Fate/stay night : 2.5i+3.10i+BERSERK = The Future Remember 作:形のない者
昼。
俺は目が覚めたら、何故か自分の家ではなく、冬木教会の礼拝堂にいた。
傍らには慎二とキャスターがいて、混乱する俺に説明してくれる。
まず俺は、間桐臓硯に桜とイリヤを奪われた。
そして泥影の波に呑まれて気を失った。
その後、目が覚めた慎二は、瀕死状態だった俺と遠坂を見て、すぐに教会へ運んでくれた。
ちなみに慎二とキャスターは俺を担ぎ、ライダーは遠坂をおぶさって、教会までの坂を登ってくれたとのことだ。
最後に、今は教会の奥で、まだ遠坂が眠っているらしい。
そこまで説明されて、俺はこの打つ手なしの状況にうなだれる。
すると、そんな俺たちの前に言峰綺礼が現れた。
そしてあろうことか、やつは俺たちに一時的な共闘の提案を出してきた。
共通する目的は、イリヤの奪還。
言峰綺礼は間桐臓硯を嫌っているのか「あの妖怪の好きにはさせたくない」と言っていた。
そこで反論したのは慎二だった。
慎二は「いま僕は衛宮と同盟を組んでいるんだ。ただの神父さんなんか要らないよ。そもそもあんたに何ができるんだ」
と言って、言峰に食ってかかる。
それに対して言峰は「それで。共闘提案は決裂か?」と訊いてきた。
――俺は選んだ。
これは俺の戦いだ。
それに俺には、慎二やキャスター、遠坂やライダーがいる。
そう答えると、言峰は礼拝堂の向こうに去っていった。
すると入れ違いに遠坂が戻ってくる。
俺たちは礼拝堂で、今後の方針を話し合った。
「いい? 間桐臓硯の手に桜とイリヤが渡った時点で、わたしたちの負けが確定した。宝石剣を完成させようにも、イリヤがいなければ不可能だし、泥影を止めるために桜を殺そうにも、桜はもう間桐臓硯の手の中。これで、もうわたしたちに打てる手立てはなくなった」
……確かにそうかもしれない。
だが、俺はまだ諦めていない。
そんな俺の目を見て、遠坂は俺の考えが読めたのか「なら、何か案はあるの?」と訊いていた。
「……案は、ある。少なくとも、バーサーカーを倒す手段はある。ライダーの宝具を投影して、賭けに出ればって感じだけど」
「へぇ……まぁ、士郎には何か考えがあるのね。それは分かったわ。……なら、慎二は?」
次に遠坂は、慎二の顔を見る。
「ソニアだ」
即答する慎二。
「柳洞寺に現れてから、一向に姿を見せないでいるソニア。あいつは、きっと何かを知っているに違いない」
「そうね。わたしもそう思うわ。あんたたちの話だと、最初にソニアは柳洞寺に現れて、その後の不可解な行動により、セイバーと斬り合い、衛宮くんとキャスターを再契約させた。そして次に現れた場所がアインツベルンの城。そこでは英雄王ギルガメッシュと一緒にいて、アーチャーと抑止の守護者についての話をしたあと、突然姿をくらました。
……まぁ、どう考えてもワケありって感じよね。ソニアのやつ」
う~んと喉を唸らせる遠坂。
そこで慎二が「なら、遠坂の方はどうなんだい?」と訊いた。
「わたし? わたしは……あるにはあるけど、まだ黙っておく。別に隠したいわけでも焦らしたいわけでもないわ。まだ確証がないから、期待させるようなことを言いたくないだけ。わたしの案を言うくらいなら、ソニアの居場所を探す方が先決だわ」
そうして俺たちは、三者三様の案を出した。
「よし、ならこうしよう。遠坂、慎二。俺はこれから土蔵に戻って、キャスターとライダーと一緒に宝具の投影に取り掛かる。その間、遠坂と慎二はソニアのところに行くといい」
「えぇ、その方が良さそうね」
俺たちは立ち上がり、教会をあとにした。
遠坂たちと別れて、俺は土蔵に戻ってきた。
そう言えばキャスターの気配は背後で感じられるけど、ライダーはどこにいるんだろうか?
(安心なさい。ライダーもついてきているわ)
キャスターが教えてくれて、俺は安堵する。
もしかしたら昨日の失敗で、断られてしまう可能性も考えてはいたのだ。
……屋敷に入り、殺風景な庭と割れた窓ガラスに目をやる。
それから土蔵に入り、俺はシートの上に座す。
すると目の前に、キャスターとライダーが実体化した。
「よし、今度こそ成功させる」
ライダーを膝に乗せ、おでこを合わせる。
もう恥ずかしがったりしない。
……いや、実は結構かなり恥ずかしいんだけど、これが失敗したら世界が滅ぶと思え。
「それじゃあ行くわよ。マスター」
「あぁ、頼む。――――
そうして俺たちは、また神話の再現に立ち会った。
◇
昼。
冬木教会で衛宮と別れたあと、僕と遠坂はソニアの家に足を運んでいた。
呼び鈴を鳴らし、応答を待つ。
すると普通に、洋館の玄関が開かれた。
そしてなんと中からは、眠たげな顔をした、パジャマ姿のソニアが出てきたじゃないか!
「ふわぁ……なに? 慎二と凛じゃない。何か用?」
「――……お、おいソニア! 僕たちはな、お前に話があって来たんだ!」
「ちょ、慎二。そんな喧嘩腰にならなくてもいいじゃないの」
後ろから遠坂に落ち着けと言われて、それでも僕は制止を振り払う。
「……そう。貴方たちは、私に話があって来たのね。ならどうぞ。お茶を出すわ」
……えっ?
