※この作品はR-18です。

Fate/stay night : 2.5i+3.10i+BERSERK = The Future Remember   作:形のない者

7 / 24
二月三日

 朝。

 

「……ちょっと、そんな泥だらけの体で居間に入らないでよ」

 

 朝食を取っている時に帰還した黒い剣士を見て、私は言った。

 

「だったら風呂を貸してくれ。それまでオレを待ってくれたらの話だがな」

 

「別に構わないわ。今日は日曜だもの。……でも、報告の方が先よ」

 

 そう言うやいなや、黒い剣士は昨夜の出来事を説明する。

 

「昨夜バーサーカーと戦闘した。マスターはアインツベルンの娘だ」

 

「それで、殺したの?」

 

「……バーサーカーの首から上を完全に吹き飛ばした。が、次には時間をかけて修復していった。ありゃ一体なんだ?」

 

「それは蘇生宝具と見るべきね。どんな法則で成り立っているか分かれば、攻略は容易いわ」

 

「……そうとも思えねぇがな」

 

 苦い顔で顔を俯かせる黒い剣士。どうやら泥だらけの体を見るに、相当の苦戦を強いられたらしい。

 前回の聖杯戦争の勝利者と本人の口から訊いていたが、やはり楽勝というわけではもちろんないようだ。

 

「あぁそうそうバーサーカー。一つ頼みがあるのよ。……命令じゃなくて頼みっていう意味、分かるわよね?」

 

「あぁ。それで、用件はなんだ」

 

「実はね、私の通う学校に結界が張られているのよ。それでこれは安易な発想なんだけど、柳洞寺にはキャスターのサーヴァントが居を構えているのね。だから――」

 

 といっても、これは確かに安易な発想だった。

 何故なら私はキャスターが柳洞寺に居を構えていて、そこから冬木市全体に網を張って人間から魔力を吸い上げているのを知っていたのだから。ゆえにそれを知っていた私は、学校に結界が仕掛けられていても、すぐに風と水気というふうに魔術の種類が違うということを見抜けたし、なにより街全体から魔力を吸引中のキャスターが、突然学校限定の結界を仕掛けるというのも無駄が多いのではないかと考えることもできた。

 

 それでも私は黒い剣士に対して、柳洞寺へ赴けと指示を出すしかない。

 何故なら私は既に、その安易な発想による指示を彼に下してしまっていたのだから……。

 

「――だから、今夜は柳洞寺に乗り込んでくれってか。なら、それは倒せとの指示か? それとも偵察か?」

 

「その判断は貴方に任せるわ。ついでにもう一つ伝えておくと、柳洞寺にはアサシンのサーヴァントが門番として待ち構えているから、どうか気を付けてね」

 

 ――ぴくり、と。黒い剣士の眉がつり上がる。

 

「アサシンか。なんでも接近戦なら人類最強の剣士だとか、ランサーは言ってたな……」

 

 ……私は何も言わない。

 今の発言は、彼の独り言として処理する。

 

「それじゃあ今夜中に今のお願いを済ませてね、バーサーカー」

 

 そうして朝の提示報告を済ませた私たちは、各々の休日を過ごし始めた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 夕方。

 

「さて、夕飯を作るか」

 

 それから今日の夕飯は豪勢なものにしよう。

 藤ねえと桜には、セイバーが家に住むことについて納得してもらう必要がある。そのための交渉材料として、腹を満腹にさせておかなければ。もちろんメインは、セイバーを歓迎するための料理だけど。

 

 それにしても今日は……色々あった。

 自分はバーサーカーの一撃を受けて死んじまったと思っていたら、なんと目を覚ました時には自室に寝っ転がっていた。

 そして隣にはあの遠坂凛がいて、セイバーも生きていて、俺たちは何とか無事に生還したのだと知ることができた。

 

 遠坂からの同盟申告は慎重になるあまり断ってしまったが、後悔はしていない。

 それからセイバーに、聖杯戦争とはなんたるかのルール説明を受けて、もっと知りたければ冬木教会に向かう必要があることから、俺はその通りにした。

 

「……前回の聖杯戦争にもセイバーは召喚されていて、さらにその時のマスターが切嗣(オヤジ)だときた。さらに切嗣は聖杯を求めてアインツベルンと手を組んだけど、最後には聖杯を否定してそれを破壊した。それは結果的に衛宮切嗣がアインツベルンを裏切る形になったから……だから俺はあのイリヤっていう少女に目の敵にされている、と。大体はこんな感じだったか」

