※この作品はR-18です。

Fate/stay night : 2.5i+3.10i+BERSERK = The Future Remember   作:形のない者

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二月十日

 朝。

 まどろみの中、腕に確かな暖かさを感じながら目を覚ます。

 俺の腕の中には、心地よさそうに眠っているイリヤがいた。

 

「……おはよう、イリヤ」

 

 吐息が胸に掛かる。それくらい近い。というか密着している。

 何故こんなにも近いのかと疑問に思うと、同時になるほどと思った。

 どうやら俺がいつの間にか、イリヤと共有している布団を独り占めしてしまっていたらしい。

 眠りの中の無意識だったとはいえ、悪い事をしてしまった。

 

「……むっ。さむいよ、シロウ……」

 

 だからイリヤは暖を取ろうと、俺に擦り寄ってくる。

 

「――っ。す、すまない、イリヤ」

 

 まだ眠たそうにしているイリヤ。

 俺としてはそのままにしてあげておきたいが、そうも言ってられない。俺の腕はイリヤの頭に固定されているし、体だってイリヤの手が回っている。つまり身動きがとれないのだ。

 さらに、その……健全な青少年の朝は色々とあるもので……あれ、これ結構やばいんじゃ?

 

「い、イリヤ、ちょっと……」

 

 まずい。まずい。何がとは言わないがまずい。

 自由な左腕を使ってなんとかイリヤを引き剥がそうとする。よし、これなら――――

 

「ぅ……」

 

 ――これなら……ダメだった。

 優しくイリヤの頭をすくい上げて、枕となっている俺の右腕を救い出してやりたかったのだが、なんとイリヤはその腕枕をガッチリと両の手の平で掴んでしまったのだ。

 さらに俺の腕に手を回して、胸にまで抱き寄せて……!

 

「ち、ちょ、イリヤ……!」

 

 静かに優しくゆっくりと、しかし急いで腕を引き抜こうとする。

 なんとかイリヤの絡めとりから逃れて、いざ脱出!

 だが、今度のイリヤは俺の裾を掴み取って、断固として離れるのを許さなかった。

 

「……って、イリヤ。起きてるだろ、それ」

 

「――ふふっ。おはよう、シロウ!」

 

 その朝一番の目覚まし笑顔。

 

「おはようイリヤ。それじゃあ顔を洗いに行こう。それから朝飯食って、」

 

「お引越し、だね?」

 

 俺たちは家族になったんだという了解を交わして、ベッドから起き上がる。

 

 

 

 それから俺たちは洗顔を済ませて、朝飯のために食堂に赴いた。

 食堂で遠坂と合流し、朝食を取りながら、今後の方針について話す。

 

「わたし、これからは士郎の方に付くから」

 

 開口一番。そんな事を言ってきた遠坂。

 

「……はい?」

 

 その言葉に、俺はまだ起きたばかりで頭が回っていない事もあってか、自分でもどうかと思うくらい素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「……だーかーらー。わたしはもうアーチャーを失ってマスターじゃなくなったの。それでもわたしは冬木の管理人として、遠坂の現当主として、今回の聖杯戦争は放っておけない。だから少なくとも、黒幕だろう間桐臓硯と敵対している衛宮くんにつくのは、あながち間違っていないんじゃなくて?」

 

 ……あー。その、つまり?

 

「つまり遠坂は、俺たちの味方になってくれるって事か?」

 

「そうよ。わたしは出来る限り士郎をサポートするから、大船に乗った気でいなさい。……それでも勘違いしないで欲しいのは、わたしはまだ桜の事を諦めたわけじゃないって事ね」

 

 ……それは、桜を助けるという事を、ではなく。

 桜を殺す事だと、遠坂の眼光に射抜かれて理解した。

 

「言っとくけど遠坂。そんな事は絶対にさせないぞ。姉たる者が妹を殺すだなんて言うなよな」

 

「はぁ……。そんなのいちいち言われなくても判ってるわよ。今のはただ、わたしのスタンスを明示しただけだから。不意打ちで桜を殺すつもりなのかとか、そういう事は考えなくてもいいから!」

 

「遠坂、不意打ちするのか?」

 

「…………。それで、残るサーヴァントは士郎のキャスター、桜のライダー、イリヤのバーサーカー、間桐臓硯のアサシン。そして殺られたはずのセイバーが間桐臓硯の手駒としてある。――あと、ガッツについては論外で進めるわ」

 

 ……なんか無視された。

 どうやら俺はまだ本調子ではないらしい。それでも今の遠坂の話の中で、一つ気付いた事があった。

 

「なぁ遠坂、おまえ、ガッツの事を知っていたのか?」

 

「えぇ。前回の聖杯戦争で、いっときでも一緒に死線をくぐり抜けた元仲間ですもの」

 

「な――っ! ……ええっ?」

 

 前回、一緒に戦った、元仲間……?