呆気なく僕たちを家に入れようとするソニア。
それに拍子抜けして、全身の力が抜ける。
「ほら、だから言ったじゃない。別にソニアと戦闘にはならないわよ。魔術師ってのはね、無駄な戦いはしないの」
そう言って遠坂は、平然と玄関に上がっていった。
それに僕もついていき、ソニアに客間へ案内される。
やがて紅茶を出してきたソニアがテーブルに着く。
そこで開口一番。僕がソニアに質問した。
「なぁ、ソニア。まず訊きたいことがある。それは柳洞寺の件だ。一体おまえは何が目的で、あの場であんな、敵味方をコロコロ変えるような動きをしたんだ?」
「ノーコメント」
――――そう言って、ソニアは両手にカップを持ち、紅茶をずずずと啜る。
その泰然とした姿を見て、ちょっと僕はカチンときた。
「おい、ソニア。ふざけてんじゃ――――」
「待ちなさい慎二」
そこで、遠坂が口を挟んでくる。
「……ねぇ。ソニア。わたしね? あなたのこと、そこそこ気に入ってるんだ。宝石バイカーのコネを横流ししてくれたり、時計塔とのパイプを繋いでくれたり。まぁ、あなたにとって、それは全部自分の研究を冬木市でやらせてもらうための管理者へのゴマすり。
――だってあなた、この街のことが好きでしょ? ここでの研究なんてとっくに終わっているのに、あなたは協会から厳命された一年という研究期間を莫大な有休を払ってまで延期に延期を重ねて、帰還を先延ばしにし続けた。それもこれも全て、卒業まで冬木に居続けるため。
……でも、冬木の管理者である遠坂家の口添えがなければ、そんな蛮行は協会が許さない。だから、この冬木の地に留まり続けたいっていう話をあなたの口から聞かされて、頭を下げられて頼まれたとき、わたしは本当に驚いたわ。地元の人間として、これ以上嬉しいことはないもの。
……だからね? わたしが思うに、あなたの目的って、案外わたしと同じものなのよ。ちがくて? ソニアさん」
……その遠坂の懐柔に、僅かにソニアの口元が緩んだ。
「……まったく。いつの話をしているのよ……。
――えぇ、そうね。私の目的は明日にでも分かるわ。だから今は、ノーコメント」
――――っ。
だっていうのに、ソニアはまた口を噤んでしまった。
「はぁ……もうこいつはダメだよ、遠坂。なんでか、こんなに意地を張ったソニアは見たことがない。僕が思うに、ライダーが戦ったあの黒い剣士はソニアのサーヴァントだと思っていたんだけど、協力が得られないなら時間の無駄だ。帰ろう」
席を立ち、僕は足早に客間から出ようとする。
すると傍らにいる遠坂が、何故か僕を見てその目を丸くしていた。
「えっ、慎二? あんたも、わたしと同じこと考えてたの?」
「ハ――――ちょっと考えれば、すぐに分かることだろ。とにかくさ、もう帰ろうぜ。ソニアは僕たちの味方じゃない。それさえ分かれば、もうここに用はない」
扉の把手に手をかざす。
その時、ふいにソニアが口を開いた。
「――――わたしは、柳洞寺でしか動けない。……大きく、語れない」
「……ソニア? ……そう、分かったわ。あなたは何か、自分に縛りを入れているのね? 柳洞寺だったら、全てを話せると?」
「えぇ、だから……明日の夜になれば、きっと全てが分かるわ。そしてそれが、最後の決戦になるということも」
そうして僕と遠坂は、ヴァンディミオン邸をあとにした。
◇
昼過ぎ。
俺は土蔵で、宝具・
ゼロからの投影を行使し、己の裡からハルペーという剣を引っ張り出すような感覚で、俺の手元には、今その宝具がある。
「それじゃ、ライダー。これはお前に託す」
「えぇ。多少、本物よりランクダウンしているようですが、真名開放に支障はないでしょう。ありがとうございます。士郎」
「ふん。私のマスターにかかれば、このくらい朝飯前よ」
「……何故、そこで貴方が鼻を高くするのですか。キャスター」
……それは確かに。
俺の傍らにいるキャスターは、両腕を腰につけ、背伸びをして胸を張っている。
ともかく、これで宝具の投影は成功した。
次はバーサーカーと対峙したときのために作戦を立てなければ。
「なぁ、キャスター」
「――――待って、坊や。客よ」
……客?
何やら張り詰めた顔で、キャスターは土蔵の外を睨む。
その視線の先を追って、俺はその客とやらを刮目した。
「よぉ。坊主。なんだか大変そうじゃねぇか。なんなら、オレが手を貸してやってもいいぜ」
「――――ガッツ……」
……なんで、あんたが、ここに?
そう問いたくて、俺はライダーとキャスターを背後にやり、背の高い大柄な黒い剣士、ガッツと対面する。
「あんた、何をしに此処に来たんだ?」
「いま言った通りだ。お前たちがこれから何をしようとしているのかを訊きたい。もし、これから戦闘に出るってんなら、協力するぜって話だ」
そこで、背後に控えるキャスターが口を開く。
「それは誰の差し金? 共闘の申し出なら、信用に足る理由と証拠が欲しいところだけど」
「あぁ……まぁ、正直に言うと、監督役からの頼まれごとだ」
――――監督役?
「お、おい……それって、つまり……!」
「あぁ。やっこさん。お前に共闘の申し出を断られて、ちょっと拗ねてたぜ? んで、そこにオレが顔出しに通りかかったら、いきなり――衛宮士郎に協力しろ――だとさ。……まぁ、オレも昨夜から暇になってたからな。強いやつと戦えるなら、手伝ってやろうかと思っただけだ」
……言峰、綺礼が……!?
