Fate/stay night : 2.5i+3.10i+BERSERK = The Future Remember 作:形のない者
後半の推奨BGM:nano「Born to be」
(聴きながら読むのではなく、歌詞を知ってから読むといいかも?)
――折り返し地点だ。
昼。
今日は桜に学校を休ませて、家でゆっくりしているように言いつけた。
そして、俺とキャスターがいつまでも家に留まり続けていると、桜を巻き込んでしまう恐れがあるため、学校に登校する。
もちろん遠坂との定時報告を済ませるためにも、学校には行かなければならない。
昼飯時の屋上。遠坂が食堂のパンを手に、俺たちを待っていた。
そう言えば今朝のニュースで、また新都の方でまた失踪事件が起こったらしい。
消えたのは七名の人間。その全てが行方不明者扱いされていた。
「こんにちは、衛宮くん。今朝のニュースはもう見たかしら?」
「あぁ。また新都の方で人が消えたらしいな」
「違うわ。あれは消えたんじゃなくて、殺されたのよ」
――――なんだって?
遠坂はハッキリと、ニュースで言っていた人が消えた事件を、人が殺された事件だと言い切った。
「な、なんでそんなことが遠坂に分かるんだよ」
「間近で見ていたからよ。昨夜、アーチャーと一緒に新都を巡回していたときにね」
……それは、つまり。
「えぇ、そして見たわよ。あなたとキャスターが言っていた、その影ってやつを……泥とも形容できたけど、アーチャーは影が作り出す底なし沼と称していたわ。まぁ呼び名なんかはどうでもよくてね。問題なのは、そいつの行動原理よ」
……待て。遠坂、話が早すぎる。
俺はまだ、そこまで理解が追いついていない。
まず、間近で見ていたってのは、一体どういう事だ。
それはつまり、見殺しにしたってことなのか。
「最初は捕食のために活動していたと思っていたわ。出現する度に周囲のマナを喰らっていくからね」
いや、それも仕方のない事なのかもしれない。セイバーが手も足も出せずに呑まれてしまった相手だ。
それは遠坂にも伝えてあったから、あの影はサーヴァントの天敵なのかもしれないという予想は既にできていた。
遠坂だってきっと、その時には歯がゆかったはずだ。
……だから、仕方ない?
それは違う。だから、だからこそ――――
「……でも、その見立ても昨日まで。そいつは昨日の段階で、確実に捕食目的以外で活動を始めていた。それが何だか、衛宮くんには分かる?」
「……遠坂、もったいぶらずに教えてくれ。その影の目的ってやつを。そいつは昨日、何のために新都に現れたんだ」
「簡単よ。――――
――なんだよ、それ。
それじゃあその影は、ただの殺人鬼ってことじゃないか……!
「なんでそんな凶悪なやつが新都に現れてんだよ。それはサーヴァントなのか?」
「違います、坊や。あの影は、あくまで聖杯の中身から漏れ出たものです」
「キャスター……?」
「そうですね。そろそろ私が知っている聖杯の中身の事を、坊やたちに教えてもいい頃合いでしょうか。あれがなんであるかを知りたい場合、私はある程度の解答を用意できるかと思いますので」
「キャスター。あなた、あの影の正体を知っているの?」
「ええ、もちろん。ですが、まだ話せません。ここで全てを話しても、混乱するだけだと思いますから」
……確かに。俺がキャスターと再契約した直後の夜では、俺はまったくキャスターの話が判らなかった時がある。
それは、まつろわぬもの、そして影という一つひとつの単語。
さらに聖杯の中身という単語を使ったキャスターは、おそらく今、この冬木の地で起きている怪事件の殆どを説明できるに違いない。
それでもいきなり全てを話さないのは、今キャスターが言っていた通り、俺たちを混乱させないためだ。
「……そう。確かにわたしたちは現状、この冬木市で何が起こっているのか理解がまったく及んでいない。だから、一つ一つ答え合わせをさせようと、キャスター。あなたはわたしたちを誘導しようとしているんでしょ?」
「正解です。ですが勘違いしないように。別に私だけが全てを知っている風な顔をするつもりはありません。ただ気になったことは私に直接聞いて頂ければ、大体のことは答えられるというだけです。訊いてもいないことを聞かされても迷惑でしょう?」
――やっぱり、そういう事だったのか。
ならば遠坂が言っていた「あの影は人を殺すためだけに活動している」という話に、キャスターが口を挟まなかったということは――――
「キャスター。あの影がただの殺人鬼だっていうのは、確かか?」
「確かです。あれは無差別に人を殺す機械。ただ殺しを嬉しんでいる怪物です。もちろん遠坂凛が言っていたように、最初は魔力を集めていたのでしょう。それも途中で、
……なんてことだ。
この街に、そんな危ないやつが自由に人を殺して回っているのか。
――場が沈黙する。
皆が考えていることは、きっと同じだろう。
ここまでの事が分かっておきながら、俺たちにはできることがないということが……。
「……キャスター。あの影はどうすれば止められるんだ?」
「それは難しい質問ですね。マスターは、
「ちょ――それって……!」
遠坂が顔を青ざめている。こんな顔初めて見た。
……霊長の殺人者。聞いたことはないが、字面から意味くらいは読み取れる。
「だけど、それがなんだよ。なんか殺人鬼をかっこよく言っただけじゃないか」
「ばか、士郎。霊長の殺人者っていうのはね、ヒトに対して絶対の殺戮権限を持つ――――」
「ガイアの怪物? ――――いいえ。あれは、アラヤ・■■■■■の怪物です」
『――え?』
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――――遠坂と声がかぶる。
だけど、なんで声がかぶったのか判らない。
「……………………」
何故かキャスターは黙り込んでいる。なんだよ、早く続きを言えよ。
「……で、それがどうしたんだよ? なんか殺人鬼をかっこよく言っただけじゃないか」
「ばか、士郎。霊長の殺人者っていうのはね、ヒトに対して絶対の殺戮権限を持つ――――」
「……ごめんなさい。今のは仮説だったので、確証はないんです。どうか聞き流してくださる?」
『――え?』
「それよりマスター。報告があります。どうやら私たちの陣地に誰かが侵入してきたようで――」
「――なんだって?」
……まずい。いま家には、桜がいる!
「いったい誰だ。誰が家に来たんだ!」
「この遠見の水晶を見てください」
ふと、キャスターは懐から、よく占いなどに使う水晶球を取り出した。
「これは昨晩、私が用意した武家屋敷の監視カメラのようなものとお思いください」
次々と俺の家の各部屋の様子が水晶の中で移り変わっていく。
そこで俺は、特徴的な頭を見つけた。
「慎二――!」
◇
昼間。
衛宮邸のチャイムを数回鳴らしたが、十秒経っても動きがなかったので勝手に家の中に入らせてもらった。
「おい、さくら―?」
妹の名前を呼びかけながら靴を脱ぐ。玄関には桜の靴があった。学校には行かなかったらしい。
次に居間に顔を出したが、明かりは点いていなかった。奥で寝ているのだろうか?
廊下を渡りながら、僕は声を掛け続ける。
「さくらー? 迎えに来たぞー?」
そのまま歩き続けていたら、別棟に付いてしまった。
「桜?」
目についた部屋の扉を開ける。するとビンゴ。
そこには桜がいた。熱っぽいのか、生気の抜けた顔をしている。
「……兄、さん?」
「なんだ。苦しそうだな、桜。衛宮のやつ、おまえを放っておいて学校に行ったのかぁ? 案外大事にされてないのかもな、おまえ」
「……そんなことを言いに、ここに来たんじゃないでしょう?」
「あぁ、そうとも。僕は妹を迎えに来たんだ。こうしてね」
ほら、と手を差し出す。
だが、桜はその手を見下ろすばかりで、虚ろな顔でぼうっとしているだけだった。
「……そうだ。一つ聞き忘れていた。桜。ライダーは本当に死んだのか?」
「…………たぶん。令呪が、消えちゃったから……」
……そうか。なら、ライダーが消滅してしまったのは本当なんだろう。
それでも桜が嘘を付いているかもしれないから、その腕を確かめてみる。
「――――って、おい、桜。令呪、あるじゃねぇかよっ!」
「……え? あ、違うの。これは……っ!」
一発頭を叩いた。
これはどういうことか説明してもらわなきゃ手が止まらない。
「ま、待って。兄さん。本当にライダーのことは知らないの。だって、見て? 令呪、かすれちゃってるよ……?」
「あぁ……?」
もう一度、桜の手を確かめてみる。
すると確かに令呪の輝きはなくなっていて、傷跡にしか見えなかった。
「……ほら、兄さん。お祖父様が言ってたじゃない。御三家のマスターは、すぐに再契約ができるよう令呪が遺されるって……」
「――あぁ、そんなことも言ってたっけなぁ」
なら、本当にライダーは消滅したということか。
なんだよ、勘違いさせやがって。それならそうとすぐに言えばいいのに、愚図だな。
「はぁ……よし、それじゃあもう帰ろうぜ。立てるか」
僕はまだ桜の腕を握っていたままだったので、そのまま引き上げる。
……って、こいつ、こんなに体が重かったっけ?
「え……なんで、帰るの……? 家に帰るなら、兄さんがひとりで帰れば……――っ!」
もう一発、頭を殴る。
まったく……ふざけたこと言ってんじゃないぞ。
「おい、いいか桜。よく聞けよ? お前はもうマスターじゃないんだ。ライダーはいないんだよ。なのに、なんでまだ衛宮の家にいるんだ? ライダーは死んだ。僕たちは聖杯戦争から脱落した。もうお祖父様の命令で、監視のために衛宮の家にいる必要はない。だから殺し合いに巻き込まれる前に、家に帰るんだよ」
もう一回、腕を引っ張る。
重い体を何とかして引っ張り上げた。
しかし桜は歩くこともままならないのか、ふらついて床に倒れてしまう。
「――チッ。世話の焼けるやつだな。さっさと立てよ、ほらよ」
足でけしかけて、早く起き上がれと急かす。
まったく、そんなに熱が酷いのか? 移されたくないからおぶってやらないけど。
ここは自分で起き上がるまで少し待ってやるか。
「…………、です」
「――は?」
「……いや、です」
――――。
そこで、僕の沸点は軽く超えた。
「また――逆らいやがって」
大げさに腕を掲げて、桜を怯えさせる。
それから桜の髪を掴みに掛かろうとした、そのとき――――
「兄妹喧嘩はそこまでじゃ。慎二、桜……」
◇
――時はほんの少し遡り――
「さて……なかなか面白い布陣じゃのう。しかし、何故に慎二はああも容易く中に入れたのだ? ――あぁ、そうかそうか。確か慎二は衛宮の子倅と同盟を組んでおったのじゃな。ならば道理で、孫の慎二を入れて儂を入れないわけじゃ。――――故に、アサシン」
「……御意に。敵陣、突破致しまする」
衛宮邸の門前から堂々と中に入る。
本邸に繋がる玄関前の庭土から、竜牙兵が数十体生えてきた。
「やれ、アサシン――」
攻撃命令を下した瞬間、アサシンのダークが全ての竜牙兵を穿ち抜いた。
丁寧に玄関の戸を引いて、土足で中に入る。
廊下に一体ずつ出現している竜牙兵。
アサシンが先行し、廊下に立ち並ぶ雑魚を次々と蹴散らしていく。
その流れるような手際は、まさに無音の殺戮。
しかして儂らは一分も掛からず、別棟まで辿り着いた。
「――――、――」
ふと孫の声が聞こえる。近くにいるらしい。
そこで声が聞こえたところまで足を運んでみると……。
「また――逆らいやがって」
と、慎二が桜に手を上げようとしている場面に出くわした。
まったくこやつらは、いつもいつも喧嘩ばかり。
慎二も兄たるもの妹には手を出さず、妹の桜も少しは慎二に文句の一つでも言ってやればいいのにのう……。
互いに依存しすぎると、こんなに面倒なことになるとは、こうはなりたくないものじゃな。
「兄妹喧嘩はそこまでじゃ。慎二、桜……」
目を見開いて、儂を刮目する孫たち。
相当驚いているようで、いつもの可愛らしい悲鳴は出なかった。
「桜。慎二の言う通りじゃぞ。もう衛宮の子倅の監視など切り上げて、家に帰るのじゃ」
「……い、いや、です。……お祖父様」
その断固とした拒絶に、儂はちょいと手を入れた。
「――――あぁっ! い、いた、やめ、いや、いやぁぁ……っ」
「さ、桜――?」
刻印虫を少し暴走させた。
今、桜の中で蠢く刻印虫は、桜の魔力を喰らい尽くしている。
さらに喰らう魔力がなくなれば、今度は生命力までもを奪い尽くす。
さて、この拷問にどこまで耐えられるか。
「いや……いやだよぅ……もういやぁ……っ!」
「ほれ、桜。帰るぞ。お前にはまだ、やってもらわなければならないことがあるのだからのう」
「――――え?」
その時、彷徨う視線をこちらに向けてきたのは、慎二じゃった。
◇
「ほれ、桜。帰るぞ。お前にはまだ、やってもらわなければならないことがあるからのう」
お祖父様は、確かにそう言った。
……桜は、まだ聖杯戦争で必要な駒だと。
「――――え?」
どういうことだ。もう桜は必要ないはず。
いくら魔術師だからって、サーヴァントを失くした桜に、お祖父様は何をさせるって言うんだ。
「なんじゃ、慎二。気になるのか? クカカカッ。……魔術師でもないお主には関係のないことじゃ。疾く立ち去るがいい」
…………っ。
「ほれ、桜。……まったく世話の掛かる孫じゃわい」
「っ……いや、だ――――あぁ……ッ! せんぱい……嫌だよ、もう、いやぁあっ……!」
それからお祖父様は、僕をまるっきり無視して、僕の前を横切ろうとした。
「――まっ、待ってよ、おじい――」
――ドンッと。肩が押される。それで僕はたたらを踏んだ。お祖父様の肩が、僕の肩にぶつかったのだ。
それでもお祖父様はさして気にした風もなく、僕の横を素通りしていく。
まるで僕は、ここじゃあ空気のような存在だ。
……そして、思い出した。聖杯戦争が始まるまでの、僕の扱いを。
間桐家は魔術師の家系。
つまり魔術師ではない僕は、まさに間桐の家においては存在価値すらない子供だったのだと。
……あぁ。
……そうさ。
……ついぞ誰も、僕の事を見てくれるやつなんか、いないのさ。
「やだ……やだ……やめて、やだよ。あぁ……せんぱい……っ!」
「おうおう。そう泣くな。大丈夫じゃ。すぐに楽にしてやるともさ」
桜の肩にお祖父様の手が伸びる。
……僕は知らない。間桐の長老に逆らう桜が悪いんだ。僕は知らない。桜は自分の責務を果たすべきだ。
僕に出来ない代わりに、おまえが果たすべきことなんだ、これは。
それがどれだけ誇らしくって、どれだけ尊ぶべきことなのか、お前は知るべきなのに――――
「やだ……やだよ――」
だって、言うのに。
「に、に――」
……なんで。
「にいさん、たすけ――――」
なんでお前は、そんな目で僕を見るんだ……?
『――慎二! 桜を守れ! 今すぐそっちに行く!』
――――突然、耳をつんざく怒鳴り声が屋敷中に轟いた。
これは、この声は……!
「……なぬ? これは、衛宮の小倅の声。やはり見られていたか……」
『キャスター。空間転移は!?』
『言ったでしょう。それは神殿内限定だと』
『だったら令呪は!』
『それは、でもこんなことに使うのはもったいな――――って坊や!』
『令呪を以て命じる――!』
「いかん! アサシン。表に出るぞ!」
それからお祖父様は、僕が今までに見たこともない駆け足の速さで庭に飛び出ていった。
だからお祖父様には聞こえていなかっただろう。
そのあとに続いて出た、誰かの声を――――
『ちょっと衛宮くん! 行くんならわたしも――』
『キャスター! 俺を連れて家まで飛べ!』
――――それからの出来事は、まさに一瞬のことだった。
気付いたときには閃光と旋風と共に、衛宮が僕の目の前に現れていたんだ。
マスターとサーヴァントを瞬間的に移動させる。……これが、令呪の力だって言うのか……!
