「はっ⁉ 今何時だ……ってそういえば休みか」
目を覚ますと、カーテンから差し込む光はもう既に昼のそれであった。
半分起こしかけた体を再び横たえて、そこで自分の隣に小さなぬくもりが寝ていることに気が付く。
「……ああ、そういえばあかりちゃんと一緒に寝たんだっけ」
起きたらすぐ隣に誰かがいるというのは何だか違和感を覚えるが、それはなんだか心地のいい違和感だった。
先に起きてしまおうかとも少し考えたが、どうやら眠っている内にまた捕まえられたのかしっかりと握られている手に気づき、無理にこれを解いてまで起きることは無いだろうともう一度布団をかけようとして――
ぺろりと捲れたシャツの内側から零れる彼女の胸に気が付いてしまった。
途端昨日の夜の事が思い出され、改めてあかりちゃんを抱いたのだという実感が沸き上がって来る。
柔らかい胸を揉み、しゃぶり、彼女の腰に腰を打ち付け、最奥に吐精して……。
昨日の行為を一つ一つ思い返していると、それだけで朝勃ちしていた一物が、より一層元気になってしまった。
だがそれと同時に童貞だったからとはいえ、色々余裕が無かった事にも気づいてしまう。
「考えて見れば、キスすらしてなかったな……」
あかりちゃんの柔らかそうな唇を眺めていると、ふとそんな事を思い出した。
童貞なりに、いざそういう機会が出来たら女の子に優しく――などと想像していたが、実際はこの有様である。
獣欲に支配されるがまま一方的に彼女の躰を求めて、しかも何も考えず中に出してしまった。
流石に冷静になった今考えればあかりちゃんはボイスロイドだし妊娠することは無いと思うが、昨日はそんな事すら考えずただただ気持ちよくなることしか考えて無かったのだ。
「あー、あかりちゃんごめんな……」
寝ているし聞こえないことは分かっていたが、それでも謝らずにはいられなかった。
いや、むしろ起きているときにそんなことを謝ったら逆に行為を催促しているみたいだし、自己満足でもこの方がいいに違いない。
と、そんな自己嫌悪に陥っているとあかりちゃんの目が開いた。
「ふゎ……。おはようございます、おにいさん」
まだ夢現の狭間をさまよっているようなおぼつかない感じではあるものの、一応目は覚めているようだ。
「おはよう、あかりちゃん」
あかりちゃんはにへへ、と緩んだ顔で握っている手に力を込めた。
「おにいさん、まだ手放してなかったんですね」
「え? これってあかりちゃんが握って来たんじゃ?」
「違いますよ、おにいさんが眠る前逃がさないぞーって感じにぎゅうって握って来たんじゃないですか」
あかりちゃんが握って来たものだと思っていたから今まで気にならなかったが、自分から握ったとなれば話は別だ。
急になんだか照れくさくなって、彼女とは逆に手に入れていた力を弱めて解こうとする。
あかりちゃんは少し名残惜しそうにしていたが「もう起きなきゃいけないから」と諭すとしぶしぶと言った感じで手を放した。
本当はまだ横になって昨日の余韻に浸っていたいところだったが、そう言ってしまった以上は起きないといけないだろうと布団を押しのけて
「あっ……」
そうだ、お互いまともに服着て無かったんだ。
あかりちゃんの白い肢体が日光の中に照らされたのを見て、朝勃ちしている一物が『オハヨウ』と頭を下げる。
「あの……もう一回しますか?」
それを見て顔を赤く染めたあかりちゃんは、遠慮がちに口元へ指をあてて尋ねてくる。
「……いや、これは只の生理現象だから。朝はこうなるものだから気にしないで欲しいかな」
非常に魅力的な提案だったが、確かこういうのはがつついてはいけない筈だ。
そんなうろ覚え知識に従い努めて冷静な風を装いながら、手早く布団わきに散らばったパンツをはいた。
「でも……」
だが勃起がすぐに収まる訳もなく、薄布一枚でそれが隠せる訳もなく。
下着を履いても尚、彼女の視線は不自然なふくらみに向けられていた。
何だかあかりちゃんも満更でもなさそうな表情をしている気もするが、きっとそれは気のせいだ。
自分の飽くなき欲望がそう見せているだけに違いない。
「あー……ちょっと汗流してくるからあかりちゃんも後でシャワー浴びたら朝ごはん食べよううんそれがいい我ながら名案だじゃあまた後で」
「あっ!! おにいさん⁉」
結局居たたまれなくなって、早口で適当な理由をつけて部屋から飛び出したのだった。
「お風呂、ありがとうございます」
