東郷:「ふみかちゃん、お弁当食べに行こう。」……昼休みに東郷冴子が藤塚を呼びに来る。
東郷冴子は小柄で見た目可愛らしくしかも男子とのスキンシップを嫌がらないと言う男子にとっては極めて貴重な「癒し系キャラ」である。 各種ポーズをリクエストして写真を撮ったり、お弁当を同じ箸でつつき合ったりと言うのもOKで、何故だか放課後に「東郷を囲むお食事会」なる会員制イベントが開催されているという噂まで実しやかに伝え聞こえてくる。 そう言えばGWが明けて真島が学校に来なくなってからと言うもの、東郷は空いている真島の席に来て藤塚と一緒にお昼を食べるのが通例になっていた。 そこに僕が割り込んで来たものだから東郷が気を遣ってくれたと言う事かと、10秒かけて僕は漸く思い至った。
一貴:「あのさ、僕「購買」でパン買って何処かで食べて来るから「此の席」使ってて良いよ、」……そう言いながら席を立とうとした、
東郷:「えぇ、そんなの悪いよぉ、」……僕の袖を東郷が捕まえる、
東郷:「それじゃさ、私のお弁当分けたげるから北条クンも一緒に3人で食べようよ、」
一貴:「え?」……突然のお誘いに一瞬僕は有頂天なパニックに陥るのだけれど、
肝心の藤塚はと言うとジトーっとした目で「早くどっか行けよ」と僕に訴えている、
一貴:「うん、デモ東郷さんの分が無くなっちゃうカラ、」……僕は思わず藤塚から目を逸らしてカタコトで、
東郷:「平気だよ、私そんなに食べないもん。 何時も皆に分けるから少し多目に作ってるの、きょうは北条クンに分けてあげるよ。」……そう言って東郷は藤塚の隣の横田の席から椅子を借りてきて、
東郷:「良いよね? ふみかちゃん、」……可愛らしく笑いながら僕の机と藤塚の机をぴったりとくっつける。
文華:「うん、そうだね、」……それで藤塚が朗らかに微笑む、いや瞳孔の奥が笑ってない、
周囲の男子の視線がマジキツい。
東郷:「北条クン、どれ食べたい?」
一貴:「えっ?」……東郷は所謂「あーん、」をしてくれようとしているらしい、
自然と僕の瞳が泳ぎ、チラリと盗み見た藤塚は「そんな事まるで気にしていない」と言う風な涼しげな表情で黙々と自分の弁当箱をつつき始める。
東郷:「ほら、この里芋は私の自信作なんだよ。」……そう言って東郷は、行成り僕の口に「里芋の煮っ転がし」を押し込む、
それからその箸を何の躊躇も無く自分の唇で舐る、このシチュエーションは男子には堪らないかも知れない。
一貴:「…美味しい。」……そして僕はやがて舌の上に広がる甘美な味覚に覚醒する。
東郷:「でしょ! ありがと。 ふみかちゃんも食べてみる。」
文華:「うん、頂こうかな…。」……で、藤塚が東郷自慢の「里芋の煮っ転がし」に箸を伸ばす。
文華:「本当、凄い! 何処かの料亭で食べてるみたい。 しっとりしてて、箸で掴むとしっかりしてるのに、口の中に入れると溶けちゃうみたい。 それに、奥迄出汁が沁み込んでて、…甘い。」
東郷:「でしょ、でしょ。 この味出すのにすっごい苦労したんだから、もっと、褒めて褒めて!」
今度は東郷が藤塚の弁当を物色する。
東郷:「ふみかちゃんのお弁当も美味しそうだね。これってふみかちゃんが作ったの?」
文華:「ううん、伯母さんに作ってもらった、」
東郷:「これ半分もらっていいかな? だし巻き卵好きなんだ。」
文華:「あんまり期待しないでね、」……一寸恥ずかしそうな藤塚の顔も可愛い、
東郷:「あっ、私この味、好きかも、」……東郷は藤塚の弁当箱からだし巻き卵を口に運ぶ、
文華:「駄目駄目、サッちゃんのに比べたら全然駄目だって、」
東郷:「そんな事無いよね、北条クン、」
一貴:「そうだね、美味しそうだ、」
東郷:「もう一寸ちょっと頂戴ね、」……東郷はそう言うと、藤塚のだし巻き卵を少し切り分けて有無を言わせず僕の口に突っ込む、
味は限りなくプレーン。 そして何故だか急に僕は正体不明の「怖気」に包まれる。 藤塚の身体が小刻みに震えている様な気がする。
一貴:「お、美味しいです。」
東郷:「何だ何だ感情表現が乏しいなぁ、学園のアイドル「藤塚文華」のだし巻き卵だぞ、もう一寸感激しても良いんじゃないかな?」……東郷はそう言いながら僕の口から引き抜いたばかりの箸を舐る。
東郷:「じゃあ、今度これ、さえの番ね。」……ごぼうを牛肉で巻いたモノに胡麻が和えてあるのを箸で摘んで、