 

「と、遠坂。聖杯戦争に参加するのは、今回が初めてじゃなかったのか!?」

 

「もちろん初めてよ。マスターとして戦うのはね?」

 

 ……うわっ。なんかすごい言葉のマジックを聞いた気がする。

 

 俺が聖杯戦争に巻き込まれた夜。

 遠坂が魔術師だと知って、それから親身に聖杯戦争の事を説明してくれたときの事を思い出す。

 そのとき遠坂は確かに「聖杯戦争に参加するのは今回が初めて」と言っていた。でもそれは「マスターとして」であって、おそらく前回は何か別の理由で参加したという事なのだろうか?

 

「まぁわたしの事はどうでもいいわよ。一応忠告しておくと、ピンチの時にガッツを頼ろうだなんて思わないようにしなさい? 肝心な時にいなくて、必要じゃないときに出しゃばるのが、あいつの悪い癖なんだから」

 

 ……その遠坂の言い方で、俺は遠坂とガッツの間には何か並々ならぬ関係でもあったんじゃないかと、不必要に勘ぐってしまった。

 

「ふぅ……ごちそうさま。イリヤ。今日も豪華な料理をありがとね」

 

「どういたしまして、リン。――ところでリンの言い分を聞いていると、リンはシロウの味方をするのであって、わたしの味方にはなってくれないようだけど?」

 

「そんなの当然でしょ。あんたと士郎が実は姉と弟だったって判っても、聖杯戦争として一度敵対して殺し合った仲なのよ? そんな一朝一夜で関係が改善するわけ――」

 

「あぁ、その事なんだけど遠坂。今日からイリヤとセラさんとリズさんは俺の家に来ることになったからな。家には慎二も桜もライダーもいて、たぶんいくらうちでも狭くなるだろうけど、そこらへんは勘弁してくれよ」

 

 そうだそうだ。今日から遠坂も俺の家に入り浸るとなると、イリヤたちの事も伝えておかなければならないだろう。

 それにしても、俺の家も大所帯になったものだ。

 ……いや、こんなに大人数がうちに住まう事になっても、まだ部屋に空きがある点を突っ込んでおくべきか?

 

「改善するわけ――――改善……って、えっ。士郎、いまなんて?」

 

「ふふん。リン、そろそろ理解したらどう? わたしとシロウはねー。もうすでに同じベッドで一緒に寝ちゃうような仲なんだからねー!」

 

「――ぶふぉぅっ!?」

 

 いやいや待てイリヤ。そういうのはな、人様に堂々と自慢するものではないんだぞっ!

 

「……へー。……、一緒に、ねぇ……?」

 

 ほれ見ろ、あの遠坂に白い目で見られちまっただろ!

 ……それにしても遠坂に白い目で見られるってのは、結構傷つくもんなんだな……。

 

「まったく衛宮くんは一体どんな方法でイリヤを懐柔したんだか。このすけこまし」

 

「すけこまっ……!」

 

 ぐぬぬ……どうやら遠坂からの俺の評価は、すけこましで固定されてしまったようだ。

 

 

 

 それから俺たちは朝食を終えて、城のロビーに集合する。これから俺たちの家に帰るのだ。

 

「よし、そろそろ帰るぞイリヤ」

 

「うん。あ、あとセラとリズは遅れてくるって」

 

「……ほんとにあんたたち、遠足帰りのような感覚で行くのね……」

 

 ロビーから両扉を開けて外に出る。

 寒気がなだれ込んできて、森が広がる光景を見据える。

 

「行くか」

 

 一歩足を踏みしめて歩き出す。俺の後ろにはイリヤと遠坂が。

 さらにこっちにはキャスターとバーサーカーもいるんだ。

 

 俺だって戦えるんだし、何が出てきたってイリヤを守りきれるはず。

 

 

 

 そうして俺たちは森の中を歩き、国道線に出るまで数刻を掛けていると。

 

                                    「■■―■―■」

 

「――っ、士郎!」

 

 ――――死を直感するダミ声が、あまりにも唐突に森の中でこだました。

 

(――マスターっ!)

 

 実体化したキャスターは、俺の前に躍り出る。

 その小さな体には、突如として死角から伸ばされた死の腕が触れていた。

 

「キャスター――ッ!」

 

 唐突に現れたアサシン。攻撃する瞬間まで働く気配を遮断するスキル。

 それも即死性のある宝具をいきなり使ってくるなんて、これはいくらキャスターでも……!

 

 ……しかし、キャスターの体とアサシンの腕の間に、回路がショートするような黄金の魔力の火花が散った。

 これは抗魔力! キャスターの高い魔力が、なんとかアサシンの宝具を弾いたのだ!

