――結局、三人前のパスタを二人であっさりと完食して。
腹も満たされ程よい眠気に誘われるまま、布団にダイブしてしまいたいところであったが、女の子がいるのにお風呂に入らないのもどうだろうか。
そう考えてシャワーを浴び部屋に戻ってみると、あかりちゃんはまだ起きて……というかなんとかかろうじて起きて、うつらうつらしながらもちゃぶ台に向かっていた。
もう深夜二時近いのでお風呂に入る前に、先に寝てていいし布団も使っていいと言ったはずなのだが。
こちらの姿を認めると、あかりちゃんはふぁ、と小さくあくびを吐いた。
「あ、おふろあふぁったんれふね」
あくび交じりなせいで、ろれつが回っていない。
さっき三日食べて無いと言っていたということは、当然三日はまともな環境で寝れてないわけで、疲れがたまっているだろうに。
というか、普通にご飯を食べてたのといい、眠くてうつらうつらしているのといい、まるっきり普通の人間と変わりないのに少し驚く。
ただ、本当に人間だったら顔の幼さから考えて恐らく中学生くらいだろうし、事案になるのは間違いないので、彼女の言を信じるばかりなのだが。
あまりそういうことは考えないようにして、彼女の向かいに座り込む。
「ああ、上がったよ。……無理して起きて無くても良かったのに」
「おにいさんより先に寝る訳にはいきませんし、それに私が布団で寝たら、おにいさんの寝る場所が無いじゃないですか」
「あー、それは……」
確かにそうなのだ。この和室にあるのは布団とパソコン机、それにちゃぶ台とプラスチックの収納箱位。
寝る為の空間はあっても寝る為の場所はなく、唯一の救いと言えば畳敷きなことくらいだろうか。
本来なら女の子と一緒の部屋で寝ること自体に問題がある気もしないではないが、冷暖房もない上に、ガンガン体温を削って来るフローリングのキッチンで寝るつもりはない。
そんな事をすれば明日冷たくなっているのは自分自身だ。
あかりちゃんに、元々寝るつもりだったちゃぶ台を挟んで布団の反対側の空間を指さす。
「ここで寝るから大丈夫だよ」
「ここって……床の上で寝るつもりですか? 風邪ひきますよ! ちゃんとお兄さんが布団で寝てください。私は、部屋の中ならそれで充分ですから」
あかりちゃんは、ぱっと立ち上がりこちらの手を取ってぐいぐいと布団の上へ引っ張っていこうとする。
「いやいや、あかりちゃんを床に寝かせる訳にはいかないから」
「駄目です! 家に入れてもらっただけじゃなく、ご飯まで頂いて、その上布団を取るなんて出来ません」
別に家に泊めるくらいなんてことは無いし、ご飯だって金額も手間も大したことは無い――とこちらは思っているのだが、この様子だとあかりちゃんは納得しないだろう。
何にせよ、あんな格好で床に寝かせては風邪を引きかねないし(ボイスロイドが風邪をひくのかは知らないが)、例え風邪をひかなかったとしても、自分だけ布団で寝て女の子を床に寝かせるなんて絶対に却下だ。
「……じゃあ、私も布団で寝るのでおにいさんも一緒に布団で寝てください」
どうしたものかと悩んでいると、あかりちゃんは不意にそんな事を言ってきた。
「うぇ?! 一緒にとか、そんなの余計できる訳がないだろ」
「それは、私なんかと一緒に寝るのは嫌と言う事ですか?」
「いや、そうじゃないけど! そういう訳じゃないんだけど……」
上目遣いの彼女が引っ張るのに抵抗しながら考え込んでいると、あかりちゃんは暫くの間大人しく引っ張られないことに頬を膨らませていたが、突然に手を放すとちゃぶ台を回り込んでこちらに近づいてきて。
