※この作品はR-18です。

Fate/stay night : 2.5i+3.10i+BERSERK = The Future Remember   作:形のない者

11 / 24
二月七日

 朝。

 障子から漏れる陽の光で目を覚ます。

 

「っ――――」

 

 何か顔にべったり付いていると思ったら、それは枕が堰となって流れ落ちずに溜まった涙だった。

 

「……やべっ。枕、濡れちまった……」

 

 まったく。こんなところを誰かに見られたら恥ずかしいどころじゃないぞ。

 藤ねえ辺りなら、また悪夢でも見たのかと心配してくるところだろうけど……今回は、そんなんじゃない。

 

 ――ただ、とある少女の死に涙ぐんでいただけだ。

 

 それも長々と思い続けるのは無意味で今後のためにならないので、反省だけして後悔はしないように布団を畳む。

 

 そして寝室を出ると、朝餉の芳しい匂いが漂ってきた。

 居間に入ると、既に食卓には桜によって朝飯が並べられていた。

 時刻は六時。少し遅く起きてしまった。

 

「おはよう桜。朝飯ありがとな」

 

「あっおはようございますっ先輩。朝は元気の出るご飯とお肉にしておきましたので、これで大丈夫ですよ!」

 

 そうか。わざわざ元気の出る飯を作ってくれたのか。

 どうしたもんか。昨夜はキャスターにも心配されちまったし……。

 

「――ん?」

 

「はい? どうかしましたか、先輩?」

 

「あ、いや、な、なんでもない!」

 

 ――そうだ。キャスター!

 昨日の今日で朝の微睡みと飯の匂いですっかり忘れてしまうとはなんたる不覚! あいつは今どこにいる? 俺の後ろだ。

 なんとなく背後霊のように俺の後ろからずっと付いてきていたと今になって気が付いた。

 ということは、俺が図らずも夜泣きして枕を濡らした事も、もしや目撃済みで……?

 

(あらひどい。おやすみは言ってくれたのに、おはようは言ってくれないのね)

 

 脳内にキャスターの声がこだまする。

 これはもしや念話か、テレパシーというやつか。なんて、昨日も同じリアクションしたっけ。

 

 それにしても、少しキャスターの声がおかしいような気がする。

 まぁ、念話とはそういうものなんだろう。電話だって本人の声じゃないと聞くし。

 それと、どうやらこの念話は、一方的な通話に留まっているらしい。

 俺の方からは何も発信できない。そもそも俺が、そんな魔術というか魔力の送り方を知らないせいでもあるんだが……。

 

(私の事はいいですから、ちゃっちゃとご飯を食べて精力つけて、学校に行って遠坂の娘と会うのです。分かったら私の事なんか気にせずに、早く)

 

 それを聞いて、俺はなんだかキャスターのやつが焦っているように思えた。

 

「……先輩?」

 

「あぁ悪い、考え事」

 

 まぁこのままでは何も進展しないので、とりあえずキャスターの指示に従って、朝の工程をぱぱっと終わらせる。

 途中で藤ねえが朝飯をたかりにやってきて、セイバーの帰国についての事は怪しまれずに伝える事が出来た。

 これでセイバー関連の身の回りについては問題なしだ。

 

 

 

 登校時間がやってきた。

 桜は風邪も治って元気を取り戻し、いつものように部活動のため早めに出発した。

 対して俺は、少し遅れて学校に赴く。

 

「さて、遠坂にどう接近するべきか……」

 

 人の少ないところだとこの前の二の舞だ。だから今度は人の多いところで遠坂を見つけ次第、耳打ちでもして頼みを伝えるしかないだろう。チャンスを見極めないと。遠坂に先手を取られたらそれで終わりだ。

 ……まぁ、キャスターがいるから大丈夫だとは思うけど、俺とのパスが繋がっていないという事は、あまり無駄な魔力は使わせられないということだ。俺ひとりで頑張らなければ……。

 

 校門を通過して昇降口。上履きに履き替えて階段を登る。

 三階に上がって、廊下へ抜けようとした、そのとき――――

 

「あ、」

 

「あっ」

 

 バッチリ遠坂と目があった。

 これは幸運か不運か? いや幸運だろう。

 だが、あの眼で睨みつけられたやつは、きっと不運だ間違いない。

 

「――――あんた、」

 

「ととと遠坂、後生の頼みだ聞いてくれ――――!!」

 

 先手を取られる前に遠坂の肩に掴みかかる!

 

「うわっ、ちょ、しろ、う――!?」

 

 そのまま押し切って、遠坂の体を壁に押さえつける。

 よし、これで肩と両腕は完全に取った。これであのデタラメなガンドはもう使えないぞ使わせないぞ!

 あとなんか遠坂の腕がやけに筋肉質で全然俺の遠坂のイメージじゃなかったけど、既にあかいあくまを知っている俺からしたら、この程度のショックはもうなんともない!

 

「遠坂――」

 

 何故か俺たちを凝視する周りの生徒に聞こえないように、俺は遠坂の耳朶に限りなく口を近付けて短く簡潔に説明する!

 

「ふわぁっ――!? し、しろ、ちか、それに、い、いき、息――!」

 

「頼む遠坂聞いてくれ! 俺のセイバーがアサシンにやられちまったんだ! あとライダーもやられちまって、俺はキャスターと再契約して、街が大変なことになる前に助けが必要なんだ! あぁ大変なことって言うのはキャスターによると、この街にはまつろわぬなんちゃらがいるらしくて、それをほっぽくととんでもないことになるらしいんだよ。だから休戦ってことで相談に乗ってくれ、お願いだ……!」

 

「――……わ、分かったから。まずは落ち着いて、わたしを解放しなさいよ……」

 

 遠坂に言われた通り手を離す。はて、周囲からの刮目が気になる。

 いまさらになって思ったけど、俺、いま結構恥ずかしいことしてたな? してた。うん。

 

「わ、悪い遠坂。隙を見せたら一発でやられると思って……」

 

「ふん。それは正解ね。あのまま押し切られてなかったら、わたしもどうしてたか分からなかったから」

 

 それは良かった。

 ならば、今しがた俺がしたことは間違っていなかったってことだな。それなら良い。

 

「――お昼。屋上に来なさい」

 

 遠坂はそれだけ言い残して、自分の教室に去っていった。

 

(……くくっ。くっ、ふふっ……)

 

 ……後ろから誰かさんの堪えきれない笑い声が聞こえる。

 俺はそれを無視して、自分の教室に向かった。

 

 

 

 昼。

 いつも通り午前の授業を済ませて、食堂でパンを買ったあと、俺は屋上へ向かう。

 ――ちなみに慎二は今日、学校には来ていなかった。

 

 それから授業中、キャスターは一言も喋らなかったが、時々苦しそうな声が漏れていたのが気にかかる。

 俺は声に出さないとキャスターと会話ができないため、授業中は何もしてやれなかった。

 だから人気のない屋上へ上がる階段の手前で、今になって聞いてみる。

 

「なぁキャスター。なんか苦しそうだけど大丈夫か?」

 

(……えぇ、もう大丈夫です。実は未明から色々あって。まさに骨を削る思いをしていましたけど、はい。今はもう……)

 

「そうか。なら良いけど、何かあったら言ってくれよ? 力にはなれないかもしれないけど、話だけなら聞いてやれるからさ。――ほら、それじゃあ屋上に出るぞ。遠坂が待ってる」

 

 ぎぎぃっと扉を開くと、冷たい風と共に屋上の風景を目にする。

 すると奥では、遠坂が座っていた。

 そこは給水タンクの裏。あそこなら風が遮られて、昼食を取りながら会話ができるだろう。

 

「遠坂。来たぞ」

 

「遅い。早く隣に座んなさい」

 

「なら、遠慮なく……」

 

 少しだけ距離をあけて座り込む。

 

「……それで、何があったの?」

 

 遠坂の真剣な質問に、俺は洗いざらい昨夜の出来事を話した。

 

 まず俺は……柳洞寺に巣食うキャスターが、街の人々から命を吸い上げるのを阻止するために、慎二と同盟を組んで昨夜柳洞寺に乗り込んだことを話す。けれど、そのときにはキャスターのマスターが殺されていて、それを見たセイバーがキャスターを仕留めようとした。

 しかし、その場にソニアが割り込んで、セイバーと戦ったり、キャスターと協力してライダーを倒したり、だが完全に敵というわけではなく、アサシンから俺たちを守ってくれたり、そんな事を俺はありのままに説明した。

 かなり一連の流れを説明するのに骨を折ったが、それでも全てを伝え切った。

 

 そして、ふと気付けば昼食は既に終わっていて、俺たちはこのあとの授業をサボる形になっていた。

 

「そう。そんな理由目的すら不可解な乱戦が、昨夜の柳洞寺で起こっていたのね……」

 

「あぁ。ところで遠坂は、ソニアが魔術師だってのは知っていたのか?」

 

「当然。でも、ソニアは聖杯戦争のマスターではないわ。彼女はある研究者でね。その研究のために冬木の地に来ただけの外様なんだから。……それも今になって考えを改める事になったけど。まぁ前兆は既にあったしね。わたしとあなたが校舎で戦ったとき、あなたを助けたのはソニアなんだもの」

 