 

 まぁほかにも衛宮切嗣とはかくも恐ろしい魔術師殺しで殺戮マシーンだったとか言峰に聞かされたけど、それについてはぶっちゃけあまり気にしていない。

 だって昔はそうだったとしても、俺を助けてくれた親父は、俺の憧れの人で、命の恩人で、誰かを助ける正義の味方だったんだから。

 

「――あ、そういえば、あのときのセイバーの顔……」

 

 ふと脳裏をよぎったセイバーのあの顔に、頬が緩んでにやけてしまう。

 

「……むっ。シロウ? 私を呼びましたか」

 

「あ、いや違う。なんでもない」

 

 あぶない、あぶない。流石はサーヴァントの聴力。

 居間に正座するセイバーは、台所で食器の音やまな板を切る音にまじってこぼれ出た俺の呟きをしっかりと耳にしていた。

 

 ……まぁ、思い出したのは、なんてことはないワンシーンだ。

 言峰からの説明を聞き終えて教会を出たとき、あまりに俺を心配するセイバーがおかしかったのと、「セイバーの素顔を見て思ったんだ。サーヴァントって言っても、やっぱり女の子なんだなって」って言ったら、セイバーのやつが赤面して……んで、その顔が忘れられなくなったってだけのことだ。

 

 ――って、どうしよう。料理はできたっていうのに、居間に顔を向けることができない。まずいぞこれは。

 藤ねえと桜が帰ってくる前に、きっと馬鹿みたいに緩んでいるこの顔をなんとかしなければ、何を言われて何をからかわれるか……!

 

 仕方がない。もう一品作ろう。既に贅沢の限りを尽くしていたが、今はちょっと居間に振り返ることができない。

 まだ桜も藤ねえも帰ってくる時間じゃないし、もう少しだけ……。

 

 

 

 そうこうして色んな料理を作っていると、いつの間にか冷蔵庫がとんでもないくらい寂しいことになっていた。

 これじゃあまるで新品の冷蔵庫みたいだ。がらんどうになっている。

 

「やっちまった。明日の朝食は食パンだな。そんで、あまりに作りすぎたから夕飯の残飯を昼に持ってこよう。学校帰りに商店街に寄って買い物を済ませればオールオッケーだろ」

 

 否、全然オールオッケーではない。

 夕飯がバカみたいに豪勢なのに、明日の三食のうち二食が疎かだとは、冷蔵庫の管理もできない素人なのかと言われてしまう。

 まぁ、言われる相手がいないんだが……それでもこの有り様を見て、桜はなんと思うだろうか……。

 

「ふぅ。思ったより精神が動揺していたようだ……精進が足りないな、こりゃ」

 

 それから俺は、台所に収まりきらない料理の品々を食卓に運んでいるうちに、藤ねえと桜がやってきた。

 

「よし、セイバー。あとは前もって言った通りに頼むぞ」

 

「はぁ……」

 

 これからこの豪勢な料理を使って藤ねえを説得しに掛かる。今日はビュッフェと言い張ろう。

 主食が二つ以上あるなんて一番やってはいけないことだけど、藤ねえという強敵には太陽が三つあっても太刀打ちできない。その舌と脳を蕩けさせて参ったと言わせるためには、俺は料理において邪道に頼ろう。

 

「たっだいまー士郎! ってうぉおおおお! なんだ今日の料理はぁあああ! うひゃああわたしの大好きなものばっかりー! あれー今日わたしの誕生日だっけー?」

 

「せ、先輩、これ、どうしたんですか?」

 

「いや、まぁ、精神が錯乱したというか、悪魔に身をやつしたといいますか……」

 

「いいえシロウ。そんなことはない。料理は大いに越したことはありません。確かにこの人数では作りすぎと言えましょうが、この私が無駄なく全てを平らげましょう」

 

 

 

「――ん?」「――えっ?」藤ねえと桜が、ともに目を丸くする。

 

 

 

 ……いや、セイバー。それはありがたいんだが、料理を平らげることよりも、まず先に藤ねえをだな……。

 

 

 

 

 

 それからはまぁ色々と大変だったが、なんとかセイバーの誠実さで藤ねえに納得させることができた。

 主に切嗣の知り合いだという点が勝負の決め手だったらしい。

 逆に、俺の料理が役に立ったかと言われると、その……逆効果だった。

 

