073「化粧」
ヴェネチアから飛行機でロンドンヒースロー空港へ、長い入国審査の列に並び、大型スーツケース2個を受け取って、其処から迎えのマイクロバスに揺られて僕と朱莉さんはギルフォードの訓練校へと向う。 バスはイギリスのだだっ広い空の風景の中、暫し高速道路を走り、それから小さな街を超えて、やがて細い田舎道を行き過ぎると、漸く何にも無い草原に出現した趣のある巨大な鉄格子の門を潜って、広大なギルフォード訓練校の敷地へと到着する。 敷地内の小径を暫く進んだその終点に、典型的な古いイギリスのマナーハウスが幾つか立ち並ぶ小さな集落の様な一画が在った、
バスの扉が開いて出迎えに来たスーツ姿の紳士が声を掛ける、
紳士:「どうぞ此方へ、」……バスの運転手が僕達のスーツケースをトランクから降ろすのを尻目に、僕達は紳士に連れられてマナーハウスの一つへと案内される、
紳士:「此方が職員室になっています、」……職員室の中には幾つもの事務机が並び、沢山の生徒達が先生に質問しようと列を為して押し掛けている。 見ると、まだ小学生位の小さな子供迄いる??
それで、広い部屋の奥で数人の教師と立ち話をしていた風格の有るどうやら偉そうな男の先生が、朱莉さんに気付いて近づいて来た、
朱莉:「お久しぶりです野島先生、」……イギリス式に軽くハグしながらちゅっちゅと頬っぺたをくっ付ける挨拶、
野島:「一年ぶりですか、藤塚さんの事件の事は聞きました、とても残念です、」
朱莉:「はい、組合としても一刻も早い解決に向けて全力を尽くしています、」……どうやら僕が殺された事件の事を言っているらしい、
朱莉:「それで今日は、明日から始まる体験入学に参加させたい生徒を連れてきました、」
一貴:「初めまして、西加茂です、」
野島:「おお、そうでした、しかし此の学校は式神と巫女の養成を主なカリキュラムに置いているのですが、西加茂クンは陰陽師の途へは進まないのかな?」
朱莉:「この先どの進路を選ぶにしても、この学校のカリキュラムはとても役に立つと評価しています、彼のお父上や御頭首の加茂光輝様からもくれぐれも宜しく頼むと言付かっています、」
野島:「畏れ多い事です、判りました、それでは西加茂くんのお眼鏡にかないますかどうか、先ずは我が校の授業を存分に体験して行って頂ければと思います、」
一貴:「宜しくお願いします、」
野島:「体験入学の詳しい内容については夕食前の説明会で話します、それまでは寮に荷物を運んで、暫く待機しておいて下さい、」
一貴:「判りました、」
朱莉:「一週間後に連絡します、それで入学を希望するならその侭編入試験を受ける事になります、良いかな?」
一貴:「はい、」
朱莉:「それでは存分に楽しみたまえ、」……それで朱莉さんが僕の肩をポンと叩く、
野島:「だれか、西加茂さんをドミトリーに案内してあげなさい、」
平位:「では私が、」……調べ物をしていた男子生徒が一人近づいて来る、
平位:「どうぞ、此方です、」……五分刈りで眼鏡をかけた、所謂秀才優等生タイプの男子生徒、
平位:「私は平位太郎と言います、高校2年の学年委員長をやっています、何か困った事や判らない事が在ったら、何でも私に言って下さい、」……それで、職員室の前に並べられたスーツケースを転がして、数軒隣の古い病院の様な建物へと案内される、
ーーー
平位:「此方が男子寮、隣が女子寮です、女子寮は男子禁制です、間違って入ってしまっても罰せられますので気を付けて下さい。」
一貴:「了解です、」……それから、スーツケースを担いで狭い階段を登って3階へ、
ドアをノックする音:「コンコンコン、」
平位:「失礼します、」
平位:「此方が体験入学生の部屋になります、荷物は壁際のロッカーにしまって構いません、」……幾つか並んだドアを開けると、中は結構広い病院の大部屋?ミタイ、2段ベッドが3つ並んだ6人部屋らしい、
一貴:「はい、」
平位:「18時から夕食で、その前に17 時から体験入学生の説明会を実施します、開始前に迎えに来ますので、それ迄は此方で荷物の整理をしていて下さい、」
一貴:「判りました、」……それで平位くん、一礼してドアを閉める、
で、振り返ると部屋には既に3人の男子生徒がベッドに腰掛けて雑談をしていた、
溝口:「こんにちは、」……ガタイの大きなまるでプロレスラーの様な青年が丁寧に挨拶してくれる、恐らく歳上の貫禄だが顔付は極めて優しい、
上野:「こんにちは、」……此方は僕と背格好が変わらないちょっとひょろっとした男子、彼は顔付が子供っぽいが、皆幾つ位なんだろう、