 

 それからアサシンは暗殺失敗を悟り、即座に戦線から離脱していった。

 

「っ――まったく死んだかと思ったじゃない! それよりマスター。気をつけて。アサシンが出てきたということは……」

 

 すなわち、泥影の奴隷となったサーヴァントが現れるということ。

 俺たちの行く手を遮るように、少し先の落ち葉を呑み込むように、黒い渦が生み出される。

 ブラックホールのように底なしで、周囲のものを侵食しながら、ゆっくりと金髪の黒騎士が浮き上がってきた。

 

「……っ。セイバー……!」

 

「――バーサーカー。出てきなさい」

 

 イリヤの命令に応じて、バーサーカーが実体化する。

 

「待て、イリヤ。バーサーカーはダメだ。言い忘れていたけど、サーヴァントがあの影に触れたら一発でアウトなんだ」

 

「えぇ。リンから聞いているわ。でも大丈夫よ。わたしのバーサーカーは強いんだから。……行け、バーサーカー!」

 

「■■■■――――!!」

 

 雄叫びをあげるバーサーカーは、猪突猛進とセイバーに吶喊する。

 

「待て、バーサーカー!」

 

 狂戦士を相手に言葉で戦いを止めるのは不可能だ。

 けれどイリヤは絶対の自信を以てセイバーを潰しに掛かる。

 

「士郎。敵はセイバーだけじゃないわ。マスターである間桐臓硯も近くにいるはず……」

 

「そうね。だからマスター。セイバーとアサシンはバーサーカーに任せて、私たちは速くここから離れなければ……」

 

 判ってる。判っているけど……何か、とてつもなく嫌な予感がした。

 背筋に悪寒が走る。これは、この感覚には覚えがある。

 振り返るのがこわい。アレを目で見ることに絶対の恐怖を感じる。

 物理法則ではどうにもならない圧倒的な強さを持つ何かが迫ってきている。

 

 ――森の中。

 陽射しは木陰に遮られている。

 それでもわずかな木漏れ日の“消失”を、俺たちは見逃さなかった。

 

「――――みんな、走れッ!」

 

 気づけば恐怖に呑まれながら叫び、俺はイリヤを抱いて飛び退った。

 

『――ッ!?』

 

 遅れて遠坂とキャスターも、背後から俺たちに覆い被さろうとする闇を躱した。

 その闇は濁流のごとく俺たちが今までいた場所を流れていき、それはバーサーカーの足元になだれ込んでいた。

 

「■■■■――――、――――!」

 

 セイバーと爆撃の如く打ち合うバーサーカー。

 しかしバーサーカーは、背後から迫り来る死の奔流をどうやって悟ったのか。

 その巨体には似合わない跳躍で、木の上を飛び越し回避した。

 

「すげっ――」

 

 思わず出た感想。

 だが、そんな事を悠長に呟いている暇はない。

 

「イリヤ、すぐにバーサーカーを戻せ! ここは逃げるが勝ちだ!」

 

「え、でも……」

 

 イリヤの手を引っ張って走り出す。後ろからは遠坂とキャスターも付いてきていた。

 だが、それをセイバーとアサシンが逃すはずはない。

 

 まずは鉄砲玉として、アサシンが跳ねながら急接近してくる。

 

「キャスター、イリヤを任せた!」

 

「それはアサシンもというやつかしら!?」

 

 当然だ。いくら俺でもサーヴァント二体を相手に出来るわけがない。

 

 ――――投影、開始(トレース・オン)。

 

 干将・莫耶を投影し、俺はセイバーを見据えて真っ向から突き進む。

 そこに、アサシンのダークが飛び込んできたとしても――――

 

「Ἄτλας」

 

 ――キャスターを信じて特攻する。

 その呪文は重圧の結界となり、飛び込んでくるダークの動きを止める!

 

 そのまま走り込んで、俺はセイバーと打ち合う。

 キャスターにはアサシンを足止めしてもらい、その間に遠回りをして、遠坂とイリヤが抜け出してくれれば――――

 

「させぬわ、戯け。いいように出し抜かれてやると思うたか」

 

 その醜悪極まりない喉笛を鳴らした声に、俺は一瞬だけ戦慄する。

 同時に、パスから異常を感じるほどの感情の揺れが、魔力として伝わってきた。

 

「憎しみは、時に剣筋を鈍らせますよ、シロウ」

 

「――ッ!」

 

 刹那、セイバーの踏み込みをギリギリで弾く!

 

「ッ、ア――!」

 

 違う。今のは俺の感情ではない。キャスターのものだ。

 後ろを振り返ることが出来ないけど、おそらく遠坂たちは今、臓硯と対峙している。

 

「ここで私の下まで駆け込んできたのは、少し下策でしたね。それでも嬉しいのは確かだ。私を相手にできるのは、この中ではシロウ。貴方だけですからね」

 

「……セイバー。どうして……どうしてお前は、そっちに付いているんだ。操られているのか? 間桐臓硯を倒せば、お前は助かるのか?」

 

「……いいえ、シロウ。この状況で希望を求めるのは無意味だ。貴方も、それは判っているだろうに。私はただ、己が内面と向き合った末、此処に居る」

 

 ――後ろで遠坂の詠唱と共に爆発が起きた。どうやら魔術戦を繰り広げているらしい。

 

(マスター! そろそろ魔力の限界です! アサシンとこれ以上は……!)