「え――――そ、それじゃああの窓は、遠坂が結界を張るのをミスったんじゃなくって……!」

 

「えぇ。ソニアは結界破りの天才よ。あんな即席の結界は瞬時に破っちゃうのよ……」

 

 ……そうだったのか。だとしても、ソニアの狙いが俺にはよく判らなかった。

 俺を守ってくれたという事は理解できるが、その理由がてんで判らない……。

 

「それで? ライダーは何故かあなたを庇って消滅して、セイバーは謎の黒い泥沼に沈んじゃったってわけね? そしてキャスターは、その黒い沼を‘影’と呼んだ。そのキャスターは、今ここにいるの?」

 

「あぁ。キャスター。出てこれるか?」

 

「……いえ、私の姿を晒すと混乱を招いてしまうでしょうし、半実体化だけすれば声は届くので、このままで」

 

 ……? よく分からなかったが、まぁ話をスムーズに進めたいという事だろう。

 念話ではなく、こだまのようにキャスターの声が屋上に響く。

 

「まず遠坂凛。貴女が今何を思い、何を想像しているのかなんて私は知りませんけど、少なくとも薄々勘付いていたのではなくて? 今回の聖杯戦争は、何かが違うと……」

 

「えぇそうね。違うというより、異常と言ったほうが近いかしら。主にわたしの知らないところで、何かが進んでいる。このままだと、とりあえずこんな辺鄙な街一つは消えてしまう程度には」

 

 ――――なん、だって?

 

「それは、どういうことだ。遠坂」

 

「どうもなにも分からないわ。ただ一つ言えることは、この冬木市に二つ三つ以上の怪異が跳梁跋扈している。そのどれもが聖杯戦争とはまったく関わりがなくて、あったとしてもそれはかつて関わりがあった連中だといえる。――そうね。具体的な事件で表すなら、衛宮くん。最近ニュースは見ていないの?」

 

「ニュース? それがどうかしたのか?」

 

「新都の集団昏倒事件。あれはわたしもキャスターの仕業だと思っていたのよ。それは昨夜にも当然の如く行われていたわ」

 

「昨日の夜にも? でも、それはキャスターの仕業なんだろ? もちろん俺が見ている限り、もう魂喰いなんて真似はキャスターには二度とさせない」

 

「――――坊や。そういう事じゃないのよ。そこの娘は、私(・)が(・)昨(・)日(・)そ(・)ん(・)な(・)事(・)を(・)す(・)る(・)暇(・)が(・)あ(・)っ(・)た(・)の(・)か(・)と言っているの」

 

 ……それは、つまり?

 

「キャスターがいない間に、また新都で何かがあったのか?」

 

「えぇそう。深山でもよ。一昨日も弓道部でけが人が多数出ていたようだし、新都でも突然人が消失する事件が多発している。ニュースでは失踪事件以外、その殆どがガス漏れ扱いされているけど、失踪や集団昏倒、不可解な事故の数々。これ全部、キャスター独りでできる芸当かしら? まぁキャスターほどの魔術師なら不可能ではないと思うけど。

 ……そこんところ、どうなのよキャスター?」

 

 俺は虚空に存在しているはずのキャスターを見つめる。

 

「――私は、命を取るような真似はしていません。それも最初は加減が分からなくて殺してはしまいましたけど、人間を攫うのも魔力を集めるだけなら無駄が過ぎて効率が悪い。深山で起こった事も知りません。基本的に新都の人間しか、私は狙いませんでしたから」

 

 ……そうか。そうなると新都での集団昏倒事件だけがキャスターの仕業で、それ以外は全く別の誰かが仕出かした事になるのか……。くそっ。毎日ニュースは見ていたはずなのに、それに気が付かないなんて……。

 

「衛宮くん。これで分かった? ほかの事件がソニアの仕業なのか、あるいはキャスターの言っている影やアサシンの仕業なのかは、未だ以て判明していない。けど一つだけ確実に言えることがあるわ。それは――」

 

 その遠坂の言葉を遮って、俺は続く解答を述べ上げた。

 

「――それは、聖杯戦争を全く無視している蛮行。つまり、俺がこの聖杯戦争に参加した理由。ただ悪さを働くためにサーヴァントを利用したり、聖杯を狙っているやつが、この冬木の街にいる。そういうことだな?」

 

「まぁ、概ねそう思って正解だわ。だから、ええ。確かにそれを言われたら、わたしたちが争っている場合じゃないわね」

 

 それから遠坂は、俺の方にわざわざ体を向けて、ある提案をしてきた。

 

「ここは休戦といきましょう。わたしたちは聖杯戦争を中断して、事件の解決に奔走する」

 

「あぁ、そうしてくれるとありがたい。ありがとう遠坂」

 

 手の平を差し出す。

 すると遠坂は、少し照れながらも握手してくれた。

 

「――それではミス遠坂。さっそく休戦したところで悪いとは思うのだけど、この坊やと私の或る問題を解決してはくれないかしら?」

 

 ……それはもしかして、俺とキャスターの繋がっていないパスの事だろうか?

 

「なに、問題? まぁ話してみなさいよ。最高位の魔術師であるあなたでも解決できない問題が、わたしに解決できるならの話だけど」

 

「えぇ。確かに魔術師として私が優れているのは当然ですけど、これは時代……いえ、世界のルールの問題です。神代の魔術師である私にとって、現代の魔術師たちが扱う魔術回路の事は、よく判らないのです。聖杯の知識だけでは不十分。よって貴女の助けを借りたい」

 

「…………驚いた。まさかあなたみたいなやつが人に頭を下げるだなんてね」

 

 ――え。今のキャスター、遠坂に頭を下げてたのか? というか、遠坂は霊体化しているキャスターが見えるのか……。

 俺はうっすらと存在が感知できる程度なのに……。

 

「えぇ、構わないわ。それだけ深刻な問題だってのは分かったから。それで? 具体的なところはどういったものなのよ?」

 

「あぁ遠坂、それはな、俺とキャスターの間に、魔力パスが繋がっていないんだ」

 

「……はぁ? なにそれ。どういうことよ?」

 

「この坊やには魔術回路がないのです」

 

「いやだからキャスターあるってば! 俺にはちゃんとあるの!」

 

「あったら既につながっているでしょう! まるで私がバカなことを言ったかのように反論しないでくださる!?」

 

「別にそんなつもりはない! でも魔術回路がないなんて言われていい気はしないだろう。俺が魔術師としてダメダメなのはわかっているけど、それでも俺は魔術師なんだ。その証拠を俺は持っている。……よし、そこまで言うんなら今ここで見せてやるともさ――!」

 

 なんだかムッときたので、遠坂とキャスターの目の前で魔術回路の生成を始める。

 

「――――っ。ちょ、士郎。それ――――」

 

 いつもは土蔵で独り、静かな環境で極限まで集中しなければ成功しない回路の生成。

 だけど最近、魔術回路の生成が簡単になってきている。特にランサーとの戦闘でそれを感じられた。

 柳洞寺では強化の魔術は一分も掛からなかったから、すぐにできるはず!

 

「は、や――やめ――――っ!」

 

 なんだ。うるさいぞ遠坂。

 こっちは少しでもズレたら内蔵が吹き飛ぶんだ。魔術師ならそれくらい知っているだろう。

 

「――――、――」

 

 俺が今やっている事がどれだけ危険なのか遠坂も理解できたらしく、邪魔だけはしないように黙り始めてくれた。

 このまま熱せられた鉄棒みたいなものをイメージとして、背中から体の芯にズブズブと押し込んでいく。

 これで一本だけ魔術回路が完成して――――そこらへんに適当なものがなかったので、制服に強化の魔術をかける。

 

「――――っ。――――、――――ふぅ。よし、ほらできた。見ろよ。制服の布地が硬くなってるだろ?」

 

「…………あ、あんた…………」

 

 ――――?

 なんだ。何かすっごく目の前にいる遠坂凛様がぷるぷると震えて怒ってらっしゃる。

 

「はぁ……なるほど。そういう事だったのね。魔術回路があるのではなく、必要な時に作っているというのは、そういうこと……。自殺も極めれば、ここまで無駄に器用な事もできるのね……人間国宝と言えるかも」

 

 ……なんだよ。キャスターまでよく分からないことを言って……俺、なにかしたか?

 

「……キャスター。分かった。全てを理解したわ。これは早急に処置しておくから、あなたの姿を見せてちょうだい。話を聞く限り、あなた今、結構やばいんじゃない?」

 

「……………………」

 

 とにかく遠坂とキャスターの間で、何か切迫している状況なのは理解できた。

 

「ねぇキャスター。士郎と契約して、まる半日は経過しているのよね? サーヴァントは依り代さえあれば、魔力がなくてもしばらくは現界できる。依り代さえなかったら数時間も持たずに消滅しているけどね。……それで? キャスター。わたしが知る限り、あなたの声って、すこーし幼い気がしていたのよねー。……あと、思っていたより小さいんだなー、とも思っていたのよ。わたし――」

 

 ……? 遠坂が何を言っているのか分からない。

 それを理解するためには、やはりキャスターの姿を見ておかなければならないんだろう。

 

「キャスター。出て来てくれ」

 

「――えぇ。そうね。もちろん」

 

 そう言って、しゃらんと魔力エーテルが形作られて、キャスターが実体化した。

 

 

 

 ……実体化した?

