シウネス・モルドールがアーチャーを召喚してから数時間後。
闇夜に雪降る森の中、枯葉色の着物を羽織る初老の男性が、大股で獣道を歩いている。
やがて、森の中でも拓けた場所に出た黒髪の男性――――
「ほう……奇襲もせず、堂々と前に出てくるか。ランサーのサーヴァント」
無精ひげをさするアサシンは、霊体化を解いて目の前に現れた紅顔の青年――――
「そちらこそ、アサシンのサーヴァントなのに気配を絶っていないとは、どういう?」
その場に佇むランサーは、右手に全長二メートルほどの槍を携えている。しかし敵意はないようで、表情の変化なく問いかける。
「いやな。儂は気配を断つ必要がない宝具を有しているのだ」
あっけらかんと己の手の内を晒したアサシン。彼は破顔一笑というくらいの和やかな微笑みでランサーに語りかけた。
「儂の宝具はな。儂の要求を貴様が断った場合にのみ発動するのだ。あいや、嘘はついておらん。まぁ信じるかどうかはお主の勝手だがな」
「嘘はついていないだろう。本当のことを言っているように見える」
「うはは! お主、実は疑いを知らぬ小童だな? そのように人を信じていると、いつか足をすくわれるぞ?」
「……? 足をすくわれる? あいにく僕は、角力で負けたことは一度もない」
少しズレたランサーの返答に、アサシンは一本取られたと言いたげに腹を抱えて笑い出す。
「うはははは! お主、まさかの天然坊主であったか! さらに力持ちときた! いや気に入ったぞ! どうだ!?
――――お主、
唐突なアサシンの同盟要求。それにランサーは、すぐには答えず黙して熟考する。
「……うむ、ランサー。儂はさらにお主を気に入ったぞ。そうじゃ。今のは、すぐに断ってはならぬ。だからといって、すぐに了承してもならぬ。どうやら天然坊主といえど、考える頭は持っているようだ」
「えぇ。一応、僕は王様をしていたこともあるので」
泰然とランサーは答える。
その独特な雰囲気を持つ槍兵を見て、アサシンはさらに彼を気に入ったようだった。
「よろしい。では、儂の宝具のカラクリを教えよう。儂の宝具はな? 同盟を
「ほう……」
己の秘技を淡々と語ったアサシンに対し、素直にランサーは感心する。
「だとするならば、なるほど……では、アサシン。その生成できる一枚の盾について、ひとつ問いたい」
「なんじゃ?」
「その盾は、なにもあなたのみが使える盾ではないのだろう? あなたは『生成』という言葉を使っただけで、
どうやらランサーは今の説明で、アサシンが気配を隠さない理由に勘づいたらしい。
さらに暗殺者の目的さえも見抜いたその眼光は、たしかに一国の王として在った威風が備わっていた。
「……うむ。ご名答だ、ランサーの。……儂の盾はの? 同盟を結ぶ際に行われる契約書の書き方によっては、なんと敵方にも盾を与えることができるのだ。それはつまり、
さて、これを知った上で、そろそろお主の返事が欲しいところだが……どうする?」
「どうするもなにも。ここでその要求を蹴ってしまえば、僕はあなたの宝具を受けることになる。だから教えてくれ。その盾の所有権の決め方は、どうすれば決められるものなのか」
「おぉ、そうだった、そうだった」
話が早いランサーに対し、アサシンは懐から一枚の契約書を取り出す。
「この一枚の契約書にある『盾譲渡権の欄』に己の真名を書いた者が、盾の所有権を得られる。だがその前に『同盟者の欄』という項目があり、ここに儂と儂のマスターの真名、そしてお主とお主のマスターの真名を記入しなければ、この契約は成立しない。ちなみにマスターが複数いる場合や協力者が存在する場合、その人物の真名を記入するも良し、しないも良しだ」
説明は以上であると、アサシンは契約書を見せびらかす。
一方のランサーは、どうやら念話を使って自分のマスターと相談しているようだった。
それから暫くして、俯いていたランサーは顔を上げる。
「マスターからの承諾が得られた。その同盟要求を呑もう」
「宜しい! では不正がないよう、先に『同盟者の欄』に己が真名とマスターの名を書き記そう。あとは……ほれ。ランサー、お主の番だ」
契約書に己の真名とマスターの名前を記入したアサシンは、ランサーに契約書を手渡す。
「では、同盟者の欄には僕の真名を。そして盾譲渡権の欄にはマスターの真名……グラロッソ・ヒートン……と」
ランサーが二人分の真名を綴り終えると、契約が遂行されたのか、とたん契約書が光り始める。
「あとは儂のハンコを押すだけじゃ。――さて、これで儂とお主は同盟関係と相成った。今頃は青い盾が一枚、お主のマスターの周囲を旋回し始めている頃だろう。ちなみに契約書は儂の懐にあるが、
「分かった。それとマスターの方でも、盾の発現を確認したようだ。それでは僕は、これからマスターの命令がない限り、あなたを狙うことはしない。互いにほかのサーヴァントを狙うとしよう」
そう言って跳躍したランサーは、森の外へ駆けていく。
見送るアサシンは、木々の隙間から垣間見える月と雪と花を見据えて、静かに呟いた。
「……さて、これでライダー、ランサーとの契約は済んだ。あとはもう一騎ほど欲しいか」
かくしてアサシンは、夜の肌寒さに身を震わせながら、狼の遠吠え響く森林を後にした。
/了