「――せん、ぱい? え……なんで……どうして、まだ、サーヴァントを……? だって、もう、セイバーさんは――」
「話はあとだ、桜。ライダーのマスターだとか、俺の監視だとか、そういうのは全部あと。そんでもって、慎二――」
ふと、空気扱いの僕に振り向いて、衛宮は怒り顔で一発――――
「ぶへっ!」
――――僕の顔を、力いっぱいにぶん殴った。
「――、……ハッ! 身内からは無視されて、お前からはなんで殴られなきゃいけないんだよ……衛宮ァ!」
血走っているだろう目つきで衛宮を睨みつける。
だけど、その顔を、はたと見て――――
「ああもうおバカなの坊やたち?! いま喧嘩している場合かしら!?
――いいかしらマスター? 今すぐ庭に走りなさい。相手は投擲武器を使います。竜牙兵を盾にして、何とか逃げ切ってちょうだい。どうせそのお荷物を捨てて、私と一緒に空を飛ぶのを拒否するのは最初から分かってんですからねぇまったく!」
「悪い。キャスター。……行くぞ、慎二。――桜を、一緒に守るんだ」
その顔を見て、……その顔は――
「なんでだよ。なんで僕が桜を守る必要がある? こいつは魔術師だ。僕なんかとは違う。魔術師なんだよ!」
「それがどうしたっ! 慎二、お前は桜のなんだ! お前は桜の兄じゃないのか!?」
そうだ、その顔だ――
「なんだよ。まさか兄は妹を守るべきだとか言うんじゃないだろうな衛宮? そんなのは当然さ。だから僕はこうして桜を守ってやってるじゃないか。こうして間桐の後継者として順調に成長していくように、教育してやってるじゃないか!! よそ者が口を出すなよな。それこそお前は桜のなんなんだ! お前はなんでそうまでして桜を守るんだよ!」
その顔は、その顔こそが――――
「――――――――家族だからだ」
案外。
「ハッ。家族もいないお前が、それを言うのか?」
僕に残されたものは、
「そんな――――いまのは、ひどいよ。にいさん……」
妹だけじゃ、なかったらしい――――
……すぐそこの庭で破壊音が轟く。
それに耳を傾けたり、目を向けたりするほどの価値はなかった。
「――ははっ!」
「何がおかしい、慎二」
「いいや? たださ、こんなことをしている場合じゃないんじゃない? ――桜を守るなら勝手にしろよ。僕は手出ししない」
「――っ。そうか。分かった。じゃあな、慎二」
それから衛宮は、二度と僕には振り返らず、桜を両腕に抱いて廊下を駆け出した。
…………。
隣にはキャスターがいる。衛宮と別行動を取った事には、何か意味があるのだろうか?
…………。
窓の外に、何か骨人形みたいのが群れを成して衛宮と桜を囲っていた。
あんなのを盾にしたところで、アサシンのダークからは到底身を守れないだろう。苦肉の策というやつか。
…………。
そう言えば、このキャスターっていうサーヴァント。なんか柳洞寺で見たときより縮んでいるというか、確実に肉体が幼児退行している。
何があったのかは分からないけど、サーヴァントとしてスペックがダウンしているという話なら、それで十分に納得できる有様だった。
…………、――――。
「……なぁ、キャスター。これからどうやってお祖父様とアサシンから、衛宮と桜を守りきるつもりなんだ?」
「……坊やに言う必要があって? 煩いハエは黙ってなさい」
「ふん。どうせお前みたいなチビには無理だろ。到底お祖父様にはかないっこないね。本当はお前も最初から分かっていたんだろ? こんなにゴーレムをたくさん配置しても、サーヴァントが襲撃してきた時点で自分たちの敗北は確定しているってさ」
「……そうね。坊やの言う通りだわ。勝ち目なんて最初からない。だから――」
「――だから、柳洞寺の時みたいに逃げ回るのか? ――ハッ。馬鹿の一つ覚えだな」
「っ……戦いを放棄した坊やにとやかく言われる筋合いはないわ。本当に黙らせるわよ」
「ならさっさと黙らせてみろよ。……お前さ、ハッタリかますんならもっとうまくやれよな。ほんとはお前、僕を黙らせるほどの魔力すらないんだろ?」
…………。
返答がない。言葉に詰まっている。
……違う。本当はキャスターは、僕に暗示を掛けることくらいできるはずだ。
だけどそれをしないということは、それすらも惜しいということ。
「なぁ。よく考えてみろよ。暗示を掛ける魔力すら惜しい。だったら衛宮のやつに暗示を掛けて黙らせてさ、桜を持ってってもらえばそれで済む話じゃん。無駄な争いもなく、魔力も消費せず、戦いを終わらせる事ができる。で、あとは衛宮を連れて逃げ回ればいい。お荷物な桜を明け渡せば、お前たちは逃げ切れるだろうし。お祖父様も桜を連れて帰るだろうしさ。なんなら僕が説得してやってもいいぜ」
…………。
いよいよキャスターは、完全に僕を無視し始めた。
まぁ、それならそれでいい。こっちにも考えがある。
「……お前にはできない時間稼ぎ。なら、僕が代わりにしてやるよ」
「――えっ?」
だから僕は、衛宮と桜がいる庭に歩み出た――――
◇
「――ぐっ……!」
桜を抱き抱えたまま、横っ飛びで地面を転がる。
刹那、俺たちが今までいた場所にクレーターが形成された。爆風を浴びて、周囲の竜牙兵が吹き飛ぶ。
向かってくるダークは、その全てが戦車砲並みの一撃。骨人形なんて、あっさりと穿ち吹き飛ばしてしまう!
「桜、頑張れ!」
「は、はいっ――きゃ!」
頭上を掠める投擲刀。すんでのところでしゃがんだため事なきを得た。
しかし、どんどん周囲に居る竜牙兵たちが、俺たちを庇って骨くずに変わっていく。
だんだんとその盾は少なくなってきており、逃げ道もこの先は行き止まりとなっていた。
このまま庭にいても格好の的だ。しかし屋敷の中に入っても竜牙兵の数が少なくて、あっさりと突破されてしまう。
ならば広い庭で駆け回っていたほうが、部屋に数体の竜牙兵より、庭に百飛んで二十あまりの竜牙兵の方がまだマシだということだ――!
「きゃぁっ!」
すぐそばに着弾したダーク。
その余波に、俺と桜は体を持ってかれて転倒してしまう。
「――まずっ!」
今まで隠れてダークを投擲していたアサシンの姿を屋根の上に見つけた。
野郎。俺たちが転んだ今なら確実に殺せると踏んで、舐めてやがる――!
「桜、起きろ!」
「ハッ、ハッ、だ、ダメです。先輩……もう――」
くそっ。病人にこれ以上の動きは無理か。
それにキャスターの水晶球で様子を見ていた限り、どうやらあの老人に暗示でも掛けられて弱っているようだ。
このままでは、まずい……。
「…………」
アサシンがダーク一本を手に左腕を掲げた。
――終わった。
ここで俺が盾となっても、俺の体なんか簡単に吹き飛ばして桜も死んじまう。
その何度目か判らない自身の死を見つめて――――
「――衛宮!」
ふいに桜の部屋から、慎二が飛び出してきた。
「むっ? 待て、アサシン。その位置からでは慎二と桜に当たる」
「…………」
動きが止まったアサシン。
だが、その腕はいつでも投擲可能の状態を保っていた。
「おい、衛宮。さっきの話の続きをしようぜ」
「慎二……?」
「だからさ。桜がライダーのマスターだって話だよ。お前、ほんとは気になってんだろ?」
……今はそれどころじゃないのは、慎二も分かっているはずだ。
――それでも、その話には乗ってみた。
「はっ。そうだ。先ずは黙って聞いとけよ。実はな、桜は魔術師なんだよ」
――あぁ。どうやらそうらしいな。
「それでさ。間桐の魔術師は廃れてしまったって言ったけど、実はよその家からもらってきたのが桜なんだよ。あぁ、それがどこの家なのかは今後のお楽しみとして、桜は養子として間桐家に迎えられた。それからずっと魔術師として訓練を受けてきていたんだよ」
……ハッキリ言って。これが時間稼ぎのためだとは容易に理解できた。だが、それをして何になる?
俺はまた、慎二の突拍子もない遊びに、ただ付き合わされているだけなんじゃないのか?
「だからさぁ……っていうか、もう言っちゃっても良いかな? 実はさ、桜には姉がいて――」
「――! に、兄さん、やめてください! ど、どうしてそんなこと、するの……」
背後で桜が叫んだ。
「どうしてって。お前さ、衛宮に悪いとは思わないわけ? ずっと嘘をついて隠し事をしてさぁ。衛宮を騙して、良い後輩を演じて衛宮を誑かして……そういうのさぁ。嫌な女だなぁって、お前もそう思うだろ?」
「――――――――」
慎二の当てつけに、桜は黙り込む。
「……待て、慎二。そうやって桜をいじめるのはやめろ。悪い癖だぞ。あと桜。別に俺は黙っていたのは怒ってない。魔術師なら自分の存在を秘匿するのは当然だからな」
「……っ。違うんです、先輩。私は、別に、そんなつもりで隠していたわけじゃ……」
「あぁ。そうかもしれない。だから細かいことは、あとで教えてくれ」
……ここで俺は、ようやく慎二の狙いが分かった。
あれでも慎二はかなり頭が切れる。
中学時代のときも探偵まがいの事をして、よく自慢話として聞かされていたっけ。
「……慎二や。さっきから何をしておる? まさかここで儂を相手に、つまらぬ姑息な手段で訴えているつもりなのではあるまいな?」
「違うよお祖父様。僕は間桐の子供だよ? そんな間桐に仇なす事をするはずがないじゃないか。信じてよ。僕のお祖父様でしょ?」
――その、いつもの人懐っこい慎二の笑顔は、しかし恐ろしいほど冷たいものだった。
あいつは今、腹の中で一体、何を考えているんだろうか……?
「……むむむっ。慎二、お主どうした……?」
「どうしたも何もさ、気に食わないんだよ。ほんと、なんで、あいつが僕に、あんなことを言うんだかって……!」
その目は、俺の後ろでうずくまっている桜を睨みつけている。
それが殺気なのか動揺なのか、俺にはその一瞬では判断がつかなかった。
「――――、――」
――だが、どうやら時は整ったらしい。
塀の外から、いつでも頼れるあいつの声が――――!
「――――はっ、はっ、――――アーチャー! 援護!」
「なにぃっ! ここで遠坂の娘だと……!?」
突然、真っ昼間の青空と太陽が、黒色の太陽とパープルの天空に塗り変わった。
それはどんな宝石の魔術なのか。アメシストの輝きが結晶の刃となってアサシンに飛来する。
屋根をぶち壊していきながら紫色の宝石がアサシンを蹂躙する。老人も飛び退って、その姿をどこかにかき消した。
次に、アーチャーの矢が標的を逃さず追撃していく。
向こう側の庭では、どのような事態になっているのだろうか。
「――マスター! こっち!」
――っ!
縁側から俺たちを呼ぶキャスター。すぐに桜を抱き上げて、慎二と一緒に走り込む……!
しかし、突然目の前に赤い何者かが颯爽と現れた!
「うえぇい! と、遠坂!? い、いま、どっから現れた?」
「塀と屋根を飛び越えてきたに決まってんでしょ! ――それで、桜は!?」
遠坂は慌てて、俺が抱き上げている桜の顔を確認する。
「あ――遠坂、先輩……」
「良かった、無事ね。――ところでキャスター。言っとくけど、うちのアーチャーはいま遠方からの狙撃を行っているわ。つまりアサシンと接近戦をさせるつもりは絶対にないと思ってちょうだい」
「でしょうね。だからあまり期待はしていなかったのだけど、それでも助かったわ。あとは遠坂凛。貴女がこの娘を守りなさい。私はマスターを連れて逃げに徹するわ」
「そうして。まぁ向こうはもう撤退を決意している頃だろうけど」
確かに。いくら相手が対サーヴァントに特化している敵だったとしても、それは接近戦限定の話でもある。
ここで竜牙兵を倒しながら、アーチャーの狙撃を躱して肉薄するというのは無謀な行為だ。
おそらく相手も、遠坂の加勢を警戒して、これで退いてくれるだろう。
「はぁ。仕方ない。こうなったら、奥の手を使うとするかの……」
――だと思ったのに。
ふいに老爺の寂声が屋敷中にこだました。
次に、空中に緑色の液体のようなものが散布されて、俺たちに降りかかってくる。
「うわっ、なんだこれ!」
「わちゃ! きもちわる!」
「――っ、これは……」
俺、遠坂、慎二。それぞれが驚きの声を上げる。
だが、目立った変化はない。
身に降りかかる瞬間、もしや硫酸なのではないかという嫌な想像をしたが、どうも違うようだ。
――しかし、
「――……桜?」
俺の腕に抱えられている桜が、突然暴れだした。
「いや――――――――いやぁああああああああ!!」
「さ、桜!?」
痛ましいほどの金切り声を叫ぶ桜。抱き上げている俺を突き飛ばして、桜は地面に落っこちる。
そして、かなり頭を強く打ち付けたっていうのに、桜はまるで酸素を求めるかのように自分の首を掻き出して、ひどく喘ぎ始めた。
「――ッ、――――ア、ガッ、――いッ――」
その様子は過呼吸に近い。
だが、それよりも、何かがおかしい……。
「――なんで」
なんで、桜がうずくまっている地面の下から――――アサシンの白仮面が見えているのか。
『――――ッ!』
俺、遠坂、慎二、キャスター。全員が一様に同じ回避行動を取り、桜から距離を取る。
まずい。ここであのアサシンの宝具を喰らうのは……!
「――――――――」
――だが、桜の下にある仮面は、その実ただの仮面だった。
「――っ。まずい、今のはブラフか! 桜から引き離された!」
遠坂が叫んだ次の瞬間には、既に桜の下にアサシンの姿はなかった。
そしてあの影沼が桜を中心に広がって、通常の地面を侵食していく。
「あれに足を取られた時点で詰みと思いなさいっ!」
キャスターの切羽詰まった怒号が飛ぶ。
俺たちはその影沼のやばさを本能で感じ取り、桜に背中を向けてでも侵食してくる影から逃走する。
次々と残った竜牙兵たちが影に足を取られて、底なし沼に嵌ったかのようにズブズブと沈んでいく。
「おい、どこに逃げりゃあいい! 玄関は本邸を隔てた向こうの庭だぞ!」
「黙って走れ慎二! こうなったら塀を飛び越えるしかない!」
「と、飛び越えるだって!? い、言っとくけどなぁ! お前たち魔術師はそんなことができるのかもしれないけど、僕には……うひゃぁ――!」
声にならない慎二の叫び。
俺と遠坂も一瞬、何が起こったのかてんで分からなかった。
――――桜が、小さく見える。ついでに屋敷も、ミニチュアサイズに小さく見える。
つまり、今の俺たちの視点からして……。
「まったく。重量オーバーです。これだけでもう魔力の大半を使い切ってしまいましたので、あしからず」
俺たちはキャスターの魔術によって、空を飛んでいた。
広げたマントをはためかせているキャスター。
彼女を中心に半透明の球体が出来ていて、どうやら俺と遠坂と慎二は、その球体の中にいるようだった。
「この結界から出ないように。落下したいのなら別ですけど」
「――――ふぅ。キャスター、助かったわ。あと一歩でも遅かったら本当にやばかった……」
遠坂が胸をなで下ろす。
まったくだ。広がる泥は、本当に踵まで迫ってきていたのだ。
……ふと、地上に目をやる。
そこでは桜が泥の上で、今でも苦しそうに喘ぎ続けていた。
「……衛宮。あの緑色の液体は、桜の魔術回路を暴走させる薬だ。よくお祖父様が罰を与える時に使っている……」
「慎二……?」
「……なんでもないよ。ほら、見ろよ。屋敷全体が底なし沼に漬かっちまった。あれ、外に漏れ出したらやばいんじゃないのか?」
「その点は問題ありません。私の神殿の中で生まれたものなら、私の神殿の中だけで完結します。外に漏れ出ることは、まずありえない。私の結界に懸けてでも。ええ、保証します」
そうか。なら安心だ。
もしあれが外に漏れ出てしまったら、それこそ平和なお昼の街が、途端に地獄へと変わってしまう。
それから老人とアサシンは完全に姿を消して、数分で影も引いていった。
上空に佇む俺たちは地上に降り立ち、桜のところに駆けつける。
……倒れている桜。その体を持ち上げてみても、その下には何もない。
ただ桜は今でも苦しそうで、遠坂によると命の危険があるらしい。
「でも、命の危険って、どうすれば?」
「……知り合いに治療のうまいやつがいる。そこに行きましょう」
「知り合いって、遠坂まさか……」
「えぇ、冬木教会よ。あいつなら今の桜の状態を何とかできるかもしれない……」
それは桜も聖杯戦争に敗退したマスターだから、教会の保護を受けられるという意味でも可能なことだった。
そうして俺たちは、すぐに教会へと足を運んだ。
――あれから数時間。
教会に駆け込んだ俺たちは、監督役の言峰綺礼に桜を預けて、ただ礼拝堂で治療が終わるのをひたすら待ち続けていた。
キャスターは後ろで霊体化していて、遠坂も慎二も何も語らない。
というか、暢気に何かを話せる状況ではないということだ。
――――時刻は既に夜の六時。
夕飯はどうするのかなんて、考えることすら出来なかった。
――――。
……ふと、言峰綺礼が数時間ぶりに、礼拝堂の奥から姿を現した。
「終わったぞ。間桐桜の容体はこれで安全だ。まぁ一命は取り留めたという程度だが」
「そう。それで構わないわ。……で? あの中身はどうだったの?」
……遠坂?