 

「……っ」

 

「そうです、シロウ。ここは退くのが正しい。この状況を切り抜けるには、必ず誰かが囮にならなければならない。私とアサシンを相手に十分持ちこたえてくれる、そんな誰かが……」

 

 一歩、足を踏み込み、セイバーと鍔迫り合う。その反動を利用して、俺は後ろに飛び退る。

 次の瞬間、まるでそのタイミングを見計らったていかのように、頭上からバーサーカーが降ってきた。

 

「■■■■――――!」

 

 その剣戟は風林火山。

 一薙ぎで颶風を巻き上げ、林を薙ぎ倒し、競い合う刃は火花を散らせ、バーサーカーは山のように押されない。

 しかしセイバーの方は、どこからそんな莫大な魔力を引っ張ってきているのか。

 常時魔力放出状態で、バーサーカーと渡り合っていた。

 

 セイバーの相手はバーサーカーに任せて、俺はキャスターの助太刀に向かう。

 だが、アサシンは速射性の宝具を持っているため、安易に近付くのは一秒後の死に繋がる。

 ゆえにここは――――互いに引き合う性質を持つ、干将・莫耶を投擲する!

 

「なぬっ?」

 

 先ずは白刃の一投。それをダークで弾かれる。

 東側に逸れていったのを見届けて、続けて黒刃を一投する。

 

「無駄な事を……」

 

 それすら容易く弾かれた。しかし投げつけた干将・莫耶は、木々の間をどうすり抜けてか。

 雌雄陰陽夫婦剣は、互いに巡り合いすれ違うため、アサシンを交錯点として行き違う!

 

「――なにぃ!」

 

 アサシンの肩と脇腹に切り傷が付く。だが、それは掠った程度であまりに浅い。

 それでも魔性に対する特攻がある干将・莫耶は、思いのほか効果があったようだ。

 

「ギィイイイイイヤャーァアアアアア――――!!?」

 

 切り傷からジュージューと焦げ目をつけて、アサシンは地を転がる。

 俺はそのまま飛び交う干将・莫耶をキャッチして、そのまま遠坂の加勢にも向かう……!

 

「遠坂!」

 

「士郎!? ダメよ。あなたはイリヤを連れて今すぐここから離れなさい!」

 

「な、何を言うんだ遠坂!」

 

「このクソ爺が、いま正直に白状してくれたのよ! ――こいつの狙いは、イリヤよ!」

 

 ――――そうか。つまりこいつは……。

 

「クカカカッ。左用。儂の狙いは黄金の聖杯ゆえな」

 

 その言葉によって脳裏を過ぎったのは、誰とも知らない後悔の念だった。

 

 ――少年は姉妹(かぞく)を救えなかった――

 

「――ッ!」

 

 黄金の聖杯。それはアインツベルン製の聖杯のこと。その小聖杯とはイリヤのこと。

 ……つまりこいつは、また俺の守りたいものをッ!

 

「だったら遠坂、お前も早く!」

 

「ま、待ってよシロウ! まだバーサーカーが……」

 

「ダメだイリヤ。敵の狙いがお前だと判った以上、ここに留まるのは分が悪い。バーサーカーなら大丈夫だ。セイバーの足止めをして、十分距離をとったら令呪で呼び戻せばいい」

 

 それは無理な相談だった。

 いくらバーサーカーでも、あのセイバーに真っ向勝負では勝ち目がない。

 いや、あのセイバーにまとわりついている影には、か。

 

「クカカッ! ……では、先程は避けられてしまったが、今度はどうかな?」

 

 その舌舐りは、猟犬を相手に兎がどこまで逃げられるか賭けをする猟師のようだった。

 森の奥から、どこへなりと消えていったあの泥影の濁流が、再度押し寄せてくる。

 

「イリヤ!」

 

 俺は無理やりイリヤを引っ張って走り出す。このままでは遠坂もキャスターもバーサーカーも巻き込んでしまうからだ。

 そして案の定、迫り来る泥影は、イリヤを追いかけて進路を変える。

 木立を呑み込みながら押し寄せてくる泥影の波。

 逃走経路の確保なんて端から無駄で、ただ少しでも生き延びる時間を稼ぐために走ったようなものだった。

 

「む、むり! シロウ、にげられない!」

 

 すぐそこまでなだれ込んできている泥影の奔流。それでも高度は俺の腰ほどもなかった。案外厚さは薄いのかもしれない。

 こうなったら俺がイリヤを持ち上げて、半身泥に浸かりながらでも耐えるしか……!

 

「イリヤ、持ち上げるぞ!」

 

「え?」

 

 恥ずかしいとか言っている場合ではない。

 俺はもう肩車でもするかという勢いでイリヤを持ち上げて、結果、まるで担ぎ上げているような体勢になった。

 顔のすぐ横に、イリヤのまあるいお尻がある。

 

「ちょ、シロ――!」

 

 イリヤが何か文句を言おうとした瞬間、俺の膝より下は――――文字通り何(・)も(・)失(・)く(・)な(・)っ(・)た(・)。

 

「ふ――――ぐっ!」

 

 足が、ない。足がない。

 足が、取られた。足が奪われた。

 

 それはつまり、このまま倒れるという事で……。

 

「っぁ――ふっ――うごアアア!」

 

 根性で立つなんて無理だ。片腕でイリヤを担ぎ、もう片方の手で、近くに有る木の幹を支えにする。

 そうして俺は、両足より先の感覚が無いというのに立ち続ける。

 

「マスター!」「士郎!」

 

 ダメだ、近付くな、近付けば――――モッテイカレル!!

