これからも一区切りつくまで毎日投稿でやっていこうと思っておりますので、良ければお付き合いいただけると幸いです。
―あかり―
「痛っ――」
内側からガンガンと金槌で殴られるような頭痛に、文字通り叩き起こされた。
頭を押さえながら諦め交じりに昨日と同じくフルスキャンの結果を確認するが、案の定結果は『オールグリーン』のまま。
何が異常なしだ、と自分の事ながら文句の一つも言いたくなる。
昨日のフルスキャン後、パッチによって問題が修正されていないかとも思って任意アップデートも試してみたのだが、そちらも効果は無かったらしい。
昨日のように少し経てば痛みも引くだろうと再び目を閉じようとしたところで、そういえば隣におにいさんが寝ているのだと思い至った。
余計な心配はかけたくないし、聞こえて無ければいいがと隣を向くが、そこには誰もいない。
体内時計を確認すればそれも納得で、とうに昼を過ぎていた。
流石に、これ以上一人で寝ている訳にはいかないだろう。
可能な限り痛みに意識を割かないようにしてふらりと起き上がり、一通り他の部屋を見て回るがおにいさんは何処にもいない。
「どこか行っちゃったのかな、雪ふってるのに」
窓の外では沢山の羽が空から撒かれたように、大粒の雪がふわりふわりと舞っていた。
おにいさんが隣に居てくれれば少しは痛いのも紛れるかもしれないのに、と肩を落として和室に戻って来た所で机の上に書置きがあるのに気づく。
やっぱり出かけているみたいだ。何の用なのかは分からないけれど、早く戻ってきてくれるといいな。
そう思いつつもいないのならもう少し横になっていてもいいだろうと、書置きを机に置きなおし布団にころりと転がって、毛布をぎゅっと抱きしめる。
すると毛布からおにいさんの香りがして、まるでおにいさんに抱き着いているかのような心地がした。
思わずぎゅぎゅっと抱きしめる力を強めると、それに合わせて香りも強くなる。
「おにいさん……」
目を瞑って暫くそのままでいると、頭の痛みがじんわりと溶けていく。
「ふふ」
あまりにも効果てきめんで、流石に自分でも笑ってしまう。
匂いだけで、抱き着いていると想像しただけで、暖かな安心感に包まれるようだった。
……だけどそれは、結局痛みが無くなった訳じゃなくて、より強い感情で誤魔化しているだけだ。
もしかしたら自分は長く無いのではないだろうか、だんだんと悪化する痛みはそんな疑念を浮かび上がらせる。
……そんな事、考えたくはない。
だが原因不明の不調が続いている以上、あり得ない話ではなかった。
「それは、やだな……」
夕暮れ時の影みたいに迫る不安から逃げようと、布団へ顔を埋める。
まだまだ食べていないものも沢山あるし、知っているけど経験していないことも数えきれない。
いや、そもそも自分の知らないことだってまだまだあるはずだ。それらに触れることなく機能停止してしまうのは嫌だ。
――だが、何よりも。
「おにいさん……」
これ以上おにいさんと一緒にいれないなんてと、そう想像しただけで涙が滲んでくる。
勿論私みたいな人形の我儘で、いつまでもおにいさんを拘束していていい訳が無いのは分かっている。
だけどまだ今日でたったの四日だ、一週間も経っていない。
もう少し、もう少しだけ一緒に居させてくれてもいいじゃないか。
誰に対するわけでもない不満が心の中で反響する。
まだ、生きていたい。
命令にすら従えない、ボイスロイド失格な自分がこんなことを思うのはおこがましいのかもしれない。
だが、それでもそう願わずにはいられなかった。
カチャリ
鍵の開く音が耳に届いたのはそんな時だった。
丁度良かった、これ以上一人で考えていたら底なし沼のように、悪い思考へ飲み込まれていたかもしれない。
慌てて布団から起き上がると、涙に気づかれないように目をぐしぐしと拭って玄関へと向かう。
「おかえりなさい……ってどうしたんですか⁉」
開いたドアの先に立っていたおにいさんの頭には、昔話のお地蔵さまが如く雪が積もっていた。
おにいさんは指摘されたことで漸くそれに気づいたようで、頭に手をやってわしゃわしゃと雪を払い落とす。
「ちょっと考え事しながら帰ってたから、いつの間にか積もってたみたいだな」
あんなことになるまで放置していたということは、余程大事な事を考えていたのだろうか。
疑問に思いながらも、おにいさんの邪魔にならないよう廊下の端に寄ろうとしたところで、おにいさんに手首を掴まれた。
「ど、どうしたんですか?」
何時になく真剣に私の目をのぞき込むおにいさんに定格心拍は乱れ、ボイスロイドにも拘らず危うく噛んでしまいそうになる。
だがおにいさんはそんな事気にも留めていないかのように、無言のまま私を見つめるばかりだ。
……もしかして、気づかぬうちに何かまずいことをしてしまったのだろうか。
