※この作品はR-18です。

Fate/stay night : 2.5i+3.10i+BERSERK = The Future Remember   作:形のない者

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二月十五日

 深夜。

 ――決戦の時が来た。

 

 ソニアこと私は、最後の戦場へと赴く。

 行き先は、柳洞寺の地下にある天然の鍾乳洞。

 またの名を大空洞と呼ばれる場所に、私は辿り着いた。

 

 魔術的に隠された入口を見つけて、暗闇の段差を降り、広い洞窟に出る。

 

「……止まれ。貴様は何者だ」

 

 ふと、眼前の地面から溢れ出る泥影の底から、セイバーが現れた。

 

「貴様は……シロウの同輩か。なんの用だ? 私は常々、貴様の行動理由を不可解に思っていた」

 

「そんなことないわ。私の目的はハッキリしている。それを、この先で証明してあげるわ。だから、そこを通してくれない?」

 

 私の前に立ちふさがり、セイバーは魔に堕ちた聖剣を構えている。

 しかし戦闘するつもりはないのか、セイバーは脇に逸れて道を譲ってくれた。

 

「この先には死が待っている。それでも行きたいのなら好きにするがいい。それより私はシロウを待っている。サクラからの遺言を果たすためにも、私はここでシロウを止めなければならない」

 

「そう、それじゃ」

 

 セイバーの横を通り過ぎる。

 そして洞窟を抜けると、そこには巨大な大空洞が待っていた。

 

「……来たか。異分子め」

 

 ふと、断崖の手前で、間桐臓硯が呟いた。

 その両隣には、黒いドレスを身に纏った、既に無機物となっている桜とイリヤスフィールが佇んでいる。

 

「どうやらセイバーは言うことを聞かなかったようじゃな。ならば、アサシン。バーサーカー。ヴァンディミオンの魔術師をここまで近づけさせるな。必ずここで捻り潰せ」

 

「――――御意に。魔術師殿」

 

 臓硯の一声で、意識のない桜が手を挙げる。

 すると、彼らの前に泥影の沼が出現し、その下からバーサーカーが這いずってきた。

 

 ……よく見ると、バーサーカーには四肢がない。

 あるにはあるが、それは今にもちぎれかかりそうで、まだ再生途中のように見えた。

 

「――Hexerei(ヘクセライ) Satz(ザッツ) von(フォン) Vendée Mion(ヴァンディミオン)――」

 

 ……魔術刻印・起動。

 我が身に宿る霊魂こそ――――遥か雅な月剣士。

 

 無銘の剣士の霊魂を憑依させ、この肉体を戦闘用に作り変える。

 私はこれからバーサーカーとアサシンを抜き去って、即座に大魔術を詠唱しなければならない。

 ゆえに、この前の夜。ランサーと死闘を演じた時のように、全ての判断を小次郎に任せることは出来ない。

 

 物干し竿を構えて、戦闘技術のみ疑似修得。

 敏捷Eランクの速度で駆けるだけで、この身は限界を迎える。

 それをAランクにまで適応させるとなると、かなりの激痛が伴う。

 よって勝負は一瞬。

 たとえ血を吐いても、筋肉が断絶されても、私は目の前の化物二体を抜き去らなければならない。

 

「■■■■■――――!!」

 

 暗黒の巨人の咆哮が上がり、大空洞を震わせる。

 濁流のように地べたを這いつくばって、迫り来るは破壊の嵐。

 

 一方の暗殺者は、高速で飛び跳ねながら悪魔の腕を開放しようと襲い来る。

 

 それを、私は――――

 

「一歩で、抜き去るッッッ!!」

 

 踵が大地を抉り、爆発的な踏み込みで、百メートルの距離を疾駆する。

 

「なにィ――――ッ!?」

 

 私のことをただの魔術師だと油断していたアサシンを一歩で抜き去り、バーサーカーの真正面に躍り出る!

 

「■■■■――――!!」

 

 腕が使えないから大口を開けて、私を噛み潰そうとしてくるバーサーカー。

 あれを正面から受けて立つのは不可能だ。

 

 それに私の肉体は、あと一度の踏み込みで限界を迎える。

 それより前に、大聖杯が眠る大空洞の頂上に、私は辿り着かなければならない――――っ!

 

 ――ならば、跳躍と同時に斬り伏せろ――

 

 脳裏に怜悧な声が咲く。

 その教えに体が脊髄反射を起こし、物干し竿がバーサーカーの口を縦に斬り裂く。

 同時に私は最後の跳躍をかまして、モノを噛めなくなったバーサーカーを飛び越えた。

 

「――――その長刀は……まさか、ヴァンディミオンの魔術師! 貴様、英霊を、その身に――――!?」

 

 いまさら気づいても遅い。

 全ては予定調和だ。

 つまらない。つまらない。全ては決められていたこと。

 

 ――――間桐臓硯、間桐桜、イリヤスフィールの三人を飛び越えて、私は断崖の頂上。大聖杯の前に着地する。

 

「刻限(とき)は来たり――――」

 

 詠唱を始める。

 

「何をするつもりだ、ヴァンディミオン! もはや貴様の好きにはさせぬ――――ガッッ!?」

 

 私の行動を妨げようと飛び上がってきた間桐臓硯の肉体を、神速の剣術で細切れにする。

 それでも首だけは残してやって、これより起こる出来事だけは見えるようにしてやった。

 

 ……さぁ、これより終局(フィナーレ)を楽しもう。

 

「――かつての自分は、過去を視ている未来の自分を視たりて。

 ――――今の自分は、未来を視ている過去の自分を視たりて。

 世界との不完全な約束は、今を以て磐石となった。

 さぁ、運河を逆行しよう、光年の果てまで創世を見届けよう、我は世界を覗く者ゆえに――

 ――The Future Remember……」

 

 再演される希望の未来。

 再現される過去の希望。

 

 これより大空洞で起きる出来事を、私は此処に映像として再演する。

 そして、これより私たちは、決められたレールの上を再現して(走って)いく。

 

 

 

 三十分後:大空洞崩壊。

 二十五分後:■■■■死亡。

 二十分後:■■■・■■■■■出産。

 十五分後:融■七■■討伐。

 十分後:イリ■ス■フ■■ル解放。

 五分後:衛宮士郎一同到着。

 

 

 

 この魔術は、現在から未来を視るものではない。

 この魔術は、未(・)来(・)か(・)ら(・)視(・)て(・)い(・)る(・)過(・)去(・)を(・)視(・)る(・)も(・)の(・)。

 過去視による偽の未来測定は、今此処に未来という曖昧性と過去という絶対性を鏡合わせとして、与太話のない物語として完結する。

 

 ……それでもやっぱり。全てがあらかじめ決められているというのは、ちょっとつまらないけど。

 何事も、一つくらい欠けているほうが、丸く収まるものだ。

 

「な――――んだ。……あれは、なんだ? 今見た過去(みらい)は、真実なのか……?」

 

 私の魔術を見たアサシンが驚愕する。

 

「えぇ、そうよ。これより結末に至るまで、この世界はあらかじめ決められたレールの上を走るの。そこに神の悪戯はなく、遊びもない。ただ、つまらない幸福だけがそこにある」

 

「――――だ、ダメだ。そんな馬鹿な。だめだ、ダメだだめだだめだ駄目だダメだだめだだめだダメだァッ! アサシン耳を貸すでない! こんなものはまやかしだ! 決められた未来などあるはずがない! こんなのは許されん! 儂が許さん! アサシン! 己が願望を胸に抱け! 英霊ともあろうものが、悪魔に魅入られるではないわぁああああ!!」

 

 発狂する間桐臓硯。否定を繰り返すだけで、もはや私の存在が目に入っていない。

 確かに。根源に辿り着くための聖杯を前にして、既に根源へと近しい禁忌を見せられては、大抵の魔術師はこうなるものだ。

 

「好きになさい。来たる未来にどう足掻こうと、既に決められている過去を変えることはできないんですもの」

 

 これで全ての布石は整った。

 提示できるカードは、全て出し切った。

 

 ……あとは、士郎たちを待つだけだ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 深夜。

 俺たちは柳洞寺のお山にやって来ていた。

 そこで地下に入るための結界を見つけて、俺たちは天然の洞窟に入る。

 布陣は、俺とキャスター、ライダー、ガッツが先頭に出て、遠坂と慎二は後ろに控える。

 

 そうして暗闇の段差を降りていると、少し広めの洞窟に出た。

 ……洞窟の奥に、泥影の沼が見える。

 そして予想通り、その中から黒いセイバーが現れた。

 

「……やはり来ましたか。シロウ」

 

「あぁ。そこを通らせてもらうぞ。セイバー」

 

 干将・莫耶を投影し、セイバーと対峙する。

 

「待て、坊主」

 

 そこでガッツが俺の肩を掴み、強引に引っ張り戻された。

 

「セイバーとケリをつけるのはオレだ。坊主は下がってろ」

 

「なっ!? お、おい。話が違うぞ、ガッツ! それじゃあアサシンやバーサーカーが出てきたときはどうすんだ!」

 

「それなんだが、何故かその二騎が出てくる気配がない。つまり、オレはいま手持ち無沙汰ってことだ。それにな、坊主じゃセイバーは倒せねぇよ。それでも納得できねぇのなら、勝手に後方支援に徹してろ。オレはこれから、サシの勝負にこだわるつもりはない。一英霊として、勝ちに行く」

 

 ……それは、つまり。

 

「賢明な判断だ。確かに貴様とシロウが組めば、私を下せる好機が生まれるかもしれない。――――では、行くぞ」

 

 ――――くそっ。考える時間も与えてくれないのか!

 

「俺とガッツが前に出る! キャスターたちは巻き込まれないよう退避してくれ!」

 

 そう叫ぶと同時に、セイバーは莫大な魔力放出で、一瞬のうちに駆けてきた!

 

「オラァアアッ!!」

 

 その突撃を、ガッツは大剣の切り落としで真正面から受け止めた。

 そのまま一息のうちに、ガッツとセイバーの間で、高速の剣戟がぶつかり合う。

 

 セイバーは魔力放出により、圧倒的な筋力と装甲、再生力でガッツを押し切っていく。

 対するガッツは、地面を砕くほどの踏み込みで、怒涛の攻勢を崩さずセイバーを押し返していく!

 そして最後に大きく鍔迫り合った両者は、柄と柄を激突させることで距離を取った。

 

「――――よぉ、セイバー。ちょっと頼みがあるんだがよ」

 

 ふと、ガッツが口を開く。

 

「そのご自慢の聖剣。オレに向けて撃ってみてくれねぇか?」

 

 ――――なっ。

 

「何を、言っているんだ! ガッツ!?」

 

 お前、死にたいのか!?