「……えいっ!!」
突然に腕に抱きつき、手を両手でぎゅっと捕まえてきた。
押し付けられた二つの双峰が、ふにゅんと形を変えて腕を包み込む。
「ちょいっ⁉ あかりちゃん⁉」
「私に布団で寝てほしかったら、おにいさんがちゃんと布団で寝てください! おにいさんが布団で寝るまで離しませんから」
あかりちゃんの真剣な眼差しは、その言葉が本気である事を物語っていた。
「分かった!! 分かったからちょっと手を放そうか」
こちらがちょっと屈むか、彼女がちょっと背伸びをすれば、キスしてしまいそうな距離感。
そして、自分の手の両面を包み込む女の子の手の柔らかさと暖かさ。
そして何より腕を包む手の平よりも柔らかくて暖かい彼女の胸に耐えられず、即座に白旗を上げてしまう。
しかしそうでなければ、前かがみにならざるを得ないのは明らかなので仕方がない。
「本当ですか?」
「本当だって。だから、ね? 手、放そう?」
「……分かりました」
完全に信用したわけではないのか、彼女はゆるゆるとした緩慢な動きで拘束を外すと。
「ほら、早くお布団に行ってください」
やっぱり信用されてはいなかったようで、ぐいぐいと背中を押されて布団の上まで運ばれてしまう。
そして促されるままに掛布団をめくり、体を滑り込ませると、それに続いて彼女が布団に潜り込んできた。
「お邪魔しまーす」
「うぉ!!……っと?!」
分かっていた筈なのに、あかりちゃんが入ってきたことで思わず変な声と共に布団から飛び上がって……瞬間、腕に絡みつかれて布団の中に引き戻される。
「布団から出ちゃだめですよ、今夜雪が降るって言ってたのはおにいさんじゃないですか」
怒ったように口をとがらせ、こちらをジト目でねめつけるあかりちゃんだったが、それに答える余裕はなかった。
なにせ、彼女は逃がすものかとこちらの腕に全身で抱き着いているのだ。
つまり先ほどと同じように、二の腕をふにゃんと暖かな極上のクッションが包み込んでいるばかりでなく、手も彼女の腹部に押し付けられる形になっているのだった。
左腕全体で感じるあかりちゃんの柔らかさと熱。それはパジャマの袖とシャツという二枚の薄布を容易に穿通し、彼女の躰を容易に想像させる。
細くすべやかな手、飛び込みたくなるほど豊かに柔らかく育った胸、うっすらと肉のついたお腹。
もし、もしも。手をほんのちょっと回して彼女の躰に触れたならば、どれほど気持ちがいいことだろうか。
……だがこちらの身を案じて、布団から出ていこうとするのに怒ったような表情をするあかりちゃんを見て思いとどまる。
一時の劣情に身を任せるのは易いが、そんな事ぐらいで目の前にいる少女の顔を曇らせるようなことはしたくなかった。
「ごめんごめん。あかりちゃんがいきなり入って来るからちょっとびっくりしただけだから」
「……本当ですか?」
「本当だって」
「……信用できないので、おにいさんが寝るまでこのままでいますから」
「それは……」
やめてくれ、と言おうか迷ったものの、そうした結果更に密着される羽目になっては困る。
先ほど寝落ちしかけていたし、あかりちゃんが寝てしまうのも時間の問題だろう。それまで我慢すればいいかと考え直す。
「分かったよ。じゃあおやすみ、あかりちゃん」
そう声をかけて、枕元のリモコンを操作し電灯を常夜灯に変えた。
それであかりちゃんは納得したのか、橙色の薄明かりの中、にこりとほほ笑む。
「おやすみなさい、おにいさん」
そんな彼女を見ながら、意識を夢の世界へと手放すのだった。
(――ってそんなあっさり寝れるかぁああっ!!)