「士郎がこんな料理を作ることなんて今までありませんー。それもこれもセイバーさんがいるおか……せいだってわかってますー?」

 

 と、逆手に取られてしまった。

 やはり邪道は駄目だな。王道が一番だ。

 邪な道は先達が思い至ってもやらなかったことなのだから、素直に磐石な道筋の上を歩むのが一番だ。

 

 そして藤ねえの文句にやばいと思った俺は、すぐに「いや藤ねえ、これはセイバーを歓迎するためだ」と、なんとか言い逃れることができた。

 こうして波乱万丈の夕飯は、なんとか和解で終わったのだった。

 しかし、藤ねえと桜が家に泊まるという事態に転がったことは、流石に予想外だったが……。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 夜。

 既にライダーを使って学校に結界は仕掛けた。

 だが、無用な戦闘は避けろとあれほど言ったのに、ライダーはランサーというサーヴァントの戦闘で魔眼封じの宝具を解いた。

 そのくせ仕留めきれず、そのせいで溜めに溜めた魔力はそこそこにまで減ってしまったらしい。

 

「あれほど息巻いていたくせに……」

 

 怒りを露わにしながら策を講じる。また魂喰いをしなければならない。

 そうなると餌は誰がいいかな。まぁ僕が命令しなくても、ライダーは勝手に喰い散らかしていくんだが……。

 

 ――ふと、部屋の中央に突然、人が現れた。それはライダーだ。

 サーヴァントっていうのは霊体と実体を使い分けることができるらしい。そして魔術師なら霊体化しているサーヴァントを見つけることができるらしいんだが、あいにくと僕には見えない。それは言わずもがなだ。

 

「シンジ。定時報告をしに来ました」

 

「あぁ。言ってくれ」

 

「昨夜セイバーとアーチャーがバーサーカーと戦闘していたところを目撃しました。マスターと思しき人間は男女に分かれており、シンジと同じ制服を着ていました」

 

「なに……? 女の方は遠坂凛に間違いないだろうが、傍らに男?」

 

「はい。しっかりとこの目でみました」

 

 そうなると、うちの学校には遠坂以外にマスターがもう一人いることになる。

 身の安全を守るために、明日からは学校を休むべきか……?

 

「それで、遠坂のサーヴァントはどのクラスなんだ」

 

「見たところ、アーチャーのようでした。セイバーは男の方を守っていたようなので」

 

「なるほど。話は分かった。それじゃあライダーは魂喰いにでも行ってきな。僕は作戦を立てておくから、また後日来てくれ。その時に今後の方針を伝えるから」

 

「……了解しました」

 

 すう、とライダーは消えていく。霊体化する時の状態は、まさに幽霊のようだ。

 ……まぁ、僕は幽霊なんて見たことないんだけど。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 アーチャーと一緒に新都での昏睡事件を調べて、分かったことが二つ。

 まず新都と深山、この二つの街から広範囲の吸引を行なって魔力をかき集めている大魔術師がいる。

 それは言わずもがな、キャスターのサーヴァントだろう。

 

 そして、人間から吸い上げた魔力は、全て柳洞寺に向かっていた。

 これから分かることは、キャスターは柳洞寺に陣取っているということ。

 おそらくよほどの霊脈なのだろう。ここまで力強い魔術を行使できるとなると、きっと今回の聖杯戦争に召喚されたキャスターは、魔術師として最高峰の存在だ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ――――学校に結界が張られていた。ただ、その事実に煩悶とする。

 結界を仕掛けたやつは、つまり学校の皆を狙っているということだ。

 

 ――――許せない。

 ヴァンディミオンの名に懸けて、私は犯人を仕留めてやる。

 

 そう思うと眠りに就けるはずがなく、私は夜遅くだというのに外に出て、学校に足を運んでいた。

 あれだけ外には出ないと自粛して自重してなお、このざまである。

 それだけ私は、学校というものに執心しているということか。

 

 さて、今日は日曜。学校はお休みである。といっても部活動があるため登校する生徒も多い。

 それも日が暮れれば家路に就くのは当然であり、学校には誰ひとり残っていないということは分かりきっていた。

 

 それでも私は、学校に結界を仕掛けたサーヴァントと一戦交えるくらいの覚悟でここに来た。

 もし計算が狂ってしまっても知るもんか。……いやはや、いつもの悪い癖だ。

 

