万絢:「また喧嘩したの?」……朝から一言も僕と口を利かない文華の背中を眺めて情けなさそうに万絢が呟く、
万絢:「こっちに迄とばっちりが来るんだからもうちょっと気をつけてよね、」……最近何だか万絢が冷たい。 文華と喧嘩したのは全面的に自業自得なので何一つ言い返せないのだが、以前は敬語で話しかけてくれていた万絢が最近は何だか言葉の端々に棘がある、様に感じる。 何かで機嫌を損ねて嫌われてしまったのだろうか? もしかして万絢が入った直後のトイレの匂いを嗅いだ件? 年頃の女の子の気持ちは難しい、それともこれが反抗期と言う奴だろうか?
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僕は一人きり部屋で貯金箱の中身を数えてみる(文華はリビングに行ったっきり戻って来ない)、7月から貯め始めて今貯金箱の中には16000円ちょっと、来週で9月も終わり、25日には給料が入って26日には小遣いがもらえる、減額されないことを期待して、9月分の小遣いから5000円10月分からも5000円貯金できたとして合計26000円位、文華の誕生日が11月11日だから、その時に玩具でもいいから指輪を買ってあげたい、所謂婚約指輪と言う奴だ。 文華がどうして僕を選んでくれたのか、そんな事を考えるのはもう止めた、僕が文華を手放したくないのだ、その為になら出来るだけの事をしたい。 喧嘩中だからこそ余計に文華の事が愛おしくなるなんて、以前の僕には想像すら出来なかった、
携帯にメールが届く、
誰だろうかと見ると、気づかない内に何件か届いていた。 三枝から冷やかしのメールが2件、朋生から励ましのメールが1件、東郷からは謝罪メールが5件、何だか今回の僕達の停学が自分の所為だと思っているらしい、それと、横田?
一貴:「横田?」……学校の総番が何で僕にメール? そういえばGWのカラオケパーティでメアド交換したっけか、
メール本文:「真島が復帰した、もう学校に戻るつもりは無いらしいが、虎狼には顔を出しているようだ、逆恨みでお前と藤塚に復讐することを考えているから気をつけろ、」
復讐? 一体何をするつもりなんだ? まさか文華が真島ごときにどうかされるとは思えないけれど、虎狼というのはその筋の人間には有名な新進気鋭の戦闘的営利団体で金の為にならかなりアクドイ犯罪も犯すらしい、気をつけるに越した事はないか、
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夜の練習では対敵練習に取り組み始めていた、
とは言っても取り敢えずは技を受けるだけだ、もちろん手加減して撃ってもらうのだが、予想や気合の隙をついて衝撃が浸透するので堪え切れなくて結構辛い、ジュルっと液体状の金属が皮膚の中に浸透してくるみたいな違和感があって、何度も本気で吐きそうになる、
宅間:「とにかく打たれ慣れて置く事が大事だ、」
一貴:「そんなに思い切り打たれていないのに堪えられないのはどうしてなんですか?」
宅間:「堪えていない瞬間に打っているからだ、人間気合を入れて身構えていれば、結構な衝撃にも耐えられるものだ、だから気が抜けた瞬間に威力を透徹させる必要が有る、指先や掌を相手に触れた段階ではまだ威力は発せずに、相手の反応を伺いつつ、ふっと気の抜けた瞬間に合わせてゼロ距離から威力を発するんだ、」……で、実際にやってみる、
一貴:「ぐふっ、」……当然、的は僕、
宅間:「所謂中国拳法風に言えば寸勁と言う奴だ、相手の力に押し負けない姿勢と、体の中の筋力の発し方を習得すれば、それほど難しい技ではない、ちょうど良い機会だから、簡単な発勁法を試してみようか、」
宅間:「足裏を地面に付けた侭でジャンプしてみな、いいか、足を地面から離さない事が肝要だぞ、浮かび上がってしまったら自分の体重以上の力は発揮できなくなるからな、」……僕は言われた通りにその場ジャンプを足裏を地面に付けた侭でやってみる、
