英霊たちの頂上決戦が終結し、森に轟く剣戟と破壊の音が鳴りやんだ深夜。
焦土と化した土の上で、全身と右腕を黒く焦がした半死体同然の男は、静かな眠りに就いていた。
その場に半分だけ霊体化した状態の……否、霊核の損傷により、うまく実体化を保てない白髪の女武者が現れて、男のそばに寄り添う。
「…………起きて、ください。マスター……」
口元に赤い血を引いて、結んだ髪は乱れている。
まるで落ち武者のように座り込む女性は、己がマスターの額に手を添える。
しかし男は一向に起きる素振りを見せず、女はその寝顔を見て、くすりと微笑む。
「まだ寝る時ではありませんよ。……しかし、こういう時だからこそ、口に出せることもありましょう。義仲様を膝に寝かせた時も、えぇ。聞かれていないことをいいことに、あれや、これやと……」
生前を思い出して、懐かしむ気持ちを抑えられない女。
だからこそ、彼女は僅かに、己の唇を噛み締めた。
「なのに……宝具が、放てなかったのです。理由は、すぐに判りました。それは、この黒い炎が原因なのでしょう。……貴方の復讐心を現すこの炎が、私を染めてしまったせいなのです」
宝具が打てなかった理由は、己がマスターの色に染まってしまったから。
つまり女としてあってはならぬ、想い人が二人に増えてしまったから。
その不純ゆえに、宝具が発動できなかった。……俯いた顔の女は、そう話す。
「ぅ……あ、アー、チャー……? そこに、いるの、か……?」
ふと、満足に声も出せない掠れた声色で、男が左腕を持ち上げる。
「起きたのですね、マスター! しかし、あまり動かないように。傷が深すぎるのです。死んでいなかったのが奇跡というものでございましょう」
「あ、あぁ……そう、だな……アサシンの、マスターは……?」
「あそこで死んでいます。ですが、この状況を見るに……もしやマスター。貴方という人は、魔術師であるというのに、ただの殴り合いで敵を殺したのですか?」
「あ、はは……腕の中で、男の首をねじ切った君には、敵わないけどね……」
今にも死にそうな体で、男は軽い冗談を言う。
その喜びようは、どうやらアーチャーがアサシンを倒してきたものと思い込んでいるらしい。
「いたた……でも、これで、俺たちは勝ったんだ。君が、こうして戻ってきてくれたってことは……アサシンは、倒したん、だろう?」
「いいえ、マスター。申し訳ありません。……アサシンはまだ、倒しきれておりません」
「――――なん、だって?」
アーチャーの言葉を聞いた男は、目を見張って起き上がろうとする。
「どういう、ことだ……?」
「バーサーカーがアサシンに寝返っていたのです。二対一の状況となり、捨て身であればアサシンを道連れにはできましたが……マスターの令呪で、戻ってきてしまいました」
アーチャーは、てへっ――と舌を出して、男に微笑みかける。
その冗談に、男はまさか、今のが冗談のつもりで言ったことなのかと、数秒は信じられなかったことだろう。
「て、てへって……君は、何を……!?」
「申し訳ございません。言い訳のしようというものがありません。ですがマスター。私はあのバーサーカーも許せません」
途端、アーチャーは、その目つきを鋭いものに変える。
彼女の眼光を受けて、男はようやく、アーチャーの言っていることを理解しただろう。
「君は……アサシンとバーサーカー。そのどちらも、己の手で葬りたいと……? そのために、俺のところまで逃げ帰ってきたと……?」
「えぇ。そのような言い訳になるでしょうね」
「だ、だが、それなら何故、戦闘を継続しなかった! 俺のところまで戻ってきて、何をしようってんだ!」
「宝具が一発分しか、使用できなかったからです」
淡々とアーチャーは、己の霊基情報を見ろと目で物を言う。
「……なんだ、これ。霊基の八割が損傷しているじゃないか」
「アサシンの宝具を受けて、それで魔力がごっそりと持っていかれてしまったのです。ですが相討ち覚悟で、そのままアサシンに宝具を撃とうとしましたが……」
あとは、先ほど戻ってきた理由を説明した通りだと、アーチャーは黙り込む。
「つまり君は……あと一発分、魔力の補給ができれば……それで一気に、サーヴァント二騎を葬ってみせると?」