その声に、ぼんやりと眺めていた炊飯器の湯気からキッチンの入り口に目を向けると、相変わらずワイシャツ一枚のあかりちゃんが立っていた。
「あー、やっぱり服乾いていなかったか」
「はい、まだかかりそうなのでもう少しお借りします」
彼女の服は一応昨日洗濯機にかけ、風呂場で換気扇を回して干していたのだが、厚手なこともありやはりまだ乾いていないようだった。
あの服は確かに可愛らしいし似合っているとも思うけど、もう少し使い勝手のいい替えの服を用意してあげた方がいいかもしれない。
そんな風にこれからの事を考えていると、背後で炊飯器が炊き上がりを知らせる電子音を鳴らせた。
「おっと、先に朝ごはんにしようか」
用意していたお茶碗にご飯をよそって、あかりちゃんを手招きする。
「はい、あかりちゃんも自分のいいだけ入れて。といっても、おかずは卵一個しかないけれど」
「食べてもいいんですか?」
しゃもじと、お茶碗が無かったため代わりに用意したどんぶりを渡されたあかりちゃんはこちらを見上げ、不安そうに首を傾げた。
「いや、いいに決まってるだろ。というか、食べなかったらあかりちゃんはどうするつもりなんだよ」
「……おにいさんが食べる姿を見てる?」
「そんなん食べ辛いわ! ……という訳で、あかりちゃんも遠慮せず食べてくれ」
それでもあかりちゃんは少し躊躇しているようだったが、結局食欲に負けたのか遠慮がちにご飯をよそった。尤もお腹は正直なようで、その量は遠慮しているとはちょっといいがたいものだったが。
きっとこれからの生活エンゲル係数が高まるんだろうなぁ。
そんな覚悟を決めながら、ちゃぶ台につき手を合わせる。
「「いただきます」」
あかりちゃんはやはりお腹がすいていたのか、こちらが卵を割り入れている間に手早くたまごかけご飯を完成させ、もぐもぐと一口目を頬張っていた。
「本当にあかりちゃんは美味しそうに食べるな、食べるの好きなのか?」
彼女は箸を止め、考えるように視線をさまよわせた後口の中のご飯を飲み込む。
「食べるのが好き、なんでしょうか?」
「昨日からよく食べるし、どれもおいしそうに食べるからそうなのかなって思ったんだけど」
「確かに昨日のお弁当も、おにいさんが作ってくれたペペロンチーノも、このたまごかけご飯もおいしいとは思いますけど……そんなに私食べてるでしょうか?」
「いや昨日の夜は三日食べて無いって言ってたし分からんでもないけど、朝からどんぶり一杯のご飯はよく食べれるなぁ、と」
「えー……だってこのどんぶりはおにいさんが渡して来たんじゃないですか」
「そりゃまあそうなんだが……」
とはいえそれ以外にご飯を入れられる器が無かっただけで、どんぶり一杯にご飯を入れるとは予想外だったんだけど。
と、気づけばあかりちゃんが叱られた子犬のようにこちらを上目遣いで見ていた。
「やっぱりご迷惑だったでしょうか」
単に食べるのが好きかどうかを確認したかっただけなのだが、どうやら要らぬ誤解を与えてしまったらしい。
「あー、いやそういう訳じゃなくてな。ただ、あかりちゃんがあまりに美味しそうに食べてたから、食べるの好きなのかなーと純粋に思っただけなんだ」
「……そんなに、ですか?」
「そんなに、だね」
少なくとも食べているときのあかりちゃんからは、見ているこっちまでほっこりするほどの幸せ感が溢れていた。
あかりちゃんは指摘されて少し恥ずかしそうに、頬を染めて箸を閉じたり開いたりしている。
「その、一般常識として料理についての知識はあるんですけど、どれも食べるのは初めてなので……。毎回どんな味で、どんな香りがして、どんな食感なのか……って、すごく楽しみ――というか興味深くてですね。それに、起動されてからここに来るまで何も食べていなかったので、お腹がすいていろいろ想像しちゃったせいもあって……」
あせあせと言い訳をするあかりちゃんをしばし微笑ましい気持ちで眺めていたが、ふとマキさんの話していた経験を伴わない知識の話を思い出した。
どんな料理か知っていてもそれが美味しいかは分からない、確かにもし自分が同じ状況でもきっとすごく気になって食べてみたいと思うだろうし、お目当ての物を食べられたらきっとすごく嬉しいだろう。
「あかりちゃん」
未だ色々と理由を考えてそうな彼女に呼びかける。
「それじゃあ何か食べたいものってある?」
その一言にあかりちゃんはらんらんと目を輝かせ、きっと空腹な時に想像していたであろうものを上げていく。