しかし考えても原因が分からず段々と不安になってき始めたころで、ようやくおにいさんが口を開いた。
「あかりちゃん」
「……はい、何ですか?」
何を言われるのだろうか、もしかして『ここにはもう置いておけない』とかそういう話だったりするのだろうか。
並々ならぬ真剣さに、不安と恐怖を表に出さないように努めながら答える。
だが、おにいさんが続けた言葉はその予想とは逆の、全く想像もしていないものだった。
「……君の事が、好きだ」
――それとも、本当にあの子の事が好きなのかい?」
マキさんの言葉を反芻しながら、自転車を押してゆっくりと家への道を歩む。今は少しでも考える時間が欲しかった。
……いや、実際の所自分の気持ちはもう分かっている。
あかりちゃんの事が好きだ。
一緒に過ごしている内なのか、初めて肌を重ねた時なのか、はたまた出会った時からなのか……それは分からないが、いつの間にかあかりちゃんの事が好きになっていた。
だけどマキさんがわざわざああいう風に言ってきたのは、その上であかりちゃんにそれを伝えるかどうかという事までを含むはずだ。
自意識過剰などでなければ、あかりちゃんが自分の事を憎からず思ってくれているのは確かだと思う。
しかし、それがマキさんの言うような好意なのだろうかという事に関しては自信が無い。
自分はただ野良になった彼女へ最初に手を伸ばしただけで、それに対して感謝や恩を感じる事はあってもそれが好意へ繋がるだろうか。
あかりちゃんが楽しそうなのも自分と一緒だからと言うより、初めて経験する様々の事に対してではないだろうか。
恋人同士がするような事は毎日のようにしてはいるが、それだってあかりちゃんからすれば最初に言ったように本当にただの『お礼』なのではないだろうか。
そう考えると、あかりちゃんが自分に向けているのは『おにいさん』という呼び方通り、せいぜい信頼のおける年上相手への好意といったところではないかと思ってしまう。
はぁ、とため息が白い靄となって空気に溶ける。
……ああそうだ、結局のところ自分はあかりちゃんに好きだと言って拒否されるのが怖いのだ。
好意を抱いているし、一歩踏み込んだ関係になりたいと思っていながらも、失敗して関係が壊れてしまうのが恐ろしいのだ。
居候という家族のように近いけれど、彼女が出て行ってしまえばそれでお終いになる、薄氷上の関係。
その上を無暗に歩いて、自分で壊してしまうような事だけはしたくない。
そんな風に同じような事をぐるぐると考えている内に、いつの間にか家の扉までたどり着いてしまっていた。
しばし扉を開けるのを躊躇するが、何時までもここに立っているわけにはいかないだろう。
「おかえりなさい……ってどうしたんですか⁉」
鍵を回して扉を開けると、駆け寄って来たあかりちゃんが頭の上を見てびっくりしていた。
何事かと頭に手をやると、ゆっくり歩いて帰ったせいか頭に雪が積もっていたようで、頭上からバサバサと雪が落ちてくる。
「ちょっと考え事しながら帰ってたから、いつの間にか積もってたみたいだな」
だが、今はそんな事よりも目の前のあかりちゃんに関しての方が重要だった。
改めて意識した状態で彼女を見ると、抑えきれない程の愛しさが沸き上がって来る。
それに回収課の奴らにあかりちゃんを引き渡すつもりはないとはいえ、もしかしたら今日を逃せば伝える機会が無くなってしまうかもしれない。
そう考えると、気が付けば伸ばされたあかりちゃんの手首を掴んでいた。
「ど、どうしたんですか?」
急な行動にあかりちゃんが再び驚いたような声を上げるが、こちらにもそれを思いやれるほどの余裕はない。
ここまでした以上今更何もないというのは不自然だけれども、かと言って何と言葉にすればいいものだろうか。
暫く考えるが、心臓が早鐘を打ち思考が空回りするだけで、洒落た言葉の一つも思いつかない。
「あかりちゃん」
「……はい、何ですか?」
結局自分には、思っていることをそのまま口にする事しか出来なかった。
「……君の事が、好きだ」
言った瞬間あかりちゃんが目を見開き、そして世界が止まる。
後は彼女の驚きが、肯定への前兆であることを祈って待つより無い。
あかりちゃんに反応があったのは、それから一瞬とも永遠ともつかない空白の後であった。
「嘘、ですよね?」
茫然としたままあかりちゃんは口を開く。
「そんな嘘つくわけないだろ。本当にあかりちゃんの事が好きなんだ」
「だって、でも……」
そんな事言われるはずがない、という諦めの感情が混じったように彼女は視線を外す。
「おにいさんが私を好きになるなんてありえないですよ……」
「……どうしてそう思うんだ?」
「私はボイスロイドで、人間じゃないんですよ? おにいさんは優しくしてくれるから勘違いしそうになりますけど、結局私は道具でしかないんです! だから、おにいさんに好きだって言って貰える資格なんて無いですもん!!」