「はい。必ずや。それでマスターの復讐を成し遂げてみせましょう」
絶対なる自信を以て、アーチャーは己がマスターの瞳を見据える。
「――――ならば、アーチャー。どこか身を隠せる場所に行こう。大聖杯が降霊する時間帯は、おそらく未明頃だ。それまで、どこかで魔力を補給しなければ……」
「ならばマスター。近くにある掘っ立て小屋が効率的かと思われます」
「よし、ならばアーチャー。今の俺の状態は、あまりにも酷すぎる。実は、もう目が見えていなくてね。心臓も破られている。魔術刻印に残された魔力も、底を尽き始めているから、自動治癒の刻印も止まりかけている。どんな奇跡が起こっても、俺はあと一時間足らずで死ぬだろう」
淡々と命の終わりを計算する男は、女の肩に持ち上げられて身を起こす。
「しかし、体はまだ、動きますよね?」
「あぁ……だが、アーチャー。君は……」
――――いいのか? そう男は聞こうとしただろう。
だが、この状況で良いも悪いもない。たとえ悪かろうが、それを実行しなければ聖杯は勝ち取れない。ゆえに是非を問うのは愚問といえよう。訊いて答えても仕方なのないことなのだから。
それでもアーチャーは、質問の意図を組んで、その清らかな声色を以て答えた。
「私は……別に、構いませんよ」
「え……?」
「言ったでございましょう。今の私は、アーチャーのサーヴァントとして召喚されたのです。巴御前としては決して許されませんが、アーチャーである私は、貴方にお仕えするサーヴァントだと、そう誓ったはずでありましょう?」
もう目が見えていない男に向けて、アーチャーはにこやかな微笑の視線を送る。
「ですが、それを言うのなら……マスターの方だって、よろしいのですか?」
「…………男ってのは、あるだけの色を好むものさ」
女の問いに対し、男は冗談を交えた皮肉で答える。
「……えぇ。それが、世の男女という、常なのでございましょうね……」
その皮肉を聞いたアーチャーは、森の蛍の光が反射して、その顔ばせに暗い影を落としていた。
しかしてアーチャーと、彼女に担がれるマスターは、妖精の森に建てられた掘っ立て小屋の中に入って、まだ使える汚れのない寝台を見つけた。
アーチャーによって寝台に下ろされた男は、目前から衣服の擦れる音を耳にする。
「服を……脱いで、いるのかい?」
「当然でございましょう? そうしなければ、どうやって魔力の供給をするのでございましょうか?」
アーチャーは着物の帯を取ってから、そっと男の傍らに座る。
寝台の布団が沈み、比重の傾きで二人の肩が触れ合う。
『あ……』
恥ずかしそうに両手を膝の上に置いたアーチャーは、ちらちらと男の顔色を窺う。
頬を赤らめる男。それはアーチャーも同じであったが、唯一彼らの間で違う点といえば、その視線と視線が、まったく合致していないという点だろうか。
虚空すら掴めず、アーチャーを視界に捉えようとして、男の視線が何処かを彷徨う。
「こちらでございますよ」
その姿を見たアーチャーは、己は此処に居ると。
両手で男の頬に触れ、手前に引き寄せた。
「ど、どこに……」
アーチャーを探そうと、男は手を前に出す。
すると目的地の定まらない男の片手は、ふと柔らかで豊満なお肉を鷲掴んだ。
「……っ」
アーチャーの漏れる吐息が不自然に止まる。
かたや男は、黙り込んだアーチャーに対し、慌てる風でもなく謝る風でもなく、そのまま掴んだ豊乳の手を押し込んだ。
「きゃ……」
柔らかな毛布を背中につけた女の上に、男の大きな身体が覆いかぶさる。
「アーチャー、すまない……。だけどこれは、勝つために必要なことだ」
胸を掴んだ手を這わせ、男はアーチャーの柔らかな頬に触れる。
「……はい。マスター……」
首を上げて、肘から手のひらを布団につけた女は、静かに相手が動くのを待つ。
やがて女の身体に両手を這わせた男は、その位置を首筋より下、豊乳を覆う白い着物の襟をつまみ、優しく外側に開いて脱がしていく。
瑞々しい肌があらわになり、乙女は赤裸々に恥じらう。
男の目は見えないが、乙女が股を締めたことが判り、たまらず、止まらず、露出している大腿に手を這わせる。
そのまま衣服を引っ張り下げた男。