「……それは、どういう意味かね。凛」
「だから、皆まで言わせないでよ」
「……ふむ。それもいいが。後ろにいる男どもにも、私は監督役として説明責任を果たさなければなるまい? お前たちも、そう思うのではないかね?」
「――っ。あんたが責任とか、これ以上に似合わない言葉はないわね」
何やら苦そうな顔をする遠坂。
今のであいつが、俺たちに何かを内緒にして事を進めようとしているのが見て取れた。
「……頼む言峰。今の桜は、どうなっているんだ?」
「よかろう。説明してやる」
――それからは、色々と衝撃だった。
とっくに予想できていたり、内心では分かってはいても、やはり人から聞かされる真実というものは、なかなかに堪えた。
……まず桜の身体の中には、刻印虫という使い魔が潜んでいるらしい。
刻印蟲は宿主から魔力を喰らい、宿主の存命を術者に発信するだけの目的で活動している。
それを言峰は、間桐臓硯の仕業だと言った。慎二や桜がお祖父様と呼ぶ、あのセイバーを殺しやがったあいつだ。
そして刻印虫は、桜にある制約を背負わせているらしい。
それは“戦いへの参加”というよりも“戦いの放棄”に反応して、刻印虫は制約を破った桜の肉体を蹂躙するのだとか。しかし今回は単純に、とある薬物を掛けられた事で暴走したらしい。
つまりあの薬物は制約には関係なく、刻印虫が活動を開始する効能があったということ。
ゆえに桜は、その神経も肉体も、完全に間桐臓硯の言いなり。いいように使われてしまっているということだ。
……我慢できない。孫を慮るような事ばかり抜かしておいて、やっていることは桜を道具として扱っているだけだ。
絶対にあいつを許すことはできない。
「だけど言峰。桜はもうあんたが治したから、もう大丈夫なんだろ?」
「それは違う。私は間桐桜の身体の中にある毒素を洗い流しただけだ。刻印虫を取り除いたわけではない。かといって取り除こうとすれば、刻印虫は桜を食い殺すだろう。つまり間桐桜はこれからも刻印虫に蹂躙されていき、それもあと数日で死に絶える。……これで納得したかな、衛宮士郎」
「――――…………」
納得なんてしていない。
こいつは、もう桜は助からない。そう抜かしたが、まだできないと決まったわけじゃない。
……そう、例えば――――
「キャスター、出て来てくれ」
俺の呼び声に、キャスターが背後で実体化する。
「……ほう、驚いたな。キャスターを従えていたのか? ふむ……ならばセイバーはどうした? 見たところ、再契約をしたということかな?」
「あぁ、見ての通りだ。色々と戦況は変わってきている。だが、それをあんたに説明している暇はない。……それで、キャスター。お前なら、桜を助けられるんじゃないのか?」
俺の傍らに歩み寄るキャスターは、その小さな瞳で見つめてくる。
「……マスターは、私の宝具の事を言っているのですね?」
「あぁ、その契約破りの短剣なら、桜が無事のまま刻印虫を取り除けるは――
――ずっ!?」
ぐえっ、な、なんだ? 喉を絞められている!?
あと、突然体が浮いて、どんどん教会の外に体が運ばれて――――って、俺は足を動かしていないぞ。
これはどういうことだ!?
「衛宮士郎、話がある」
――って、違う。俺は浮いていたんじゃなくて、持ち上げられていた。
俺の服の襟元を片腕だけで持ち上げて、堂々と教会の外に出ようとする言峰綺礼の顔が頭上にある。
「お、おい。離せよ言峰! なん、なんだってんだよ!」
「綺礼……?」
「……衛宮?」
遠坂と慎二の呆けた声が礼拝堂に響く。キャスターは霊体化した。
俺はそのまま力持ちの神父に持ち上げられて、教会外の裏まで運ばれる。
それからまるでゴミでも捨てるかのように放り出された。
「――うわっとと! ……って、ほんとに一体なんだってんだよ……」
言峰を睨みつけて、俺をここまで運んできた理由を問う。
すると言峰は深く溜息を吐いたあと、俺にこう言った。
「莫迦かお前は」
「はぁ……?」
「いいか。衛宮士郎。先ほど私が言っただろう。間桐桜の中にある刻印虫は間桐臓硯のもの。ゆえに間桐桜の耳も目も心も間桐臓硯のものだということだ。……つまり、今あの場で本当に間桐桜を助け出そうとしてみろ。間桐臓硯という老害は、慎重さゆえに事此処に至って、間桐桜を廃棄するかもしれない」
あ……いや、それは……っ。しまった。
桜を助けることばかり考えていて、そこんところが頭になかった。
――でも待てよ?
礼拝堂に桜はいない。それより奥の部屋に桜はいるはずだ。
……まぁ、間桐臓硯の目と耳がどこで光っているのか判らないから、少しでも桜から遠ざけた……っていう事なんだろうか?
「……その、さんきゅ。危うくドジっちまうところだった」
「お前に礼を言われても嬉しくはない。とにかくだ、衛宮士郎。お前のキャスターは、本当に間桐桜を救い出せるものなのか?」
「あぁ。絶対に救い出せる」
そう俺が言い切ると、今度は難しい顔をし始めた言峰綺礼。
その顔の裏に何を考えているのかは、これっぽっちも判らない。判りたくない。
「そうか。だが、一応忠告しておくぞ。間桐桜に宿る刻印虫は、彼女の神経を喰い、同化している部分が多々見受けられた。その宝具が間桐桜をどのような方法で救うのかは知らんが、下手をして無理に引き剥がせば、それだけで間桐桜は魂を手放し絶命するぞ。……ゆえに好機を急いてはならない。焦りは失策の生まれだぞ、衛宮士郎」
「あぁ、そのようだな。分かった。キャスターの宝具を使うのは、もう少し慎重になってみる」
だが、その好機とは一体いつのこと。どのタイミングなのだろうか?
「……では、これから私は間桐桜の手術を引き続き行うつもりだ。中に戻るぞ」
その言葉を受けて、俺と言峰は礼拝堂に戻った。
遠坂と慎二は不思議そうにしていたけど、まぁそこは下手にごまかしておいた。
それから言峰は、治療の際に桜の悲鳴が上がり、それで俺たちがうるさくすると手元が狂いかねないとして、教会から出て行けと言った。
「その通りよ。士郎、慎二。外に出ましょう」
……その遠坂の言い分に従って、俺と慎二は遠坂と一緒に教会を後にする。
本当は礼拝堂で桜の無事くらい祈っても良いじゃないかと思っていた。けれど、今のこのごちゃごちゃとした頭では、確かに冷静ではいられない。
言峰の言う通り、桜の叫び声が聞こえてきたら、俺はそこに駆け込んでしまい、言峰の手術を邪魔して、桜を死なせちまうかも知れない。
……だから、せめて桜が助かるまでの間に、俺はひとつ、知らなければならないことがある。
「なぁ、慎二。教えてくれないか。あの話の続きを――」
俺は、桜の事を知らなければならない。
たとえ桜がそれを嫌がっていたとしても、俺にそれを知られまいと日々隠していたとしても。
それでも俺は、桜を助けたいと思う資格が必要だというのなら、俺は知らなければならない。
……それが、気付いてやれなかった、俺の償いでもある。
でも、あぁ……俺は、本当はとっくに気付いていたんだ。
それでも考えないようにしていた。
聖杯戦争とやらが始まった瞬間、桜は高熱を出して倒れ、俺はそれをただの風邪だとした。
そのときは、間桐が魔術師の家系だとは知らなかったからだ。
問題はそのあとだ。
慎二に間桐の家が魔術師の家系だと聞かされて、しかし桜は魔術世界には関わりがないという慎二の言い分を、俺は都合よく鵜呑みにした。ちょっとでも考えれば、すぐに分かる真実に、俺は目を逸らしていたんだ。
だから今度こそは、慎二から本当の事を聞きたかった。何を言われても、俺は動じない。
「……いいぜ。話してやるよ。でも遠坂、お前の方が詳しいんじゃないのか?」
「……え?」
だけど、なんでそこで遠坂が出てくる?
いや、確かに遠坂は魔術師で冬木市のセカンドオーナーだから、御三家の一つと言われる間桐の魔術師が桜だったことは、当然として知っているはずだろう。
「――――――――」
しかし、そこで俺は、押し黙っている遠坂の顔を見て――――察してしまった。
「そうさ、衛宮。桜は間桐家の養子。よその家からもらってきた子供。そして桜には姉がいると言ったよなぁ? それで? この冬木の地に、魔術師の家なんて一体いくつある?」
それは――――桜は魔術師で、聖杯戦争のマスターだと分かった時点で、既に予想はしていたことだった。
「あいつの昔の性は遠坂。つまり遠坂桜って言うんだ。遠坂凛の一つ下の妹」
慎二はまるで、いま話していることが全然特別なことではないように語り続ける。
「ほら、魔術師ってのは一子相伝だと教えただろ? つまり遠坂の家に桜は要らなかったって事なんだよ。でも桜には魔術の才能があった。それがもったいないから、間桐の家に入れられたんだ」
あまりに唐突で突拍子もない真実が、慎二の口から語られる。
だって言うのに俺は混乱もなく、その全てを当然のごとく受け入れていた。
……遠坂の顔を見ることが出来ない。けれど想像は出来る。
俺の前を歩く遠坂は、きっと涼しい顔をしているだろう。
まるで間桐桜というかつての妹は、とっくに赤の他人だと。そんな魔術師然とした顔をしているに違いない。
だから遠坂は口を挟んでこない。慎二が少し嫌味を含めて桜の過去を語っているのは俺でも分かった。
それでも遠坂が何も言ってこないということは――――即ち、遠坂もそういう風に桜を扱おうとしている…………なんて、最低の事が頭に浮かんだ。
「桜が養子に入ったのは十一年前。それからずっとお祖父様に教育、躾……いや、調教されてきたんだろうね」
……なんでそこで言葉を選ぶ。
いや、桜は本当にそう扱われてきたと慎二は知っているから、あえて言葉を濁さず、ありのままを俺に説明してくれているんだろう。
だが、それでも……。
「慎二。お前はそれを、どうとも思わなかったのか」
「別に? だって魔術師だぜ? 僕がどれだけ望んでも手に入らなかったものを桜は持っているんだ。そこに何を思うところがあるって言うんだい?」
――奥歯を噛み締める。
ダメだ。話が通じていない。今、俺はそんな話をしているんじゃない。
魔術師としてではなく、俺は、お前が一人の兄として、どう思っていたのかを――――
「甘いな衛宮。魔術師の家に生まれる。貰われるっていうのは、つまりそういうことだろう? ぶっちゃけ僕からしたらね。桜の境遇は羨ましい限りだよ」
――慎二の胸ぐらをつかみ、どこかの建物の壁に押し付ける。
だが、それは考えなしの暴力ではない。
俺は今、桜のために怒っているんじゃない。俺が今、怒っているのは――――
「――っ。だからさぁ。僕からしたら、衛宮がそんなに怒る理由が判らないね」
「――――本当に、判らないのか?」
「あぁ。判らないね。判りたくもない」
……話が通じない。いや、それは違う。
慎二はたぶん。俺に魔術師とは何たるかを教えているつもりなのだろう。
だから人としての感情を無視して、俺を焚き付けている。
「……やめなさい、士郎。それに慎二もよ。あんたたちがここで喧嘩をして、いったい何になるって言うのよ。それよりもねぇ、さっき見たことを忘れたの? 桜の下から、何が出てきたのかを――」
――そうだ。セイバーを喰らった影。無差別に人を殺して回る影。夜にはアサシンの体に巻きついていた影。
それが桜の体の下から現れた。それが何故なのかは皆目検討が付かない。
けど、それがどういった意味を持つのかは、理解しているつもりだ。
「そんなのは今は関係ないね。遠坂は黙っててくれよ。これは僕と衛宮の喧嘩だ。桜は今関係ない」
「関係あるさ、慎二。確かに俺たちは、すぐにでも影についての対策を立てなきゃいけない。それでも慎二。お前が桜の兄だと言うのなら、そんなことを平然と抜かすお前を、俺は――」
「はっ! なにさ。いっちょまえに人間ぶりやがって! 僕が桜の兄なら、妹を守るのは当然だと衛宮は言いたいんだろう? そんな世間の常識を勝手に僕に押し付けないでくれよ! 僕の気持ちが、お前なんかに分かるわけないだろう!」
「慎二!」
「――あぁもうやめなさいってば! 慎二は士郎を煽らない! 士郎も感情的になっているくせに、頭の中は冷静でやるべきことが分かってんだったら、ちゃんとしなさいよ!」
その遠坂の激昂に、俺と慎二はひとまず離れた。
「そう。それでいい。はぁ……桜の治療が終わるまで、あと数時間は掛かるでしょう。それまであんたたち、頭を冷やしておくのね。――それから忠告しておくわ。これから私たちが桜を相手にどうするべきか、よく考えておきなさい……」
それだけ言って、遠坂は去っていった。
慎二も遠坂とは反対方向に去っていく。
――俺も、坂を下り始める。
そこでふと、俺は足を止めた。
目の前に、赤い男が立っていたからだ。
「何用です、アーチャー」
キャスターが実体化して、俺の前に躍り出る。アーチャーから守ってくれようとしているのだろう。
その小さな体で……まったく。俺はなんて情けない。
「キャスター。大丈夫だ。アーチャーは俺に話があるだけだ」
「その通りだ、衛宮士郎。
――だがな、私は既にサーヴァントではない。守護者としての務めを果たさなければならない」
「……え?」
「お前がどの道を歩もうと、もはやオレの知った事ではないということだ。自由意思のない汚れ仕事に、私はまた戻るだけだよ」
何を――――
「いいや、違うな。もっと衛宮士郎という人間に判りやすく、端的に言葉を変えるとしよう。
そう――
――――言っているんだ?
