Fate/stay night : 2.5i+3.10i+BERSERK = The Future Remember 作:形のない者
朝。
慎二、桜、ライダー、キャスターと、俺の五人で朝食を済まし、そのあとは居間で作戦会議となった。
そこで俺は、いの一番にみんなに告げた。
「あ、俺。今日は行くところがあるから、すまないけど慎二と桜とライダーは留守番しといてくれないかな?」
「行くところ……ですか? 先輩は一体どこに?」
「ちょっと郊外に用があるんだ。桜は覚えているか? あのイリヤって子だ」
「……?」
話に入れない慎二が首をかしげている。
まぁ細かいことは桜に預けておくとして、次に桜はとんでもないことを言ってきた。
「イリヤちゃん……ですか。アインツベルンのマスターですね」
「――! さ、桜! 知っていたのか?」
「はい。これでも私は間桐のマスターなんですよ。御三家のひとつくらい話には聞いています」
あ。確かにその通りだ。ってことは、この前イリヤを家に招待したとき、逆にイリヤのやつも……?
「まいったな。キャスターの言う通り、下手したらあのとき一触即発だったのか……」
キャスターとバーサーカー、それにライダーまで。
俺がイリヤに懐石料理を振舞っていた時に、少なくとも周囲にサーヴァントが三騎も居たって事になるのか?
我ながら恐ろしい事をしていたものだ。
……うっ。隣からキャスターのジト目を受ける。
まるで「ようやく判って? マスター?」と言われているかのようだ。念話を使わなくても判る。きっとそう思っているに違いない。
「ま、まぁとにかく、俺はイリヤとは仲良しなんだ。きっと相談に乗ってくれれば味方になってくれるだろうし、うまくいけば連れて帰れる。だからそれまで待っていてくれないか?」
「……連れて帰る? おい衛宮。まさかイリヤとかアインツベルンだとか、それってバーサーカーのマスターの事なのか?」
あぁと頷く。
すると慎二は「は、馬鹿だな。もしかして衛宮ってロリコンなの?」なんて、突然なにをバカなことを聞いてきやがったんだこの慎二は!?
「な、何を! そんな事、ないぞっ!」
「うわっ説得力ないな。……それにしてもさ。襲われた相手と仲良くしたがるとか、ほんと衛宮って頭おかしいよなぁ?」
くつくつと笑いながら慎二は小馬鹿にしてくる。
……まったく。なんだか今日は機嫌が良いな。
やがて作戦会議も終わり、俺とキャスターはお城に向かうため玄関口に向かう。
もちろん臓硯の野郎が俺の不在に家に押し入ってくる危険性も考えている。
それでもどのみち、言峰が言うには桜に刻印虫がある限り臓硯には逆らえない。
だから俺がいてもいなくても、
「それじゃあ行ってきます。慎二、ライダー。……桜を任せたぞ」
昼。
タクシーを拾って郊外の森まで送ってもらい、森の中を歩き続けて数時間。
前にイリヤとの視覚共有で見た道順通りに進んでいるが、流石に迷うというか、色々と遠い。
一体どのくらい歩いたんだろうか。草木をかき分けて進んでいると――――
――ガサッ、と。そばの雑木林から音がした。
獣の類なら危ない。すぐに投影できるように身構える。
「え、衛宮くん!?」
「と、遠坂!」
するとなんと、木立の影から現れたのは、あの遠坂だった。
「……なんであんたがここにいんのよ」
「それはこっちの台詞だ遠坂。俺はイリヤを迎えに来たんだ」
「迎え? なに、あんたもしかして私の知らない間にイリヤと仲良くなってたわけ?」
「そ、その遠坂こそ、ここにいるってことはイリヤの城に向かってるってことだろ? それこそなんでだよ」
「忠告をしようと思っただけよ。今回の聖杯戦争は尋常のものじゃないから気をつけなさいってね」
……そうか。遠坂もイリヤを心配してここまで来たのか。
なら、あとは一緒に行けばいい。
別に戦いに来たつもりじゃないなら、途中まで目的は同じだからだ。
そこで俺は、遠坂にその旨を伝えようと口を開こうとした。
次の瞬間――――
――遠くで、大きな爆発音が轟いた。方角は城がある方向。
まさか……イリヤとバーサーカーは、誰かと戦闘しているのか!?
「くっ――!」
本腰を入れて走り出す。
乱立する木々を抜けると、そこには絵本で見るような本物のお城が聳えていた。
すぐに駆け込んで正面の扉から入る。するとそこには――――
「■■■■――――!!」
「フハハハ! 流石の大英雄だ。ほとほと狂化しているのが残念でならん! だが見よ、
そこは――――戦場だった。
金髪の男が、あの巌のようなバーサーカーと互角に戦っている。
背後から射出しているのは無数の武器。その全てが宝具だった。なんだ、あの全てがデタラメな男は……!
「――っ!」
無数の宝具を身に浴びながら、何故か死なないバーサーカーは金髪の男に襲いかからない。
その理由は直ぐに判った。バーサーカーの背後にはイリヤがいた。
もしバーサーカーがあそこから少しでも動けば、イリヤが殺されてしまう!
「イリヤ――!」
そう思うと居ても立ってもいられなくなった。
干将・莫耶を投影し、金髪の男の背後から投げつける!
「――なにっ? 我の戦いを邪魔する者は――」
しかし俺の投擲は、すぐに宝具の雨に弾かれてしまう。
そして金髪の男は、すぐさま無数の武器を射出していた黄金の空間をこちらに向けてきた。
(――マスター!)
「判っている!」
背後ではキャスターが霊体化している。
そのキャスターを下がらせて、再度、干将・莫耶を投影。やつの宝具を防ぎきらなければならない――!
