夏休みも一週間を過ぎたある日……
東京メトロ新大塚駅徒歩15分。 都心?と言う感じがしない混み入った住宅街、その細い路地に面した2階建てアパートの階段を僕は登っていた。
一貴:「暑い。」……光化学スモッグ警報の所為か、夏休みだと言うのに子供達の姿も疎らだ。
かなり年季の入った201号室のドアを訪ねる。
ベルの音:「ピンポーン!」
一貴:「すみませーん、」……反応がない。
一貴:「ここで 合ってるよな、」……僕はメモの住所を読み返す。
ベルの音:「ピンポーン!」……暫し待って再度ベルを鳴らす。
一貴:「今川さん? お留守ですか?」……郵便受けには名前が書いていなかった。
大きな声で名前を呼ぶのは不味かっただろうか、しかしやはり返事が無い。 しかしまさかこんな東京くんだり?迄足を運んでおいて此の侭手ぶらでオメオメと帰る訳には行かない。 はしたないとは思いながらも郵便受けの隙間からこっそり中を覗いて見る。 白い足が見える。 異臭? 蠅??が飛んでいる???
一貴:「まさか!」……僕は焦って行成りドアを開ける、何故だか鍵はかかっていなかった!
電気も点いていない暗い部屋にTシャツ短パン姿の女子大生(自称)が倒れている。
一貴:「今日姉ちゃん! 今日姉ちゃん!」……僕はお土産のシューアイスを放り出して、床に倒れた女子大生(自称)に取りすがる。
パニック!!
揺すって…良いのだろうか??こういう時って? ざんばらに乱れた女子大生の長い髪をかき分けてその口元に耳を近づける。 微かに息はしている。 熱は? …おでこに当てた手は平熱を感じる。 どうすれば良いんだ?救急車?それとも三枝?? 携帯を操作する僕の手が躊躇する。震える。
響子:「暑い…、」……意識が有る???
ーーー
5分後……
女子大生(自称)はシューアイスで息を吹き返す。 その時僕は何故だか部屋を掃除していた。
一貴:「生ゴミ放ったらかしにすんなよな、蠅が湧いてんじゃん。」
響子:「Gもいるよぉ、」……壁を真っ黒いモノが我が物顔に這い上がって行く。
一貴:「大体、なんでこんなにゴミ貯めてんだよ。」
響子:「資源物1類とぉ2類とぉ有害危険ゴミとぉ燃えないゴミとぉ燃えるゴミを分けて出そうとするとぉ、…時間がかかるのぉ、」
一貴:「うっ、」……何故だか床に大量の丸めたティッシュが散乱している。 一瞬拾おうとして躊躇する、
響子:「ああ、それ違うから、」
一貴:「えっ?」
響子:「カッチンがぁ毎日大量生産するのとはぁ、違うからぁ、」
一貴:「僕はちゃんと片付けます!」……僕は溜息をつきながらティッシュの屑を拾い集める、
響子:「むだ毛処理ぃしようとしてぇ、結局全部剃った残骸ぃ、」
一貴:「毛くらい、自分で捨てて!」……今日姉ちゃんは渋々ティッシュを指で摘んでゴミ袋に入れる、
響子:「見るぅ?」
一貴:「毛なんか見ない!」
響子:「じゃなくてぇ、つるつるの方、」
一貴:「見せたいのか!よし、見てやる!見せてみろ!」……売り言葉に買い言葉だが、まさか本当には、
響子:「ほれぇ。」……僕の目の前につるつるの縦筋が、
一貴:「いや、ごめんなさい。謝ります。しまって下さい。」……気弱な僕は目を逸らす、
響子:「昔はぁカッチンの方から見せてってぇ頼んできたのにぃ…」
一貴:「小学生の頃の話は止めにして!」
ーーー
15分後……
大きなビニール袋が3つ出来上がる。
響子:「処でぇ、何でワザワザぁこんな何も無い所迄ぇやって来たのぉ?」
