渋ちんは最初の席順を出席番号順と決めた。 苗字の50音順で黒板に向かって右前から並んで行くから北条は黒板に向って左の窓際から2列目の前から2番目。 そして北条の一つ前の席、伸ばせば手の届きそうな所に藤塚文華の背中が有った。
転校以来藤塚の人気は右肩上がりに昇りっ放しだった。 普通これだけ容姿端麗、清楚可憐、どうやら学業も優秀とくれば、中にはヤッカミで地味な嫌がらせの一つや二つ有っても良さそうなモノなのだけれど、……不思議な事に彼女は、男子は言わずもがな女子からも絶大な人気を得ているらしい、事実藤塚が席を立っている間に机に忍ばせるラブレターの差出人のなんと3割は女子なのだ。 そしてGW一週間前の今週月曜日、裏サイトの週間人気ランキングではとうとう森雅の連続防衛記録が105週でストップして、藤塚にトップの座を受け渡す事になった。
後輩:「藤塚先輩、」……休み時間、3人の一年生女子が藤塚を訪ねて来て、
文華:「今行くね、」……藤塚は受け答えの返事も可愛らしく席を立つ。
媚びる訳でもなく、素っ気ない訳でもなく、丁度良く甘えん坊な感じで、一寸面倒見の良いお姉さんな感じで。 決して自分に向けられた返事では無いにも関わらずその声を聞くだけで僕は何だか自然とウキウキした気分になって来るのだ。 そして僕の目の前をスレンダーな藤塚のお尻が行き過ぎる。 綺麗な長い髪の残像と一緒に何だか甘い藤塚のお尻の残り香が僕の鼻腔を擽って行く。 健全な思春期の男子にとって匂いは可也破壊力の大きい攻撃だ。 此れだけで一晩中僕の「脳の1割」が占有されてしまうだろう事は間違いなかった。 一時間の内6分、十分の内1分、一分の内6秒は、知らず知らずとも藤塚のお尻の事に思いを耽ってしまうに違いない。
ーーー
朋生:「良いなぁ、カズっち藤塚さんの後ろで、」……と、入れ替わりで朋生がやって来てお約束の様に藤塚の椅子に腰掛ける。
一貴:「朋生最近ソレばっかりだな、」
朋生:「藤塚さんの髪って綺麗だよなぁ、カズっちまさか抜けた毛を集めたりしてないだろうな?」……朋生はそう言いながら、藤塚の椅子の背もたれを愛撫する。
一貴:「しないよ、」
朋生:「何でしないんだよ、普通するだろ、本当はしてるだろ?一本で良いから分けてくれ、」
一貴:「そんな事しないってば!」…と言いながらも何時かやってしまうのではないかと自信が無い僕、
朋生:「そう言やさあ、藤塚さんでもオナラするのかな?」……と、朋生が行成り話題を変えて、
一貴:「ええっ?知らないよ、そんな事、」……いや、するに決まっているのだが、
朋生:「しないよな、いや仮にしたとしてもきっと堪らなく魅惑的な香りだろうな、」
一貴:「お前さぁ、何だか夢見すぎてるんじゃない?」
朋生:「お前さぁ、何だか藤塚さんに対して冷たくない?」
一貴:「そんな事無いよ、」
朋生:「折角後ろの席なのにさ、カズっち藤塚さんと殆ど喋った事無いだろ、」
そうなのだ、こんなにも近くに居るにも拘らず相変わらず僕は藤塚に「あの事」を確かめられずに居た。 転校した当初僕は「もしかして小学生の頃のあの不思議な思い出」の事を確かめたくて何回か勇気を振り絞って藤塚に声をかけようと試みたのだが、でもその度にタイミング悪く誰かに呼ばれて席を立ったり、携帯が掛かって来たり、それで何時しか声を掛ける事自体億劫になり始めていたのだった。
朋生:「もっと積極的にフレンドリーに話し掛けようぜ~、そんでもって仲良くなったらさ~、俺も一緒にカラオケとか誘ってみようぜ~、なあ~、良いだろ~、」……と、朋生が駄々っ子の様に一貴の机を揺らす、
一貴:「む、無理だってば、」
朋生:「頼むよ、カズっちぃ~」
元々僕は女子と接するのが苦手だった、と言うか初対面の人間と接するのが苦手だった。 別に女子に興味が無い訳ではない。 事実情動的に衝動的に藤塚をオカズに自家発電した事が無いと言えば嘘になる。 藤塚が居ない間の藤塚の席の写真を携帯で撮った事が無いと言えば嘘になる。 授業で藤塚が指されて立ち上がった時に目の前に出現した藤塚のスカートの内側を透視(妄想)した事が無いと言えば嘘になる。 でもしかしリアルな女子に話しかけるなんて事は僕にとってハードルが高すぎる。 ましてやあのアイドル顔負けの藤塚文華に話しかけるなんて事は、……
一貴:「あり得ないよ~、」……僕は、深く溜息を吐く、
ーーー
そんな妙竹林な会話を展開する僕と朋生の元へ、一人の女子が近づいて来た。
三枝:「あら、何の話? カラオケ?」
彼女の名は三枝多恵、高野晶と似たり寄ったりで一寸背は低目だが決して可愛く無くは無い。 学年一の秀才で、テストは常にトップ1or2、黒縁の伊達眼鏡は予備校の広い教室の後ろの席からでも黒板をしっかり見る為の双眼鏡だと聞いた事がある。
三枝:「そう言えば、弓月さん(注、クラスの仕切り屋の女子)がクラスの親睦深める為にボーリング&カラオケやろうとか言って騒いでたわよ。」