 海浜公園で泥の影に呑まれたときよりヤバイ。

 あのときは何かに守られているような感じがしたけど、今回それはない。

 だから、これは、かなり――――

 

「■■■■――――!!」

 

 突然、爆弾が爆発でもしたのかという雄叫びを耳にして、気絶しかかっていた意識が呼び戻された。

 セイバーと戦っていたはずのバーサーカーが、突如として踵を返し、こちらに突っ込んでくる。

 ――待て、そのスピードでは、俺とイリヤを轢き殺さないかそれぇ!?

 

「ば、バーサーカー、何を、だめぇ――!」

 

 森にイリヤの悲鳴が轟いた。だが、その叫びもすぐにバーサーカーの雄叫びにかき消された。

 そのときのバーサーカーの雄叫びは単なる吶喊ではなく、何か意味が込められていたように感じられたのは、果たして錯覚だろうか。

 

 泥影の水面に足を取られた俺と、なんとか俺の上に乗っかって無事なイリヤ。

 そこに突撃してくるバーサーカーは、斧剣を持っていない方の腕を伸ばし――――そ(・)の(・)泥(・)影(・)を(・)鷲(・)掴(・)ん(・)だ(・)。

 

「なに、を……」

 

 俺はバーサーカーが何を考えているのか判らなかった。だってこいつは最初、この泥影がサーヴァントにとってヤバイ代物だと見抜いたからこそ躱したのだ。狂ってはいてもそこまでの判断能力があって、なぜ今になってそんな自爆するような事を――!

 

「■■■――――!」

 

 泥影の一部を引っ掴んだバーサーカー。

 今度は何をするのかと思えば、なんと泥影を俺たちから引き剥がした。

 

「ぐおっ……!」

 

 足を取られて転倒する。

 イリヤを落っことしてしまった。

 

 ――それで、何が起こったんだ。

 バーサーカーが泥影を掴んで引っ張った途端、まるで影は何かの布だったとでも言うように、バーサーカーの方にたなびいて持って行かれた。

 その泥影はバーサーカーの片腕を覆い、確実に侵食していた。

 

「■■■■■■■――――――――!!」

 

 左腕を泥影に侵食され、右腕の斧剣のみでセイバーに立ち向かう巌のような大男の後ろ姿。

 鬼神の如く荒れ狂う狂戦士は、もはやイリヤの事を見ていなかった。

 

 ――――――――。

 それがどういう事なのか、俺は即座に理解して――――

 

「え、シロウ?」

 

 イリヤの手を取って、駆け出した。

 

「ま、待ってよシロウ! なんで、なんで! バーサーカーはまだ戦ってるんだよ!」

 

「ダメだ。あの影に触れた以上、バーサーカーはもう助からない」

 

 非情な現実を口にした。

 

「――っ。でもバーサーカーは助けてくれた! 今だってあんなに戦って……」

 

 俺はセイバーの件でもう割り切れる。だが、イリヤにとってサーヴァントとの別れはこれが初めてなはずだ。

 だっていうのに俺は、無慈悲にも割り切れと言うしかない。

 

「――手を離して! いやだ、いやぁ!」

 

 暴れるイリヤの手を、爪が食い込むくらいしっかりと握って走り続ける。

 イリヤはそれに従ってはいるが、だんだんと走るスピードが落ちている。

 イリヤは、走れるほど丈夫には造られていないのだ。

 

「黙って前を見て走れ。バーサーカーは、俺たちに行(・)け(・)と背中を見せたんだ――!」

 

 ギルガメッシュとの戦いのとき、自分の命を犠牲にしてまで、イリヤを守り通すつもりでいたバーサーカー。

 あれが俺の見間違いでなければ、バーサーカーは本当にイリヤを守るためだけに存在する壁のようなものだった。

 

 そんな彼がイリヤから目を逸らしたのだ。それは俺にイリヤを任せたということ。

 ……だけど俺には判らない。理解しているけど、判らないんだ。

 だって俺は、何かバーサーカーに、俺はイリヤを守れる男なんだって、一度でも証明できた事があっただろうか?

 俺がバーサーカーと対面したのは二、三回程度。その間にバーサーカーは何を思って、俺に後を託したと言うんだ!

 

 それが判らない。理解しているけど判らない。

 アーチャーが固有結界を見せた時に、バーサーカーもあの場にいたということしか、俺には判らない!

 だって俺はアーチャーじゃない! だっていうのに、あの野郎……。

 まるで、イリヤを見捨てたかのように背を向けやがって――!