 そう怒鳴ってやろうとしたら、

 

「……なるほど。前回の焼き直しか。ここで賭けに出たな。バーサーカー」

 

 その挑発を受けたセイバーは、何故か了解して、聖剣を顔の前に構えて見せた。

 

「おう。あの聖剣の光は、オレの中で一二を争うトラウマだが、やっぱり負けたままじゃ死にきれねぇ。ここで挽回を図らせてもらう!」

 

「ま、待て、ガッツ! 何を考えているんだ!? セイバーに宝具を打たせるな!」

 

「おいおい。このままじゃ拉致が明かねぇだろ。今の剣戟の最中に間隙を挟める余地はいくらでもあった。それが出来なかった坊主がわりぃ」

 

 ……っ。悔しいが、ガッツの言う通りだ。

 俺は隙を見て、干将・莫耶によるアーチャーの奥義をセイバーに叩き込もうと思っていた。

 だが、俺の憑依経験はまだまだ甘い。出来ることは増えたが、出来ることに体が追いついていないんだ……っ!

 

「――――だからよ、坊主。何事も身代わりが必要ってこった」

 

「……えっ?」

 

「オレじゃあセイバーにトドメを刺せない。だから、お前がケリをつけろ」

 

 ……何を。

 

 腰を入れて、ガッツは大剣を前に置く。

 一方のセイバーは、その聖剣の真名を開放しようとしていた。

 

「約束された(エクス)――――」

 

「――――」

 

 ――――そこで、俺は全てを悟った。

 ガッツの宝具には、魔性に対する特攻がある。

 それが、泥影に呑まれたセイバーの宝具を受けた場合、はたしてどうなるのか!

 

「――――勝利の剣(カリバー)ァアア!!」

 

「――――ッ!」

 

 反転する極光。

 その黒い威光は全てを呑み込む。

 

 対するは魔を断ち切る鉄の魔剣。

 その刀身は、魔性のものを両断する。

 

 ――黒い光の本流が、容赦なくガッツの全身を呑み込む。

 しかし聖剣より解き放たれる極大の魔力奔流は、その全てがガッツの大剣の前で、分水嶺のように真(・)っ(・)二(・)つ(・)に(・)引(・)き(・)裂(・)か(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)!

 

「なにっ!? まさか、貴様の宝具は――――!」

 

「そうだ、オレの宝具は魔(・)を(・)断(・)つ(・)剣(・)! あの時は聖剣の正しき光に敗れたが、闇に堕ちたテメェを斬るのは、今では造作もねぇことだ! ――――ッ……ウゥオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 放たれ続ける暗黒の極光を、断ち続けるは鋼鉄の大剣。

 そしてサーヴァントとは、宝具を使っている瞬間が最大の攻撃になるが、同時に最大の隙にも成り得る!

 

「――――投影、開始(トレース・オン)」

 

 ――鉄塊・剣風伝奇(ドラゴンころし)、投影待機。

 次いで、俺が手向けるは――――!

 

 鶴翼(しんぎ)、欠落ヲ不ラズ(むけつにしてばんじゃく)。

 ――未だ、不完全。

 

 心技(ちから)、泰山ニ至リ(やまをぬき)。

 ――故に、応用開始。

 

 心技(つるぎ)、黄河ヲ渡ル(みずをわかつ)。

 ――干将・莫耶、三本同時投影、全待機。

 

 唯名(せいめい)、別天ニ納メ(りきゅうにとどき)。

 ――投影、開始。二対、投擲。一対、この手に。

 

 両雄(われら)、共ニ命ヲ別ツ(ともにてんをいだかず)――――!

 ――敵の周囲を旋回する四つの刃。迫り来るはもう二つの牙。

 

 このどちらかを防げば、どちらかは防げない!

 

「――――シロウ。どれだけ手数があろうと、己の実力に追いついていなければ、私を打倒することなぞ不可能だ!」

 

 セイバーが魔の聖剣を振り切る。

 その最後のひと押しで、ガッツはセイバーの宝具を防ぎ切ったものの、壁に叩きつけられた。

 

 次いで、首を狙い旋回する四つの刃を無視したセイバーは、駆け寄る俺の二つの牙を向かい打とうとする。

 それは、己の命を度外視して、ただ敵の首を獲りに行くという、捨て身の特攻。

 ――だが、俺はバーサーカーとの戦いでヒントを得ていた。

 

 泥(・)影(・)に(・)呑(・)ま(・)れ(・)た(・)者(・)は(・)不(・)死(・)身(・)と(・)な(・)る(・)。

 彼(・)ら(・)に(・)死(・)を(・)与(・)え(・)る(・)こ(・)と(・)は(・)、(・)ど(・)ん(・)な(・)概(・)念(・)で(・)も(・)不(・)可(・)能(・)だ(・)。

 

 ――――だ(・)が(・)、(・)こ(・)こ(・)に(・)例(・)外(・)が(・)存(・)在(・)す(・)る(・)!

 

「セイバーァ……!」

 

 セイバーと打ち合う直前、干将・莫耶を我武者羅に投擲する!

 

「なにっ――――!? 六つの挟み込み!」

 

 セイバーの前後左右を三対の干将・莫耶が囲み込む。

 だが、基本通りの型を失った奥義は、それだけで児戯に等しい技へと堕ちる。

 

「こんなもの、全て払いで――――!」

 

 セイバーは魔力放出によって堅牢な鎧を強化し、聖剣の薙払いで干将・莫耶を弾こうとする。

 その防御行動により二対の刃は弾かれ、残り一対の刃は鎧に防がれるだろう。

 

 確かに。実力の向上がなく、ただ手数が増えただけでは、セイバーを倒すことは出来ない。

 けれども……もし、その増えた手数の中で、セイバーを一撃で倒せる剣があるとしたら――――!

 

「――投影、開始(とうえい、かいし)!」

 

 魔術回路に待機させていた鉄塊・剣風伝奇(ドラゴンころし)を投影。

 

「なに! その、剣は――――!?」

 

 三対の干将・莫耶を薙ぎ払おうとするセイバーに対し、

 その聖剣も、干将莫耶も……全てを巻き込む形で、一刀両断にしてみせるッ!

 

「行くぞ、鉄塊(てっかい)・剣風伝奇(けんぷうでんき)――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――見舞った一太刀。砕かれた黒い鎧。

 セイバーの肩口から血が流れ、泥影が迸る。

 

「――――何故、止めた。シロウ――――」

 

 だが、その首を――――俺は、獲れなかった。

 

「――――」

 

 そんな無様な俺を見て、宝具の奔流を喰らったばっかりのガッツが、起き上がりざまに焦った顔で走ってくる。

 

 その行動が、セイバーにトドメを刺すつもりなのだと、俺は知っていて――――

 

「――――投影、開始(トレース・オン)」

 

 セイバーを袈裟斬りにしている大剣は、その魔を殺す特性によりセイバーをその場に縛り付けている。

 大剣を引き抜かない限り、セイバーはそこから動けない。

 

 だから、俺は――――

 

「坊主! テメェ!?」

 

 言っただろ。俺は誓ったんだ。

 俺は、家族を守るのだと――――!

 

 ――――大剣と双剣が交錯する。

 足りない技量を憑依経験で取り繕う。

 足りない覚悟を別の覚悟で塗り潰す。

 荒れ狂う狂風を前に、俺は成すすべなく弾かれるッ!?

 

「クソッ! させるか――――!」

 

 踏み込みを固め、ガッツをセイバーに近づけさせない。

 怒涛の連撃を、俺はあらゆるものをすくい取る剣戟で追いついてみせる!

 

「テメェ正気か! 迷うな! ここでトドメを刺さなければ、すぐにセイバーは復活するぞ!」

 

「ダメだ! ――――俺は、セ(・)イ(・)バ(・)ー(・)を(・)救(・)う(・)手(・)段(・)を(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)! それがあるのに、まだ諦められるわけがない!」

 

「――――シロウ……? ダメだ。何を、言っている。ここで私を殺さなければ、すぐに、泥が――――」

 

 セイバーの足元に泥影が生まれる。

 しかしセイバーの半身を切り裂いている大剣のせいで、泥影は完全にセイバーを沼に引きずり込めない。

 

「……考え直せ、坊主! 俺の大剣でも、時間をかければセイバーは治癒する! それは時間稼ぎにしかならない!」

 

「もともとそれでいいんだよ、ガッツ! セイバーが呑み込まれる前に、この先で決着を付ければいいだけだ!」

 

「この……退けぇッ!!」

 

 暴力的な膂力で大剣が奮われた。

 その剣圧の力は、たしかに俺を殺しに来る一撃。

 

「ぐっ――――ッ!?」

 

 防ぎに入った干将・莫耶が砕かれる。

 

「セイ、バーァア――!」

 

 それでも転がって、起き上がって、俺は飛び込んだ。

 俺を吹き飛ばして、セイバーを一刀のもとに――そうとするガッツの前に、反射的に身を投げ出す。

 

「――――チィ!」

 

 刹那、大剣を止めにかかるガッツ。

 だが、もう遅い。

 おそらく俺はガッツの大剣で、この背中を両断されることだろう。

 

 

 

 ――――しかし、いつの間にか俺の体は、セイバーと位置を入れ替えられていた。

 

「カハ――ッ!?」

 

 そこには……俺を庇って、ガッツの大剣に半身を切り裂かれた――――セイバーの姿があった。

 

「……せい、バー……?」

 

 確かセイバーは、俺が体に刻み込んだ大剣の力で、身動きがとれなかったはずだ。

 ……まさか、最後の力を振り絞って、魔を殺す魔力に抵抗したっていうのか……!

