文華:「何やってんの?」……現実の「藤塚文華」が軽蔑しきった眼差しで僕を見る、
そんな藤塚の冷たい視線に僕は堪らなく癒されていた。
文華:「言っとくけど其処に顔を付けたのはアンタが始めてじゃないわよ。」
藤塚は一寸困った様な視線をゆっくりと僕から逸らして行く。
文華:「以前、誰のだか分からない尿道球腺液が塗りたくられていた事もあったわ。」……そして心から情けなさそうに深い溜息、
文華:「全く、男って何が嬉しいんだか理解に苦しむわね。」
全く持って僕は何一つ言い返せない。
一貴:「どうして此処に?」
文華:「それはコッチの台詞よ、なんでアンタが此処にいんのよ、」
藤塚は僕から目を逸らした侭、持って来たスポーツバッグを展げて中身を確認する、
文華:「そのペンケースあげるからさっさと帰って、」
一貴:「藤塚サンは、これからどうするの?」
文華:「アンタには関係ない、邪魔しないで!」
藤塚はきっと別れの言葉も言わずに居なくなろうとしている、
一貴:「お願い、一緒に居させて、」
この侭離れ離れになってしまったら、僕はまた抜け殻の様になってしまうに違いないなかった。
文華:「ああ〜っ! もう鬱陶しい!」……何を言われてもどんなに冷たくされても何故だか平気だった、
冷たい藤塚の一言一言が、僕に生きる勇気を注ぎ込んでくれる。
一貴:「お願い、僕「藤塚」が居ないと苦しいんだ。」……僕は自分でも気付かない内に藤塚の事を呼び捨てにしていた。
文華:「そんなの、知らないわよ。」……どんなに疎まれても構わない、
藤塚に承認されないのなら、そんなのは生きていないのと同じ事の様に思われたのだ。
文華:「しっ!」……渡り廊下の方から誰かの足音が聞こえて来くる。
文華:「もう時間が無い、……分ったから、一緒にいて良いから、」……藤塚は辺りを見回して、
文華:「此処に隠れて!」……僕を、教室の隅の掃除用具入れに押し込める、
一貴:「どうして?」
文華:「いい?絶対に何があっても一言も喋るな、息もすんな、物音立てたら殺すぞ、」……それで用具入れの扉を閉めて、
誰かが教室に入って来た。
真島:「よう、」……真島の声?
文華:「ゴメンね、こんな所に呼び出したりして、」……一瞬の内に学園アイドルモードに変身する藤塚、
どうやら二人は此処で待ち合わせをしていたらしい、でも何で?
真島:「イギリスに行ったんじゃ無かったのか?」
文華:「実は予定が変わって私その侭イギリスに引っ越す事になっちゃったの。」
真島:「本当なのか?」
文華:「うん、でもその前に真島クンにどうしても確かめておきたい事があったんだ。」
そんな事はどうせ嘘に決まっている、藤塚はまた何か危険な事をしようとしているに違いなかった。
文華:「何だか緊張して来ちゃった、座らない?」
僕は気付かれない様にほんの少しだけロッカーの扉を開けて様子を伺う。 信じられない事に、二人は直ぐ傍の机に座って何だかまるで恋人同士の様な眼差しでお互いを見詰め合っていた。
文華:「喉乾いちゃった、いいかな?」……それで藤塚は鞄から白ワインの小瓶を取り出すと、
小さなショットグラス2個にワインを注いでその内の一つを真島に手渡す、
文華:「それじゃ、乾杯、」
クイッと一息に藤塚がグラスを飲み干して、つられて真島もその液体を喉に流し込む。
ーーー
そして真島はそのままだらりと腕を垂らして、持っていたグラスを床に落っことす、それからフラフラとまるで授業中に居眠りするみたいに上半身を揺らして船を漕ぎだした。
文華:「さてと、じゃあ始めよっか。」……藤塚は、小型のマグライトで真島の両目を照らして瞳孔の状態をチェックする、
文華:「真島クン、廃人さんの事をどうやって知ったの?」
廃人さん?……三枝が言っていた呪いのSNSの都市伝説に出て来る生き霊の事か?