見た目は美人な女子大生(自称)の今日姉ちゃんがネコのポーズで床すれすれから僕の顔を覗き込む、
響子:「そろそろ筆下ろしぃしたいとかぁ?」
一貴:「それは自分で何とかします!」
僕は藤塚から預かった書類の束を今日姉ちゃんに手渡す。
一貴:「今日姉ちゃんが藤塚さんに僕に届けさせる様に言ったんだろ。」
響子:「おおぉ、「家」の「契約」のぉ、」……今日姉ちゃんは受け取った書類をテーブルの下に放り込む、
一貴:「また! そこらに置いておくとゴミと混ざるよ!」
一貴:「あっ、」……書類を拾い出そうとしてテーブルの下からパンツが出て来る。
響子:「大丈夫ぅ、それぇ、洗ってない奴だからぁ、」
一貴:「尚悪いわ!」
ーーー
10分後……
洗濯物が発掘され、洗濯機の中へ、
響子:「疲れたぁ…」
一貴:「いや、掃除したの僕だからね、」
響子:「なんかぁ飲むぅ?」……今日姉ちゃん、冷蔵庫を開ける、
一貴:「何が有るの?」……冷蔵庫の中は「なんか」でいっぱいだった、
ーーー
30分後……
一旦空にした冷蔵庫の中身の9割を生ゴミに分類する。 唯一消費期限が切れていなかったのがビール。 それも早速開封されて缶ゴミと化す、結局庫内は活性炭だけとなった。 僕はこの部屋で唯一口に出来る製氷機の氷をかじっていた。
一貴:「明らかに自炊してないな。」……炊飯器の中からタバスコが出て来る、
響子:「あんまり見ないでぇ、カッチンのエッチぃ、」
一貴:「パンツの中身は良くて、炊飯器は駄目なのか?!」
ーーー
10分後……
今日姉ちゃんは僕が最初に訪れた時と同じ体勢で寝転がる。
響子:「カッチン、せっかく来たからぁマッサージしてぇ、」
一貴:「意味が分からない。」
響子:「何だかぁ、今朝からぁ怠いのぉ。」
僕は改めて今日姉ちゃんの顔を見る。 確かに何だか辛そう。 こんなに不摂生な生活をしていて、しかも部屋の温度は異常に暑い。 誰だって具合悪くなるだろう、
一貴:「どうしてエアコン点けないの?」
響子:「昨日の夜ぅ壊れたぁ、」
一貴:「熱中症とかじゃ無いよね、病院行く?」
響子:「病院嫌い」……昔から今日姉ちゃんは病因嫌いだった。 どんなに酷い熱を出しても頑固としてクスリを飲まず気力で直す。 それが今日姉ちゃんだ。
一貴:「しょうが無いな、やってやるよ。 何処?」
響子:「腰ぃ、背骨の横ぉ、短パンのぉバンドのとこらへん、」……見た目は美人の女子大生(自称)がうつ伏せの格好で自ら短パンをずらす。
響子:「上からぁ思いっきりぃ指圧してぇ、」……加減が分からないから最初は控えめに、そして徐々に体重をかけて行く。
響子:「うううううぅううぅうううぅぅぅ…。」……これは、気持ちいいのだろうか、痛いのだろうか?
響子:「イタキモぉ…、」
響子:「今度ぉここぉ、指でぇグリグリしてぇ…」……それから今日姉ちゃんは、短パンの裾を捲り上げて足の付け根の外側を 指差す。
響子:「ふぁあああぁぁぁぁ…。」……見た目は美人な女子大生(自称)が仰け反りながら奇妙な声を上げる。 僕は思わずそのTシャツの襟の奥を覗き込んで赤面してしまう。ノーブラ!?
響子:「き、っくうぅぅ…。」……更に見た目美人の女子大生(自称)がいきなり短パンをズリ下ろして半ケツになる。……一応、お尻の穴は見えてはいない。
響子:「次ぃ、ここぉ、お尻の横のぉ凹んでるとこぉ、」……それよりこの人僕に見られてても平気なのか?
