体育祭翌日の振り替え休日の次の日の昼休み……
僕はどうにもならない煮え切らない自分の不甲斐なさを持て余して落ち込んでいた。 僕は本当に藤塚の事を好きでいても良いのだろうか? 僕が藤塚の事を好きなのは「三日月」とか言う藤塚の雇い主の策略で、僕を藤塚の虜にして三船家との契約を有利に運ぶための駒にするのがそもそもの目的らしい。 もしもそれが本当ならば三日月の策略は大したものと言わざるを得ず、僕はすっかり藤塚の虜になってしまっている。 今一度僕は冷静になって藤塚と距離を取るべきなのだろうか? きっと藤塚もそれを望んでいるに違いなかった。 藤塚は役目上僕の傍に居るだけであって僕が藤塚の住む危険な世界に近づく事を望んだりはしていない、言い換えれば僕の身を案じてくれればこそ何時も自分に関わるなと冷たく接してくれていた訳で、そんな藤塚の優しさを思うほどに益々藤塚の事が愛おしくなってしまうのは矢張りどう考えても僕自身の問題なのだ。
でも藤塚と一緒に居られなくなってしまったら、今更僕は藤塚なしでも本当に生きて行けるだろうか? それともそれはそんな大袈裟なものでは無くて、ほんの1か月も落ち込めばすっかり何も感じなくなってしまう程度のよくある普通の失恋と同じなのだろうか?
そんな事を考えながらぼんやり廊下を歩いていると、誰かが藤塚の名前を口にするのが聞こえてきた、
3年生女子1:「聞いた? 延山クン2年の藤塚さんと付き合うんだって。」
3年生女子2:「えっ、あの超可愛い子?」
3年生女子1:「そう、C組の髪の長いモデルみたいな子、」
藤塚が学校の男子と付き合うなんて事は天地がひっくり返ってもあり得る筈のない事だった。 そんな事は何かの間違いに決まっているのだが、
ーーー
高野:「藤塚さんが3年の延山先輩と付き合うって噂、本当なの?」……教室に帰ると、行き成り高野が話しかけてきた、
一貴:「知らないけど、」
三枝:「藤塚さんの噂でしょ? 北条クンどうするつもりなの?」……学年一頭が切れる女が話に混じってくる、
一貴:「どうするって、言われても、」
三枝:「北条クンって藤塚さんの事好きなんでしょ、此の侭放って置いても良いの?」
一貴:「だって、只の噂でしょ、」
三枝:「でもあの延山先輩でしょ、強引に言い寄ったりしてる可能性は有るわよね、藤塚さん困ってたりしないのかな、」
一貴:「延山先輩ってどんな人なの?」
三枝:「町の延山財閥って知ってる? あそこの次男で親がこの学校の新校舎増築に凄い額の寄付をして、それでほぼコネで入学したらしいわよ。 所謂馬鹿息子?でも顔とスタイルは韓流俳優並だから裏サイトの人気投票(男子版)では大体いつも20位内には入ってるわね、金持ちだし。」
一貴:「ふーん、」
三枝:「先月迄ファッション誌の読モと付き合ってたんだけど、急に別れたのよね。 確か「首堂さん」にお伺いしたら、前の彼女とは別れて藤塚さんと付き合いなさいって「お告げ」が出たとか聞いたわよ。」
一貴:「三枝さんって何でも知ってるんだね。」
三枝:「知らないの?情報を制する者が受験を制するのよ。」……三枝、ワザとらしく伊達眼鏡の位置を直す。
一貴:「ところで、「首堂さん」って誰なの?」
高野:「え!? 首堂さんを知らないの!!!」……高野がこのノリで喰い付いて来る…と言う事は、
高野:「うちの学校の怪談にまつわる有名な恋占い、と言うかかなり強力な「恋愛成就の御呪い」ミタイな物かな、…」
一貴:「怪談?占い?」
高野:「昔、この学校に 相思相愛の恋人を無理矢理奪われて自殺した「首堂さん」って言う男子生徒がいるんだけど、首堂さんは今でも成仏出来ずに学校内を彷徨っていて、真実でない恋愛には呪いをかけるっていう話があるのよ。」……高野の目は異常な迄に輝いている。
高野の話を要約すると次の様な内容だった。
