※この作品はR-18です。

Fate/stay night : 2.5i+3.10i+BERSERK = The Future Remember   作:形のない者

9 / 24
二月五日

 朝。

 黒い剣士が定時報告にやってきた。

 

「昨日の夕刻、学校にライダーが現れた。マスターの姿は見ていない。あと、結界を仕掛けたやつなのかどうかは確認できなかった」

 

 無聊と伝えてくる黒い剣士。

 何かつまらない事でもあったのかしら?

 

「そう……報告、感謝するわ。それじゃあ今日のところは好きにして良いから」

 

 ライダーのマスターの正体は知っている。

 ただ、学校に結界を仕掛けたのが誰なのかが気になって仕方がない。

 状況証拠的には、わざわざ学校に現れたライダーが疑わしい事になるのだけれど……。

 

「……まぁ、その時はその時か」

 

 仮に結界が発動してしまっても、私ならたぶん結界をすり抜けられる。

 さらに昨晩は苦戦を強いられたけど、ライダーのスペックがそれほど高くない事は承知している。

 毎日学校に通っているはずの凛と手を組む事が出来れば、まだ勝負は分からない。

 

「それも昨日の割り込みを土壇場で許してくれればの話だけど……」

 

 さて、それじゃあ今日は学校に行く事は少し遠慮して、クラシック音楽でもつけて一日を爽やかに過ごしましょうか――――と立ち上がったとき、未だに壁に寄りかかっている黒い剣士が目に入った。とっくに部屋を出て行ったものと思っていたけど、なんでまだここにいるのだろう?

 

「……なぁに? バーサーカー。なんでまだここにいるのよ?」

 

「あ? 好きにして良いって言ったのはテメェだろうが」

 

「それは、そうだけど……ここにはなにもないわよ? 休憩したいのなら、そこのソファに座りなさい」

 

 窓際に置かれた一人用の肘掛け椅子を指差して言う。

 しかし黒い剣士は、なぜか食卓を囲む長椅子にどっしりと座り込んだ。

 

「なら、オレはここに座らせてもらうぜ。……と、いうわけで、一つ飯でも奢っちゃくれねぇか? 実は昨日の夕飯でもう金欠になっちまってな。商店街に行っても肉屋のおっちゃんを冷やかす事しかできねぇんだ、これが」

 

 そう言って黒い剣士は、空になった財布を見せつけてくる。

 その言い分に私は、目を白黒させながら呆然とした。

 

「――――そう、だった。サーヴァントは睡眠も食事も必要ないけど、貴方は受肉しているんだから、人並みの生活が必要なんだった……」

 

 考えてみればその通りだ。私は彼を使い魔の戦力としてしか見ていなかったけど、彼は一応、今を生きる人間なのだ。

 受肉とは、単にマスターなしでも現界できる程度の事だとしか頭に残っていなかったけど、彼は私と出会うまでの間に、働いてお金を稼いで、おそらく普通の人とは変わらない生活をしていたのだ。

 

 ――だけど、いや、その前に……この英霊が現代の職場で仕事をする光景が全く思いつかないのは、少し失礼だが突っ込んでおくべき事なのだろうか……?

 

「おいおい、しっかりしてくれよ。オレは確かにサーヴァントだが、半分は受肉してるんだぜ。物を食わなきゃ死ぬし、交通事故に遭っても普通に轢き殺される。ションベンも必要だし、睡眠も取らなきゃ満足に動けないんだぜ? ……まぁ、ある程度は魔力だけでも生きていけるんだがな」

 

 黒い剣士の腹の虫が居間に鳴り響く。

 

「……ほら、テメェ女なんだから飯の一つくらいは作れるだろ。あっ、おかゆは勘弁してくれよ?」

 

「――なっなによそれ! べつに作れますぅ! バカにしないで、そこで待ってなさい! 全く世話の焼ける使い魔なんだから……あと、言っとくけど私、旅料理しか作れないから、簡単なものしかできないと承知しなさい! 例えばポトフとかパスタとか、そんなの!」

 

「上出来だ。鼠を丸呑みにした蛇を食うよりずっと良い」

 

 ……うわぁ。彼が生きていた時代はそういう時代だったの? それともそういう生き方をしていたのかしら?

 まぁ何にせよ、まさか誰かに料理を振る舞う事になるとは思いもしなかった。

 案外これ、初めての経験かも知れない。調理実習を除けば。

 

「……でも、一応お世話にはなっているから、そうね。腕によりをかけて上げましょうか」

 

 きちんとエプロンを着て台所に立つ。

 

「よし」

 

 何故か気合を入れて、私は朝食の支度を始めた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 今日の朝食は白米に味噌汁、焼き魚にきんぴらと定番の品々となっている。

 皆一様に「いただきます」と言って、騒がしい朝食が始まった。

 

 もぐもぐと食事を進める。

 しかし俺は、あまり箸が進んでいない桜が気にかかった。

 

「おい桜、どうした。具合でも悪いのか?」

 

「え、あっいえ、何がでしょうか?」

 

 ……う~ん。どうやら桜、自分自身の顔色があまり優れていない事に気が付いていないご様子で。

 そこで唐突に、横から藤ねえが身を乗り出してきた。

 

「あぁそうそう。そうなのよ~。桜ちゃん昨日、苦しそうに胸を押さえていたじゃない? あれ、大丈夫だったの? ちょっとおでこ見せてねー」

 