待て、落ち着け。まず言峰が“ちょっと拗ねている様子”を全く想像できない。
いや、そもそもそんなこと想像する必要はなくてだな……。
そう、俺が考えるべきことは――――ガッツとの共闘を受け入れるかどうかだ。
……まぁ、これは考えるまでもない。この共闘は受け入れるべきだ。
この聖杯戦争はサーヴァント同士の戦い。
なによりガッツとは桜を守るという考えで一致している以上、言峰よりかは信頼できる。
もちろん。裏が見えている言峰の方が、ある意味では互いに警戒して油断せず、ただ目的遂行のために力を合わせることが出来る。
そういう点で俺と言峰綺礼は、共闘という関係上なら協力しやすい部類に入るだろう。
しかし、何度も言うが、敵は強大だ。
セイバー、バーサーカー、アサシン。
これらサーヴァントを打倒するためには、あと一騎のサーヴァントが欲しいと思っていたところだ。
キャスター、ライダー、ガッツ。
……そして、サーヴァントには届かないが、一矢報いるくらいはしてやれる俺自身。衛宮士郎。
この布陣なら、まだ勝負は分からない。
「……よし、分かった。ガッツ。一緒に戦ってくれるか?」
「もちろんだ。テメェは見所がある。背中は任せたぜ」
「なら、最後に問いたい。……あんたは、桜を守る存在なんだよな?」
「あぁ……、一応な。まっ、おまえには負けるさ。……それになんだかんだ言って、オレはただ強いやつと戦いたいだけだ。もし強敵と戦う際、桜を守らなければならなくなったら、きっと俺は――――」
「そのときは俺に任せろ。あんたは強い。ガッツには戦闘に集中してもらいたいからな」
俺は片手を差し出す。
目を丸くするガッツ。
そして、俺が握手を求めていることに気づいたガッツは、この手を取ってくれた。
「うっし! それじゃあさっそく、郊外の森に行こうぜ。そこにはバーサーカーがいる」
「……え。って、今からか!? それに、バーサーカーがどこにいるのか分かるのか……?」
「オレには魔性のものを感知するスキルがある。そして郊外の森に強い魂が三つ感じられる。その中でも一番やばいものがある。おそらく、それがバーサーカーだろう」
……ならば、あと二つは、セイバーとアサシン。
「待ちなさい、坊や。貴方は宝具を投影して、もう魔力が残り少ないでしょう。ここで無理をすることはないわ」
キャスターが止めてくる。
そこでガッツが言葉を返した。
「今すぐ行かないと、たぶん色々と手遅れになると思うぜ。まっ、行きたくないんならそうしろ。オレは独りでも行くがな」
俺たちに背中を見せて、ガッツは屋敷の玄関から道路に出ようとする。
その背中は黒衣に包まれており、おどろおどろしくも血腥い魔力を持つ、巨大な鉄塊の柄が見えていた。
「……俺は大丈夫だ。それよりキャスター、ライダー。今は二人の調子を知りたい」
「それは……私は、大丈夫ですけど……」
「私は問題ありません。士郎」
――よし。なら話は決まった。
「行こう、キャスター。なにも、俺たちは今すぐ郊外の森で決着をつけようとしているわけじゃない。せめて、バーサーカーだけでも片付けておくんだ」
「はぁ……そうね。確かに最終決戦前に戦力を減らしておくのはいいことよ。その前哨戦で、一網打尽にされなければね?」
確かに、キャスターの言う通りだ。
だからこそ、俺たちはこの場で、即席のコンビネーションを確立させなければならない。
「――おい、ガッツ! 待てよ。まずは作戦会議だ!」
去りゆくガッツを呼び止めて、俺は大声でみんなに告げる。
「まず郊外の森で交戦する際、一気にセイバー、アサシン、バーサーカーの三騎が泥影の中から出てくるだろう。そのとき、俺はセイバーと打ち合う。アサシンはキャスターが相手取れ。ガッツはバーサーカーと戦闘。そしてライダーは隙を見て、バーサーカーに宝具を叩き込むんだ。ライダーはバーサーカーの宝具・
そしてバーサーカーを倒せたら、すぐに撤退だ。大まかな作戦はこれでいいな?」
「あぁ、それは構わねぇが……
ふと、ガッツが首をかしげる。どうやらガッツは、バーサーカーの蘇生宝具を知らないらしい。
だから俺は、アーチャーから流れてきた記憶を整理し、バーサーカーには十一個の命のストックがあって、全部で十二個の命を持っている。ということを説明してやった。
「ほう……なら、全部で十二回殺さなくちゃいけねぇってことか。だが、オレは前に一回、やつの頭を吹き飛ばしたことがある。これはどうなんだ?」
「十二回殺さなくちゃいけないまんまだ。バーサーカーには減ったストックを数日で回復できる能力がある」
「……なんだそれ。反則だろ」
眉をしかめて、ガッツは唖然とする。
「あぁ……だからこそのハルペーだ。ライダーの宝具は、おそらくバーサーカーを一撃で殺すことは出来ない。だが、宝具の蘇生能力を一時的に無力化できる。つまり、その状態で一回でもいいから、バーサーカーを殺すことができれば――――」
「なるほど……要するにギリギリまでバーサーカーの体力を減らし、あと一撃で倒せるというところで、そのハルペーとやらを叩き込む。それでも殺しきれなかった場合、まだあと一撃の猶予は残されているだろうから、ライダーが撃ち漏らしても、オレがトドメを刺せるな。……考えてるじゃねぇか。坊主」
ガッツからお褒めの言葉をもらったところで、俺はキャスター、ライダー、ガッツの顔を確認する。
……どうやら三人とも、今の話で納得してくれたようだ。
これで話はまとまり、俺たちは屋敷を出た。
「よし、それじゃあ行こう。郊外の森に――――」
夕方。
俺たちは郊外の森に到着して、城に向かって歩いていた。
いつでもアサシンの奇襲に対応できるよう、周囲に気を配り、体を張り詰めておく。
「……あぁ、そうそう。一つ言い忘れてたが、オレのスキルは気配遮断を無効化する。上位スキルの気配感知に近しいスキルなんだ。だから、あんまり心配しなくていいぞ」
「えっ……そ、そうなのか?」
といっても、これからは戦闘が起きる。気を張り詰めておくのに越したことはない。
それから数十分。
森の中を進んでいると、不意にガッツが声をかけてきた。
「……近いぜ。この気配はバーサーカーじゃない。正々堂々上がって来るってことは、セイバーだな」
――っ!
ガッツが言うと同時に、森が暗黒に包まれる。
……囲まれた。それでも脱出口がないわけではない。
目の前に泥の影だまりができる。
その中から、セイバーが出てきた!
