―マキ―
「あんなに飛ばして大丈夫かなぁ……」
一漕ぎ目から全力でペダルを踏みこむ彼を見ていると少し不安になるが、あかりちゃんは追われる身だし、さっき言っていた思い当たる場所から移動してしまう事も考えられない訳では無い。そうなってしまうのも仕方がないだろう。
「ま、それよりあかりちゃんが通らないか注意しておかないといけないか。流石に見逃しましたじゃ済まないしね」
と意識を店の前に向けると、丁度一台の黒いバンが駐車場に入って来た。
それ自体は珍しいことではないが、そのナンバープレートの地名はまずこのあたりで見かける事のない、随分遠い場所の物だ。
もしかして、と考えていると降りてきたのはオーソドックスなゆかり型のボイスロイドで、スーツの胸にはAHS社の社章が留められていた。
「やっぱり、か」
間違いない、彼女が回収課という奴なのだろう。
とはいえお客さんとしてくるならば普通に接客をするだけだ、何も問題は無い。
「……問題は、どうもそんな雰囲気じゃなさそうって事かな」
背後に二人の黒服の大男を連れて、厳しく目を細めたゆかり型はドアを大きくあけ放った。
「いらっしゃいませー」
一応いつも通りの接客を試みようとするが、案の定彼女は真っすぐこちらへつかつかと歩みを進めてくる。
「突然このような形でお邪魔して申し訳ありません、マキ型さん。私、AHS社回収課所属のゆかり型です」
「これはご丁寧にありがとうございます。それで、AHS社の方が何の御用でしょうか?」
差し出された名刺をにこやかに受け取りながら、何も知らない体を装う。
が、向こうはどうやらお見通しのようだった。
「先ほどあの男としていたお話について少々お伺いしたいのですが……いえ、単刀直入に言いましょう。彼はあかり型の居場所について何か言っていませんでしたか? 些細な情報でもいいので知っている事を教えて欲しいのですけれど」
「彼とはただ単に顧客と店員として当たり障りのない話をしてただけだよ。それに、あかり型についても残念だけど知らないかな」
「先日会っているのに知らないわけがないでしょうマキ型さん」
そういってゆかり型はタブレットの動画を再生する。映っていたのはモールで彼とあかり型に会ったところだった。
「……人のプライベートを覗くなんて、ちょっと趣味がいいとは言えないんじゃないかな?」
「それに関しては確かに申し訳ありませんが、安全の為ですので」
「安全のため、ね。ま、どちらにしろせっかく来てもらっておいてなんだけど、どこにいるのかボクには見当もつかないね」
大仰に両掌を上に向けて首を傾げ、さっぱりだとアピールしたつもりだったのだが、ゆかり型はどうやらそれが気に障ったらしい。
「とぼけないでください! こちらも時間が無いんです!! ……あんまり手荒な真似はしたくなかったですけど、こうなったら無理やり喋ってもらいますよ」
こちらを睨みつけながら軽く咳払いをして喉を整え、ゆかり型はビシィッとこちらを指さした。
「強制執行コードES-097Fッ!! あかり型について知っていることを教えなさい!」
しばし耳鳴りしそうなまでの静寂がコンビニ全体を支配し
「……ぷっ、くくっ。あーっはっはっはは!! ちょっと待って!! ふふっ、ゆかり型さ……いやもうゆかりちゃんでいいや。今の何?」
ボクの馬鹿笑いがその静寂をぶち壊した。
「え? あれ?」
ゆかり型改めゆかりちゃんは、何が起こったか分からないと只々困惑している。
「格好つけて『強制執行コード!!』だっけ? くっ、ふふ。さ、流石にちょっとそれは自分一人で楽しむならいいけど、人前でやったら痛いよ~」
「~~っ!! 何でコードが効かないんですか⁉ それに私だって好きでやってるんじゃないです!!」
自信満々で行った行動が効果を発揮しないばかりか、中二病扱いされて痛いとまで言われて、ゆかりちゃんの顔を染める色は困惑から羞恥と怒りの赤に変わった。
「好きでやってる訳じゃないって、もしかしてそれもアレ? 『くっ、私の中の私がッ』みたいな事かい?」
「う、うるさいっ!! チームアルファ、全員来なさい!!」
