理夜:「お兄ちゃん、済みませんが此処で降りてもらっても良いですか?」
一貴:「加茂さん達はどうするの?」
理夜:「「加茂」に喧嘩売って只で済むと思ったら大間違いなのです、そいつらの人生終らせてくるのです、危険なのでお兄ちゃんは此処で待っていてください。」
一貴:「そんなの加茂さん達だって危ないんじゃないの?」……加茂理夜、感激の嘘涙? で、僕にキス、
理夜:「お兄ちゃん有難うございます、でも大丈夫ですよ、直ぐに藤塚先輩も迎えに来ると思いますから、」
佳枝:「ちょっと待って下さい!」
富士本の声に振り向くと、いつの間にか救急車の前に一人の男が立ち塞がっていた。 夏だと言うのにチャコールのステンカラーコートに身を包み、色付丸眼鏡を掛けている、……間違いない、春に僕を襲ってきたあの「土蜘蛛」だ、
理夜:「何だかアイツはヤバそうです、富士本、退却!」
富士本が運転席に飛び込んでエンジンを始動させようとするが!スターターが掛からない? 丸眼鏡の男は少し小首をかしげながら、手に持ったバッテリーケーブル?を僕達に見せる。
理夜:「ありゃ、何時の間に?」
佳枝:「お兄さんは此処で隠れていてください!」……で、運転席から飛び出していく富士本!
下半身パンツ一丁でスタンガンと毒針仕込みの暗器を構えて丸眼鏡と対峙する、
理夜:「お兄ちゃん、3分間息止めてて下さい!」……続いて加茂理夜が救急車の後部ハッチから飛び出す!
一貴:「加茂! 何をするの?」
加茂は驚く程機敏な身の熟しで救急車の天井に駆け上がり、丸眼鏡に向けて何かを投げつけた! 途端に辺りに充満する煙、……パタパタと梢から落ちてくる小鳥?リス?虫? 毒ガス? 一瞬、丸眼鏡が半歩後退し、それと同時に富士本が突っ込む! ギリギリの間合いからの中段突き! 一瞬の猶予も与えない連続の第二撃!第三撃!! その所作はボクシングやムエタイ、空手と言うよりはもっと柔軟で連続的な中国武術に近い。 富士本の勝機は暗器分の間合いしかない、その先端の電撃か毒針が擦りでもすれば形勢の逆転も有り得るが、流れる様に繰り出される富士本の拳撃を丸眼鏡は緩やかな足捌きだけで悉く躱し続ける。
一貴:「凄い、」……思わず、敵の動きに見蕩れてしまう、
その上半身には一切のブレが無く必要最小限の動作は全て半歩の移動範囲に納まっている。 そしてとうとう毒ガスを嫌って無呼吸で繰り出し続けた発勁は体力の限界を富士本に突きつける。
ほんの少し富士本の動きが鈍ったその瞬間、丸眼鏡は富士本の引手に合わせて回り込み、首に添わせて旋転させた腕の下にグラリと力なく富士本が崩れ落ちる。 それは打撃とも関節技ともつかない奇妙な技で、その侭それっきり富士本は動かなくなった。 そしてその瞬間には加茂理夜が放った棒手裏剣が確実に丸眼鏡の喉元を捉えていた、筈なのに、……丸眼鏡はいつの間に奪い取った富士本の暗器でその毒針を軽々と弾き返した、そして一気呵成に投擲された暗器が加茂理夜の鳩尾、心臓に突き刺さる!
