055「停学」
早朝練習、
宅間:「丁度良い機会だからそろそろ発勁の練習に入ろうか。」……一週間の停学を喰らった事を告げると宅間がそう切り出した、
一貴:「発勁って、漫画の主人公が掌からオーラみたいなのを出すアレですか?」
宅間:「発勁というのは効果的に相手に威力を伝える為の技術の事だ、残念ながらスーパーヒーローの必殺技とは違う、凄く簡単に言えば相手を撃つと言うのは歩く力を相手にぶつける事だ。 ふらっと歩いて行ってドンと相手にぶつかる。 言って見ればこれが最もシンプルな発勁かも知れないな、」
一貴:「体当たりですか、」
宅間:「まあそうだ、敵に当たる部分が腰か背中か肩か肘か掌か指先か、様々あるが根本は同じだ。 大切なのは如何に自分の歩く力を効果的に余すところなく相手にぶつけるかと言う事だ、」
一貴:「歩く力って何なんですか?」
宅間:「人間の身体から発せられる筋力を効果的に相手にぶつけようとする時、足で踏みしめる地面の反発力を利用するのが手っ取り早い。 つまり足から指先迄の筋力を総動員するって訳だ。 これが要するに歩く力、」
一貴:「蹴る、じゃないんですか? 地面を蹴るって良く言うじゃないですか、」
宅間:「ふむ、まあ同じ事かな、ただキックにしてもパンチにしてもどうしても伸びきった状態、完全固定された状態のイメージを持ちがちだ、しかしこれでは筋肉は最大限の力を発揮できない。 完全に伸びきった状態のバネはそれ以上力を発しない、その状態で相手に伝えられるのは自分の質量×速度分のエネルギーだけだ。 それに間接を固めると身体の其処此処で折れ曲がりができ易くなって、容易に相手に力を逸らされる事にもなる、」
宅間:「力いっぱいに手を伸ばしてみな、曲げられない様に関節を固める感じで、」……で、ぐっと伸ばした僕の手に横から軽く宅間が手を添える、それでいきなり!腕を揺すられたと思ったら、
一貴:「……っと、」……その侭身体ごと蹌踉めいて、ヨタヨタと撥ね飛ばされた、
宅間:「それじゃ今度は、前にやったみたいに力を抜いた感覚で腕をのばしてみな、ふわっと放り投げるみたいに前に出してみろ、と言うのが判りやすいかな。」……やってみる、先ほどと同じ様に宅間が横から手を添えて来るが、今度は肩から先だけが押曲げられただけで身体はその侭姿勢を保った侭だ、
宅間:「つまりこう言う事だ、」……???
宅間:「じゃあ、今度は思いっきりパンチしてみな。 俺の顔面に力一杯ねじ込むつもりで。」……で、言われた通り思いっきり撃ち込んだ右拳は、軽く添えられた宅間の掌の圧力でいつの間にか上半身ごと跳ね返されて、
一貴:「…うぉっ…と、」……僕はその侭後方に吹っ飛ばされた、
宅間:「つまり固まった身体をぶつけると簡単に方向を変えられるって訳だ、一つ目の要訣は身体を固めない事、此処迄は良いか?」
一貴:「ハイ、」
宅間:「二つ目の要訣は、前にも言ったが、相手に力を伝えるには何よりも姿勢が大事だ。 人間の骨格、筋肉には構造上相手の反力に耐えやすい姿勢と耐えにくい姿勢が有る。」
宅間:「俺に向って正面を向いて立ってみな。 それで上半身だけ捻って右肩を前に向けてみるんだ、」……で、僕の肩を宅間が横から押す。 ぐんと、揺らされて一瞬蹌踉めくが、左足でナントカ踏ん張る事ができる、
宅間:「今度は、俺に対して真横を向いて立ってみな。 それで、顔だけ俺の方を見る、」……その肩を再び宅間が横から押す。 当然、押される侭に蹌踉けてトタトタと転びそうになる、
宅間:「つまりそう言う事だ、相手に拳を撃ち込む時に、骨盤が相手の横を向いていたら、簡単に身体ごと力を反らされてしまう、」
宅間:「それともう一つ。 今度は歩きながら俺にパンチしてみな。」……その撃ち終わりを宅間に止められる。 腕を掴まれてその侭の姿勢で固定、
宅間:「この時に、自分の膝よりも前に重心を出しては駄目だ。」……確かに、前足に体重が乗って自然と前のめりになっている、
宅間:「今度は俺も後ろに下がるから、追っかけながらパンチを打ってみて。」……で、後ろ足で後退する宅間を歩いて追いかけながらパンチする。 そのパンチに軽く触れた宅間の手に、何故か引き摺られて僕はそのままヨタヨタと転びながら前転してしまった、
宅間:「自分の膝よりも前に出ると、堕されたり引きずり込まれた時に踏ん張れない訳だ。 自分の力を支える足、前足でも後ろ足でも構わないが、とにかくどちらか片足を主にして、その足で立って力を発し、反対側の足はいざという時の支え棒だとイメージする。 ちなみに前足に重心を置く立ち方を中国拳法では弓歩ゴンブウ、後ろ足に重心を置く立ち方を虚歩シェーブウと言う。 歩くと言うのは、基本的にはこの虚歩と弓歩の繰り返しで行う。 虚歩のイメージは、そうだなサッカーのインサイドキックでボールを蹴る感じに近いかな 。」