「……アーチャー。貴方、まさか……」
「キャスター。私は抑止の代行者だ。今はサーヴァントという殻を被ってはいるが、なかなかどうして。アラヤの守護者として呼び出されなかった理由が、今になって理解した。
さて……ここまで言えば貴様にも判るだろう? オレの魔術特性も既に看破しているな? ならばいい。あとはこの出来損ないを頼んだぞ、キャスター――」
それから踵を返して、アーチャーは霊体化していく。
「お、おい! どういう事だよ! なんだ、サーヴァントってのはみんなこうなのか!」
アーチャーもキャスターも、そりぁやサーヴァントってのは上位の存在だから、色々と何かしら判っちまうんだろうが。
それでもこれは、ちょっとズルいのではないかと思わなくもない……。
「衛宮士郎が決断すれば、世界の悪意の方向性は決定する。――いいか、衛宮士郎。
物語はまだ、始まってすらいないんだ――」
しゃらん。と、アーチャーはエーテルの青い光を纏って姿を消した。
……道が、存在しない?
それは選択肢がないということか? それとも“何も選ぶな”ということか?
そんなはずはない。まったくなんだよあいつ。助言をくれるのでもなく、逆に混乱させやがって。
――それから俺は数時間掛けて、キャスターと共に当ても無く街をさまよい歩き、気付けば公園のベンチに座っていた。
考え事がまとまらない。
俺がこれからどうするべきなのか。桜をどうするべきなのか。判っているのに、まとまらない。
屋敷にいたとき、桜の下から影が溢れてきた。その泥のような影は、キャスターの結界のおかげで外に漏れ出すことはなかったけど……。
それでも――――もし、もしも……あれが、外に漏れ出していたら……今頃、この街は……。
――俺は、何のためにこの聖杯戦争に参加した?
――俺は、何のために戦うと決意した?
果たして数時間後。
遠坂は礼拝堂で、桜をどうするつもりなのだろうか。慎二は、桜をどうしたいのか。
他人の決定なんてどうでもいい。
俺は、衛宮士郎が選ぶ道を決めるだけなんだ――――
――もはやおまえに、選ぶべき道などは存在しない――
変な事を思い出すな。
俺が今考えるべきことは、桜を殺して大勢の人間を救う事か。あるいは――――――――あぁ、でも、やっぱり、それしかないはずだ。
確かに、それ以外の選択肢はないはずだ。だから、アーチャーは……。
「――俺は、桜を殺すしか、ないのか」
「――え? お兄ちゃん。家族を殺しちゃうの?」
……目の前に立つ白い少女に気が付いた。
自分の顔を上げる気力もない。
「シロウ。家族を殺しちゃうの?」
「――っ」
違う。殺すつもりはない。
そうしなければならないのかもしれないと、今はそう考えているだけで……。
「シロウは、キリツグと同じになっちゃうの?」
「――――あ……っ、はぁ……はぁ……は、っ……!」
その詰問に身が凍え、吐き気がしてくる。
衛宮切嗣。小を切り捨て大を救う。そんな正義の味方を目指していた、俺の父親。
衛宮士郎。目に見える全ての人が幸せであればと、そんな正義の味方を目指していた、半端者。
「シロウは、大好きな家族を、殺しちゃうの?」
大好きな、
――ハッ。家族もいないお前が、それを言うのか――
家族。
……あぁ、俺には大好きな家族はいない。いなくなった。
あの大災害の時に、――士郎の全てが失くなったんだ。
だけど、そのあとにもらった苗字がある。
うだつの上がらない
そして、好きになった金髪の少女がいた。それと、好きになってくれた銀髪の少女がいた。
……俺の夢は、正義の味方になることだ。衛宮切嗣の夢想を継いで、その理想を追い求めようとした。
だけど、その切嗣だって、最期には家族を取った。
もちろんそれは正義の味方が期間限定だったせいだ。だから、まだ若い俺が跡を継ごうと思った。
子が親の背中を見て、憧れるのは当然だ。
そうして俺は、衛宮切嗣の夢を継いだ。富も名声もいらない。誰かに褒められたかったわけでもない。
ただ誰かを救うという願いが綺麗で、ただそんなふうに在れたらどんなに素晴らしいことかと――――
「――そうだ。俺は、正義の味方になりたい。それが、俺の唯一の夢だったからだ」
「……………………」
選ぶ道などは、もはや存在しない。
衛宮士郎は、とっくに気が付いていた。
――あぁ、安心した――
その最期の言葉は、衛宮切嗣が、きっと俺は理想通りの正義の味方になってくれると。
そう確信して解き放った言葉だったと、俺はずっと思っていた。そうであったらと、願っていた。
――けれど、それが今になって違うのではないかと思い始めてきた。
そう思えば、確かに俺は出来損ないだった。
――俺が代わりになってやるよ――
そんなことを子供のときに誓ったというのに。
俺はこんなにも、あっさりと覆してしまったんだから……。
「……ようやく分かったよ、切嗣。どうすれば正義の味方になれるんだろうって、俺はずっと悩んでいた。答えなんて見つかる気がしなかった。それでも誰かを助けたいという願いが、間違いなはずがないと信じて、俺は正義の味方を目指していたんだ――――」
「……そう。結局、シロウはキリツグと同じ道を歩むのね」
「あぁ。そうだ。その通りだ。
だから俺は――――か ぞ く の――――――――――――――――」
「
――――
――――星月夜に舞う一匹の
「――――家族の味方に、なりたいんだ。切嗣が出来なかった、家族の味方に……。
その中にはイリヤ、お前も含まれているんだぞ?」
「え――――?」
家族の味方。
こんな当たり前なこと。迷うまでもなかった。
……失うことの恐ろしさ。
それは自分の中の大事な根底部分を失うことよりも、大好きな誰かを失いたくないという思いの方が強かったということだ。
この時点で俺は、確かに出来損ないだった。正義の味方として、俺はあまりにも大事なものが増えすぎていたのだ。
「衛宮士郎は正義の味方を諦めてはいない。それでも俺は、衛宮切嗣の代わりになってやるんだ」
――衛宮切嗣が出来なかったことを。俺が代わりに実行する――
「……シロウ。それは、私だけの味方になるっていうこと?」
「それは違う。俺はイリヤも桜も守るんだ」
「それって結局みんなを守るっていうことじゃない。そんなのは無理よ、シロウ。みんなを助けられるって、本当にそう思っているの?」
「確かに強欲すぎるかもしれない。非現実的かもしれない。それでも俺は、家族を守るために戦うんだ」
それに、目に見える全ての人を救いたいという願いに比べれば、これくらいできないと正義の味方を目指していた俺に笑われる。
――星の綺麗な夜空を見上げる。
ふと、雪が降ってきたと思ったけど、なんだかそれはキラキラとしたものだった。
「うわ――――きれい――――」
空から降ってくる光の雪。その中で舞うイリヤは、瞳を輝かせて見とれている。
しかし……はて? この光る粉みたいなものは、もしかしなくても……鱗粉?
「お、おいイリヤ。これ、もしかすると汚いものかもしれないぞ……」
すぐに謎の光の粒子から、イリヤを遠ざける。
「――――ぶぇっくしゅん!! ひー寒い! 寒さで体が震えて鱗粉撒いちまったぜー!」
……ふと、今度は少年のような声が公園にこだました。
しかし、周りに人の気配はない。
それに変だな。今の、なんだか頭上から聞こえてきたような?
「きっと妖精だわ! ニホンなんかにはいないと思っていたけど、きっと妖精よ!」
くるくると回って夜空を見上げ、イリヤは無邪気にその妖精を探し始める。
「いや、あの、イリヤ? これから妖精を探すのは別に構わないんだが……俺、もう行かなきゃいけないんだ」
「それって、サクラのところ? ええ、どうせうまくいかないと思うけど、シロウがやりたいことなら、わたしは応援する。だってわたしは、シロウの味方だから」
「――――ありがとう、イリヤ。それじゃあな。今度、迎えに行くから」
それから俺は、光の雨に包まれた公園を後にして――――
■■■■■ ■■ ■■ ■■■■■
■■ ■■■■■
■■ ■■■■■ ■■ ■■■
正義の味方を張り通して、桜を殺すと決めたんだ――――
(……坊や……?)
「――――――――」
(……なるほど。まったく。世話の焼ける子ね……)
◇
……衛宮と遠坂と一緒に教会を出てから数時間。
そろそろ言峰綺礼という神父さんの手術も終わっている頃だろう。
……遠坂はたぶん。どうするだろうか?
桜は何か、とてつもなくやばい奴になっていた。柳洞寺で見たあの影。あれを桜が操っているというのか?
……まぁ、僕にはどうでもいいことだ。
遠坂が桜を危険人物と扱って殺そうとしても、僕には関係ない。関係ないんだよ――――
僕が今興味あるのは、衛宮のやつだ。
あいつならきっと、いや絶対、桜を助けると言うだろう。衛宮がそう言うんなら、僕も手を貸してやってもいい。
ただ、衛宮が桜を殺すと決めたなら、僕はたぶん、怒る。柄にもない事を言ってしまうかもしれない。
「でも大丈夫さ。あいつ、やっと人間らしくなってきたんだ。これも僕のおかげかな」
るんるん気分で教会に足を運ぶ。
荘厳な雰囲気の礼拝堂に到着。そこには遠坂が既にいた。
衛宮はまだ来ていないようだ。
「やぁ遠坂。やっぱり君は、僕の妹を殺すつもりでいるんだね?」
僕は遠坂の冷酷な魔術師としての目を見て悟った。
まるきり僕を無視して、遠坂は壁際に佇む。
もうそれにムカつく事もなかった。何故なら僕は魔術師じゃないんだから。
「――――――――」
ふと、教会の扉が開かれた。
衛宮が戻ってきたのだ。
「よぉ衛宮! 待ってたぜ!」
「――――――――」
「……衛宮?」
その色のない顔を見て、
嘘だ。あいつが、なんで、顔、が――――
言葉が出ない。衝撃を通り越して頭が真っ白になった。
……嘘だ。うそだうそだうそだ!
なんだってお前は、そんな、遠坂と同じような……いや、遠坂よりも冷たい目を――――!
その時、礼拝堂の奥から、重い靴音とともに深い寂声が響いてくる。
「手術は終わった。――さて、迷える子羊たち。そちらの選択は、もう決め終わったのかな?
――先ずは、凛。君の選択を聞かせてもらおう」
「言うまでもないでしょう。外道に落ちた魔術師を排斥するのが管理者の役目。それが身内なら尚の事。ここで私が桜に手を下すわ」
「……そうか。ならば次は、衛宮士郎の番だ。お前の選択は、なんだ?」
そんなもん決まっている。
衛宮が選ぶ道は、誰よりも笑って、誰よりも怒って、泣いて――――
「桜を殺す」
―――――――― 。
「衛宮、えみや。……衛宮ァッ! どういう事だよ! なんで、なんで!」
「慎二……どうもこうもない。桜を殺せば、大勢の人が救われる」
「そんなことを聞いてんじゃないんだよ! おまえ、お前の後輩はどうなるんだ! お前、自分の家族が桜だって、言ってたじゃねぇかよぉ!」
「あぁ。その点は感謝している。慎二、お前もやっぱり、桜の事が心配だったんだな」
…………。
なんだ。コイツは、誰だ?
「――お前、誰だよ。衛宮じゃないな。お前は誰だ!」
「誰って。俺は衛宮士郎だ」
「違う! お前は偽物だ! 返せ、元に戻せ! 出て行け――――!」
猛然と衛宮に殴りかかった。
衛宮は僕の拳を避けもせず、僕の殴りを頬に受けてたたらを踏む。
「……なら、良いのね。衛宮くん。わたしが、桜を殺しても」
「あぁ。意見はない。ただ――――代わっていいのなら、変わる」
「衛宮の顔と口で……そんな寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
もう一発ぶん殴った。
地面に押し倒して何回も顔を殴りつける。
それでも衛宮は木偶人形のように抵抗しない。
――かつ、かつ、と。
だれかの足音が遠ざかる。
「――――っ! 待て、遠坂!」
倒れ伏した衛宮を無視して駆け出し、遠坂の腕を絶対に離さないと鷲掴む。
「……慎二。ごめんなさいね。でも、最後に桜の兄でいてくれて、ありがとう」
――――違う。ちがう。ちがうちがうちがうちがうちがう!
なんだ、これは、まるで悪夢だ! まさに悪夢だ! ふざけるな! こんなのは何かの間違いだ! どういう事だ!
誰が、一体どんな胸糞悪いやつが、こんなことを――――!
ふいに――――パリン、と。
礼拝堂の外で、窓が割れた音がした。
次に、人が走り去る音。
「なんだ……?」
そこで僕は、即座に神父さんに振り返って、ただ一言を以て問いかけた。
「ねぇ、神父さん……この教会にいるのは、桜だけなんだよな?」
「それ以外に誰がいる。あと、彼女を寝かせていた部屋は、何故かここでの会話が筒抜けでな――――」
僕はその言葉を最後まで聞き終える前に、遠坂の足を引っ掛けて床に転ばした。
「綺礼、あんた――って、きゃっ!?」
そのまま礼拝堂の外へ出ようと駆け出す。
誰よりも早く桜を見つけて、それから、それから……問い質さなければならない。
もう衛宮も遠坂も知ったことか。
どうせ殺されちまうんなら、僕は最後に知っておかなければならない。
――おそらく桜と僕の、決定的な溝を――――!
「――――間桐慎二」
ふと、教会の扉に手をかけたと同時に、キャスターが僕を呼び止めた。
「あなたは、世界の悪意に騙されてはいないのですね。人畜無害な存在は、世界からも相手にされないということですか」
……僕は急いでいるんだ。なのに僕は、キャスターの言葉を無視できないでいた。
気になって振り返ってみると、キャスターはあのライダーを突き刺した歪なカタチの短剣を持っていた。
「ふん……聖杯を手に入れるだけなら、別にこのまま放っておいても良かったのですけどね。――間桐慎二。あなたを見て気が変わりました。言ってごらんなさい。あなたは、何を望んでいますか?」
…………。
今の僕が、望んでいること? そんなもの決まっている。
――あぁ、だから言ったんだ。
もしも衛宮が桜を殺すと決意したら、きっと僕は柄にもないことを言っちまうって――――
「――僕は、ただ衛宮の人間らしい顔が、見たかっただけなんだ――」
「ならその願い。私が代わりに叶えてあげましょう――!」
キャスターが歪な形をした短剣を振り上げる。
足元では衛宮がゆらりと起き上がろうとしていた。
その背中に、キャスターは短剣を突き入れるようにして――――
「
衛宮の体から、何か影のような悍ましい闇が取り払われた。
「――――ガハッ!? っ……ハァ……ハァ……はぁ――――あ、あれ?
俺、いつの間に教会まで来ていたんだ?」
「え、衛宮……? お前、なのか……?」
だが、その僕の問いを遮るかのように、神父さんがもう一度だけ衛宮に告げた。
「では再度問うぞ。衛宮士郎。お前が選んだ選択は、なんだ?」
「は――? そんなの決まっている。俺はな、今さっきイリヤに誓ったんだ。俺は、家族の味方になるって決めたんだよ!」
「え、衛宮くん……!?」
「――――衛宮ァ! 桜が外に逃げ出した! 遠坂より先に見つけないと、桜が殺されるぞ!」
それだけ叫んで、僕は教会から飛び出した。
あとは衛宮が遠坂を足止めするなりなんなり好きにすればいい。
僕は遠坂よりも早く、桜を見つけなきゃいけないんだ――――っ!
――どこだ。どこにいる。
どうせ桜のことだ。悲劇のヒロインぶって、人気のないところで、雨に打たれて打ちひしがれているはず。
自殺なんてしない。あいつはそんなに弱くない。
弱くないからこそ、あいつが相応しいと、僕は内心どこかで、僕は――――!
