならおにいさんが一番好きなやつでお願いします」
「それでいいのか?」
「はい。折角作り方を教えてもらうなら、おにいさんが好きなやつを作れるようになりたいので」
なるほど、そういえば料理を教えて欲しいと言っていたな、あかりちゃんの手料理か――。
「…………」
「? どうしたんですか、おにいさん?」
「いや……ほら! 着いたよ」
上手い下手以前に、味見ばかりで料理が残らなさそうと思ってしまったのは秘密にしておこう。
「食べ物がこんなに……うぇへへへへ」
「あかりちゃん、涎、涎」
一面の食品を前に、テンションがおかしなことになっているあかりちゃんの口元を拭ってあげていると、奥の方から試食はいかがですかー、という店員の声が聞こえてきた。
「し、試食ってお試しで食べていいってことですよね⁉ ちょっと行って来ます!!」
「あ、ちょ⁉」
それが聞こえるや否や止める間もなくあかりちゃんは駆けていき、伸ばした手が虚しく空気を掴む。
「……しゃあないか」
もう止めようもないし、カゴとカートを取りに行ってから追いかけようとした時だった。
「へー、今のが彼女さん?」
「うぉ⁉」
予想もしなかった背後からの声にびっくりして振り返ると、片手を上げたマキさんが立っていた。
「――ってマキさんか」
「やっ」
マキさんは片手を上げて答えると、向こうで店員から試食を貰って喜んでいるあかりちゃんへと目をやった。
「君にはちょっともったいないぐらい可愛い子じゃないか」
「いやいや昨日も言ったように彼女じゃないから」
「えー、でもご飯を一緒に作って食べるのに?」
「……聞いてたのか」
不敵な、というか面白いものを見つけたような笑みを浮かべるマキさんを相手に、何といったものかと考える。
友人では絶対納得してくれないだろうし、気づいていないなら余計な追及をされる可能性があるボイスロイドだとこちらから明かすようなこともしたくはない。
そうすると――
「……そうだよ、彼女だよ」
可能な限り平静を装って言ったつもりだったが、それでも自分の顔がほてるのを感じる。
それに合わせてにまぁ、とマキさんの口角が上がった。
「そっかそっかー、君にも春が来てマキさんは嬉しいよ」
「いやいやマキさんは一体どういうポジションのつもりなんだ……」
「ただのよく話すお客とコンビニ店員だねー」
マキさんは至極尤もな事を言いながら笑った。
「というか盗み聞きとかあまり趣味がいいとは言えないんじゃないか?」
「あー……それはごめん。君の姿が見えたからちょっと挨拶でもしようかと近づいたら、彼女さんがいて話しかけるタイミングを失っちゃってね」
『彼女』と言われて身もだえしそうになるが、そこは我慢だ。
「で、今日は一日遅れのクリスマスデートか何かだったのかな?」
「いやそういう訳では無いんだが」
とはいえこれだけの荷物を持っていたら、そう思われても仕方がないかもしれない。
マキさんはそれを聞いていぶかしげな表情を浮かべる。
「……一応聞くけどクリスマスはちゃんとお祝いしたんだよね? 昨日も一昨日もお弁当だったけど」
「あー、いや……」
「君はあんまりイベントを重視するようには見えなそうだと思っていたけれど、彼女がいるのにそれはよくないんじゃないかな?」
確かに自分に縁遠いイベントだったからとはいえ、昨日コンビニで思い出したにも関わらずそれをあっさり忘れていたのはよろしくないかもしれない。
……とはいえ、忘れてしまった原因の半分ほどがマキさんのプレゼント(避妊具)な気がしなくもないのだが。
「確かにそうだな、ちょっと遅れてになるけどケーキでも買って帰って今日お祝いするよ」
「うんうん、それがいいんじゃないかな。マキさんとしても早々に振られて悲しむ君の姿を見たくはないからね。それと、プレゼントも忘れずに用意しなよ?」
「プレゼントか……」
何気に難しい問題な気がする。確かに今日の買い物はあかりちゃんの為の物を買った訳だが、だからと言ってこれがプレゼントと言うのも味気ない。かといって、下手に実用的な物だとこれらとの区別が付かなくなりそうだし――
「迷ってるなら帽子とかどうかな? きっと似合うと思うよ」
マキさんの言葉に、向こうで試食した商品についてだろうか、店員さんと楽しそうに話しこむあかりちゃんを見遣る。
「……成程、たしかに似合いそうだな」
「でしょ? ――っと、そろそろ時間だからお邪魔虫は行かなくちゃ。じゃ、彼女さんと楽しんでねー」
