013「奴隷契約」
快晴のGW明け初日……
通常母親は僕よりも早く出勤するので毎朝僕は電気ガス水道と家中の戸締りのチェックをしてから玄関のカギを掛けて学校に出かける。 で、その日は何故だか玄関先に藤塚が立っていた。
一貴:「お早う。」……当然僕は、突然隣に引っ越してきた美少女との遭遇に思わず胸ときめいてしまう訳で、
ところが行き成り藤塚は左手の掌底を僕に付きだして、恐らく「黙れ」の意思表示?
文華:「最初にアンタに言っておく事があるから黙って聞きなさい。」……って、藤塚ってこんな面白キャラだったっけ?
一貴:「えと、何かな?」
文華:「黙りなさいと言う日本語が理解できなかったのかしら?」……いやなんかもっとイージーゴーイングな美少女だった様な気がするのだけれども、
一貴:「……、」
文華:「いい?これから言う3つの命令には絶対服従しなさい、一つ、私の許可なく私に話しかけない事、一つ、私の質問には例外なくYesで答える事、一つ、私がアンタの家の隣に引っ越してきたことは誰にも言わない事、以上理解したかしら?」
一貴:「えと、何かの、ネタ、かな?」
文華:「質問にはYesで答えろと言ったよね? そんな簡単な事もできないの?」……藤塚は眉を顰めて本気で残念そうな顔で僕を睨み付ける、
一貴:「……、」……って、こういう場合どうすればいいのだろう?
文華:「わかったの?」……藤塚はあくまでも高圧的な態度と口調で、
一貴:「い、えす?」……それなのに、胸の奥がドキドキしてその上癒されてるみたいな気分になるのは何故?
文華:「よろしい、じゃあ学校行くわよ、アンタの所為で遅れちゃったじゃない、」……で、さっさと歩き出す、
メール着信音:「ピロリン!」……で、知らないメアドからメールが届く、
文華:「用のある時はこのメールで連絡するから、」……って、何で藤塚が僕のメアドを知ってるんだ?
一貴:「あの、質問しても、」……そこまで言った処で藤塚が振り返って人差し指を僕の口に押し当てる、
文華:「喋らない、」……さすがに僕も混乱して来て、藤塚の綺麗な人差し指を押しのける、
一貴:「でも訳が分からないよ、どうして僕がそんな命令を聞かないといけないの?これじゃまるで藤塚さんの奴隷みたいじゃない、」
一瞬、藤塚の眉がピクリと引き攣った、
文華:「忘れたの?アンタ、私の事が好きで好きで堪らないんでしょう? なら惚れた女の命令を聞くのに何か問題あるのかしら?」……藤塚はそう言いながら僕のネクタイを捩じり上げる、
一貴:「え、と、」……僕は甘い匂いのする美少女に首を絞められて思わず目を逸らして赤面してしまう、
確かに超絶美少女な学校のアイドルの事が好きかと言われればそうだけど、でも本人から面と向かってそんな風に指摘されたら一体僕はどんな風に反応すれば良いのだろうか? それってつまり僕が藤塚の事を好きで居る事を認めてくれるって事だよね違うのかな……いや待て何だか混乱して来たぞ、
文華:「仕方がないわね、良いわ、それじゃあ言いつけ通り良い子で居られたら毎日一回ご褒美をあげる、」……藤塚は溜息を吐きながら本気で仕方なさそうな顔で僕を睨み付ける、
一貴:「ご褒美?」
文華:「一日に一回だけ、私の持ち物に触れる事を赦してあげるわ、」……そう言って、藤塚は自分のカバンを僕に押し付けた、
一貴:「えと?」
文華:「駅まで鞄を持たせてあげるからさっさとついて来なさい、」
僕は混乱状態の侭藤塚のカバンを胸に抱えてトボトボ歩き出す、こんなの理不尽な事の筈なのにこんなにもお腹の奥がホンワカと温かくなるのは何故?
ーーー
朝のホームルーム……
その朝の2のCの教室は何時もにも増して異様な雰囲気に包まれていた。 後もう少しで天井に届きそうな身長、プロレスラーの様な筋肉、どう見ても30歳は越えているだろうと言う老け顔。 それが「新品の学生服」に身を包んでホームルーム教室の教壇の前に立っていたからだ。
早乙女:「どうも、早乙女光です。帰国子女です。色々有って2回ダブってるので歳は19歳ですが気兼ねしないで仲良くして下さい。」
渋谷:「皆、仲良くする様にな、」……もしかすると渋ちんよりも貫禄がある、
渋谷:「早乙女クンの席は、真島の席が空いてるな。 取り敢えず、あの一番後ろの空いている席に座ってくれ。 ほらあの美人の隣、」
真島はストレスが原因の体調不良で「休学中」と言う事になっていた。 処で一番後ろでしかも学園のアイドルの隣の席だと来れば学校一の秀才「三枝多恵」を除けば誰もが願ったり叶ったりな就学環境の筈なのだが、意外な事に圧倒的な存在感の巨人はモジモジしながら「交換」を要求する。
早乙女:「あの、せんせい、僕、よく漫画とかである、「転校生のヒーローが一番後ろのヒロインの隣の席に座る」のって、良く無いと思うんです。 まだ学校に慣れてないし、先生に顔も覚えてもらわないといけないし、それに僕、日本の授業を受けた事が無いので、もっと先生に質問しやすい「一番前の席」が良いんです。 例えばこの人の席とか。」……そう言いながら巨人が僕の事を指差した、
一貴:「えと、僕は構いませんが、ここで良ければ替ります。」
渋谷:「そうか、じゃあ悪いけどスイッチ。 早乙女クンが北条の席、北条は真島の席に移ってくれるか。」
僕はガサゴソと机の中身を引っ張り出して教室の後ろに移動する。 早乙女は入りきらない巨体を小さな机に押し込める。
早乙女:「後ろの君、黒板見えるかな? 僕の所為で、御免ね。」
斉藤:「いえ、大丈夫です。」……後ろの席の斉藤、恐怖で少し顔が引きつってる。
それで僕は一番後ろの窓際の席に落ち着く、つまり藤塚の隣の席だ。 チラリと盗み見た藤塚はまるで僕が透明人間であるかの様に完璧な無視を決め込んでいた。 一体藤塚が何を考えているのかが分からない、藤塚が僕の事を何と考えているのかが分からない。 鞄持ちをさせる位だから顔を見るのも無理と言う程完全に生理的に嫌われている訳ではないと思うのだけれども。 藤塚の事を考えるたびに何だか不整脈の様にズキンと意味不明な胸の痛みが僕を襲い、「アンタは私の事を好きで堪らないのでしょう」と言った藤塚のセリフが僕の喉の奥に突き刺さる。
一貴:「はぁ、」……気が付くと僕は溜息ばかりついていた。