 桜の額に手をつけた藤ねえは、一転してふざけた顔から真面目な顔に切り替わる。

 

「う~ん。まだ微熱かな~? でも、このままだともっと熱くなりそうかな~?」

 

「なんだって?」

 

 途端、朝食は別の意味で慌ただしくなった。

 

「桜、ちょっと顔をこっちに向けろ」

 

「えっ、あっ、せ、先輩!?」

 

 桜の額に触れる。

 確かに少し熱い程度だが、桜の顔色は微熱なんて生易しいもんじゃなかった。

 それはもっとひどいもので、汗だってたくさん出てきていた。

 

「……確かに。今のサクラの顔色は、分かりやすい病気の前兆と見ていいでしょう」

 

 後ろから冷静で的確なセイバーの見解が飛んでくる。

 

「あ、あのっ、だっ、だいじょうぶ、ですから。あの、せんぱい。そろそろ手をはなして……」

 

「バカっ大丈夫じゃないだろう。今日は学校を休め」

 

「うん。先生もそうした方がいいと思うなぁ。無理して悪くなったら大変だしぃ」

 

 それきり桜は俯いてしまった。やはり気分が優れないんだろう。

 えーっと、確かあそこの棚に熱冷ましがあって、あとは布団を用意して、水を飲ませて、どこぞのあかいあくまのせいでもう学校にはいけないから、桜を看病するためにズル休み、か……。

 

 さて、今日はどうしたものかと思案する。

 ――あっそうだ。夕方に商店街の外れにある公園でイリヤと会わないと……。

 

 そんな一日の計画を立てているうちに朝食は終わり、俺は藤ねえに「今日は学校を休む」と伝えた。

 

 

 

 その後、桜を寝室に寝かせて、一通りの看病を終えた頃。

 桜が寝付いたところで、オレは居間に戻る。

 

「セイバー」

 

 金髪の少女を呼びかける。

 しかし返事はなく、居間に彼女の姿は見えなかった。

 

「あれ、どこに行ったんだろう」

 

 少なくとも離れから居間を渡って人の気配はなかったから、必然、庭のどこかにいることになるのだが……。

 廊下を渡って玄関に向かう。もしかしたら庭を探検して、土蔵か道場にでもいるのかもしれない。

 そう思って、玄関で靴を履こうとした――その時。

 

 ――――チリリリリリリリリ。

 

 電話が鳴った。誰だろうと受話器を取る。

 

「はい、衛宮ですが」

 

 次に俺は受話器の向こうで、驚きの声を耳にした――――

 

 

 

   ◇

 

 ――少し時は遡り――

 

 

 

「……ふん。やっぱりな」

 

 一時限目が終わった。

 僕は休憩時間に校舎を出て帰路に就く。

 ……学(・)校(・)に(・)衛(・)宮(・)が(・)来(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。それさえ分かればそれでいい。昨日は遠坂にこっぴどくやられて、もう家から出るに出られないだろうというのは解りきっていたけど、それでも莫迦なあいつだから、万が一はと思って今日は登校したんだ。

 

 帰宅して、家の電話を見る。

 留守電が入っていたから内容を確かめてみると、それは藤村先生の声だった。

 なんでも桜がひどい風邪を引いたから今日は家で休ませます、だと。

 

 そんなのは今どうでもいい。

 受話器を取って衛宮の家の番号を入力していく。

 

 ――プルルルルル……と電話機が鳴る。

 

 まだか。まだ出ないのか。家にいるはずだろう。僕が直々に出向いてやったっていいんだぞ。

 だけど、やっぱりそれはダメだ。お前が来い、お前が僕の家に来るんだ、衛宮。

 

 ――そして、ガチャっと。ようやく受話器を取る音が、向こう側から聞こえた。

 

『はい、衛宮ですが』

 

「――――――――」

 

『……あの、もしもし?』

 

「――やぁ、おはよう衛宮。今日は学校を休んだんだってね?」

 

『え……慎二? 慎二なのか?』

 

「そうだよ。まぁ無理もないさ。昨日あんなに遠坂にボコられたんだからねぇ?」

 

『――――なんで、それを――――ッ!』

 

 そうだ。これで莫迦なお前でも理解できただろう。

 僕はお前たちを知っている。衛宮士郎と遠坂凛という人間が、じゃない。その繋がり、その関係性を知っているということだ。

 それすなわち魔術師としての関係。だから、僕もお前たちの仲間なんだよ。

 

『……なんの用だ、慎二』

 

 そうだ。僕を恐れろ。警戒しろ。

 僕は決して“どうでもいい存在”なんかじゃないはずだろ、衛宮!

 

「もちろん話があるのさ。だからさぁ、今から僕の家に来てくれない?」

 

『…………なぁ、慎二。おまえは、マスターなのか?』

 

「チッ。質問に質問で答えるなよな。……あぁそうだよ。僕はライダーのサーヴァントを従えている。それで、お前はどんなサーヴァントを従えているんだい、衛宮?」

 

『……………………』

 

 そこで答えないのか。こっちはバラしてやったのに? まぁ当然の反応だ。僕と駆け引きをしようって腹か。

 だが、残念。僕はもうお前がセイバーのサーヴァントを連れている事を知っている。隠していてもバレバレなんだよ。

 

「あぁそうそう。家に来るという件だけど、サーヴァントは連れてくるなよ? 衛宮、お前が一人で来い。……なぁに、俺たち親友同士だろ? なら何も心配ないじゃないか!」

 