このようにして白髪の乙女は、上下の衣服をはだけさせて、局部をさらけ出した。
「……綺麗だ」
「え?」
乙女の裸体を眺めた感想なのか、つと男は呟く。
まさか目が見えているのかと乙女は訊こうとしたが、次の男の行動で、乙女は恥ずかしむあまり口をつぐんでしまう。
男は焼けただれたローブと、茶色く焦げた衣服を脱ぐ。炭にまみれた上半身。その筋肉は、ほどほどの腹筋をしている。
次に男は下も脱ぎ、淡々と夜の運動の準備を進めていた。
「あ、あの、マスター……貴方様が全裸になるのであれば、私もそのように……」
「何を言う。服を着たまま、でも少しはだけているのがいいんじゃないか」
「へ……? いえ、でも、それは、なんと申しましょうか……これより私たちが行うことは、敵を屠る為に必要な行為でありまして、なにも男女の共寝を楽しむものではございませんでしょう……?」
「そんなの当たり前だろ。なんだ? 君はこれを楽しむものだと思っていたのか? 服がはだけていようがいまいが、その行為とやらをこれからするのは変わらないだろう」
憮然と返した男は、その顔を乙女に近付かせる。
……物柔らかな口づけ。そろりと唇と唇を合わせ、互いの赤糸をなぞるように口を食み合わせる。
上から舌が伸び、応えるように下から舌が伸び、絡み合い、舌触りの妙な感触に乙女の身が竦む。
魔力の供給に必要なものは男の精液。唾液にも効力はあるが、あまりにも塵芥にすぎる。
それから男は、両手で揉み込んだ豊乳に対し、優しく先端をいじって遊ぶ。
戯れに夢中な男の手先は、仕事と割り切る乙女の節度を淡々と奪っていく。
「――ぁ……」
女は感じて、腰を浮かす。
「……ぃ――」
女は嫌だと、身をよがらせる。
男は浮いた腰に手を回し、己の剣を突き立てる。
「アーチャー、俺は――――」
何かを口走ろうとした男。しかし男は歯を食いしばり、会話をする暇さえないのかと口をつぐむ。
心臓の鼓動が無くなりかけてきている。そのことは、彼と肌を重ね合わせる乙女にも実感できていた。
「はやく、きてください。マスター――――」
要求に応え、男は艶かしい股を開かせる。
「――ふんっ……んっ、ぁ、ぃや――」
乙女の花園に挿入し、それから男は鬼神の如し面をして、目前の女を犯し始めた。
肉体と肉体の破裂音。熱い吐息を掛け合う男女。汗を流し、唾液を絡ませ、涙と血を呑んで貪り合う。
興奮する身体は死を早まらせ、快楽する身体は生へと向かう。
白い髪は寝台に乱れ舞い、肉体の蠕動と合わせ、衣服も激しくたなびいていく。
阿の喘ぎも断続的に加速して、その声量も獣のように鳴いていく。
それは、ただひたすらな貪り合い。
男の体に押し潰されて、乙女の体が寝台に沈んでいく。
「――――――――出すぞ」
白い吐息を出して、息が上がった男が決める。
「――――はぅんっ――!」
最後に大一番の一魂を入れて脱力しきった男は、柔らかな肉付きの肌に受け止められた。
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ。……確かに、もらいました……マスター……」
「……いや、まだだ……」
起き上がった男は、頬を赤く染める乙女の体を反転させる。
仰向けからうつ伏せにされた乙女は、何をするのかと訝しみながら、されるがままに身を任せる。
「アーチャー」
名を呼び、柔らかい桃の丘の狭間に剣を突き刺す。
びくんと乙女の尻が上がり、腰が沈み、肩が上がり、首が前を向いて、赤い舌を出し切る。
「ぁ――ま、マスター……っ!」
「第二回戦だ。あと何回戦だってしたっていい。アーチャー」
両手で脇を持ち、男は果敢に腰を振っていく。
顔面と肘を布団につけて体を揺さぶられる乙女は、時々胸の先がシーツにこすれあうのを無意識に待ち望んで、背後からの責め苦を黙って受け入れる。
「これは罰だ。君が、あの時、あいつを、止めてくれれば――――」
こんなことにはならなかった、と。
男は歓喜と悲哀が綯い交ぜとなった声色で、乙女を責め続ける。
「は、は、――――はぃ、はっ、は、……はいっ。その、とおりでっ、ございま、す……っ!」
シーツをぎゅっと握り締め、乙女は責め苦をこらえるように片腕を噛む。