 

「……し、シロウ……無事、ですか……?」

 

 背中越しで振り返るセイバー。

 

「セイバー……セイバーァ!?」

 

「あぁ、よかった。これで、サクラとの約束は――――」

 

「……見事だ。セイバー。オレの宝具を受けて、まだ動けるとはな」

 

 そう言って、容赦なく引き抜かれた鉄の大剣。

 セイバーの体から尋常ではない鮮血が迸り、もはや使いものにならなくなったセイバーなんて要らないと、泥影の沼が引いていく。

 

「――――」

 

 膝から崩れ落ちそうになる。

 その時、ガッツが俺の腕を掴んできた。

 握り潰されるのではないかというくらいに、ガッツの握力は強かった。

 

「立て、坊主。お前の戦いは、まだ終わっちゃいないだろう。お前は、誰を守ると誓ったんだ」

 

 ……そんなこと、最初から決まっている。

 

「俺は、桜も、イリヤも、セイバーも守るんだ」

 

「だが、お前はセイバーを救えなかった。それだけだ」

 

 そう言ってガッツは、洞窟より先に進んでいく。

 

 

 

 ……俺の目の前で倒れ伏すセイバー。

 おそらく霊基が消滅するまでに、まだ時間があることが分かった。

 

「……おい、ガッツ」

 

 そのセイバーの切り傷に違和感を覚えた俺は、去りゆくガッツに振り返る。

 

 するとガッツは、

「全てを救う。普通なら、そんな奇跡は許されない。……だけどな。足掻いて、足掻いて、もがいて、もがいた末に……その奇跡とやらは、降って湧いてくるかもしれない」

 そんな独り言を呟いて、壁に寄りかかるガッツは、俺たちが来るのを待っていた。

 

「……マスター」

 

 俺の傍らにキャスターが立つ。

 続いて遠坂が来て、怒りを交えた複雑な表情で口を開いた。

 

「……衛宮くん。今、あなたは……本当に、セイバーを助けようと思って、あんな行動を取ったの?」

 

「あぁ。おかしいか」

 

「っ……えぇ。おかしいわ。そんなんじゃ、あなた。自分が助けられるものも助けられないわよ。どっちを救うのか、それが割り切れないのなら、あなたはこの戦いに向いていない」

 

「いや、違うぞ遠坂。俺は割り切れている。それに……ア(・)ー(・)チ(・)ャ(・)ー(・)だ(・)っ(・)て(・)、(・)そ(・)う(・)言(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)」

 

「……えっ?」

 

 それだけ言って、俺はガッツのところに向かう。

 すると、背後から慎二が声をかけてきた。

 

「おい、衛宮。僕は認められないね。今のお前の行動は。なぁ、衛宮……もし土壇場で、あの銀髪の子か、桜のどっちかを選ぶときが来たら、お前はどうするつもりなんだ? 返答次第では怒るぞ」

 

 ……その言葉に、俺は慎二の顔を見て言い返す。

 

「そんなことは起こらない。俺がどっちかを選ぶ時が来たら、その時はもう片方を慎二たちに任せたい。別に俺は、独りで全てを救おうとしているわけじゃない。遠坂や慎二、キャスターやライダー、ガッツがいなかったら、そもそも家族を守るだなんていう誓いは押し通していない。……いや、押し通しきれない」

 

「……そんなこと言われたって、僕と遠坂は役立たずだぞ」

 

「それでもだ。俺は俺の役目を果たす。だから俺たちについてきた以上、慎二も遠坂も協力してくれ。頼む」

 

 我ながら無茶なことを言っているのは分かっている。

 それでも俺は、全てを救える力を、知識を……アーチャーから託された。

 だったら最後の時まで、この信念は押し通すべきだ。

 

 ……それに、このことは自分の家から柳洞寺に出立する直前。キャスターとライダーに話していたことでもある。

 

 ――俺は、桜やイリヤのほかに、セイバーも救うつもりでいる――

 

 そう言うとキャスターは反対し、ライダーも殺意を顕にして、俺への協力をやめようとしてきた。

 それでも俺は説得を尽くして、なんとか二人を納得させた。

 アーチャーから託された記憶の中にあった、セ(・)イ(・)バ(・)ー(・)を(・)救(・)う(・)手(・)立(・)て(・)を説明して――――

 

 

 

   ◇

 

 

 

 あと一分程度で、大空洞に士郎とガッツたちが入ってくる。

 そしてイリヤスフィールや桜の状態を見ても何も反応がないことから、どうやら過去通り、ガッツはセイバーにトドメを刺さなかったらしい。

 通常、彼の性格からしたら、これはありえないことだ。

 それでもセイバーを殺さなかったのは、士郎を信じてみたのか、それとも……。

 

 ――――何かしらの要因で、セイバーにトドメを刺せなかった。

 そんな、私でさえ曖昧にしか掴めていない奇跡が、もしかしてどこかにあるのか。

 

 ……とにもかくにも、私は私のやるべきことをやるだけだ。

 

 さて、目の前の間桐臓硯は――ありえない。そんなことはありえない。ありえてなるものか――と独り言を呟くばかり。

 一方のアサシンは正気のままで、侵入者を察知していた。

 そしてバーサーカーの方は、徐々に泥影により四肢の復元が進んでいた。

 

「……ちょっと、そこのアサシン。話があるわ。貴方はイリヤスフィールを守ってちょうだい。私は桜を守るから」

 

「……それは、まさか、先ほどの過去通りにしろと言うことか?」

 

「えぇ。そうよ。どのみち貴方はそうせざるを得ない。今は不出来な聖杯の桜より、完璧な聖杯であるイリヤの方が大事なんだから、間桐臓硯は信頼できる暗殺者にイリヤを守れと命令を下す。すると桜の方が疎かになるけど、そこを何故か私が守る」

 

「……なるほど。確かにどのみち、決められた運命には逆らえんということか――――ならば、これはどうだッ!」

 

 突然、アサシンはダークを投げ放ってくる。

 これは、私が見た過去の中ではなかったことだ。

 

「無駄ね」

 

 それでも、そのくらいの誤差で影響なんてものは出ない。

 物干し竿でダークを弾き飛ばし、少しの誤差程度では大きな流れは変えられないのだと思い知らせる。

 

「一匹の魚が川の流れを変えることはできない。そんな喩えがどこかにあったわね」

 

「……ッ」

 

「おっと。ここで宝具を使おうだなんて考えないことね。私は全力で逃げさせてもらうから。その間に、きっと士郎たちが、イリヤスフィールも桜もセイバーも救いきっていることだろうけどね。あ(・)ら(・)、(・)過(・)去(・)通(・)り(・)だ(・)わ(・)!」

 

 私の嘲るような台詞に、アサシンは口を噤む。

 仮面の下の表情は読み取れないが、おそらく苦渋に満ちているのは読み取れる。

 

 その時、ようやく大空洞に入ってきた士郎とガッツたちが、頂上に立つ私を見つけた。

 同時に、間桐臓硯は正気を取り戻して、アサシンに命令する。

 

「次から次へと……アサシン。黄金の聖杯を守れ。バーサーカーを迎撃に向かわせる」

 

「し、しかし、魔術師殿……!」

 

「ええい。口答えするな! ヴァンディミオンの仕組み通りになるわけがない! いいから行け、行くのだ! アサシン!」

 

 臓硯の癇癪を受けて、アサシンはイリヤスフィールの側に付く。

 私は頂上から飛び降りて、バーサーカーの隣に立った。

 

 こちらに向かってくる士郎、ガッツ、キャスター、ライダー。

 そして、これからの戦闘に巻き込まれない位置で、凛と慎二が控えている。

 

「――――ソニア!」

 

 ふと、士郎が叫ぶ。

 続けて何かを言おうとする士郎を遮って、私は物干し竿を構える。

 

「来なさい。士郎、ガッツ。これはね? 私が知る、全ての者たちが望んだ――つまらない終局序曲(アンサンブル)なんだから」

 

「ソニア……?」

 

「構えな、坊主。オレはバーサーカーを相手にする。テメェはソニアを相手にしろ」

 

 そのガッツの言葉で、士郎の目つきが変わる。

 そう、今だけは……私と士郎は戦う運命にある。

 

「……だったら、ソニアの相手はライダーに任せた。キャスターはアサシンが守っているイリヤの方へ行ってくれ。俺は桜の方に行く」

 

 ……そう。

 そうすれば、少なくともイリヤスフィールは解放される。

 

 ガッツは大剣を構えて、バーサーカーを見据える。

 士郎は双剣を構えて、彼より前に出るライダーが私と対峙する。

 そしてキャスターは、アサシンと対峙する。

 

「それじゃ、行くわよ。ライダー!」

 

 ほどほどの脚力で突貫する。

 それに合わせて、ライダーが飛び込んできた。

 

「■■■■■――――!!」

 

 咆哮を上げるバーサーカー。冒涜された大英雄は武器を持たず、徒手でガッツに襲いかかる。

 私たちの傍らでぶつかり合う狂風と嵐。

 

 そこで、私の長刀とライダーの鎌が鍔迫り合った。

 同時に、私とライダーの横を士郎が駆け抜けていく。

 

「投影、開始(トレース・オン)――――っ!」

 

 その手には、キャスターの宝具と同じものが投影されていた!

 一方のキャスターは、アサシンと対峙するだけで、こちらの戦況を窺うに留めている。

 そう。士郎はキャスターにイリヤスフィールを任せたとは言ったけど、別に助けろとは言っていない。

 

 そのことをアサシンは知っている。

 あのまま士郎を野放しにすれば、桜だけではなく、イリヤスフィールまでもが泥影から解放されることを知っている。

 だから、それを邪魔したいはずだが……もし持ち場を離れれば、好機と見てキャスターがイリヤスフィールを救ってしまう。

 

 ――つまり、どう転ぼうが、全ては予定調和のうちにある。

 

「聞きなさい、ライダー。これから私はアサシンに突撃する。だからタイミングを合わせて、バーサーカーに宝具を叩き込んで」

 

「――――っ!?」

 

 一度、高速の太刀筋で、ライダーの鎌を弾く。

 言うことを聞いてもらえなくても結構。

 どのみちライダーは、そうせざるを得なくなるから。

 

「アサシン!」

 

「来たかっ!」

 

 その名を叫び、私は三度目の踏み込みで大地を割り、アサシンに突撃する!

 対するアサシンは飛び退り、私とアサシンは追いかけっこを始める。

 

 ――もし、ここでアサシンが宝具を使えば、私は絶対に死ぬ。

 だが、私が死んでいる間に、私はアサシンの首を切り飛ばす。それでもアサシンは不死身だから、すぐに再生する。

 それでも、その一瞬さえあれば……その頃には桜もイリヤスフィールも士郎たちによって救われている。

 

 私が犠牲になるだけで全てが救えるのなら、これ以上望むことは何もない!

 

「グッ――――グゥッ!!?」

 

 しかし、アサシンは宝具を打ってこない。

 私は長刀をアサシンに振るうが、アサシンはそれを躱すばかり。

 既に宝具のレンジ内に入っているというのに、アサシンは宝具を使用してこない。

 

 そうすることで、過去通りになることを恐れて……。

 

「どうしたのアサシン? 宝具を使おうが使うまいが、貴方の敗北は、残念だけど既に決定されている事なのよ!」

 

「……なんということだ。こんな、こんな横暴なことガァアアアアアッッ!!」

 

 ダークを持ち出したアサシンは、ただ私と斬り合っていく。

 その間、私とアサシンの戦闘に目を丸くするキャスターが、ここが好機とばかりにイリヤスフィールへ走り込む。

 

「何がなんだか分からないけど――――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)!」

 

 イリヤスフィールに短剣を突き入れるキャスター。

 それによりイリヤスフィールの体を汚染する泥影が、その法則を無視してことごとくが初期化される。

 

 解き放たれた世界の悪意。

 黒いドレスから白いドレスへと変身したイリヤスフィールは、糸の切れた人形のように崩折れる。

 

 次いで――ガッツとバーサーカーが戦闘しているところに、隙を突いてライダーが宝具を叩き込みにいった!