……見つけた。
教会の坂を駆け下りて、夜でも人気のある新都は除外して橋を渡ったのが功を奏した。
海浜公園。雨が降りしきる中、あいつは熱があるってのに、いろんなものに打ちひしがれていた。
「――桜」
俯いたまま身を震わせる桜。
その、いろんなものに詰まって、いろんなものに壊された桜を見て、
…
――レイン - 間桐慎二の告白――
成績はトップクラス。弓の腕は副主将クラス。
自分が天才であるという自負は当然としてあり、自分以外は劣等種だという傲慢さも自覚しておきながら、当然とそう振舞ってきた。
何故ならその自信に、実力が伴っていたからだ。
しかし、僕が唯一、その才能を一番に欲しておきながら、持ち得なかったもの。
それが魔術の才能だった。
――魔術師の家系に生まれ落ちながら、その才能がなかった。
まぁ、それは家系の血が廃れていたから仕方ない。
その代わりに僕は、今まで研鑽され、遺された魔道の知識を誇りにして――――自分は魔術師の末裔である。という“特別な存在” “選ばれた者”としての自尊心を日増しに強めていった。
そんなある日、養子として桜という女の子を間桐家は迎え入れた。
そのときは、なぜ自分の家系が養子を迎え入れたのかを、僕は考えつけなかった。
ただ僕の妹となった桜は、この家が魔道の家だと知らずに育てられ、この崇高な知識に触れる事なく生涯を終える哀れな少女だと思っていた。
それとは別に、一応は僕も兄となったのだから、桜の面倒をよく見てやっていた。
ぬいぐるみを買ってやったり、桜が学校でいじめられていたら、そのいじめたやつを社会的に抹殺してやったりもした。
そうしていたら、桜もまた、僕を兄として十分に慕い始めてきたので、それが無性に嬉しかった事もあった。
暗く陰鬱で、自分を表に出さない脆弱で弱虫で矮小な少女だった桜。
だからこそ万能の天才であるこの僕が、桜を守ってやらなければと常々思っていた。
しかしその認識は、僕の中学生時代にて、まさに天地が反転するかのようにひっくり返った。
ある日、僕は知ってしまった。実は桜には魔術の才能があると知ってしまったのだ。
その真実はつまり、魔術師の家系であるこの家では、魔術の才能がない僕は“要らない子”であり、必要なのは桜の方だったということ。
僕からしたら、たとえ成績はトップクラスで、スポーツ万能だったとしても、それは魔術の才能と比べれば取るに足りない
自分が天才であり、実力があるがゆえに鼻を高くした態度を取り続けてきたのは、その裏返しとして自分が誰よりも上だったからだ。
ただ、魔術を抜きにして――――
つまりこの時点で、僕と桜の上下関係は逆転したも同然だった。だが、それならまだいい。
実力主義の家柄に生まれ、その家柄は魔術師の家だった。ならば、この家の頂点に君臨するのは、魔術師である桜にほかならない。これから桜は僕を下に扱って、僕は桜を上に見る。
……あぁ、これが正しい秩序だ。当然の帰結だ。
……だっていうのに、桜は何をしたと思う?
僕が桜には魔術の才能があったと気付き、要らない子は桜ではなく僕だったんだと気付いたとき。
あまつさえ桜は、僕にこう言ったのだ。
「ごめんなさい、兄さん」――――と。
そこでなぜ謝る?
お前には僕の気持ちが、価値観が判らないのか?
自分より上のやつが、自分より
いっそ無視してくれれば良かったんだ。
自分は魔術の才能がない底辺で、桜は魔術の才能がある天才なのだと。
そう諦めることだって、もしかしたらできたかもしれないんだ。
……それでも桜は、僕の妹であることを取った。
たとえ魔術の才能があったという事を僕に知られても、すまなさそうにして――それが罪悪感のためなのかは知らないけど――桜は僕の妹であることを選んだんだ。
ならば僕も兄として最低限の自尊を保ち、桜を妹として、桜の兄として振る舞うしかない。
いや、振る舞うことができるのだ。
妹が兄の言うことを聞くのは当然。時にすぐ足元にあるものを取ってこい。時にまだ食い足りないから桜の分をよこせ。
時にそれは無理だという桜を殴り、時に女の体に興味があるからその身を差し出せと――――
だが、あるとき桜に転機が訪れた。
衛宮の家に通い、飯の作り方を覚えて、桜は衛宮に入れ込み初めた。
心境の変化が訪れたのか前髪を切り、衛宮の前だけ笑顔を取り戻すようになった。
そうして桜は心身ともに大きく成長して――――兄たる僕に口答えをするようになった。
人並みにものを言うようになった。嫌なものは嫌だと、拒否を、否定を、抵抗を覚え始めた。
兄として、その成長は喜ばしいものだった。
しかし、お前はどこの家に迎えられて、誰の妹で、何のために育てられた?
僕にないものを持っているお前が、なんでそんな無駄なことをしている?
妹なら兄の言う事だけを聞けよ。よりにもよって衛宮のことばっかり言うことを聞き始めて――――
衛宮。衛宮士郎。
中学時代に知り合った、ただひとりだけの僕の男友達。
頼まれごとを絶対に断らない馬鹿なやつで、大体の事はできる器用なやつだけど……それが理由で自分自身を悪用されて、それに気付かず気付いても良しとする最高にムカつく馬鹿なやつ。
だけどその非人間を、僕は素直に認めていた。
泣かず笑わず怒らず淡々と機械的に善行をこなす。その偽善はあまりにも滑稽に見えた。
もしも正義の味方の偽物とやらがいたら、きっとそれは衛宮に違いない。
自分のためにならない善行を為す正義の味方は、正義の味方の偽物にほかならないからだ。
だけど僕は、そんな衛宮を認めていた。
時たま非人間が見せる笑顔や怒り顔が心底嬉しかった。
――あぁ。お前は今、人間として僕を見ているんだと。
だから、何かに囚われているような顔をした衛宮が、殺したくなるほどにイラついた。
あいつにちょっかいを出すのも、全部あいつの人間らしい表情を見たかったからだ。
こいつだけは、自分がいてやんなきゃと思っていた。
どうにかこいつを人間らしくさせてみようと、ちょっかいを出し続けた。
弓道部の退部の件だってそうだ。掃除の件だって嫌味の数々の件だってそうだ。
それでもあいつには通じない。なんたって衛宮は正真正銘の馬鹿だからな。何を言ったって効かないのさ。
だから、殴り合うしかなかった。殴ってでも判らせてやるしかなかった。
それでもあいつは理解していない。僕はこんなに衛宮ことを知っている理解している。
だのにあいつは、まったく自分のことを理解していない!
……その衛宮も魔術師だった。
衛宮を認めていたということは、衛宮を対等だと思っていたということだ。
その衛宮も僕より上に位置する人間だった。
この屈辱を、慙死を、絶望を……、一体なんと口にすればいい?
桜は自分より上に在るのに
衛宮は自分より前に進んでいて決して振り返らない。
さらには同じ魔道の家に生まれ、対等であるはずの遠坂にまで「あなたに興味はない」と断言された。
――誰よりも優れていて当然の優越感に浸っていて誰かを蔑んでいたというのに、
――誰よりも下にあったから当然の劣等感を抱いて誰かを道化みたいに見下すしかなかった。
そんな僕の気持ち。誰かに理解されてたまるものか。
……同情なんて要らない。
かといって努力は嫌いだ。
誰が衛宮を真人間にさせるために骨を折るというのか。
それと同じだ。
天才であるからには努力なんて必要ない。
何故なら努力ではどうにもならない事を、僕は生まれながらに知っているから。
……どうにもならないのなら、ただ他人を嗤うことしかできない。
そんな星の下に生まれたのだと諦観しながらも諦めきれなかった。
だから僕はマスターになったんだ。
聖杯さえあれば魔術師になれるかもしれない、なれなくてもマスターとして在れば、ほかの魔術師たちと並び立てる。
それだけが僕の救いだった。救いだったんだ。
――だのに、あいつは、なんだ?
昼間、桜は、僕にこう言った。
「にいさん、たすけ――――」
あのときの「ごめんなさい、兄さん」と同じ口調で、同じ声色で、同じ顔で言いそうになったんだ。
申し訳なさそうに、悲しそうに、哀しそうに、お前は言った。
「
「あぁ、そう、だったのか。……お前は最初から“たすけて”としか、言ってなかったんだな」
これは僕の勝手な解釈だ。自己中極まりないこの僕が、誰かの心中を察せると思うか?
それは桜も同じだ。あいつとは血の繋がりはないけど、僕の妹だったということだ。
――
それは、申し訳ないけど助けてくださいという意味だったのか。
それとも、ごめんなさいもう助けてくださいという懇願だったのか。
どちらにせよ。そうか。
――僕は兄として最低限のことさえ、本当はしてやれていなかったのか。
桜が僕の妹で在ろうとしたのは、ひとえに依存するため。
それを僕は何かに履き違えてしまい、桜を妹として扱った気になっていた。
間桐の家という狂気じみた世界で、兄と妹は己を守るためだけに家族ごっこを繰り広げた。
そうしなければ、互いに生きていけなかったからだ。
僕は間桐家の長男というプライドを守るため。
桜は日常の平和を守るため? それとも家族というつながりを守るため?
少なくとも僕は、色々と桜に悪い事をした。
しかし桜は、それでも僕を兄として慕い続けた。これを闇と言わずして何という?
さらに桜も、これから僕と同じように悪い事をするはめになる。
そのとき桜独りだけで贖いの道を歩むのは、きっと辛い事になるだろう。
誰かが同じ罪を背負ってやらなければ、おそらく桜は今度こそ折れてしまうかもしれない。
……だから、その誰かは――
…
降りしきる雨は、まるで僕の過去を全て洗い流そうとしているかのようだった。
もちろん流される先はこれより以下。何故なら水は、常に下へと落ちるものだからだ。
「――なんでだよ。なんで、なんでお前が、僕に助けを請うんだよ……!
お前は、僕が欲しくても欲しくても手に入らなかったものを……お前は持っているんだぞ!?
お前は間桐桜で! 間桐慎二の妹なんだぞ? 間桐の、……後継者なんだぞぉ!!」
「……そんなの、私にはどうでもよかった。兄さんにとっては大事なものでも、私にとっては、そんなに大事なものじゃなかった」
「――――ッ! 桜……おまえ……っ!」
僕が、どんなに――――!
――――あぁ、でも、そうか。だから僕たちは、今までずっとすれ違っていたんだ。
そもそも根底からズレていたんだよ。
きっと今も僕と桜は、何かが、どこかから、ズレてしまっている。
なるほど、そう考えてみれば、当然の結果だったのか。
客観的に見て、そもそも僕たちは自己に固執するあまりに誤解と誤解を重ねて他者を見誤っていた。
人間の付き合いとして当然と言える、よくある誤解とすれ違いを、単純に魔術大にスケールアップしていただけだったんだ。
――――だからこれは、本当になんてことのない――――
「……桜、兄弟喧嘩はもう終わりだ。もう帰ろう。お前の家は、もう間桐の家じゃないんだろう?」
「――え? 兄さん……?」
「戻ろう。衛宮ならきっと、遠坂のやつからお前を守ってくれる。僕にはお前を守れない。だから行けよ。
……それにほら、せっかくだからさ。もう苗字も変えて、間桐でも遠坂でもなく――」
「な、何を言っているの、兄さん……っ!」
「ははっ! 馬鹿だな! 次に誰の苗字を言い出すと思ったんだ? まったく、本当に馬鹿だなお前は。からかうのがやめられないよ」
「……兄さん」
そのまま桜に近付いて、でも、どうすればいいのか判らなかった。
手を差し出せば良いのか? でも、なんか恥ずかしいしな。
頭でも撫でてやれば良いのか? でも、もうそんな歳じゃないだろう。
だけど桜は、その足を後ろに引いた。
「桜……?」
「でも、ダメです兄さん。私は、もう、これ以上生きていると、怪物になっちゃう……」
「そうさな。だから、疾く怪物に成ってしまえばいいのじゃよ、桜……」
――っ!
どこからか、
桜の手を取って、すぐに逃げ出せるようにしておく。
「まったく。慎二や。お主を見ていると、十年前のあのバカ息子を思い出すわい……。間桐家……否、マキリの家に正義漢は要らぬ。そんなやつは勘当じゃ勘当。二度とお主に家の敷居を跨がせはせぬわっ!」
唐突に間桐家から勘当された!?
いや、それでもあんな家こっちから願い下げだ! もうあんな家出てってやる!
少なくとも僕はな。今だけは桜の味方になってやってもいいって思ってんだからな!
もう僕には、魔術師コンプレックスだって馬鹿らしくなって投げ捨てたんだ!
もうおじいさまなんか、ちっとも怖くないんだからな!
「じゃが慎二。今ここで桜を明け渡すというのなら、許してやっても良いぞ?」
「ひっ――! 桜、逃げるぞ!」
「は、はいっ!」
桜の手を引いて、公園から出ようと突っ走る。
「はぁ…………出来の悪い、悪すぎる孫を持ったもんじゃ。最後の慈悲さえ拒否すると云うのなら――――アサシン」
――――その、始めて味わった殺気とやらに、僕は身動きが取れなくなった。
目の前に黒衣の白仮面が現れる。
伸ばされる黒色の左腕。動けない僕の脇を通って、後ろにいる桜に手をかけようと――――
……あぁ、僕は、なんて無力。
「いいえ、シンジ。貴方は、よく頑張りました」
「なぬっ――?!」
――突然、頭上から聞き覚えのある声を耳にした。
次に、目の前で甲高い金属音と火花が散ったと思ったら、そこには僕より身長の低い黒衣の少女が立っていた。
「だれ――――って、まさか、そんな……お前は、死んだはずじゃ……!」
紫色の長い髪に、ダボダボの黒い服。
その手には短剣と鎖。腰を低く蛇のように身体をくねらせて戦うのが特徴的な、かつての僕のサーヴァント。
――ライダーの姿が。否、小さくなったライダーの姿が、そこにあった。
「ラ、ライダー……生きていたの! でも、小さくて、なんだか可愛くなってる……?」
「えぇ。サクラ。遅くなって申し訳ありません。これには些か理由がありまして。それと、大きい方は可愛くないというセリフには一先ず目を瞑りますが、ここは逃走だけを考えてください」
僕より小さいナリをして、ライダーは独りでアサシンに立ち向かおうとしていた。
でも、アサシンから離れても、後ろにはおじいさまが……。
「――――桜! 慎二!」
ふと、衛宮の声が橋の上から聞こえてきた。
「ぐぬぬ……ライダー。貴様、なぜ生きておる? 貴様の単独行動スキルは昨夜までのはず」
「さて、それを言うなら、私にはあのキャスターの方が驚きですけどね」
ライダーとおじいさまが会話をしている。
そこで衛宮は、なんと橋から飛び降りやがった!
「あ、あいつ何して……!」
「せ、先輩!」
しかし衛宮はなんとなしに着地に成功し、その超人的な走りでここまで駆けつけようとしていた。
そこで僕は思った。衛宮は肉体に強化の魔術でも掛けたのではないかと……。
――――深夜の海浜公園に吹き荒れる向かい風は、徐々に追い風となってきていた。
◇
「――――桜! 慎二!」
それに、その隣にいるのは間桐臓硯とアサシン! ……と、あれはもしかしてライダーなのか!?
なんかキャスターみたいに小さくなっているけど、まさか同じ事情だとかないよな? その可能性が大だけど……。
(間桐……臓硯……っ)
ふと、キャスターの唇を噛み締めるような声が脳裏に響いた。
おそらく意図せず念話で発信してしまったのだろう。
キャスターの気持ちは痛いほど判るが、それでもここは抑えてもらわなければならなかった。
とにかく俺は橋の手すりに足をかけながら魔術回路を起動。
肉体を強化して、数十メートルの高さから公園まで飛び降りる!
「ふっ――――っと!」
難なく着地して、衝撃を和らげるために一回転。
回った直後にタイムラグなしで起き上がり、桜たちの下へ駆け出す。
さて、アサシンはライダーに任せるとして……いや、スペックがダウンしているなら助太刀に行くべきか。
ならば桜たちはキャスターに任せよう。そうなると何か強い武器がいる。
だが、現在の俺は徒手。何か、何か強い武器が――――!
(坊や。貴方の魔術。本当は強化だけではないのでしょう?)
