僕は何時もと同じ様にベッドの上で目を覚ます、何だか前にも似た様な事が有ったような気がするが、所謂デジャビューと言う奴だろうか?
一貴:「痛っ、」
見ると、身体中彼方此方に痣が出来ていた、そう言えば昨日の登校日の放課後、真島に呼び出されて殴られた、事迄は覚えている。 その後の記憶が定かでない、僕はどうやって家に帰って来たんだ?
母:「カズキ、カズキ!」
階下から母の呼ぶ声がして、降りていくと玄関に今日姉ちゃんが立っていた。
一貴:「どうかしたの? 何処のお土産?」……母の手には、恐らく今日姉ちゃんから受け取ったと思われる珍楚糕、
母:「今川さん、急に引っ越す事になったんだって。」
一貴:「引っ越し?」
ーーー
僕と今日姉ちゃんは近くの小さな川沿いの道を散歩する。
一貴:「何処に、行くの?」
響子:「石垣島ぁ、」
一貴:「何でまた、沖縄?」
響子:「よくぅ分んないけどぉ、色々有るのよぉ。」
一貴:「大学はどうすんのさ?」
響子:「私は大学の近くに下宿ぅ、沖縄に行くのはお父さんだけぇ。」
一貴:「ああ、そう言う事…。」
通り過ぎる人達が僕達の事をチラ見する、今日姉ちゃんはそれ位美人だ。
一貴:「何だか今日姉ちゃんが居なくなるなんて信じられないね、」
僕が小学生の頃に神奈川に引っ越して来て以来、僕の傍には何時だって今日姉ちゃんが居た様な気がする。
響子:「私はぁ心配だよぉ、」……今日姉ちゃんが突然僕を抱きしめた。
一貴:「ちょ、今日姉ちゃん、恥ずかしいって、」
響子:「かっちんの筆下ろしぃ未だやって無いのにぃ、」
一貴:「要らないから!離して!」……何故だか今日姉ちゃんはビクともしない。
道路の真ん中で皆が見ている。
一貴:「餞別にジュースでも奢るよ。」
響子:「私、語尾に「OH」が付いてる奴が良いなぁ。」
一貴:「何だよOHって、」……僕は自動販売機と暫しお見合い。
河原に腰掛ける今日姉ちゃんにペットボトルをパス!
響子:「ありがとぉ、」
それでペットボトルの蓋をひねると勢い良く噴き出す炭酸水。
一貴:「ゴメン! 知らなかった!」
響子:「やるな、お主、」……白いブラウスが濡れて、ブラが透ける。
僕は、急いでズボンのポケットからハンカチを取り出す、……やけに触り心地の良い焦げ茶色のハンカチ? 広げると、それは明らかに、……パンティストッキング。
響子:「おおぉ!」
一貴:「なんだ、コレわ!!」
響子:「私のじゃないみたい、」……今日姉ちゃん、自らスカートを捲って確かめる。
一貴:「いや、取ってないって!」
響子:「かっちん、ほれぇ、近う寄れ、」……今日姉ちゃん、獲物を狙う猛禽類の眼になってる。
一貴:「やだよ、なんかするだろ。」
響子:「言う事きかないとぉ、おばさんにバラすよぉ、アレとかぁ、アレとかぁ、」
僕は、素直に今日姉ちゃんの隣に並んで縮こまる。
響子:「彼女の?」……今日姉ちゃんが耳打ち、
一貴:「わかんない、」
一体どうして僕はこんな物を持ってたんだっけ? そう言えば誰かに貰った様な気がする? でも誰かって?誰だっけ? それにこんな物をくれるなんて一体?どう言うシチュエーション??
響子:「かっちん、好きな子居るのぉ?」
どうだろう、何だか胸の奥にどうしても諦めきれない熱い後悔だけが燻っている。 それはとっても大切なモノで、二度と手放したく無い物だった筈なのに、まるで昨日見た夢の様に曖昧で、
一貴:「良く、分んない。」……何故だろう?僕は赤くなる。
響子:「ふーん、私とキスしたのにぃ?」
一貴:「あれは今日姉ちゃんが無理矢理、」
響子:「あそこ触らせてって言ったのダーレだぁ?」
一貴:「いや、あれは小学校の時の事であって、」
響子:「あなるぅ、」
一貴:「すみません。二度と逆らいません。」
今日姉ちゃん、お尻をはたきながら立ち上がる。
響子:「まあ良い、貸しにしておいてあげるぅ。 その代わりアパートが落ち着いたらぁ引っ越し祝い持って遊びに来るんだぞぉ、」……そう言って今日姉ちゃんが僕を見つめる目は、
一貴:「いや、なんか怖いから、やめとく。」
響子:「私の部屋覗いてた中学生ぇ、ダーレだぁ?」
一貴:「すみません行きます、二度と口答えしません。」
響子:「さてとぉ、かっちんに「ビショビショにされた」事だしぃ、そろそろ行くねぇ。」
一貴:「また、そんな言い方するし、」
そしてもう一度、今日姉ちゃんが僕を抱きしめる。
響子:「離れて居てもぉ、私はぁかっちんだけのお姉ちゃんだよぉ、何時迄もぉ、」……僕は、今日姉ちゃんが泣く所を初めて見た。
響子:「傍にいてあげられなくなっちゃってぇ、ごめんねぇ、」
僕は少ししゃがみ込む様にして、今日姉ちゃんの頬に自分の頬を寄せる。 何時の間にか僕の方が背が高くなっていたんだ。
一貴:「お姉ちゃん、」……柔らかな今日姉ちゃんの身体が僕を包み込んで、それから、
一貴:「冷てぇ!」
今日姉ちゃんが僕の首筋に「炭酸水」を注ぎ込む、……シコタマ300ml。
響子:「ヤーイ、かっちんもビショビショだぁ〜」
僕はズボン迄ずぶぬれになり、今日姉ちゃんは一人走り去る。
一貴:「子供か!あいつ、ゼッテェ彼氏できねえ!」
僕は改めて焦げ茶のストッキングを手に取って見る。
手の中に丸めた侭コッソリ匂いを嗅いでみる。 甘い匂いが僕の記憶の深い所に迄届いて揺さぶる。 確かに何処かで嗅いだ事の有る様な、心の底から癒される様な匂い。
一貴:「藤塚、」……思わず口をついて出たクラスメートの名前、
そう言えば、藤塚って、……誰だっけ?