真島:「B組の、斉藤が、絶対やれる、出会い系、アプリで、知り合いになった、女が、多分、そうじゃ、ないかって、言ってた、」……滑舌のハッキリしない辿々しい口調で、真島は質問された事に答える。
文華:「それで、何を教えてもらったの?」
真島:「現役、アイドルと、ヤれる方法、絶対、ヤバく無い、テレビの、プロデューサ、から、依頼された、都市伝説、番組の、仕事をやれば、良い、」
文華:「何を依頼されたの?」
真島:「赤い、ラブレターを、学校の、下駄箱に置く、10個以上、絶対に、誰にも、言わないこと、」
一貴:「藤塚さん、一体何やってるの?」……僕はロッカーから出て、
見ると真島の目は焦点を失って虚ろで、それで涎を垂らしながら、既に正気を失って居る事は明白だった。
文華:「言われた通り一緒に居させてあげてるんだから、大人しく掃除用具入れに入ってなさいよ、」……それで、持っていたマグライトの光を僕の目に当てる、
一貴:「真島クン大丈夫なの?」
文華:「平気よ、朝になったら気分良く目覚めるから心配要らない、お願いだから黙って隅っこでじっとしてて、後でご褒美あげるから、」
僕は、マグライトの光を手で遮りながら二人の様子を伺う、
文華:「さてと真島クン、そのアプリの事を詳しく教えてくれるかしら?」
真島:「ネットで、ダウンロード、する、」
文華:「URLは?」
何故だか不思議な事に真島は数十桁の英数字から成るURLを口に出して答え始めた、そんなモノを記憶しておけるなんて事はとても人間業とは思えないのだが、
それから藤塚はタブレット型のパソコンを取り出して言われた通りのURLを入力する、どうやらそのホームページにアクセスしているらしい。 で、画面に映し出されたのは「Not Found」、ホームページは既に削除された後だ。
文華:「流石に、ネットに忘れ物落としモノする程間抜けじゃないか、」……すると藤塚は次に何やらDOS画面の様なウインドウを開いて、
文華:「でも、足跡を消した跡までは完全に消せなかったミタイネ、」
プログラムを起動すると、ラップトップのスクリーンに次々に出現する英数字の羅列、それが一体何を意味しているのかは全く検討も着かないが、どうやらそれは藤塚にとっては意味のあるモノらしい。
文華:「ビンゴ、」……で、何かをメモ用紙に書き写して、
するといつの間に其処にいたのだろうか、以前見た「目に見えない鎧を着た巨人」が僕の直ぐ傍を通り抜けて藤塚の下へ歩み寄り、無言の侭藤塚からメモを受け取って、再び直ぐに気配を眩ませた。
一貴:「藤塚さん、今のって、」
文華:「さてと、お仕置きの時間ね、」
ーーー
藤塚は鞄から注射液の入ったアンプルを取り出して机の上に並べる、
一貴:「僕にも何かするの?」
文華:「いい加減余計な事を知り過ぎたから記憶を消すの、」
一貴:「やっぱり、そう言う事するんだ、」
不思議な事に、僕は藤塚からされる事に何一つ抵抗しようなんて気は起こらなかった。 もしかして殺されるかも知れないと言うのにそれでも構わないと僕は思ってしまっていた。 誰もいない夜の教室で怪しい薬品を小さな注射器に吸い上げている美少女、彼女は一体、……
一貴:「教えて、藤塚さんは一体何をしているの?」
藤塚は僕の言葉にビクリと肩を竦ませて、一瞬、凍った様に身動きを止める。
文華:「いいわ、どうせ忘れさせるんだから全部教えてあげる、」……そうして、僕の目を見てゆっくりと話し始めた。
文華:「私は森雅の卵巣を狙っている頭の可笑しい連中の正体を突き止める為に此の学校に来たのよ。」
一貴:「卵巣?なんなのそれってどう言う事?」