やがて腰だけが沈みきり、男は抱き込むようにして乙女の両の豊乳を揉みしだく。
「お前が、俺のことなんて気にせず、アサシンと決着をつけていれば……復讐は終わって、こんなことには、ならなかったんだっ……」
乙女の耳を食み、男は囁くようにして熱い吐息を漏らす。
「……はぃっ――ますたぁ……っ!」
上向いた目、火照る頬と全身、摩擦に火花散りそうな剣と花園の交錯。
男の剣は紅蓮の地獄。
乙女の柔肌は蹂躙の限りを尽くされる。
煉獄の業火に焼き焦がされて、乙女は喘ぎをやめられない。
乙女の背後から忍び寄る死神。否、乙女を背後から犯す者こそが死神に追われている。
――終わりを望まぬ我欲の琢磨。命を焼いて男女は貪る。
絶倫なるかな煉獄の土台。
終わりを待つ爆熱の末に、一命の轟きを見出したいと。
「……っ、アーチャー――っ!」
「はぁァァァんっっ――――!!」
乙女の花園に雪が降る。雪が降れば降り積もる。
豪雪なれば耐えられない。満杯だからこれで終わり。
――でなければ、別れが惜しくなってしまう。
乙女の傍らに横倒れ、男は精根尽き果てる。だが命の霧散にはまだ早い。
最後に男は、乙女の手を握って、最後の命令を口にした。
「行け……アーチャー」
その言葉に、乱れた白髪がかかる、蕩けた顔をした乙女の表情が硬くなる。
「……看取らせては、くれないのでしょうか?」
「そんな暇はない。それに、看取る相手が間違っている」
――俺とお前は、そんな仲ではない。
言外の態度で、男は語気を強める。
しかし、この世の男とは卑怯なもので、乙女に言うなと言いながら、男はそれでも告げてみせる。
「俺は前から、お前のことを……とても美しい女性だと、華やかで強かな女性だと、言葉では言い尽くせないほど、強く思っていた。……それも、お前がたびたび話す想い人についてを聞くたびに、この想いは日増しに強まっていった」
その言葉を返すように、乙女もまた、今だけは素直に打ち明ける。
「私もまた、召喚された日から、己の妻を想うマスターに胸を打たれておりました。そして生前、私ができなかったことを、奥様を失われた日のうちに、貴方様は行おうとした……。これは、ただそれだけの話なのですが……どうしてでございましょうか。胸がぎゅうっと、締めつけられるのでございます。……もしかしたら、義仲様に似ていたから……。――いえ、貴方様は、貴方様です。申し訳ありません。殿方からそのような言葉をもらうのは、あまり慣れていなくて……その、うまい返しというものが、できなくて……」
最初は、男からの告白まがいの台詞に泰然と返していたが、いざ義仲の名を出した途端、乙女は顔を赤らめて戸惑いを見せ始める。
「……そうか。ありがとう、アーチャー。それさえ聞ければ、まだ俺にも甲斐性はあったんだと、胸を張れる……サリアには、あの世で浮気をしたなと、ビンタされるだろうが……」
瞼を半分落とし、男は永遠の眠りに就こうとする。
しかし乙女が出立するまでは、瞼を落としきらないつもりなのか、男は意志を以て起き続ける。
「互いに……誰かを想う姿に……胸を、打たれたということか……」
「えぇ……どうやら、そのようですね……」
寝台から立ち上がり、乙女は容姿を整える。
一瞬で武装化を完了させて、男には振り返らず、研ぎ澄ました声色で、ただこれから戦陣を駆ける覚悟を示す。
「それでは、マスター。必ずや、奥様を生き返らせてみせましょう」
返答はない。ただ、あまりにも早すぎる呼吸音が聞こえるのみ。
それでも男は暴れる心臓を抑えて、己のサーヴァントに語りかける。
「さよな、ら――――。」
その最期の言葉を受けた乙女は、顔色一つ変えずに――僅かに唇を噛み締めたものの――小屋の外に駆け出した。
これより討ち果たすは二騎の英霊。のちに聖杯を手に入れ、願いを叶えてもらわなければならない。
相討ちはできない。完全なる勝利のみでしか、目的は達成できない。
ゆえにこそ、不可能を可能にするからこそ、我らは英霊たり得ている。
白髪の乙女は森を駆ける。その身に黒と赤が交わる焔を猛らせて。
その両眼の煌きは、二色の炎が燃え盛っていた。
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