 

「今度こそ蘇生なんて許しません――――屈折延命(ハルペー)!」

 

「ナイスだ。ライダーァアッ!!」

 

 ライダーによって、バーサーカーの胴体に一閃が切り込まれる。

 刹那、バーサーカーの蘇生宝具が無効化された一瞬を狙って、ガッツが大剣を叩き込む!

 ――――だが、それだけでは足りない。

 

 バーサーカーは戦闘続行スキルを持っている。一度の殺害にダメ押しを仕掛けなければ、一回殺すことすら難しいんだ!

 ゆえに私は、アサシンとの追いかけっこをやめて――――

 

「お願い。私の体、まだ動いて――――!」

 

「ぐっ……させるかァッ!」

 

 焦るアサシンがダークを投擲してくる。

 それを私は見向きもしない。あのダークが私に当たらないことは、既に過去を視て知っている。

 

「しまっ――!」

 

 焦るあまり狙いを誤ったのか。

 それとも、そうなることを知っているがゆえに、極度の緊張感に敗北したのか。

 ともかくアサシンは、短刀の投擲を狙いから外した。

 

 そして私は四度目の踏み込みで、ガッツの大剣と合わせに行く!

 

「ウォオオオオオオオオオ!!」

 

「ハァアアアアアアアアア!!」

 

 バーサーカーの頭部から胸部までを大剣が縦断し、バーサーカーの素っ首を長刀が両断する。

 直後、命を絶たれたバーサーカーは、世界の悪意から解き放たれた。

 

 ――消滅する漆黒の巨人。

 悪意ある意識に冒涜され続けた大英雄の肉体は、今此処にようやくの安息を得られた。

 

 だが、ここで止まってはいられない。

 私の跳躍の着地場所は、バーサーカーの首を斬り飛ばした先にある。

 

 そのまま私は、桜に駆ける士郎の首を狙って――――!

 

「なに、ソニア――――!?」

 

 ――ガキィン、と。長刀と双剣が切り結ぶ。

 

「何故だ、ソニア! アサシンと戦って、キャスターをカバーして、なんでそこで俺を邪魔するんだ!」

 

「――――コフッ!? ……ご、ごめんなさいね、士郎。……なんたって、過去通りにしないといけないから――――」

 

「……過去、通り……?」

 

 口内からかなりの量の血がこぼれる。

 既に脚の感覚が無い。それでも脚がある以上、私の感覚は無視して、小次郎(私の体)には動いてもらわなければならない。

 

「……お……おのれ……おのれぇ……!」

 

 ふと、断崖の頂上で戦場を眺めていた臓硯が、恨み言を言いたそうにアサシンを睨みつける。

 

「裏切ったな! アサシン!!」

 

「なっ!? ご、誤解でありまする魔術師殿! 私は魔術師殿を裏切ってなどございませぬ! 裏切るつもりなど毛頭ない! ただ、ただ、ただ! これが、定められた未来!

 ――――否、過去なのでありまする!」

 

 間桐臓硯とアサシンが言い合っている。

 その時、大空洞の入口に控えていた慎二が駆け出した。

 

「ちょ、慎二!?」

 

「今だ遠坂! あの生意気な小娘を助けるぞ!」

 

 そう言って慎二は、キャスターとイリヤスフィールのところまで走ってくる。

 そして慎二はイリヤスフィールをおぶさり、凛とキャスターと共にアサシンから距離を取った。

 

 しかして間桐臓硯が、気が狂ったように高笑いを上げる。

 

「あ、はは――――は。もう、ダメだ。未来は、悪魔に蹂躙された……。さらに、アインツベルンの聖杯が解放されたということは、七騎分の英霊の魂が、全て桜の方に流れたということ。それが意味することは――――桜が生まれ変わるということだ。たとえ魔術破りの短剣であろうと、魂の行き先までは初期化できない。あぁ……生まれるぞ。生まれ変わるぞ! この世全ての、化物がぁああ!」

 

「なに……? それはどういうことだ、間桐臓硯!」

 

 士郎が叫ぶ。

 しかし間桐臓硯は、また独り言を呟き始め、もはや聞く耳を持っていなかった。

 それゆえ、私が代わりに解説する。

 

「化物よ。これから間桐桜は青銅の聖杯として、今回の聖杯戦争で集めた七騎分の英霊の魂。アーチャー、ランサー、バーサーカー、真アサシン、ギルガメッシュと融合して、融合七英霊として再誕する」

 

「……ソニア? おい、今のは――――」

 

 冗談なのか? と、士郎は問おうとする。

 刹那、間桐臓硯が口を開く。その腕には、臓硯の令呪が鈍く光っていた。

 

「あぁ、あぁ……! そうだ。最後まで儂は諦めんぞ! 五百年の執念を、こんなところで諦めてなるものか! 桜の中には儂の本体がある。ならば、儂そのものが英霊と融合すれば――――!

 ……令呪を以て命じる。――――アサシン、自害せよ!」

 

「ま、魔術師殿!? ――――ぐ、ごがぁ?!?!」

 

 悪魔の腕で、己の心臓を突き破ったアサシン。

 されどその身は不死身であるため、たった一画の令呪の強制力では、アサシンは死にきれなかった。

 

「重ねて令呪を以て命じる。必ず死してみせろ。アサシン!」

 

「お、おやめくだされ……ま、魔術師殿――――! ぐ、グガァァッ!!?」

 

 自害命令を重ねて命じられたアサシンは、その死にきれない体を殺しきるため、己の霊基を自壊させる。

 悪魔の右腕は折れ、四肢を自分で折りたたみ、最後に首を捻り切る。

 それも全て、アサシン自身の自己改造スキルで成し得られる、最もむごい自殺方法だった。

 

 それでも虫の息でいるアサシンは、最後に断罪とも呼べる救い。――――否、終わりを告げられる。

 

「あぁ……鐘の、音が――――そう、か。わた、し、は――――…………」

 

 泥影から解放されたアサシン。

 その魂が、おそらく桜の中に帰還する。

 

「は、はは! これで、儂が桜の中に入れば――――」

 

 そして断崖の上に在る間桐臓硯の肉体は、今を以て事切れた。

 おそらくその意識を、桜の中にいる本体とやらに移したのだろう。

 ……無駄なことを。

 いずれキャスターの宝具で桜が解き放たれる時に、まとめて殺される過去を視ていたというのに。

 

 しかして七騎分の魂を集めた間桐桜は、その色のない目を裏返させて、足元に広がる泥影の沼に覆い尽くされていった。

 

「さ、桜――――!?」

 

 遠くで慎二が驚いている。

 彼や凛、士郎には、たとえひと時でも、辛いものを見せてしまった。

 

「――――さぁ、士郎。ガッツ。これからは英雄らしく、化け物退治と行きましょう?」

 

 わざとらしく、私は士郎に振り返って言う。

 

「ソニア……お前はまさか、桜を助けるつもりがないのか!? お前は敵か味方か、どっちなんだ!」

 

 そこで――私は味方よ――と即答しようとしたら。

 横からガッツとライダー、キャスターが歩いてきた。

 

「おい、坊主。ソニアを信じてやれ。そいつは最初から最後まで、お前らの味方だった」

 

「ガッツ……?」

 

 ガッツの言い分に士郎は訝しむ。

 しかし、今は悠長に話している場合ではない。

 刻一刻と桜は変容を始めており、既に全長十メートルを越す怪物になろうとしている。

 

「とにかく士郎。話を聞いて。怪物になった桜は破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)で解放できる。ただしキャスターにはガッツについてもらう。理由はガッツの鎧の宝具を安全に使うためよ。ガッツの鎧には、魔術師の魂を一騎分収納できる余りの枠があるの。そこにキャスターを潜り込ませて桜を救い出したあと、キャスターの宝具で暴走したガッツを解放する。ガッツとキャスターは、これでOK?」

 

「あぁ、オレは構わねぇ。しっかし、まさかここでもチビの魔術師を背中におぶさるとは……因果かねこれも」

 

「ちょ、ちょっと! 私はまだやるとは言ってないんだけど! ――きゃっ!?」

 

 キャスターの首根っこを掴んで、ガッツは自分の肩まで持ち上げる。

 それからガッツは、自分の首にキャスターの両腕を回させようと、強引に背中に乗せ上げた。

 

「ほれ、ここで手を離したら落ちるぞ。顎を背中の鎧にぶつけたいか」

 

「も、もう! おんぶされればいいんでしょ!? まったく屈辱的だわ!! 全てが終わったらどうしてやろうかしら?!」

 

 さて、ガッツとキャスターの準備は整った。

 

「それじゃあ、次に士郎。この戦いは貴方が鍵よ。ガッツが桜と戦闘している間に、私とライダーが貴方を援護する。その間に貴方は懐に潜り込んで、その短剣を桜に突き刺す機会を見出してちょうだい」

 

「えっ。ちょ……えぇ?」

 

「諦めましょう士郎。やるしかありません。それに一刻も早くサクラを救い出したい。そうでなければ、私は目の前の少女を怒りで殺してしまいそうです」

 

 ……今の本気の殺意は、申し訳なさも含めて受け止めるとして、それはそれで襲ってきたら切り返す準備をしておく。

 

「――――――――」

 

 鳴動する大空洞。

 咆哮にならない、少女のような泣き叫び声が、大空洞全体を振動させる。

 

「それじゃあ、行くわよ。ちなみに融合した桜は、ギルガメッシュとアーチャーの宝具、ランサーの敏捷性、バーサーカーの凶暴性を揃えて襲って来るから、そのつもりで」

 

「――――な、なんだってぇ!?」

 

 素晴らしいリアクションを士郎が披露してくれた、次の瞬間。

 融合七英霊桜は、その怪物としての肉体を完成させた。

 

 全てが汚泥に覆われた、全長数十メートル以上の怪物。

 外観はてるてる坊主のようで、クラゲのようにゆらゆらと揺れている。

 その頭部に貌はなく、胴体には無数の剣や槍の形をした影が、その先端を見せている。

 さらに足元には数え切れないくらいの影の触手が蠢いており、それらは全てバーサーカーの斧剣より大きいものだった。

 

 私たちを捕捉した融合七英霊桜は、突如として引きのない攻撃速度を以て、雨のように無尽蔵の影武器を投射してくる。

 

「士郎! 私についてきて! あの中を突破するわ!」

 

「嘘だろこんなの!?」

 

 駆け出す士郎の頭上に降り注ぐ、影槍の数々を長刀で弾いていく。

 そして私でも捌ききれない三割の取り逃しを、ライダーが完璧にカバーしてくれる。

 

 一方のガッツは、その呪われた鎧を使用していた。

 

「行くぜ……u、Ugaaaaaa――――!!」

 

「こ、これは……!?」

 

 ガッツの背中に闇の狼が昇りくる。

 それは背中に抱きつくキャスターすらも呑み込んで、ガッツは狂化した。

 

 ――しかし、次の瞬間。

 

「aaaaaa――――あ? こ、これは……。――――あぁ、すげぇぜ、キャスター。まさかオレの正気を取り戻せるとはな。並みの魔術師じゃ、こんなことは出来ねぇぜ!」

 

 ガッツは正気を保ったまま、呪われた鎧を使いこなしていた。

 それからガッツは、天性の魔が持つ破格のステータスを正気のままに再現して、融合七英霊桜に躍りかかる!