ゆかりちゃんが叫ぶと同時、駐車場に止めてあったバンからゆかりちゃんの背後に立っている黒服と同じような男が更に三人おりてきて、店内に入ってくる。
「……こうなったら物理で実力行使させて貰いますッ! もう一度訊きます、あかり型について知っていることを喋りなさい。素直に従うならよし、さもなくば無理やりにでもしゃべってもらいますよ⁉」
「もし喋らなかったら、後ろの怖いお兄さんたちにボクは乱暴されちゃうのかな?」
「いえ、ちょっとデバッグモードになって素直にしゃべってもらうだけですよ。尤も、抵抗するなら多少そういう事になるかもしれませんが」
背後の男たちが一歩前にずいっと詰め寄る。
「……成程、そっか。」
「私も手荒な真似は取りたくないですし、ご理解、ご協力いただけると幸いなのですが」
「そうだね……」
ゆかりちゃんは私が流石にしゃべる気になったと思ったのか、声を和らげる。
「だが断る」
「なっ?!」
露骨に狼狽するゆかりちゃんの表情を見ていると、昔読んだ漫画の『圧倒的優位に立っていると思い込んでいる相手に対して「NO」と断ってやることこそ至上の快楽だ』というセリフもあながち間違っては無いのかもしれない。
とはいえ一応ゆかりちゃんも一チームを任せられているだけはあるらしく、再び表情を引き締めこちらを指さした。
「仕方ありません。アルファワン、あのマキ型を捕まえてください。……もし損傷させてしまったらごめんなさいね、マキ型さん。その時は後でちゃんと手当てしてあげますから」
命令と同時にゆかりちゃんの右後ろに控えていた一人がこちらに近づき、無言で手を伸ばしてくる。
「そっか、ゆかりちゃんから手当てしてもらえるなら安心だねー」
ボクはその手に自分から手首を差し出し、そしてあっさりと前腕を捕まえられた。
その行動を見ていたゆかりちゃんの顔に、そして感情の無さそうな黒服の男たち――否、触られた今なら断言できるが、間違いなく警備などの為に作られたガードロイドだろう――の顔にすら疑問符が浮かんでいるようだった。
そんな彼らを無視してアンドロイド法の一節を読み上げる。
「……全ての正当な所有者を持つアンドロイドは、自らが不当な理由によって損傷、破壊される可能性がある場合、所有者に代わってその財産を保護する為、自衛行動をとることが許される」
「っ?! アルファワン、いったん離れて!!」
さっきは冷静さを失わせる為小馬鹿にしたような態度をとったが、どうやらボイスロイドながら他のアンドロイドを任されているだけあって、ゆかりちゃんも馬鹿ではないらしい。
だが、遅い。
ゆかりちゃんの命令をガードロイドが認識して行動に移す前に、ボクは空いた手で立てかけてあったモップを掴んでくるりと一回転させ、その勢いをのせたまま男の脇腹に突き立てる。
「つまり、この状況はボク達的に言えば自己防衛成立って事だよね?」
だが手に帰って来るのはまるでコンクリートに棒をついた時のような感覚で、ガードロイドは表情すら動かすことすらなく平然とした様子だ。
これは――
「……ふっ。ちょっと焦りましたけど、電気動力式のガードロイドに、モップなんかが効くわけないでしょう!」
「成程ね、わざわざ教えてくれてありがとうゆかりちゃん」
「あっ⁉」
……訂正、やっぱりこのゆかりちゃんは駄目な子かもしれない。
まぁ実際の所は感触でそうだろうと予想はついてたんだけど。
脇腹に突き立てたモップを引き戻し、今度は自分を掴んでる肩の少し内側目掛けて捻りを加えながら突きいれる。
するとキュイッという小さな機械音と共に、男、もといガードロイドの握る力が弱まった。
その隙を逃さず素早く手を振りほどく。
「えっ⁉」
ゆかりちゃんが驚いたような声を上げるが、それはまだちょっと早い。
モップの先端を踏みつけ柄を両手で勢いよく回すと、ブラシが外れて留め具の金属が露出する。
これで準備は整った。
「ファイヤッ!!」
もう一度掴みかかってこようとするガードロイドに対し、先ほどと同じ場所目掛けて全力の刺突をお見舞いする。
ギュキィイン!