「――それは無謀というものだ。衛宮士郎」
ふいに背後から、アーチャーの声が聞こえたと思った途端。
目の前で実体化していたアーチャーが、向かってくる宝具を全て打ち払ってくれた。
「――むっ? ……
アーチャーの姿を見て、金髪の男の動きが止まる。
流石のあいつも、アーチャーとバーサーカーに挟まれて余裕を失っているようだ。
「おい、
――と、思ったら。
金髪の男は俺たちをまるっきり無視して、誰かに喋り始めた――――
「さぁ? 私からすれば、王のお考えはまったく理解できないものばかりなもので……」
――――え?
城に響いた少女の声。その声色には聞き覚えがある。
ロビーの上、二階に続くところに、そいつはいた。
柳洞寺の一件から一切姿を見せずにいた、あの――――
「あ、あんた……」
「あら、凛、士郎。こんにちは」
――ソニア・ド・ヴァンディミオンが……!
◇
「あら、凛、士郎。こんにちは」
この二人の登場には驚いたけれど、私は泰然と挨拶をして、視線を戦場に戻す。
今この場には、英雄王ギルガメッシュ、ギリシャの大英雄ヘラクレス。
そして昨夜まで知らないでいた、クラス・アーチャーのサーヴァント。
正直に言って、この神話の再現とも云える荘厳な舞台に、アーチャーは些か見劣りしていた。
彼がバーサーカーに加勢したところで、おそらくこの最強の王は討ち果たせないだろう。
「……なるほど。状況は大体判った。どうやら私は、この辺が潮時らしい……」
意味深な事を言うアーチャー。
その言い方が妙に気になった。
すると彼は突然、私に向かって――――
「私は君を知らない。君も私とは初対面だろう。だが判るぞ。お前は私の
――――彼は、いったい、何を……?
「私は霊長の守護者。お前は世界が用意した守護者。だが、私は今、星側に与しよう。故にあとは任せたぞ。名も知らぬ空白の魔術師よ」
……その言葉は、私に向けて言っているの?
だって、そうとしか思えない。
彼は今、自分の事を霊長の守護者と言い、私の事を世界の守護者だと言った。
――まぁガイアの申し子であるとすれば当然とも言えるが――
――突然世界にいたことにされて、この世界に住むように調整された、まつろわぬもの――
……つまり英雄王の言葉を信じれば。
私という人間は、
「ア、アーチャー? さっきからあんた、なに訳の分かんない事ばっか言ってんのよ……?」
それからアーチャーは、ひどくすまなそうな顔で凛に振り返った。
「すまない。凛。私は君のサーヴァント失格だ。私は、君をこの戦いで勝たせてやれない。私は自らこの戦いを下りる定めにある。……ゆえに、先に謝らせてもらう」
「な――――なに言ってんのよ、アーチャー? ……ねぇ、冗談でしょ?」
「冗談ではない。薄々、君も勘づいていたはずだ。だからどうか、君の目で確かめてほしい」
それで言葉を尽くしたのか、アーチャーは凛に背中を向けた。
その顔ばせは、二度と凛に振り返らないという、決意と覚悟を秘めていた。
――アーチャーの言葉を信じれば、おそらく今が、
この機を逃せば、全てが水の泡となる。だけど判らない。私は一体、何をすれば良いと言うの……!?
「――なんだ、
「その通りだ。英雄王ギルガメッシュ。私はここで、貴様を討ち果たさなければならない」
「――っ。ほざいたな、下郎。良かろう。疾くこの場で叩き潰してくれるっ!」
「ま、待って、待ってください王! お願いです!」
「煩いぞ預言者! 貴様はここで我の物語を綴っておれば良い!」
ダメだ。このままではギルガメッシュとアーチャーの戦いが始まる。
彼じゃあ英雄王には勝てない。私は、何をすれば――――!
「――――衛宮士郎。お前は何を守ると誓った?」
「え――?」
アーチャーは右手を掲げ、背後に立つ士郎に問う。
「――――俺は、
そう答えた士郎を笑い――――しかし、馬鹿にするのでもなく、
どこかアーチャーは、何かと決別したかのように――――
「ならばその誓い、死んでも守り通せ。
――I am the bone of my sword.」
◇
わたしは、アーチャーが何を勝手な事をのたまってんのか全く理解できていなかった。
正直に言って、本当にすまなさそうな顔をして、わたしに謝ってきたアイツを、本気でぶん殴りたかった。
……でも、あんな顔をして謝られたら――――止められるわけがなかった。
何かを決意した顔。
その顔が、無性に誰かさんに似ていたから――――
「Steel is my body, and fire is my blood.」
金髪の男の後方から無数の宝具が射出される。
アーチャーは言った。今、目の前にいる敵は、かの英雄王ギルガメッシュだと。
「I have created over a thousand blades.」
アーチャーの右手から花弁が展開され、数々の宝具を弾いていく。
「Unknown to Death.
Nor known to Life.」
「くっ。間に合わんか――っ!」
「Have withstood pain to create many weapons.」
それは――――
「Yet, those hands will never hold anything.」
アーチャーの――――
「So as I pray, unlimited blade works.」
彼だけの人生だった――――!