「……性懲りもなく、また来ましたか。シロウ」
「あぁ、オレは諦めが悪いんだ。セイバーなら、もう知っているだろ」
「……分からない。既に貴方は、サクラとイリヤスフィールを救えなかった。彼女たちはもう、間桐臓硯の手により自意識を剥奪されている。これ以上首を出せば、貴方の命はないぞ。シロウ」
…………。それでも――――
「まだ戦いは分からないだろ。こっちにはキャスターがいる。ライダーがいる。ガッツがいる。遠坂も、慎二も。そして……たぶん、ソニアも。そしてセイバー、
「……よろしい。ならば絶望を知れ。シロウ。……今しがた、バーサーカーが目覚めた。こうして私が出てきたのは、シロウたちと戦うためではない。これは思考を奪われる前のサクラが残した最後の命令だ。……シロウたちが来たら、なんとしてでも引き返せと」
……そうか。
でも、そうだとしたら、俺がセイバーを相手にする必要はないってことだ。
ならばアサシンはどうなのか、セイバーに訊いてみる。
「アサシンはいるのか?」
「あの暗殺者は魔術師の護衛をしている。バーサーカーで事足りると思っているのだろう」
そう言ってセイバーは、泥の中に潜っていった。
――――ふと、遠くで遠雷の咆哮が上がる。
続いて土石流じみた地響きが、前方より迫り来る。
「坊主は下がってろ。……いや、こりゃ逃げた方がいいな。オレでも真正面からアレと対峙するのは無理だ。まぁ、そもそも逃げ切れるかどうかも分からねぇがな」
大剣を構えて、ガッツが俺より前に出る。
まだバーサーカーの姿は見えないが、数本の大木が宙を舞っているのが垣間見える。
――アレは、ヤバイ。
そうは言っても、怖気づいてはいられない。
なにせ俺は今、セイバーに啖呵をきったばかりだ。
「――――
弓を投影し、和弓の構えを取る。
次にカラドボルグを投影して――――
「ガッツ。一撃目は俺に任せろ。辺り一面吹き飛ばすから、巻き込まれるなよ」
――――そうして森の奥深くから、破壊の嵐が現れた。
「■■■■――――■■■■■――――!!!」
泥影に覆われた黒い布。
高い神性を証明する赤い刺青。
今、最悪の方向性で最恐となったバーサーカーが、質量の暴力を以て吶喊してくる!
「我が骨子は捻じれ狂う。
――――
現在、衛宮士郎が持ちうる武器の中で、最大の一射を放った。
地面を、木々を、黒い巨人を巻き込んで、空間を螺旋に引き裂く虹の剣。
それがバーサーカーの下半身にて爆発することにより、その機動力をまるごと奪い取る!
「よくやった坊主! あとはオレに任せろ!」
バーサーカーの動きが鈍り、大剣を掲げたガッツが駆け出す。
その首に叩き入れる鉄塊の一撃。
その攻撃にバーサーカーは、反射的に手に持つ斧剣で合わせに行った!
――――そして、竜巻の如し剣戟が、俺たちの前で火花を散らす。
黒い剣士は一歩も引かず、常人では捉えられない速度で大剣を奮う。
かたや黒い巨人も、顔が黒い頭巾に覆われて目が見えないでいるだろうに、向かってくる鉄塊を完璧に捕捉。ことごとくを撃墜していく。
「――――ッ!?」
刹那、ガッツの顔色が急に悪くなる。何か様子がおかしい。
――あいつ、なんで奮う腕を弱めてんだ!?
「……出て、来るなァッ!!」
突然叫び、ガッツは何かを振り払った。
――おかしい。
今、ガッツの背後から、黒い狼のような何かが出てきていたような……?
「■■■■■――――!!」
攻撃速度を上げ続けるバーサーカー。
流石にこれ以上はガッツの体が持たない。
しかしガッツが隙を作ってくれない以上、ライダーが飛び込むには、まだあまりにも危険すぎる!
「まるで災害ね……! 鍔迫り合いの風圧だけで木々が靡くってなによ!? あの二人は化物なの?!」
「何も出来ない神代の魔女は黙っていてください。あそこに飛び込むのは私なのですから」
前方で起こっている戦闘が暴風怒濤すぎて、背後にいるキャスターとライダーの話し声が聞こえない。
既に俺の鼓膜は、眼前で轟く雷鳴のような剣戟に聴力を失っていた。
「――――くっ!」
重い一撃。
バーサーカーの絨毯爆撃といえる一撃を喰らって、ガッツがたたらを踏んだ。
――――そもそも、俺はこの化物を、最初はガッツの協力なしでやり合おうと思っていた。
だからもちろん。ガッツに全てを託すなんて、そんな他人事みたいな真似はしない!
「ライダー! 俺に合わせろ!」
「えっ!? ま、待ちなさい、マスター!」
俺は生身で突撃し、バーサーカーと打ち合いながらたたらを踏んで下がったガッツより――前に出る!
「何っ!? テメェ、馬鹿か――っ!?」
あぁ、馬鹿だろうさ。
これは自分から、台風の目に飛び込んだようなもの。
……いや、死という名の嵐に身を投げたしたも同然。
だが、一度。
たった一度だけなら――――!
「■■■■■■■――――――――!!!!!!」
突然バーサーカーは、標的を俺に変更した。
何故そうしたのかは分からないが、これでバッチリ、ガッツを守れる。
「――――
バーサーカーの前に五枚の花弁を展開する。残り二枚は、まだ俺の実力じゃ足りない。
しかし俺の右から迫り来る神速の一撃なら、この五枚だけで、なんとか――――!!
一枚、二枚、三枚四枚五枚――――ッ!?
コンマ一秒で全てが破壊され、俺はまたコンマ一秒後の死を悟る。
刹那、俺の傍らでは、踏ん張りを決め、歯を噛み締めるガッツが、その左の怪腕を構えていた――!
「もう一度、吹っ飛べ!」
爆音とともにガッツの左腕から炸裂した、Aランク以上の魔力砲弾。
その鉄球と爆薬が、バーサーカーの斧剣に直撃する。
しかし、それだけの破壊力を以てしても、バーサーカーの攻撃を止めるには全然足りなかった。
「――――ぐおっ!?」
ガッツに首根っこを掴まれた俺は、乱暴に地面を引きずられる。
同時に、俺がさっきまで立っていたところに、地面を抉るバーサーカーの斧剣が叩き込まれた。
おそらく大砲の一撃で、軌道を逸らすくらいはできたのだろう。
「ライダー! テメェの番だ!」
大声を上げるガッツ。
一方のライダーは、それを言われる前に実行していた。
いつの間にかバーサーカーの側面に回り込んでいたライダーが、その手に輝く鎌を叩き込む!