『……そうかもな。分かった。俺ひとりで行く。そして話があるとの事だが、俺からも一つ質問がある』

 

「なに? 長くなるなら、こっちに来てからにしてよね」

 

『そのつもりだ。待ってろ、今すぐ行く』

 

 ガチャリ、と電話が切られる。

 

「……ライダー。いるかい? ちゃんと警護、よろしく頼むよ。だけど、何があっても衛宮には絶対に手を出すなよ。分かったな?」

 

 霊体化を解いてライダーが現れる。

 一度頷いたあと、またその姿を消した。

 

 

 

 待つこと数分。衛宮がやってきた。

 すぐに客間へ通して、衛宮と対面する形でソファに座る。

 ライダーも背後に現界させて、ただそこに突っ立っているように命じた。

 

「ようこそ衛宮。ちゃんとセイバーは連れずに来てくれたかい?」

 

「――! 慎二、お前……」

 

「なに、僕だけが君のサーヴァントのクラスを知っているなんて不公平だからね。だから電話したときも僕のサーヴァントのクラスを教えてやったのさ。ほら、僕はフェアな男だからさ」

 

 そうだ。僕は衛宮に対してはフェアを心がける。謂わば対等だという事だ。

 

「そうか……それで慎二。話したい事があるってのは分かったが、先に訊きたい事がある」

 

「……あぁ、分かってる。なんだい、言ってみなよ」

 

 それから衛宮は、僕が魔術師なのかどうなのかを訊いてきた。

 その質問に対し、間桐は魔術師の家系だったけど、既に廃れて僕には魔術回路がないと答えると、次は桜がその事を知っているのかなんて無知な事を聞いてきやがった。

 魔術師とは一子相伝。桜に伝える魔道の秘蹟はないと教えたら、衛宮のやつ、安堵しきった様子で胸をなでおろした。

 

「――そうか。そんなにうちの妹の事を心配してくれたとあっちゃ、兄として一応の感謝はしないとね。……ところで衛宮。さっき留守電で、桜が風邪を引いたから藤村先生の家で寝泊まりさせているっていうのがあったんだけど。――あれ、本当はお前の家なんだろ?」

 

「あぁ、その通りだ。今は家でぐっすりと眠っているから問題ない。軽い熱だよ」

 

 ……へぇ。隠さないのか。

 まさか衛宮が桜を人質に取るなんていう事態は発生しないと思っていたけど、万が一を考えてはいたんだ。

 それも無用だったようだね。思った通り正直すぎて……。

 

「それで慎二。次はそっちの話だ。どうやら戦うつもりではないらしいな」

 

「ははっ! 当然さ。なに? 衛宮ってまさか、一人で来て戦うつもりだったわけ?」

 

「万が一の話しさ」

 

「あぁ、そうだね。友人を疑うなんて、万が一を想定するときしかありえない。なんだ、分かってるじゃないか」

 

 ――さて、次はいよいよ、僕の提案を衛宮が呑むか蹴るかの話だ。

 

「なぁ衛宮。僕の話っていうのはね――――僕と、同盟を組まないかっていう提案なんだよ」

 

 同盟要求。

 その理由として、まず僕は戦力の点について説明する。

 

「衛宮は魔術を使えるけど、聞いたところ知識は素人レベルだね。そして僕は魔術を使えないけど、知識はそれなりにある。お互いの戦力を考えるなら、僕たちが組んだときの相性は良いと思うんだけどね?」

 

「…………」

 

 黙って話を聞き続ける衛宮。

 今のところ反論はないみたいなので、僕は次の理由を述べた。

 

「なにより僕たちには、共通の敵がいる」

 

「……共通の、敵?」

 

「そうさ。遠坂凛って言う名前の、見る目のない魔術師がね!」

 

 僕の事を“興味ない”と断じたあの女。

 その女と一緒にいたのが衛宮だと知ったときは、衛宮が魔術師だった事も合わせて嫉妬を感じたけれど、その遠坂も衛宮に牙を向けた。

 ならば、あとは対遠坂同盟として、僕と衛宮が結託するだけじゃないか。

 もちろん衛宮が、それに速攻で了承するとは、つゆほども思っていないけど。

 

「……遠坂? なんだって遠坂が共通の敵になるんだよ。確かにあいつは昨日、俺を、その……殺す気で襲いかかってはきたけど、あれは俺の聖杯戦争に対するスタンスの認識が甘かったせいだし、なにより俺は遠坂を敵だなんて微塵も思っちゃいない」

 

「……はぁ。それじゃあ衛宮。一応訊いておくけどさ、もしも遠坂のやつが僕たちを狙いに来たら、どうするつもりなのさ。向こうは昨日みたいに手加減なしで来ると思うけど?」

 

「それは……」

 

「サーヴァント同士で勝手に決着を付ければ良いって? そりゃあ僕も同じ気持ちさ。だって衛宮も、僕と同じで巻き込まれてマスターになった口なんだろ?」

 

「……? 巻き込まれたって、もしかして慎二もそうだったのか?」

 

「……はぁ。だから言ったろ? 僕には魔術回路がない。ないってことは、マスターになる権利がないってことなんだ」

 

「それじゃあ、なんで」

 

 ――マスターになれてるのかって?