 

「行くぜ、桜! 歯ぁ食いしばれェ!!」

 

 その吶喊に迎撃行動を取ったのは、影の触手だった。

 尋常でない量の触手が、ガッツに猛打を浴びせかかる。

 しかし、それらをたったのひと振りで、ガッツは魔の者共を破断していく。

 

 ――――融合七英霊桜との距離まで、あと百数メートル!

 

 その時、敵は攻撃の速度をさらに早めた。

 私の頭上に倍となった影の雨が降り注ぐ。

 

「ソニア! っ――――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 士郎を守るどころか私が危うかった場面で、士郎は六枚の花弁を咲かせて影の雨を防ぎきる。

 

「ライダー! 俺を蹴飛ばせ!」

 

「っ!? 正気ですか!」

 

「このままじゃ物量で押しつぶされる! 固有結界を展開する暇もない! 干将・莫耶で活路を切り開く! ――ソニア!」

 

 その呼びかけは「俺に合わせろ」って意味ね……!

 

「蹴飛ばしますよ、士郎!」

 

「あぁ、足の裏で合わせる!」

 

 ライダーは怪力スキルを使用。

 士郎は跳躍し、ライダーの蹴りに乗っかって、大きく敵に接近する。

 

 次々と投射される影の剣。

 私は肉体の限界を超越するのを構わず、小次郎の力を借り受ける。

 

「ハァアアッ!!」

 

 ここまでで、士郎の花弁は一枚に減っていた。

 その一枚を割る攻撃から士郎を守るために、私は降り注ぐ全ての武器を風のように切り崩す。

 

 ――その時、私たちの真下に大きな影が出来た。

 

「――――なっ!?」

 

 空中をかっ飛ぶ士郎から驚きの声が上がる。

 なんと私たちの頭上から、この戦場にいるもの全てを踏み潰すことが出来る、巨大な影の手の平が降ってきていたのだ。

 

 ――あれを防ぐ術を、私も士郎も、ライダーも持っていない。

 魔を断つ力を持つ干将・莫耶なら斬り祓えるかもしれないが、そもそも斬りつける前に踏み潰されてしまうだろう。

 

「――――へっ」

 

 その時、どこかで誰かの失笑が聞こえた。

 

「鉄塊・剣風伝奇(ドラゴンころし)ィ――――!!」

 

 次の瞬間。

 頭上より堕ちたる影の空が、そのさらに上より降ってきたガッツの大剣によって一刀両断に切り崩された。

 跡形もなく散っていく影の手の平。

 

 そこで頭上より降ってくるガッツと、地上より跳躍した士郎が、中空ですれ違う。

 

「行け、坊主――――!」

 

「――――投影、開始(トレース・オン)!」

 

 干将・莫耶を投影し、一気に融合七英霊桜の中腹に着地する士郎は――――!

 

「かなり痛いぞ、桜ァッ!!」

 

 魔を断つ双剣を奮って、融合七英霊の腹を横薙ぎに切り開いた。

 

 刹那――――轟音を立てて、形が保てなくなった影たちがボロボロと崩壊を始める。

 そして頭部から、影に纏われていた本体である桜が降ってきた。

 

「――サクラっ!」

 

 降り注ぐ影の塊を避け、ライダーは地べたを這うように駆け抜ける。

 

「行くぞ、ライダー!」

 

 地上に落下する士郎。

 やがて桜が地面に衝突するギリギリのところで、ライダーは彼女を受け止める。

 同時に士郎も着地して、その手には歪な形の短剣を投影しており、桜の下に駆けつける。

 

「目を覚ませ、桜!」

 

 そして士郎は、桜の胸に短剣を突き刺した。

 途端、黒く染まった桜の体が、純白の色に解き放たれる。

 それに合わせて、大空洞全体を覆おうとしていた泥影は、その鳴りを潜めていった。

 

「……あぁ、桜……よかった……」

 

 すやすやと眠る桜の寝顔を見て、士郎は安堵する。

 その周りにライダーとガッツが集まってきて……遅れて凛と、イリヤスフィールをおぶさった慎二もやってきた。

 

「おい、衛宮。戦いは、終わったのか? 桜は……?」

 

「無事だ、慎二。……ところで、イリヤを助けてくれてありがとな。もしあのまま放置されていたら、今の戦いに巻き込まれて無事では済まなかったと思う」

 

 ……士郎と慎二の何気ない会話。

 それだけのことなのだけど、私はそれを見て、どこか安心していた。

 

「……ちょっと、ソニア」

 

 ふと、凛が話しかけてくる。

 

「あなたね。今度こそは洗いざらい話してもらうんだからね!」

 

 その凛の言葉で、全員、私の方に振り返る。

 

「……えぇ。全てを話すわ。まず……戦いは、まだ終わっていないってことを」

 

 

 

『……えっ?』

 

 士郎、慎二、凛が呆ける。

 

 そこで私は、大空洞の断崖の頂上を指さした。

 必然、みんなは私の指先を追って、断崖の奥に聳える大聖杯を見上げる。

 

『――――――――』

 

 瞬間、場が凍った。

 彼らは何を見たのか。

 決まっている。

 

 七騎の英霊の魂は小聖杯から解き放たれて、真の聖杯である大聖杯に帰還した。

 これが意味することは――――この世全ての悪の復活。

 ――――否。それは世界の悪意の復活。つまり幻造世界(ファンタジア)の幕開けとなる。

 

 大聖杯から黒い泥の塔が立ち昇る。

 それを見て、士郎が口を開いた。

 

「……そうだ。まだ戦いは終わっていない。俺かキャスターの破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)で、この世全ての悪に汚染された大聖杯を破壊するか。あるいは、汚染された聖杯でも悪意を起こさずに使えるキャスターに願いを叶えてもらうか。そのどちらかをする必要がある」

 

 そこで私は、首を横に振った。

 

「いいえ。違うわ、士郎。それは、もっとあとの話。私が言っているのは――――世界の悪意の復活よ」

 

「ソニア……?」

 

 凛が呟く。

 ここで私は、自分が知る限りのことを皆に語り聞かせる。

 

「第三次聖杯戦争の折、とある二騎のサーヴァントが召喚された。その中の一騎が、復讐者のクラスで召喚されたアヴェンジャー・アンリマユ。最弱の英霊として召喚され、四日目で敗退した、取るに足らない存在。しかし、この世全ての悪であれと願われた少年は、大聖杯に魂を取り込まれる際、その無色であらなければならない願望機を悪に汚染させた。

 ……でもね。そこに、さらに最悪なものが放り込まれたの。それが、もう一騎の英霊。騎兵のクラスで召喚された、私からしたら真名不明の謎のサーヴァント。そいつは第三次聖杯戦争の最後で敗退したんだけど、こともあろうにそいつは、最後の最後に大聖杯の中に自ら飛び込んで自滅した。

 ……えぇ。本来なら、自滅するはずだった。普通は大聖杯の中に飛び込んでも、霊基が消滅して、魂が大聖杯の中に帰還するだけ。なのに、なんの相乗効果かしらね。この世全ての悪に汚染されていた願望機は、その騎兵を魂として取り込まずに、大聖杯を胎盤の卵に見立てて、約六十年もの間、その騎兵を育てていたのよ。

 ――おそらく全ては、その騎兵を受肉させるために。この世を一瞬にして書き換える、神霊もどきを創造するために」

 

 ――――ドクン。と、

 大聖杯の中で、一回の鼓動が轟いた。

 

 これより先の戦闘は、私でも予測不可能。

 この最後の決戦だけは、どうしても世界が暗黒に包まれていて、何も分からなかったのだ。

 

 でも、これを乗り越えた先には、あらゆる希望が満ち溢れていた。

 ならば、暗中模索にも耐えられる。

 

 そして、私の未来を思い出す魔術が、その騎兵の権能によって無効化されたためか。

 私たちは世界の悪意から、一時的に解放された。

 

「みんな。覚悟なさい。今を以て、私は思い出した。あれが――――副王フェムト。第三次聖杯戦争の折に召喚された騎兵のサーヴァント。“白い鷹”グリフィスが、汚染された聖杯の中で眠り続けて、二回の聖杯戦争を経て神霊もどきとして受肉した、この世の全てを終わらせる魔の顕現。それが司るは、中世暗黒時代における集合的無意識。

 ――――アラヤ・アンリマユ!!」

 

「――なにっ!? グリフィスだとっ!?」

 

 驚愕して、ガッツは大聖杯を見上げる。

 

「ま、待ってくれソニア! グリフィスなんて英霊、俺たちは聞いたこともないぞ!?」

 

「当たり前よ、士郎。ガッツもグリフィスも、空白の時代の英霊。私たちの住む表側の歴史には残らない、裏側の英霊なんだから」

 

 ――そして、胎児は大聖杯の中で始動する。

 

 聳え立つ汚泥の塔。

 その中心部が光り輝き、その中に異形のものが存在していた。

 黒い翼を広げ、漆黒の鷹の兜を冠する魔物が、胎児のように丸くなっている。

 

「――――グリフィス……ッ!!」

 

 知り合いなのか、ガッツは何度もその名を呼ぶ。

 

「これより先は未来予測外の流れ。世界の悪意が働く時間。アラヤ・アンリマユの抑止力が、私たちを邪魔するの」

 

「……なら、俺たちのやることは決まっているな」

 

 桜を抱き上げた士郎は立ち上がり、凛と慎二に振り返る。

 

「遠坂。慎二。……桜とイリヤを任せた」

 

「お、おい、衛宮……?」

 

「衛宮くん……?」

 

 桜を凛に預ける士郎。

 それから士郎は、私の傍らに立って、つと訊いてきた。

 

「それで、ソニア。あいつはどうやって倒せばいい」

 

「分からないわ。私には全く分からない。それでも、やつを倒すしかないのよ。そうするためには、ここに集う全ての奇跡が必要だわ」

 

「……分かった。それなら俺に考えがある。とにかく断崖の上に急ごう」

 

 私と士郎、ガッツとその中にいるキャスター、ライダーは坂を登り、大聖杯の前に到着する。

 

 眼前で眠っている副王フェムト。

 ふと、その眼がパチリと開く。

 

 胎盤として始動する大聖杯が破水して、黒い瀑布が大聖杯の底に落ち続ける。

 その滝の裏側から現れる副王フェムト。彼は私たちを一瞥して、ガッツに目を向けた。

 

「――――ガッツ。あぁ、これも運命か。まさか二回目の受肉にして、またお前がオレの前に現れるなんてな」

 

「……へっ。さて、どうだったか。悪いな。どうもサーヴァントになったオレは、記憶が曖昧らしい。一度人生を終えたことは確かなんだが、その道中を思い出せない。だから……オレはお前に、復讐を果たせたのかどうかも分からねぇ」

 

「……そうか。――――ただ、二回目の生を得ても、オレとお前の出会い方は変わらないらしい」

 

「待てよ。なんでお前は、これまた世界なんかを滅ぼそうとする? どう見ても、今のお前は神霊級の化物だ。お前がそう在れと思っただけで、おそらく一瞬でこの街は潰される。まさか、また力が欲しいからとか、抜かさねぇよな?」

 

「……そうだとしたら? ――お前なら、オレがそうすると分かっていたはずだと、前にも言わなかったか?」

 

 その返答にガッツは押し黙り、倒すべき敵として大剣を構える。

 かたや士郎は、ガッツの――お前がそう在れと思っただけで、おそらく一瞬でこの街が潰される――という言葉を聞いて、表情を強ばらせていた。

 

 ふいに副王フェムトは、片腕を掲げる。

 同時に汚泥の塔から、豪雨のような影の矢が放たれた!