 私は研究に取り掛かるとき、必ず計画を立てる。一から十まで、小数点がある限り、完璧に計算して計画を仕上げる。

 ……だが、物事には常に例外というものが存在し、ありんこ一匹紛れ込んだだけで計算が全て狂うことがある。

 つまり私は、そのありんこである。

 

 完璧主義を歌いながら、自分からその完璧を壊していく。

 確実な式などないと知っていながら、それでも完璧な式を導き出そうとする。

 こういうの、理系でもあり文系・体育会系でもある。右脳でもあり左脳でもある。

 あなたはうさぎ脳な方なんですね、って。後藤くんから指摘されたことがある。きっと占い番組でも見たのだろう。

 

 要は論理的にまとめようとし、実際に論理的にまとめるものの、最後には野生の直感で動いてしまうタイプなのだ。私という人間は。

 そう思うと、研究者でありながら冒険者でもある私にとって、自分の性格はこれ以上ないくらいの適正なのではないだろうかと思い至る。

 

「……さて、後先考えずに学校まで来ちゃったわけだけど、どうしよっかな」

 

 校門前に到着した。

 中に入ることも可能だが、結界を仕掛けたサーヴァントがいる可能性もある。慎重に行かなければ……。

 

 その時――前方に人影を発見。

 見るに生徒だった。こんな夜遅くまで何をしているのだろうか。

 

「はー、疲れたー。野暮用を思い出したとはいえ、ちょっちやりすぎたなー。こんな夜遅くなっちゃったよーもー」

 

 あれは……綾子!?

 そう言えば綾子は弓道部の主将だった。部活に来ていてその帰りというのもありえない話ではない。なにより彼女はマスターではない。そうなると、たまたま遅い時間の帰宅となっただけか。

 

 私は物陰に隠れて様子を窺う。

 綾子はそのまま校門を閉めて坂を下り始めた。

 

 ――そこで私は、周囲の魔力の流れを感じ取る。

 これでも魔術を抜きにした危機感知能力は高いと自負している。

 

 そして私の直感が囁いた。

 この気配は……近くに、サーヴァントが存在している。

 

「……うん? 今、何か音しなかった? ……うーん。ちょ~っと、こわい、かな?」

 

 綾子の方も、この背中からうなじを逆なでされているような厭な感触を感じ取ったのだろう。

 だが、流石の綾子もこれは荷が重い。

 何かが陽炎のように道路を歩いている。それは綾子の背後をつけているように見えた。

 私はその陽炎よりも、さらに後方から尾行する。魔力を遮断すれば気付かれることはない。別に魔力を持っていかれるような契約を交わしていなければの話だが……。

 

 ――まずったなぁ。

 いつバーサーカーが柳洞寺のアサシンと戦闘を始めるか分からない。

 もし始まってしまったら、私から流れる魔力に気取られる。ならば気付かれる前にこちらから出向くべきか。おそらく敵はサーヴァント。先手を取られるのだけは避けたい……。

 

「――ちょっと、誰かいるのー? …………気のせいかなぁ?」

 

 気のせいではない。既に陽炎は綾子より前に通り抜けて、木の上にするりと登っていった。

 あのまま綾子が真っ直ぐ道を進んで行って、木の下を通りかかった瞬間、陽炎は蛇のように襲いかかるだろう。

 

 ――――助けに行くなら今しかない。しかし、綾子のところまでかなりの距離がある。

 それは坂道の始点から終点、山の頂上から麓までの距離。

 このくらい離れなければ、サーヴァントの感知能力からは逃れられない。

 

「さて、あそこまでひとっ飛びで行くためには、最高級の憑依経験しかないか……」

 

 もとよりサーヴァントとの戦闘を想定するなら、この亡霊を使うほかあるまい。

 

 そして、いよいよ綾子が件の木の下に近付き、陽炎が頭上から仕留めようと――

 ――その髪をわずかに揺らした、その瞬間を狙って!

 

 

 

「――Hexerei(ヘクセライ) Satz(ザッツ) von(フォン) Vendée Mion(ヴァンディミオン)――!!」

 

 

 

 それは、霊魂の憑依経験。

 憑依魔術の工程を形式化・簡略化させて、刻印に封じ込めてある霊魂を一小節で術者に憑依経験させる魔術。一応、霊魂に乗っ取られないよう、憑物祓いの刻印が仕込まれている。

 

 そして今回、私が引き出す亡霊。否、幻霊こそ……!