まず告白しようかどうか悩んでいる生徒が首堂さんに「お伺い」すると、「本当に結ばれるべきでないカップル」には別れる様に「お告げ」が下る。 一方で「本当に結ばれるべきカップル」であれば恋の成就を助けてくれる。 但し首堂さんに「お伺い」して、その「お告げに従わなかったカップル」は、首堂さんに「祟られ」て精神がおかしくなってしまう。
一貴:「何だか女子ってこう言うの好きだよね。」
高野:「あら、信じない訳? 延山先輩の首堂さんを「お伺い」した 影山先輩って親戚が神社で本格的な巫女の修行も受けた事があるんだって。 影山先輩の占いってすごく当たるって評判よ。 家族の中でも一番霊感強くって、幽霊とかも普通に見えちゃうって言う話なんだから。」
一貴:「高野サン、占い信じてないとか言ってなかったっけ?」
高野:「首堂さんは特別かな、元が悲恋のオカルト話だものね、ロマンが有るのよ。 それに実際に起きた事件もあるのよ。」
一貴:「事件?」
高野:「美住先輩の噂、聞いた事ある?」
三枝:「ああ、聞いた事有る、3年になってからずっと休学してる先輩でしょ。」
高野:「そう、あの先輩表向きは「受験のストレスからノイローゼ」になったって言われてるけど、実は首堂サンの呪いじゃないかって噂があるの。」
高野:「片桐先輩の妹から聞いたんだけど、…春休みに、片桐先輩と、美住先輩と、後、何人かで、影山先輩に首堂さんのお伺いをやってもらったんだって。」
高野:「最初は、面白半分遊び半分で、アイドルとか裏サイト人気ランキングベスト3の男子とかで「お伺い」してたらしいんだけど、その内好きな相手暴露大会みたいになっちゃって、それでチョットした口論になって、誰かがクラスで一番嫌われてる男子と美住先輩で「御伺い」して、それで「結ばれるべきカップル」だってお告げが出ちゃったの、」
三枝:「何だか、幼稚っぽいけどありがちな展開ね、」
高野:「当然、美住先輩はお告げの事はずっと無視してて、「期日迄に恋文を届ける」って言うお告げも破っちゃったのよ、」
三枝:「それでどうなったの?」
高野:「美住先輩、次の日からずっと全く口を利かなくなっちゃって、目付きもダンダン異様な吊り目になって来て、学校でも時々ニターって嗤いながらぴょんぴょん飛び跳ねるみたいにして走りまわる様になっちゃったんだって、」
一貴:「それって、本当の話なの?」
高野:「有名な話よ、それで気になった片桐先輩が電話かけてみたら、携帯には出るんだけど、ふーっ、ふーっって、息遣いがするだけで、結局一言も話さなかったそうよ。」
三枝:「何だか、気味が悪いわね、」
兎に角延山とか言う金持ちのイケメンに藤塚が告白されているというのはどうやら本当らしい。 藤塚自身巫女でしかも何だかこういう「掟」っぽい事に関しては妙に真面目だから、同じ巫女の「お告げ」にはもしかしたら耳を傾けるかもしれない。 首堂さんが嘘だか本当だかは別にしても、もしもいつか藤塚に本当に好きな相手が出来たとしたら、僕には藤塚の恋愛を止める権利なんて無いのだし、僕が藤塚に掛けた「命令」は、近い内に解除しなければならないのは明らかだ。
ーーー
次の日……
僕は思い切って、幾つか胸につっかえている事を確認する為に、藤塚を昼休みの化学準備室に呼び出す事にした。
処が其処に現れたのは、見た事も無い可憐な美少女だった。
文華:「北条クン御免ね、遅くなっちゃった、」……藤塚は恥ずかしそうな顔で伏せ目がちに頬を染める、
一貴:「えと、一体どうしたの、何だか藤塚さんらしくないけど、」
文華:「どうもしないよ、……うん、どうもしない、」
一貴:「何だか、怖いよ、」……御淑やかな藤塚が怖い、
すると藤塚は今にも泣きだしそうな顔で、それから涙目で微笑んで、
文華:「御免ね、今までごめんね、」……こんなシオラシイ少女が藤塚文華で有る筈がない、
一貴:「どうしたの、まさか又どっかに行っちゃうとか、言わないよね、」