宅間:「そしてもう一つ要訣を付け加えると、歩くと言う事は倒れると言う事にも繋がる、倒れる前に足を前に出し続けると歩くという事になる。 人間が何故立っているかと言うと、倒れて歩く為と言っても過言ではない。 その時に重要なのが、足首の柔軟さだ、足首が固まっていると、さっき言った万全の状態で倒れる事が出来ない、」
宅間:「竹馬に乗った事有るか?」
一貴:「いいえ、」
宅間:「まあ、良いか、じゃあ、何時もの身体に軸を作る立ち方で姿勢を正して立ってみな、それで膝と足首を緩めて、踵を少し地面に押し付ける感覚で、」……途端に身体が前に倒れそうになって、自然に片足が一歩前に出て転ばない様に支える、
宅間:「そうだ、その時に前に出た脚の膝を固めなければ、ドンドン前に転がって行くからやってみな、」……確かに、ヨタヨタとおぼつかないが、特に歩く力を意識しないのにドンドン転がって、結果的に勝手に?前に進んで行く、
宅間:「同じ要領で後ろに後退するともっと判り易い、」……確かに確かに、トタトタと後ろに転びそうになるのを転ばない様に足を出し続ける、これは、もしかすると後ろ歩きでは最速の部類に入るかも知れない、
宅間:「それが無駄な筋力でジャマされずに歩く要訣だ、古武術の用法に近い、」
宅間:「凄く大雑把に言えば、今言った操体法の組み合わせが発勁にとっての要訣な訳だ、判ったかな?」
一貴:「すみません、さっぱりです、」
ーーー
練習の後、宅間が僕と万絢に冊子をくれる、
宅間:「一回目の実地研修のお知らせだよ、日時は一週間後、現場は現在選定中だ、一晩、先輩について簡単な結界調査の仕事をやってもらう事になる、」
一貴:「結界調査ですか?」
宅間:「身辺警護するクライアントの周辺に、呪術に使用する器械が仕掛けられていないかチェックする仕事だな、まあ新米は皆こういう地味な仕事から始めるんだ、」……冊子を眺める万絢は黙った侭で、何だか元気が無さそう?
ーーー
文華家庭教師による受験勉強中、
一貴:「ねえ、万絢って何だか最近落ち込んでないかな?」
文華:「誰にだって憂鬱な時位あるわよ、私なんかしょっちゅう、……私の場合は大体旦那様の所為だけどね、ほら此処間違ってる、」……文華が僕の問題集の回答欄を定規で突く、
一貴:「はい、スミマセン、」……何故かしら何時の間にか僕の机には大学受験用の赤本が積み上がっていた、
文華:「ああ、もしかしたら検定試験の結果が良くなかったのかな、ランク上がったのなら報告してくる筈だしね、」
一貴:「試験って?」
文華:「組合の公式ランクの試験、年に二回夏と冬に受けられるの、……もう受けなくって済むと思うと清々するわね、これもカズキのお陰ね、キスしてあげよっか?」……言いながら文華が僕の頬っぺたをぺろっと舐める、
一貴:「どんな試験なの?」……舐められた所を手で擦って匂いを嗅いでみる、
文華:「学科と実技だけど、まあやの場合は巫女だから学科の比重が大きいわね、」……それで文華が定規で僕の頭をバンバン殴る、
文華:「結構難しいわよ、心霊現象の分類とか、最新脳科学から見たオカルトの解釈とか、最近の流行は「依り代の交信能力と遺伝の関係」だったかな、」
一貴:「何だか高野が聞いたら泣いて喜びそうな話だけど、呪いとかお化けとか本当にあるの? 文華や富士本さんを見る限り、呪術って薬とか機械で科学的に人間の脳に幻覚を見せている様に思ってたんだけど、」
文華:「今はね、でも昔、言葉が無かった時代の意思疎通手段って全部幻覚だったと思う? 言葉を持たないのに群れで生活している野犬達はどうやってコミュニケーションしてると思う? テレパシーを科学的に研究している人たちって今でも結構居るのよね、失われた能力を取り戻すって研究分野もあるくらいよ、」
一貴:「ふーん、」
文華:「まあカズキの場合はそんな事よりも先ず一般教養の底上げが先ね、英語、数学、物理、化学、歴史、」……指折り数える文華、
一貴:「聞いてるだけで憂鬱になるなぁ、何で式神が英語勉強しないといけないんだ? おかしくないか?」
文華:「最近の政治は日本の中だけじゃ収まらないからね、当然政治家を裏から支える私達にも英語は重要なのよ、うちの親がわざわざイギリスで学校やってる理由もそういう事みたいよ、」
一貴:「文華の両親かぁ、挨拶しに行かないといけないよな、」
文華:「訓練校に入学すれば嫌でも会えるわよ、宜しく言っといてね、」
一貴:「その事なんだけどさ、僕がイギリス留学したら文華はどうするの?」
文華:「考え中、……カズキはずっと寮生活だしね、私が今更学校に戻るのも無理だし、でもできるだけ近くには居たいからロンドンの母さんの所に行ってようかな、そうすれば休みの日位は会えるかも知れないしね、」
一貴:「うん、それが良いな、2年間も合えないのは厭だ、って言うか心配、」
文華:「いやぁ、私モテるからね〜、放って置くと誰かに攫われちゃうかもよ、」……言いながら定規で僕の乳首を突っつく、
一貴:「洒落になってないから止めてよ、」
文華:「ほら、ここ間違ってるぞ!」
一貴:「はい、スミマセン、」