 あれ、おかしいな。今、目の前でキャスターは実体化したはずなのに、そこにキャスターの姿が見えない。

 代わりに見えるものと言ったら、目の前に俺より身長の低い女の子がいるだけなんだが…………はて、この子は――――?

 

「――って、だれぇっ!!?」

 

「――――ぷはっハッッ!!」

 

 驚く俺と、腹を抱えて爆笑する遠坂。

 俺たちの目の前に現れたのは、なんとキャスターと同じローブを身に纏った、けれど少しサイズが大きすぎてダボダボになってしまっている、水色の髪をした女の子。その子がちょこんと可愛らしく、頬を赤らめて立っていた――!?

 

「――……そ、そんなに笑わないでくださる? 気分が悪いわ……」

 

 ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向く少女。

 その拗ねる姿が、あ、可愛い――――じゃなくて! これ、これ!

 

「――キャスター……なのかぁ?!」

 

「えぇ。それ以外の何に見えて?」

 

 ――あ、この口調はキャスターだ。

 呆れ半分にジト目で俺を見上げるキャスターが可愛らしい――――ではなくてだな。俺は悠長に何を考えているんだ?

 

「――! ――――!! ……っ!!!」

 

 声にならない叫びを上げて、遠坂は腹を抱えて転げまわる。

 おいおい、そんなに転げ回ったらスカートの中が見えちまうぞ。

 

 

 

 それから俺たちを混乱の渦に陥れたキャスターっ子。

 遠坂は何とか涙目の抱腹絶倒を抑えて、俺もなんとかキャスターを直視できるまでには落ち着いた。

 

「それでキャスター。なんでそんなことになっているんだ?」

 

「聞くまでもないでしょう、マスター。貴方からの魔力の供給がないために、私は自分自身の霊基を削り落として魔力源としていたのです。……まぁ、こうなったこと自体は、前々回のマスターのせいでもあるので、坊やだけのせいではないんですけれども……」

 

「――で、でも。セイバーはそんな事にはならなかったぞ!」

 

「士郎。それは単純に、セイバーが破格の英霊だったからよ。セイバーは何故か召喚時点で莫大な魔力を有していて、あなたと契約している間は、全部それで賄っていたんでしょうね」

 

 ……確かにセイバーは、自分でかなりの魔力を持っていると教えてくれた。

 それを倹約しつつ戦いを勝ち進むしかないとも。

 

「つまりキャスター……というか普通のサーヴァントなら、こうなるのは当たり前だと?」

 

 その問いに遠坂が答える。

 

「バカ、そんなわけないでしょう。大抵のサーヴァントはね、士郎なんかと契約して一日経つか経たないかの間で消滅してしまうわ。それをなんとか出来たキャスターがすごいと褒めてあげるべきよ。まさか自身の霊基を弄れるとは、本当にすごい魔術師なのよ。キャスターは」

 

「当然の褒め言葉ね」

 

 ――なるほど。それじゃあ俺がのうのうと寝ていた間に、キャスターはずっと苦しんでいたってことなのか。

 それを知らずに、俺は――――

 

「――遠坂。どうすればいい」

 

「……それ、キャスターを元に戻せるかって意味? そのつもりで答えるけど、絶対に無理ね。聖杯の力でもないと、絶対に不可能だわ」

 

 …………。

 

「それでも、これ以上ひどいことにならないようにはできる。それは士郎。あなたの間違った知識を正して、矯正しなければならないわ」

 

 ……遠坂!

 

「――で、どうすれば? 俺は何を間違えていて、何を正せば良いんだ!」

 

 このままだとキャスターは消滅してしまう。

 昨夜までは俺と同じくらいの背丈だったキャスターが、もう俺の顎をキャスターの頭に乗せられるくらいの身長差になっている。

 

「そうね。これは急を要するから、今すぐ学校サボってわたしの家に行きましょうか」

 

「あぁ! 遠坂の家にだな! 分かった!」

 

 …………? 遠坂の、家とな?

 

 

 

 遠坂邸。

 午後に学校を抜け出した俺たちは、遠坂に連れられてここまできた。

 遠坂が暮らしているだろうこの家に。遠坂がいつも寝て使っているだろう遠坂の部屋に。

 

「……よし、それじゃあ士郎。この宝石を飲んで」

 

「――待て。色々とトントン拍子過ぎて説明が欲しい。そんなものを飲んだら腹を壊すぞ死んじまう」

 

「なに? 説明している間にキャスターが消えちゃってもいいの?」

 

 ぐぬぬ……こやつ、俺で遊んでいやがる。

 まったく真剣なんだぞ、こっちは……。

 

「いい? わたしはもう、あなたがどこで、どう間違ったのかを聞くつもりはないし、時間もないから訊かない。だから事実だけを説明するわ。まず魔術回路というのはね、作るものじゃないのよ。どちらかというと、作るのは最初だけでいい。一回作ったら、あとは出し入れするだけでいいのよ。つまりスイッチね。電源を作るのは最初だけ。あとはスイッチのオンオフだけで神経をひっくり返して魔術回路を励起させたり、通常の神経に戻したりする……。

 ――だっていうのにあなた。魔術回路を作ったり消したり、傍から見たらバカみたいなことをしているのよ。さっき電源で例えたけど、ほんと、体の中に電源を入れたり出したり、その電源は丸裸で、いつ感電して死ぬかわからないってのに、あなたは平然とそれを繰り返している。

 わたしからしたら、自分で自分の命を絶とうとしているようにしか見えなかったわ」

 

「……そうか。それは確かに遠坂からしたら、屋上で俺のしたことは怖かっただろうな。目の前で自殺しようとしているように見えたんだろ? そんなつもりじゃなかったんだが、その、なんかすまん」

 

「謝る気があるのなら、さっさとこの宝石を飲んでちょうだい。これはあなたの体の中で魔力を生成し続けるものよ。これを飲んで魔術回路を形成する。すると回路に魔力が通りっぱなしになるから、必然、回路を出しっぱなしにし続けるしかない。これを継続させることで、荒療治だけど回路を神経に定着させるの。

 ……まぁ既に神経と同一化しているとも言っていいけど――」

 

「遠坂?」

 

「――なんでもない。分かったらこの宝石を飲んで、それから回路を生成すること。それからしばらく死に物狂いで頑張んなさい。ミスったら内蔵が吹っ飛ぶどころか、肉片が残るかどうかも分からないわ」

 

 おまっ――そういうこと、やる奴の前で言うなよ……しかも直前に……。

 だが、ここで覚悟を決めなければ状況は改善しない。

 大丈夫だ。何かあっても遠坂が何とかしてくれるだろうし、そもそも何かがあるわけがない。この程度のことを自力で解決できなければ、そもそも俺はキャスターのマスターに相応しくないという事なのだから――――

 

「――ふ、ぐっ、ぅ――!?」

 

 小粒の宝石を無理やり喉に通す。異物が身体に入ってきて脳が拒否反応を引き起こす。

 それから魔術回路の生成。一度形にしたら、それを何としてでも継続させる……。

 

「――ぐっ、ぅ、っ――」

 

 なんだこれは。体の中に鉄芯を通すだけでも、あれだけ辛かったのに――――さらに鉄芯が熱を持ち始めて、だんだんと高熱になってきている。このままじゃ、体の中から火傷して、燃え尽きちまいそうだ。

 ――なるほど。遠坂の言っていた、失敗したら肉片一つ残らないかもしれないってやつは、つまり俺の身体が内側から燃えて、全てが灰になるから何も残らないっていう意味だったのか――――

 

 まるで拷問。

 内側から張り裂けそうな激痛に襲われる。

 即ここから逃げ出したい焦燥に駆られる。

 弱気になるな。現実を受け入れろ。死から逃避したために死ぬなんて滑稽の極みだ。

 死から逃れるために死へと突き進むしかないのなら……あぁ、俺は死へと直進してやるとも!

 

 

 

 

 

「――――ふっ、ア、あ、アア、あ、ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!」

 

 

 

 

 

「――!? ちょっと、キャスター!

                  あんた、今、何 やった!

 正気なの かって聞いて んのよ!