 

「これは――――!?」

 

 その影の武器を見て、私は驚愕する。

 これをすぐに、みんなに伝えなければ――――!

 

 降り注ぐ影の矢。

 私たちは徐々に散り散りになりながら、武器の雨を切り抜いていく。

 

「――――オレは、第三次聖杯戦争に召喚された全ての英霊の魂を以て受肉している。つまり、それら英霊の宝具を所有しているも同然だ」

 

 そこで副王フェムトは、私がみんなに伝えたかったことを言ってくれた。

 さらに汚泥の塔から、人型をした影の軍団が次々とこぼれ落ちていく。

 つまりは断崖の下。凛や慎二のいるところへ、影の軍勢がなだれ込んでいく!

 

「――――まずい。ライダー、ガッツ、ソニア! 俺の体は任せた!」

 

 突然、士郎は何を言うかと思ったら、無防備にもその場で立ち尽くしていた!?

 

「士郎、何を!?」

 

「坊主!?」

 

 驚くライダーとガッツが、慌てて士郎を守りに行く。

 同時に士郎は――

 

「――――体は剣で出来ている」

 

 ――固有結界の詠唱を始めた。

 しかし私は、アインツベルンの城でアーチャーの詠唱を聞き、その小節の長さを知っている!

 

 ――間に合わない。

 頭上から降り注いでくる影の雨から、私たちは士郎を守りきれない!

 

「――――血潮は鉄で、心は硝子」

 

 私は長刀を振るい、士郎に迫る影矢を払う。

 

「……なるほど。ここが正念場というわけですか」

 

 ふと、ライダーが呟く。

 その手には、なぜか金羊毛の皮があった。

 

「私の記憶を覗いた対価として、今朝キャスターから貰った金羊毛の皮。どうやら使うときが来たようですね――――」

 

「おい、ライダー! テメェ何してる!」

 

 士郎に迫る影の槍を、ガッツは大剣を奮って払っていく。

 一方、ライダーは地面に召喚陣を描き、金羊毛を地に放った。また、その手には黄金の手綱を携えていた!

 

「――――金羊の皮(アルゴンコイン)!!」

 

 それは、ひとたび地に放れば竜が現れるとされる黄金毛皮の大秘宝。

 召喚陣の上に舞い落ちた金羊の皮は、突如として黄金の光輝を放ち、周囲一帯の影武器や軍団を焼き祓う。

 

「――――なに?」

 

 副王フェムトが眉をしかめる。

 

 その時、小鳥が一匹入れるかどうかの毛皮の下が膨れ上がり、中から巨大な碧い角が飛び出てくる。

 やがて毛皮の中から、幻想的な白い獣の相貌が現れて……召喚された幻想種は、ものの一瞬で全長十メートルを優に超えるドラゴンとなった!

 

 ――――大空洞に咆哮を轟かせる、黄金の皚々竜。

 

「――――幾度の戦場を越えて不敗。ただの一度も敗走もなく、ただの一度の勝利もなし」

 

 手綱を持つライダーは竜種の背中を駆け登り、即座にドラゴンの首に手綱を取り付ける。

 

「天馬という幻獣を召喚できる幻獣召喚能力を持ち、かつ幻想種を操る手綱を持っているこの私にはぴったりの宝具ですね。ただし、これがキャスターの宝具だというのが玉に瑕で癪ですが」

 

 愚痴を吐いたライダーは、しかし完璧に竜種を乗りこなして、副王フェムトと対峙する。

 

「――――担い手は此処に独り。剣の丘で鉄を打つ」

 

 無言で副王フェムトは、再度、腕を掲げる。同時に汚泥の塔から数百に及ぶ影の武器が投射され、影の軍団も生まれてくる。

 その影の荒波を前にして、ライダーの命令により、ドラゴンは火を噴いた。

 

 焼き払われていく影の軍団。されど無尽蔵に投射される影の武器を前に、ライダーとドラゴンは苦戦を強いられる。

 一方、降り注ぐ影の雨から士郎を守るために、ガッツはその身を大回転させて影の武器を薙ぎ払う。

 

「――――ならば、我が生涯に意味は不要ず。この体は、無限の剣で出来ていた――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――広がる赤銅色の世界。

 副王フェムトが接続する大聖杯の汚泥の塔ごと、空間の位相をずらして持ってきた固有結界。

 その中に閉じ込められた私たちは、外部の影響を気にせず戦えるようになっていた。

 

 降り続ける影の雨と無限の剣が交錯し続ける。

 私は士郎の傍らに立ち、ライダーとガッツは迫り来る影の軍団を前に立ち向かう。

 

 そこで副王フェムトが、士郎の心象風景を見渡して、興味深そうに顎をさすった。

 

「……固有結界。まさかオレと同じ能力を持っているとはな。……ならば、もし固有結界の中で固有結界を展開したら、一体どうなるのか見てみたい」

 

「……えっ?」

 

 その言葉に、士郎は驚きを隠せない。

 続けて副王フェムトは語りだす。

 

「いいだろう。オレの宝具を教えようか。この姿になったオレの宝具は、幻造世界(ファンタジア)という。固有結界とは似て非なるもので、権能に近しいものだ。その能力は有り体に言えば、世界規模で神代回帰現象を起こすというもの。この現世を神の時代に戻すということだ」

 

 ――――その言葉で、私は確信した。

 今の現実世界は、既にその幻造世界が使われている。

 その上でもう一度使われてしまえば、今度こそガイアは抵抗できない。

 しかも今この場では、アラヤの抑止力が機能していない!

 副王フェムトのスキルか宝具で、アラヤはアンリマユに取り込まれている。

 

 ――この宝具が発動すれば世界が終わる。

 改変された世界は、それだけで絶望にあふれた世界となるだろう。

 

 だが、私たちは副王フェムトを止める術を知らない。

 士郎の固有結界を開いたところで、すぐに打ち破られてしまう。

 

「――――大丈夫だ、ソニア。言ったろ? 俺に考えがあるって」

 

 そう口にした士郎は、私の肩に手を置いた。

 次いで副王フェムトは、もう一度片腕を掲げて、天上を仰ぎ指を差す。

 

「さぁ……今こそ世界を作り変えるときだ。――――幻造世界(ファンタジア)!」

 

 副王フェムトが呟くと同時。

 やつの周囲から、世界を塗り替える光の壁が円形上に広がっていく。

 

「ふぐっ!? ぐ、あぁああ――――!!!」

 

 突然、士郎が苦しみ出す。

 まさか心象風景同士のぶつかり合いとは、互いの精神を摩耗させるぶつかり合いなのか!?

 

 ――――ならば。

 私がするべきことは、もう決まったも同然。

 

 士郎の固有結界が副王フェムトの固有結界に侵食され尽くせば、その権能が外界に雪崩込み、世界の変革が起きてしまう。

 それを阻止するためには、士郎の固有結界を、私の魔術で補強すればいいだけのこと。

 なんたって士郎の固有結界は、私の魔術とこの上なく噛み合う性質なんだから――――!

 

「運河を逆行しよう、光年の果てまで創世を見届けよう、我は世界を覗く者ゆえに――

 ――The Future Remember……!」

 

 私の魔術は、過去を映像として再現し、集めた過去の情報をもとに疑似的な未来測定を施せる。

 その大禁呪を士郎の固有結界の中で発動したら、はたして一体どうなるのか。

 

 士郎の心象風景に過去はない。あるとすれば、それは“ただの一度の敗北もなく、ただの一度の勝利もない”。

 それはつまり。士郎が自分のイメージに負けない限り、私は負けない過去を蒐集し、勝てない未来を演算し続ける。

 

 ――――無限に廻る無間の歯車は、“終わらない逆転劇”を生み出し続ける!

 

「……ソニ、ア……?」

 

「――さぁ、士郎。今の貴方は、副王フェムトを相手にする必要はないわ。貴方は自分との戦いをしているだけで、私の魔術は相乗され、貴方の固有結界は完璧なものになるのだもの!」

 

 ぶつかり合うは、二つと一つの固有結界。

 

 そもそも剣の丘は、神の世代を見てはいなかった。

 

 そもそも回る歯車は、機械仕掛けの神を許してはいなかった。

 

 そもそも衛宮士郎という男は、副王フェムトを意に介してはいなかった――――!

 

 

 

「――――なに?」

 

 拮抗し合う固有結界に、副王フェムトは顔をしかめる。

 

「グリフィス――――ッ!」

 

 そのときガッツが、副王フェムトに突貫した。

 しかし、全てが神代の魔獣並みで構成されている影の軍勢を前に、ガッツはなかなか突破しきれないでいる。

 

 一方のライダーは、無限に降り注ぐ影の武器から私たちを守るので精一杯。ドラゴンの体にもたくさんの影の武器が突き刺さっており、既に両者限界に近づいている。おそらくライダーの魔力は残り少ないのだろう。騎乗スキルのランクが足りないのも理由の一つに数えられる。今ではもう竜を操ることが精一杯で、その力を十全に発揮することが出来ないでいた。もはや宝具の真名開放も不可能に近い。

 

 絶体絶命の戦力差。

 このままでは幻造世界の侵食を抑えられても、決定打がなくて嬲り殺しにされる。

 

「っ……よし。サンキュ、ソニア。これで――――だいぶ余裕が出来た」

 

 ふと、胸を押さえて士郎が立ち上がる。

 その時、私の目にあるものが映り、ふと気がついた。

 

 ……そうか。その手があったんだ。

 

 士郎の、中には――――

 

「俺の体の中には、聖剣の鞘が埋め込まれている。そして俺の手にある令呪は、元々はセイバーのものだ。

 ……あぁ、おかしいとは思っていたんだ。柳洞寺でセイバーを失ったとき、令呪はすぐに消えず、キャスターと再契約できた。令呪の形もセイバーとキャスターの意匠を組み合わせたようなものになっていた。

 最後に洞窟でセイバーがガッツに斬られたときも、セイバーは……治癒していたんだ。泥影の力はドラゴンころしの力で抑えられていたはずなのに、セイバーは何かほかの力で治癒していた。

 ……つまり俺とセイバーは、まだ繋がっていたんだ。

 ――――俺の胸の裡にある、全て遠き理想郷(アヴァロン)を介して!」

 

 突如として士郎は、令呪のある手の甲を掲げる。

 

「令呪を以て命じる。……セイバー、言ったよな。自分は俺の剣になるって。

 だったら俺はお前の鞘なんだから、剣(・)は(・)鞘(・)か(・)ら(・)飛(・)び(・)出(・)る(・)も(・)の(・)だろう?

