聖杯戦争、三日目の夜。
シウネス・モルドールは、再度アーチャーと共に、夜の高原へ出かけようとしていた。
引き止める妻サリアの言葉も聞かず、シウネスは家でじっと待っていることを約束させて戦いに赴く。その目つきの鋭さは、昨夜の情けない顔とは異なり、この殺し合いから絶対に妻を守りきるのだという固い意志を帯びていた。
やがて、昨夜ランサーと戦闘した暗闇の森林を抜けたシウネスは、今度は雪原に出る。
一寸先は闇であり、点在する家屋の距離は数十メートル以上。さらに進んでいくと小さな教会が建っており、周辺は小さな町田舎になっているようだった。
その時、霊体化しているアーチャーが口を開く。
(此処は趣のある良い町ですね。西洋の町並みとは、今ではこのようなものばかりで?)
「いや、都会に出るともっとすごいよ。天を貫く塔が建っているんだ」
(まぁ……! はたしてそれは……知識だけですが、日の本の五重塔のような?)
「いいや、百重の塔くらいだよ」
そのシウネスの言葉に、アーチャーは今の世の成長ぶりに感心する。
(それは素晴らしい。今の人の世はそのように……となると、遊戯もまた、我々の想像が及びも付かないものになっている場合も、あるのでございますか?)
「もちろん。そこまで興味津々だと、もしかして現代の嗜みとやらをしてみたいと思っているのかな?」
(えぇ、それは……お恥ずかしながら。聖杯の知識からですが、その、てれびげーむ……とやらが、今は気になっております)
「なるほど。それは僕も好きだよ。館に用意してあるから、帰ったら一緒にやるかい?」
(まぁ! それは本当でございますか? ……あ、いえ。いち従者がそのようなことをマスターとだなんて恐れ多い……自分から言い出したことですが、ここは遠慮させていただきます……)
「そうか。それは残念だな」
他愛ない話をする現代人と平安人は、共に主従の足並みを崩さず、静まり返る田舎町を通り過ぎる。
――――その時だった。
ふいにシウネスの前で霊体化を解いたアーチャーは、しゃらんと青い魔力の残滓を払いながら実体化する。
「マスター、敵です」
「数は?」
「一人……と断言したいところですが、何か妙です。私から離れないように」
闇の中、視界に映るは眼前を横切る白い吹雪ばかり。
「――っ! 来ます、マスター!」
すると突然、カトラスが白い闇を切り裂き、顔に傷を持つ少女が突撃してくる。
「ハァアアア――――ッ!」
襲いかかるカトラスの少女に対し、吶喊するアーチャーは刀の抜刀で切り払う。
そうしてアーチャーが敵サーヴァントと肉薄するため、わずかにマスターから距離を取ろうとした、その時――――
「マスター!」
戦い慣れしたアーチャーは、遠方から発される隠しきれない殺気を見逃さなかった。
暗闇の中、見えないはずの夜空を見据えて、アーチャーは先ほど通り過ぎた教会の上に意識を割く。同時に放たれた発砲音は、まっすぐとシウネスに襲いかかる。
咄嗟に後退したアーチャーは肩でシウネスを突き飛ばし、己がマスターの頭部を狙った弾丸を刀で弾き飛ばす。
「うわっ!」
昨夜と同様、アーチャーの荒っぽい庇い方に尻餅を搗くシウネス。
「隙有りだよ!」
そこへカトラスの少女が飛び込む。
狙撃手の弾丸を弾いたことにより、アーチャーに生じた一瞬の隙。
その間隙を突いて逃さず、少女のカトラスが切り込まれる。
「――――!」
アーチャーは歯を食い縛る。
遠く離れた教会の上には、マスターを狙う狙撃兵が一騎。その狙撃を手助けするために、サーヴァントを足止めする突撃兵が一騎。
この連携を前にしては、たとえ戦慣れしているアーチャーとて、数の差には敵わない――――。
――――否。それは否である。
アーチャー・巴御前は、まさに乱戦において真価を発揮するサーヴァントであるが故に。
「――――ハァアアッ!」
「なにっ――!?」
刹那、彼女は豪腕を発揮し、薙刀のひと振りでカトラスの少女を吹き飛ばす。
次には片腕でマスターを担ぎ、全力で雪原を疾走し始める。
「うわっ! あ、アーチャー!?」
「ご無礼をお許し下さい! しかし戦場でそのようなことを口走った次には射殺されております。とにかくここには遮蔽物がない。多勢に無勢は大いに結構ですが、マスターがいては戦いの邪魔。どこか隠れられる場所へ身を潜めてから迎撃に出ます!」
「そ、それは構わないが……! お腹に当たる肩の鎧が、とても、痛いのだが……っ!」
「そんな悠長なことを言っている場合ではありませぬ! ――ッ!」
ふと、雪原を蹴ってスライディングしたアーチャーは、頭上を掠めた狙撃の一発を見送る。
同時に、上空の吹雪に紛れて落下してくる突撃兵の姿を、アーチャーはしっかりと捉えていた。
「燃えろォオオオ――――!」
「うわぁっ!」