響子:「ここぉ…」……今日姉ちゃんが僕の指をとって、そのツボに導く。
まあいいや、今日姉ちゃんだし。ご希望通りの場所に指先を突き刺して行く。
響子:「もっとぉ、強くぅ!」……ツルツルもちもちの臀部の感触、
響子:「いっ!」……見た目美人の女子大生が、こむら返りしたかの様に つま先を突っ張らせる。
響子:「くぅぅ…、」……そしてグッタリと果てる。
響子:「あはぁ、…下半身に血がぁ…循環するぅ…、」……そして起き上がると徐にTシャツを脱ぎ出す今日姉ちゃん。 全く隠そうともしない見た目美人な女子大生(自称)のピンクの乳首が思わず僕の目に飛び込んで来る。 が、ヘタレな僕はそれを直視出来ない。
響子:「次ぃ、肩甲骨のぉ下あたりぃ、グリグリしてぇ、」……今日姉ちゃんは再び寝転んで、裸の背中を指で指し示す。
まあいいや、今日姉ちゃんだし。 何だかだんだん妙な気分になってくる、
響子:「あふあふあはあふあふあぁ…」……見た目美人な女子大生(自称)がぐりぐりに合わせて奇妙な声を上げる。
ーーー
5分後……
半ケツ&下乳丸出しの女子大生が、イキ果てた格好で甘い吐息をたてる。
響子:「あ、りがとぉ…楽にぃ、なったぁ。」
一貴:「まさか、いつもこんなに無防備無警戒なの?」……僕は苦虫を噛み潰した様な顔で問いただす。
響子:「心配ぃ?」……女子大生(自称)が優しく僕に微笑みかける、
一貴:「一応、弟分としては…、」
響子:「大丈夫ぅ、こんな事ぉカッチンにしかやらせないよぉ。」……今日姉ちゃんが起き上がって抱きついて来る。
一貴:「早くTシャツ着て!」……僕の引きつった顔が赤面する、
それから今日姉ちゃん、テーブルの下から何やら取り出す。 ボイスレコーダ?
響子:「講義の録音用ぉ…」……スイッチON、
レコーダ:「痛く無い?強すぎる? もっとぉ強くぅしてもぉ大丈夫だからぁ…」
早回し:「…」
レコーダ:「カッちん、そこぉ!あはぁ、きぃ持ち…良いぃ。」
早回し:「…」
レコーダ:「ここで良いの? …お尻ぃ、凄いぃ…いたっ!あぁ…、」
早回し:「…」
レコーダ:「もっとぉ、強くぅ! …いっ!…くぅぅ…、」
早回し:「…」
レコーダ:「こんな事ぉカッチンにしかやらせないよぉ。」
スイッチOFF
一貴:「それを、…どうするのかな?」
響子:「今晩のおかずぅ?」
響子:「欲しい?」
一貴:「今直ぐ、 消去して!!!」
ーーー
本題……
一貴:「ねえ、今日姉ちゃんってさ、僕の事を護る巫女だったの?」……僕は今日姉ちゃんの膝枕の上に頭を載せて、
響子:「うーん、そう言う事にぃなっていたかなぁ?」……今日姉ちゃんは僕の耳掃除をする、
一貴:「僕、今日姉ちゃんの事大好きだった、いつも傍に居てくれて、いつも優しくて、いつも僕の味方だった、……でもそれって全部、今日姉ちゃんは役目だからやってくれていたの? 本当はどう思っていたの? 面倒臭かった? 嫌々仕方なくだった? 辛かった?」……それで今日姉ちゃんは何時もと同じ眼差しで僕に微笑んで、
響子:「あのねぇカッチン、人の気持ちは判らないよぉ、どんなに言葉を重ねてもぉ、本当の事もぉ嘘の事もぉ、」……今日姉ちゃんが指で優しく僕の髪を梳く、
響子:「カッチンがぁ、信じたい事を、信じていれば良いんだよぉ、」……僕はウトウトと目を閉じて微睡みに落ちる、まるで幼い子供が母親に甘える様に、まるで遠い日のあの日と同じ様に、
僕と今日姉ちゃんが積み重ねた十年間が仮にもし契約の下のサービスだったのだとしても、今の僕が在るのは今日姉ちゃんのお陰で有る事に間違いは無かった。
「夕飯を食べて行って」と言う今日姉ちゃんの申し出を「僕、作れないから」と丁寧にお断りする。
ーーー
夕方、メトロの駅へ向かう学生街……
気付かなかった携帯メールが34件、僕にメールをくれるのは藤塚くらい、その殆どが返信をよこさない僕への叱責だった。
丸眼鏡:「やあ、」