現れる時もそうだったが去る時も唐突に、マキさんは急いでいるのかぴゅーっと去ってしまった。まあお店をやっているわけだし、忙しいのも仕方がないだろう。
改めてカゴとカートを取りに向かうと、そこには両手でウィンナーの袋を持ったあかりちゃんが待ち構えていた。
「おにいさん! これ凄く美味しかったですよ!!」
「あー、うん。じゃあそれも買おうか」
案の定試食に釣られて商品を持ってきているあかりちゃんを見ていると、食べ物の方が喜ぶのではとも思うが、やはりプレゼントは形に残るものの方がいいはずだ。
「あかりちゃん、ちょっと予定が出来たからここの後でもう一軒お店に行こうか?」
「本当に良かったんですか?」
夕暮れの中の帰り道、荷物を持っているにも関わらず、足取り軽くスキップしていたあかりちゃんが振り返る。
その頭には茶色のキャスケット帽が装備されていた。
「日用品や服だけじゃなくてクリスマスプレゼントに帽子まで」
あかりちゃんは嬉しさ半分、不安半分といった感じで訊いてくる。
「いいんだよ、折角のクリスマスなんだし」
本当は一日遅れだが、まあそこは置いといて。
「それとも余計なお世話だった?」
「そんな事はありません、すっごく嬉しいです!!」
「なら良かった、あかりちゃんが喜んでくれるなら贈った甲斐があるってものだよ。良く似合ってて、より可愛く見えるし」
「可愛い、ですか? えへへ……」
笑顔を浮かべる彼女を見ていると、こちらまで嬉しくなる。
次マキさんに会ったらお礼を言わなくてはならないだろう。
「クリスマスは知ってましたけど、ボイスロイドの私がこんな風にプレゼントをもらえるなんて想像もしてませんでした」
「いや、別にボイスロイドだからって何か貰ったら悪いなんてことは無いだろ?」
「それはそうかもしれませんけど、一般的にボイスロイドはあくまでマスターに仕える道具ですから。多分プレゼントを贈られるなんてことは珍しいと思います」
おにいさんと一緒にいると忘れてしまいそうになりますけど、とあかりちゃんは苦笑する。
「そっか。まあ個人的にボイスロイドだからとかどうだとか以前に、あかりちゃんの事はあかりちゃんだと思ってるから」
「……はい」
彼女は嬉しそうにはにかんで、それから帽子を手に持つと胸の辺りでぎゅっと抱きしめた。
「帽子、ずっと大切にしますから」
――――
ブラインドの隙間から僅かに夕日が差し込むだけの薄暗い一室に、カタカタというキーボードの音だけが響き渡る。
部屋には何台かのパソコンが並べられているが、電源が付いているのは一番奥に一台離れた机の上にあるパソコンだけで、そのパソコンに向かってキーボードを叩いているのはスーツを着た紫髪で細身の女性だった。
彼女は暫くの間画面を見ながら淡々と何事か入力していたが、やがて一区切りついたのか一つ伸びをする。
「さて、今日はこんなものですかね」
そう言って女性がいざ画面を消そうとしたところで、扉をノックする音が部屋に響いた。
「どうぞ」
扉が開いた先にいたのは、彼女とは二回りほど年の違いそうな同じくスーツ姿の大柄で不愛想な男だった。
男は扉を開くなり顔をしかめる。
「相変わらず部屋が暗いな」
「ええ、こちらの方が落ち着いて作業が出来てはかどるのですが。……いけませんか?」
「いや、目が悪くなりそうだと思っただけだ。君がいいなら別に構わんのだが」
そう言いながらも男は電気をつけて彼女の方へ歩いていき、一枚の書類を手渡した。
女性は髪と同じ紫の瞳を右から左へと二、三度動かして、それから成程と呟く。
「久しぶりの『現場仕事』という訳ですね」
「ああそうだ。情報が少なく判断に時間がかかったが、恐らく『完全自我個体』で間違いないだろう」
「起動された初日に逃走……モデルと雇用地からして、私もそれで間違いないと思います」
女性は書類の一部が気に食わなかったのか、少し顔をしかめたものの頷いた。
「私としても一見すれば分かると思うのだがね、確たる証拠が無ければ動けんと言われて随分と時間がかかった」
「それは仕方ありませんよ、それにしても五日ですか。急いだほうがいいでしょうね」
一通り目を通したのか、女性は書類を男へと返す。
「そうだ、日にちも経っていることだし早急に対処しなくてはならない。お願いできるね、結月君」
その言葉に、紫髪の女性は自信たっぷりの笑みを浮かべて胸を叩いた。
「勿論です、この結月ゆかりにお任せください」