「えっ? なんでそれを――――」
(いいから試してみなさい。例えば、アーチャーの使っていた、あの双剣でも)
アーチャーの、あの双剣?
まさかキャスターは、サーヴァントの宝具を投影しろと言っているのか?
しかし迷っている暇はない。出来るか出来ないかで怯えている場合じゃない。
今すぐにそれが出来なければ、また俺は守りたいものを守れずに後悔してしまうから――!
「――――
二十七の魔術回路が裏返る。
魔力が迸り、鉄を打つように火花が散った。
元からある物を強化するのではなく、一から複製する錬鉄の魔術。
右手に莫耶、左手に干将。
その宝具の真髄を、一から十まで完璧に複製してみせる――――!
「ハァアアアア――――!」
アサシンの背中に、退魔の力を持つ双剣の一撃を走らせる!
その剣術が必殺に至ると看破したアサシンは、慌てて飛び退った。
「キャスター!」
俺の命令が飛ぶと同時に、背後からキャスターの魔力光弾が射出される。
「ぬぅ……!」
それはたったの一撃。
それでも公園のレンガを抉り抜くビームは、対魔力のないアサシンにとって、後退を余儀なくされるものだった。
「ライダー。桜と慎二を連れて下がれ」
「セイバーの……いえ、キャスターのマスター……いいのですか?」
「当たり前だ。臓硯に桜を取られたら終わりなんだぞ!」
次の瞬間、ぶぉん、と何かが空を切る。
それがすぐにダークの一投だと見切った俺は――――
「ハッ――!」
飛び込んでくるダークを完璧に弾いた。
戦車砲並みの一撃を、軽くではないけど何とか捌ける……!
「ほう……。数日をして強くなったな。キャスターのマスター。だが――」
アサシンの声が低く変わる。
それが本気を出す合図だと確信した。
――その時、慎二が声を荒げる。
「くっ……おい、桜! お前、ライダーと再契約しろ! まだ令呪あんだろ!」
「え……兄さん?」
――――それは、言ってはいけない命令だった。
桜の中にある刻印虫の制約の事を考えたら、その命令はしてはいけないことだった。
だが、それを判っていて慎二は言った。それは切羽詰っての世迷言だっただろうか?
それは否だ。慎二はただ簡潔に、桜にこう訴えているんだ。
――お前も戦えと――
◇
――桜を探して新都を周り、次は深山の方へ行こうと橋を渡っていたら、見つけた。
橋の下にある海浜公園に、戦闘中の士郎たちを見つけたのだ。
すぐに駆けつけようとして、足を一歩踏み出す。
そこでわたしは、橋の手すりに腰を掛け、腕を組んでいる男を見て――――ハッと息を呑んだ。
「――――――――、」
「よぉ、凛……十年ぶりだな?」
そんなお気楽な挨拶に、少しだけ殺意が沸いてきた。
(……凛。彼はその、君の知り合いかね? どう見てもただの人間には見えないが……)
そりゃそうだ。
今時の日本で、全身黒塗りの鎧に大剣担いだ二メートル以上の大男なんて、普通の人間には見えない。
(……彼はバーサーカー。第四次聖杯戦争の……生き残り。ってことになるのかしら)
(なにっ!? それはどういう事だ!)
(私にだって判らないわよ! あいつが生きているなんて、ほんとに今知ったんだから!)
……こっちが衝撃を受けている事を見透かしてか、目の前の黒い剣士はにやけている。
「いや。昔と比べて大きくなったな。どうやら性根はあまり変わってなさそうだが」
「……あんたこそ、なんで生きてるのかとか、死んでないのかとか、殺されてないのかとか、色々聞きたいことはあるけれどね。……とりあえず十年前から、その意地悪い笑みは変わらないって事が判ってほとほと呆れたわ。――でも悪いけど、今あんたに付き合っている暇はないの。だからそこを退いてちょうだい」
本気で本気の殺気を向けて、黒い剣士を威嚇する。
それに合わせてアーチャーも実体化した。
どうやらわたしの戦意を汲んで、黒い剣士を牽制してくれているらしい。
それとも、今にも飛びかかりそうなわたしを牽制……かな?
「それは無理な相談だ、凛。ここでお前があの場に駆けつけたら、それこそ臓硯の思うツボってやつだ。
――桜には、自分で戦うという決意が必要だからな」
……だから。あのとき、あんたは……。
「だから、なに? あなた、まさか桜に戦場ってやつを理解させたいわけ?」
「そういうこった。まぁお前もあいつの姉ならさ、ちっとは
「……それをして被害が広がるってんなら、今ここであの子を殺してやったほうがあの子のためよ」
「……そうだな。だから俺は間桐雁夜を殺したんだし」
――――――――。
もう、顔も声もおぼろげな昔の思い出。
ただ怖かったことだけを覚えているというのは、少しあの人に申し訳なかった。
「……だからあんたは、今頃になって?」
「お前だって俺と同じ口だろうが。……十年前、お前は桜の決意を受けて、以降は見守ると誓った。俺はそれを放棄した。そんで今に至る。互いに恨みっこなしだ。お前が俺を恨むのは筋違いだし、俺だってお前を恨むのは筋違いだ。
――要するに。誰のためだとか、そうした方が良いかとか、責任があるとか考える前にさ。――ちょっくら、おまえのやりたいことを押し通してみろよ。それでも使命があるのなら。ただ、テメェの妹みたいに、その信念を押し通せ」
「……上等。アーチャー、戦闘準備」
「了解した」
あのとき、わたしが桜にしてあげられなかったこと。助けてあげられなかったこと。
こいつはあのとき桜を助けられたのに、それをしてくれなかったこと。
黒い剣士の言う通り。こいつを恨むのは筋違いだ。憎むならかつての自分。戦わなかった自分の罪……!
桜は戦う道を選んだのに。わたしはそれから逃げた――!
……だから、桜を殺すの?
あのときの気持ちは、どこに?
――――別に、こいつの達者な口車に流されたわけじゃない。
ただ、わたしだって、わたしだって――――桜の事を……。
そうして紅い騎士と黒い剣士が、冬木大橋の上で刃を競い始めた。
◇
冬木大橋のアーチの上に私は立つ。
私は柳洞寺の一件のあと、無駄な干渉を起こさないよう家に引きこもっていた。
だけど、ほんのつい先ほど、バーサーカーが「なんかめんどくさいやつが帰ってきた気がする……」と言って、外出すると言い出した。
余計な事はやめて欲しかったけど、もう私の目的はその半分が達成されていたため、バーサーカーは「あとは好きやらせてもらう」と言って聞かなかった。
そして今、黒い剣士は、謎の紅いサーヴァントと戦っている。
……おかしい。確か聖杯戦争で召喚されるサーヴァントは、全部で六騎のはず。
セイバー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。
そしてセイバーとランサーは柳洞寺で敗退。
ライダーとキャスターは公園にいて、門番のアサシンは敗退。新たに間桐臓硯の真アサシンが召喚された。
あと、バーサーカーはアインツベルン側が従えているはず。
もちろん別の不可解なことも頭に残っていた。遠坂凛についてだ。
彼女は聖杯戦争に参加すると言っていたのに、この六騎のうちのサーヴァントのいずれも従えていなかった。
だっていうのに、校舎で士郎と凛が魔術戦を繰り広げる直前。凛はまるで自分が聖杯戦争に参加している風な口ぶりだった。
あのときは気にならなかったけど……でも、何かがおかしい。
私はてっきり、凛がサーヴァント召喚に失敗。あるいは、枠を全て取られてしまったのかと思っていた。
でも、彼女は確かにサーヴァントを従えている。
「……あの紅いサーヴァントは、何者?」
この不可解な事実に、私はどうにも結論を見いだせなかった。
こんなにも混乱するとなると、現実との齟齬があまりにおかしすぎるとなると。
私はもう、こう言った仮説を立てるしかなかった。
――私は今の今まで、もしかしたら世界の悪意に騙されていたのではないか、と。
「その通りだ。過去の預言者よ」
不意に、背後から玉音のような声色が響いてきた。
敵意はなかったからそれほど焦らなかったが、その存在を一目見て、私は絶句した。
「――――サーヴァント……なんで……」
私の前に現れたのは、黄金の甲冑を着込んだ金髪の男性。
その目は赤く、私の思考を見透かしている。
「……過去の預言者、か。千里眼から得られた知識で、ついそう口にしてしまったが、これはあまり正しくはないな。言うなれば、そう。
――
……世界の悪意。
確かに目の前にいる黄金の男は、そう言った。
彼は何故、それを知っている?
「
「……ソニア・ド・ヴァンディミオン……」
「良かろう。ではソニアと呼ぼうか。……では、ソニアよ。一つ問いを投げる。
――お前は、
■■■■■■■ ■■■■■■■
■■■■■■■ ■■■■■■■ ■■■■■■■
■■■■■■■ ■■■■■■■
「――――っ!」
耳鳴りが酷い。頭が痛い。
そうか、そういう事か……。
――貴様を邪魔するものは、世界の悪意にほかならない――
「……今、下の方で修羅の剣士と戦っているサーヴァントのクラスは、アーチャーという。無論、我もアーチャーだ。我は前回の聖杯戦争の受肉者であるからな」
……なるほど。それなら合点がいく。
つまり前回の戦いで聖杯の泥を浴びて受肉したのは、黒い剣士のバーサーカーだけではなかったということか。
私は世界の悪意に邪魔されている。
だからこの黄金の男、アーチャーの事も知らなかったし、黒い剣士バーサーカーも、出会うまではその存在を知らなかった。
衛宮切嗣の姿も最期まで確認できなかったし、前回の聖杯戦争のマスターの中で、同じく姿を確認できなかった者もほかにいた。
「我の真名。知りたくはないか?」
「いいえ、もう判っているわ。世界の悪意に騙されないほどの千里眼なんて、世に数えるほどしかいないでしょう? もし間違っていたら殺されるかもしれないけど、そんな事を気にしていたら、世界と渡り合えないしね。
――最古の英雄王ギルガメッシュ。それが貴方の真名ね?」
「よくできた、小娘。やはり俺の見立て通り、お前は雑種などではなかったな。まぁガイアの申し子であるとすれば当然とも言えるが」
――ガイア。
今、この男はガイアと言ったの……!?
「あ、貴方、私たちのルーツが判るの?!」
「む? おっと、すまない。つい口が滑った。確かおまえたちの悲願は、自分たちのルーツを探る事であったな。突然世界に居たことにされて、この世界に住むように調整された、まつろわぬもの――」
――――――――。
知っている。
この男は、私たちの追い求めていた答えを知っている!
「だが、それはお前たちが自らの手で掴み取るべき解答だ。期待させて悪いが、我から何かを教えるつもりはない」
「……そう、そうね。そうでしょうね……。そんなにうまい話があるわけ、ないものね……」
こればかりは諦めるしかなかった。
かの英雄王を前にして、駄々をこねればどうなるか。
「……ふん。少しは食い下がるかと思っていたのだが、なかなか健気なのだな。良いぞ。だが教えぬ。――――代わりに、この戦いのための助言を授けようと思う」
「助言……?」
「そうだとも。良いか? 世界の悪意を逆手に取るのだ。修羅の剣士も悪意側。我も悪意側。そしてガイア側はソニア、お前だ。――ならば我たち二人が世界の悪意に反旗を翻せば、一体どうなると思う?」
……そんな事を言われても、私にはまったく理解不能だった。予測不能だった。
それでも彼が言いたい事は判る。
つまりこの英雄王は、私に手を貸してやってもいいと言っているのだ。
その申し出は有り難かった。だからこそ、私はいい駒が手に入ったと思った。
「――――判りました。英雄王ギルガメッシュの仰せのままに――――」
黄金の王の前に傅いて、忠誠を誓うフリをする。
「良かろう。では明日だ。物語はもうすぐ始まる。故に先陣を切るのはこの我だ」
――――物語が、もうすぐ始まる?
それはつまり、まだ始まってもいないということなの?
それでも私は、未知に対する不安には慣れている。
もし、今すぐにでも世界が崩壊を始めたとしても、私は明鏡止水の心得で事を成し遂げる事が出来るだろう。
英雄王ギルガメッシュの話では、開戦の狼煙は明日らしい。
何をするつもりなのか全く検討が付かないけど、臨機応変にやっていくしかない。
……私たちは、ただ橋の上から公園を見下ろす。
今の私たちは、ただの傍観者にほかならない――――
◇
――おまえも戦え――
そう慎二は桜に言った。
それを受けて桜は、ただ呆然とするだけ。その顔ばせは恐怖のそれに近かった。
「むう……仕方ない。ここは試運転として、桜。お前の中にある影からあやつを出そう……」
臓硯がよく判らない事を言う。
次の瞬間、俺は我が目を疑った。その場にいる全員も、凍りついたことだろう。
間桐臓硯の傍らの地面から、黒い泥が吹き出てきた。
その中から、鎧を纏う人間が現れる。
「――――、――――」
金色の、髪。
顔はバイザーをしているけど、その鎧も黒に染まっているけど――――あい、つは――――
「セイバー・オルタ。こやつらを片付けろ」
「……………………」
臓硯の命令に何も答えない黒い騎士。
だが、その手にはしっかりと不可視の剣を携えていた。
「――――セイ、バー……」
「…………シロウ。剣を執りなさい」
その声を耳にした俺は、一瞬でも我を忘れて、腕を下げてしまった。
「――坊や!」
その隙を突いて、セイバーが迫ってくる。
「――!? くっ――――はぁっ!」
そこで俺とセイバーの間に、ライダーが割って入った。
俺を守ってくれたライダーは、すぐにセイバーの剣圧に吹き飛ばされる。
「……シロウ。剣を構えなさい。貴方は今、誰を守るために剣を執っている?」
――――その嗜めるようなセリフで、俺は我に返った。
そうだ。俺は今、桜を守るために剣を執っている。そんな俺が何を呆けている!
……だけど、確かに目の前にいるのはセイバーだった。
あの、セイバーだった。死んだと思っていた、セイバーだったんだ!
そして、間隙を挟まず。
セイバーは一足一刀の構えで迫り来る。
その踏み込みからの切り上げに、俺は下から合わせて弾き返す!
「ぐっ――!」
「アサシン。今のうちに桜を……」
間桐臓硯が呟く。
「お、おい……まずいって桜。セイバーとか聞いてないよ……! おい、桜。早く!」
「む……無理だよ。いやだよ……ごめんなさい、ごめんなさい先輩! わ、わた、だって、わたし――――」
「さ、桜……?」
くそっ。アサシンが桜たちに近付いている。だけど俺はセイバーから目を逸らせない!
もう呆けてなんかいない。ただ、ほかに意識を割けばその時点で――――!
「ぐあっ――!」
あまりにも重たい一撃。
干将莫耶が砕ける事はなかったが、ただ振り下ろしを正面から防いだだけで吹き飛ばされた。
……いや、正面から防いだだけで? 普通なら防ぐことすらできずに袈裟斬りにされていたはず。
もしやこれは――――憑依経験というやつか。
俺はこの時点で、なんとなく投影魔術の特性を把握していた。
ただ、何か俺の躰の裡にあるそれを漠然と感じ取るだけで、その正体が何であるかまでは判らない。
「だって誰も助けてくれなかった! たすけてって言ったって、誰も助けてくれないって、わかっていたんだもん!」
俺がある程度打ち合えると判ったセイバーは、今度こそ手抜かりなしで俺を追い立て始めた。
頭上からの簡単な一撃をいなし、続く横合いからの払いが襲い来る。
「ふ――ぐっ!」
その一撃に対して、俺は急所を防ぐだけで精一杯だった。
衝撃をモロに受けて吹っ飛ばされた俺は、無様に地面を転がる。
「……それは違うぞ。桜。だってお前は、一度もたすけてだなんて言わなかったじゃないか――!」
「言ったって……兄さん。何も変わらないよ。お姉ちゃんだって、同じだった……」
今度は一息で三度の打ち込みをしてきたセイバー!