◇
――体中を高電圧の電流が迸った。今も感電している。
何故なら、こんな……こんな男の生涯を見せられて、平気でいられるわけが、なかったからだ。
「見たか、衛宮士郎。これが、これこそが――――
俺が、俺であるべきままに――――
其処は無限の荒野。赤銅の天空に無間の歯車。ただその下に独り佇む紅い男。
彼こそはアーチャー。そして、彼こそは――――
「言わずとも判るな? 衛宮士郎。お前は原点のままにして、頂点に在らねばならん!」
――無理だ。
弱音を吐いた。
――無謀だ。
諦めを知った。
――無茶だ。
衛宮士郎という死を悟った。
「これは、
「あぁ、強がらなくても良いぞ、ギルガメッシュ。貴様の天敵がオレであるのは、貴様の“王の財宝”を見れば一目瞭然だからな」
「――――ッ」
苦い顔をしたギルガメッシュ。
確かに、世の中には常に相性というものが存在する。
これは無限と無限の戦い。真贋の確かめ合い。武器の貯蔵量の鬩ぎ合い。どちらが一歩先を行っているかの潰し合い。
「うそよ……固有結界だなんて……アーチャー! 貴方は一体、何者なの!?」
端にいたソニアが叫んだ。
「オレに名はない。だが、かつて有った名は――――さぁて、どうだったかな」
チラリと俺を見たアーチャー。
その視線に気がついたソニアは、俺とアーチャーを交互に見比べる。
「待て、アーチャー。戦う前に少し時間をくれ。……おい、
「――――いいえ。ただ、やってみたい事があります。ですので、戦闘を開始されても構いません。私はこれから或る魔術行使に取り掛かりますので、お気になさらず」
「そうか。良い。許す。……ではアーチャー。偽物が本物に敵わないという道理を教えてやろう」
「…………」
そして、まるで西部劇のガンマンのように。
アーチャーとギルガメッシュは、無言のまま互いを見据えた状態で――――
「運河を逆行しよう、光年の果てまで創世を見届けよう、我は世界を覗く者ゆえに――
――The Future Remember……」
ソニアの魔術詠唱を引き金として、無限の戦いは火蓋を切った。
――地獄を見た。
地獄を見た。
ただ救いのない、地獄を見た。
その途方もない戦いで、男は摩耗していた。
男はただひたすら世界によって戦場に駆り出されていた。
男は絞首刑にされていた。
青年は俺の顔、俺の体で世界と契約を交わしていた。
青年は正義の味方を目指して中東を旅していた。
青年は倫敦で見覚えのある赤い女の人に川へ突き落とされていた。
少年は全てを救えなかった。
少年は
少年は
化物になった後輩。
黒くなった白い少女。
少年は冬木の地で聖杯戦争を戦い抜いていた。その傍らには蒼銀の騎士がいた。
少年は土蔵でセイバーという運命と出逢った。
少年はじいさんの夢を継いだ。
少年は救われていた。
少年は体に
少年は全てを失っていた。
少年は地獄を見ていた。
少年は――――
し、
しょうね 。
それは、失 くなった はなしだ 。
あか、ん ぼ ―― ―― ―――― 。
「――――過去視。再現・完了――――」
全てを見た。
男の生涯の、全てを見た。
もう一人の自分自身の、
それもまた別の未来を見た。
俺は、
――――未来を思い出した――――
紅い男は、金の男に肉薄する。
「フ――――フハハハハッ! 見たぞ、我は見たぞ! なかなか皮肉な男だったかアーチャー! まさか、正義の味方とやらを志し、あまつさえ世界と契約を交わして、フッフハハハッ! よもや英霊にまで成り上がるとはなぁッッッ!」
その嘲り、その賞賛、その全てを無視して、アーチャーは己に語りかける。
「衛宮士郎! オレは、お前に賭けを残す。オレが助けられなかったものを、助けられるかもしれないお前に!!」
――――アー、チャー……お前は、いったい、なにを――――?
喉が極限にまで絞られて声が出せない。
「イリヤの手を取ったからには、最後まで守り通せ。
お前に預けるぞ。オレの、最後の剣製を――――!
――
そ――――――――れ は。
紅と 金の 鬩ぎ合い。
――数多くの剣を、槍を、技を、宝具を……垣間見た。
その全てを魔術回路に収斂し、記憶――――のちに設計図として書き起し、完成する。
其は投影の鍛冶屋。
其は剣の丘で鉄を打つ者。
其は武器を造り模する錬鉄の騎士。
其は『剣』という起源を持つ剣士なり。
「トレース・オン」
其れは原初の自己暗示。
鶴翼不欠落
心技至泰山
心技渡黄河
唯名納別天
両雄倶別命――――!
「……
――それで、終わった。
アーチャーの勝利でもあり、敗北でもあった。
否、不敗にして敗走はなく、そもそもアイツは敵を見てすらいなかった。
イメージするは常に最強の自分。
自分にさえ負けなければ、確かに敗北はなかった。
ゆえに彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。
……とんだ皮肉だ。だからこそ、アイツの生涯に意味はなく――――
――――だからこそ、誰かに何かを遺せるんだ……。
「――アーチャーぁあ……!」
遠坂の叫びが城内にこだまする。
俺たちは廃れた荒野から、城の入口に位相を戻されていた。
「うっ――――ぐぅ……っ!」
頭から肩にかけて、おびただしい血を流す金髪の男。
アレは致命傷だ。もう助からない。
「ぐっ……くっ、――――おい、
過去の預言者。そう言えば、あいつはソニアの事をそう呼んでいた。
しかし、あいつの見据える先には、既にソニアの姿はいなかった。
「……おのれ、謀ったな」
そう言って、……ギルガメッシュは、行き汚くも逃げようとする。
……っ。ここで奴を逃したら、アーチャーの健闘が全て無駄になる。
だからここは、俺がギルガメッシュにトドメを刺さなければならない。
……だが、足が動かない。いや、体が動かない。
まるで自分の身体は容量をオーバーして処理落ちしたかのように
「ふっ……よせよせ。ここで貴様らが束になって掛かってきても無駄というものよ。おとなしく我を逃がしたほうが身のためだぞ?」
それは……確かにその通りかもしれない。
あいつの背後にはバーサーカーがいる。
それでもバーサーカーがイリヤから離れれば、ギルガメッシュは相打ちを狙ってイリヤを、そして遠坂や俺も殺す事ができるだろう。あるいはバーサーカーさえも倒しきってしまうかもしれない。
