僕達は最寄駅で集合して、そこから山の手に向って徒歩15分、
八木:「お邪魔します、」……渡辺と書かれた表札の門を潜る、
ちょっと郊外のかなり大きな一戸建て、150坪はありそうな敷地を監視カメラ付きの長い塀がぐるっと取り囲んでいる。 それで母屋の玄関と一体化したガラス張りディスプレイガレージ、おそらく実走経験のなさそうなピカピカのVmaxと専用工具箱が見目美しく展示されている、
東郷:「凄〜い、これって渡辺君のバイク?」
渡辺:「まさか〜、俺はペダルバイセクル専門だから、これはお袋のプラモデルみたいなもんだな〜、」
で、家に上がると長い廊下に面したパティオは一寸したバラ園になっている、
八木:「おしゃれ〜、家の中に庭があるんだ!」
渡辺:「親父の趣味でね〜、せっかく庭があるのに他の事には一切使えないから不便っちゃ不便だよ〜、」
そして壁には自転車がぶら下がってる、
東郷:「あ、これ知ってる!イタリアのロードサイクルでしょ、凄く高いんじゃないの?」
渡辺:「よく知ってるね〜、ビアンキって言うんだ、こいつは今じゃ飾ってるばっかりだけどね、今の足はタイムかな、フレームの剛性が自分に合ってるって言うか、乗ってて楽しいんだよね〜、」
用賀:「タイヤ空気抜けてるみたいだぞ、」……遠慮なく触ってるサッカー部レギュラー、
渡辺:「ああ、生ゴムだからね〜、乗る前にちゃんと整備するから大丈夫だよ、」
八木:「渡辺君ってお坊ちゃまだったんだね、」
渡辺:「大した事ないよ〜、でも自転車って身近にあんまり趣味の合う人がいないからちょっと寂しいんだよね〜、興味あるなら色々教えるから一緒にやらない?」……一同スルー、
二階に上がるとリビングダイニングも広い、25畳位はありそう、リビング側の端っこには壁一面のプロジェクタ用スクリーンとBoseの5.1チャンネルスピーカーホームシアターシステム、それで片側の壁はパティオに面した全面ガラス張りでさっきのバラ園が見下ろせるようになっている、ダイニング側の端は広い対面式のキッチンと繋がっていて、既に下ごしらえの済んだ鍋の材料が大皿にきれいに盛り付けられてあった、
東郷:「凄い本格的!これ全部渡辺君が準備してくれたの?」
渡辺:「うん、移動時間無い分暇だったからね〜」
東郷:「私も少し持ってきたんだけど、混ぜると美味しくなくなりそうだね、」
渡辺:「そんな事ないよ〜、きっと美味しいから一緒に食べよう、」
それで火鍋用の鍋が出てくる、白いスープと赤いスープ、太極拳で御馴染みの太陰太極図の形に二分割された鍋で二種類の出汁が同時に楽しめるようになっている。
渡辺:「うちって何かとパーティする事が多いからさ〜、何でも一通り揃ってんだよね〜、」
で、渡辺が文華を席に誘導する、
渡辺:「あ、藤塚さんは此処に座って、悪いけど鍋奉行手伝ってくれるかな〜」……自分で言っちゃうんだ、鍋奉行、
東郷:「お出汁は何で取るの?」
渡辺:「あ、出汁は予め別に作っておいたのが有るから、温めるだけで大丈夫だよ〜、」
八木:「椎茸の傘の切れ目が花みたいだね、凄い凝ってる、」
渡辺:「これからしめじが美味しくなる季節だよね〜、親父の知り合いが自分の山で採れた茸を沢山くれたんだ、本当に美味しいから食べてみてね〜」
用賀:「一応昆布ツユとか持って来たけど、使うか?」
渡辺:「出汁で味がついてるけどツユはお好みだね〜、薬味は色々揃ってるから自由に組み合わせて使ってくれれば良いよ、」
文華:「渡辺君って料理詳しいんだね、見直しちゃった、」
渡辺:「今時は男も料理できるのが基本だと思うな〜、女子が自立できるようにお互いにサポートできる関係っていうのかな〜、」
八木:「えらーい!」
で、いい具合に鍋がグツグツ煮えて来る、
東郷:「カズくん、ほら出来たよ、」……で、まるっきり料理なんてコテンパンな僕は、行きがかり上東郷に全部面倒見てもらってる、……だって仕方ないよね、文華は渡辺の隣だし、
八木:「美味しい、」……なんで泣きそうになってる?本当に其処迄美味いのか?