                             士 郎を殺  す気な の?!」

 

 

 

 鼓膜が破れた 角膜と網膜が破裂した 

 

           脳漿が頭蓋にぶちまけられて 全てが鮮血に満たされる       。

 

 

 

「別に殺す気なんてないわ。人聞きの悪い事を言わないでちょうだい。私はちょっと無駄が多い気がしたから、どうせなら一本だけとは言わず坊(・)や(・)の(・)全(・)て(・)の(・)魔(・)術(・)回(・)路(・)を(・)開(・)い(・)て(・)あ(・)げ(・)よ(・)う(・)と思っただけです」

 

「それが殺すつもりって事なのよ! ――――しまった、士郎!」

 

 

 

 鉄芯一本。血肉を焦がす。

 それだけで地獄だったというのに、その数、二十七に激増。

 

 熱棒二十七本。魂を焦がす。

 これが奈落というやつか。

 

 

 

 

 

「   、あああああああああ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ああああああああああアアアアアア■■■■■■■■■■■■アアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――――――――――――」

 

 

 

「肉体の痙攣どころか、魂まで震えている――っですって…………ッ!?」

 

「あら、小娘には少し、恐ろしいものだったかしら? ならばそこで震え上がっているが良いわ。このまま最後まで見届けてあげなさい。だって私は信じているもの。

 ――この坊やはきっと、自力で無限の高みへと至る。そしておそらくは……原点のまま頂点へと辿り着いてくれると――」

 

 

 

 ――地獄を見た。

 否、俺は疾うに地獄を知っている。ならばこれはまた別の地獄か。

 形容するは焦熱地獄。大炎熱地獄。それよりも奈落へと落ち続ける意味合いで無間と言った方がいいか――――

 

 骨肉を焦がす。骨肉が溶ける。

               神経が燃える。神経が尽きる。

                             魂が焦げる。魂が溶ける。

 

 ――炎呑(えんとん)を味わうこと二十七度。

 裡(うち)から拓かれた擬似神経の数々を垣間見た――――

 

 

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ――

 

 

 

 

 

 ……暗い、暗い、部屋にいる。俺は今まで、何をしていた?

 確か遠坂の部屋で、無茶な肉体改造をしていた気が……。

 

「キャスター……!」

 

 ガバッと起き上がる。身体には何の不調もなく、強いて言えば重い感覚が残った。これは気怠いというのか。だが、それは脱力によるものではなく、逆に英気に溢れているというか……。

 

「――――――――」

 

 自身の裡を確かめる。それは自分の神経。魔術回路。

 確かめるためには作る。

 ――否、ただスイッチを切り替えるように、擬似神経を裏返せばいい……。

 

「――――」

 

 魔術回路を励起させる。簡単に出来た。

 確かに俺の魔術回路には魔力が循環しており、ある地点から外へ、キャスターに魔力が流れ込んでいるのが手に取るように分かった。この分だと、もうキャスターは大丈夫だろう。きちんと魔力提供はできている。

 

「――成功、したのか……」

 

 まさか本当に死に物狂いになる羽目になるとは思っていなかったが、良かった。本当に良かった。生きてて良かった。

 もしここで死んでいたら、キャスターや遠坂にどれだけ迷惑をかけていたことか……。

 

「……で、あいつらはどこにいるんだ?」

 

 俺が寝ていた場所は、もしかしなくても遠坂のベッドか?

 明かりが消えた遠坂の寝室から出る。階段を下りて居間に向かった。

 

「とーさかー?」

 

 そう呼びかけながら居間に繋がる扉を開けると、そこには優雅にお茶している遠坂とキャスターっ子の姿があった。

 

「あら、生きてたの? よかった。もし死んでいたら、ここでキャスターをとっちめてたところだったわ」

 

「なによ。ずっとここでそわそわしてて、すぐにでも坊やの様子を見に行きたがってたくせに」

 

「そ、それはあそこで死なれたらわたしの責任になるからで、もしそうなったら元凶を退治しなくちゃならないじゃない! だからそういうんじゃないんだから!」

 

「そうですか。まぁ結果良ければ全て良しと言うじゃない。魔力供給は好調。霊基を削ってしまったからには落ちたスペックはどうにもならないですけど、これで魔術の使用に支障はなくなったんですもの。それは坊やも同じことよ」

 

 …………。なんだ、遠坂とキャスター。

 俺が寝ている間に、こんなに仲良くいがみ合うまでになっていたのか。

 

「……ちょっとそこ、なんでにやけてんのよ」

 

「いいや。遠坂が俺を心配してくれてたのが嬉しくって」

 

「だ――だから、そういうんじゃないってば!」

 

 さて、俺の魔術回路の問題は解決したし、次は何をすれば良いんだろうか?

 かなり体調が良いので、今から全力で校庭走り込み三十周と言われても容易くできてしまいそうだ。

 

「……?」

 

 ふと、何かが頭の中に引っかかった。

 とりあえず今が何時か気になったので居間の柱時計を見る。

 ――時刻は夜の七時。どうやら俺は五、六時間は眠っていたらしい。

 

「――う~ん……何か、忘れているような?」

 

「それじゃあ士郎。さっさとキャスターと一緒に家に帰んなさいよ。……それと、これからはお昼に屋上で定時報告をすること。忘れないでよね」

 

「あ――あぁ。それじゃあキャスター、家に帰ろう。きっと桜が夕飯の支度をして待ち続けてる」

 

「あの健気な少女の事ですね。……ええ、ならば早く帰って彼女を安心させてあげなければ……」

 

 それから俺とキャスターは、遠坂と別れて帰路に着いた。

 坂を下って交差点に差し掛かる。

 

「…………」

 

(どうしたの、坊や?)

 

「――いや、何か忘れてるような気がして……」

 

 何かが引っかかる。

 しかし、俺は何も思い出せないまま帰宅してしまう。

 

 

 

 玄関から居間に直行。

 夕飯の匂いが廊下にまで漂ってきている。

 

「ただいまー」

 

「あー士郎おっそーい! お姉ちゃん待ちくたびれちゃったよー!」

 

「おかえりなさい、先輩」

 

 桜と藤ねえに迎えられて、俺は居間に腰を下ろす。

 

「よーし、それじゃあーいっただっきまーす! 桜ちゃんご飯! 今日は豚ロースだからねっ! 豪勢にかっくらっちゃおう!」

 

「はい。藤村先生、どうぞ。先輩も、ほら」

 

 …………。なんだ。喉まででかかっているのに。

 なにか、とても大事な事が抜け落ちている気がする……。

 

「……先輩?」

 

「あぁそうそう士郎、桜ちゃん。今日はお土産に肉まん買ってきたから、あとで一緒に食べようねー?」

 

「……食後に、に、肉まんですか……」

 

「あれ? あれれ? ほーう? もしかして桜ちゃん、最近気になる事でもあるのかなー? たとえばー、ほらたとえばー? ……あのお腹のお肉の重さを測るアレとかー?」

 

 ――――。

 

「――――そうだ、肉まんっっっ――!」

 

 勢いよく立ち上がって廊下に飛び出て、かかとを踏んだままの靴を履いて玄関から全力ダッシュ!

 

「ほえ、士郎?」

「せ、先輩?」

 

 そのまま門の鍵も掛けずに坂を全力で駆け下りる。

 ――あぁ、なんてこった。俺はとんでもない事をしてしまった。

 

 それはイリヤとの約束。

 今日の午後にイリヤを家に招いて他愛ない話でもして親睦を深めようと思ったのに、既に時刻は夜の七時過ぎで今更公園に行ったって白い少女の姿はどこにもないっていうのに。

 約束を破ってしまった。彼女を裏切ってしまった。ただ、その悔やみきれない罪悪でいっぱいになる。これじゃあ俺も切嗣と変わらないじゃないか。

 もう夜だ。今イリヤに会えても殺し合いになるのは目に見えている。それでも、果たせなかった約束でも、そこに行かなければ完全にイリヤを裏切ったことになると、そう思って――――

 

 

 

 商店街に入った。

 あの約束の公園に辿り着くまで、決して止まらず雑多の中をひた走る。

 

 公園の入口に辿り着く。

 息切れすらしていない。家からここまで、ほんの数分程度に感じられた。だが、身体の調子なんてどうでもいい。

 俺は頭を振って公園の中を見渡して、いつもそこのベンチに座っているイリヤスフィール・フォン・アインツベルンを探して――――――――探す、までもなかった。

 

「……シロウ。まだかなー……」

 

 手袋を顔に当てて、白い吐息をもらす雪の少女。

 もうこんな夜遅くで寒い時間だってのに、イリヤは自分を裏切った男を待ち続けていた。

 

「……イリヤ。ごめん」

 

 もっと何か謝罪の言葉を口にしようと思ったが、その全てが言い訳に聞こえそうだったので、ただ謝る。

 たとえいっときでも、おまえを忘れてごめんと。

 

「あ……いいよ。待つのは、慣れていたから」

 

 頬が赤く焼けていた。きっと手袋の下も同じ様子になっているだろう。体も小刻みに震えている。

 今日の気温はかなり低かった。これでは風邪どころか凍傷の恐れさえ出てくる。

 

「――――」

 

 俺はどうしていいかわからず、ただ遅れたことの謝罪と、ずっとここで待っていてくれたイリヤへの感謝を込めて、その体を抱き上げた。

 

「ごめん。待っていてくれて、ありがとう」

 

「…………うん」

 

 それから俺はイリヤの手を引いて、今度こそ帰路に着いた。

 家に上がってあぐらをかいて夕飯を食べるのは、きちんとイリヤとの約束を果たしてからだ。

 

 

 

 互いに無言のまま家の門前まで辿り着く。

 ――さて、どう藤ねえと桜に説明して、どうイリヤをもてなせば良いのだろうか。

 

「……イリヤ。実は今、居間に俺の……藤ねえっていう凶暴な虎と、桜っていう後輩がいるんだけど、良いか?」

 

 何が良いんだ。どう考えたってダメだ。俺は人を招待する時のマナーさえ出来ていない。

 ただ、寒そうにかじかんでいるイリヤだけは、なんとかしてあげたかった。

 

「……とりあえず。寒さをしのげれば、それでいいかな……?」

 

 その声は寒さに震えていた。そうだ。説明なんか後にして、まずはイリヤをあっためて、俺のじゃないけど桜の温かくて旨い洋食でも食べさせて、それから、それから――――

 

 イリヤを玄関に通す。

 

「あ、板張りの廊下だ。本当に日本のおやし――――はっくしゅんっ!」

 

「い、イリヤ!?」

 

 ま、まずい!