モップの留め金が黒服に刺さると同時、歯車が割れたような嫌な音と共に、ガードロイドの腕がだらんと垂れ下がった。
「嘘ッ?!」
「確かに電気動力式はボクたちより馬力が出せるし頑丈にできるけど、その分四肢のパーツが重いから、それを支える関節部は弱点になっちゃうんだよね」
「そんなっ! その弱点は事実ですけど、最新型の彼らには関節を守る為のプレートが付いて……」
解説しながらもう一方の肩関節も破壊し、更にそのまま左足にも一撃。
たちどころに両手片足の動力を奪われたガードロイドは、なすすべなくその場に倒れ込んだ。
「あー、そのプレート外すのに、この金具が丁度いいんだよね」
そう言ってモップの先の金具を指で叩く。
「くっ!! アルファチーム、全員一気にかかれっ!」
漸くそこでまずいと判断したのか、ゆかりちゃんは一気に残り四体をこちらにけしかけて来た。
「ま、そうくるよね。ボクだって今のゆかりちゃんの立場ならそうするよ……けど」
合図と同時に、黒い津波のように押し寄せるガードロイドたちの初撃を後ろに跳んで回避。
続いて手近な棚にあったイワシの蒲焼缶を掴み、二撃目の攻撃を仕掛けようと先頭を切る個体の顔面に投擲する。
ゴン!
金属同士がぶつかったような音を立てて缶詰はクリーンヒットするが、そんな程度ではガードロイドの勢いは落ちない。
せいぜい一瞬、彼の視界を妨害したに過ぎないだろう。尤も――
「その一瞬で充分!!」
こちらの攻撃が見えずガードロイドが対処できないその間に、砲弾の如き勢いをつけたモップの一撃目が左肩の関節を打ち砕き、ライフルの如く旋回する二撃目が右肩の関節を食い破る。
そして両腕の制御を失い、体当たりするしかなくなった彼の突撃を杖術の要領でいなして地面に転がした。
「次ッ!」
二体目の服を掴もうと伸ばした手に柄を絡ませ、てこの原理で関節を固定。
「ギュンっと!!」
そのまま相手の勢いを利用して、三体目に激突させる。
しかしこれは転がした方向が悪く、二人分の巨体が商品棚に激突して派手に商品が宙を舞った。
「あっ⁉」
こんな時でも潰れた商品たちを見て損害を計算してしまい、今月の赤字が確定したのを理解する。
しかも相手がやったのならいざ知らず、自分でやってしまったのだから完全なる自己責任だ。
「…………!!」
やり場のない憤りを乗せたモップが最後のガードロイドの股関節を無残にも粉砕し、これで立っているのは自分とゆかりちゃんだけになった。
くるくると手持ち無沙汰にモップを回しながら距離を詰めていくと、ゆかりちゃんは後ろへずり下がりながら半狂乱で叫ぶ。
「なッ、何なんですかあなたはッ⁉」
「何って言われても……ボクは只の、コンビニ店員のマキさんだよ」
「ふざけないで下さい! 何でボイスロイドがガードロイド相手に! それも一対五で圧倒してるんですか⁉ 明らかにマキ型の定格スペックを超えてるじゃないですか!!」
「まぁ確かにちょっとばかし特別製ではあるけどね。執行コードが効かなかった時点でちょっとはその可能性を警戒しなよ、ゆかりちゃん」
それを聞いたゆかりちゃんはハッと表情を歪める。
「じゃ、じゃあまさかさっきの馬鹿にした口調は分かってた上で――」
「そりゃそうだよ、ゆかりちゃんがあっさり挑発に乗ってくれて助かったけどさ」