僕は咄嗟に車を飛び出していた、それは決して正しい事では無かった筈だ、初めから勝ち目などない事は2か月前から疾っくに知っている。 それでも女の子の庇護の下に隠れた侭いぶり殺されるのと、自ら前に出て殺されるのとどちらかを選べと言われたら、そんな事は考えるまでも無く身体は動いていた。
そうして何故だか突然僕は2年前のあの事件を思い出す。 その日、今日姉ちゃんと出かけた繁華街の路地裏でクラスメイトの女子が泣きながら助けを求めていた。 彼女はガラの悪い男達にどこかの事務所に連れ込まれそうになっていて、その時も僕は後先考えない侭に気が付いたら殴り込んでいた。 激情で記憶が定かでは無いが二人程を殴りつけて沈黙させた所までは覚えている、身体中に噴き出したアドレナリンは木刀で殴られる痛みすら蹴散らして、胸倉に飛び込もうとした三人目の男が内ポケットから拳銃を取り出した、その次の瞬間、……思い出した、確かに其処にはこの丸眼鏡の男が居た、
車から飛び出した僕の目の前で、丸眼鏡は加茂理夜の襟首を捩じり上げて宙吊りにしていた。
一貴:「その子を放せ!」……僕は丸眼鏡の前に姿を晒して破れかぶれの戦闘態勢を整える。
丸眼鏡は既に意識を失っている加茂理夜を地面に放り投げてゆっくりと僕の方に向き直る。 ちらりと一瞥した富士本は未舗装の地べたに転がった侭ピクリとも動かない。 これはまた幻覚の類なのか? それは丸眼鏡の一撃を喰らってみればはっきりするのだろうか? しかしそんな選択肢を吟味するまでも無く既に僕は丸眼鏡に向かって特攻を開始していた!
しかしあの富士本の鋭い突きですら掠りもしなかったのだから当然僕の鈍い正拳なんかが届く筈がない、それでも僕は諦める事無く歩を進めながら破れかぶれ拳を繰り出し続ける! 丸眼鏡はまるで母親が歩き始めの幼い子供の手を取る様に、ぴったりと僕の間合いを維持した侭僕の拳撃に合わせて少しずつ後ずさりする、僕は少しずつテンポを変えて時に溜めを作りながら時に踏み込みを深く遠くしながら、左右の拳を振り抜き続けるが笑っちゃうほど当たらない、只管拳は空を切って、どんどん僕の呼吸は追いつめられて、そしてその僕の額に丸眼鏡の指先が触れたと思った瞬間、
僕の背中は思い切り地面に叩きつけられていた。
一貴:「ぐふっ!」
強か背中を打って息が跳ね返る、人体の反応速度を超えた衝撃がコンマ数秒遅れで全身を駆け抜ける! 僕は無様に転がりながら必死に身体を起こし地に膝をついて丸眼鏡を睨み付ける。 丸眼鏡はまるで嬉しそうに嗤う様に僕を見下ろしていた。 僕は再び立ち上がって挑み掛かろうとして、何故だか膝に力が入らなくてその侭足を縺れさせて顎から地面につんのめった。 まるで腰が抜けたミタイに僕の身体は既に自由を奪われてしまっていた。
地面に転がった侭最早立ち上がる事も出来ずそれでも必死に敵の姿を探す僕の視線の前に、丸眼鏡はまるで無防備にしゃがみ込んできて、破壊的な握力で僕の頭を挟み込み其の儘宙づりになる高さまで一気に僕の身体を引っ張り上げた。 首の関節が:「「ごきごきごき!」」……と異様な音を立てて、じわじわと僕の全身に感覚が戻ってくる。 それから丸眼鏡は僕を地べたに座らせて、1m程離れた所から見下ろす様に僕の顔を覗き込む。
丸眼鏡:「三つ子の魂百までとはよく言ったものだな、スタミナは壊滅的で技術は稚拙だが、幼い頃に身に着けた基本的な身体の使い方はきちんと出来ている、大したものだ、」……何故だろうか、丸眼鏡からはまるで微塵ほどにも殺気が感じられない、
一貴:「殺さ、ないのか?」……限界まで走り切った後みたいに心臓は破裂しそうな位激しく鼓動し、呼吸は痛いほど乾ききっている、
丸眼鏡:「ああ、殺さない、俺の役目は一貴を守る事だからな、」……丸眼鏡は実に穏やかな口調で話し、
その一言に不覚にも僕はどっと全身の凝りが解けてしまった。 僕は改めて愉快そうに微笑む丸眼鏡の顔をじっくりと睨み付ける。
丸眼鏡:「心配いらない、俺は一貴の身内だよ、一貴が小さい頃は一緒に遊んでやった事も有ったんだが、流石に覚えていないかな、」
一貴:「なに、それ、」……この男の言う事を、本当に信じても良いのだろうか?
