043「非日常への帰還」
京都の祖父の屋敷から神奈川の家に戻った日の23時過ぎ……
母親は何時も出勤が早いのでこの時間にはもうぐっすりと眠っている。 僕はそっと階段を忍び足で上がって元自分の部屋、藤塚の部屋をノックする、……返事が無い、もう眠ってしまったのだろうか。 そっとドアを開けてみると、藤塚はパジャマ姿で床にアヒル座りして髪の手入れをしていた。
文華:「入って来ないで、」
一貴:「どうして、戻って来たの?」……藤塚は何も答えない侭、僕に背中を向けてしまう。
一貴:「もしかして未だ三日月との契約の事を気にしているならさ、…」
文華:「言っとくけど私、アンタの事未だ赦してないから、」
一貴:「どうして僕が赦されないといけないのさ?」
文華:「そう言う事言ってる内は絶対に口利いてあげない、」
一貴:「判らないよ、もっと判る様に話してよ、」
文華:「出て行って、でないとお母さん呼ぶわよ、」
僕は混乱する。 この状況が既にカオスだが藤塚の気持ちはもっと分からない。 僕の所へ来たと言う事は、早乙女では無く僕を選んでくれたと言う事なのだろうか、それならどうしてこんな風に機嫌が悪いんだ? 僕が何か機嫌を損ねる様な事でもしたのか? 今回に限って言えば全然身に覚えが見当たらない、一体僕の事が好きなのか嫌いなのか丸っ切り分からない。
ーーー
それで学校では今までと何ら変わりが無い様に見える。 以前と同じように東郷と楽しそうにじゃれ合って、男子から羨望の眼差しを向けられて、後輩の女子から夏休みのお土産をもらって、
東郷:「休み何処か行ったの?」
文華:「どこも、親戚の家くらいかな、」
東郷:「やっぱりイギリス?」
文華:「ううん、京都……、さえちゃんは?」
東郷:「私、社会人の人達と一緒にお茶の教室に通ってたんだ、」
文華:「お茶?」
東郷:「うん、お茶と一緒に食べる和菓子が凄く美味しいんだよ、文華ちゃんもやってみない?」
文華:「へー、面白そうだね、」
始業式の終わりに、生徒会長副会長が藤塚を呼び出しに来る、
文華:「生徒会を手伝ってもらえないかって頼まれちゃった、どうしよう?」
東郷:「そう言えばふみかちゃんってこれ迄部活とか何もやって無かったよね、どうしてなの?」
文華:「うん、家の引越とかで忙しかったんだけど、最近少し落ち着いて来たし、ずっと家に居てもつまらないから何かやってみようかな、」
東郷:「生徒会かぁ、何だか文華ちゃんに似合いそうだね、」
文華:「そうかなぁ、私結構ズボラだよぉ、」
それで三枝が僕に話しかけてくる、
三枝:「久しぶり、」……一ヶ月一寸ぶりに見た秀才は、もしかして化粧してる?
一貴:「眼鏡やめたんだ、」
三枝:「あら、もともと伊達だったの知ってるでしょ?」……元々の面影が見る影も無い位、三枝は可愛くなっていた、
一貴:「黒沢君とは上手く行ってるの?」
三枝:「私が恋愛如きでしくじると思ってるの?」
一貴:「三枝が言うと何だか怖いな、全部計算づくみたいで、」
三枝:「失礼ね、そう言うカズキはどうだったのよ、」
一貴:「何だか座礁中、」
三枝:「あらあら、早くも倦怠期?」
そこへ高野が寄ってくる、
高野:「北条クンは私の味方だよね!」……って?
一貴:「行成りそれってどう言う意味?」
三枝:「また旦那と喧嘩したんでしょう、」
高野:「三枝、ちょっと聞いてよぉ!」
朋生乱入、
朋生:「アキラ〜、いい加減赦してくれよぉ、」
高野:「嫌、近寄らないで!」……で、何処かへ逃げて行く高野、で、追いかけて行く朋生、
一貴:「何やったんだ、朋生の奴、」
三枝:「まあ、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うからね、」
ーーー
ホームルーム終了後、210cmの巨体が背後から覆いかぶさって声を掛けて来た、
早乙女:「一寸良いか?」……僕は誰も居ない屋上に呼び出されて、……途中廊下で一年生の女子達にクスクス笑われた事は、気付かなかった事にしよう、
一貴:「怪我はもう良いの?」
早乙女:「ああ、それより北条、親方様(三日月)の式神になる事に決めたんだってな、」……早乙女は狭い天井から解放されて思いっ切り背伸びして首をコキコキと鳴らす、
一貴:「うん、」
早乙女:「まあ、当分は俺が面倒みてやるから心配スンナ、」
一貴:「ありがとう、」
早乙女:「礼を言うのはこっちの方だ、お陰で任務完了、成功報酬も入ったし次回の契約時のポイントもアップだ、何よりも面子が立ったしな。 代わりに良いものを見せてやろう、」……そう言って早乙女は左腕の袖を捲ると、
早乙女の前腕は手首から肘までが作り物になっていた。
早乙女:「怖がらせるつもりじゃないがこういう事も覚悟しておいた方が良いってそう言う意味だ、」……先日「裏」の式神の自爆に巻き込まれた傷跡に違いなかった、手首のサポーターで上手く隠せては居るが、……体育の授業では物議をかもしそうだな、
一貴:「大丈夫なの?」
早乙女:「ああ、粉砕骨折と筋肉の断裂、皮膚も圧し潰されて再生が困難だったんでな、それで手っ取り早く代わりを付けてもらったって訳だ、ちゃんと指も動く、」……それで、早乙女が手首を反らせると、今度は前腕部の側面から大型のククリナイフが飛び出した!
早乙女:「お蔭でこういう特典も付いて来た、」
一貴:「す、凄いね、」
屋上から見下ろす校庭では早くも体育会系部活の練習が始まっている。 自分にはあんな風に普通の高校生の生活を送る日常はもう訪れないのだろうと思うと、ほんの少しだけセンチな気分になってしまう、
一貴:「ねえ、文華の事好きだったの?」……僕は、胸につかえていた事を聞いてみる、
早乙女:「ああ、勿論俺達がどうにかなる事が無いのは分かっていたけどな、」……巨人は屋上のフェンスに靠れて照れ臭そうに笑った、
藤塚は、早乙女の事を愛していたの?……そんな事聞ける訳が無くて、僕は喉元迄引っ掛かった言葉を無理矢理飲み込んだ、