東郷:「ちょっとおっきいからね、はい、…あーん。」
一貴:「あーん。」……大きく開けた僕の口に、押し込める。
一貴:「美味しい、正月にうちの母さんが作ったのよりも、美味しい。」……何だか楽しくなって来た。
東郷:「褒めて、褒めて!」
東郷:「はい、あーん。」……今度は白いご飯をひと摘み、
一貴:「あーん。」
一貴:「嘘っ! 冷えたご飯なのに、何この触感。 それにご飯が甘い。」……何だか涙が出てきそう。
東郷:「いやぁ、北条クンがこんなに楽しい人だとは思わなかったよ。ねえ、ふみかちゃん。」
文華:「へっ? ええ、そうね…。」
東郷:「北条クン、これから、北条クンの事、カズクンって呼んでも良いかな?」
一貴:「それは、構わないけど。」
東郷:「それじゃ、カズクンは私の事「さえちゃん」って呼んでね。」
これが東郷冴子、まるで僕とは対極に居る様な無敵の天真爛漫さ、……恐るべし。
東郷:「あっ、そうだ、お茶飲む?」……そう言いながら、東郷が魔法瓶の水筒を取り出す。
丁寧に注がれたお茶から、薫りと共に温かな湯気が立つ。
東郷:「熱いから気をつけてね。」
一貴:「ありがとう。」
もはや世話焼き女房である。 みんな好きになっちゃう訳だ、
一貴:「美味しい、東郷さんって本当に料理上手いんだね。」
東郷:「こら、さえちゃん!だぞ。」
一貴:「あっ、ゴメン。」
東郷:「謝んなくても良いよ。 カズクンっていつも謝ってるよね。」……東郷、思わず噴き出す、
一貴:「ゴメン、あっ、なんか癖で、」
藤塚、黙々と弁当を、片付ける。
東郷:「ふみかちゃんもお茶飲む?」
文華:「ありがとう、」……東郷が、藤塚のコップにお茶を注ぐ。
文華:「そうだ、いつも頂いてばかりで悪いから、今日はクッキー焼いて来たんだ。 食べてくれる?」
東郷:「えっ、本当? 食べる食べる。」
藤塚が手提げ鞄の中から小さな包みを取り出して、
東郷:「いただき!」……早速一つ摘んで出来映えを堪能する。
東郷:「うーん、しっとりバターにさくさくで、上に乗っかってるのは、…砂糖で煮固めたサクランボかな? 美味しい、」
止むを得ない流れで…
文華:「北条クンも、良かったらドウゾ、」……藤塚、目が笑ってない、
一貴:「い、いただきます。」……僕は、思わず目を逸らす、
ーーー
午後の授業……
早乙女クン=巨体の圧倒的な存在感のお陰で後ろの席のかなり広範囲が教師からは死角になっていた。 そして着信音もバイブレータもOFFにした僕の携帯がメールの着信を知らせるイルミネーションを点灯し始める。 恐る恐る開封すると藤塚から? 瞬間!僕は吃驚した猫みたいに背中がビリビリと逆立つのを自覚する、
メール1件目:「アンタ、何か私に言う事有るんじゃ無いの、」……見ると藤塚は涼しげな顔でノートをとっている、
メール2件目:「何が「ぼく藤塚が居ないと苦しいんだー」よ、」……もしかして何か怒ってるのか? て言うか僕そんな事言ったっけ?
メール3件目:「デレデレ鼻の下伸ばしちゃってさ、」……次々に送られて来るメール、
メール4件目:「さぞかし冴子の「間接キス」は美味しかった事でしょうね、」……しかし藤塚は携帯を操作している素振りを全く見せない、
メール5件目:「結局「女」なら誰でも良いのよね、」……一体どうやってメール送信してるんだ?
メール6件目:「まあこっちは付き纏われ無くなってせいせいするけど、」……山田(数学教師♀)に指されて藤塚が「的確に模範解答」する、
メール7件目:「何なの無視?面倒臭いの?」……だって授業中だってば、
山田:「そこ、北条クン、聞いてる?」
一貴:「あっ、はい。 済みません、…ちょっと考え事してて、」
山田:「授業中よ、集中しなさい。」
一貴:「済みません。」
メール8件目:「情けない、」……だって藤塚がメール送って来るから、
東郷が僕を見てにっこり微笑む。 思わずつられて僕も微笑む、
メール9件目:「馬鹿じゃないの?」……あっという間に僕は凹む、
メール10件目:「アンタの事なんか本気で相手にする女居ると思ってんの?」……はあ、居ないですよねきっと、
メール11件目:「哀れよね。」……もはや溜息しか出てこない、
メール12件目:「今日の帰り買い出し行くから付いて来なさい、」
一貴:「え?」……僕は思わず藤塚の顔を凝視する、
文華:「あら、北条クンどうかしたの?」
藤塚、営業スマイルでにっこりと微笑、