これは夢?妄想?勘違い?或いは此処は死後の世界?
何だかまるで宙に浮かんでいるミタイにふわふわと自分の実体が不安定で捕らえ処ない。 僕は真っ新な白いガウンを羽織っただけの格好で、真っ白な部屋の真っ白なベッドの上で目を開ける。 腕や脚の彼方此方には包帯が巻かれていて、ガウンの襟をはだけると、胸には大きめの絆創膏、どうやら此処があの日の惨劇と地続きである事は間違いないらしいが、
部屋にはドアがひとつ、当然の様に鍵が掛かって、…いない?
一貴:「痛っ、」……僕はスリッパの様なギブスの足で殺風景な廊下に歩み出て、足元も覚束無くふらついて床に膝を着く、まるで高熱にうなされた時みたいに頭の中がぐわんぐわんして気持ち悪い、
廊下に見慣れた家電メーカーの蛍光灯が点っている処を見ると、どうやら天界でも異世界でもなさそうだけれども、
廊下の行き当たりのドアが開いて、富士本佳枝が顔を出す、
佳枝:「あ、」……それで僕に気づいてさっとドアを閉める富士本!
一貴:「富士本!」……僕は震える足で地面を踏みしめて、ドアに向かってダッシュする、が途中で再びヨロケテ壁に激突、
一貴:「くそっ!」……本当に地面が動いているみたいだ、
僕は何とかドアに辿り着くが、今度はしっかり鍵が掛かってる!
一貴:「富士本!佳枝! 此処を開けろ!」
佳枝:「怒らないって約束してくれたら開けます、」……何言ってんだ? そんなの怒るに決まってるじゃないか!
一貴:「判った、怒らないから!」
佳枝:「嘘ですね、絶対怒るに決まってます、」……知ってんなら聞くなよ!
一貴:「絶対怒らないから、」
佳枝:「少なくとも私の事を嫌いになりますよね、」
一貴:「其れ変わらないから、開けても開けなくても変わらないから!」
ーーー
10分後、
僕は大型クルーザーのキャビンで掘り炬燵に座って、加茂理夜と富士本と対峙する。 窓の外は大荒れの嵐。
理夜:「思ったより早く目が覚めたのです、もう少し寝てれば良いのです、」
一貴:「どういう事なのかちゃんと説明して、」
理夜:「行き掛り上、お兄ちゃんには死んでもらったのです、」
一貴:「死んだ?」
理夜:「あの日お兄ちゃんは暴漢に刺されて、敵の自爆に巻き込まれて、頭の打ち所が悪くて、そのまま意識不明で病院に運ばれて、意識を取り戻さないままお亡くなりになられましたのです、」
一貴:「何でそんな事に?」
理夜:「加茂家の総力を挙げて立派なお葬式も挙げたのです、」……つまり生きてるのがばれないように総力をあげたって事か、
一貴:「この事、文華は知ってんの?」
理夜:「知らないのです、知っているのは加茂家のごく一部の関係者だけです、」……そう言うと、加茂はスマホの写真を僕に見せる、
理夜:「これを見るのです、」……一枚はあの夜の現場、写真に写った僕は長さ30cm余りの凶悪な千枚通しで胸のど真ん中から背中まで刺し貫かれて、白目剥いて口からゲロっと大量の血の泡を吐いている、
一貴:「これ完全に死んでるよね、」
理夜:「富士本の腕を持ってすれば直径1cm程度の金属の針を内臓も血管も神経も傷つけることなく人体貫通させること位御茶の子さいさいなのです、」
佳枝:「実際は一寸気管支を抉ってしまって、焦りましたけど、」
理夜:「槍には加茂の技術陣が開発した新薬INS4649(注、Ikemen Nanka Shinjimae 4649)が塗布してあって、完璧な心肺停止脳死状態を再現して検査に携わった全ての医者を欺いたのです、」
佳枝:「実際には脳の破壊抑制時間を一桁読み間違えていて後から結構ヒヤヒヤだったんですけどね、」
一貴:「……、」
もう一枚は呆然と視点が定まらない文華と僕の母親の喪服姿、どうやら葬式のシーンらしい、
加茂:「こんなに絶望に打ち拉がれた藤塚先輩の顔はウルトラスーパー超レアなのです、此の写真は永久保存版なのです、」
一貴:「趣味が悪いにも程が有るぞ、」