「■■■■――――!!」
しかし、バーサーカーは恐るべき脊髄反射で斧剣を地面から抜き取り、側面より来るライダーを撃墜しようと――――!
「まったく世話が焼ける――――!」
その時、キャスターの高速神言が詠唱された。
魔力弾のビームがバーサーカーの腕を狙って炸裂する。
それにより、どろりとバーサーカーの腕が、腐食して溶け落ちた。
「万物に再生なき死を――――
そしてライダーの鎌が、バーサーカーの胴体に刻み込まれた。
瞬間、ハルペーの刀身が光り輝き、バーサーカーの胴体の一部に裂け目が生じる。
「――! あそこだ、ガッツ!」
「オレだけじゃダメだ! 巻き込んでもいい、坊主も合わせろッ! ――ウォオオオオオオ!!」
ガッツは雄叫びを上げながら、バーサーカーの胴体に大剣を突き入れる!
――だが、その突撃を受けたバーサーカーは、片腕一本で大剣を掴み、心臓に突き入れられるのを防いだ!?
「■■■■――――!!」
「なん、だと――――」
大剣を掴まれたガッツは身動きが取れなくなる。
しかしだ――――ガッツ。お前はさっき、自分を巻き込んでもいいと言ったよな。
だったら、もう一度やるまでだ!
「
「待って、マスター!」
ふと、キャスターが俺の詠唱を制止する。
なぜ止める? そう思ったが、キャスターが俺の宝具を止めた理由に、すぐに勘づいた。
――ガッツの背中に、黒い闇のような狼が見える。
その狼は、ガッツの漆黒の鎧と同化しているように見えた。
「ぐっ――――クソッ。まずったぜ……――――」
漆黒の鎧が変形し、兜としてガッツの頭を覆っていく。
やがて闇の狼のような異様へと変貌した甲冑姿のガッツは――――
「u、Ugaaaaaaaaaaaaaaaa――――!!!」
「■■■■■■■■■■――――――――!!!」
……狂化、した。
「っ――!?」
かなり危うげに暴走しているガッツから、ライダーが距離を取る。
「マスター、下がって!」
キャスターも焦った様子で、俺の腕を引っ張って後退を始める。
こんなにも二人が焦る理由は、ガッツのあの鎧のせいだ。
……あれは、どう見ても宝具だ。
それも筋力・耐久・敏捷のステータスをA++にまで向上させる――――覇魔の境地!
――――それからは、もはや怪獣決戦としか形容できない死闘が繰り広げられた。
咆哮を上げる二頭の獣。
その鬨の声で俺たちは吹き飛ばされ、森が薙ぎ倒されていく。
蹂躙される大地。
圧倒的な剣戟を交わし、サーヴァントの戦いという常識すら凌駕してみせる大激闘。
首が飛ばされても、手足があらぬ方向に曲がっても、死んでも即時再生・即時補強して戦い続ける狂戦士が二人。
それは体に焼き付いた本能による技量勝負でもあって、ただの獣の噛み付きあいでもあった。
ガッツにより全ての四肢を斬り飛ばされたバーサーカーは、その牙のような歯でガッツの首を噛みちぎろうとする。
対するガッツは、決して手放さない大剣を握り締め、何度も何度もバーサーカーの肉体を細切れに斬り刻んでいく。
――――息も出来ない殺し合いの連続が、絶え間ない死の連続が、俺の網膜と脳裏を侵し尽くす。
さらに驚くべきことは、疾うにバーサーカーは俺が目視できる範囲で――――
……ありえない。ありえない。ありえない……っ!
バーサーカーの宝具は、十二個の命だ。そのストックが回復することはあっても、上限のストックは十一個まで。
だっていうのにバーサーカーは、真の意味で不死身だった。
――――やがて、荒れ狂う闇の狼が、二十八回目の死を暗黒の巨人に与えたところで。
冒涜された英雄の肉体が、泥影の底に沈んでいった……。
だが、何が信じられないかって。
あれで、まだ死んでないんだ。
いや、もう死なないんだ。
あの、バーサーカーは……!
「Frurururururuuuuuuuuuu…………――――――――」
そして狂犬は、戦場に独り、取り残された。
かの狂戦士が立つ場所は、もはや何も残されていない。
郊外の森で勃発した神話の激闘は、その舞台だけ、まるで空間ごと円形状に切り取られていた。
――夕焼け空が見える。
おそらく深山町にいる人々は、今日は青天の霹靂が多いなと、のんきに微睡んでいることだろう。
「……マスター。逃げるわよ。全力で」
「…………」
ガッツは、まだ俺たちに気づいていない。
キャスターは声を押し殺して、木の枝を踏まないよう後退る。
ライダーも忍び足が得意なのか、物音を立てないよう下がっていく。
……だが、もう無理だ。
あの狂犬からは、誰も逃れられない。
「――――……!」
兜の鼻と耳が、ぴくりと動いた。
――――やるしか、ない。
「キャスター。気づかれた。逃げることはもう考えるな。――――宝具を使うぞ」
「……っ!? マスター、正気? 私に、あれに近づけと?」
そうだ。もはや最後まで言う必要はないだろう。
俺は今まで、ただ怪獣決戦の戦いを見て、棒立ちしていたわけじゃない。
ガッツの鎧を、マスターの透視能力で確認して、あれが魔法級の呪いであることが分かったのだ。
ならば、あとは皆まで言わずとも分かってくれるだろう。
キャスターの宝具は、魔術破りの短剣。
掠るだけでいいんだ。それだけで真名を開放すれば、おそらくガッツは目を覚ます!
「無理に戦う必要はないわ。私たちが撤退すれば……!」
「ダメだ。おそらくアレは、どこまでも追ってくる! もし街まで逃げ帰ったら、無辜の人々を巻き込んでしまう!」
覚悟を決めろと、俺は無言で示すため、干将・莫耶を投影する。
「俺が時間を稼ぐ。ライダーはキャスターのサポートを頼んだ。それと言っとくが、ワンミスすれば俺は死ぬと思う。だからチャンスは一度きりだ。失敗したらものの一瞬で全滅すると思え」
震える脚。かじかむ両手。双剣を握る手に汗を掻いているのが分かる。
バーサーカーが最恐の具現だとしたら、ガッツの鎧は最凶の具現とでも言おうか。
さっきまでは、そんな最恐と相対しても、俺にはガッツがいた。
だが、今の前衛は俺だけしかいない。
「Grururururu…………」
「――――行くぞ」
――駆け出す。
同時にガッツも、大剣を肩に背負って駆けてきた。
側面から回り込むライダー。
一方、俺の背後ではキャスターが追随してくる。
「ハァッ――!」
干将を振りかぶる。
刹那、ガッツは大剣を持ったまま跳躍して、高速の前転を繰り返しながら斬り下ろしてきたッ!
