これで、胸のつっかえが取れました。
私は、ひとつ思い違いをしていたのかもしれません。
例えば、同時に二人の男を想ってはいけないと。
しかし、えぇ……認めましょう。
最初は心の中で否定した。でも、それは同時に、己の愛に嘘をつく結果となった。
それに気が付けば、あとはおのずと、己の恋慕に決着がつく。
要するに、私は……。
私は、ひとりの男を愛慕っており――――
そして、
――――ひとりの男に、恋をしていたのだ。
かくて赤と黒の焔愛と恋の矢が交わり、今はち切れんばかりの想いの丈が、天に昇り飛竜を討つ。
さぁ、いざ御照覧あれ。
これが、今生の私の――――
『――――
…
まだ未明に至らぬ刻。
聖杯を前に湖のほとりで佇む暗殺者と狂戦士は、アーチャーを葬ってから一度も言葉を交わさず、その肩を並べていた。
あと数十分で聖杯が降臨する。ゆえに狂戦士の方が、疾く決着を付けようと口を開いた。
「アサシン。そろそろ蹴りをつけよう。――――余はこれより、貴様との同盟条約を破棄させてもらう」
「ほう……? と、意外そうな顔をしてみたものの、残るサーヴァントは儂とお主。ゆえにこうなるのは至極当然といえよう。……いやしかし残念だ。儂をここまで怒らせたのは、お前が始めてだ。
刹那、アサシンの気配が殺気とともに消え失せた。それはまるで空間転移のように――――実際は誰にも気付かれないうちに素早く背後に回っているだけなのだが――――バーサーカーの背後に回った暗殺者は、その背中に短刀を突き刺そうとする。
「――――
狂戦士の背中に突き入れようとした短刀。しかしすんでのところで青い盾が狂戦士の背後に出現する。
それはアサシンの宝具『
短刀に突き刺された青い盾は、その一撃で木っ端微塵に砕かれる。
かくしてアサシンの暗殺宝具は、己の防御宝具を敵方に渡してしまっていたことにより、不発に終わった。
「そちらこそ残念だったな。これで少なくとも、余の霊核に打撃を与えることができたものを……マスター亡き今となっては、ただの短刀の一撃ですら、余にとっては致命傷だからな」
泰然と語るバーサーカーに対し、アサシンは不敵な笑みを浮かべて言葉を返す。
「いやはや、何を言うのかと思えば、つまらぬことを……確かお主の真名はバジリスクと言ったな? 西洋における伝説の魔獣。そいつが歩いたところは例外なく不毛の大地と化す毒の蛇、見た者を石化させる等、多数の逸話があるらしいが……何より厄介なのは、お主の血であろう……のう……?」
アサシンが言っているのは、バーサーカーのスキル『毒の血潮』の効果についてだろう。
毒の息を吐く魔獣バジリスクは、その血流すらも岩を溶かす猛毒であるとされており、この魔獣を剣で切りつけた者は返り血を浴びて、たちまち骨まで溶かされてしまう。
ゆえにアサシンは暗殺宝具を発動したものの、それは単に青い盾を砕くために使用しただけであって、バーサーカーを狙ったわけではない。仮にバーサーカーになんの装甲もなかった場合、アサシンは至近距離からの物理暗殺攻撃など、絶対に行わなかったことだろう。
「さて、バーサーカー。これで儂とお主は対等な立場と相成った。これよりは同盟などという小細工はなし。真正面からのぶつかり合いと行こうではないか」
「……フッ。アサシン風情が、正々堂々とした対決を望むのか。呆れたな。
「おろっ? いや、儂は聖杯なんぞに興味はないぞ? 想う気持ちはあれ、願うものなど持ち合わせてはいない。……だからといって、お主に聖杯をくれてやろうとは思えぬ。何故ならお主とは、まだ力比べをしておらんからな? ……なによりアーチャーの宝具を喰らうかどうかの瀬戸際で漁夫の利を働こうとしたお主に、一泡吹かせてやろうという気もあるからのう……」
バーサーカーから距離を取り、アサシンは流血を促す短刀をしまって、鉄の指揮棒を取り出す。
鈍器であるならば、あまり返り血を気にする必要はないと考えたのだろう。
「フン……ならばアサシン。魔獣との戦いが一体どういうものなのかを教えてやろう。此度の余は狂戦士として召喚され、魔獣化の際に狂ってしまうリスクが実質的に消滅している。ゆえに自由自在に、余は魔獣に変化することができるのだ。その猛威、その脅威、とくと味わうがいい……!」