 

「これが、その理由さ」

 

 懐から一冊の本を取り出す。

 

「これは偽臣の書と言ってね。魔術回路がなくてもマスターになれるアーティファクトなんだ。これがあるおかげで、僕はこのじゃじゃ馬を従えていられるってわけ。……おっと、話が逸れたね。ごめん。それで衛宮はどうやって遠坂と戦うって?」

 

「――――戦う理由はないし、する必要もない。そう思う。それでも、もし遠坂が俺と決着を付けたいと、そう思っているんなら、俺は正面からセイバーと一緒に戦うだけだ」

 

「決着、ねぇ……。まぁいいさ。つまり遠坂は殺さないと?」

 

「なっ――――あ、あったりまえじゃないか! おい慎二、お前まさか、ほかのマスターの事を……!」

 

「おいおい熱くなるなよ。早とちりは誤解を招く事になる悪手だぜ? ……まぁ、僕も衛宮と同じ、降りかかる火の粉を払うだけのつもりでいるともさ。それでも向こうから殺しに来る以上、受け身なのはいただけない。例えば、もしもあのバーサーカーが自分の家に乗り込んできたらって、そんな事を考えてごらん。はっきり言って、僕には勝ちの目はないと思うんだけど?」

 

「……バーサーカーか。確かにあれは怪物だ。だが、慎二。それでもマスターを狙うという方針には、俺は全く反対の意見を持っている」

 

「へぇ?」

 

「それに何より、俺にはあの娘が悪いやつには思えないんだ……」

 

「……はっ! これだから馬鹿は困るんだよ」

 

 むっとした表情で僕を睨む衛宮。

 それを受け流しながら、僕は話を続けた。

 

「遠坂は狙わない。バーサーカーのマスターも狙わない。それじゃあ衛宮はさ、一体どうしたいんだ? 巻き込まれたとはいえ、参加したという事は何か目的なり願望なりあるんじゃないのかい?」

 

「俺は――――この聖杯戦争というものが安全に、無事に終われば良いと思っている。純粋に各々のマスターが戦って、周りに被害が出ないのなら、俺は何もしない。向こうから来たとしても、俺からは出向かない」

 

 ……なるほど。やっぱりそうきたか。

 つまり衛宮は最後まで受け身でいて、襲撃者だけは容赦なく叩くと。

 さらに街に被害を及ぼすやつが現れない以上、ずっと家に篭っている……。

 

「それじゃあ衛宮はさ。最近ニュースで騒がれている新都のガス漏れ事故。あれはなんとも思わないのかい?」

 

「――――なん、だって?」

 

「ふん。なんだ、知らなかったのか。街の皆を守るだとか抜かしておいて、被害はもう出てるっていうのに、ねぇ?」

 

「おい、慎二。何か知っているのかっ!」

 

 興奮して立ち上がる衛宮。

 それを冷静に見上げながら、僕はライダーの報告にあった柳洞寺の魔女について説明してやった。

 

「なんでもライダーによると、柳洞寺には魔女がいるらしくてね。新都に網を張って人々の生命力を吸い上げているんだとか。これはもう、衛宮の言う討伐対象には入らないのかな?」

 

「……おい、ライダー。それは本当なのか?」

 

 …………っ。

 なんで、そこでライダーに訊くんだよ。僕の言う事が信じられないっていうのか。

 

「――――――――」

 

 ライダーは答えない。

 もとより寡黙なやつだから、返答するのも老人のように遅い。それだと言うのに……。

 

「――はい。その通りです」

 

「おい、ライダー! 黙ってろって言っただろ! 衛宮も衛宮だ! いま話しているのは僕とだろう!?」

 

「……慎二?」

 

 ――チッ。クソッ。なんだよその目は。

 まるで僕がバカみたいじゃないか。少し熱くなってしまったか……。

 

「はぁ。これで分かっただろ。それで、どうなんだよ。僕との同盟は受けるのか受けないのか!」

 

 仮にここで衛宮が同盟を拒否しても、僕が言った柳洞寺の魔女を気にして、衛宮は今夜か明日のうちには柳洞寺へ突撃するだろう。

 また、仮にここで衛宮が同盟に応諾した場合は、準備のために柳洞寺への突撃は明日に持ち越したい。

 何故なら昨日の黒い剣士との戦闘で、もう魔力が足りなくなっているとライダーに言われたからだ。

 また、魂喰いをする必要がある。

 

「俺は――――」

 

 ――さぁ、どっちだ……!

 

 僕の事を友人だと思っているのなら、受けろ!

 僕の事を対等だと思っているのなら、拒否しろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は――――受ける。同盟を組む。それでいいな、慎二」

 

 ――――――――。

 

「だが、一つ条件がある。それは俺と組む以上、敵は俺が選ぶ。今までの慎二の言い分は正しいのかもしれない。それでも敵を見間違えている節がお前にはある。だから敵は俺が選ぶ。それで良いな?」

 

「――――あぁ、だけど衛宮がそう来るなら、こっちにも条件がある。それは……そうだね。まず柳洞寺への突撃は明日にしてくれ。逸る気持ちも分かるけど、生憎とこちらは本調子じゃないんでね。不完全な状態で戦いに行ってやられたら、街を守れないだろう?」

 

「分かった」

 

「待てよ、まだ条件は残っている。えっと……そうだね、これはどうかな。そっちのサーヴァントの真め――いや、やっぱりいい。……よし、作戦指揮なら僕に任せてくれよ。僕のライダーはかなり偵察に向いていてね。情報や切り札のカードはこっちの方が多いんだ。きっと君たちよりもね。だから作戦を立てたりするのは僕の役目って事で。それでいいね?」

 