ーーー
GW明け初日ホームルーム……
渋谷:「今日は、残念なお知らせがあります。」……渋ちんが珍しく深刻そうな顔で話し出す。
渋谷:「真島君が、暫くの間休学する事になりました。」
休学?停学でなくて? 一斉にクラスの全員がざわめき出す。
渋谷:「進路の事で悩んでいて、今凄く落ち込んで外出できない状態になっているそうです。 お医者さんの指示もあって暫くの間自宅療養することになりました。 これから受験が近づいてきて、みんなも色々と悩み事が増えてくると思います。 そんな時は一人で悩まないで、直ぐに先生やご両親に相談する様にしてください、……」
真島が休学?進学の事でノイローゼ? そんな事を信じるクラスメイトは誰一人としていない。 きっと何か酷い事が起きたに違いなかった。
高野:「聞いた? やっぱり真島クン「廃人さん」と会ってたんだって、」
昼休み、僕と朋生が話していると、学校一のオカルトフリーク高野晶が近づいて来て行成り僕の肩を揉む。 クラスの女子に肩を揉まれている此の状況に、僕は一瞬パニックに陥るが、……
朋生:「廃人さんって何なんだ?」……何で朋生は平然としていられるんだ?
高野:「朋生知らないの? ちょっとそれは有り得ない、」
そうだった、高野は朋生の彼女で僕の数少ない女友達、何だか記憶が多重にダブって見えるみたいで曖昧だ。 これって五月病の一種なのか?
三枝:「大丈夫?」……今度は学校一の秀才三枝多恵が僕に近づいて来た。
一貴:「え? 何が?」
三枝:「怪我したって聞いたから、まだ痣が残ってるじゃない、何があったの?」
一貴:「痛っ!」……三枝が不用意に僕の頬っぺたの痣に触れる、
確かに僕は真島達にリンチされてGWを寝て過ごしていたのだが、でも何でそんな目に遭ったんだっけ? そう言えば三枝から何通もメールを貰っていたのを覚えている、でもいつの間に僕は三枝とメアドを交換してたんだっけ? 確かGW前のクラス会で、……
朋生:「そう言えば今日藤塚さんはどうしたんだ?」
藤塚文華、そんな女子が居たのは覚えている。とても綺麗で明るくて優しい学園のアイドル。 到底僕なんかとは縁のない高嶺の花。
三枝:「藤塚さん急に引っ越す事になったんだって、お母さんが暫くイギリスのお父さんの所に行く事にになって、藤塚さんは親戚のおばさんの家に引っ越すそうよ。」
「藤塚」、「引っ越す」、「イギリス」、頭の端々に断片的な言葉の記憶が散らばっていて、それなのにどんな風に繋ぎ合わせれば正解なのかが分らない。 何か大切な事を忘れている様で、何だか思い出せそうで思い出せなくて気持ちが悪い。
ーーー
母:「お帰り。」……帰宅後、GW中はずっと連休の羨ましい母親が声を掛けてくれる、
一貴:「只今、なんか無い?」
見ると食卓の上に新しい菓子折りの包み、……八つ橋?
母:「あぁ、それ? 今日新しいお隣さんが挨拶に来たのよ。」
母:「確か、アンタと同じ学校とか言ってたわよ。 それが凄い美人さん! どうする? アンタもそろそろ彼女の一人や二人くらい居たって、……」
僕はこっ恥ずかしい話題を無理矢理打ち切って、八つ橋を一つ口に咥えながら二階の自分の部屋へと退散する。 鞄を放り出して、上着をハンガーにかけて、何故だか妙に気になって部屋の窓を開けてみる。
開け放した侭の隣の二階の窓から灯りが漏れて、かつて今日姉ちゃんが居た部屋の窓際に一人の美少女が佇んでいた。
見慣れない白いドレス、華奢な身体、瑠璃色がかった濡れ烏の長い髪、神様の贔屓としか思えない妖しい美貌、……少女は気怠げに春の夜のそよ風に吹かれながら、物思いに耽る様に一人きりで夜の帳を見上げていた。 黄昏の仄闇の淵で淡い輝きに包まれているかの様なその少女の姿に、僕は何時の間にか六感の全てを囚われて……、
一貴:「藤塚、さん?」……自分でも気付かない内に声を掛けていた。
少女は一瞬身を竦ませて、暫し二人は無言の侭じっと見詰め合って、それから藤塚が顔を真っ赤にして、……力いっぱい窓を閉める。
一貴:「えと、どういう事?」