突如、バーサーカーは草地にうつ伏せ、その全身を人型のものではなく、全長二メートルを超す異形のものへと変えていく。その外見は、まるで翼のないドラゴンのような威容へと、バーサーカーはみるみるうちに変化していった。
「ほほう……これはしたり。妖怪の類と斬り合ったことはあるが、いやはや……あれはどうやら、糠喜びだったようだなぁ」
感心して無精ひげをさするアサシンは、その口元をほころばせる。
「では、片田舎の英雄らしく……怪物退治としゃれこむかのう!」
魔獣のバーサーカーの尻尾がアサシンを横薙ごうとする。
対するアサシンは跳躍で躱し、鉄棒でバーサーカー叩き潰そうとする。
「――――
「マスターなしゆえ、早々に勝負を決めにきたかっ!」
魔獣のバーサーカーの口から、炎のように燃え盛る紫の毒が吐き出される。
次には翠緑の彩りに満ち溢れた妖精の森が、一瞬で黒ずみ、腐っていく。
毒炎の煽りが水面にまで及ぶと、途端にして汚れひとつない純粋な水が、全て毒の沼地となってしまった。
その様子を苦々しい面持ちで見送るアサシンが、全力で後退しながら怒鳴りつける。
「なんてはた迷惑な宝具だ! もしこれが儂の土地の川に起こったらと思うと! お主、ただでは済まさんからな!?」
「GRRRAAAAAAAAAA――――!!」
咆哮を上げるバーサーカーは、猛毒の火炎を竜巻として口から放射する。
同時に隻眼の魔眼を輝かせ、閃光が瞬いたかと思うと――――極太のレーザー光線が魔眼から解き放たれた。
「これはまずい――――」
アサシンに襲いかかるバーサーカーの宝具。
それを躱すでもなく、アサシンはあるひとつの武装を実体化させた。
「投石用の力石で、これを防ぎきれるか――――っ!?」
アサシンの体格を優に超す大岩が、彼と砲撃の間に出現する。
かくして大岩に激突した宝具の砲撃は、互いに相殺しあった。
砕かれる大岩、四散する砲撃。
アサシンは爆風の余波を食らったものの、まだ戦意を失ってはいない。
「くはは! 面白いッ! 目からビームというのは、やはり恰好よいものだなぁッ!」
口では笑っているが、その目は笑っていない。
バーサーカーの宝具を躱し、反動で動けない一瞬の間隙を逃さぬよう、疾走するアサシンは持ち手の鉄棒をバーサーカーの額に撃ち落とす。
「まだまだァア!」
次には有り余る膂力でバーサーカーの顎を蹴り上げ、たたらを踏むバーサーカーの体に飛び込み、その尻尾を鷲掴む。
「蜥蜴の尻尾切り。できるものならやってみせいぃっ!」
あまりの踏み込みに脛までが地面に穿ち込む中、アサシンは持ち前の筋力を以てバーサーカーをぶん回す。
「おぉ――――んどりゃァアアアアアアアアア!!」
サーヴァントとなったことで生前より筋力が向上しているのか。
アサシンはバーサーカーを白み始めた空に投げ放った。
「フンヌッァア!!」
しかして四股を踏み、大腕を回し、アサシンは肉体の粘りを以て、その巨体を貫通してやると鉄棒を投擲する。
「GRAAAAAAA――――!」
対するバーサーカーは空中で身を旋回し、大口を開けて……今度は圧縮した紫色の極太レーザービームを撃ちだした。
地上のアサシンと上空のバーサーカーの間で衝突した、鉄棒と光線。
生じた爆風は湖周辺の草木を揺らし、夜空に紫色の雷電が迸る。
「なんというやつだ……」
暁の空を見上げて、アサシンは呟く。
なんと上空に投げ飛ばされたバーサーカーは、その背に大翼を作り出し、空を飛翔していたのである。
「あれはバーサーカーだからこそできる荒業か。ほかのクラスであれば、英霊としての霊基が耐えられず、あそこまで怪物になりゃせんだろう……」
さて、どうしたものか――――と、アサシンは困ったふうに喉を唸らせる。
三種の武装のうち、光線のせいで鉄棒は遠くに飛んでいってしまい、投石用の力石は粉々に砕け散ってしまった。残るは名刀笹切のみだが、それもバーサーカーの返り血を浴びたくないことを考えると、難しい問題が待っている。
「……ん?」
ふと、アサシンは空を飛ぶ幻想種から目をそらし、森の方へ振り返る。
「なんと……生きておったのか」
感嘆するように呟いたアサシンは、バーサーカーを無視して稽古の構えを取った。
「来い……受けて立とう。ついでに復讐されてやるから、協力してやらんこともない」
森の向こう、奥深く。
赤黒い猛火を逆巻いて、一人の女武者が木々の合間を縫ってくる。