 これで本当にイリヤに風邪を引かせてしまったら、今度こそ俺はどうすれば――!?

 

「なぁにぃ? しろーお客さーん?」

 

 居間から暢気な藤ねえの声が聞こえてくる。

 イリヤと一緒に靴を脱いだあと、俺たちは居間に顔を出した。

 

「藤ねえどけ! 桜、そこのヒーターを前に!」

 

「え? は、はいっ分かりましたっ!」

 

「な、なにごとー!?」

 

 流石うちの桜。対応が早い。

 イリヤは手袋をとって、ヒーターの前でため息をつきながら温まり始めた。

 

「はぁ……あったかい……たすかった……」

 

「……あ、あの。このお茶をどうぞ。温まるので……」

 

 ――いや、本当に申し訳ない。

 桜も初めて見る相手に淹れ立ての熱いお茶を差し出せるとは、本当に物怖じしない子になったものだ。

 

「ねぇねぇ士郎。あの子いったい誰よ。何者よ。私の野生の勘が囁いているわ。彼女は多分、こう……甘く見てはいけない――そう、悪魔っ子のにおいがぷんぷんとにおってくるわ。もしかして士郎、あの可愛い女の子に「お兄ちゃんの家に行きたいなぁ? 一緒にお布団の中でご本を読んで欲しいなぁ?」なーんて、たぶらかされちゃったあとだったりするー?」

 

 ……何を横でのたまってんだ、この虎は。

 

「そんなんじゃない。あと教師として、そこは普通、生徒が子供をたぶらかしたというべきなんじゃないのか?」

 

「そんなことないもん。だって士郎そんなことしないもーん。するとしたら相手の方よ。うん!」

 

 ……そうか。藤ねえにそんな胸を張って言われたら、俺も誰かにそんなこと出来ないな。

 

「――さて、どうするか。イリヤをもてなしてやりたいが、せっかくの桜の料理が冷めちまう。かといって、イリヤを残して俺が食べるわけにもいかないし……うん。桜、すまないけど俺のはラップしといてくれないかな。イリヤには俺が温かいスープでも作ってやりたいんだ」

 

「え? あ、はい。私は別に、全然構わないですけど……」

 

 それから桜は、俺の分の飯をラップで包んでくれた。

 俺は台所に立って、冷蔵庫の中を検める。

 しかし、イリヤの口に合うようにスープにしようと思い立ってはみたものの、実際は材料的に味噌汁しか作れない事に気が付いてしまった。

 さらにイリヤのお腹がいっぱいになるのを作ろうとすると、あと小一時間は掛かる。

 そこまでイリヤを待たせてしまうのはアレなんで、ここは少し腕の見せどころとするか。

 

 つまり、今の俺が考えていることは――――作りながら出す。出しながら作る。

 よくある懐石の料亭みたく、小さな一品一品をその場で調理しながらお客様に出して、ゆっくりとお茶を楽しんでもらう例のアレだ。

 

 となると、先ずは飯と汁。

 次に向付としてなます……は少しイリヤには酸っぱいかな。刺身にでもしようか。ここはお寿司もアリだな。んで、椀盛に――――使い回しになるけど、ちらし寿司も良いかも。

 

「あれ、シロウ。これからわたしのために、ご飯を作ってくれるの?」

 

「ん? あぁ、だからそこで座って待っていてくれ」

 

 茶碗を手に炊飯器からご飯をよそって、イリヤの前に差し出す。

 

「先ずは飯だ。次に汁をぱぱっと作ってくるから」

 

「しる? スープ? ……スープならグーラッシュが良いなぁ~」

 

 ――なぬ? まさかの注文が入った。いや、予想外だっただけで別に駄目ではない。客の要望に応えるのが料理人の務め。良いだろう。そのグーラッシュとやらを作ってみせるさ。

 

「……あの、先輩。グーラッシュって知っていますか? みじん切りにした牛肉、玉ねぎ、人参、じゃがいも、にんにくなどをトマト鍋などで煮込む海外の味噌汁です」

 

 ……ははぁ。なるほど。洋食専門の桜がいて助かった。材料さえ分かれば自ずと作り方が判ってくる。

 まず、鍋に水を入れて、沸騰するまでの間に野菜をみじん切りにしておく。

 そして、味の素はアレンジとしてカレー粉をほんのちょっぴり入れてみた。

 これ以上多く入れてしまうと、カレーが出来てしまうので要注意。

 牛肉は、まだ使っていなかったものを引っ張り出して、細く切って先に鍋に入れておく。

 そっから野菜も入れて煮込み、塩などで味を調整……。

 数分で完成した。取って付けたグーラッシュをイリヤの前に差し出す。

 箸も渡して、こっから本格的な懐石でもてなすのだ――!

 

「うわぁ! い、いただきますっ」

 

「いいなー。イリヤちゃん良いなー。士郎の懐石料理なんて私も食べたことないのになー」

 

 ……流石藤ねえだ。突然の来客であるイリヤを、ほんの数分で呼び捨てにするまで仲良くなっている辺り、流石藤ねえだ。

 イリヤもそれが嫌じゃなさそうで、藤ねえと桜と一緒に美味しそうにご飯を食べてくれている。

 

 ――さて、ここからは早業である。

 桶に熱い飯を入れて酢を掛け混ぜ合わせる。しゃもじを横に切るようにして、そのあとは――――ってしまった、うちわ!

 

「――先輩(ヘッドシェフ)。ここにうちわを――」

 

「――桜(スーシェフ)。ありがとう――」

 

 ぱたぱたと酢飯を煽って、余分な水気を飛ばす。

 さて、あとは酢飯が完全に冷え切るまでの間に、白身や赤身を捌いて刺身にする。

 それから握り飯に刺身を乗っけて、お寿司の出来上がりっと。

 寿司下駄を棚から久しぶりに出してよく洗い、その上に寿司を乗せてイリヤに差し出す。

 

「――うわっ。これ、お寿司? すごーいすごーい!」

 

「うぉんうぉーん! しろう―! おねえちゃんも食べたいよぅー!」

 

「藤ねえはいつでも食べられるんだから文句言わない」

 

「あっれれー? そう言って作ってくれたこと、今までにあったっけー?」

 

 さて、最後の一汁三菜としての締め、焼物はどうしようか?

 

「イリヤ、なんか食べたいものあるか?」

 

「え――? う~ん。それじゃあ…………あ! あそこの上にある袋、あれな~に?」

 

「あ、イリヤちゃん。あれは私が買った肉まん。みんなで食べようと思ってたのよねー」

 

「肉まん……。どれだけあるの?」

 

「う~ん。ごめん。三人分しか買ってこなかったからー……」

 

「イリヤ、それが欲しいのか? なら俺の分をやるよ」

 

 まぁ、飯にシチューのようなスープに寿司とちらし、そのあとに肉まんってのは和洋節操なくなっちまうが、イリヤがそれでいいんなら俺に文句はない。

 

「う~ん。それじゃあ、また半分こにしよう? あ、でも、士郎のご飯美味しいから、何かほかのも欲しいなぁ~」

 

「あ、はいはーい! お姉ちゃんハンバーグがいいな~! 士郎のハンバーグはほんとに美味しいんだから~」

 

「へぇ、ハンブルグ? ならわたしもそれがいい!」

 

 よし、承った。

 まず玉ねぎをみじん切りにして、炒めたあと冷ましておく。

 次にボールにひき肉と塩を入れて捏ねくりまわし、パン粉やナツメグ、卵に玉ねぎなどを入れて、さらにこねくり回す。

 それからべちべちと手の上で遊ばせて空気を抜かし、楕円に成形したあと冷蔵庫に三十分ほど寝かせておく。

 

 ……現在イリヤは、ちらし寿司を食べ終えようとしている。少しお茶を飲んで藤ねえとでも駄弁っていれば、その頃にはハンバーグは完成しているだろう。

 油を引いたフライパンで捏ねた肉を焼き、最後にカッコ付けのためアルコール酒でフランベを実行!