まぁ実のところ、コードを口にされた時は大丈夫だと思いつつも、もし有効だったらどうしようと少しばかり緊張していたのだが。
「ま、とにかくこれで二人きりになれたんだしゆっくり『お話し』しようよ、ゆかりちゃん」
にっこりと最上の営業スマイルを浮かべて、彼女の前のタイルにズドン! とモップを打ち込んだ。
「い、嫌……っ! ひっ……」
とうとう背中がガラスにぶつかって後ろに下がれなくなったゆかりちゃんは、喉を締められたような悲鳴を上げてへなへなと腰を抜かす。
その反応は――精神的なファクターが身体的な反応として現れるのは、疑似自我しかもっていないアンドロイドにはまず見られない特徴だ。
「もしかしてゆかりちゃん……」
ボイスロイドが、ボイスロイドを管理するためのコードを使っているのは不思議だと思っていたが、それもまさか完全自我を持っている個体が使っているとは思わなかった。
いや、そこは人間と同様に完全自我を持つ個体だからこそ、か?
――尤もその反応が恐怖で崩れ落ちるというものなのはちょっと失礼な……いや客観的に見れば電気式のガードロイド五体を次々転がしていった訳で、恐怖されても仕方無いといえばそうなのかもしれない。
兎も角大事なのは、AHS社に完全自我を持つ個体が所属しているという事だ。
「ゆかりちゃん、君も完全自我型だというのなら――」
君が追っているあの子も同じなのだから何とかできないかと、頽れたゆかりちゃんと目線を合わせるために屈んだところで、彼女はビクンと肩を震わせた。
「あっ。やっ、やだっ……!」
シュルシュルという音に慌ててスーツの股部分を抑えるゆかりちゃんだったが、抵抗の甲斐なくそこに浮かんだ染みはあっという間に広がり、ついには床に小さな湯気を上げる池が出来上がってしまった。
「…………」
「…………」
「…………ゆ、ゆかりちゃん? 大丈夫?」
俯いてぶるぶると肩を震わせるゆかりちゃんは、その一言で完全に決壊した。
「うぇっ、ひぐっ……。だ、だいじょぶな訳無いじゃないですかマキさんのバカぁ!! 急がなきゃ間に合わなくなっちゃうのにー!!」
そこには店に乗り込んで来た時の出来る女感は塵ほども残っていない。
ただ、恥も外聞もなく大声で泣き声をあげるポンコツボイスロイドがいるだけだった。
幼児退行してしまってわんわん泣きわめくゆかりちゃんを前に、ボクはただ途方に暮れるしかない。
「えー……」
……本当にどうしよう、これ。
一先ず、床の粗相跡は店の為にも掃除するとして……ゆかりちゃんがやらかしてしまった原因の一端は自分にあると言えなくもないし、せめて何か服を貸してあげよう。
話はそれからでいいや。
「ええっと……大丈夫? 一先ず先に着替えない?」
少し落ち着いたのか大泣きから、俯いたまま静かに鼻をすするゆかりちゃんに手を差し伸べる。
と、やはりゆかりちゃんも気持ち悪かったのか大人しく手を取り立ち上がって――
「――エマージェンシーコードEM-22S」
「あ……?」
瞬間、体が凍り付いたように動かなくなる。
「あ……」
まさかここまでのは全部演技だったのか……そう訊こうとするも、口すら動かない。
「……本当の切り札ってのは、最後の最後まで残しておくものですよ、マキさん?」
ゆっくりと顔を上げたゆかりちゃんの瞳は、奈落のように淀んだ紫で濁っている。
(あー、これはちょっとやばい、かな?)
嫌な汗が一筋ツーっと頬を伝った。