「くっ――!?」
受け止めはしない。咄嗟に横転して躱す。
仮に受け止めるなんてことをすれば、俺は一瞬でぺちゃんこにされる!
「Guaa!!」
ガッツは着地ざまに大回転切りを披露してくる。
その運動能力は、何度見ても反則にすぎるだろ!
「――ハァッ!」
今度はライダーが、ガッツの死角を突いて飛びかかる。
だが、ガッツはありえない角度から腕を通し、大剣をライダーに突き入れようとする!
「させるかっ――――!」
全身の魔術回路を励起させ、一足の踏み込みで距離を縮める!
「――――ッ!」
俺とライダーに挟まれたガッツ。
その間合いに、一拍遅れてキャスターも飛び込んでくる!
「
射程外からキャスターは、既に真名開放を行なおうとしている。
おそらく懐に入ってからの宝具使用では間に合わないと考えてのことだろう。
「魔眼・開放――――」
そしてライダーも、魔眼スキルと攻撃宝具を同時に使用する。
今のライダーが持ちうる手札の中で、それが一番威力の高い宝具だったからだろう。
――ならば、俺もあと一手が必要だ。
おそらくガッツなら、二方向からの同時宝具には簡単に対処できる。
ゆえに、ここはゴリ押しの一発を――!
「オーバーエッジ!」
「――――
そこに挟み込みのオーバーエッジとハルペーを叩き込み、その全てが回転切りで弾かれるッ!!
だが、その薙ぎ払いによって生まれた、ただ一度の間隙に――――!
「――――
狂犬の大剣回しの間隙を縫って、ガッツの懐に潜り込んだキャスターが、いよいよ宝具を発動する!
――漆黒の鎧に突き刺さる歪な短剣。
叫びを上げる闇の狼。その身を消し炭にされた狼は消えていき、ようやくガッツは呪いの鎧から解放された。
「――――――――ガハッ!!?」
そして鎧による暗い呪いの中で溺死寸前だったガッツが、四つん這いになって息を吹き返した。
「ゴホッ! ゲボォ……ッ!?!」
「が、ガッツ!?」
大量の血反吐を地面にブチ撒け、かなりヤバイ倒れ方で気絶したガッツは、それきり動かなくなる。
だが、死んでいるわけではない。まだ息はしている。というか、あの戦いで死んでいない方がおかしいというか……。
「ぁ……」
膝から力が抜けて、かなり間抜けに尻餅を搗く。
一方、魔力が底を尽きたのかライダーは座り込んでおり、キャスターは息切れして短剣を手に立ち尽くしていた。
「……はぁ、はぁ……クソッ。なんとか生き延びたな。バーサーカーは、倒せなかったけど……」
「……だ、だから私は言ったのよ! やっぱりやめましょうって!」
「……というか。私も落ちたものですね。いくら士郎が認めたとはいえ、この狂戦士を信じるべきではなかった。まさか、ここまで人騒がせな宝具を持っていたとは……いえ、バーサーカーというクラスから、予想して然るべきことだったのですが」
「本当よ! まったくこのっ! 蹴ってやる! えい! えいっ!」
……気を失っているガッツの体を、キャスターが容赦なく小さな足で蹴っ飛ばす。
「……だけど、キャスター。ライダー。もしガッツがいなかったら、俺たちは死んでいたんだぞ? まさかバーサーカーの蘇生宝具が、あそこまで悪質なものになっているとは思わなかった。なんで二十八回死んでも眠りに就くだけで、まだ生きているんだ?」
そう聞いても、キャスターは何も答えない。
ライダーも答えてくれないが、まぁ今のはキャスターに当てた言葉だったこともあり、別に気にしない。
「……とにかく、早く撤退しよう。もしここでアサシンに襲われたら、ひとたまりもない」
俺はガッツを背負って、郊外の森をあとにする。
その間、キャスターとライダーは、
「そもそも黒い剣士の言い分に乗っかってバーサーカー退治を承諾した坊やが一番悪いのではなくて?」
「確かに。それは言えてますねキャスター」
と、何故か俺を悪者にして意気投合していた……。
夜。
「あ、あんた――――バッカじゃないのぉおおお!!?」
と、遠坂凛様にキツイお叱りの言葉を受けていた……。
「あ、あのねぇ。わたしたちに何も言わずバーサーカーと戦いに行ったのもそうだし、なんでガッツと一緒にいるのかってのもそうだし、英雄ペルセウスの宝具を投影しているってのもそうだし、バーサーカーが何回死んでも死なないっていうのもそうだし!? あぁもうどこから突っ込めばいいのか分かんないわよこの馬鹿士郎! とにかく次からは、ちゃんとわたしたちに話を通してから行動してよね!」
「そうだぞ、衛宮。桜のライダーを勝手に持って行きやがって。なに? もしかしてライダーは衛宮のサーヴァントなの? さも自分の手駒のようにこき使うなんて、まったくこれだから無自覚の女たらしは」
……むっ。
遠坂の説教は分かる。あと、確かに桜のライダーを勝手に連れて行ったのもそうだけど……最後の台詞はいただけないぞ、慎二。
「なによ? なんか文句あんの?」
「い、いえ。遠坂には何も。ほんとに反省していますので……ところで、夕食の支度に取り掛かっても……はい。ダメですよね」
正座から逃げようとしたら、遠坂の蛇睨みに再度、体が硬直する。
「はぁ……今夜の夕餉はわたしが担当するわ。わたしに出来ることといえば、それくらいだしね」
そう言って遠坂は、いろいろ吐き出してスッキリしたのか台所に向かった。
ちなみにガッツはまだ気を失ったままで、居間の端に寝かせている。
一応キャスターが応急手当をして、全身ボロボロだったガッツの体は、ほぼ完全に回復している。