右手には薙刀、左手には刀。黒と赤を混ぜ合わせた蒼炎の甲冑を着込み、確固たる信念を持って女武者が駆けてくる。
「――――アーチャー、巴御前。今、復讐を果たし、彼らの未来を取り戻すために!!」
「いざ、尋常に――――!」
アサシンとは数十メートル以上の距離があった。
そこからの踏み込みで、アーチャーは瞬足の勢いで踵から切り火を生み出し、アサシンに吶喊する。
アーチャーが一直線上に駆け抜けた大地が煉獄の大地と化す。
その吶喊を真正面から受け止めたアサシンは、その体を炎に巻かれていく。
『ウォォォォォオオオオオオオオ!!』
両者一歩も引かぬ押し相撲。いざ膂力の劣った者が、優った者に投げ飛ばされる。
「くぅっ……女だてらにと言いたいところだが、流石に鬼種を相手には無謀だったか――――」
岩のように動かないアサシンの体が、徐々に持ち上げられる。
「いえ……貴方の方も、これほどまでの力、お見事でございます」
「それはそれは……大昔の英雄に認められるというのも、悪くはない」
全身の血管が浮き上がり、アーチャーとアサシンは、ほぼ互角に取っ組み合っている。
しかしその趨勢は、アーチャーの方に傾いた。
完全に胴体を持ち上げられる暗殺者。
アーチャーは雄叫びを上げながら身を翻し、持ち上げたアサシンをバーサーカーが佇む上空めがけて投げ飛ばす。
瞬時に弓矢を実体化させ、アーチャーは今度こそ――――宝具の真名を歌い上げる。
「
煉獄の弓を引き絞り、今に火柱を立ち上げようとする矢を射抜こうとする。
「――――私の力は黒く染まり、されど
アーチャーが宝具の準備を整えたと同時。
投げ飛ばされたアサシンの体がバーサーカーとすれ違う。
「GRRRRAAAAAAAAAA――――!」
「うるさいわっ! 耳元で咆えるなァアアッ!」
バーサーカーは飛んでくるアサシンに噛み付こうとする。が、投げ飛ばされる時、アーチャーによって回転のひねりを加えられていたアサシンは、旋回する身を以てバーサーカーの顔面に一撃の蹴りを喰らわせる。
「落ちろォ!」
乾坤一擲といえるアサシンの蹴りを面食らったバーサーカーは、翼がおぼつかなくなり中空で頭を回す。
しかしてアーチャーの黒炎に輝く愛の宝具が、暁の空に叫ばれた。
「――――
自身の霊基限界を無理矢理に突破した渾身の一射。
魔獣のもとへ飛び込んでいく一条の火柱が、まるで火竜のように竜巻いていく。
「――――G、GRAAAAAAAA――――!?」
魔獣の土手っ腹に命中した矢は、しかし肉体を貫通することなく、魔獣の体はさらに高度を上げて空に滝昇る。
それは、ちょうど地平線から太陽の光が昇るのと同時だった。
アーチャーの宝具は二つ目の太陽として、白雲を斬り裂き、東雲の空に大きな花火を打ち上げる。それによりバーサーカーの霊基は完全に爆裂し、黄金の粒子を空に散りばめた。
「うははははは! 綺麗な花火だ! いや、毒の花火だから汚い花火かっ! うはははは! ――――いやはやなんにせよ、綺麗なものはいいものだ。伊万らにも見せてやりたかった……」
アサシンは地上へ真っ逆さまに落ちていく。
やがて毒に汚染された湖に着水するかと思いきや、ギリギリのところで霊体化し、湖の畔にて実体化する。
そのすぐそばには、アーチャーがいた。
しかしアサシンは、もう戦意や敵意はないとして、その場で胡座をかく。
「……アサシン」
「お主の勝ちだ。アーチャー。ここまでこっぴどくやられて負けを認めない方が恰好悪いわ。それと、何故あのとき宝具を射ることをしなかったのかは知らんが……本来なら、儂はあのとき殺されていた。それにマスター亡き今、やることもない。いやはや、最後にあやつの起源だけは、聖杯の力を使って取り除いてやりたかったのだが……先に行くとは無念よなぁ……」
途端、アサシンの枯葉色の着物が青く光り始め、魔力の残滓が立ちのぼる。
それは消滅の前兆だった。
今に消え入るアサシンを見て、アーチャーは黙って佇立する。
「……どうした? 今の儂は無防備だぞ。介錯でもなんなりせい」
「いえ……確かに私の目的には復讐も含まれていましたが、どちらかというと、それはマスターによる命令のためという割合が多くございました。私の最重要目標は聖杯。それが戦闘をせず手に入るというのなら、無駄な殺戮はいたしませぬ。魔力も残り少ないですしね」
「ほほう……それはまた。他人事だから言えることだな」