 

「うわぁ!」「きゃっ!」「うひゃぁ!」フライパンから立ち昇る青い炎に驚く三人。

 

 ――ふっ。決まった。

 ハンバーグだけはじっくりと香り付けまで完璧にこなしてみせた。

 盛りつけも手抜きせず、イリヤの前に腕によりをかけたハンバーグを差し出す。

 

「……、――うん。美味しい!」

 

 ――良かった。それはもう本当に良かった。

 イリヤももう寒くはなさそうだし、お腹も温まったようだし、これで一先ず最低限のもてなしはしてやれた。

 

「それじゃあ俺も食べますか」

 

 イリヤの隣に座って、みんなと一緒に夕飯を食す。

 

「よっし肉まん食べちゃおー!」

 

「……あ、藤村先生。私はその半分で良いですので、残りは……」

 

「うん。全然いいよー!」

 

 ……騙されるな桜。今の藤ねえの優しさに見える承諾は、実は狙ってやっているんだ。

 桜が体重計を気にしている事を知っていて肉まんを買い、きっと桜は断るだろうとあの虎は踏んでいたのだ。

 うむ。そうに違いない。

 

 

 

 そうしてイリヤとのんびり居間に過ごしているうちに、時刻は八時半を回っていた。

 

「そういえば士郎。突然の来訪者イリヤちゃんには驚いたけど、そろそろ説明しなさいよー」

 

 ……そろそろ、そう言ってくると思っていたさ。

 ただ、少し遅すぎな気もするけど。

 

「あぁ、実はな――――この前、商店街の買い物で知り合った子で、ちょっと縁があったから家に招待する流れになったんだよ。……なんだけど、その……」

 

「そうよー。シロウってば、約束をすっぽかそうとしてたんだもの」

 

「うわー。それじゃあ待ち合わせ場所でイリヤちゃんはずっと待ってたのー? そーれはちょっとお姉ちゃん許しません案件だわねー」

 

「先輩。女の子を待たせるのはダメだと思います」

 

 ……いや、これはまったくおっしゃる通りで……。

 

「本当にごめんな、イリヤ」

 

「ううん。もう怒ってないよ? だってシロウのご飯、おいしかったから! ゆるすっ!」

 

 ――そう言ってくれると、本当に救われる。

 

「それに……ここに来て、シロウも大変だったんだなって分かったから――」

 

 ――その意味ありげな視線で言われたイリヤの言葉に、俺は昨夜の出来事を思い返した。

 

「そうだな。でもそれは約束を破りそうになった言い訳にはならない。それでもイリヤ、心配してくれてありがとう」

 

 いま気が付いた事だが、イリヤはマスターで、つまり魔術師だ。

 そうなると俺の背後にキャスターが控えていた事を、既に公園の時点で知っていたはず。

 何故に俺のサーヴァントがセイバーからキャスターになっているのか。

 きっとイリヤは諸々の気になった点を、昨(・)日(・)は(・)大(・)変(・)だ(・)っ(・)た(・)ん(・)だ(・)ね(・)、と一言で済ませてくれたのだ。

 

「? ……なーんか、秘密のにおいがする……」

 

「藤ねえの冗談は置いておいて、イリヤはここで何かしたいことあるか? もう城に……家に帰るのなら送っていくけど」

 

「……それじゃあ、その……おうちの中を見て回りたいな~」

 

 その申し出に俺は快く応えて、俺とイリヤ、そして何故か藤ねえも付いてきて、武家屋敷の探検もとい紹介巡りと相成った。

 

 

 

 居間はもちろん俺の部屋、土蔵に道場などを見て回り、最後にはぐるっと一周して居間に戻ってきた。

 それでイリヤは疲れたのか、どちらかというと寂しそうな顔で佇んでしまう。

 

「あれー? どうしたのイリヤちゃん。疲れちゃった?」

 

「ううん。ただ……探していた人が、ほんとにいなかったなって――――」

 

 ――――。

 探していた、人。イリヤの……アインツベルンの探し人。復讐する相手。衛宮切嗣。俺のオヤジ。

 そうか、その姿を一目見たいがために、イリヤは家の中を見て回りたいと――――

 

「探し人? あ、もしかしてお姉ちゃん分かっちゃったかも! イリヤちゃんが探していた人は~ずばり! セイバーちゃんね?」

 

 ふと藤ねえが、不正解だが藤ねえの立場からしたらそう思い付くのも無理はない回答が飛び出てきた。

 確かに家に外国人がこうして突然やってくるなんて、生前世界中を飛び回っていた衛宮切嗣の知り合いだと思うのが普通だろう。

 

「違うけど。そういえばセイバーもいなかったよね?」

 

「あ! やっぱりイリヤちゃん、セイバーちゃんと知り合いなんだー! あのね、残念だけどセイバーちゃん。昨夜に突然帰国しなきゃならなくなって、帰っちゃったんだって。士郎がそう言ってたよ」

 

「あぁ、そうなんだよ」

 

 とりあえず話を合わせる。まったく藤ねえのやつ。勝手に話を持っていくんだから。

 この微妙に噛み合っていない会話を、こうしてまとめている俺の身にもなってくれ……。

 

 

 

 時刻は九時過ぎ。

 イリヤは俺たちの歓待に満足してくれたようで、そろそろ家に帰ると言ってきた。

 

「それじゃあ俺はイリヤを送るから。……あ、桜はどうする?」

 

「え、えっと。私は、その、熱はもう治ったので……」

 

「そうねー。でも桜ちゃん、もう家族みたいなものだからさー。いっそのこと、ここに住み着いちゃえば? 桜ちゃんなら、士郎を任せられるし!」

 

「ふ、藤村先生……!」

 

「ば、なっ何を言ってんだ、このバカ虎!」

 

 いきなりの不意打ちにまいった。

 確かに桜は家族のようなものだが、それは意味が少し違って……。

 

「……そっか。シロウには、もうこんなに楽しい家族がいるのね……」

 

「――――イリヤ?」

 

 背中から聞こえたイリヤの声。それは喜びなのか、寂しさなのか、判別の付かない声色だった。

 俺は、その言葉の裏にある意味を読み取れない。

 

 それから藤ねえの言い分に、なし崩し的に桜が家に泊まり続ける事になって事態は収束した。

 藤ねえも家を出て、俺はイリヤを送るため公園まで赴く。

 

「――あ、バーサーカーが目を覚ましちゃった」

 

「――それは、大丈夫なのか? 主に俺が」

 

「うん、大丈夫。でも、もしバーサーカーがここに来ちゃったら、わたしとシロウは殺し合わなきゃいけないから――」

 

「――なるほど。ここまでってことか。分かった。あとの帰りは気を付けろよ」

 

 まぁ、バーサーカーがいるんなら心配なんて必要ないんだろうけど。

 

「……うん。それじゃあね、シロウ。もし今度があったら――」

 

「そうだな。もし良ければ、今度はイリヤが俺を招待してくれ」

 

 思いついた次の約束がそれだった。イリヤの事をもっと知りたいという欲から出た言葉だったんだが。はて、もしイリヤがオーケーしてくれても、ほかのアインツベルン関係者が俺を許すだろうか? まぁ、そのときはそのときか。

 

「うんっわかった! 次はシロウをお城に招くわ。そのときこそ遅刻しちゃダメなんだからね!」

 

「あぁ。重々気をつけるよ」

 

 そうしてイリヤは、にこやかに去っていった。ホップステップで坂を下るところが微笑ましい。

 今日の最初はさんざんな目に合わせてしまったが、最後には楽しんでいただけたようで、本当になによりだ。

 

(まったく。坊やは騒がしいお人ですね)

 

 不意にキャスターが話しかけてきた。

 

(それでも料理が上手なのは意外でした。あと、女性に節操ないところも)

 

「んなっ――それは、だな。その……返しに困るから、そういう話題は禁止で……」

 

(あらそう? 案外ウブなのね。まぁ私の予感では、坊やは将来かなり手慣れる事になりそうなのだけれど? 自覚がないというのも、周りは困りものね)

 

 ……何に手馴れて誰が困るのかという話にはあえて触れずに、俺は踵を返して家路に就く。

 

(あら怒った? というよりも考えないようにしているのね。困った子)

 

「はぁ……キャスター。あまりからかわないでくれ。キャスターには健全な青少年の複雑な気持ちが分からないのか?」

 

(そんなの私が判るわけないでしょう? えぇ、私には判らないわね。……少なくとも、あの筋肉ダルマを居間に連れ込んで平然と食卓を囲んだマスターの底意地ならない度胸なんて、私にはまったくもって判りたくもないわ)

 

 ――――なん、だって?

 

「キャスター、それは……」

 

(イリヤスフィール・フォン・アインツベルンのサーヴァント・バーサーカー。彼女は目が覚めたから早く帰るだのなんだの言っていたけど、ずっと彼女の隣にいたのが貴方には判らなかったの?)

 

「……知らなかった」

 

(でしょうね。ずっとあの筋肉ダルマの隣でビクビクしていた私の身にもなってちょうだい。本当はすぐに逃げ出してしまいたかったのだけれど、もしもの事態に備えて、貴方をイリヤスフィールとバーサーカーから守っていたんですから。ほんと、狭い食卓で下手したら霊体の肩が触れ合ってしまうかもしれないあの圧迫感。二度と体験したくないわ……)

 

 ――待てよ。それじゃあイリヤは……。

 

「イリヤは、俺と戦いたくなかったから、適当な嘘を言って、去ってったってのか?」

 

(そういう事になるわね。というか、貴方ねぇ……。昨日は遠坂と知り合いだと言っておきながら、アインツベルンとも仲が良かっただなんて、これは一体どういうこと? ……まぁ坊やの事だから、伝え忘れていただけなんでしょうけど。まったく。セイバーも大変だったのね……)

 

 むっ。そこでセイバーの事は言わないで欲しい。

 確かにあいつには苦労させちまったけど、あいつも俺と意見がよく衝突して互いに譲らなかったけど、それでも――――

 

「お前にセイバーとの仲を責められる謂れはない」

 

(――……そうね。悪かったわ。ごめんなさい)

 

 ……ぬっ。それはそれで正直に謝られても困るというか。

 いや、今はそんな話をしている場合じゃなくて。

 

「つまりだ。イリヤはやっぱり聖杯戦争なんてしたくないんだよ。一千年続いたアインツベルンの宿命のために、イリヤはマスターに仕立て上げられただけの、ただの女の子なんだ」

 

(……それで? そう勝手に解釈したところで、次は一体何をするつもりなのかしら?)