宅間:「足裏から力が肩に登っていくイメージで、肩まで上がったら、その勢いをその侭掌に伝えるように腕を伸ばすんだ、イメージはバスケットボールのチェストパスの要領だな、体全体のバネを使ってボールを押し出すみたいに、そう、其れを前ではなくて両手を左右に真横に突き出すように放り投げる、足裏からバネを伸ばして腰から胸を押し上げて、その勢いの侭両腕を左右に開いて放り出す、」……何だか肩がほぐれる感じで気持ち良い、
宅間:「そうだ、其れが出来るようになったら、其れをシリーズの動きでなくて一瞬で同時にやるんだ、シリーズの動きにすると相手にぶつかるのは結局腕の先だけっていう事になる。足裏から全ての筋肉を使うにはこれをいっぺんにやる必要がある。 硬くならない様に注意しろ、体を固めると威力は伝わらない、曲げられる、逸らされる、」……微調整されながら100回ばかり繰り返してみる、
宅間:「よし、じゃあ今のを、俺の胸に掌を乗せた状態からやってみな、」……で、宅間の胸板(結構厚い)に掌を触れて、言われた通りにやってみるが、意外に宅間はびくともせずに、何だかくにゃっと僕の腰の方が折れ曲がる、
宅間:「まだまだだが、悪くは無い。 衝撃を加える瞬間に自分の体の中で衝撃を吸収しないように気をつけるんだ、鉄骨の様な固い物を壊すのは難しい、ビルディングの壁の様な固定された物を動かすのは難しい、全体をどうにかしようとするのではなく、相手の体の構造と反応を利用して衝撃を伝えられる場所を作り出してから威力を伝えるんだ、」
宅間:「例えば、今からお前を押すから対応してみな、」……それで宅間は掌を僕の胸元に当てて、ぐぐーっと圧を掛けてくる、……僕は背骨が曲がらない様に軸を意識しながら上半身を回転させて圧を逸らそうと試みる、
宅間:「おお、上手い上手い、」……ところがほとんど横を向いた僕の体に今度は横方向からの圧が掛かる、それでも骨盤はまっすぐ宅間のほうを向いた侭だからナントカ横に倒されないで耐えられる、が、
宅間:「良い感じだ、」……で、その手で押した侭で、宅間は指先で僕の鎖骨の辺りを上に押し上げ始める、背中の方に押されながら上の方に押し上げられる。 二方向の力が同時に加わってくる、それで上半身が脆くも仰け反って、後ろに転びそうになって足が浮きかけて、……気付いたら宅間はそのまま腰を沈めて、今度は下方向の力を鎖骨から胸の奥に向けて押し付けてきた、
ずん、……と、
三方向目の力が掛かり、僕の体は何が何だか判らない内に、くの字に折れ曲がってその侭その場にしりもちをついていた、
宅間:「とまあ、こんな感じだ、人間はいっぺんにいくつモノ方向の力を掛けられると混乱して対応が疎かになる訳だ、それで出来た弱点に付け込んで、寸勁で衝撃を伝える、」
宅間:「人は不意に加えられた打撃には対処できず思いのほか大きなダメージを喰らい安い、これをもう少しスマートに出来るようになれば、格好良く立ち回れるようになると言う訳だ、」
つまり、海住のあの不思議な技は、こう言った技術の集大成だという事なのか、
宅間:「まあ、先ずは身を以て知る事だ、実際に使えるようになるのはもっと先だな、知っている事と出来る事は違うからな、」
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練習後、風呂から上がるとリビングに電気が付いていて、テーブルではぽつんと万絢が一人、ジュースを飲んでいた。 何だか、悲しそうな、辛そうな、寂しそうな顔で、僕の事をじっと見つめている、
一貴:「どうしたんだ? 僕に判る悩み事なら言ってみな、」
万絢:「別に、」……そう言って席を立って、その侭二階に上がってしまう、
もしかしてホームシックなのかな? しっかりした優等生に見えてもまだ中学二年生なのである、慣れない他人の家で気を使う事も多くて結構大変なのかも知れない、
文華:「お茶飲む?」……パジャマ姿の文華が部屋から出てきて、3日ぶりに声をかけてくれる、
一貴:「うん、ありがとう、」……今回は結構早く機嫌が直ったみたいだ、
文華:「実地研修、明日だっけ、」
一貴:「うん、」
文華:「気をつけてね、」……急須から、ふわりと柔らかい玄米茶の香りが漂って来る、
一貴:「ありがとう、」
一貴:「キスしても良い?」
文華:「一応まだ怒ってるんですけど、私、」
一貴:「スミマセン、」