 

「■■■■――――!!!」

 

 雷鳴のように、バーサーカーの咆哮が森にこだまする。

 後ろからは遠坂が走ってついて来ているのを確認した。どうやら臓硯は撒いたらしい。

 あとは泥影とセイバー、アサシンを単身で抑えてくれるバーサーカーがどこまで持つか。

 そしてバーサーカーがやられるまでに、俺たちがどこまで逃げ切れるかに掛かっている。

 

「……はなして。はなしてよ、シロウ……」

 

 バーサーカーが見えなくなってからずっと黙り込んでいだイリヤが、始めて口を開いた。

 

「……シロウ。家族を守るって言ったじゃん」

 

 ――――。

 

「バーサーカーは、わたしのお父さんみたいな……」

 

 ――――――――。

 

「うそつき……」

 

 ――――――――――――。

 ……ごめんな、イリヤ。俺の家族は、桜とイリヤなんだ。

 

 音もなく、森の中をひた走る。

 音があるとすれば、ただ小さくなっていく遠雷を耳にするだけだった。

 

 やがて国道線に出る頃には、森を覆う影も地を埋め尽くす泥もなく、全てが明るくなっていた。

 

 

 

 昼前。

 あのあと俺たちは国道線でタクシーを拾い、命からがら衛宮邸(自分の家)に帰宅した。

 引き戸を開けて、俺、イリヤ、遠坂の順番で上がり框を踏み、居間に向かう。

 

「おかえり、衛宮」

 

 出迎えてくれたのは慎二だった。

 居間で横になり、頬杖をついて、リモコン片手にテレビを見ている。

 

「おかえりなさい。先輩。……それに、遠坂先輩」

 

 台所にいた桜も出てくる。

 俺は「ただいま」と言ってテーブルに着いた。その隣に、口を噤んだままのイリヤも座る。

 続けて遠坂、桜もテーブルに着き、慎二はテレビを見たまま寝そべって動かない。

 

 そして俺は、アインツベルンで起きた昨日と今日の出来事について報告をした。

 といっても、俺とアーチャーの関係については話がややこしくなるため伏せておき、ただアーチャーが消滅したことを伝える。

 

 次に、英雄王ギルガメッシュの存在と、その隣にはソニアがいた事も話した。

 もちろんソニアが俺たちに見せたアーチャーの過去についても、なんとか伏せておいた。

 

 ちなみにソニアが現れたことを慎二に伝えたとき、慎二は「ソニアの目的が分からない。あいつは一体、何がしたいんだ?」と、少しイラついていた。

 最後にバーサーカーが影に呑み込まれたことを告げて、さらに間桐臓硯がイリヤを狙っていること、遠坂が味方に付いてくれたことを話して、大体の報告を済ませた。

 

 

 

 ……誰も何も言わない。居間にはテレビの音以外、静寂に包まれている。

 遠坂のアーチャーは消滅して、謎のアーチャーのサーヴァントが登場。

 

 そして味方になれるはずだったバーサーカーが、あの影に呑み込まれた。

 このどうしようもない現状に、俺たちは勝ちの目がないことを痛感する。

 

 それでも、いつまでも暗いのはナシだ。

 俺は立ち上がって、台所に向かうとする。

 

「衛宮くん? どこに行くのよ」

 

「あぁ、遠坂。そろそろ昼飯を作ろうと思って」

 

「あ、それなら先輩。私が作りますから……」

 

「桜?」

 

「先輩、きっと疲れているでしょう? だから、ここは私に任せてください!」

 

 ……そう、か。

 いや、桜が張り切ってくれる分には、別にいいんだが……。

 

 確かに俺は、森で黒い泥に足を取られたこともあって、かなり精神にきていた。

 ここは桜の言う通り、少し休むとしよう。

 

「分かった。それじゃ、任せたぞ桜」

 

 俺は食卓の前に戻り、イリヤの隣に座る。

 傍らのイリヤは、家に帰ってから何も言わない。というか郊外の森を出てから、俺たちは一度も目線を交わしていない。

 

 ……白状すると。俺はこの気まずさから逃げたくって、昼飯を作りに行こうとしたも同然だった。

 

 台所で、桜が昼飯の用意をする音が聞こえる。

 かたやテレビの前には慎二がいて、遠坂は桜の様子を気にかけている。

 イリヤは目を伏せてお人形のようにじっとしており、俺はこの広い居間で、ただ窮屈さに肩を狭めていた。

 

 ……ふと、そこで遠坂が動いた。

 台所に顔を出して、桜に声をかける。

 

「ね、ねぇ桜? その……お昼は、何を作るのかしら?」

 

「お、お昼……ですか? えっと、その……ふ、普通に、グラタン、とか……」

 

「そ、そう。なら、わたしも何か手伝えることとかあるかしら……?」

 

「い、いえ! 大丈夫です! えっと……と、遠坂先輩は……大丈夫です……」

 

 ……何が大丈夫なんだ。

 傍から見て、完全に二人はドキマギしていた。

 そのあまりの惨状を見ていた慎二はテレビを切る。

 イリヤも目を覚まし、俺たちは台所へ注目する。

 

「……で、でも。食器を並べるとか、食材を切るとか、そのくらいなら出来るし? 二人でやった方が、早く出来るでしょ?」

 

「あ、はい。それなら、遠坂先輩には……」

 

 なんとか台所に入ることを許された遠坂は、桜と一緒にグラタンを作り始める。

 

 その時、おもむろに慎二が立ち上がった。

 慎二はあたふたとしている姉妹ふたりの台所に足を運び、カウンターに肘を置く。

 