文華:「ううん、違うの、私反省したの。」
一貴:「え?」
文華:「今まで随分北条クンに酷い事をしてきたんだなって、…これじゃ私の事を怖いと思われても仕方ないなって、だからこれからは北条クンにも皆と同じように普通に接しようって決めたの。」
文華:「これまでの事、許してくれる?」……藤塚が、切なそうな瞳で僕を見つめる。
一貴:「別に、怖いとか許すとか、そんなのは無いよ。」
一貴:「そうじゃなくって 、なんか寂しいと言うか、僕、以前の藤塚さんは、僕にだけは本音で特別に接してくれた気がしてたから、」
文華:「今だって北条クンは特別ですよ。だって私のマスターなんですから。私が北条クンのスレイブである事はこれからもずっと変わりはありません。北条クンの命令なら、文華はどんな事だって一生懸命努力するつもりです。」……と、藤塚が優しい笑顔で笑いかける。
一貴:「もしかして、藤塚さんに、もしも好きな人が出来たのなら、仕方ないのかも知れないけど、急によそよそしくされるのは、嫌だな、」……堪えきれなくなってとうとう僕は例の延山の噂の件をそれとなく持ち出してみるが、
文華:「文華は北条クンが命令するなら、他の人と付き合うなと言うなら誰とも付き合いません。 みんなの前で北条クンと恋人の様に振舞えと言うならそうします、」……何故だか、藤塚の目が涙で潤んでいる?
文華:「もし北条クンが望むなら、文華の身体を自由にしても構わないんですよ、」……そして俯いて頬を赤らめながら言葉を詰まらせる、
一貴:「そんな事は、……命令しないよ。」
文華:「優しいんですね。こんなに優しいマスターで文華はとっても幸せです。これからも文華の事をよろしくお願いします、」……藤塚は俯いて目を逸らしたまま丁寧にお辞儀する、
取りつく島も無かった……
以前の藤塚ならタメグチを聞いた時点で「アンタ何サマのつもり!」…と罵声を浴びせかけていたはずだ。 綺麗に作り塗り固められた言葉、上辺だけの可愛らしい仕草、こんなのが本当の藤塚じゃない事はこの僕が一番よく知っている。 どうすれば良いんだろう。どうすれば戻ってきてくれるんだろう。 命令すれば以前の様に接してくれるだろうか。でもそんな事は本当に僕が望んでいる事で無いのは明らかだった。 僕はこれ以上演じられた藤塚なんか見たくも無かった。
ーーー
今日も僕は一人家路に付く ……
ほんの一週間前迄の、何だか言いがかりをつけては僕に鞄を持たせて学校の愚痴を聞かされながら一緒に帰った藤塚はもういない。 すっかり暗くなった夜の帳の底で、僕は藤塚の家の前で立ち止まってしっかりと閉ざされたままの静まり返った玄関をじっと眺める。 それで僕は携帯を取り出して、藤塚から送られて来た数十通の一言罵声メールを次々に流し読みしてみる。 藤塚は今、誰を想い何を考えているのだろう。こんなにも近くにいる藤塚の事がこんなにも遠くに感じられる事がどうしようもなく辛い、
そして、見知らぬメアドから一通の怪しいメールが届く、
件名:「こんばんは」
差出人:「22Mo1044e@……….jp」
本文:「お兄さんこんばんは、先日はお話し出来てとても嬉しかったです、あの後大丈夫でしたか? あんまりにも苦しそうだったからちょっと心配になっちゃいました。 今度はちゃんと最後迄御世話させて下さいね。 ところでお陰様で漸く理夜も無事に退院する事が出来ました、現在は自宅療養中で来週からは学校に戻れる予定です。 お兄さんに会えなくてとても寂しがっています。 もし宜しければ御見舞いに来てやって下さいね。 因に私たちの家はお兄さんの家の裏の家です。 By佳枝」
追伸:「夜中によそのお家の前でずーっと無言で立っていると一寸不審者っぽく見えちゃうので気を付けた方が良いですよ、」
一貴:「え?」……と、ふと見た裏の家の二階の窓から、
富士本佳枝が可愛らしく手を振っていた、