 

 ――遥かな古代。其はハイボリアと渾名された時代。

 キンメリアという土地には、幾多数多の英雄たちが群雄割拠していた。

 そんな乱世に生まれた“赤髪の女剣士(レッドソニア)”の称号を持つ女英雄が一人。

 かの英雄コナンに並ぶ古代の剣士は、亡霊でありながら英霊に引けを取らない幻霊であった……!。

 

 スペル違いだけど、私と同じ響きの名を持つ英雄。

 彼女を今ここで、自分自身に憑依させる!

 

 ……魔術刻印・起動。

 我が身に宿る霊魂こそ――――遥(はる)か中(なか)つの灼剣士(しゃくけんし)!

 

 数キロの距離を一回の跳躍で縮め、殺意を飛ばして小剣を奮う。

 

「――――ッ!」

 

 刹那、私の接近に気がついた陽炎は、木立から飛び退り道路に着地した。

 そして、隠れた姿が露わになり……長い紫色の髪がたなびく。

 

「な、なっなんだ?! ――あ、あれ、ソニア? なんで、赤い髪を、して――、……」

 

 綾子に速攻で暗示を掛けて眠らせる。このまま走り去らせても良かったが、神秘の秘匿を考えたらついやってしまった。

 彼女をここで眠らせるということは、つまり。私は絶対に、目の前にいる敵に敗れてはいけないのだから……。

 

「魔術師……ですが、ただの魔術師ですね。見たところ、マスターではないようで」

 

 一瞬でマスターではないと見抜かれた。

 ならば、ここは一つ。騙されてくれる可能性は低いけど、一抹の希望に賭けて、少し道化を演じてみよう。

 

「そうでもないわ。私はバーサーカーと契約をしているの」

 

「そうですか。しかし、周りにサーヴァントの気配は感じられませんね……」

 

「そりゃそうよ。私がサーヴァントを侍らせていないのは当然だわ。令呪だってないもの。私はバーサーカーのマスターの従者でね、こうして偵察をしているのだけれど、私が念話で呼べばご主人はひとっ飛びよ」

 

「ほう……それは興味深い話ですね。本当かどうか、ひとつ試してみますか? ライダーのクラスに懸けて、お相手して差し上げますよ」

 

 クスクスと笑うライダー。

 

「…………上等」

 

 やるなら先手必勝だ。否、サーヴァント相手に先手を取れるはずもなし。

 腰を落として小剣を構える。これ以外にも奥の手は二つあるが、そのうちの一つは温存しておきたい。

 

「では、たかが魔術師がどれほどやれるのか、お手なみ拝見と行きましょうか。……それに貴方も中々の美人ですので、そこに倒れている少女ともども美味しく頂くのも悪くありませんね」

 

「――ッ。ハァ!」

 

 踏ん張った足で、コンクリートの地面を抉り抜く!

 

「なっ――!?」

 

 私の瞬発力に驚愕するライダーのサーヴァントは、鎖付きの短剣を手に防御の構えを取る。

 

「――そこ!」

 

 そのまま高速の斬撃を畳み掛けるも、その全てが容易く弾かれる。

 今の私――否、この赤髪の剣士の亡霊のステータスは、サーヴァントのランクシステムに当て嵌めると、筋力耐久敏捷魔力ともどもオールEと言ってしまおうか。

 サーヴァントの筋力Eランクは、人間の腕力の十倍ほどだと考えていい。つまりこの亡霊は人間として弱いわけではない。こいつら英霊という存在が、あまりにも次元違いすぎるんだ――――!

 

「少しはやるようですが、私たちサーヴァントには届きませんね……」

 

「くっ――!」

 

 時間はほんの二、三分だったろうか。

 初撃から怒涛の攻撃で反撃を許さないつもりでいたが、それは全て様子見に使われていたらしい。

 私はやる気のないライダーの蹴りを腹に喰らい、胃の中がぐるんぐるん回る思いで宙を舞った。

 

「――ガハッ!」

 

 ……当たり所が、悪かった。

 標識に頭をかすって血が流れる。血が左目に入ってしまって片目を潰された。そろそろ体も限界だ。

 憑依経験は筋力のみならず、耐久まで再現するから、今のような人間ではない動きをし続けても、魔力が消費されるだけで人体に影響はない。

 

 ――――人間ではない動きにより生じる、尋常でない痛みを除けばの話だが……。

 