文華:「ソイツらは大昔に滅ぼされた王族の遺伝子を集めて再生しようとしているのよ。その為に材料となる優良候補DNA保有者の精子と卵子を集めてる訳、」
一貴:「あの、巫女の格好をした女の子が?」
文華:「あいつらはその目的の為に雇われた工作員よ、因に見えていたのはあくまでも目眩し用のアバターで、本体がおっさんなのかおばさんなのかは正体不明の侭よ、」
一貴:「あの、見えない鎧は何なの?」
文華:「私達は通常3人一チームで行動しているの、私の様に表に顔を出して交渉事や精神操作を担当する「巫女」、光学迷彩装甲で陰に潜んで力技を担当する「式王子」、そしてあの魔法幼女の様な舞台演出と罠を整える「道具屋」、あの見えない鎧は一種の黒子みたいなモノよ、」
一貴:「藤塚さん達は、もしかして異世界か何処かから来たの?」
文華:「そんなファンタジーなモノじゃないわ、貴方が知らないだけで世界はそういうモノ達によって裏から支配されているの。」
一貴:「真島クンも敵なの?」……僕は、ブツブツと寝言を言いながら不自然に身体を痙攣させ続けている真島の姿に目をやる、
文華:「真島は操られてただけよ、黒幕は自分達の正体を表に晒さないまま関係のない人間を工作員に仕立て上げて利用するの。 真島達はアイドルとセックス出来ると言う有りもしない与太話をネットで信じさせられて学校に赤いラブレターの噂を広めただけよ、その裏で黒幕は同様の手口でカモフラージュして森雅を誘拐し、異常者による猟奇殺人に見立てて卵巣を摘出しようとしたの、」
一貴:「でも、そんなに簡単に騙されるのかな?」
文華:「人間の思想や行動を遠隔操作する事なんてそんなに難しい事じゃないわ、アンタだっていつもネットでダウンロードした女のあそこの無修正写真を見てオナニーしてるじゃない。 」……返す言葉の一つも見つからない、
文華:「これで気が済んだ? なら始めるわよ。」
一貴:「待って、もう一つ教えて、」
文華:「何よ、」
一貴:「今日姉ちゃん、今川響子さんも関係しているの?」
文華:「ええ、彼女は貴方が子供の頃から貴方の事を護って来た巫女よ、」
一貴:「僕を護って来た?」
文華:「貴方は知らないだけで、貴方にはそれだけの理由があるのよ、」……そして藤塚は注射器を、
文華:「副作用は無いけれど、ちょっと痛いかもよ、」……僕の二の腕に、ちくりと注射する。
一貴:「最後にもう一つだけ、」
ジワジワと冷たい熱が僕の体内に染み渡って、堪え難い眠気が末端から全身の感覚を失わせて行く、
一貴:「どうすれば僕達は、友達になれるの?」
文華:「貴方は私の主で私は貴方の奴隷、私達は決して対等な関係にはなれないわ、」……藤塚文華は高揚した頬と潤んだ瞳で僕を見つめる、
一貴:「だから、僕の事が嫌いなの?」
文華:「誰が嫌いだなんて言ったのよ?」……そう言うと藤塚は僕に、
キスをした。
熱く柔らかな藤塚の舌が、なされるが侭の僕の中に侵入し絡みつき、与え、奪う。 それなのに僕は身じろぎ一つ出来ない侭、やがて目蓋も開けていられなくなって、
文華:「また会えて嬉しかったわ、約束を守ってくれてありがとうね、私も好きよ、これまでもこれからもずっと、」……そうしてもう一度唇を重ねた、
一貴:「どうして?」
文華:「おやすみなさい、そして、さようなら、」……耳元で、藤塚の囁く声がする、
一貴:「待って、厭だ忘れたく無い、」……僕は、薄れいく意識の中で藤塚にしがみ付く、
文華:「大丈夫、私が全部覚えておいてあげるから、」
一貴:「行かないで、僕の傍に、いて、……」
そしてその侭、重い海に沈む様に僕は眠りに落ちた。