朋生:「何?それって藤塚さんも来るの?」……と、俄に色めき立つ朋生、
三枝:「当然でしょ、彼女が一番学校に馴染んでないんだから、彼女の為のイベントみたいな物よ。」
朋生:「俺も行きます、カズっちも行くよな、な!」……朋生、何故だか一貴の両手を掴んで激しく揺さぶり出す、
一貴:「僕、ボーリングとか苦手だし、カラオケも歌えないしなぁ、」
三枝:「あら、」……それから三枝がクスリと笑った、
三枝:「あのさ、面白い噂が有るんだけど、聞きたい?」
朋生:「何、何、藤塚さんからみ?」
三枝:「そう、藤塚さんと北条くんからみ、」
ドキ!っと、……いきなり僕の鳩尾が悲鳴を上げる。
三枝:「ある女子が統計を取ったの、転校以来どの男子が一番藤塚さんと会話をする回数が多いか。」
朋生:「暇だねそいつ、でも気になる~。」……と、俄然喰い付く朋生、
三枝:「彼女、とっても人当たりが良いから、大抵の男子と平等に接してるミタイね。 あの横田とか真島(不良グループ)とも嫌そうな顔一つせずに話してるのよ。」
三枝の目が妖しく、微笑む、……
三枝:「処で金平くん、貴方、彼女と何回話したか覚えてる?」
朋生:「さあ、二、三回かな。 前の学校の事とか趣味の話くらい。」
三枝:「それじゃ、北条くん、貴方は?」
一貴:「僕、まだ話した事ない、」
朋生:「そうなの?こんな席後ろで、もうすぐ3週間経つのに何で?」
一貴:「やっぱり変かな?」
三枝:「変よ、普通席が後ろなら、プリントを配る時とか普通に一言かけるでしょ、朝来た時とか、放課後帰る前とか、挨拶するじゃない普通。 でも彼女、北条くんとだけは一度も会話した事が無いの。」
朋生:「マジで?」……朋生、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔になっている、
三枝:「これって、今2のCの女子の間では「都市伝説」になり始めてるわよ。 もしかして二人には何か有るんじゃないかって。」
朋生:「カズっち何か変な事したんじゃないのか? 後ろの席から息づかいを荒くしたとか、」
一貴:「しないよ、そんな事、」
三枝:「まあ偶偶でしょうけど、面白いから北条くんにも是非とも来てもらいたいわ、ボーリング&カラオケ大会。」
朋生:「って、三枝さんも行くの?」
三枝:「当たり前じゃない。」
朋生:「何か、そう言うの参加しない派っぽかったけどな、一年の頃は、」
三枝:「知らないの? 人付き合いも大切なのよ、受験には、」
文華:「あのぉ、そろそろ、席良いかな?」
いつの間にか休み時間終了のチャイムが終わり、机の「正当継承者」が戻って来ていた。
朋生:「あっ、ごめんなさい。 席、温めときました。」
文華:「ありがとう~、ホント助かる~。」……と、ニッコリと微笑みながら然りげ無く冗談を受け返す藤塚は、矢張り誰がどう見ても間違いなく完璧に可愛い。
ーーー
現国の国木田が教壇に立って出席簿をチェックする。 生活指導も担当する面倒臭い30代独身だ。
国木田:「ほら、みんな早く席に着け、」……で、国木田、突然首を傾げる、
国木田:「何か良い匂いだが、化粧は校則違反だぞ、もしかして藤塚か?」
野次1:「エロ教師!」
野次2:「職権乱用だぞ!」
文華:「御免なさい先生、これ香水じゃなくって入浴剤の匂いだと思います、」
藤塚、少し照れた顔も可愛い……はず。 後ろからは見えないけど。
国木田:「そうなのか、先生嫌いじゃないけどな、この匂い。」
野次3:「やめろ、セクハラオヤジ!」
野次4:「帰れ、教育委員会に訴えるぞぉ!」
文華:「これ、イギリスに居る父が送ってくれる入浴剤で、母がお気に入りなモノだから毎日使っちゃってるんです。 匂いキツいですか? 気をつけます。」……と、何だか恥ずかしそうなトーンの藤塚、
国木田、目を閉じて感涙を抑える……
国木田:「いやぁ、許す。俺は心底許すぞ藤塚! お前は良い子だ。お父さん想いの良い子だよぉ。」
野次5:「俺はお前を許さん!」
野次6:「認めんぞぉ、お前の魂胆は見え見えだぁ!」
野次7:「お前は藤塚さんに絡みたいだけだろ!」
国木田:「黙れぇ! 授業を始める!」
イギリスの入浴剤なのか、藤塚が毎日使っているお湯の匂い、藤塚の身体の匂いと融け合って何とも言えない甘魅な薫りを醸し出す、湯船に浸かる藤塚の白い肌、たおやかな爪先、メリハリの利いたボディライン、そして温められて更に際立つ桃色の諸々、思わず妄想が僕の前頭葉から零れ出す、
と、……国木田の配ったプリントを、藤塚が僕に回して、
一貴:「あ、ありがとう、」……とうとう勇気を振り絞って僕は藤塚に声をかけた。
そして藤塚は、何事も無かったかの様に、無言のまま席を正す。
目も、合わせてくれなかった。
もしかして僕って、避けられてるの?