 だから、来てくれ――――セイバーァアアアアアアアアア!!!」

 

 赤銅の光輝を放つ士郎の令呪。

 同時に士郎の体が光り輝き、二画目の令呪を使って、彼は一つの奇跡を行使する!

 

 ――――巻き起こる旋風と閃光。

 おそらく令呪の命令は、洞窟で眠るセイバーを、空間転移によってここまで連れてくることだろう。

 だが、士郎の命令は、鞘から出てこいというものだ。

 

 ……アヴァロンとは、全ての穢れを打ち消す魔法級の宝具。

 それを介して召喚されるということは……もはやセイバーは、アラヤ・アンリマユの汚泥を祓いきっているということ!

 

 しかして、私と士郎の眼前で収束する光輝。

 その光の粒子が一斉に解き放たれた先には――

 

 ――聖剣を携えし蒼銀の騎士が、煌びやかに降り立っていた。

 

「――――セイバー」

 

「――――はい、我がマスター」

 

 掛けたい言葉は色々とあるだろうに、士郎はマスターとしてセイバーに告げる。

 

「決めてくれ。もう、この世界は保たない」

 

「どうやらそのようですね。それに、ここなら加減は要らない。……人類悪のなりそこない。ここで葬ります!」

 

 一歩足を引き、セイバーは聖剣を構える。

 圧倒的な貫禄を放つ騎士の中の王は、ここで全てを救う宝具を発動する!

 

 一気に周囲一帯のマナを吸い上げる光の聖剣。

 

 ふと、その魔力の収束を見ていた副王フェムトが呟いた。

 

「……オレを殺せる宝具か。だが、それをみすみす使わせると――――」

 

「グリフィス――――!!」

 

 刹那、もはや数千に及んでいた影の軍勢を独りで鏖殺し尽くし、敵陣を突破したガッツが副王フェムトに斬りかかる。

 対する副王フェムトは片腕を前にかざすだけで、なんとガッツの動きを止めてしまった!

 

「ぐっ……!?」

 

「オレの手の中で逃れられるものはいない。……弱くなったな。ガッツ」

 

「おいおい……グリフィス。あんまりオレを、舐めるんじゃねぇ!」

 

 全身に力を込めるガッツは、見えない束縛から逃れようとする。

 だが、無茶だ。あれはたぶん、一回捕まってしまえば脱出は不可能といえる神霊の能力。

 

「――――なんてな。上出来だ、キャスターァア!」

 

「なに――――ッ!?」

 

 しかし、どうやってかガッツは副王フェムトの呪縛から解放され、その大剣を胴体に突き出す!

 

「ガッツに合わせろ! 世界を救え、セイバーァアア――――!」

 

「約束された(エクス)――――」

 

 振り下ろさん光の聖剣。

 突き出さん鉄塊の大剣。

 

「グガァァァッッ!!?」

 

 容赦なく副王フェムトの胴体を貫いたガッツは、即座に大剣を引き抜いて、聖剣の射程から離脱する。

 それと同時に。

 

「――――勝利の剣(カリバー)ァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 輝ける命の奔流が、神代に連なる全てのものを呑み込み――――

 

「ガハッ――――馬鹿な。こんな、はずでは――――!」

 

 副王フェムトが、その極光に呑み込まれる直前。

 

「――――グリフィス。テメェはな。聖杯なんぞに望みを託している時点で、その夢は叶うもんも叶わなかったんだ。もし、またいつかの時があったなら、そんときは人の身で水でも掛け合おうや」

 

「――――ガッツ――――」

 

 最後の言葉を投げかけるガッツ。

 そうして副王フェムトは……否、光の鷹に転生する直前だった、白い鷹グリフィスは――――

 

 その存在を塵芥にして、完全に消滅した――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――固有結界が解かれる。

 元の位相にある大空洞。

 その断崖の下に投げ出された私たちは、もはや満身創痍で崩折れる。

 

「だはっ……!」

 

「きゃあ!?」

 

 ふと、ガッツが座り込むと同時に鎧の宝具が解除されて、キャスターが転がり落ちる。

 そのときにキャスターは、どうやら後頭部を打ち付けたらしく、激しい痛みに身悶えしていた。

 

「くっ……!」

 

 一方のライダーは、召喚した竜を退去させて、手綱を手に膝をつく。

 

「衛宮!」

 

「ソニア! ……と、なんでセイバー!?」

 

 そこに慎二と凛が駆けつけてきた。

 だが、まだ全てが終わったわけではない。

 

 大聖杯の中では副王フェムトとは別に、この世全ての悪(アンリマユ)が受肉しかかっている。

 あれをどうにかしない限り、世界の神代回帰現象とはまた別口で、世界が汚泥に覆われて滅亡してしまう。

 

 ちなみに副王フェムトが倒されたことで、世界の悪意は今を以て消滅した。

 これで未来予測の領域に戻ることができて、私の魔術はもはや、磐石を超えた世界の真実となっていた。

 

 私は立ち上がり、独りで大聖杯がある断崖の頂上へ向かう。

 

「……ソニア? 待てよ。大聖杯は、俺とキャスターが……」

 

「いいえ。世界を救ってもらったところ悪いけど。貴方たちはここで退場よ」

 

「――――ソニア?」

 

 ――――ふと、大空洞全体で地震が起こる。

 否、それは地震にあらず。

 

 これは第四次聖杯戦争のあと。

 とある魔術師が仕掛けた爆弾を私が見つけて、発動時間を今から七秒後にしたもの。

 

「――――走りなさい。死ぬわよ」

 

『――――えっ?』

 

 そんな呆けた声が、士郎たちの間で上がった直後。

 地中で大爆発が起こり、大空洞の地盤が割れて、裂け目からマグマの如し霊脈が吹き出てくる。

 

「うわっ!! な、なんだ、これはっ!?」

「まさか、これは、霊脈そのもの!?」

「お、おいおい。逃げた方がいいじゃないのか!!」

 

 次の瞬間、私と士郎たちの間に、大きな裂け目が作られる。

 

「そ、ソニア! 早くこっちに来い!」

 

 そう言って士郎が呼んでくれるが、残念ながら私は振り返れない。

 ただ、私がこの瞬間で口にするべきことは――――

 

「ガッツ! キャスター! 貴方たちはこっちに来なさい! このくらいの天変地異でも、こっちに来れるでしょ!」

 

「――――っ。無茶を言うぜ。いくらサーヴァントでも、この裂け目から吹き上がる霊脈に触れちまえば一瞬で消し飛ぶぞ……!」

 

「そ、そうよ! それになんで貴女が私に指図するわけ!? 確かに大聖杯には大事な用がありますけど、流石にこれを突破するのは――――って、きゃあ!?」

 

 そうは言いながら、ガッツはキャスターを担いで、海原の波のようにうねり狂う大地を飛び越えてくる。

 

「っ――――士郎。サクラを連れて早く逃げてください。この場に留まり続けては、貴方たちが危ない!」

 

「その通りです。シロウ!」

 

「ライダー、セイバー……くそっ。ソニアが何を考えているのかは知らないが――――キャスター! あとは頼んだぞ!」

 

「ま、任せて坊や! きゃあ――――!!」

 

 ……やむを得ず大空洞から撤退していく、士郎、慎二、凛、桜、イリヤスフィール、ライダー、セイバー。

 

 一方、私もこのままでは死ぬ危険性があるので、既に定められたルートを通り、断崖の上に到着する。

 それと同時に、ガッツとキャスターも追いついてきた。

 

「チッ――――おい、ソニア。オレは二度とあの地獄のレースはしたくないぜ」

 

「死ぬかと思ったわ……死ぬかと思った……」

 

 疲れきった顔をするガッツと、恐ろしい体験をしたかのように震えるキャスター。

 

「……でも、別に死ななかったからいいじゃないの。どうせ、こうなることは過去通りなんだから」

 

「あ、あのねぇ……そこの、ソニアとかいう生意気な小娘。さっさとその、過去通りっていう意味を教えなさいよ……」

 

 ローブの汚れを払うキャスターは、私を下から睨みつけてくる。

 それについては、まだ明かせないと言おうと思ったら――――

 

「ふっ――――完全犯罪おめでとう。いや、それとも完全救済と言ったほうがいいかな? ソニア・ド・ヴァンディミオン」

 

 ――――最後の最後に、ついぞ私が過去視の中で捉えられなかった、衛宮切嗣に次ぐ人影が現れた。

 ……だが、既に世界の悪意が消失しているおかげで、私は全てを思い出す。

 

「……そう。そういえば、聖杯戦争には監督役なる役職があるはずだったわね。

 今の今までそれを知っていたはずなのに、いつからか自覚していなかったわ。――言峰綺礼」

 

 私の目の前には、黒服に身を包んだ言峰綺礼が拍手して近づいてきている。

 

「とにもかくにも、愛に生きる乙女は世界を敵に回すことで、愛する者たちを救おうとした。しかし、最後には愛する者たちとの協力で世界を救ってみせた。……なるほど。どうしてこのようなことが出来るのかと気になっていたが、それは恐るべき魔術のおかげだったか……」

 

 ……私は何も答えない。

 ただ、話したいのなら話せばいい。

 それすらも、既に決められた過去通りなのだから。

 

「おそらく貴様の魔術は、封印指定ものの大禁呪。固有結界に片足を突っ込んでいる過去視の魔術なのではないかね? さらにその応用で、過去の情報を収集し、未来を予測演算することができる。ここまでは誰もが予想できる範疇だ。……だが、その魔術には、も(・)っ(・)と(・)奥(・)が(・)あ(・)る(・)。