そんな絶対なる強者に成す術がないまま。
俺たちは徒歩で去っていく英雄王ギルガメッシュを見送ることしか出来なかった。
……とたん俺の意識は、まるで電源を落とされたかのように暗くなった――――
◇
夜。
――驚天動地。
まさに私が昼間に見た出来事は、その一言に集約される衝撃だった。
衛宮士郎の未来の姿がアーチャーである。
こればっかりは言葉を失った。絶句のあまり頭が真っ白になった。
「……あれで、良かったのだろうか……」
衛宮士郎は、また別の世界のエミヤシロウの末路を見た。
それを知れば、衛宮士郎がエミヤシロウと同じ道を歩む事はないだろう。
転機としては、真冬のテムズ川に叩き落とされた辺りだろうか。
あれさえなければ、おそらく衛宮士郎は衛宮士郎のままでいられるはず。
……そんな事はどうでもいい。
とにかく私は、やるべき事をやらなくてはならない。
「――――見つけたぞ。
……呼びかけに応じて振り返る。
その瞬間、私の頭をぶち抜こうと剣が飛来した。
私はそれを躱さない。
代わりに、隣にいる黒い剣士が払ってくれるから――――
鉄塊と飛剣が激突する。
剣は逸れ壁を割り、黒い剣士はマントを翻した。
「――なに? ……ほう、ガッツか。こうして対面するのは久しいな」
「よっ! なんだテメェもう成長しちまったのか? 小さい方にお礼を言いたかったのによぉ」
「たわけ。小さい方も大きい方も我であろう。何故そっちにだけ礼を言いたいのだ貴様は。――まぁ無駄話はそこまでにしてだ。
「どうやらそのようね。貴方たぶん、私の事を
「フッ――――そいつらが誰だかは知らんがな、どうやら我の認識はそのようになっていたようだ。……だが、
「許すも何もってねぇ……これは、
「――――なに?」
「だって
「――――――――」
あまりの蔑み。天上の王を愚弄する言の葉。
馬鹿にするつもりはなかったけど、どうやら私、自分のルーツを教えてくれなかった事を根に持ってたみたい。
「きさま、この、雑種如き ガッッ――――!!?」
激昂し、ギルガメッシュは宝具を射出しようとした。
しかしふと気がつけば、その身体は半分無くなっていた。否、その身体は、既に半分が沈んでいた。
「こ、これは、なぜ――――!」
まだ息のあるギルガメッシュの心臓に、鋭利な影が差し込まれる。
「ふぐっ――!? ……そ、そうか。ガッツ……貴様の、
「その通りだ、ギル。別に悪いとは思わねぇ。オレがここにいると判った時点で、テメェは逃げるべきだったんだよ」
「……くっ……そ……」
影の沼に浸かり、ギルガメッシュは首まで沈み込んでいく。
「まぁだが……十年のよしみだからな。ほらよ」
しかし黒い剣士は……いいえ、今なら思い出せる。私は最初から、もう彼の名前を教えてもらっていたんだ。
――そう。黒い剣士ガッツは、今まさに影に呑み込まれんとするギルガメッシュの頭上に、大剣を差し出した。
「――――ッ!」
それを迷わず掴む英雄王。
その手は血だらけとなるも、大剣を引っ掴んだまま、ガッツによって泥影から救い出された。
「くっ……なぜ、助けた……? どのみち、我はもう消えるというのに……」
「何故って。貴方の魂は
「――――、……そうか、なるほどな。まったく、それはそれは真につまらん結末よなぁ。それでは或る
最期の最期に私の目的を察したのか、英雄王ギルガメッシュは、今ここに黄金の粒子となって完全に消滅した。
◇
朝食のあとに先輩を見送ってから、もう半日が経とうとしていた。
「先輩、遅いですね。兄さん」
居間で勝手に煎餅をかじりながら、しきりにリモコンを持ってテレビを切り替える兄さんに声をかける。
「……そうだな。この分だと帰ってくるのは明日になるんじゃないか? だから桜もさ。ここでずっと待ってないで部屋に戻れよ。病み上がりなんだし、いつでも戦えるように気を張る必要なんてないだろう?」
……気を張る必要。
確かに、私は先輩がいなくなってからずっと、いつおじいさまが現れても抵抗できるように目を覚まし続けている。
もちろん抵抗が敵うような相手ではない事は承知している。
それでも私は先輩に留守番を任されたんだから、少しでも頑張らなきゃ皆に悪いと思って……。
「桜。ここでお前が意固地に頑張ってもさ、ぶっちゃけ全部無駄なんだよ。ただ居間で待ち続けるのは毒だぜ?」
「それでも、兄さん……」
私の体の中には刻印虫が埋め込まれている。
今のライダーの主導権は私にあるから、ここで私が“気を張る必要”ことの意味は、きちんと兄さんも判っているはずだ。
それなのになんで兄さんは、まるで「諦めろ」と言うかのような物言いをしてくるんだろうか……。
――その時、私の傍らにライダーが実体化し、兄さんの背中を見据えて立ち尽くす。
それでも座っている私より少し背が高い程度のライダーは、なんというかとても可愛らしかった。
昨日から何度もその姿を目にしているけど、正直言ってこの可愛さは同じ女でもずるいと思う……。
「――シンジ。お言葉ですが、貴方はサクラの制約を忘れたのですか?」
「はぁ? そんなわけないだろ。聖杯戦争に参加する意思を持ち続けていないと、桜の中にいる気持ち悪い虫が暴れ出すんだろ? そんなの百も承知さ」
「ならば、なぜ?」
「ら、ライダー!」
ライダーがわずかに殺気を込めて言ったのを、私は見逃さなかった。
けれど鈍感な兄さんはライダーの殺気に気付かず、馬鹿みたいにコメディ番組を見て笑っている。
「あっはっはっ! この芸人バカなんじゃないの! 無理なものは無理だって誰か突っ込んでやれよ! アハハ!」
「――――無理。無理と言いましたか、シンジ。貴方はそう思っているのですね?」
……ライダー?
「あ~~つまらなかった。……って、あぁ、ごめんごめん。それで、今なんて言ったんだい? ライダー」
「ですから、シンジ。貴方は、桜を救うのは無理だと思っているのですね?」
「そうだね。きっと誰が見てもそう思うだろうさ」
…………。
確かに。私は死んだほうがマシな人間だ。私は、私が生かされる意味が、理由が判らない。
それでも死にたくないと思っている。もう生きていたくないほどに嫌で厭で苦しいけど、それでも死にたくないと思っている。これは果たして矛盾している事だろうか?