一貴:「それなら、どうして、加茂理夜を襲ったんだ?」
丸眼鏡:「一貴に近づく連中がどれ程の腕前なのかを試しただけだ、それとこれは彼女達への警告でもある、」
一貴:「警告?」
丸眼鏡:「藤塚文華は阿部家の陰陽師の一人「三日月」の巫女だ、三日月が藤塚を一貴の下に差し向けたのは一貴を籠絡して三船の血筋を阿部家の人質にする為だ、そして加茂理夜がやってきた本当の目的は競合する阿部家に好き勝手をさせない為だ、両者とも一貴に危害を加えるつもりはなさそうだが、三船としては陰陽師達の思惑に乗って一貴を奪われる結末は望んでいない、」
一貴:「藤塚が、僕を籠絡?」
丸眼鏡:「既に一貴は藤塚文華に好意を抱いてしまった様だが、それは元々は三日月の目論見によるものだ、これ以上深入りする前に離れた方が良い、なに簡単な事だ「二度と現れるな」と「諱」を持って命令すればいいだけだ、」……コイツは、一体何処まで何を知っているんだ?
一貴:「藤塚は、森先輩を狙っている連中の正体を突き止める為にうちの学校に来たって言ってた、」
丸眼鏡:「彼女自身も本当の目的を聞かされていないのだろう、しかしこの事は6年前に一貴が彼女と出会った時から仕組まれていた事だ、」
まさか6年前のあの日の出会いも含めて、全部仕組まれていたとでも言うのか?
丸眼鏡:「一つ確かめたい事が有る、一貴は随分と事情を知ってしまった訳だが、一貴自身はこっち側に戻って来たいのか?それとも今まで通りの暮らしを続けたいのか?」
どう言う意味だ? いや解っていた事だ、……藤塚文華と一緒に居続ける為には藤塚と同じ世界に足を踏み入れなければならない、でもそれはつまりこの丸眼鏡と命がけで戦う様な出鱈目な非日常世界なのだ。 藤塚に護られているだけの今の僕には藤塚を守る事なんて出来る訳がない、そんな出来もしない事を望む権利が僕にあるのか?
一貴:「……判らないよ、」
丸眼鏡:「大切な事だ、次に会う時までによく考えておいてくれ、」
丸眼鏡:「それと、此処での俺との邂逅については彼女達には話さない方が良い、この事が彼女達の知る所となれば、俺も彼女達を無事で済ます事ができなくなるからな、」
僕は思い出していた、あの時もこうして今と同じ様にこの男が僕を見下ろしていた。 2年前ヤクザの事務所に殴り込んだ日も、十数人はいた筈の得物を持った男達は全員床に転がって半殺しになっていて、ぼこぼこに殴られて壁に凭れ掛かったまま意識を失いかけていた僕の事をじっと見下ろしていたのは、確かにこの丸眼鏡の男だった、
一貴:「加茂達は、大丈夫なのか?」
丸眼鏡:「ああ、それなりに手加減したからな、暫くすれば目を覚ますだろう、」……それだけ言って丸眼鏡が林の中に姿を眩ませると同時に、
一台の大型バイクが僕達の元に近づいて来た、
早乙女:「よう、大丈夫か?」……乗っていたのは早乙女光だ、
一貴:「なんとか、」
早乙女はへたり込んだ侭の僕の元に駆け寄って簡単に触診し、辺りを警戒しながら富士本達の容体を確かめる、
早乙女:「こっちも命に別状は無いミタイだな、一体何に襲われた?」
一貴:「GW明けに襲ってきた丸眼鏡の奴だ、早乙女君が来る直前に急に姿を眩ました、」……これは嘘では無い、
早乙女:「ふーん、」……早乙女は納得のいかなさそうな眼差しで、僕の事を値踏みする、