渡辺:「沢山有るからドンドン食べてね、」……って、自分の箸使って文華の取り皿にひょいひょい餌を載せるのは止めろ〜!
文華:「ほんとだ、これは美味しいわ、」……おい文華!クラスの男子と一緒の鍋つつくの嫌がってたのは一体どうなったんだ〜!
一貴:「トイレ借りていい?」……何だか無駄にエネルギーを消費した気がする、
渡辺:「男子は一階に下りて廊下の突き当たり、女子は二階のトイレを使ってね〜、」……今日程自分の嫉妬深さを痛感した事は無かった、目の前で文華が他の男にチヤホヤされるのがこんなに辛いなんて思わなかった、
ーーー
次の日学校で、
東郷:「カズ君、ちょっと協力してほしい事があるんだけど、」……と東郷が僕の肩の袖を引っ張る、それで呼び出された家庭科教室、
東郷:「実はさ、渡辺君から相談されてるんだけどぉ、彼、文華ちゃんの事が好きになっちゃったんだって、それで…」……要約すると、渡辺は鍋パですっかり気を良くして修学旅行まで待てなくなって、文華に告白したいと東郷に相談したらしい、それで東郷は快く引き受けて僕にも協力して欲しいと持ちかけて来た訳なのだが、……最早これ迄か、
一貴:「ごめん東郷さん、今まで黙ってたんだけど、僕、藤塚さんと付き合ってるんだ、」
東郷:「エーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、」(約15秒)
東郷:「驚天動地だよぉ、…文華ちゃん何も教えてくれなかったから、どうしよう、渡辺君には事情を説明して諦めて貰うしかないかなぁ、」……何だか本当に申し訳無さそうな東郷冴子、
東郷:「ごめんねぇ、私余計な事しちゃったかなぁ、」
一貴:「別に東郷さんの所為じゃないよ、」
で、メールでその件を文華に連絡する、
一貴メール:「…って言う事らしいから、放課後きちんと渡辺には僕から説明するよ、」
文華メール:「やっぱりそういう事か、この間から冴子の様子が何か可笑しかったのよね、何だか無理やり渡辺とくっつけようとするし、……許婚だって事も言っちゃうの?」
一貴メール:「それは未だ良いかな、どうしてって質問攻めに遭いそうだし、」
文華メール:「そうだね、」
ーーー
で、放課後、僕と文華と東郷は渡辺を家庭科教室に呼び出して事情を説明する、
渡辺:「俺、諦めないから、俺が藤塚さんの事を好きだって気持ちはどうにもなんないし、まだまだこの先何がどうなるかなんて未来の事は判んないし、悪いけど二人が別れるまで俺がずっと藤塚さんの事を好きでい続けることができれば俺にだってまだチャンスあるかも知んないし、それまで俺が藤塚さんにアピールし続けるのは誰にも文句言われることじゃないと思うし、」……何だか夏休みの自分を見ている様で辛い、で、チラッと覗き見た文華は、……
……って、なんでそんな満更でもなさそうな顔で照れてるんだ!
一貴:「悪いけど、文華は絶対渡さないから、」……で、ついつい独占欲が出ちゃった、
渡辺:「北条さ、恋愛経験乏しいの見え見えだけど、そういう女の子を自分のモノみたいに縛り付けるのって良くない、藤塚さんが決めるべき事だろ〜、どっちが先かって言う事より、どっちがふさわしいかって言う事が大事、誰といた方が幸せになれるかって事だよ、」……で、それを聞いた文華は、……
……って、なんでちょっと困った風な顔で赤くなってるんだ!