「ですがシンジ。貴方は昨夜の雨の時、まるでサクラと共に歩むような口振りだったではありませんか。あの決意は嘘だったと?」
「嘘じゃないさ。兄として妹の事を思っているのは本当だよ。それでもね。無理なものは無理だ。桜は絶対に聖杯戦争を勝ち抜けない」
「それは……どうしてですか、兄さん」
「どうしてもなにも、桜。お前はもう詰んでるんだよ。お前が助かるためには聖杯がなくちゃならない。それでも聖杯戦争に勝利してしまえば、お前はおじいさまにとって用済みだ。一体その場でどうなる事やら……。かといって聖杯戦争を降りる事もできない。なぁなぁで聖杯戦争が終結するのを待っていても、ほら――」
ふと、兄さんはテレビのリモコンを操作して、ニュース番組に切り替えた。
『ニュースです。冬木市新都の方で、またもや失踪事件が起こった模様です。中央公園付近では失踪者の片方の靴が発見などされ、警察は誘拐の線も入れて調査を進めて――――』
「ほらここ。検察官のすぐそばにある雑草を見ろよ。これ、どう見てもあの黒い泥だろ」
「――確かに。これは柳洞寺でセイバーを呑み込んだ泥と同種のものですね。ただの泥なら付着しているだけに見えますが、これは明らかに雑草を溶解している……」
「その通りだ、ライダー。さらにこの泥は昨日の昼間、桜が倒れた下から湧き出たものでもある。もっと言えば海浜公園での戦いでセイバーとアサシンが影を纏っていただろう? あれは僕が思うに、この泥や影っていうのは、おそらく同じもの、または似た性質のものなんじゃないかなって、最近思い始めてきてるんだよね」
……あぁ。
そこで私は、兄さんが何を言いたいのかを理解してしまった。
「まぁこれは教会での焼き直しになるけど――――つまり桜がこうして生きている以上、街の人間はだんだんと消えていき、おそらく聖杯戦争が終わる頃には街の人間は半分近くなっているんじゃないかな。そして街の人間が全員いなくなったとして、最後の最期に死ぬのは一体誰だと思う?」
――それは私だ。
兄さんはこう言いたんだ。
私はどうせ死ぬ運命にある。なら早めにこの命を絶ってしまえば、街の人々は被害を受けずに済む。
これは街が消えたあとに私が死んだ場合と比べて、どちらがいいのかという命の天秤の話だろう。
そんな事、私だって判っているつもりだ……。
「……サクラ? どうしたのです。そんなに俯いて。確かにシンジが言っている事は事実かもしれません。ですが貴女は故意にそれをしているわけではない。サクラの影は、あの妖怪に操られているだけで、何も貴女が気に病む事では――」
「――ありがとう、ライダー。わかってる。わかってるの。でもね、それでも……」
この罪を、どう償えば良いのだろうか。どう贖えば良いのだろうか。
すぐには判らない。だっていうのに兄さんは、唐突に選択を迫ってくる。
「……良いか桜。言っとくけどな、僕は“終わりが見えている戦い”や“勝てない戦い”に応じるつもりは毛頭ないと思えよな」
え――――兄さん?
「僕はこれでも桜の兄貴だからね。妹を見捨てるなんて事はしないだけさ。だからここにいる。それでもね……これとは別に、僕はまだ聖杯戦争を諦めてはいないって事さ」
「――シンジ。それは、」
ライダーの言葉を遮った兄さんは、私の目を見て命令した。
「なぁ桜。僕にさ、またあの偽臣の書を作ってくれよ」
「――――ぁ。……でも、それは……」
どうしよう。断れない。なんで?
だって私は戦う決意をしたんだ。戦いを拒否して兄さんにライダーを貸した時とは違う。
戦うと誓った以上、ここで兄さんにライダーを渡してしまったら、すなわち私は戦いを拒否した事になってしまう。それだけはダメだ。また苦しくなって倒れてしまう。
……でも兄さんの頼みは断れない。
――そうだ。こういう時は、いつも……。
「に、兄さん……私は、戦うって、誓ったから……だから、ごめんなさ――」
「おい桜、謝るなよ。絶対に謝るんじゃない。無理なら無理だと、そうハッキリ言えよ、この弱虫桜」
「――――」
「ふん……どうやら僕にライダーを貸すとまずいらしいね。つまりそれって要は? 制約に引っかかるような心境の変化が、桜に訪れたって事なのかな? ハハッ! ならいいや。ここで桜に倒れられると困るからね。もちろん衛宮との決着を諦めたわけじゃないけど、今回僕に逆らった件は大目に見ておいてやるよ」
――それきり兄さんは、私には目もくれず、テレビに夢中になってしまった。
「……」
ライダーも霊体化する。
――どうしよう。
私は今、どんな顔をしているんだろう……?
それから私は、兄さんの言い分に従って早めに寝付く事にした。
どうやら熱がぶり返してきたみたいで、これでは戻ってきた先輩たちを余計に心配させてしまうと思ったからだ。
明かりを消して布団に潜り込む。
そして、部屋の隅にいるはずのライダーに声をかけた。
「……ライダー。今から先輩のところに行って」
(……宜しいのですか?)
「ええ。だってライダーがここいても、私はおじいさまを前にしたら何もできないし、だったらライダーが向こうに行ってくれれば、少しは役に立てるでしょう? 決断は少し遅くなったけど、きっと大丈夫。何かあったら、絶対に先輩を守ってね?
……それとキャスターさんとは、あまり喧嘩しないように」
(……前者は承知しましたが、後者はどうでしょうか。ともかく了解しました。――それと桜、おやすみなさい)
そう言ってライダーは離れていった。
……あぁ、今の私って、どういう私なんだろう。
先輩に選ばれたって事なのかな? 家族の味方って、私も含まれているって事なんだよね?
それなら先輩。私は先輩を信じます。
先輩も、兄さんも、先輩の家族のイリヤちゃんも、それに……姉さんも。
みんなが先輩の家族だと言うのなら、きちんと先輩はみんなを守ってくれますよね?