 ――たとえば、あるAという時間軸で、ソニアという魔術師が未来の予測演算をしたとしよう。それは、おそらく予測型の未来視として、“もしかしたらそうなるかもしれないし、そうならないかもしれない未来”となるだろう。

 ……だが、もし。もしもだ。Aという時間軸から見た未来が、Bという時間軸にするとしよう。そのBという時間軸にいるソニアが、過去視により過去を見た場合。

 ……それはBのソニアにとって、未来の自分Bを見ている、過去の自分Aを見ていることになるのではないかね?」

 

「……?」

 

「――――――――」

 

 首をかしげるガッツと、疾く解を導き出したキャスター。

 

「そうなると時間軸Aのソニアは、過去の自分Aを見ている、未来の自分Bを見ているということになる。

 こうなると、未来の自分Bが見た過去は、過去であるがゆえに世界のレールが磐石なものとなる。すると過去の自分Aが見た未来は、本来なら予測型の未来視となるはずなのに、“それが未来から見た過去という事実であるから”という後付けの理由によって、疑似的な未来測定が施されることになる。

 ある意味、これは――――矛盾だな。根源接続者と似て非なる力だと言えよう。これだけの魔術を持っていながら、よくも今まで生きていたものだ」

 

「逆よ。これだけの魔術を持っているから、私は生き延びているのよ。誰も、自分が死ぬ未来になんて飛び込まないでしょ」

 

「それは、言えているな」

 

 さて、といっても、彼の説明にはまだ穴がある。たとえば具体的な使い方とかだ。

 それは、今度柳洞寺の門前で、みんなに打ち明けるとして――――

 

「それで、言峰綺礼。貴方は何をしに私の前に現れたの?」

 

「――ふっ。それも、聞かなければならないことなのか?」

 

「一応ね」

 

「ならば答えよう。私の目的は、この世全ての悪の誕生だ。ゆえに、それを妨げるものは、私がそれを妨げる」

 

「――――それが、自分の死を意味していても?」

 

「無論だ。私にとってはこれが全てだ。……出来ることなら、最大の好敵手と最期をまみえたかったものだがな」

 

 ……なら、お望み通りに。

 私は物干し竿を構えて、言峰綺礼は武術の型を取る。

 

「――――」

 

「――――」

 

 風が吹く。

 これが、決闘の始まりだ。

 

「ハァッ――!」

 

 最小限の動きで距離を縮めてくる言峰綺礼。

 それに対して私は、全力で殺しに行く!

 

「秘剣――――」

 

 たとえ憑依経験といえど、私の体では燕返しは使えない。

 仮に使ったとしたら、その場で自身の死を意味している。

 だが、全くの同時ではなく、ほぼ同時の斬撃を二発までなら――――!

 

 ――すれ違う拳と長刀。

 撥ねられた首は宙を舞う。

 鼓動は既になく、ゆえに鮮血もない。

 

「――――ゴホッ!?」

 

 一方、技の代償を支払った私は、全身の筋肉が断裂した激痛に襲われて意識を刈り取られる。

 ……そうまでしてまでも、私には確実に勝たなければならない理由がある。

 それに代行者を舐めてかかってはいけないということは、経験上、痛いくらいに知っている。

 

「うっ……」

 

 ばたり、と力なく倒れる。

 もはや私の体は、限界という限界を飛び越えて、既に死に体も同然。

 あとは、キャスターが全てをやってくれる。

 

 ……ガッツ? 彼の仕事は、もう終わっている。

 彼はただ、爆弾が爆発するとき、キャスターをこちらに連れてくるためだけの要員だったから。

 

「……おバカな子ね。それだけの魔術の腕を持っているのなら、この聖杯戦争に関わらない道もあったのではなくて?」

 

「……それは、違うわ。キャスター……話は、全部、逆なのよ。これだけの魔術があったから……私は、この街が、好きで……」

 

 瞼が重い。

 もう、声を出す気力もない。

 

「……とにかく、聖杯は私の好きにさせてもらうわ。霊脈が破壊されてしまったけど、今ならまだ間に合う」

 

 えぇ。それでいい。

 これで、キャスターのマスターは生き返る。

 そして願いを叶えたあとは、キャスターもガッツも、この大空洞から脱出する。

 

 そうすれば、みんなが生きている明日が待っている……。

 

 

 

 ――――ふと、大聖杯が光り輝いた。

 とても綺麗だ。汚染された聖杯には到底見えない。

 

 どうやらキャスターは、無事に願望機を使うことが出来たようだ。

 その安堵しきったキャスターの表情が、とても嬉しそうだなって。

 

 それからガッツとキャスターは、すぐに大空洞から出ないと命が危ないっていうのに、私のそばまで戻ってきた。

 

「……何よ。その顔。まるで早く帰れって言いたそうな顔ね。はぁ……自分を犠牲にして誰かを救う。自分は必ず今日という日に死ぬんだ。それを自覚しながら、この一年を暮らしてきた貴女の気持ちなんて、到底推し量れるものでもありませんけど……もう。ほんっとーにバカな子ね」

 

 ……それを言うためだけに寄ってきたのなら、余計なお世話というものだ。

 早く帰らないと、旦那さんに会えなくなるぞと、脅してやりたかった。

 だから、もうちょっと頑張って、声を絞り出してみた。

 

「……好きな人が、いたから。……わかる、でしょ……?」

 

「ふん。生娘がいっちょまえぶるんじゃないわよ。ほんっとに、ほーーーーんっとにバカな子ね? どうせ顔だけがいい男に騙されたんでしょ。そうやって外見だけの男に騙されて、貴女は自分が助かる道を忘れてしまっているんですもの」

 

 ……?

 

「あのね。私たちが貴女を見捨てて行くわけがないでしょ。なんでそんな簡単なことに気づけないのよ……覚悟完了した子ほど恐ろしいものはないわね。

 ――えぇ、そう。私は今日で裏切りの魔女は卒業よ。それに言っとくけど、宗一郎様を見殺しにさせた恨みは、かなり根に持っているんですからね。――でも、それとこれとは話が別ってだけ。だって貴女が死んだら、坊やが悲しむかもしれないから」

 

「……別に、いい」

 

 唐突に私の口から出てきたのは、否定の言葉だった。

 

「私は……もう、決めたの。私が見た過去は、ここで、命を、終える未来……」

 

「――――まさか、貴女。自分が死ぬ未来を見て、それを良しとしたの?」

 

 当然だ。

 だって私は――――何度も繰り返した。

 ただ、何度も過去の情報を集めて、未来を予測演算することで、逐一未来を修正していったんだ。

 これがなかなか大変な作業だった。時間がないということもあり、私は限界まで魔術を行使し続けた。

 最上の未来を引き出すのに数ヶ月。それほど時間は掛からなかったが、代わりとして魔術回路はボロボロになった。

 

 そして、私は妥協した。私以外の全てが救われる未来を視て、これで良しとしたのだ。

 それが、まさに今この状況。この先では一番平和な未来が待っている。だから、これでいいのだ。

 

「……それじゃあ貴女は、もう自分が死ぬ過去を疑似的に確定させてしまったから、もう自分は助からない。助かるには聖杯の力でもないとダメだけど、その聖杯もない。だから、もう自分が助かる道はない?」

 

 その推察に対して、私は動かない首で頷く。

 するとキャスターは、心の底から呆れているのか、深く溜息をついた。

 

「はぁ……あのね。この世の中には、口先だけで世界を騙す虹の魔術師もいるのよ? だから、こんな世界を裏切ることくらい……は、私には出来ませんけど。それでも……彼になら、出来るんじゃなくて?」

 

 そう言ってキャスターは、傍らに立つガッツを見つめる。

 

「おそらく聖杯の泥に侵された者は、アラヤ・アンリマユの妨害行為によって、貴女の魔術では観測できなかったんじゃないかしら? だったら同じく泥を被っているこのバーサーカーは、因果律の流れから外れているっていうこと。それが意味することは、つまり――――」

 

 つまり……決められた未来を、変えることができる……?

 

 確かに。それを言うなら衛宮切嗣もそうだし、言峰綺礼もそう。副王フェムトだってそう。

 特に副王フェムトとの戦いでは、私の魔術が無効化されていたから、未来は暗黒に包まれていた。

 それでも士郎の誓いによって、私たちは勝ちを拾えた。

 言峰綺礼との戦闘でも手を抜かなかったのは、私が言峰綺礼と戦う結末がぶれることを恐れたため。

 だから大幅に劣化した燕返しを使ってでも、確実に殺しにいった。

 

 ……それと同じで、ガッツにも、運命を切り開く力が備わっている。

 副王フェムトの権能を突破したのがいい例だ。

 あれはキャスターのおかげでもあるけど、そもそも至近距離まで近づかなければ、キャスターとガッツの不意打ちは成立しなかった。

 

 ――――私の魔術を、無視できる存在。

 

 それでも私は臆してしまった。

 これは、要らない憐憫だと分かっていながら。

 

「……それで、どうするんだ。このまま死ぬか。それとも生き汚く這い蹲るか。選べよ」

 

 そんなガッツの言葉に、どうしても私ははにかんで――――

 

 

 

 ――――どうしても“生きたい”と、やっぱり思ってしまったんだ……。

 

「えぇ……えぇ。わかっては、いたのよ……。わたしは、ちゃんと……自分が生き残る未来を見ていたんだ。それでも、死ぬんだと思っていたのは、いつか必ずやってくる負債が、怖かったから……」

 

「負債なんてどこにもねぇ。誰(・)か(・)が(・)死(・)な(・)な(・)き(・)ゃ(・)誰(・)か(・)が(・)助(・)か(・)ら(・)ね(・)ぇ(・)っ(・)て(・)の(・)は(・)法(・)則(・)で(・)も(・)絶(・)対(・)で(・)も(・)ね(・)ぇ(・)。ごくまれにみんな助かった。そんな奇跡っていうのも、一つくらいはあってもいいんじゃねぇのか?」

 

「えぇ……? でも、それは、ちょっと……欲張り、じゃない、かな……?」

 

 意識が、遠のいていく。

 でも、嬉しかった。そう言ってくれて、嬉しかったんだ。

 

「……まったく、謙虚な子ね。世界に対して謙虚でいても、何一つ得なんてないのに」

 

「あれだろ、キャスター。根源接続者っつーやつだ。厳密には違うが、きっとこいつ、なんでも思い通りになることに、要らねぇ罪悪感でも持ってたんじゃねぇのか?」

 

「あら、貴方。この子のこと、よく分かっているのね?」

 

「……そりゃあ、まぁ。――オレのマスターだしな?」

 

 ――――。

 その一言で、何故か。閉じる瞼が熱かった。

 

 

 

 

 

 ――――大空洞が光に包まれる。

 

 その光が、朝の陽射しのように暖かくて……

 私は、微睡みの中に意識を落とした――――――――

 

 

 

   /了

 

 

 

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