といっても、どうやらガッツの鎧の宝具は凶悪な能力を得られる代わりに、自身の霊基を削ってしまう諸刃の剣らしい。
だからバーサーカーとの戦いで削られた霊基は戻ってこないとキャスターは言っていた。
それ以外にも、ガッツは元々第四次聖杯戦争の生き残りでもあることから、霊基自体は既に三割以上が削れている状態らしい。
一方、あれからライダーは霊体化したままで、どこにいるのか分からない。
しかしキャスターによると、近くにはいるらしい。
「なぁ、衛宮。ソニアの件についてなんだけどさ」
ふと、慎二が口を開く。
それから俺は、ソニアの件について報告された。
なんでもソニアは秘密主義を貫いており、しかし柳洞寺では別だという。
そして遠坂によれば、ソニアは自主的な縛りを入れているらしく、つまりソニアは何かの魔術的な要因に絡んでいるのではないか、ということが予想できた。
さらにソニアの口からは、明日が最後の決戦になる、という不穏な言葉が出てきたそうだ。
それについて遠坂は、大聖杯の降霊日がちょうど明日であることを踏まえ、それに関係しているのではないかと台所から説明してきた。
そんなこんなで、しばらく慎二と会話をしていると……居間の端でガッツが目を覚ました。
「……ここは…………あぁ、そうか。また、暴走しちまったのか」
むくりと起き上がり、ガッツは頭を抱える。
「起きたか、ガッツ。まったく大変だったんだぞ。あの鎧の宝具を発動してから後のこと、覚えているか?」
「あ――……わりぃ。ちょっとしか思い出せねぇ。確かバーサーカーは八つ裂きにしたが、そのあとは……どうも、世話になったみたいだな」
「別にいいさ。あんたがいなければ、たぶんバーサーカーに挑んだ瞬間、あの悪質な宝具で何も出来ずに死んでいただろうし。それに、バーサーカーはとにかくヤバイっていう発見が出来た」
「ハ――――僕からしたら、バーサーカーなんていうサーヴァントは元からヤバイと思うんだけどね」
まぁ、それは慎二の言う通りだ。
でも、そのヤバイやつが、さらにヤバくなっているんだ。
それが分かっただけでも、今回は大収穫だろう。なんだかんだ言って、みんな無事に生きて帰ってこれたんだし。
……その時、夕餉の支度が終わったのか、遠坂が中華料理を運んできた。
そこで、ふと思う。遠坂の手料理を食べられるのって、かなり光栄なことなんじゃないかと。
「おっ。凛の食い物か。こいつぁ美味そうだ。今までは味気ねぇもんばっかだったからな」
ガッツは自分も食べる気満々なのか、胡座をかいて食卓の一角に着く。
すると、遠坂が声を荒らげて待ったを掛けた。
「ちょっと! あんたに出す料理なんてないんだからね! そもそもガッツはサーヴァントなんだから、食べる必要ないでしょ!」
「おいおい……オレは一応、受肉して半分人間なんだぜ? 前に言わなかったか? このままじゃ腹が減って戦にも出れねぇ」
「だったら働かざる者食うべからずってことわざ、知っているかしら!?」
「……今日はオレ、随分働いたと思うんだが……」
なんだか遠坂は、ガッツに対して辛辣に当たる。
その時、ガッツの腹の虫が居間に鳴り響いた。
「……ほら。頼むよ」
「ぐぬ……ぐぬぬ……――わ、分かったわよ。出せばいいんでしょ、出せばぁ! あと、今までの桜の手伝いで、ついライダーとキャスターの分も作っちゃったから、さっさと霊体化をやめて出てきなさい!」
そう言って遠坂は台所に戻り、三つの食器に大量の野菜炒めを盛って運んできた。
それから俺たちは遠坂の夕食に舌鼓を打ったあと、恒例の作戦会議に入るのであった。
まず、遠坂が話す。
「たぶん。明日が聖杯戦争、最後の夜になると思うわ。ソニアの発言もそうだけど、そもそも聖杯戦争には期限があってね。それを過ぎると聖杯は閉じちゃうのよ。そしておそらく間桐臓硯も、明日には聖杯が降霊する地へとやってくるはず。そこが柳洞寺の地下にある大空洞っていうところよ。それまでの間、わたしたちは英気を養って、最後の決戦までじっと待つの。
……といっても、わたしは宝石剣の完成が不可能になったから無力だし、慎二も言わずもがなだわ。まぁ、それでもわたしはついていくけどね? 護衛なんて要らない。わたしを守る必要もないわ。なけなしの宝石で、微力ながらサポートする。それでいい士郎?」
「あぁ、それでいい。でも、やっぱり不安は残るけどな。きっとその大空洞という場所では、サーヴァントの総力戦になるだろう。それを思うと、やっぱり危険だからついてこない方がいいと思う」
そこで慎二が口を開いた。
「それでも、そこには桜もいるんだろう? なら僕は行くね。何もできないだろうけど、衛宮と遠坂が桜を助け出したあと、桜をおぶって逃げ去るくらいはできる」
そして結局、明日は俺、慎二、遠坂、キャスター、ライダー、ガッツと、全員で出ることになった。
「あぁ、そうそう。衛宮くん。あなた、アーチャーの宝具は使えるのかしら?」
ふと、遠坂が訊いてきた。
「アーチャーの宝具? もしかして固有結界のことか? それなら、ほんの短時間だけ使えるけど……」
「なら、もしそれが長時間使えるようになったら、衛宮くんの戦力アップに繋がるかしら?」
……なんだって?
「そんなことが出来るのか? もちろんアーチャーの固有結界を使えるなら、投影の工程を省けるから、かなりの戦力アップだ」
「……そう。まぁ、そうよね。……聞いたわたしが馬鹿だったわね……」
……?