 

「イリヤの城に出向く。そこでアインツベルンと話をつけて、イリヤを連れて帰る」

 

 ――そう。ここでイリヤを奪うのではなく連れて帰ると言ったのは、何も独りよがりな決断というわけではない。

 俺はイリヤを連れて帰る。

 アインツベルンにマスターなんていう役割を与えられて聖杯戦争に駆り出されたバーサーカーのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 そうではなく、俺はただの少女であるイリヤスフィールのために戦うと決意した。

 それがこの聖杯戦争に巻き込まれた、俺の運命なのかもしれないと結論づけて。

 

 一度は失敗した。俺はセイバーを救ってやれなかった。

 だが、二度目はない。俺は必ずイリヤを笑わせてみせる。

 

(……はぁ。まぁ話を付けに行くだけなら、イリヤスフィールの様子を見るに戦闘はないでしょうけど、連れ帰るとなったら話は別よ?)

 

「それは分かっているさ。何も聖杯戦争自体を放棄しようとしているわけじゃない。俺はただ、確かめに行くんだ」

 

 俺はまだ、イリヤの口から何も聞かされていない。

 聖杯戦争やマスターのことをどう思っているのか。それを確かめるために俺は行く。

 

(……分かりました。言っても聞かないですものね。短い間ですけど坊やの性格は大体掴めました。まったく似ているところもあれば、嫌に強情なところもあるんだから……)

 

「すまないな。キャスター」

 

(いいえ。ですが順序はお忘れなきよう。こうして魔力供給は万全となった今、拠点作りに取り掛かなければ。勝手に坊やの家を魔改造しますけど、よろしくて?)

 

「あぁ。こうなったら仕方がない。だけど工房ってのは閉鎖的な環境じゃないと作りにくいんじゃないか? 一応、俺の工房として土蔵を挙げてみるけど……」

 

(論外です。ここは屋敷の造りに合わせて防衛を敷くべきかと。詳しくは皆が寝静まったあとで話しますので)

 

「そうだな。桜が寝てからだ」

 

 

 

 そうして帰宅して居間に戻ると、桜の姿がない。

 はて、どこに行ったのだろうか。

 

(マスター。桜という少女なら廊下の先にいます)

 

「あぁ、ありがとう」

 

 廊下の先なら洗面所か? 風呂にでも入っているのだろうか。一応確認しておくか。

 

「桜? ……さくらー?」

 

 扉をノックしても返事がない。

 だが、キャスターの言う通りなら、ここ以外にいるはずがないんだが……。

 

(……マスター。すぐに中に入った方がよろしいかと)

 

「え。なに言ってんだよキャスター。桜は風呂に入ってんだぞ?」

 

(そうではなく、倒れているんです。……中で、彼女が)

 

 ……なんですと?

 

「お、おい桜、入るぞ!」

 

 扉を引いて洗面所に入る。

 足を踏み出そうとして、ギリギリで躊躇できた。

 桜が床で倒れていたのだ。危うく踏みつけるところだった。

 

「おい、桜? 桜! ――熱っ!」

 

 呼びかけても返事はない。さらに、桜の体が異常に熱かった。

 まさか熱がぶり返してきたのか? でも、さっきまであんなに元気だったのに……?

 

(…………)

 

 俺は桜を抱き上げて、すぐさま離れへ向かう。

 こんな桜を見たのは数日ぶりだ。前も倒れたけど、そのときより状態が悪くなっている。

 やっぱり何か変だ。今度、慎二にでも聞いてみるべきか――――

 

 

 

 それから桜の看病を済ませて無理はするなと寝かしつけ、俺はキャスターと寝室に篭る。

 ――実体化するキャスター。

 

「マスター。これから陣地作成を行います。許可を取るために設計した陣地の説明をしますので、よく聞いてください」

 

 そしてキャスターは律儀にも、この屋敷をどのような防衛施設に様変わりさせるのかという説明を始めた。

 

 まずキャスターが言うには、この屋敷のあまりにも開放的な陣地を逆手にとって、タワーディフェンスの要領で魔改造をするのだとか。

 キャスターの主な使い魔は、竜の牙を素材にしたゴーレム。俗に竜牙兵と呼ばれる量産型の雑魚兵で、一個体の強さは俺程度の魔術師でも倒せるレベルなのだが、一個体に使う骨の数が多ければ多いほど並みの魔術師でも手を焼くレベルになるのだとか。

 

 その竜牙兵を各部屋に余すところなく数体ほど配置しておく。

 さらに入口の門前から、あまり使っていない奥の別棟まで、竜牙兵の配置数を徐々に増していくのが効果的らしい。これは侵入者に、近寄られたくないもの、守りたいものが奥にあると、誤認させる効果があるのだとか。

 しかしサーヴァントはサーヴァントを感知するため効果は薄い。だけど実際にキャスターが屋敷の奥で待ち構えている事で、ほぼ高確率で冒険者気質のサーヴァントは釣れるとのことだ。

 もちろん、バーサーカーなどの全てを破壊する類のサーヴァントは例外だが……。

 

 そして、敵が屋敷の奥に到着した場合、座して待っていたキャスターは、神殿内なら可能とする空間転移を用いて、道場か土蔵をワープポイントとして遁走する。つまりタワーディフェンスとは、心臓部であるタワーさえ破壊されなければ負けではないということだ。

 俺たちが真っ向勝負で敵う相手ではなかった場合、敵がスタミナ切れを起こすまで、屋敷の中をあちこち逃げ回る必要がある。霊体化ならともかく実体化しているなら、この屋敷の間取り的に、敵は面倒な移動を強いられるはず。

 そのような経路に設計したとキャスターは言うし、霊体化と実体化の移行にも魔力を消費するので、敵には時間と魔力ともにかなりの消耗を強いる事が出来るはずなのだとか。

 

 さらにタワーディフェンスにおいて肝心かなめな要素がある。

 それはキャスターだけではない、心臓部であるマスター・衛宮士郎、俺自身の存在。

 ほぼ確実に俺が屋敷のどこかにいた場合、敵はキャスターよりも俺自身を狙ってくるだろう。

 そのときを考えて、キャスターは俺が神殿内にいる間だけ気配を完全に絶つ道具・お守り(アーティファクト)をくれるのだという。俺が音を出したり動いたり、下手な行動を取らなければ、大抵のサーヴァントは気付かないのだとか。また、これは前回のマスターにも渡してあったお守りらしい。

 しかし、どうやら使い回しが嫌なのだそうで、一から俺用のお守りを作ってくれるらしい。

 

 ――あと、仮に俺が敵に発見されてしまった際には、屋敷の中に留まるのではなく、広い庭に出た方が良いとキャスターは言っていた。

 狭い室内でも十全に戦闘をこなすサーヴァントを相手に、俺が何か出来るわけがないということだ。それは俺も最初のランサーとの戦いで、分かりすぎるほど承知していたことだった。

 そして庭に出た場合には、竜牙兵を塀に沿って配置するらしく、敵を逃がさない役割と、心許ないが俺を守る壁になってくれる役割があるらしい。

 とにかく庭まで逃げたら、あとはキャスターが俺を連れて空を飛び、それからはひたすら逃げ回るしかないのだとか。

 まさに持久戦というやつだ。

 

 一見、この防衛陣は、遁走と生還を果たすには完璧に見える作戦だが、実はこれには重大な欠点がある。

 それは、俺が魂喰いを禁じた事によって、キャスターは防衛以外に魔力を割けない状態にあるのだ。

 つまり、柳洞寺で見せたAランク級の大魔術魔力砲撃をあんなバカスカ撃つのはもう不可能だということ。

 一発撃つのでさえかなりの魔力を消費するため、迎撃のチャンスは限られているのだとか。

 具体的には、十発かそこいら程度だと、キャスターは言っていた。

 このように攻撃の回数はあまりに少なく、防衛に用意した竜牙兵も有限。

 よって相手がスタミナ切れを起こす前に、こちらが魔力切れとエネミー切れを起こせば、そこで俺たちの敗北……つまり、死が確定する。

 

 ――以上をもって、キャスターの衛宮邸魔改造計画の説明は終わり。

 俺はその全てを承諾したため、さっそくキャスターは陣地作成に取り掛かった。

 

「しっかし。こんな大規模な魔改造をするとなると、やっぱり桜をここに置いておくのは危険だな。明日辺りに慎二を見つけて桜を家に返さないと……あいつ、今どこにいるんだろうか?」

 

 

 

   ◇

 

 

 

 同時刻。

 ライダーは消滅した。僕はもうマスターじゃない。それは桜も同じ事だ。

 だが、待てよ。僕は魔術師じゃないから、サーヴァントの霊体化が判らない。

 ということは、ライダーが“消滅したフリをしている”こともあるんじゃないのか?