「あぁ、だけど慎二の作戦や指示がいつも正しい事になるとは限らない。そのときはきちんと反論させてもらうぞ」

 

「――――あぁ、もちろんだとも! それでいい。そうでなくちゃ! それじゃ、よろしくっ衛宮!」

 

 すこぶる機嫌が良いため手を差し出す。

 その手を衛宮は取ってくれて、固く同盟の契りを交わした。

 

「それじゃあ今日のところは帰って、同盟を組んだ報告を自分のサーヴァントに伝えてくればいい。出撃は明日。また電話するから、忘れるなよ」

 

 そうして衛宮は帰っていった。ライダーを護衛につけて送り返す。

 

「よしよし……計画通りだ」

 

 

 

 それから暫くして、ライダーが戻ってきた。

 

「ちゃんと送り返してきたか?」

 

「……はい。交差点付近で別れました」

 

「なんだよ、ちゃんと家の前まで送れよな」

 

「いえ、あのままさらに進んでいれば、セイバーの探査距離に引っかかってしまいますので」

 

「あぁ、なるほど。じゃあそれでいい」

 

 ふぅ、それにしても、まったく気分が良い。

 僕たちは同盟! 同盟を組んだんだ!

 どちらかが軍門に下るのではなく、対等を意味する同盟を組んだ!

 

 これで衛宮と協力して遠坂をギャフンと言わせる……ことは出来なくなったけど、さらにバーサーカーを打倒するっていうことも出来なくなったけど、それでも衛宮と共闘して聖杯戦争を勝ち進み、最後には僕と衛宮でどちらが上なのか決着をつける……。

 そうだ、だから衛宮。お前が決着をつける相手は、決して遠坂じゃない!

 

 

 

 ――この僕だっ!

 

 

 

「くっ……くくっ……まぁ、上なのはやっぱり、僕なんだけどね」

 

 

 

   ◇

 

 ――時はほんの少し遡り――

 

 

 

 間桐邸からの帰り道。ライダーに送られて、交差点までの道を歩く。

 ……う~む。ライダーに声を掛けるべきだろうか。同盟を組んだ手前、挨拶くらいはしないとな。

 

「あの、ライダー。これからよろしく頼むな」

 

「……………………」

 

 うん。黙ろう。

 その方がライダーにとっても良いんだろう。なんだか慎二のやつ、俺とライダーが話すのを嫌がっていたみたいだし。

 

 そうこうしているうちに交差点に着いた。

 

「ありがとう、ライダー。ここらへんでいいよ。これ以上行くと、セイバーが飛び起きて襲い掛かりにくるかもしれないし」

 

「…………でしょうね。それでは」

 

 そしてライダーは霊体化を解いて…………解かない?

 

「ライダー?」

 

「…………いえ、慎二が貴方を気に入る理由が、分かったもので」

 

 ……???

 

「なんでもありません。それでは」

 

 それからライダーは霊体化に入って、その場から去っていった。

 ……バイザーで目元を隠していても分かる。今の笑顔は、とびっきりの美人だった。

 

 

 

 帰宅し、がらがらーと戸を開ける。すると、なんと目の前には、拗ねた目つきで両手を腰に当てる、セイバーの姿がそこにあった。

 その表情は怒りと呆れを通り越しており、無言の圧力で俺を睨めつけている。

 

「……あ、その……」

 

 一回、重い溜息を吐いたセイバーは、

 

「何か言い訳はありますか? マスター」

 

 今にも説教が始まりそうな、むすっとした顔を見せた。

 

「……ない、です。ないですけど、説明だけは」

 

「えぇ、きっちりと説明してもらいますとも」

 

 そう言ってセイバーは、俺の横を素通りして道場へと向かった。

 ……これは、付いていかないとダメな流れだろうか?

 まぁ、ここで平然と靴を脱いで居間に上がって桜の様子を見に行ってしまったら、それこそその場でセイバーに叩き切られるかもしれない。

 ならば仕方ない。セイバーのあとを追おう。

 

 

 

 それから俺は道場にて、セイバーに慎二と同盟を組んだ事を報告した。

 そして、この同盟の話を聞いたセイバーは、

 

「別にシロウが選んだ相手であるのなら、私からはなんとも言えません。サーヴァントの意思に反しているとしても、マスターの方針には従うのみですから。……それでもやはり、事前に伝えて欲しかった」

 

 と、難しい顔で言われてしまった。

 そのあとすぐ「すみません。今のは出過ぎた発言でした」と謝られてしまい、本当にこればっかりは後悔した。

 

 確かに、俺の相棒はセイバーなんだ。

 聖杯戦争に参加すると決意した以上、共に背中を合わせて戦う相棒がセイバーなのは百も承知していたはず。

 それなのになんで俺は、そんな大事な事を忘れてしまっていたのだろう。

 

 それから俺はセイバーに、柳洞寺にいる魔女について話して、出撃は明日だという事も伝えた。

 

「なるほど。確かにライダーのマスターはなかなか情報に通じているようですね。私ひとりでも充分だとは思いますが。……ところでシロウ。そろそろ昼餉の用意に取り掛かっては」

 

「……お、もうそんな時間か。それじゃあセイバーの説教と柳洞寺の説明も終わったことだし、昼飯にしますか」

 

 

 

 やがて、セイバーと昼飯を済ませて桜を看病したりしているうちに、夕方が近付いてきていた。

 魔力の消費を抑えるため眠りに就いたセイバー。

 それと入れ違いに起きてきた桜だったが、どうにも呂律が回っていないようだった。

 