「おいおい桜。元姉を姉と呼びたきゃそう呼べよ。いつまでも遠坂先輩、遠坂先輩、なんて……よそよそしい態度を取らなくてさぁ」

 

 ……あいつ。単刀直入に言いやがった。

 俺もそれについては気になっていたが、何も遠坂の前で言うことはないだろ。

 

「あ、に、兄さん……」

 

「…………」

 

 一転して気まずくなった台所。

 桜は慎二の言い分に何も言い返せず、遠坂は黙って食材を切り続けている。

 

「ほら、桜。兄である僕を、いつも兄さんと呼ぶみたいにさ。遠坂のことも、そう呼んでやれよ。間桐の苗字なんて気にするな。もう僕たちは魔道の家系である間桐の子じゃないんだからさ。こんなときくらい、自分の好きにしてみろよ。内気ばーか」

 

 そう言って、慎二は「ほら」と。桜の口から、ある呼び名を出したくて催促する。

 それに桜は困りながらも、不躾な兄から勇気をもらったのか。

 自分の胸を押さえて、何かの恐怖を吹っ切ろうと――――遠坂の背中に向かって、その名前を呼んでやった。

 

「――――ね、姉さん。……玉ねぎ、切りすぎ、です……」

 

「――え? ……えぇっ!?」

 

 おそらく最初の「え?」は、桜に姉さんと呼ばれたことへの驚きだろう。

 そんでもって次なる驚きは、桜に指摘された件についてのものだろう。

 はて、一体どれだけのイラつき具合で、玉ねぎをみじん切りにしていたのだろうか?

 

 かたや慎二はその様子を見て、いやにはにかんでいた。

 そして台所に侵入したと思ったら、今度は遠坂の肩に手を回しやがった!?

 

「おやぁ? 僕の妹が、遠坂のことを姉(・)と呼んだぞ? となれば遠坂? 僕(・)は(・)桜(・)の(・)兄(・)で、君(・)は(・)桜(・)の(・)義(・)姉(・)だ。――ってことはつまり、僕と遠坂は傍から見たら、そ(・)う(・)い(・)う(・)関(・)係(・)だと思われちゃったりしてね?」

 

 ……って、今度はまた何を言いやがるんだ慎二のやつは!?

 

「――桜はわたしの妹よ。あんたの方が義兄でしょ」

 

 しかし遠坂は、その慎二の言い分に、至極泰然と言い返した。

 

「……姉さん」

 

「はっ! それでも同じことじゃないか。なぁ遠坂。同じ妹を持つ者同士、仲良くしよ――――」

 

「寝言は寝て言いなさい、慎二?」

 

 ――ぞわり。

 その笑顔は、慎二の背筋に悪寒を走らせるには十分な気迫だったろう。

 遠くから見守っていた俺でも、今のはちょっと鳥肌が立つくらい怖かった。

 

「……まったく道化っていうのは、いつも新手のナンパを思いつくものね」

 

 ふと、傍らに座るイリヤが呟く。

 だが、はたして本当にそうだろうか?

 

 俺が思うに、たぶん慎二のやつは……。

 

「――ケッ。おい見たかよ衛宮。僕が振られるところを。まったく遠坂ってやつは猫かぶりなやつなんだな。お前もあんな女に騙されるんじゃないぞ」

 

「ちょっと! 今なんか言った!?」

 

 台所から、今にも饒舌に火を噴き出しそうな、あかいあくま。

 

 

 

 しかして俺たちは一つのテーブルを囲んで、遠坂と桜が作った美味しいグラタンを味わった。

 

 もちろん。昼食のあとは作戦会議だ。

 俺、遠坂、桜、慎二、イリヤ、キャスター、ライダーで卓を囲む。

 

 そして桜とイリヤを狙う臓硯は、またいつか、ここに襲撃しに来るだろう。

 それについて遠坂は、こんなことを言っていた。

 

「おそらく次に襲撃されたら、わたしたちは桜とイリヤを守りきれず、二人とも臓硯に奪われてしまうでしょう。それでも一応、明日までにイリヤと何かの対抗手段を考えておくわ。……それも全部、無駄な足掻きになるでしょうけどね」

 

 

 

 夜。

 夕食を済ませたあと、俺は慎二から縁側に呼び出されていた。

 

「どうしたんだよ。慎二」

 

「いやね。……ちょっと。衛宮と話したいことがあってさ」

 

 一体なんだろうか。

 俺は慎二のそばに腰を下ろし、慎二が喋りだすまで待ってやる。

 

「……衛宮はさ。間桐の魔術特性がなんであるか、知っているか?」

 

「……間桐の?」

 

「そう。間桐の魔術は、なんでも吸収と束縛、戒めや強制というものらしい。属性は、五大元素の水。これらを組み合わせて、間桐の魔術師は主に蟲を支配し、使役するんだとか。……まぁ、僕は知識としてしか知らないから、そうそう詳しいことは話せないんだけどさ」

 

 ……慎二は何を言いたいのだろうか。

 それきり何も話さなくなり、慎二と俺は、ただ縁側で月を仰ぐのみ。

 