「しかし妙ですね。貴女ほどの魔術師なら、痛覚を遮断することも可能なのでは? そのせいで段々と動きが鈍ってきていますよ」

 

 確かにそうだ。一時的に感覚をぶっ飛ばすことも、私なら出来なくもない。

 しかし、痛覚とは非常に大切なもので、これがあるとないとでは戦闘力に違いがありすぎる。

 特に危機的状況に対する直感に影響が出てくる場合が多い。

 

「なるほど。魔術師かと思えば、なかなか戦いにも心得があるようで……」

 

 当然。一度やってみたことがあるから、言えることでもあるのだけど……。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「詰みですね。その剣に宿る力を解放すればまだ分かりませんが……この期に及んで出し惜しみをするようでは、その程度だということです」

 

「はぁ、はぁ――――そうかしら。私は別に、貴女と最期まで戦うつもりは初めからないんだけどね?」

 

「……それは、どういう――――なるほど。やられましたね」

 

 ライダーは綾子が倒れていたところを見て、静かに悟っただろう。

 

 ――綾子の姿がない、と。

 

「こっちには自律行動ができる頭の良い使い魔が二体いてね。擬態能力も備えているから、一体は綾子を連れて逃げて、もう一体はしばらく綾子に化けていたのよ。まぁ、その擬態もついさっき解いたのだけれど、貴女、今の今まで気付かなかったわね」

 

「…………」

 

「まぁ、それもこれもサーヴァントの……いえ、英霊の性ってやつかしら? なにせ貴女、楽しんじゃっていたものね?」

 

「……えぇ、それは認めます。ですが最後に一つだけ、訊きたいことが」

 

「どうぞ」

 

「貴女は何故、彼女を助けようと、私の目の前に現れたのですか?」

 

「――――愚問。私の友達だからよ」

 

 その返答を聞いたライダーは、音もなく霊体化して去っていく。

 

「あっ、やばっ……」

 

 痛みで世界が白く染まる。

 しかし片目は、それでも血に濡れて赤かった。

 

 それもすぐに、両目は闇に瞑られる……。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ――――彼女は一つ、見誤っていた。

 使い魔による擬態? そんなもの、私の前には無意味でした。

 何故なら私はバイザーをしている。そもそも視覚に頼っていないのです。

 私は聴覚や嗅覚で周囲の状況を判断している。ゆえに綾子のにおいがその場から離れていくことも疾うに気が付いていた。

 

 ……それでも、彼女は一つだけ言い当てていた。

 確かに私は戦闘を楽しんでいた。必死になって綾子を守ろうと息も絶え絶えに剣を振りかぶり、私に肉薄してくるその姿に、ある種では目を見張るものがあったとでも言ってしまいましょうか。だから最後まで頑張った貴女には、綾子への吸血ではなく、貴女への吸血で許してあげましょう。

 

 ――名も知らぬ、優しき魔術師さん。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 柳洞寺の山門へと続く、石畳の階段を登ることしばらく。

 前方は上り坂、側面は雑木林、背後は下り坂。

 一方、サーヴァントが通れる道は階段しかない。雑木林にはサーヴァントの侵入を阻む結界が張られていたからだ。

 

 登り続けることようやく。山門が見えてきた手前で、異様に髪の長い男が立っていた。

 その手には細長い長刀がある。日本刀と呼ばれるやわな剣にしては、それは長く細く、鋭すぎた。

 

「待っていたぞ。お前がランサーの言っていた剣豪か」

 

「なんだ。そうすると、てめぇが剣豪のアサシンか」

 

 背に携える大剣を回し抜く。戦いにくい地形だ。といっても階段の戦闘は未経験ってわけでもない。

 

「では、推して参る」

 

 アサシンは長刀を横に構え、こちらの出方を窺っている。ならば望み通り、正面からぶった斬ってやる。

 一気に石段を駆け上がり、大剣を振り下ろす。そこに長刀が割って入った。

 

 ――折れる!