「あ、あの、先輩。私はもう大丈夫ですから、夕飯の支度をさせてください……」

 

「ダメだダメ。病み上がりにそんなことはさせられません」

 

 時計をしきりに確認しながら、強情な桜を諭しにかかる。

 そうして暫く終わりのない口論を繰り返していたときに、桜に痛いところを突かれた。

 

「先輩。本当に私は大丈夫ですから。……それに、さっきからしきりに時計を確認していますけど、何か用事でもあるんじゃないんですか?」

 

「ぐぬっ……」

 

 確かに、俺にはイリヤとの約束がある。

 それにしても間が悪かった。ここで俺が公園に出向けば、桜は勝手に夕飯の支度を始めてしまうだろう。

 かと言って、公園で待っているイリヤをほっぽくのも、あとで殺されかねない。

 

「ううむ……」

 

「先輩。過保護なのはあまり良くないですよ。私に任せてください」

 

 えっへん。と胸を張るが、それでも心配してしまう。何か妥協できそうなものは……。

 

「……そうだ。桜、じゃんけんをしよう」

 

「じゃんけん、ですか?」

 

 そうだ。こういう勝負事の賭けなら、約束を破るのに罪悪感があって、桜は言う事を聞いてくれるだろう。

 俺が勝てば桜は安静。俺が負ければ、潔く引き下がるとしよう。

 

「そう、俺が勝ったら、桜は俺が帰ってくるまで待っていること! はい、最初はグー!」

 

「えっえぇ! い、いきなりですか! じゃ、じゃんけん――」

 

『――ポン!』

 

 俺はグー!

 そして桜は、小さな手を大きく開いてパー!

 負けた! 完! 衛宮家の台所はもう桜以外許さないというのかッ!

 

「やった! それじゃあ先輩、夕飯は何が良いですか?」

 

「…………風邪に良いものが良いと思うな」

 

「あ、はい! ありがとうございます、先輩!」

 

 ぐぅ……どうしていつもグーが先に出てしまうのか。

 まぁ、でもこれで肩の荷は降りた。潔く夕飯は桜に任せて、俺はイリヤに会ってくるとしよう。

 

「それじゃあ桜、ちょっと行くところがあるから。……あぁ、あとセイバーが起きてきたら、友人のところに行っていると説明してくれ。それじゃっ!」

 

 若干の嘘は申し訳ないとは思うが、過保護なセイバーを相手にしていると、どこにも行けやしない。

 そのままダッシュで商店街まで赴く。

 

 

 

 商店街の外れにある小さな公園。

 昨日の約束なんてのはただの口約束で、本当に彼女が来てくれるかどうかは半信半疑だった。

 それでも曇天の下、公園のベンチにて、寒そうに身を縮こませて誰かを待ち続ける白い少女がそこにいた。

 

「イリヤ」

 

「あっ、お兄ちゃん!」

 

 たたっ、だきっ、と走って飛び込んで抱きついてくるイリヤ。

 

「今日は遅かったね!」

 

「悪い。待っただろ?」

 

「ううん。レディを待たせるのは紳士としてダメだけど、本当に来てくれたから全部許す!」

 

 ……許すも何も、ここにもう一度来ると約束したのは俺なんだけど。

 まぁ、それはいいとして、俺たちはベンチに腰掛けた。

 

 

 

 それからイリヤの口を衝いて出てくる話題の数々は、本当に他愛のない話ばかりだった。

 昨日みたく話したいこと、自慢したいこと、聞きたいことを次々と。

 例えば自分は走るのが苦手だとか、メイドたちはいつもうるさいだとか、時々間違った日本人の知識を説明してくれたりもした。

 

 その時間は、ほんの三十分にも満たない間だった。

 そこで俺が聞き役に徹するあまり彼女は話し疲れたのか、イリヤは話題を変えてくる。

 

「ねぇ。シロウはわたしに、何か質問ある?」

 

「俺が、イリヤに質問?」

 

「そう。もういっぱい話しちゃったから、今度はシロウが話す番!」

 

 ……そう言われても、少し困った。

 聞きたいことがないわけじゃないけど、話の流れ的に聖杯戦争に関係することはあまり聞きたくなかったのだ。

 

「うーん。それじゃあイリヤは、どこに住んでいるのか聞きたいな」

 

「わたしのお家? 良いよ! 教えてあげる!」

 

 そう言ってベンチに膝立ちして、唐突に俺の顔とイリヤの顔が急接近して……!?

 

「動かないでね。いま視覚を繋げるから」

 

「し、視覚を、つなげる?」

 

 

 

 ――――それから視界が暗転し、次々と街の風景が移り変わっていった。

 

 森。森。森。

 その奥深くに大きな城があった。本当に郊外の森にこんな城があるのか。

 やがてかっ飛ぶ視界は城の中に入る。すると寝室の中には二人のメイドがいた。イリヤが話してくれたメイドたちの外見と一致する。

 

「おや、リーゼリット。イリヤお嬢様は何処で?」

 

「…………ぷいっ」

 

「――――まさか、貴女」

 

「……隠れんぼ、してるの」

 

「そんなすぐに見抜ける嘘はやめなさい!」

 

「嘘じゃ、ない。イリヤの負け。セラにいないってことが、見つかっちゃったから」

 

 

 

 ――――それからまた視界が暗転し、額に顔を合わせるイリヤの身体が目に入った。

 

「あっちゃあ……セラに見つかっちゃったかぁ。ごめんね、お兄ちゃん。わたし、もう帰るから」

 

「あ、あぁ……」

 

 未だに頭が混乱している。今見たのは夢か?