……無謀だとは思います。無理で無茶だとも思います。
それでも私は、信じる事しかできなくて、ごめんなさい。
――あ、またやっちゃった。
私はもう謝りません。私は決めたんです。私は先輩のために戦うんだって……。私も、家族だと思える人たちを守りたいんだって……だから、もしその時が来たら、私は私を――す事が出来るでしょうか?
――こわい。
瞼を閉じる。ただ心中に渦巻く暗黒は、色なき世界で黒く濁り始めていた。
◇
――瞼を開く。
そこは西洋風の豪奢な寝室で、まるでお嬢様の子供部屋みたいなところだった。
「……っ」
脳が揺らぐ。眩暈がする。
吐き気はないが、自分が誰であるのか不明瞭にさえ思われるほど混乱していた。
「……俺は、アイツとは違う。絶対に違う。だから大丈夫だ。アイツはただ、俺に力を遺してくれただけなんだから……」
重い体を持ち上げて、ベッドから床に足を付ける。
「――っ。立てない……」
体を動かす事や物を持つことは出来たが、足に力が入らなかった。
……全身が気怠い。
ほら、あれだ。目を覚ました時に、腕を圧迫して血流が遮られて麻痺してしまい「なんか腕がくっついているだけ」のように感じられるアレだ。あの麻痺が足に起こっている感覚に近い。ぶらぶらと足が、股の付け根からぶら下がっているのだ。
「……イリヤー?」
とりあえずイリヤの名前を呼んでみる。
なんでイリヤの名前を呼んだのかというと、この部屋が前に視覚共有で見せてもらったイリヤの部屋と瓜二つだったからだ。
しかし返事はない。さて、どうしようか。
「……
適当に杖となるものを投影してみた。
無駄な魔力を使ってしまったが、必要だと思ったから仕方ない。周囲に体の支えになるものはなかったし。
それにしても投影がスムーズに行えた事に自分でもびっくりする。
はて、この分なら、今すぐにでも色んなものを投影できそうだ。
……廊下に出ると、めちゃくちゃ広くてびっくりした。
さすが本物のお城だ。ただの廊下でもスケールが全然違う。
「おーい。誰かー?」
……俺の声が廊下にこだまする。
だというのに返答の一つもなしとは、どれだけこの城は広いんだ?
「……って、そうだよ。馬鹿か俺は。――キャスター?」
呼びかけに応じて、キャスターが実体化する。
「なんです、マスター?」
「……お前、わざと黙ってただろ……」
「ふふっ。さぁて? 出る必要を感じなかったもので。まさか私がいないとお外を歩けやしない坊やじゃないわよねぇ?」
「あのなぁ……」
くそう。なんか良いようにからかわれている。
完全に昨夜の件で上下が逆転しちまった。……いや元からか?
そのままキャスターと一緒に広い廊下を歩いていく。
「……なぁ、キャスター。お前、俺とアーチャーの関係について、もしかしてずっと前から知っていたのか?」
「……確信はなかったですけど、似ているとは思っていました。珍しい魔術特性が二つも同じ場所に集うだなんて、珍しい事もあったものだとね」
そうか。それじゃあ遠坂のやつも、なんだかんだ勘づいてはいたのだろうか。
「って、そうだ……遠坂のやつ、大丈夫かな?」
なんか自分のサーヴァントが勝手に特攻して勝手に消滅したんだ。それもたぶん、俺のせいで。
だから遠坂と顔を合わせるのが少し怖かった。こう……何かアーチャーを失った代わりに対価を求められそうで……。
「あぁマスター。こっちに人の気配を感じます。この魔力量はイリヤスフィールかと」
キャスターの誘導に従って、教えられた扉を開く。その先は、なんとダイニングルームだった。
乳白色の室内。その中央には洒落た真四角のテーブルに、三人分の椅子が置いてあった。
その椅子の二つばかりに座っていたのは遠坂とイリヤ。
テーブルの上にある食事にはまだ手がつけられていない事から、どうやら今から夕飯を食べる場面らしかった。
「あ、シロウ起きたんだ! 良かったー! ほら、今からシチューを食べるところだったの! 隣に座ってー!」
「あら、おはよう衛宮くん?」
「お、おう……」
俺はイリヤの笑顔に笑顔で返しながら、わざとらしく衛宮くん? なんて呼ぶ遠坂から目を逸らして椅子に座る。
それからは、とても平和な夕飯が始まった?