 

 鉄の塊が棒切れを叩き折れないわけがない。

 そのまま長刀を砕き折り、アサシンの身体を袈裟斬りにしてやろうと力を込める。

 

「荒いだけなら造作もない」

 

「――なにっ?」

 

 火花が散った。オレの大剣なら、そのまま押し切れたはずだ。

 だが、長刀は折られず、押し負けもせず、オレの大剣は自身の体もろとも上手くいなされていた。

 

 返す刀に首が狙われる。

 素早く身を引いて――――間に合わないと悟った瞬間、迫り来る刃を義手で弾いた。

 

 ここで様子見のために身を退いてはならない。

 かと言って、前に進んでもいけない。

 さらに、ここで止まってもやられる。

 

 ――――偽の心眼が、そう囁く。

 

「――ッッッ!」

 

 たった一度の打ち合いで余裕をなくした。こいつの剣には遊びがない。

 攻防一体その全てが必殺の一刀。ならばこっちも手加減なしだ。剣士として剣を執る!

 

 足を踏ん張り、腰を入れて、オレはここから絶対に退かずに斬り殺すと剣を奮った。

 斬撃は受け流され、斬風は愛でられ、薙ぎ払いは合わせられ、撃ち落としはいなされる。

 

 一息で数十の剣戟を重ねて、周囲に斬り合いの圧が生まれる。

 オレとアサシンの間は台風の目となり、周囲の雑木林は激しく音を立て荒れた。

 

「――――ただ兵刃を競い合うだけで、この場は死地と相成った。疾風と暴風が合わさり、嵐もかくやという剣風よ。もはや何人たりとも、私たちの間には割り込めぬ」

 

 悠長に喋る余裕が、コイツにはあるってのか……。

 歯を食いしばり、大剣を奮う速度を上げる。

 それなのにアサシンの長刀は、オレの剣を悉く弾いていく。

 

 傷を負わせられない――――守りが上手いサーヴァント!

 さらにその太刀筋は、まったく見切れないときた!

 

 たかが棒きれだと思ったが、その実たかが棒きれだった。

 なのに折れないというのは……つまり使い手の次元が違いすぎるというわけか!

 

「そろそろ本気を出せい狂剣士。風を読んでも燕は仕留めきれぬぞ」

 

「――――――――ッ!」

 

 最期の大振りを振り抜いた。

 それを切り落としで止められ、ならば強引に突きを入れる!

 

「おっと」

 

 突きを躱すため横に飛び退ったアサシン。

 そこでオレは一歩踏み出し、互いに平地の上にて睨み合う。

 

「よもや、自ら飛び込んでくるとはな」

 

 疾風の剣士。この男に見切れぬ技はなく、この男の技を見切れる者もなし。

 取り回しにくく、なのに取り回しやすいように振るい、受け流しにくく、なのに受け流しやすいように扱う、防戦に秀でたように見える長刀。

 西洋の剣でいう盾みたく叩き潰す用法の剣使いではなく、東洋の鋭く切り裂く用法の刀使い。

 されどこの男からは、血腥い臭いは一切しなかった。

 

 それはつまり――――こいつは、剣聖の域に届こうと……?

 

「どうやらオレは今、真の意味で最強の剣士と巡りあったらしい」

 

「その賞賛は快く受け取るがな。それも否、拙者は所詮まがいものよ……!」

 

 互いに平地。

 オレは大剣を逆手に持ち替え、アサシンに横薙ぎを入れる。

 

「ふっ――!」

 

 それを当然のごとく、アサシンは斜め十字を切るように合わせてきた。

 だが、オレは大剣の重量を利用して、大剣に引っ張り回されるように、空中にて体を横ひねりして一回転する。

 

「――なんと!」

 

 そのまま空中で一回転させた身で、今度は大剣を上から下に振り抜く。

 

「ハァッ――!」

 

 それすらもアサシンは、まるで宙にはためく紙のように退き躱し――――

 

 ――――次に奴は、後ろ手に長刀を持ってくるという変則的な構えを取った。

 

「秘剣――」

 

 オレは大道芸の一回転から着地する。

 

 刹那、

 

「――燕返し!」

 

 背中から襲い来る三本の死線。

 背を向けているオレは、振り返りざまに斬り殺される。

 

 

 

 ――それは、ほぼ直感に等しかった。

 ――負けたと思う前に死んだと悟った。

 ――ゆえに死より逃れ、生に長けた本能が覚醒する……!