部屋を暗くしてから三十分ほどだろうか。
目をカッと開き、声に出せない魂の叫びを上げる。
疲れているし眠気が無いわけではないのだが――と事態の原因である、隣で規則正しい呼吸を続け、そして今なおこちらの腕をがっしりとホールドして、微塵も離す気配のないあかりちゃんに視線を落とす。
あの後、あかりちゃんがあっさりと寝落ちした所までは良かった。そこまでは想定通りだったのだが……。
あかりちゃんは、腕を外そうとほんの少しよじった所で「らめれふよぅ……」と、夢見交じりに腕へ抱き着いてきたのだった。それも、抱き枕にしがみつくような感じで。
結果どうなったかと言えば、手を下腹部と太ももの三点でがっちりとロックされてしまった。
つまり、今現在あかりちゃんの一番大事かつ最も柔らかい場所に、手が押し付けられてしまっているのだ。
二つほど幸いなことがあるとすれば、一つはシャツがめくれ上がっておらずダイレクトな接触は避けられたことと、もう一つは手の平ではなく比較的鈍感な甲部分が押し当てられているという事か。
おかげさまで感覚神経を上って来る情報は比較的限られている。
だが、彼女の『そこ』に、手が当たっているという事実が否応なしに心拍数を高め、下半身の一点に血流を送り続けているのだった。
そして、一度高められた劣情は次々と新たな興奮材料を見つけていく。
例えば、眼下に広がる銀色のさらさらとした髪の海に。
例えば、呼吸に合わせて胸のふくらみが腕を押す規則正しいリズムに。
例えば、同じシャンプー、石鹸を使っているはずにも関わらずどことなく甘ったるさのある彼女の体臭に。
例えば、身長が小さいせいかドキドキしている自分よりも高い体温に。
それらが、否応なく自分が雄なのだという感覚を高めていく。このままでは理性の堤防を、劣情の波が押し流してしまうのは目に見えていた。
そもそも、自分のような童貞には女の子と同衾するという時点で、ハードルが走り高跳び並みに高いのに、こんなに密着された状態で平然と寝るなんて棒高跳び並みのハードルを越えられる訳がないのだ。
こんなことなら、彼女が寝る前にもう少し粘って腕から引き離しておくか、あるいは無理やりにでも自分が畳上で寝るべきだったかもしれない。
(……仕方ない、無理やり引き抜くか)
今さら考えてもどうしようもないことをあれこれ考えて、結局今できる最善手はそれしかないと結論付けた。
彼女が起きてしまわないか、今の状態で起きられたらどう思われるだろうか。
そんな心配は尽きないが、このまま我慢できずに彼女の寝込みを襲う事と比べれば、どちらもはるかにましである。
意を決し、瓶に詰まったコルクを左右にねじりながら引っ張りぬくような感じで、少しずつ拘束を緩めていく。
「もうちょい、後ちょいで……」
可能な限り無心に、それこそ今引き抜いているのは他人の手だと思い込み感覚を遮断して、ゆっくり作業を進めていき、あと少しで手が三点ロックから解放されるところまで来たところだった。
「んっ……」
あかりちゃんの口から淫靡な吐息が漏れる。
しまった、と思うがもう遅い。
「……おにいさん?」
「な、何?」
あかりちゃんの目は寝起きのとろんとしたものだったが、目と目がしっかり合ってしまっている以上意識がある事に間違いはない。
そして、今起きたあかりちゃんにとってすれば、自分は彼女の股を眠っている間に弄っていたようにしか見えなかっただろう。
そんなことをする人じゃないと思っていた、と失望されるだろうか。あるいは気持ち悪いと嫌悪されるだろうか。
死刑宣告を待つ被告のような心持ちで彼女の次の言葉を待つ。
だが、あかりちゃんの言葉と行動は予想外の物だった。
「触りたいなら、もっとちゃんと触っていいんですよ」
彼女は柔和な微笑みを浮かべると、ひじのあたりを掴んでいた両手を放し、こちらの手に重ねてそっと熱く柔らかい肉の上まで導く。
指先の鋭敏な神経が、さえぎる物の何もないきめ細やかなぷにぷにとした肉と、そしてその中央に一筋あふれる粘性の高い液体を知覚して――それがあかりちゃんの秘所であると布団の下で見えずとも悟るや否や、慌てて手を引っ込めた。
「あ、あかりちゃん⁉ 一体、何して……!!」
「何って……」
あかりちゃんは不思議そうに小首をかしげて。
「だって、おにいさんはここを触りたかったんじゃなかったんですか?」
「違う違う!! むしろ逆にあかりちゃんが抱き着いてきたから、そこに触らないようにしたかったんだよ!!」
「……でも、ここはこんなことになってるのに、ですか?」
次回、えっち回