「――ハァッ! ――ぐっ、っ!」
干将で右と左、莫耶で首狙いの斬撃を弾く。
たたらを踏みながらでも、ここまでセイバーと肉薄できるようになってきた。
……それも多少の手加減を感じられるが。
――って、くそっ。こっちは大変だってのに、なんで逃げもせずに兄妹喧嘩を続けてんだ、あいつらは――!?
ライダーもキャスターと協力して、アサシンと戦ってくれているってのに……!
「ハァッ――!」
今度は自分からセイバーに接近して、大ぶりに双剣を叩きつけた。
案の定セイバーは、それを力比べだと気付いてくれて、躱しもせず俺の攻撃を受けてくれた。
そのまま俺はセイバーと鍔迫り合い、背後の桜に声をかける。
「――――桜。助けてと言うのが、そんなにも怖いのか? 助けてと叫んで、誰かがひどい目に遭うのが、そんなにも怖いのか?」
口から衝いて出た言葉が、それだった。なんでそう思ったのかは判らない。
でも、桜は優しい子だからな。きっとこうなんじゃないかって、勝手な事を言っているだけだ。
「――――それは違うぞ、桜。ヒーローってのはな、助けてと叫ばなければ、絶対に現れないもんなんだ」
「せん……ぱい?」
「衛宮……?」
「だから。叫べ、桜。
お前の叫び。今ここにいる、お前のために戦っている俺たちが……絶対に、聞き逃しはしないから――――!!」
鍔迫り合う双剣を外し、姿勢をわざと崩して、セイバーが前のめりになった瞬間、背後を取る――――!
「甘い」
「――がっ!」
流石にセイバーを相手にして、そんな安易な不意打ちは効かなかった。
簡単に返す刀で頬を斬られ――――
「――て、あれ?」
……足に、力が入らない。
膝から崩折れて、セイバーの前に介錯する罪人のように
「あ、せんぱ――」
あぁ、そういう事か。しまった。
足元を――――影に、取られていた。
――振り下ろされるセイバーの剣。
俺の脚は、既に膝まで影沼の底に沈んでいた。
なんて、間抜け――――
「せ、先輩、い、いやぁああああああ!」
……ばか。足を取られたくらいで、負けが確定してたまるかってんだ!
両手を十字に切るようにして双剣を前に置き、俺の首を獲りに来るセイバーの剣をギリギリで防ぐ!
「ぐっ……まだ判らないのか桜! 子供のわがままはもう終わりだ! それが酷だなんて俺は思わない。そうお前が思ったとしても、俺は心を鬼にして桜を戦場に連れ立つ! だから――――」
まずい。膝をついているせいか、下半身が影に呑み込まれるスピードが速い。
さらに上からはセイバーに押さえ込まれている状態だ。
このままだと、今すぐにでも影に呑み込まれる……!
「だって、だって……!」
「桜……手を貸せ」
ふと、慎二が桜の手を取った。
……話はそれだけだ。
あいつは今、ようやく自分の妹の手を、握ってやったんだ。
「へっ……頼りない兄貴でごめんな。でもさ、僕にはこれくらいしかできないから……」
「――――兄、さん……」
その奥でライダーが吹き飛ばされた。アサシンの蹴りを喰らったのだ。
「……ほう。何故その影に触れながら正気を保っていられるのかと思ってはいましたが……なるほど。――シロウ、貴方はいつ、黄金の精霊の加護を受けたのですか?」
……? セイバーは何を言っているんだ?
いや、そんな事より、もう腰まで泥に浸かっている。
セイバーは正気を保つだのなんだの言っていたけど、なんだか頭がボウっとしてきた……。
これ、かなりやばいんじゃ……?
「……っ、セイ、バー……っ!」
■ ■ ■ ■ 恨 死 殺 罰 犯 罪
■ ■ ■ 大丈夫 大丈夫
――――何か、悪意を持ったナニカが、俺の頭に這い寄ってくる。
その悪意の侵食を、何か光るものが阻んでくれている。
まるで天使と悪魔の衝突だ。
精霊と魔物の拮抗と言える光と闇が、俺の脳内を蹂躙していた。
「ア……ァ……」
「……それもここまでか。シロウ、覚悟――」
ふざけるな。
ここで、こんなところで、終わるわけにはいかない……!
「■■―■―■」
刹那、遠くで悪魔の右腕の発動を感じた。
標的はライダーだ。
彼女では、やつの宝具から逃れられない……!
「……いやだ、いやだよ。おねがい、だれか、おねがいだから――――
だれか、たすけて、だれか――――!!」
雨の公園に劈く甲高い悲鳴。
せっかく叫んでくれたのに、ごめん。桜……。
やっぱり俺は、約束を守れない男みたいだ――――
胸まで泥に浸かる。もはや助かる見込みはない。
俺はこのまま、セイバーと同じ死に方で――――
「まだ諦めんなよ。――――
…
―― Born to be ――
その真名開放は、まったく未知の英霊によるものであった。
「なにィ――!?」
今まさにライダーの心臓を掴みかかったアサシンの悲鳴が叫ばれる。
突如として公園に現れたのは、謎のサーヴァント・黒い剣士。
その手に持つ大剣は――――それは剣というには、あまりにも大きすぎた。
大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それはまさに、鉄塊だった――――!
「ハァ――――ッ!」
まさしく一刀両断。
アサシンにとっては天敵だったのか、その黒い頭身は文字通り、真っ二つに裂かれて絶命する。
その後、黒い剣士はアサシンを見向きもせず、こちらに駆け込んで――――
「まさか、貴様は――!」
「セイバー! あの時つけられなかった決着! 今、ここでっ――!」
あまりに鈍足であまりに大振り。力だけで叩きつけるタイプの戦士か。
それは否。俺は黒い剣士の振り下ろしを見て、即、否と断じる事ができた。
あんな大剣を手にしているというのに、その剣速は恐ろしく速く。
一息のうちに放った十の斬撃で、セイバーは容易く押し切られてしまったからだ!
「――フゥゥゥ……ほれ、坊主」
「ぁ――――」
既に地上に出ているのは、目玉より上だけだった。
黒い剣士は俺の頭を鷲掴みにして引っ張り上げる。
「――――ふっ、ぶほっ! げほっ、げほっ!」
なんだ。こいつ……今、影を踏んでいたのに、無事だった……?
――いや、だが、そんな事より、まずい。
俺は早く、こいつに知らせなければ!
アサシンは、首が飛ばされても無事だった。つまり――っ!
「■■―■―■」
それは本当に恐ろしかった。
アサシンの左胴体はそこに転がっていたというのに、もう片方の右胴体だけ動いていた。
そして今、悪魔の右腕が黒い剣士の体に触れて、その鏡面存在をあっという間に握り潰してしまった――――!
「…………ん? なんだァ、テメェ?」
――――握り、潰されたはずなのに。
その黒い剣士は、なに食わぬ顔で平然とそこに立っていた。
「――――? な、に?」
「なにはテメェだ。胴体真っ二つにされたんだから、おとなしく死んでいろ」
それから黒い剣士は大剣を振り下ろして、アサシンを三等分にした。
……その肉片が、影に呑み込まれていく……。
「……お、おい。あんた、一体、何者なんだ……?」
「あ? オレか? ――――オレの名前はガッツだ。以後よろしく」
それからガッツはセイバーと向き合い、大剣を構える。
「――――あ、あな、た、は……」
ふと、後ろに控える桜が、ガッツを見て目を丸くする。
「……よぉ。遅くなって悪かったな。きちんと助けに来たぜ、お姫さん」
「…………そうだ。ガッツ、さんだ……。
だって、そうでしょう? 顔も名前もうろ覚えだけど、確かにそう、あなたは――――っ!」
「ぬぅううううう! バーサーカー! いや、ガッツ! なぜ今になって現れたァ!」
臓硯が叫ぶ。
だが、その恫喝を無視するガッツは、この場にいる俺たちに向けて声を張り上げる。
「さぁ、反撃開始だ、坊主ども。ここまでクソ長かった物語は、ここでようやく折り返し地点に至った!
だったら今こそ、反撃の狼煙を上げる時だろうがァ――――!」
…
―― struggle ――
「つーことで、坊主。セイバーの相手はテメェに任せた」
「――って、はぁ!?」
いや、お前、だって、さっき。
なんかセイバーと並々ならぬ因縁があったみたいなセリフを抜かしておいて、急にそれか?
「あぁ気にすんな。単純にこれは相性の問題だ。ほら見ろ。臓硯の後ろにある泥影。あそこからアサシンが蘇っている」
言われた通り、臓硯の方に目をやる。
すると確かに地面が黒ずんでいた。その下に白い仮面が見える。
「どうやら奴は不死身らしい。さらに即死宝具持ちだ。だがさっきのオレを見てたろ? オレはアサシンと相性が良い。で、坊主はセイバーと相性が良い。要はそういうことだ」
「いや、理屈は判ってるさ。だけど、セイバーに勝てる武器が……」
「おう、そうそう。お前、面白い魔術を使うらしいな。アーチャーと同じ剣を使いやがってよ。それを見ると、お前アレか? オレの剣もパクれるのか? なら堂々とパクってみろ。この剣はな、今のセイバーに対してすこぶる相性が良いからな」
……なんだって?
すぐにガッツの鉄塊大剣を解析してみる。
宝具『
「――なんだよ、その剣。まさに俺向きじゃないか……!」
投影武器は真名開放が難しい。出来なくはないが、それ相応の対価を必要とする。
それは魔力だったり、魔術回路の崩壊だったり。
……だが、この剣は真名開放を必要とせず、ほかの真名開放の宝具と同等の威力を備えている。
さらに燃費も良く、これなら干将・莫耶より少しコストが高いくらいだから、何本でも投影できちまう……!
「よし、なら大丈夫だな。背中は任せたぜ、坊主」
そう言って黒い剣士ガッツは、本気で俺に背中を見せやがった!
俺の目の前には、黒く変貌してしまったセイバー。
ガッツの目の前には、不死身のアサシン。
俺たちは互いに背中合わせで、敵と対峙している。
「……待て、バーサーカー。何故、前回の聖杯戦争の参加者である貴様が、今この場に存在する?」
ふいにセイバーが、ガッツに話しかける。
「あ? あぁ、テメェのその聖剣でな。あのあと泥をかぶっちまったんだよ。おかげでこのザマだ。まぁ感謝はしてるぜ? この十年で現世は堪能し尽くしたからなぁ」
やがて、影から完全に蘇ったアサシンが会話に参加する。
「――心臓がない。そうか。我が身に濁る泥を、貴様もかぶっていたのだな。ならば、我が宝具が通じぬもの道理。我が宝具は人を断罪する事にのみ使われる罰なのでな」
そして互いの言葉は言い終えて、あとは剣戟を重ね合わすだけとなる。
だが、俺は迷っていた。
確かに今のセイバーには、ドラゴンころしという大剣が有効だ。
しかし、俺は妙に扱いやすい干将・莫耶の方がいい気がしていたし、これも錯覚かもしれないけど……この双剣でセイバーという強敵を超えなければならないと、そう漠然と思ってしまっている――――
だからあの鉄塊は、ここ一番の切り札として取っておくことにした。
「行くぞ、坊主。負けるなよ」
「そっちこそ、ドジ踏むなよ」
互いに背中合わせで駆け出す。
その視界の端で、俺は桜の決意を見届けていた――――
「――――告げる」
◇
先輩が、戦っている。
それに、遠い昔に見た、あの大きな背中の人も戦っている。
……何故?
なんであの人たちは、私なんかを守ろうと、自ら傷つきに行くの……?
――わたしは小さな頃から、よく悪夢を見ていた。
「桜ちゃん。桜ちゃん」
最初は優しそうな男の人の声だった。
「桜ちゃん、桜ちゃん……」
それがだんだんと。
「桜、桜、さくらちゃん。さくらちゃん、ぼくだよ、おじさ――――■■■■■■■」
化物がいた。化物。
わたしの名前を呼ぶ化物。
最初は優しい人だと思っていた。
それは錯覚だった。
その人は、化物だった。
「さ、、ささs、あsああさ、、さs、あ、さ、s、あ、さ、さ、あさs桜ちゃん、おいでぇ?」
顔だけが、その人だった。
それ以外は肉の塊だった。
裸のわたしをヌメヌメとした触手で持ち上げて、
「あぁ、あぁ、あぁ……! ――――ささ、げ――――」
……それからは、覚えていない。
わたしは間桐のおうちに戻っていて、ただ悪夢を見ただけなんだと思っていることにした。
――違う。本当は覚えていたはずだ。
……その悪夢の中には、お姉ちゃんがわたしを遠坂の家に連れ戻しに来ていた。
「一緒にかえろ?」
頼れるお姉ちゃんだった。私にとってのヒーローだった。
でも、わたしが行けなかったんだ。
あの人に、わたしが、あんなことを言ってしまったから――――
「たすけて、おじさん――」
だから、地獄が再現された。
お月様は食べられて、化物たちの晩餐が始まって、
「……わたしだ。わたしが、たすけてなんて、言わなければ……」
あの人が、化物になることなんて、なかったのに……。
「――人間、いつかは死んじまうもんさ。気にすんな」
……あったかかった。
だれかが、わたしをくろいものでつつんでまもってくれている。
「帰れ。おまえの家に」
いやだよ。
「どこに行っても、そこは戦場さ」
そんなの、りふじんだよ。
「そうかもな。だが、それが現実だ。どこも戦場で……弱いやつは、そこで死ぬ。それが嫌だったら、どうすればいいのか、わかるよな?」
つよくなればいいの?
「それもそうだが……戦うのさ。ひたすらにな。戦うのを諦めないんだ。
――まぁ、闘う事しか脳のねぇやつの言葉だから、あんまり参考にはならねぇだろうがな」
ちがう。
その言葉で、わたしは無意識のうちに諦めちゃったんだ。
――あぁ。たたかうしか、ないんだなぁ……って。
安住の地はなく、世は常に戦場の上にある。
だからきっと、たすけてって言っても、だれもたすけてくれなかったんだ。
そもそもわたし自身が、たたかうつもりがなかったのだから――――
「だから、もう――――迷いません」
掠れた令呪を掲げ、ライダーに目を向けて――――
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのなら――――
……私と一緒に、戦ってください。私はもう、逃げないから。
――――我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けます。ライダー!」
「――ライダーの名に懸け、その誓いを受けましょう……サクラ!」
私に飛び込んできた、ちっちゃくて勇敢なライダー。
指と指が触れ合った瞬間、確かに繋がったのが感じ取れた。
「むっ――些かこれは拙いか……!」
もう、おじいさまなんて怖くない。
……ううん。本当はちょっぴりこわいけど、でも、負けない。
「私は、闘うと誓ったから――!」
「桜――!」
私の前には先輩がいる。
私の隣には兄さんがいる。
それだけで私は、幸福だったんだ。
大好きな人が二人。私のために戦ってくれている。
だったら私は、もう守られているだけの存在じゃないんですっ!
「ライダー! 先輩の援護を!」
「了解しました」
凄まじい剣戟を繰り広げている先輩とセイバーさん。
そこにライダーが割り込む隙はないけど、先輩のミスをいつでもカバーできるように……!
「よし、良くやった桜! それじゃあ逃げるぞ!」
「え? ……に、兄さん!? わ、私、いま戦うって誓ったばっかり……」
「馬鹿! まだお前の中には刻印虫がいるんだ。おじいさまの指先一つで、お前なんか一発ダウンなんだよ! 一発で敵に寝返っちまうんだよ! ライダーと再契約させたのは、少しでもこっちの戦力を上げるためだ! ……いや、そうすると、お前がまた苦しむ事になるんだけど――」
……兄さん。
「判りました。でも、かといって逃げすぎると、おじいさまに狙われるかもしれないし、それに……お姉ちゃんが――」
――あれ、いま思ったけど、私、平然と遠坂先輩のことをお姉ちゃんって呼んじゃってた。
せ、先輩に気付かれたらどうしよう。でも、もう先輩には、今夜中に全てを話そうと思っていたし……。
「……桜。ライダーと再契約したのね?」
「――っ! 遠坂!」
突然、私の前に現れたのは、姉さんだった。
「……遠坂、先輩」
「そんなに警戒しなくても良いわよ。この戦いを見届けたいだけだから」
……?