「そうですね、色々ありますけど……先ずはハンバーグでしょうか。切ったら肉汁が溢れてくるというのはきっとすごく素敵な光景でしょうし、色々なソースがあるというのもワクワクします、きっとご飯が進むに違いありません! そうだ、ご飯が進むと言えば、なめろうはご飯が進むおかずらしいので、是が非でも食べてみたいですし。でも、生魚を食べるなら王道と言われているお刺身を食べずには語れない気がするので先にお刺身を、と言う気持ちも。でもでもそうなったらいっそご飯と一緒にお刺身を食べれる寿司の方がとも考えてしまって。そういえば寿司といったら卵焼きらしいですけど、卵焼きもシンプルな作り方なのに――ってごめんなさい、ついつい熱が入っちゃって……」
「いやいや、別に良かったんだけど」
滔々と楽しげにしゃべり続けるあかりちゃんを見ていると、それだけでこちらの口元も緩んでしまいそうだ。
「まあ、いきなり全部は食べれないし予算の都合とかもあるけれど、可能な限り色んなものを食べようか」
「ほ、本当ですかっ?!」
どんぶりを持ったあかりちゃんが、ガタッと勢いよくこちらに身を乗り出してくる。
それこそこちらが圧倒されて、のけ反ってしまいそうなくらいの勢いで。
「ま、まぁあんまり期待しすぎないで欲しいけどな」
「分かってます大丈夫ですだったら夕飯はハンバーグを是非――」
と本当に分かっているのか怪しい勢いでまくし立てたあかりちゃんは、そこでふと我に返ったように。
「でも、きっとそれまでには服が乾いてしまうと思うんですけど、それでも居ていいんですか?」
「? いや居ていいに決まってるだろ、というかまるでその言い方だと早々に出ていくみたいに聞こえるな」
「だって、あまり長くお邪魔になる訳にはいきませんし」
あかりちゃんは相変わらず遠慮がちに目を伏せる。こちらとしては何もそこまで遠慮することは無かろうにと思うのだが……。
ともかく、一度はっきりさせておいた方がいいだろう。
「いや、俺としてはあかりちゃんさえ良ければずっとここに居てもいいんだけど」
その言葉に彼女は二、三度目をぱちぱちと瞬かせた。
「で、でもそんなことしたら食費もかかりますし迷惑が――」
「まあ確かに食費は一人分より高づくだろうな。けど、だからと言ってあかりちゃんがいるから迷惑だなんて思うことは無いよ。それに第一、あかりちゃんはここを出たらどこか行くあてはあるのか?」
「それは……橋の下とか?」
「……それはあてがあるとは言わんだろ。それに、またあの橋の下に居たら家に連れ帰るからな」
「……何で、私にそこまでしてくれるんですか?」
「何でってそりゃあ……」
あかりちゃんのまっすぐな瞳に見据えられながらしばし考える。
介抱してくれたお礼?
確かにきっかけはそうだが、今となっては些細な理由だ。
あかりちゃんを抱いて情が湧いたから?
……無いとは言えないが、昨夜のことが無くてもきっとこの選択は変わらないだろう。
実際はもっと単純で簡単な理由――案外一緒に居たい、というのが本音な気がする。
まだ半日と一緒にいる訳ではないが、あかりちゃんを既にこの広い部屋の空白を埋めてくれるような存在として、一緒に話したりご飯を食べたりする相手として、無くてはならないと思ってしまっているのだろう。
言ってしまえば彼女を置いてあげてもいいというより、あかりちゃんに居てほしいのだ。
とはいえそんな気恥ずかしい事を素直にいえる訳も無いので、適当に答える。
「今更あかりちゃんがどこかで路頭に迷ってるっていうのを知らない振りして過ごすことは出来ないし、それにいてくれると部屋が賑やかになるからかな」
「それじゃあ本当に……甘えていいんですか?」
まだ少し不安そうなあかりちゃんに笑いかける。
「ああ。むしろ下手に遠慮せず、ここが自分の家だと思って気楽にしてほしいかな」
「自分の家……」
思案顔になったあかりちゃんを見て、そういえば所有者といざこざがあって彼女は野良になったんだったと思い出す。
「もしかして嫌な事を思い出させたかな、だったらごめん」
「いえ! そんなことはないです。ただ、そこまで言ってくれたことが嬉しくて……それじゃあ改めて、これからよろしくお願いします」
はにかむように笑んだあかりちゃんは、どんぶりを脇に置いてぺこりと頭を下げる。
「ああ、こちらこそよろしく」
こうして、あかりちゃんとの生活が始まったのだった。