それも片腕に持った薙刀を奮うだけで、アーチャーは突撃兵を吹き飛ばす。
しかし敵にダメージは入っていない。なぜなら薙刀が突撃兵に当たる手前で、不思議な青い盾が出現し、突撃兵を守ったのだから。
再度疾走を続けるアーチャーは、やがて町田舎の端に戻り、坂道の煉瓦壁にシウネスを下ろす。
壁の裏手に身を潜ませるシウネス。それを確認したアーチャーは、即座に打って出た。
「さぁ、いざ尋常に――――推して参る!」
しかして闇に吹雪く雪原を舞台に、女武者と突撃兵が切り結ぶ。
そこに連続して曲射撃ちが飛び込んでくる。それはアーチャーに自由な動きをさせまいとする弾道の軌跡。
しかしアーチャーは見事な乱戦の心得で、燃え盛る炎を武器としながら、突撃兵に刀を、狙撃兵に弓矢の攻撃を一瞬にして打ち込む。
炎の矢は教会の先端に命中し、爆発。
突撃兵を狙った刀は、虚空を切り裂く。
たたらを踏んだ突撃兵は、不敵に笑った。
「ふっ。やるねぇ。見たところ弓を使うからアーチャーだと思うんだけど、刀も薙刀も使うとか、ちょっと反則じゃない?」
「武器を多く持ち込むのは合戦の常識。ましてや弓取りとは武士として一人前のことを指します。……そちらこそ、海賊のような身なりをして盾を使うとは、これまた珍妙な。見たところ、ライダーのサーヴァントとお見受けしますが?」
「正解。僕はライダーだよ。……でも、何か不可解なことでもあるみたいな目だね?」
「それは当然でございましょう。先程から狙撃をしてくるあの敵も、どうやらサーヴァントのようですから。どうやら貴方たちは、ほかのサーヴァントと同盟を結んでいるようで」
「……まぁ、当たってもいるし、当たっていないとも言えるね」
そこで会話は打ち切られて、ライダーの突撃兵は先陣を切る。
合わせて打ち込まれてくる弾丸は、まさにコンビネーションの塊といえる阿吽の呼吸で成し得る戦い方だった。
しかしアーチャーも負けていない。連撃のことごとくを薙ぎ払い、徐々に狙撃兵のところまで接近していく。
紅蓮に燃え盛る弓矢、爆炎を地面に刻み込む薙刀、居合いの火炎斬りを見舞う刀。
アーチャーは数ある武具の手練手管を駆使して、二騎のサーヴァントと互角に渡り合う。
その強者を前にして、ライダーは眉をしかめる。
「むぅ……これ以上、盾にダメージを与えたくないな。ごめんけど僕たち、ここらで撤退するね?」
「なっ、待ちなさい!」
突如として撤退を始めたライダーを追おうと、アーチャーは大きく足を踏み込み。
直後、遠くから発射された一発の弾丸は、アーチャーを狙わずに、シウネスが身を隠している煉瓦壁に命中。
遠くでマスターの悲鳴が聞こえたアーチャーは、とたん動きを静止させ、数歩身を引いた。
その間にライダーと狙撃兵は、夜の闇と吹雪に紛れて、その姿を消していた。
シウネスが隠れている坂道の煉瓦壁。
そこに帰還したアーチャーは、瓦礫の山に埋まりそうになっていたシウネスが、苦悶の顔で片足を抱えている姿を目撃する。
「いってて……足を挫いちまった……。あ、やぁ、アーチャー……敵は、撤退したのかい?」
「はい。ですが、申し訳ありません……。また、お怪我をさせてしまって……」
「何を今更。戦場に怪我はつきものだろ? だけど、ちょっと痛いところに煉瓦が当たってね……歩けそうにないから、できれば肩を貸してくれるとありがたい」
「えぇ。それはもちろん」
武装化を解いたアーチャーは、軽装の身なりでマスターに肩を貸す。
一方のシウネスは、ぽかんとした顔で袴姿のアーチャーを見つめていた。
「……? あの、マスター。どうされたので?」
「いや、なんで鎧を脱ぐのかなって……もしかして痛いって言ったから、気を使ってくれたのかい?」
「はい。それに、肩に装甲があっては、肩を貸すことも難しいでしょうし」
シウネスの腕を後ろ首に回して持ったアーチャーは、周辺を警戒しながらゆっくりと前進を開始する。
「……!」
だが、そこでシウネスは、見てはいけないものを見てしまった。いや、見せているのだから見てもいいのかもしれないが、とにかく彼は、鼻の下が伸びてしまうのを防ぐため、アーチャーから顔を首ごと逸らす。
「……?」
自分の方を決して見ないマスターに対し、アーチャーは訝しむ。
しかし、なぜにシウネスは、アーチャーから目を逸らしているのか。
それは当然、彼女の服装が
俗に言う乙女の胸周り。その横部分だけ、なぜか衣服で覆われていないのである。つまりアーチャーのすぐ傍らに立つシウネスのは、彼女の豊満にはみ出した横乳を脇に当てられているということ。
一方のアーチャーは、己の服装をなんとも思っていないのか、はたまた自覚がないのか。
赤らむ頬と耳朶で視線を逸らし続けるマスターに対し、もしや気に障ることでもしたのかと、その表情を曇らせていた。