なにやら頭を抱えて、遠坂は顔を赤くしている。
「……それじゃ、士郎。あとで、ちょっとその、色々とアレがあるから、わたしの部屋に来なさい」
「あぁ、分かった。遠坂の部屋だな」
深夜。
就寝する前の時間帯に、俺は別棟に用意した遠坂の部屋に赴いた。
「とーさかー。入るぞー」
扉をノックして中に入る。
するとそこには、ベッドの上で座り込んでいる遠坂がいた。
「……来たわね。ところでキャスターはいる? いるわよね? なら出てってって伝えてくれる?」
そして遠坂は、これまたよく分からないことを申してきた。
「……それは一体どういうことかしら、遠坂の娘」
これには実体化するキャスター。
対する遠坂は、もじもじとしながら話し出す。
「それは……はぁ。分かった。ちゃんと説明するから。それじゃあ二人とも、わたしの前に来なさい。そして全部を了解したら、キャスターには部屋を出てってもらうわ」
俺とキャスターは互いの顔を見合わせる。
とにかく遠坂の前に座って、話を聞くことにした。
「実は、これからわたしの魔術刻印の一部を、衛宮くんに移植しようと思うの。そうすれば、それが受信機代わりとなって、わたしから衛宮くんに向けて一方通行の魔力のパスが通る。で、その移植のために、わたしと士郎を二人っきりにしてほしいのよ。移植は命に関わる手術だから、安全のためにね」
――なんて。遠坂はさらっと、とんでもないことを言いやがった。
「ま、待てよ遠坂。魔術刻印って、魔術師にとっての財産だろ? 何十年、何百年、家柄によっては何千年と積み重ねてきた、命より大事な魔術の結晶じゃないか。なんで、それを俺に……」
「そうでもしないと勝てないからよ。あなたはアーチャーの全てを受け継いだ。その責任をきちんと取って、そして返してもらわなくちゃ、わたしの気が済まない。それにね。アーチャーはわたしのサーヴァントで、その力を士郎が引き継いだんだから、ぶっちゃけ士郎はわたしのサーヴァントなのよ。だから、わたしの命令はこれから一生絶対のことなの。……分かった?」
――――絶句した。
いや、いつかは言うだろうなとは思っていたけど。
聖杯戦争が始まってから知った遠坂の性格上からして、アインツベルンの城から覚悟していたことだけども。
まさか、そんな。
……赤い顔して言われるとは思わなかった。
「……横暴ここに極まれりね。まぁ大体の事情は分かったわ。とにかく、わたしはお邪魔虫ってことね? ……それでも、この部屋から出るつもりはないですけど?」
「なっ……! ちょっとキャスター! あんた全部分かって言っているでしょ! もしかして覗きが好きなのかしら!?」
「別に? ほかの少女と寝るマスターなんて、何度も見てますし。正直に言って、もう慣れました」
「ブフッ……!! き、キャスター!? それってもしかして、イリヤとかのことを言っているのか!?」
ぷいっと顔をそらすキャスターは、それきり霊体化してしまう。
しかし気配は近くにあった。それでも無言に徹しており、こちらから声をかけても返答はない。
それから俺と遠坂は、なんでか顔を熱くしていた。
「……えー。こほん。とにかく士郎。了解は取れたってことでいいのね?」
「あぁ。遠坂が、本当にそれでいいのなら。……それでも、やっぱり不安だな。だってこれ、俺が一生かけても返せない借金を、遠坂から借りるってことだろ? まるで悪魔に魂を売り渡すみたいで、なんだか……」
実際、遠坂凛という少女は、あかいあくまだし……?
「……ちょっと。誰が悪魔よ」
キッとした目で睨みつけてくる遠坂。
その刺してくる視線に貫かれながら、俺は本題に戻る。
実際、遠坂からの魔力バックアップは、これ以上ないほどの恩恵が期待できる。
明日の最終決戦には、必ず固有結界が必要となるだろう。そのために、この申し出を断る理由はない。
「それじゃあ遠坂。具体的には何をすればいいんだ?」
「んー。それじゃあ……まず、脱げ」
……まず、脱ぐ。
「――――はい?」
「そしてわたしも脱ぐから、ベッドの上でわたしと面と向かうこと」
「……と、とおさか?」
一体、遠坂は何を言っているのだろうか。
仮にそんなことをしてみろ。
俺、慙死此処に極まって死んじまうぞ。
「はいそこ、恥ずかしがらない! 別にやましいこととか、いやらしいこととかするわけじゃないんだからっ!」
「そういうこと言われると余計に意識しちまうんだが!?」
――――それからは、色々と大変だった。
心臓の鼓動が大きすぎて、下着姿の遠坂が近すぎて。
それでも刻印移植の際に遠坂の心象風景に入って、そこでパスが繋がったのが確かに感じ取れた。
これで俺の魔力問題は万事解決した。
俺の二十七本の魔術回路と、遠坂の百本近い魔術回路――否、本来魔術師は持っている魔術回路を全て使うことはないため、遠坂の場合は七十本近い魔術回路。
これだけあれば、流石に成熟した魔術師であるアーチャーの魔力量には届かないが、それなりの固有結界の展開を維持できる。
――あとは、明日の夜を待つだけ。
俺の目的は、決戦の場で桜とイリヤを救い、黒幕である間桐臓硯を討つこと。
汚染された聖杯に関しては、全てが終わったあとキャスターに任せればいい。
そして……それを為すだけの手立ては、俺の心象風景に貯蔵されている。
今日に投影した
ほかにもあらゆる投影武器を用いて、桜とイリヤを泥影から解放する。
それでも、僅かな胸騒ぎがあった。
何か、違うんだ。俺たちの敵は、たぶん間桐臓硯ではない。
この聖杯戦争は、最初から何かがおかしかった。
それに気がついているはずなのに、俺たちは気がついていないんだ。
たとえば、いつだったか思い出せない。遠坂とキャスターと学校の屋上で話したこと。
あのとき、何かに邪魔されたんだ。
――――分からない。全ては謎のまま、終わりが近づこうとしている。
もしかしたら俺たちは、何か決定的な見落としをしているのかもしれない。
あるいは、何かの悪意に騙されているのかもしれない。
しかもそれは、終わりが近づいて、全てが終わったあとでも気づけない、最悪の呪いなのかもしれない。
……それでも、俺のやるべきことは変わらない。
仮に土壇場で、どんな予想外のことが起こっても、俺たちは為すべきことを為すだけだ。
――――待ってろよ。桜、イリヤ……。
/了
駆け足。飛び足。猛ダッシュ。
手抜き、手抜き、申し訳ない。