「えぇ……実際、他人事でございましょう? どれだけマスターという人間に感情移入をしても、所詮私たちはこの世の影法師。手を貸しはしますが、共に在ろうなどとは許されない」
それに、ふんと鼻を鳴らしたアサシンは、愉快そうに笑みを浮かべる。
「ならばアーチャー。最後に冗談を言う。――――儂と、同盟を組まないか?」
刹那、アーチャーの目に殺意が生まれ、アサシンに対し容赦なく火矢を射ろうとする。
「あぁあぁあぁ! まてまてまて! 冗談だと言ったであろう! いや、儂の宝具はな? 一度断られた者には、再使用できぬのだ」
「……ふぅ。それは、どうでしょうか……?」
呆れたようにアーチャーは溜息をつく。
それから湖の中央に浮かぶ聖杯に目をやった。
「はぁ……まったく。死ぬときは静かに息を引き取りたいからのう……ではの。おめでとさん。アーチャー」
最後にアサシンはあっけらかんと、亜種聖杯戦争の勝利者となったアーチャーに賛辞を送り、その魂を現世から消滅させた。
かくして四騎の英霊の魂を回収した聖杯は、此処に大聖杯降霊の儀式を完遂させる。
大気からマナが収束し、湖の中心地にある小聖杯の上に、霊体である大聖杯が降臨する。
その威光はあまりに輝かしく、神々しい聖なる光に満ち溢れていた。
金色の粒子が漂う妖精の森の中。
アーチャーは降臨した大聖杯を前に、握り合わせた両手を胸の前に置く。
「――――聖杯よ。どうか、私の願いを叶えてください」
復讐は直接的に果たされなかったものの、マスターとの約束通り、聖杯の下まで辿り着いたアーチャーは、この第二の生で得られた思い出を胸に、その願望を恋願う。
「どうか、マスターとその伴侶を蘇らせてください。もし、一人までというのであれば、この魂、如何様にしてくれても構いません。ですからどうか。聖杯が万能の願望機というのであれば、どうか……この第二の生で得たものを代償に、仲睦まじい夫婦の明日を、晴れやかなものへと――――」
願いを込めるアーチャーは、あってはならない心境をわずらい、心の中で謝罪を呟く。
――――あぁ、お許しくださいませ。義仲様……。
エーテルで構成された仮初の体が、金色の粒子を纏いて、東雲の空へと昇りゆく。
――――謝らなくてもよい、巴。お前はよくやった。故に謝るのではなく、勝ち鬨を上げるべきだ。いつものお前なら、そうしただろうに……なぁ?
「――――はっ……!」
ハッと息を呑むアーチャー。
彼女は初めて、今までに見たことがないくらいの満面の笑みを浮かべて、閉じた瞼から一筋の涙を流す。
「今のは……ああ、なんという……なんという……今、お側に参りますね。義仲様……」
足から顔まで、全身を光の粒子として散り、アーチャーは消滅していく。
直前でアーチャーは、己の願いが叶ったことを実感しただろう。
既に令呪はなく、しかし召喚の際に繋いだ契約のパスが、突然開通したのだ。
晴れやかな微笑みを備えて、アーチャーは想い人のもとへ飛び立っていく。
その微笑みの中には、己が仕えた夫婦の未来を想う。優しさに満ち溢れた感情があった。
かくして中欧の田舎町にて開催された亜種聖杯戦争は、アーチャー陣営の勝利で幕を閉じた。
聖杯への願いは、シウネス・モルドールと、サリア・ベルヴォーン夫妻の魂の物質化に近い蘇生方法で、聖杯という奇跡は成就した。
はたしてこの戦いを通し、魔術闘争に挑んだ彼らに、聖杯戦争に喚ばれた英霊たちに――――なんの成果、なんの報酬があっただろうか?
……決まっている。それは、
かの義仲様も云っている。
人との巡りあわせは、それだけで
――Fate/Tomoe night――
此処に堂々たる縁結びを以て、物語の幕を閉じさせてもらおう。
/完
約一年半の間、Wordの中で眠っていた二次創作物・part2
衝動的に二日で書ききった、反省はしていない。厳密には一日と半分。(えっへん)
しかしサイトに載せる際に改稿したため、実質三日以上と相成りました。
以下、言い訳。
とにかく短期短編で書き終えたいと思っていたので、主人公と巴御前の仲がそこまで深まっていたのか? という疑問は積もりまくりますが、まぁそこは日常パートで色々あったんだろうなぁとか、そんな感じのフィーリングで許してください(殴爆
それはそれとして――――巴御前サイコー!!
(執筆時期:2018/03/19~20)