「……なぁ、衛宮。……魔術ってさ。そんなに苦しいものなのか?」

 

「それは、俺からはなんとも。魔術師によるんじゃないか? 少なくとも、俺はこれを苦しいとは思わなかった。一歩間違えば死にそうになる時もあったけど、俺は毎日土蔵で魔術の鍛錬をしていた」

 

「へぇ……それ、一日も欠かさずに?」

 

「もちろん。だがまぁ、最近は聖杯戦争続きで、その日課は出来ていないけどな」

 

「…………そっか」

 

 何もせず、夜を過ごす。

 これでいいのかと思わなくもない。

 もしかしたら、今すぐ間桐臓硯が昼の続きとして、こちらに攻めて来るかもしれない。

 

「……桜も、そうだったのかな」

 

「さぁな。ただ、お前は桜の兄なんだから、本人に訊けばいいじゃないか」

 

 それでも今は、ただこうして、慎二と喋っていたかった。

 

「ハ――――それが出来たら、僕と桜の仲はここまでこじれてなかったよ。まったく。なんだか僕らしくない話をしちゃったね。なんでもないから、もうさっさとあっちへ行けよ」

 

「なんだよ。慎二が呼び出したくせに」

 

 払う手で追い払われてしまったため、俺は居間に退散する。

 

 そして居間に戻ると、そこにはイリヤがいた。

 

「――シロウ」

 

「イリヤ――」

 

 ふと、互いの名を呼ぶ声がかぶる。

 

「あ、シロウが先にどうぞ」

 

「それじゃあ、イリヤ。……少し、話をしよう」

 

 といっても俺は、ただイリヤの名前を呼んだだけで、特に話すことなんてないんだが……。

 座布団に座り、イリヤと正面から顔を突き合わせる。

 それから悪くはない沈黙が流れて、結局イリヤが口を開いた。

 

「ねぇ、シロウ。今日はわたし、どこで寝ればいいの?」

 

「えっ? あ――――そう、だな……。遠坂たちは別棟の寝室に割り当てたけど、イリヤは……うん。もしよかったら、俺の部屋の隣とかどうだ?」

 

「うん! そうするー!」

 

 よし、それなら善は急げだ。

 今すぐ布団を用意して、きっと疲れきっているイリヤを休ませてあげないと。

 俺とイリヤは居間を出て、自室に向かうため廊下を渡る。

 

「あ、そういえばイリヤ。セラさんとリズさんはどうしたんだ?」

 

「それならたぶん。もうここに来ていると思うわ。まぁ、あの二人のことは気にしなくていいから」

 

 ……はて、もうここに来ている?

 しかしイリヤが気にするなというのなら、言われた通り気にしないでおこう。

 

 そうして廊下を渡っていると、窓からおかしなものが見えた。

 

「遠坂……?」

 

 何やら血相変えて、遠坂が縁側の廊下を走っている。

 ……なんだか嫌な予感がしたため、俺とイリヤもその場に急いだ。

 

 別棟に向かい、桜の部屋に入ろうとする遠坂に声をかける。

 

「遠坂、どうしたんだ?」

 

「あ、士郎。その、桜が倒れたのよ……」

 

「――なんだって? い、今は?」

 

「薬を飲ませて寝かせたわ。今は安静にしている。きっと魔力を喰われたのね。もうすっからかんになっていたんだから」

 

 ……魔力を、喰われた。

 それはつまり、間桐臓硯が刻印虫を――――

 

「……くそっ。あいつは、どこまで桜を苦しめれば……」

 

「……とりあえず、衛宮くん。今夜はもうこれでお開きにしましょ。ずっと気を張っていても仕方がないし、こっちにはキャスターとライダーがいるのだもの。あ、それとイリヤは少し借りてくわね」

 

「わたし? リンは一体、何をするつもりなの?」

 

「それはこれからのおたのしみってね。それじゃ、士郎。おやすみなさーい」

 

 俺からイリヤをかっぱらって、遠坂は自分の部屋に戻る。

 

「……まっ。遠坂の言う通りだな。それじゃ、キャスター。見張りは任せたぞ」

 

(もちろん。何かあったらすぐに起こします。竜牙兵の数も充分ですので、敵に攻め込まれても少しの猶予はあるはずです)

 

 

 

 それから俺は隣の部屋を掃除して、イリヤの布団を用意し、やっとのことで自室の布団に潜り込む。

 

 こちらの手札はキャスターとライダー。

 敵にはセイバーとアサシン。そして、あまり考えたくはないが、もしかしたらバーサーカーがあちら側に渡った。

 最後に中立的な立場にいるのが、黒い剣士ガッツ。あと、どちら側なのか分からない、英雄王ギルガメッシュ。

 

 状況は依然不利のままだが、それでも俺は誓ったのだ。

 なんとしてでも桜を守り、イリヤも守るのだと。

 

 ――――家族の味方になる。

 それが衛宮士郎の、戦いだ。

 

 

 

   /了

 

 

 




 バーサーカー、敗退。
 ――――然れどその魂は、世界の悪意に弄ばれる。


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