理夜:「でもお陰で藤塚先輩は名実共に自由になった訳です、お兄ちゃんの望んでいた通りの結末です。 それにあのまま暮らしていたら、きっとまたお兄ちゃんの親戚とか友達とか知り合いとか藤塚先輩が酷い目に遭っていたのは間違いないのです、」
一貴:「それはそうかも知れないけど、…文華には伝えておくべきだろう、」
理夜:「駄目なのです、まだ誰が本当の敵なのか解らないのです、」
一貴:「お前じゃないのか?」
理夜:「酷いです、理夜は愛するお兄ちゃんを救い出す為に一芝居打ったのです、」
一貴:「今度こそ何が起きているのかきちんと説明してくれよ、」
理夜:「判ったのです、」
加茂理夜は一度大きく深呼吸して、……
理夜:「一貴さん、実は私達は本当の兄妹なんです、」
一貴:「やっぱり死産した妹ってお前だったのか?」
理夜:「其れは違います、もう少し事情は気味が悪くて複雑です、」
理夜:「私達は、失われた王族のDNAを復元させる為に人工的にブリーディングされた実験サンプルなんです。 王族の血を引くと思われる人間を掛け合わせ続けて、出来るだけオリジナルに近いDNA配列を作り出し、生まれた女子から取り出した卵子を用いて人工授精を行い、それぞれのお母さんのお腹を借りて生まれてきました、」
理夜:「実はこの事実を知っているのは組合の中でも極一部の人間だけです、実際に私達を代理出産した私達のお母さん達ですら此の事を知らされていません、」
一貴:「何でそんな事になってんの?」
理夜:「元はと言えばより優れた人間を作り出す為の実験でした、沙紀と言う「裏」の女が言った事は、だから部分的には正しいんです、」
一貴:「優れたって? 自分が優れてなんて居ない事は自分自身が一番良くわかってるよ、」
理夜:「それでも私達は平均以上に美男美女に生まれています、そう思いませんか?」
一貴:「そうかぁ、」……僕は理夜の全身をくまなく視線で舐め回す、
理夜:「私はこれから成長するんです!」
理夜:「藤塚先輩を見れば判るでしょう?」
一貴:「文華も実験サンプルなの?」
理夜:「はい、私達はいくつかの異なる株から作られています。 それぞれのサンプルには個体識別番号がつけられていて、私達の諱はその番号をもじったモノになっています。 私の忌み名は二八にやで28番、一貴さんは一三かずみで13番、1番から100番までは同じ卵巣から生まれた言ってみれば兄弟です。 勿論ほとんどの卵子は出産に至る前に死んでしまいます、私達と同じ卵巣から採られた100個の卵子の内実際に15歳まで成長した兄弟は3人だけだと聞いています。 そして藤塚先輩は237番、別の卵巣から生まれたサンプルです。」
一貴:「もしかして富士本さんも?」
佳枝:「私は違います、」
一貴:「それはそれで衝撃の事実だけど、僕と理夜が兄妹な事と僕が死ななけりゃならない理由はどう関係が有るのさ?」
理夜:「実験の成果を加茂家と組合幹部に独占される事を嫌ったモノ達がサンプルを強奪しようと企んでいます、勿論人間としての取り扱いは期待できないでしょう。 誰が黒幕なのかは解りませんが、少なくとも「裏」の連中が明確に一貴さんをサンプルとして認識している事は沙紀と言う女の発言から確信出来ました。 恐らく4月に森雅が襲われた時から本当の標的は一貴さんだった可能性があります。 それで何らかの方法で確証を得て今回の襲撃に至った、だとすると今後一貴さんの周囲ではもっと酷い事が起こると考えるべきです。 一貴さんの家族と友人を危険に巻き込まれない様にする為には、一貴さんがいなくなった方が良いと言う訳です、」
一貴:「理夜は最初から僕を拉致監禁するのが目的で僕に近づいたの?」
理夜:「言葉の端々に何かを感じますぅ、」
一貴:「それで、これからどうするのさ、」
理夜:「一貴さんには幾つか選択肢があります。 此の侭人目に付かない所でひっそりと余生を送るか、敵の手に落ちてコマ切れの人体実験の材料にされるか、それとも黒幕を潰すか、」
一貴:「僕は、もう一度文華に会いたい、」
理夜:「なら、戦うしか有りませんね、」
理夜:「ではお兄ちゃん、全く別の人間として生まれ変わるのです、」