文華:「ごめんね、私の所為で二人が喧嘩するのはちょっと嫌だな、」……って、この状況を楽しんでないか?
渡辺:「俺の方こそゴメン、今は未だ友達で居てくれるだけで良いんだ、何時かそれ以上の段階に進めるチャンスが来たら、もう一度キチンと告白するよ、それって良いかな?」……良い訳ないだろ!
文華:「うん、」……って、何で何だか少し照れた風な感じになってんだよ!!!!
ーーー
その夜、布団の中で、
一貴:「思わせぶりな態度は止めたら、絶対可笑しいよ、」
文華:「だってぇ一貴がムキになって可愛い事言ってくれるんだもん、」……ってニヤニヤ、
一貴:「もう絶対に言わない!」
文華:「もしかして妬いてるのかな?」……ってニヤニヤ、
一貴:「なんで僕が渡辺に嫉妬しなきゃいけない訳? 僕は文華の夫だよ、」
文華:「ふーん、その割には夫らしい事してもらった事ないけどなぁ、あ、泣きながらエッチさせて下さいって頼んできた事くらい?」
一貴:「もう知らない!勝手にすれば、」……僕は怒ってるんだ、そう、怒っても良い筈だ!
文華:「えー、渡辺に激しく迫られて私の心が動いちゃったらどうするのぉ? あ、もしかして一貴ってそういう趣味の人?……一貴さんがどうしても渡辺クンと付き合えって命令するなら、そうしますけど?」
一貴:「絶対に止めてください、」……一瞬の内に僕は全面降伏する、
ーーー
で、眠れない夜が明けて次の日、高野と三枝が僕の席に寄って来た、
高野:「北条君、一寸不味い事になってるわよ、」
一貴:「不味いって、もしかして藤塚さんの事?」……別に渡辺には口止めした訳じゃないから、僕達が付き合っている事が学校中に広まっていたとしても仕方が無いし、もう構わない、
高野:「うん、最近裏サイトの裏投稿記事見た?」
一貴:「……裏に裏があるの?」
高野:「その調子じゃ未だミタイね、ほら見て、」……高野のスマホには文華とデートする僕の写真が写っている、あの江ノ島デートの時の写真だ、キスしてる処まで、こんなの何時の間に撮られてたんだ?
三枝:「これは一寸不味いかもね、」
一貴:「どうしてさ? 三枝だって黒沢とキスくらいした事有るんじゃないの?」……何時に無くヤサグレている僕、
三枝:「私と藤塚さんじゃ、全然事情が違うわよ、」
高野:「藤塚さんって、これまで誰とも付き合わないからって言って皆の告白を断り続けてきたのよね、北条クンと付き合ってる事がばれちゃったら、これまでフラれた男子がやっかみで何か嫌がらせをし掛けて来るかも知れないわよ、」
三枝:「それに今迄は藤塚さんは真島クンが狙ってるって噂が有ったから誰も手を出さなかったのよね、それがカズキが相手なら自分にも可能性があるってアプローチ掛けて来る人が増えて来るって事よ、渡辺くんミタイに、」……って、渡辺の事もう知ってるんだ、
一貴:「でも高野サン、僕が藤塚と付き合っている所はスルーなんだ、」
高野:「そんなの疾っくの昔から知ってるわよ、もしかして気付いてないとでも思ってたの?」
一貴:「思ってた、」
三枝:「言っとくけど私は誰にも言ってないわよ、」……いや、信用してます、
高野:「兎に角、藤塚さんの事注意して見てて上げた方が良いと思うよ、」
一貴:「…有難う、」
ーーー
そしてとうとう、渋ちんがやって来た、
渋谷:「北条、藤塚、一寸職員室迄来てくれるか、」