「――って待てい! え? このまま普通に食事して良いのか? あのギルガメッシュの件とか、アーチャーと俺の件とか、ソニアの事とか、そういうのは?」
「あぁ、あの金ピカの事は知らないけど、アーチャーの件は……別に、何か言うべき事もないわ。あいつ、ただ自分の役目を果たしただけだもの」
それだけ言って遠坂は、さも平然とシチューを食べ始めた。
……それは嘘だ。
だってアーチャーは、マスターを完全においてけぼりにして逝っちまったんだ。
何か守護者だとか何だとか言っていたけど、あいつが一方的に遠坂を裏切る形になってしまったのは事実なんだ。
……まぁ、あいつだって好きに選んだ道じゃないだろうけど……。
「……もう。士郎がそんなに気にする事じゃないわよ。それよりあんたは自分の事を心配なさい。ほら、杖なんて持ってるけど、もしかして満足に歩けないの?」
「あぁ。ちょっと気怠いだけだよ。たぶん、もうひと眠りすれば治るさ」
それから特に話す事もなかったようなので、腹も空いたからスプーンを片手にシチューを掬って食べ始める。
「……んっ。なかなかうまいぞイリヤ、もしかしてシチューとか好きなのか?」
「う~ん。まぁ、普通かな。……でも、シロウのシチューなら好きになるかも?」
「――なっ!」
正直、それはかなりの不意打ちだった。
少し照れながら、俺のシチューなら? とか。
まったく、イリヤはどこでそんな男の料理人を一発で転がすセリフを覚えたのか。
イリヤの顔が見れなくなっちまったじゃないか。
――自分が気恥ずかしくなっているのを隠すため、シチューをかっ食らう。
「……って、この皿。高級品だけあって、ものすごく小さいな……」
まるで猪口だ。何回か匙で掬っただけで食べ終わってしまう量だぞこれは。
上品な皿だけど、実用には向いていない。
「おかわりあるよー? セラ!」
「かしこまりました」
そこで俺は、壁際にメイドがふたり佇んでいる事に気づいた。
セラと呼ばれた女の人が、俺の皿を取ってシチューを入れてくれる。
もう一方の女性は、まるでお人形のように、じっと虚空を見つめて立ち尽くしていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
そして夕飯のシチューを食べ終えた俺は、今度はイリヤに大浴場を勧められた。
そこで俺は、ようやくあることに気がつく。
もしかしてイリヤは、この前のお返しとばかりに、俺を歓待してくれているのではないかと。
確かに次はイリヤの城に呼んでくれと約束したが、今日はそのつもりで来たわけじゃなかったのに……。
「――はぁ……きもちいい……」
まぁ歓迎されているというのは悪いことではないので、至れり尽くせりを味わう。
ちなみにキャスターには、きちんと廊下で待機しておくように言っておいた。
無論、忘れたわけではない。今も俺の家では、桜や慎二が俺の帰りを待っているだろう。
それでも今日中に帰るとは言ってなかったし、どのみち満足に歩けない体なので仕方ない。
風呂を出る。
するとメイドの一人に声を掛けられた。セラという人とは別の人だ。
「イリヤ、呼んでる。来て」
「え? あ、はい」
妙に片言なメイドさんに腕を引っ張られて、俺が最初に目覚めた場所に連れてこられる。
「イリヤ、シロウ。連れてきた」
「ありがとう、リズ」
部屋に入ると、壁際にはセラというメイドの人もいて、ソファにはイリヤが腰をかけていた。
……だが、イリヤのその顔色を見て、俺は動揺した。
なんと真っ青なのだ。夕飯を食べていた時は、あんなに元気いっぱいだったのに……。
「イリヤ……具合でも悪いのか?」
「あ、その……実はね。今さっき、魂が四騎分、わたしの中に溜まっちゃって……」
……?? 魂が、四騎分とな?
「えーっとね。つまり、わたし……シロウと話がしたくて呼んだんだ」
「あぁ。それは判ってる。俺もイリヤに聞きたいことがあったからな。まぁ、まずはイリヤからで」
そう言うとイリヤは息を吸って、吐いて……何かの緊張をほぐしながら、ようやく俺に問いを投げた。
「――あ、あのさ。シロウは、さ。……本当に、わたしの事を家族だと思ってるの?」
「あぁ。当たり前だろ」
即答する。
何を聞かれるかと少し身構えていたが、なんだ。本当に簡単な事だった。
「――――わたしが、エミヤキリツグの娘でも?」
「…………え?」
――少年は
「……っ!」
脳裏に、俺のじゃない記憶が流れ込んでくる。
これはアーチャーの固有結界が発動していたときに見た、あの物理的な過去の映像だ。
まるでホログラムのように身近に感じられて、気味が悪かったのを覚えている。
――だが、今はそれよりも……。
「なんでさ。イリヤが切嗣の娘……って言うのは、少しというか、かなり驚きだったけど。……って、ホントにそうなの!? ――――って聞き返したいくらい衝撃だったけど……え、マジか。……って事は、俺とイリヤは兄妹だったって事になるのか……?」
「うん。でも、それを言うなら…………姉弟って事に、なるのかな……?」
……? 姉弟? 姉と弟? ……兄と妹ではなく?
「え、イリヤ。おまえ何歳なんだ?」
イリヤの話を全て信じるとして、俺は気になった点を訊いてみる。
すると壁際から、セラというメイドの人が急に怒鳴り込んできた。
「ちょっとそこのあなた! イリヤお嬢様に失礼ではありませんか!」
「え、えぇ!? す、すみませんでした……あぁいや確かに、女の子に年齢を聞くのは失礼……?」
「なんでそこで疑問形なのですか!」
「もう、セラ。別にいいから黙ってなさい。……えぇ、シロウ。わたし、実はシロウよりも年上なんだよ? それに、そんなに驚く事ないじゃない。だってシロウ。昼間見たアーチャーの過去で、全部知っちゃったんでしょ?」
「……だから、話してくれる気になったのか? アーチャーの過去を見て、イリヤが俺の姉だと知ってしまったから、こうして……?」
――俺は目を覚ました時から、アーチャーの過去については、あまり深く考えないようにしていた。
その中にセイバーの真名だとか、――と――が変わり果ててしまった姿だとか、そういうのを思い出したくなかったから、俺はそれを封印しようとしていた……。
「そうよ。だってシロウ。夕飯は露骨にわたしの顔を見るのを避けてたじゃない」
あ。いや、あれは、ちがくて、だな……。
「だから。シロウの方から訊いてこないなら、もう全部打ち明けちゃおうかなって……」
「そうだったのか。……もしかして、後悔したか?」
「え? ううん。だってシロウ。わたしはシロウの家族だって、ハッキリ言ってくれたから!」
その、過去の何かを振り切った悲哀と、嬉しさの顔つきが、ひどくいびつで……。
「――イリヤ。もし良かったら俺の家に来ないか? あそこの暮らしと比べたら、ここのお城の方が良いかもしれないけど……それでも俺はイリヤと一緒に暮らしたいと思っているんだ」
――アインツベルンと衛宮切嗣の確執。
それをまるっきり無視して……否。解消も無視も何も、それは俺とイリヤには、なんの関わりもない事なんだから、何も変な言い分じゃない。
「……それじゃあさ。今からでも良いから。わたし、シロウと一緒にどこか遠くに行きたいな……」
――――あぁ。ごめん。イリヤ。残念だけど、その話は聞けない。
だけど、イリヤが聖杯戦争自体を投げ出して、俺と一緒に逃げても良いと言ってくれるような、本当は戦いなんてしたくない女の子だってのが判った。それだけで俺は嬉しかった。
それでも俺は、イリヤという少女を戦場に連れ立って行かなければならない。
「ごめん、イリヤ。それは無理な相談だ。俺にはイリヤだけじゃなくて、桜もいる」
果たして、この選択は正しかったのか。
俺には妹のような姉がいた。かたや妹のような後輩は、いま彼女が生き続けているせいで街の人々は死に絶えている。
……俺は家族を守ると誓った。どちらも血はつながっていない。血縁なんて関係ない。
ただ、人としてのつながりを俺は尊んだ。
「――うん。シロウなら、きっとそう言ってくれると思ってた!」
「うわっ!」
突然イリヤは、俺の胸に飛び込んでくる。
おいおい、机を踏むのは行儀が悪いぞ……?