先輩の方に振り返る。依然、実力差はセイバーさんの方が歴然。
一方のガッツさんも、アサシンを倒しては倒しては、先輩とセイバーさんの戦いに横槍を入れている。
……私には判る。私の中に埋め込まれたもの。
そこから漏れ出す無限の魔力が、セイバーさんとアサシンに行き渡っている。
このままだと勝負はつかない。じきにスタミナ切れを起こして、先輩たちの方が先に――――
「むむぅ……少し事を急いたかのう。仕方ない。聖杯は、もうひとつある――――」
おじいさまはセイバーさんとアサシンを後ろに下げて、高らかに哂った。
「カッカッカッ。このままでは埓があかんのでな。切り上げさせてもらおう。ほかにも聖杯は在る。それを取ればいいだけのこと。貴様らの足掻きは、全てが無意味だと知れ!」
そう言い捨てて闇に消えたおじいさま。
……あの人の頭の悪いところは、慎重になりすぎるあまり好機を逃すところにあると思う。
だけど、そのおかげで助かった。
このまま押し切られていたら、ジリ貧になって、負けていたと思うから。
「――っ。ふぅ……疲れた……」
「なんだよ坊主。言うほどバテてねぇじゃねぇか」
「ふざけろ。これでも実践は初めてだったんだ」
「マジかよ。こりゃ将来が楽しみだな」
座り込む先輩に、ガッツさんが手を差し伸べる。
――絶望的に思えた前半戦は、一気に後半戦が始まると共に頼れる味方が増えてきた。
もう、何も怖くない。
この人たちとなら、私は一緒に戦える……。
そして、先輩は私たちの下まで戻ってきた。
その顔は、何故かニコニコとしている。
「よっ。桜、慎二……っと、遠坂もか。それじゃ、みんなで一緒に家に帰るか」
「な――――なんでわたしがあんたの家に帰んなきゃいけないのよ!」
「なっ、まさか遠坂。まだ桜の事を……っ!」
「当たり前でしょ! いい、衛宮くん? 桜をこのまま生かしておくという事がどういう事なのか判っているわよね? 桜ひとりを救うために、それ以外の人間を見殺しにしているのを――――衛宮くん。あなただけでも、絶対に忘れないでよね。
……だから、桜を預かったからには、犠牲者はあなた一人に留めなさい」
■■
――そんな意地悪な遠坂先輩の一言で、私の心にまた、暗い気持ちが疼き出してきてしまった。
■ ■
もう……本当に、意地悪な人……。
■■■
◇
深夜。
海浜公園での一件から早々に
俺と慎二、桜は言わずもがな、ライダーとキャスターも実体化して食卓を囲む。
……だが、なんでお前まで此処にいるんだというか……付いて来ているんだという男が一人いた。
「おっ? これが武家屋敷ってやつか。こういう家に入るのは初めてだぜ」
その男こそ、ガッツという真名を持つ正体不明のサーヴァント。
公園で俺たちを助けてくれたやつが、当然のように付いてきて居間に上がり込んでいた。
「よっと。……おい、茶はでねぇのか?」
「はいはい……って、その前にだな!?」
なに当然と客のように居座ってんだ! ……と、言いたかったが。
桜を助けてくれた点からして、ガッツが俺たちの味方なのは確かだ。
それでも素性の知れないやつを警戒するのは当然のこと。茶を振る舞う前に、この男について色々と聞かなければならない。
「――ガッツ。って言ったよな? あんたさ、いったい何者なんだ。それが判らないと警戒しちまって、おちおち茶も出せない」
「そうだそうだ! お前、前に学校でライダーを倒したの、僕は覚えてんだからな!」
そこに慎二が便乗してきた。
慎二のやつ、ガッツと面識があったのか。
「まぁ当然だな。よし、いいぜ。オレの事を知りたいんだろ? 説明しても良いんだが……本当は関わるなって言われてんだよなぁ。ま、あいつには悪いけど構わねぇだろ」
……? あいつ……?
「オレの名前はガッツ。前回の聖杯戦争で召喚されたバーサーカーのサーヴァントだ」
「――んなっ!?」
皆、驚きの相貌で第四次聖杯戦争のバーサーカー・ガッツを見つめる。
「前回の決着の折、セイバーのやつのせいで色々あってな。オレは受肉しちまったんだ。だから今のオレは半分人間だ。マスターがいなくても、しばらくは世界に存在し続けられるが、魔力がないと何も出来ないのはサーヴァントと変わらねぇ」
淡々とガッツは、己の素性を明かしていく。
だが、待て、理解が追いつかない……。
「……待てよ、ガッツ。今、魔力がないと何も出来ないって言ったよな? つまり今のあんたには、マスターがいるんじゃないのか?」
「……ノーコメントだ。それを言うのは反則だからな」
……やっぱり。遠まわしにだが、マスターがいると言っている。
教えるのが反則だという事は、すなわち誰かが「言うな」と命令した事にほかならないからだ。
「……あぁ、だが前回の聖杯戦争のマスターを訊きたいってんなら教えてやる。前回のオレのマスターはな、間桐雁夜っていう男だった」
――――間桐。
ガッツは今、確かに間桐と言った。
視線を泳がして桜の顔色を窺う。その顔は俯いていて表情は判らない。
だが、公園での桜は、確かにガッツの事を知っている口ぶりだった。
第四次聖杯戦争は十年前。……あの惨劇も時を同じくしていた。
慎二は桜が養子になったのは十一年前だと言っていたし、時期的に辻褄は合う。
ガッツも桜を助けに来たと話していたし、きっと桜が小さい頃に知り合ったんだろう。
「桜……」
「はい、先輩。その通りです。もう五歳くらいの記憶でうろ覚えなんですけど、ガッツさんの事はぼんやりと覚えています」
その桜の言葉で、ガッツの話してくれた事は、すべて真実なのだと信じる事ができた。
「それじゃあガッツ。あんたはこれから桜を守るために、一緒に戦ってくれるって事なんだな?」
「いいや、それは違う」
ふと、予想外の返答が返ってきた。
何が違うのかてんで判らず、焦って聞き返す。
「ち、違うって、どういう……」
「今のオレにはちょい縛りがあってな。ある条件下でしか、おまえたちに干渉できないんだ。例えば……そう。今夜みたいに金色の雪が降らない限りは――」
――金色の、雪。
それは確か、イリヤと一緒にいた公園で……。
その時、ガッツの言い分に、慎二が食ってかかった。
「はあ!? じゃあなんだよお前。桜を助けるって言って現れたくせに、これからはその条件とやらがないと何もしてくれないって言うのか!」
「その通りだ。二言はねぇ」
いや二言はねぇって……これまた嬉しくない言葉だな、おい。
「だが、オレの目的は桜を助ける事にあるのは間違いねぇと断言しておく。これは雁夜の遺言でもあるが、オレ自身の目的でもあるとな。……さて、オレの事はもういいだろ? 代わりにオレも訊きてぇ事があんだよ」
そう言ってガッツは、その指を慎二に差して質問した。
「お前、誰だ?」
「は、はぁ? ぼ、僕は桜の兄貴だ」
「兄貴? って事はお前も間桐なのか。それは知らなかったな」
……なんだ?
ガッツは慎二の事は知らなかったのか?
「そ、それはそうだろうさ。だって十年前、僕は留学に行ってたんだからな。しばらく冬木にはいなかったんだ……」
「あぁ、そういうことか。それにしても桜、お前。いい兄貴を持ったな」
『え――?』
俺とキャスター、ライダーと桜の声がかぶる。
……って、なんで桜も? たしかに慎二は、お世辞にもいい兄とは言えないが……。
「な、なんだよ。なんでそこでみんな、え? って言うんだよ! おいっ!」
「いや、すまん慎二。つい、な?」
「そ、そうです兄さん! わ、私も昔の事は水に流しますからっ! だから落ち込まないで!」
「別に落ち込んでなんかない!」
「……まぁ当然の反応だと私は思いますが」
「あら、ライダー、奇遇ね。貴女と同じ感想が出るとは思わなかったわ」
「キャスター。貴女と一緒にしないでください。心外です」
それから桜と慎二、あとなんでかライダーとキャスターの言い合いが始まってしまった。
前者ふたりはいいとして、なんでライダーとキャスターが舌戦を繰り広げていんだか……。
もしかしてあいつら、実は性格という相性が悪かったりするのだろうか?
「……ふん。おい、坊主」
その様子を見守っていたガッツが、ふと俺に声をかけてくる。
「桜を頼んだぞ。あいつをこうして笑わせられるのは、お前しかいねぇ」
「――なっ」
「そんじゃ、オレは帰らせてもらうぜ」
「……え。が、ガッツさん……もう、帰っちゃうんですか?」
「あぁ、言っただろ。ここにいるだけで本当は反則なんだ。あいつを置いて、オレだけがおいしい思いはできねぇ」
あいつ、とは。もしやガッツのマスターのことを言っているのだろうか?
そして茶を飲みたがっていたはずのガッツは、ついぞ何も飲むことなく家を出て行ってしまった。
「……よし、それじゃあ夕飯食って風呂済ませて寝るか。みんなもそれでいいよな?」
それに頷く桜と、
「えぇ? 衛宮、これからこの人数分を作ってたら日を跨いじまうぜ?」
と、慎二が。
「そうだな……。それに食べたらすぐに寝るし、軽いものにしよう」
それから俺は、ライダーとキャスターを交互に見る。
――サーヴァントは食事や睡眠など、人間としての生活が必要ないと聞く。
それは当然であり、だって彼らは英霊だからだ。しかし、それを知っていながら俺は、セイバーには普通の少女らしい生活をして欲しくて、まっこと身勝手でまっこと押し付けがましい下心もあったのだが、朝昼夕とセイバーには腕によりをかけた食事を振舞っていた。
その理由は、桜と藤ねえと仲良くするセイバーの姿が見ていて嬉しかったのもある。けれどおそらく、その時の俺は、魔力の負担を抑えるためという理由を抜きにしてでも、セイバーを食事に誘っていた事だろう。それはたぶん……セイバーのことが好きだったからだ。
……だけど、キャスターはどうだ?
柳洞寺の一件でキャスターと再契約をしてから、俺は一度でもキャスターを食事に誘った事があっただろうか?
まぁ最初はそこまで気を許していなかったし、小さくなったことに驚いて、色々とドタバタしていてそんな暇がなかったのもあるし、桜や藤ねえはどうするんだという問題もあったけど……。
――今、そのしがらみはなくなった。
俺たちは聖杯戦争に挑むマスターとサーヴァントで共通の理解を得ているし、ここいらで親睦を深めるためにも、キャスターとライダーを食事に誘うのもアリなんじゃないかと思えてきた。
「……よし、善は急げ。そうするとしますかっ」
「……? 坊や、どうしたのです?」
「いや、キャスターとライダーも一緒に食べないかなぁ? なんて」
「私たちが、ですか? しかし、私たちに食事の必要はありませんので……」
まぁ……そうくるよなぁ。
無理に勧めるのもやっぱり悪い気がするし……さて、どうキャスターを説得するか。
「おいおいキャスター。お前、衛宮の飯が食えないっていうのか?」
そこで慎二が口を挟んできた。
「いえ、そんな事はありません。ただ……」
「ただ、なんだよ。食事ってのはさ、皆で食べるから美味しいんだぜ? まぁ僕はそうは思わないんだけどさ。でも、せっかく衛宮が料理を振舞ってくれるって言うんだから、おとなしく聞いとけよ。おまえ衛宮のサーヴァントなんだし?」
「……そうですね。無理に断る理由もありませんし。それでも何故かこの坊やに言われるのは癪なのですけどね。……えぇ、マスターの料理。いただくとします」
うおっ。やるな、慎二のやつ。これでキャスターはオッケーだ。
「ははっ! それじゃあほら、ライダーもそうしとけよ」
「食べません」
……、一刀両断。
ふむ。流石の慎二も、この断言には眉をひそめて口を出せないでいる。
それに慎二の助けを待つばかりなのもあれなので、今度は俺から仕掛けるとしよう。
……といっても、今の断言に勝てる物言いが思い浮かばない。はて、このままでは気まずい時間が流れてしまい、こちらが根負けしてしまう。どうすれば――――
「ライダー」
ふと桜が立ち上がる。
次に何をするのかと思えば、
「オムレツとかどう? 私、ライダーに私のご飯を食べてほしいなぁ」
「サクラ……」
ナイスだ、桜。
――それにしてもこの兄妹。なんで俺の考えている事をここまで判ってくれているんだろうか?
もしやエスパー? 俺だけに対するエスパーなのか?
「衛宮も桜も早くしろよー。こいつらと居間で待ち続けるとか、正直神経が持たないからね」
それから俺と桜は、簡単な夕飯を作って、慎二たちと一緒に食事を済ませる。
あとは風呂に入って、慎二には別棟の部屋を割り当てた。
――自室に戻る。
もう時刻は十一時。
俺は布団に入って、明日の遠出に備える事にした。
/了
キャスターのルルブレを止めた言峰綺礼について。
言峰綺礼は、確かに人の不幸を蜜の味とするロクデナシだが、神父としては嘘をつかず(本当のことも言わないが)、真面目な態度で結婚式を開いたりしてくれる良き神父さんなのだ。
よって、桜の命を救うときも、自分の目的は度外視して「ただ人の命を救うため」という理由で助けてくれた。
そんな彼がルルブレを止せと言ったのは、作中で言った通り、ひとえに桜の身の安全を思ってのことだ。
(――――べ、別に、あそこでルルブレしちゃったら、物語(世界)が崩壊を迎えちゃうなんて理由じゃないんだからねっ!)
桜の「たすけて、兄さん」について。
一応これはFateとBERSERKのクロスオーバーものであるため、桜の「たすけて(ごめんなさい)」という意味の重ね合わせについては、十年前のある儀式が原因というオリ設定を作っていた。桜には、人に「たすけて」と言えないトラウマがあったのだ。
『レイン - 慎二の告白』からの、慎二覚醒について。
実は慎二の「たすけて(ごめんなさい)」という解釈は、全くの見当はずれである。
正解率は10%を切っているのではないだろうか。
何故なら桜の「ごめんなさい」は、自分が魔術師であることがバレて、兄である慎二の居場所を取ってしまって「ごめんなさい」という意味だったのだから。
つまり「ごめんなさい」と「たすけて」は何も関係ないのだ(それでも上記のオリ設定により、少しは関係あるのだが)。
しかし、その誤解により、慎二は妹のために立ち上がることが出来た。
――魔術師であることは誇らしいこと。
そう思っていた慎二は、当然として桜もそのはずだと思い込んでいた。
だから魔術師としての教育をすることが、桜のためだと思っていた。
しかし桜にとっては、そうではなかった。
話はこれだけのことなのだが、この兄妹はたったこれだけのことで、ここまですれ違っていたのだ。
……そんな、解釈。
「Born to be」について。
高校生の頃、nanoというミュージシャンの「Born to be」という曲と出会い、まだプロット段階だったFate×BERSERKのテーマ曲はこれにしようと惚れ込んだ。
それ以降、この二次創作を執筆している時は、常にこの曲を聴きながら書いていました。
「もがくもの - struggle」について。
上記の「Born to be」を聴いている時。
この曲の歌詞は、ガッツの視点から見た“衛宮士郎と桜の物語”というイメージで書いていました。
――あ、そうだ。
黒い剣士の正体は、なんとガッツだった!(いまさら感)
そして最後に、弱音と願望をば。
――――あぁ、いつか慎二共闘ルートが見たいなぁ! 絶対に筆者のこんなよくわからない解釈や青臭い背筋が凍るような展開よりも、絶対に熱い展開が見れると思うんだけどなぁ!
ついでにイリヤルートとキャスタールートとライダールートも見たいなぁ!
あぁ強欲ぅ……実に強欲ですねぇ……!