 いや、本当に空を飛んでいるようだった。乗り物酔いに近い感覚を得て、満足に声が出せない。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

 ……なんだ?

 

「今度はお兄ちゃんの家も、教えてね?」

 

 ……もちろん、だ。

 

 

 

 ――――気が付けば、数分が過ぎたあとだった。

 イリヤの姿は疾うになく、ただベンチで頭を押さえる俺が独りでいるだけ……。

 

「ふぅ。騒がしいやつだったな。やっぱり子供はああでなくちゃ」

 

 今日のイリヤは俺が見ていた限り、最初から最後まで笑顔でいてくれた。

 でも、それはもしかしたら、わざとだったのかもしれない。

 これでもすぐ顔に出ちまうのは自覚があって、イリヤが暗い顔をすると俺まで暗くなってしまうことを、イリヤは気づいていたのかもしれない。

 

「……なんだ。気を使われていたのは、こっちの方だったってわけか」

 

 そんなことを遅まきに気が付く。

 さてと立ち上がり、公園の時計を見る。もう帰る時間だ。家に着けば桜の夕飯が待っている。

 

「――今度は俺の家を教えてくれ、か。当たり前だ。なんなら家に招待して飯も奢ってやる」

 

 だが、そのためには、やはり聖杯戦争という戦いをいの一番に終わらせなければならない。

 そして明日は柳洞寺だ。堅実に行こう……。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 深夜。

 何かが付いてきている。しかし臆病なやつなのか、傍には接近してこない。

 首筋の烙印に痛みが趨(はし)り、強く反応する。

 最高にやばい存在なのは分かるんだが、遠くからオレを監視するだけなので放っておくことにした。

 

 ――ここは柳洞寺。

 オレは先日のリベンジにやって来た。言わずもがなアサシンとの勝負のためだ。

 剣術勝負に破れたオレは、次はサーヴァントとして勝ちに行く。

 

「……だっていうのに、あいつどこに行きやがった?」

 

 アサシンの姿がない。いや、アサシン故に気配遮断をしているということなのか。

 確かにあいつ「次はサーヴァントとして果たし合おう」と言っていたから、気配を消して背後から奇襲を……という腹なのかもしれない。

 だが、それでも合点が行かなかった。

 なんでもありの勝負を請け負ったものの、あの刀を振ることしか能のないアサシンが小手先を使うなんて、どうしてもオレには考えられなかったからだ。

 

「……このままだと境内まで上がっちまうぞ」

 

 そう言い切った途端に、石畳の階段を上がりきってしまった。

 仕方ないので山門をくぐり抜け、境内に上がる。

 

「…………嫌な気配がするな」

 

 さっきからオレを追ってきているやつ以外に、一、二……微かな反応だが、三。

 これらは全て、サーヴァントだと見ていいだろう。

 

「オレ以外に近くでサーヴァントが三騎ほどいるのか。だっていうのに、この静けさは何だ」

 

 確か柳洞寺にはキャスターが居座っているはず。

 それでも、こうして陣地に侵入したのに出てこないって事は、オレを警戒して観察でもしているのか?

 まぁ、キャスターなんかに真っ向からの面白い戦いなんてのは期待してないから、別に出てこなくても良いんだが……。

 

「こりゃあ無駄足だったかな。どうやらオレは仲間はずれなようで」

 

 どうやらオレはお呼びでないらしく、大人しく踵を返す。

 山門を抜けて階段を下りようと下を見ると――――そこに、何(・)か(・)黒(・)い(・)も(・)の(・)が(・)い(・)た(・)。

 

「……チッ。遅かったか。オレが呼んでんのはテメェらみてぇな魔じゃねぇんだっての」

 

 石畳の長い階段の下に黒い人影が立ち尽くしている。

 さらにその傍らにも“見えない何か”がいる事は、うっすらと感じ取れた。

 この感覚には覚えがある。高ランクの気配遮断だ。しかし、おかしい。どうにもその見えない何かは、雅な侍剣士の雰囲気とはまったく異なり、真逆とも言える……それこそ魔の類のやつだった。

 

「…………随分と変わったな。アサシン。いや、本当にテメェはアサシンなのか?」

 

 返答はない。どうやら目の前にいる不可視のばけもんと黒い人影は境内に上がりたいらしかった。

 だが、オレがいるせいで、こいつらは上がれないでいる。

 どう考えてもオレの目の前に映る化物ふたりは、オレを恐れているようだった。

 

 どうやらこいつらにとって、オレという人間は天敵なんだろう。

 それが肌で分かる。

 オレのこの大剣であいつらを斬りつければ、すぐにあいつらは衰弱して死んじまうって事が理解できる。

 

「……まぁ、こんなやつら、すぐにでも斬り殺しておくべきなんだが……」

 

 そう呟いた途端、黒い人影と不可視のばけもんはその姿をかき消した。

 闇に溶け込み、その場からいなくなる。

 

「こうして逃げられちまうからな。まったくよ。これも全部、聖杯から出てきたものなのかね」

 

 階段を下り、柳洞寺のお山を後にする。

 あのあと、あそこで何が起ころうがオレには関係ない。

 倒さなければならない存在だとしても、オレ独りじゃどうにもならん。

 

 そして、あの侍剣士。まさか誰かに殺られたのだろうか。もしかしてあの影たちに?