あかりちゃんの伏せられた顔から、一滴の雫が垂れた。
『道具でしかない』そういえば初めて会った時も、似たようなことを言っていた気がする。
恐らく元所有者の言葉なのであろうそれは、酷くあかりちゃんを縛り付けているようだった。
なにせ、人間と変わらぬ自我を持つ彼女にとって、それは自身の存在を否定されるようなものだったろうに、野良になってからもずっとその言葉に縛られて今日まで過ごしてきたのだ。
堪らず、あかりちゃんを引き寄せて抱きしめる。
「そんな訳ないだろ! あかりちゃんは道具なんかじゃない!! ボイスロイドだとか人間だとかそんなの関係ないだろ、あかりちゃんはあかりちゃんなんだから」
「でも――」
反論しようとした彼女の言葉を遮る。
「その続きは聞かないからな。あかりちゃんがどうしてそう思うようになったのか、それは分からない。だけど、俺にとってあかりちゃんはあかりちゃんで、可愛くて、一緒に居ると楽しくて、どうしようもないくらいに大好きな一人の女の子なんだ!!」
「おにい、さんっ……!!」
それを聞いて、あかりちゃんはこちらの背に腕を回すと胸に頭を埋めて静かに泣いた。まるで今まで胸にため込んでいたものを吐き出すように。
落ち着くまで彼女の頭を何度か撫でていると、しばらくして涙声交じりにあかりちゃんが訊いてくる。
「……さっきの言葉、本当、ですか?」
恐る恐る、暗闇の中光を探すように手探りな言葉で。
「当たり前だろ」
「ぇぐ…………それじゃあ本当に、おにいさんは私の事を好きになってくれたんですか?」
「……うん、俺はあかりちゃんの事が好きだ」
あかりちゃんの感情が溢れる音がした。
「私も……私もおにいさんの事好きです! 大好きです!!」
今まで押さえつけていた感情が堰を切ったように、あかりちゃんの抱き着く力が増した。
「拾ってくれた時からずっと好きだったけど、ずっとおにいさんの迷惑になると思って……ずっと、ずっと我慢してたんです! だから、すごく嬉しいです!!」
「迷惑なもんか、俺も凄く嬉しい」
そのまま暫く抱き合った所で顔を上げたあかりちゃんの唇に、吸い寄せられるようにして唇を重ねる。
「んちゅ……」
唇をくっつけるだけの軽いキスだったが、それだけでも今までのキスよりあかりちゃんと深くつながったような感じがした。
それはあかりちゃんも同じなようで、唇を離すと蕩けた笑顔を浮かべる。
「えへへ……」
あかりちゃんも好意を持っていてくれたことが嬉しくて、あかりちゃんに抱きしめられている体だけでなくて心まで温かくなっていくようだ。
それは芯まで冷えていた体を温めてくれるような…………と散々抱き着いておいて今更ながら、自分が雪の降る中を歩いてきたせいで、冷え切っている上に服も湿っぽくなっているのに気づく。
さっきまでずっと色々な考えごとの方に集中していた為、気づいていなかったのだ。
慌ててあかりちゃんを引きはがすと、彼女の服もじんわりと湿っていた。
「ごめん、つい勢いで抱き着いちゃって」
「むー、そんな事くらい気にしなくていいのに」
どちらかというとあかりちゃんは引き離されたことに不満な様子だが、髪も服も濡れたままという訳にはいかない。
「いやそういう訳にもいかないでしょ、シャワー浴びたらすぐ戻って来るからちょっと待ってて」
そう言ってお風呂場に行こうとしたところで、あかりちゃんに袖を引かれた。
「あの、それだったら一緒に入りませんか?」
魅りょ……もとい衝撃的な提案に一瞬思考が止まる。
「えっと……理由を聞いても?」
「その、おにいさんがさっき告白してくれて、お互い好き同士だったって事はおにいさんと恋人になったって事ですよね」
「……まあ、そうだな」
無論そうなりたいと思って告白したわけだが、改めて言われると何だか気恥ずかしく、頬を掻きながら答える。
「それなら恋人らしいことをして、おにいさんと恋人になったことを実感したいんです」
「それで一緒にお風呂に入りたい、と」
「はい。お風呂で彼氏の背中を流すのは彼女のたしなみだと、私の常識データベースに入ってるんですけど、違うんでしょうか?」
何でそんなものが常識として入ってるんだ。というかそれは常識なのか……?
色々突っ込みたいところはあるが、そのおかげで頬を染めながらもあかりちゃんの方から一緒にお風呂に入りたいと誘ってくれているのだから、今はあまり考えないでおこう。
「まあ、確かに恋人同士でお風呂に入るのはある事だと思うし、あかりちゃんがそうしたいならいいよ」
本当はこっちからお願いしますと頼み込みたいほど魅力的な提案なのだが、その興奮を悟られないように抑えて答えると、あかりちゃんはぱあっと表情を輝かせる。
「やった! それじゃあ早くお風呂場に行きましょう!」
あかりちゃんは言うが早いか手を握って、お風呂の方へと引っ張っていくのだった。