いきなり誰かから声をかけられて、ふと目を上げると、そこに色付き丸眼鏡の男が立っていた。 7月も終わりだと言うのに相変わらずコートを着込んでいる。
一貴:「土蜘蛛、」……僕は思わず身構える。
丸眼鏡:「今日はレッスンは無しだ、」……丸眼鏡は両掌を曝け出して戦闘意思の無い事を証明する、
丸眼鏡:「それと俺の事はせめて「海住」と呼んでくれないか。敏貴兄さんでも良いけど、」……僕は妙に馴れ馴れしい土蜘蛛の対応に混乱する、
海住:「どうだ、飯でも食わかないか?」
一貴:「か、金持ってない…。」
海住:「心配するな、奢るよ、」……丸眼鏡に連れられて学生街の定食屋に入る、
海住はレバニラ炒め、僕は担々麺を注文する。
ーーー
一貴:「もしかして、何時も僕を見張ってるの?」
海住:「まあな、」
一貴:「それで何の用です?」
海住:「この間の話の続きだ、一貴の進路相談って奴さ、」
体育祭の日に加茂理夜と富士本さんが丸眼鏡に襲われて、其処で僕は丸眼鏡が実は僕を影から護衛している式神だと言う事を聞かされた。 それに藤塚や加茂が「三船家」との取引を有利に進める為に僕を色仕掛けで誘惑して人質にしようとしている事も、……だからその誘惑に引っかかって藤塚達と親密にならない様にと忠告され、そして僕に「陰陽師」達の世界に還るか、これ迄通り普通の高校生としての生活を続けるのかを選べと問われたのだった。
一貴:「僕はまだ貴方を完全に信用した訳ではないです、」
海住:「賢明な思考だと思うよ、だが俺に言われなくてもソロソロ自分でどうするかを決めないとイケナイ時期だとは思わないか?」
確かにこの先藤塚と一緒に居ようとすれば、これ迄と同じ様な普通の生き方は出来なくなる。 それが母親や友人にどれ程深刻な影響を与えるのかも判らない。 そしてなによりも、それを望んだとしてもどうすれば実現出来るのかが全くイメージ出来ない。
海住:「別に勧誘する訳じゃないが、やりがいの有る仕事だと思うぜ、映画の007みたいなもんだ、政治家や宗教家がどんなにお題目を唱えても世界は変わらない。 実際に世界を動かしているのは俺達なんだ、」
海住:「それに一貴は元々はそう言う生き方を運命付けられていたはずだった、まあ三船の直系なんだから当然だろう。 だから今の生き方の方が歪だとも言えるし、それが故に今川や藤塚みたいにお前に人生を捧げる事を宿命付けられる人間も出て来る訳だ。」
そこへ、レバニラ炒め定食が到着する。
海住:「食うか?」
一貴:「いい…、」……僕は、それどころじゃなく混乱していた、
僕が今の暮しを始めたのは一体何時からだっただろう? 小学校低学年の頃に父が海外転勤して神奈川に引っ越して来て、その時には隣には既に今日姉ちゃんが住んでいた。 その時今日姉ちゃんは同じく小学生だった筈だ。 父が死んで葬式で京都の親戚の家に行った時、一人抜け出した小さな神社で最初に藤塚に出会ったのが小学校四年生の時だ。 二人はその時から、僕に関わる為にその為だけに自分の人生を他人に決められて来たと言うのか?
一貴:「でもそれが本当なら、僕はどうして普通の高校生として生活しているんです?」
海住:「それが君のお父さんの遺言だったからな、君とお母さんを危険な生活から遠ざけたかったんだ。」
そこへ、担々麺が運ばれて来る。
海住:「おっ、美味そうだな、一口もらって良いか?」
一貴:「…うん、」……僕は更に混乱する、
父親の記憶は殆ど無い、一緒に暮らした記憶が無いからだ。
一貴:「父は、式神だったの?」
海住:「そうだ、俺の師匠でもあった。 だから無理にこっち側に戻って来いと言うつもりは無い。 でもそのつもりなら、一貴の方から関わり合いになるのは止せ、」
海住はそれだけ言うと立ち上がる。 いつの間にかレバニラの皿はすっかり空になっていた。
海住:「ここの勘定は挨拶代わりだ、ま、ゆっくり食って行ってくれ、」
色付き丸眼鏡はそれだけ言うと、無防備な背中を晒しながら店を出て行った。