「それじゃあ、イリヤ……?」
「うん。今日はちょっと動けないから、お引越しは明日にしよう?」
……動けない?
そのセリフが少し気になったが、きっと昼間の戦闘で疲れているのだろう。
「判った。それじゃあ、そういう事で。話はもう終わりか?」
「あ……えっと。……シロウはさ、わたしのこと、もっと知りたい?」
「もっと? もっと何かあるのか……?」
「うん。例えば――――わたしって、本当は人間じゃないのよ……?」
ふと、イリヤはバーサーカーに俺を襲わせた時のような、邪悪な笑みを浮かべる。
それにしても、人間じゃないとはどういうことで?
俺はアーチャーの過去を探ってみる。探ってみるとは言っても、いきなりヒトの生涯を全部見せられたから、そこまで色んなことを同時には覚えられないと言いますか……。
「えへへ。正解は、ホムンクルスでしたー!」
「え! ……えーっと、それはつまり?」
俺の切嗣は、ホムンクルスだった――? って、そんな事あるわけない。
となると?
「キリツグは人間だよ? ただ、わたしのお母様が前のホムンクルスだっただけ。あっ、ちなみにセラとリズも双子のホムンクルスなんだよ」
――なんと。
普通は驚くべきところだが、アーチャーという最大のネタバレを食らっているため、そんなに驚かない驚けない。
それから俺は、次々とイリヤに真実を伝えられる事で「あぁ、そう言えばそうだったな」という奇妙な体験を連続して味わった。
それはまるで、未来の情報を今、思い出しているような、本当に奇妙な感覚。
これは正夢? デジャブ? そのどれにも似ているようで、若干違うようにも感じられた。
とにかく未来を思い出す、なんて変な言葉が似合うくらいの不思議な体験だった。
「それでね。極めつけは、なんと! イリヤスフィール・フォン・アインツベルンその人は!」
「その人は?」
「せ・い・は・い・なのでしたぁっ!」
「――――聖杯?」
「そうだよ。厳密には小聖杯の器がわたしなの。英霊という魂を回収する器でもある」
「――――っ……えっと、つまりイリヤは、そうか。確か魂を回収しすぎると人間としての機能を……だからさっき魂四騎分とか言って、疲れた顔をしていたのか」
「うん、そだよ。すごいね、シロウは。名称を言うだけで説明できちゃうなんて!」
「いや、だからそれはアーチャーの過去を全部見たせいであって……」
もうほんと。アーチャーが生前何度風呂に入ったかだとか、どこのホテルのシェフとメル友になったのかだとか、つまるところ全部とは文字通り全部という意味だ。
そういったものを見てしまったんだから、覚えきれていなくとも、名前を出されて思い出す事もあるということだ。
「あぁ。そっか。そだね。……でもシロウ。アーチャーは、シロウとは違うよ」
「……あぁ。判ってる。他人の人生を逆しまに追体験しちまったんだ。だからイリヤは、俺自身がアーチャーだと錯覚しないように気をつけろって言いたいんだろ?」
「うん。判っているならいいの。だから、同じ未来にもならないから、わたしを見て気に病まなくてもいいんだよ?」
――――それは、アーチャーが救えなかった姉妹のことを言っているのか。
あの固有結界の中にはイリヤもいた。だからイリヤも、自分の成れの果てを見てしまっている。
……まったくアーチャーのやつ。イリヤにあんなものを見せて、気をつけろとでも言いたいつもりだったのか?
「……イリヤお嬢様。そろそろご就寝の時間です」
「え? もうそんな時間なの?」
時計を見る。時刻は九時を回っていた。なかなか健康的な睡眠サイクルで……。
「……! うん! それじゃあシロウ、いっしょに寝よう?」
「よし、それじゃあ俺はおいとまするから……」
――――?
いま、イリヤおねえさまは、いったい、なんとおっしゃっられたのか?
「…………だめ?」
その愛玩動物が上目遣いで主人を射殺すような眼っ!
デビルだぜ……。こいつぁバーサーカー並みのデビルだぜ、このしろいあくまは……っ!
――――待て、小さい女の子相手にこんな……というか妹、じゃなくて姉相手にこんな……いや、待て、この記憶はなんだ?
スポンジ? うわああああああ連想とかアーチャーの野郎!
頭を抱えて恥ずかしい過去にもだえる。
それは衛宮士郎自身の過去とアーチャーの過去で二度おいしいじゃなくて二度すっぱい!
「う……ぐ……俺、こんなキャラだったっけ…………?」
――なんだろう。何か、このあとかなりやばい展開が待ち受けている気がする……。
「……ねぇ、シロウはわたしと一緒に寝たくないのー?」
「いや、そういうんじゃないぞイリヤ。ただな、これは……」
これは、俺が勝手にドキドキしているせいだ。
そう、イリヤのせいではない。
俺がまだまだ修行不足で精進が足りない未熟者なせいなんだ。だから許せ、イリヤ……。
「……シロウ?」
「うぐっ――――」
どうする?
俺は、俺は――――
『イリヤと一緒に寝る』
『イリヤにドキドキしているから無理だと伝える』
/了
最初で最後の分岐が出ました。一方は全年齢対象版。もう一方は十八禁。
さぁ、十八歳以上の幼女の体に性愛を感じるロリコンどもよ。
ここは健全に、合法ロリの肉体美に溺死しろ!