 

 それを確かめるためには、やはり桜に会って話を聞かなければならない。

 その桜はというと、今は衛宮の家にいる。

 高熱を出して、衛宮の家に泊まり込んでから既に数日。まだ熱が治っていないということか。

 

 しかし、現在の時刻は深夜なので、衛宮の家に行くのは遠慮しておく。行くなら明日だ。

 それも桜は、学校には行かずに衛宮の家で寝ているだろうから、昼間に堂々と押し入ればいい。

 衛宮はまだ僕との同盟が続いていると言ってくれたから、勝手に入っても大丈夫だろう。

 

「……っくそ。ここまで考えるのに丸一日掛かるとかさ……」

 

 情けないことに、僕は陽が昇ってから落ちていくまでの間、ずっと自室に篭っていた。

 自分でも、どうしようもないくらい感情のコントロールが出来ないでいた。

 

 呆気なく聖杯戦争に敗北したこと。

 ライダーを失ってマスターじゃなくなったこと。

 ソニアが魔術師で僕の戦いを邪魔してきたこと。

 お祖父様がアサシンを従えて裏で勝手に動いていたこと。

 衛宮が僕を差し置いてキャスターと再契約し、聖杯戦争を続行しているということ。

 

「あぁくそ。なんでうまくいかないんだよっ……!」

 

 僕はこれからどうするべきなんだ?

 無念と憤りを感じてそれどころじゃない。

 

「……そうだ。桜だ」

 

 僕がマスターじゃなくなった。それはライダーが殺られたからだ。ならば桜もマスターではなくなったということだ。

 その桜は衛宮の家にいる。これは一体どういうことだ?

 

 桜は既に聖杯戦争とは関係なくなったのに、聖杯戦争を続けている衛宮の家にいる。

 いつ敵が衛宮の家に襲撃してくるか判らないのに、そんなところに桜を置いておけるはずがない。

 これは連れて帰るべきだ。そうだ。桜は間桐の家の者なんだから、こっちに来て僕の言う事だけを聞いておくべきだ。

 

 別にお祖父には協力しない。

 教会にも駆け込まない。

 聖杯戦争は諦めきれないけど、でもどうしようもないという事実も考えない。

 ただ、桜を連れて帰る。

 

 ……だって魔術師の家系である間桐の家の中で、魔術師ではない僕にただ一つ残された役割と言ったら――――

 

 

 

   ◇

 

 

 

 単独行動スキル。Cランク。マスター不在でも、一日は現界できる能力。

 ですがそれも、今の段階で限界を迎えた。

 柳洞寺にてキャスターの宝具を受けて、桜との契約が断たれた私は、日がな一日、桜の傍で石柱のように立ち尽くすばかり。

 もし私が桜の目の前に現れて再契約を願い、それを桜が断ったら、桜の中にある刻印虫が暴走を開始してしまう。

 それだけは避けるために、私はただ、この身が消え去るときまで、桜の護衛を続ける。

 

 ……キャスターが陣地作成で屋敷を神殿に仕立て上げている。

 このままでは桜の傍に居続けられない。忍び歩きには自信がありますが、かくれんぼは苦手なのです……。

 

「しかしキャスターは、自身の霊基を削って現界を保っていたのですね。流石コルキスの魔女ということですか。――さて、私にも一応、魔術の心得はありますが……」

 

 一か八かなんてあまり性に合わないのですが、それでも。姉様たちを莫迦にされて、黙って消えられるほど、私はお行儀の良い妹ではありませんから――――

 

 ……形のない島。ゴルゴン三姉妹。英雄ペルセウスに退治された女怪メドゥーサ。

 それが私の真名。かつての女神としての神威、今は魔獣の身に堕ちた事で、その眩い光は黒ずんでいる。

 

 ――――それでも。

 彼方への想いが、脳裏に蘇る。

 

 ――醜い醜い、醜悪極まりない怪力。美しい女神として生まれ落ちながら怪物になるしかなかった人生。なにより私のせいで、姉様たちが地獄に落ちたという、滑稽な……話。

 

「えぇ、えぇ、そうなのでしょうね。姉様たちが幸せに生きる道を選ぶのだったら、私なんか見捨てておけば良かったと……貴女はそうおっしゃりたいのでしょう……」

 

 でも、それは違う。姉様たちは自ら私のために残ってくれた。一緒に最期までいてくれた。

 そのひとときは、どんなに絶望に満ち溢れていて、残酷な結果が目に見えていて、希望のない島に在ったとしても……そのひとときは――――

 

 

 

 ――霊基、切削。慎重に、慎重に。

 

                 ステータスとスキルに欠損が発生。構わない、構わない――

 

    ――霊基の欠損を利用して、怪力スキルを封印。

 

                           ――自己虐待・魔性封印――

 

        神性スキルの向上――

 

                             ――彼方への想いを、思い出す。

 

 ――宝具『自己封印・暗黒神殿』の破壊――――魔眼封印不可能によるデメリット発生。

 

                                     「ッ――――」

 

 右眼を失明。否、毟り取った。

               見栄えが悪いので、エーテルで作成した義眼を差し込む。

 

    それにより『他者封印・鮮血神殿』も崩壊。

 

                         落涙、血涙、ところ構わず。

 

 ――魔力スペックの大幅ダウンにより、宝具『騎英の手綱』も実質使用不可能。

 

                良かったですね。あなたはもう、戦わなくて良いのですよ――

 

 

 

 ――たとえ、どんなに世界の悪意に苛まれようとも。

 

                     確かにここには、美しいものが在ったのだ――――

 

 

 

   ◇

 

 

 

 宵の月が頂点に君臨したところで一息を吐く。

 

「今宵は魑魅魍魎が跋扈するのに打って付けの闇よなぁ……」

 

 然れど、まだ動くべき刻ではない。

 桜に接近するためには、ライダーが邪魔なのだ。

 きゃつに単独行動スキルがあるのは知っておる。

 それを見越した上で、きゃつが消滅するまでこうして待っているのだ。

 

「しかし流石のキャスターも陣地を敷き始めたか。……だが、影と一体化したアサシンの前には全て無意味よ。衛宮の子倅の屋敷を蹂躙し尽くして、桜を連れ帰るとするかの」

 

 そのための布石は既に打っておいた。

 桜の体内に埋め込んでいた刻印虫を、先ほどほんの少しだけ活動させたのだ。

 これで桜の容態は悪化し、明日は学校に通えなくなる。

 

「もうしばらくの辛抱じゃぞ桜……そもそもお主がこうして意固地にならなければ、疾うに聖杯戦争は儂らの勝ちじゃったろうにのう。何を抵抗する必要があるのか……」

 

 それもこれもヴァンディミオンの魔術師が、儂の計画を全て狂わせている。

 

 

 

 五百年前。

 かつて時計塔に居た頃の儂は、ヴァンディミオン一族の同胞であった。

 同志たちと空白の時代の遺物を調査し、歴史を確かめ、真実を発見するのが楽しかった時期もあった。

 

 しかし、それも疾うに昔の話。

 儂はユスティーツァをこの双眸で一目見た時に、全ての研究を放り投げて、この冬木の地に越して来た。

 

 ――儂の目的は、大聖杯を成就させること。そして、不老不死を得るために……。

 空白の時代の調査? 世界の悪意の証明? そんなものはどうでもいい。

 世界が終焉に向かっている事実など、どうでもいい。

 未来に起きると予想されている北欧の終末戦争でも思い描いていろというもの。

 夢想に焦がれる若き日は終わりを告げ、無限に焦がれる老いた魔術師が此処にいるだけ。

 

「――ならば、必ず取るしかあるまいの。聖杯を、この手に……」

 

 

 

   /了

 

 

 




 念願のキャスターがロリ化したぞ!
 然れど勘違いめさるな。このロリキャスターは、決してFGOのキャスター・リリィではない!
 それよりもっと幼いのだ! どのくらい幼いのかと言われれば、それはそう、アナと同じくらいに可愛くて尊いのだ! ロリっ子万歳!



 衛宮士郎、魔術回路が二十七本、本格起動。



 グーラッシュ。
 ハンガリー起源のスープ料理で、ドイツではシチューらしい。食べたことないから、一度は食べてみたい。



 衛宮邸タワーディフェンスの巻。ここは珍しく、特に何も考えずノリで書いた。
 対セイバーでは、魔力放出によって縦横無尽に暴れまわるため、ゴリ押しで突破される可能性が高い。空に逃げても同じ。
 対アーチャーでは、弓矢から逃れることはできないし、もとより自分の家であるため超絶不利となる。少なくとも逃げ回るのは不可能。
 対ランサーでは、最初は雑魚散らしに乗っかって追いかけっこをしてくれるが、反撃の芽がないと飽きてトドメを刺しにくる。
 対ライダーでは、慎二がマスターの時は接戦となるが、桜がマスターになると容赦がなくなり、徐々に追い詰める戦法を取ってくる。
 対真アサシンでは、屋敷内ではダークを投げて拾うを最短で繰り返し、右腕の殴りを加えて堅実に攻めてくる。
 対バーサーカーでは、まず屋敷を蹂躙されて、次に跡形もなくなります。
 対ギルガメッシュでは、そもそも竜牙兵たちを相手にせず、相手にしたとしても宝具の雨で串刺しにされます。


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