 

「はぁ……こりゃあ、次々と好敵手を奪われそうだな。嫌な予感はこれか」

 

 ――チッ。そろそろ遊びは終わりの時間だってことか。

 これからはどんどん死人が出てくるだろう。そのたびにうちのマスターは泣き出すのか。

 

「大切な少数を救うために、未知の大勢を捨て駒にする。人間みんな、そんなもんだってのになぁ。……まぁ、まだあの歳じゃ無理もねぇか。いや、まさか死んだあとで何回もガキの面倒なんざを見る羽目になるとはね。――――今日のところは大人しく、休暇にするとしようか」

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ――修羅の剣士が寺を後にした。

 悪いが、今はテメェに構っている暇はない。

 今回はマスターから、変則召喚された真アサシンと戦ってこいとの命令を受けているからな。

 

 境内に上がる。

 キャスターの気配が寺の中から臭うが、どうやら姿を晒す気はなさそうだ。

 門番のアサシンが殺られて慎重になっているということか。

 

                                「――■■―■―■――」

 

「ゴフッ――――!!?」

 

 ――――それは、あまりにも突然だった。

 英霊の知覚を超越する蛇蠍の魔に、オレは知らぬ間に――――

 

 血の気が引く。心臓が動いていない?

 ただ霊核が破壊されたという事だけが漠然と理解できる。

 このままだと、オレは以てあと数分で消滅してしまうだろう。

 

「ハガッ――や、やろう……」

 

 誤算だった。

 敵は真アサシンだけだとタカをくくっていた。

 たとえキャスターが割り込んできて真アサシンと一緒にオレを殺そうとしてきても、同時に相手取って両方の首を取る事も不可能じゃなかった。

 

 だが――――

 

「――――影、か。オレの影として、そこに、ずっと……いた、のか……」

 

 それはどういった魔術か。否、対魔力で防げる法則の上にはなかったように感じられた。

 ならば魔物か。どういう存在なのか皆目検討もつかねぇ。

 とにかく元からそこにあったオレの影は、誰からも知覚されず、誰にも興味ないくせに、不意にオレを狙って殺しにきた。

 

「――――そういえば、あの修羅の剣士……去り際に誰かと会話をしていたように見えたが、ありゃ独り言ではなく、こいつらと会話をしていたって事か……? あいつには見えて、オレには見えない何かが、そこにいたってのか……?」

 

 聖杯の知識から浮かんだ言葉は――――絶(・)殺(・)呪(・)層(・)界(・)潜(・)影(・)領(・)域(・)。

 

 いや、まいった。キャスターが出てこないのも当然か。

 修羅の剣士が平気で境内に出入りしていたから、あそこは無事だという先入観に囚われて、今の今まで気付けなかった。

 

「――――境内は既に、サーヴァントだけを殺す空間に成り果てていた……もしも修羅の剣士を追い払おうとしてキャスターが出てきていたら、とっくにキャスターの方が殺られていただろうな……ゴホッ!」

 

 血反吐を足元にぶちまける。

 それを啜るように蝗が這い回っていた。

 

 ――その通りよ。バカね――

 

 そんな女狐の声が、寺の中から聞こえてきた気がした。

 

 オレの股下に映る影から、黒い人影が這いずり出てくる。

 その人影の背におぶさる形で、白い仮面の蝗が嗤っている。

 むしゃむしゃと、朱色に染まった林檎を頬張る。

 

 これは――――真のアサシンと黒い影が、融合している……?

 

 あぁ、意識が遠のいていく。何もできないまま、オレは消え去るだろう。

 ……クソッ。最期に修羅の剣士にリベンジしたかったぜ。

 

 それと、すまねぇな。負けちまったぜ、バゼット……。

 

 

 

   /了

 

 

 




 つい最近まで修羅の剣士は、マウント深山のバイク屋でバイトをしていた。
 頭には黒いヘルメット、顔には黒いサングラス、体には黒いライダースーツと、照り光るライダースジャケットを羽織っており、スパイクの効いた靴を履いて、ロマンあふれる漆黒の巨大魔改造バイクに堂々と跨るさまは、まさにどこぞの騎ん時に負けないほど超クールだった。
 また、バイク屋のおっちゃんが、もっとパンクさを出すために例のクソ不味い煙草を差し出すが、修羅の剣士はそれを断り、金髪の少年から貰った煙の出る煙草風キャンディを咥えることで、その威容をさらに恐れ多いものにさせていた。
(そして何故か売上は伸びたらしい。なんでも看板娘ならぬ看板伊達男として、どこぞの藤村組の翁に気に入られた修羅の剣士が、地元で少し有名になったからだとか)

 ちなみに修羅の剣士は、郊外の森のとある廃墟を根城としており、約十年もの間、森に漂う低級霊を狩ることで魔力の補給をしていた。
 しかしサーヴァントが長年現界を維持できるほどの低級霊が、そうやすやすと集まってくれるのかというと、それは修羅の剣士のスキルによって集まりすぎるくらいだった。
 主に修羅の剣士の生活は、夜に霊体を狩り続けて魔力を補給し、昼に街へ降りてバイクを弄り給料をもらって、激辛麻婆豆腐を少し辛そうに食べる。そんな毎日。



「絶殺呪層界潜影領域」
 ランサー、敗退。
 ――――然れどその魂は、世界の悪意に弄ばれる。


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