「あー……アーチャー。えっとだね……いや、なんでもない」
どうしても言いたい気持ちを抑えるシウネスは、館に着くまでの間、この気恥ずかしさを耐え切るしかないだろう。
だが、そのシウネスの態度を何に履き違えたか、とたん真剣な面持ちとなったアーチャーは問いかける。
「いいえ、マスター。どうかお聞かせください。私は、貴方の良きサーヴァントに足り得ているでしょうか……?」
「え……? そんなの当たり前だろう。君がいなかったら、何度この命を落としていたことか。……いや、僕が言いたかったのは、そういうことではなくてだね……」
アーチャーの質問に答えるため、彼女の方を振り向いてしまったシウネスは、徐々にその視線を下げていく。
「そうですか……それは安心しました。嬉しゅうことでございます。……しかしマスター? 私の服に何か付いているのですか?」
「い、いや!? な、何もついてないよ! ……ついているものはあるけど……」
ボソリと呟いたシウネスは、今度こそ目を開けてやるものかとまぶたを閉じる。
かくして彼らは、今宵の戦闘を引き分けという形で終わらせた。
◇
あくる朝。
朝に弱いのか寝ぼけ眼で寝室から出てきたシウネスは、洗面所で顔を洗ったあと、自室のテレビでニュースを見るため足を運ぶ。
「……ん?」
そこで目をぱちくりとさせたシウネスは、自室の扉が少しだけ開いていることに気が付く。
もしかすると早起きのサリアが掃除をするため中に入ったのかと思い、特になんとも思わずシウネスは自室に入る。
「え――――」
そこで彼は、予想外の事態に我が目を疑った。
なんと己の部屋で、勝手にゲーム機の電源を入れてコントローラーをカチカチと言わせている、アーチャーの姿を目撃したからである。
ソファの上で正座をする彼女はゲームに夢中で、部屋に入ってきたシウネスに気づかない。
現在プレイしているゲームのジャンルはFPSであり、彼女の右隣に積み重ねられているソフトのパッケージはおそらく『次にプレイしたいゲーム』であり、彼女の左隣に積み重ねられているソフトのパッケージはおそらく『既にプレイし終わったゲーム』であることが、シウネスの目にはなんとなく分かる。
特にゲームのナンバリングタイトルの通りにパッケージが積み重ねられているため、それに気づかない方がゲーマーとしておかしい。
「えっと……あ、アーチャー……?」
「……………………」
「おーい? アーチャー? ……ダメだ、完全に芋掘りに熱中している……」
無我夢中でゲームをプレイするアーチャーを見て、シウネスは苦笑する。
「……?」
その時、ようやく人の気配に気付いたのか、アーチャーが扉側に振り向いた。
「――――」
刹那、目と目が合うマスターとサーヴァント。
シウネスの方は「やぁ、おはよう」と、平然と朝の挨拶をこなすが――――
アーチャーの方は、見られたくないと思っていた現場を見られてしまったのか、全身を硬直させていた。
「あ――――ま、ま、マスター……! あ、あの……その! も、申し訳ありません……!」
「いやいや、何を謝ることがあるんだい。まったく……そんなにゲームをしたかったのなら、素直にそう言えばいいのに……」
ふいにシウネスは、二台目のコントローラーをゲーム機につなげて、山積みされたパッケージを挟んだアーチャーの隣に座る。
「あ、あの、マスター……?」
「聖杯戦争もお昼はお休みだ。だから存分に現代の文明を謳歌するといい。……そういうことで、いざ勝負だ」
「――!」
「いや、このゲームの場合は共闘プレイになるのかな? とりあえず一緒に遊ぼうよ、巴御前」
無邪気に笑うシウネスは、ゲームの世界にキャラクターを参戦させ、かなりの強さで敵を撃ち抜いていく。
「マスター……。――――あっ! その獲物は私が狙っていたものです! マスターが横取りを……!」
「早い者勝ちだよ!」
コントローラーを鳴らす音と銃声の音、そしてプレイヤーの歓声が増えて、一気に部屋が騒がしくなる。
――――聖杯戦争は夜間に行われる。ならば昼間は、仮想世界の銃撃戦と相成ろう。
戦場で生きた女武者は、ゲームの世界でも闘争を求める。
その楽しげなアーチャーの姿に、当初シウネスは自分から共に遊ぼうと誘ったのだから仕方のないことなのだが。まるで花が咲くような笑顔を何度も魅せられては、そんなアーチャーに惹かれないわけがなく、夜が更けるまで付き合わされるのであった。
ちなみに、このあとシウネスは、なかなか一階のリビングに降りてこないことを心配されたサリアに、アーチャーと一緒に遊んでいるところを目撃されて嫉妬されてしまう。慌てて取り繕うシウネスだが、なぜかサリアは三台目のコントローラーを持ち出して――――
――――そうしてプレイヤーの数は三人となり、さらにゲームは白熱していくのであった。
/了