 

 

 

 

 

「ッッ――――っうぉおおおおおおおお!」

 

 

 

 

 

 左下から脇を抜き胴を削ぐ一の閃。肘を折り、わずかに義手を内側に突き出す。

 右横から心臓を貫いてくる二の閃。大剣を掲げて、守りに当てる。

 左上から首を飛ばしに来る三の閃。どうにもならない。故に、左脚を一歩前に踏み出した。

 

 全くの同時。そこには三本の剣が存在していた。そのどれもが急所を狙う死の一閃。

 次元を曲げる。否、屈折させる神の御技。それを人の身で為したこいつは鬼神か何かか。

 

 

 

 義手は全壊。

 大剣は刃毀れ。

 左肩は切り落とされる勢いで脱臼複雑骨折し、肩に白い骨が突き出ている。

 左上半身は使い物にならなくなり、肩から脇腹部分の鎧は砕き割られ、何故か右腹の鎧にも罅が入っていた。

 つまるところ鎧は半壊。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも首の皮一枚は、どうにか繋がっていた…………――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――。

 一の太刀、二の太刀を直感で凌いだのは見事だ。しかし三の太刀を躱せる者は、この世に誰ひとりとして存在しない。それこそ高度の未来予知か、次元跳躍などでも使わない限りは、な。

 ……だが、まさか一歩死地に飛び込むことでその死を回避するとは、些か驚かされたぞ。まるで呪いのようだ。死に赴くがゆえに死ねない、そんな呪いのような……。さて、どうか教えてはくれないかな。その死より回避する術を――――」

 

「……そんなものはない。オレにあるのは、生きるための術だけだ」

 

 オレの首――それも肩を貫いてのだが――には、アサシンの長刀が伸し掛っている。

 このままアサシンが押せばオレは死ぬし、引いても死ぬ。切っても心臓に到達して死ぬ。

 

「そんなつまらない結末を、私は望んでいない」

 

 だというのにアサシンは、長刀を慎重に肩から抜き離した。

 

「我が物干し竿を用いた燕返しにて殺せなんだら、たとえその後があろうとも引き分けというものよ。今夜のところは帰るが良い。剣士としての戦いは、私の勝ちということでな」

 

「なに……?」

 

「次はサーヴァントとしての勝負がしたい、ということだ。どうやらその義手のカラクリは面白そうだからな。腰にも色々と見るべきものがある。まるで独りで戦をするような趣きだ」

 

「……つまり、次はなんでもありの勝負ってことか?」

 

「おうとも。楽しみにしているぞ、重戦士。いや、次は狂(・)戦(・)士(・)だと尚良いがな」

 

 ……こいつ。オレの鎧がなんであるか分かって言っているのか。

 

「わかった。殺してくれなくて感謝する。オレにはまだやるべきことが残ってるんでな」

 

 アサシンに背中を見せて階段を下る。

 飄々とした雅な剣士は、最後までオレの背中を見届けていた。

 

 

 

   /了

 

 

 




「Hexerei Satz von Vendée Mion」(ヘクセライ・ザッツ・フォン・ヴァンディミオン)
 ぼくのかんがえた かっこいい じゅもん。(スペシャルサンクス:グーグル翻訳先生)



「赤髪の女剣士」「レッドソニア」「遥か中つの灼剣士」
 ちょうどこの章の執筆中に、ソニアに力を貸してくれる霊魂を誰にしようかと考えて、第一候補としてスパルタクス、第二候補として英雄コナン(シュワちゃん)、第三候補として黒ひげなど、どれにしようかと考えていたところ。
 たまたま番組表を流し見していたときに、午後ローのタイトルに『レッドソニア』(2017/10/31)という文字を見て、何か運命的なものを感じたため、その映画を見ることにした。

 ……端的に言って、惚れた。まず英雄コナン(というか戦うシュワちゃん)が好きだったこともあり、それに負けじと戦うレッドソニアを見て、一発でソニアの霊魂をレッドソニアにしようと思い至った。というか映画を見る前から、もうあらすじだけで“これしかない”と思っていた。

 ちなみに脳内補完として、型月時空における自分の中のレッドソニアは、生前数ある魔獣と渡り合えるほどの力の持ち主だったと勝手に考えている。しかし知名度が足りないため英霊としては呼べない。だが、それは幻霊ということであり、高位の降霊術で召喚できるため、憑依経験向きの霊魂戦士としてソニアに抜擢されたのだろう。



 アサシン・佐々木小次郎のスキル。秘剣・燕返し。
 ただ一本の刀で、一の太刀、二の太刀、三の太刀を全く同時に放つ、回避不能の対人魔剣。
 ――それを“前に踏み込んだが故に生き残った”修羅の剣士は、はたして如何様にして生き残れたのか。
 おそらくそれは、死より逃れる術とは、また異なったスキルだろう。


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