一貴:「こんにちは、宜しくお願いします、」
山田:「こんにちは、西加茂さんですか、僕は山田と言います、宜しくお願いします、」……一瞬誰の事だかピンと来ないが、
一貴:「あ、はい、西加茂です、宜しくお願いします、」
溝口:「意外と、話し易い人なんですね、もっと近寄り難い人かと心配してました、」……それでレスラーが人懐っこく笑う、
上野:「私は上野と言います、ウチの父は何度か加茂様の処でお世話になった事があります、加茂の陰陽師の方と知り合いに成れるなんて、何だかちょっと不思議な感じです、」
山田:「そうだよな、雲の上の存在とか思っちゃうもの、」
一貴:「そんな大した事無いですよ、これから一週間、仲良くして下さい、」
溝口:「溝口です、此方こそ宜しくお願いします、」
其処へ、後二人の体験入学生が到着する。 ガタイの良いマッチョマンが、もう一人の何だか偉そうな雰囲気の男のトランクも運んで来た所を見ると、どうやら友達と言うよりは従者らしい、
山田:「土御門さんですね、初めまして、自分は山田と言います、宜しくお願いします、」……それで偉そうな男はギロリと山田くんを睨みつけて、返事もしない。 従者のマッチョマンは無言でベッドを整えて、土御門と呼ばれた男の荷物の整理を始める、
土御門:「お前が西加茂か、」……それで行成り土御門が僕にメンチ切って来る、
一貴:「うん、宜しく、」
土御門:「ふん、馴れ合いはせん、ここに居る間はお互いにライバルだからな、どちらの方が優れているか、存分に「死合い」で判らせてやる、」……何だか土御門と西加茂って、険悪な仲らしい、
ーーー
荷物の整理も終った頃、
ドアをノックする音:「コンコンコン、」
平位:「失礼します、」……さっきの平位くんが部屋に入って来る、
平位:「説明会にご案内します、付いて来て下さい、」……それでゾロゾロと平位くんに付いて歩く一同、何故だか土御門は平位くんよりも半歩先を歩いている。 僕は一番後ろからトボトボと付いて行く事に、…そこへヒョロッと上野くんが話し掛けて来た、
上野:「土御門くんって、やっぱり威厳有るよね、」
一貴:「そうかなぁ、」……ああ言うのを威厳と言うのか? 一寸違う気がする、
上野:「処で西加茂さんは「巫女探し」ってどう思いますか?」
一貴:「巫女探し? なんなのそれ?」
上野:「訓練校はソレなりの家柄の者でないと入れない一種の社交の場だから、交際相手を探しに来る人も居るって話です、本当だと思います?」
一貴:「つまり嫁探し、彼女探しって事?」
上野:「そうです、女子の方でも階級の高い家の男子と出会える場と考えていて、色々とアピールして来るって話です、そっちは「王子狩り」とか言うらしいですけど、」
一貴:「ふーん、そうなんだ、」……何処の世界も異性と付き合うのは大変らしい、
僕達は職員室の建物を更に行き過ぎた大きな校舎の建物の4階の教室へと案内される、
ノック:「コンコンコンコン、」
教師:「どうぞ、」
平位:「失礼します、」
一瞬、ザワメキが起こった、
そして僕は息を飲んで凍り付く、
教師:「入りなさい、前から詰めて席について、」……その一番前の席の真ん中に、同じく体験入学生らしい一人の女の子が腰掛けていた、
長い睫毛に輪郭をはっきりと際立たせた瞳、ほんの少し赤みの掛かった唇は薄いルージュに違いない、僕から言わせれば余り似合っていない化粧の所為ですっかり大人っぽくなっては居るけれど、全体的にスッキリと整った綺麗な顔立ちと、そして何よりも滲み出る様に全身から発散される「皆が幸せなら私の事は良いから」オーラはどうしたって隠し様が無い、
度会万絢?
何故万絢が此処に?
理夜(通信):「兎に角、バレない様に出来るだけ距離を取るのです、」……頭の中に響く理夜の声、通信が回復したのか?
土御門は万絢の前で立ち止まり、万絢は直ちに席を立って深くお辞儀をする、
万絢:「初めまして土御門様、度会万絢と申します、以後お見知り置きの程、宜しくお願い致します、」
土御門:「おう、」……それで、ちゃっかりと万絢の隣の席に着く、
何だか他の生徒達も、予想外の美少女?の出現にザワメキを隠せない。 僕は一番隅っこの席に、少し椅子を後ろに下げて出来るだけ視界から離れる様にして腰掛ける、……整形手術迄したんだから、まさかバレる筈は無いとは思うが、
教師:「それでは、最初は校長先生からの挨拶です、全員起立!」
それで、ゾロゾロと数名の教師が教室の中に入って来て、恰幅の良い相撲取りの様な男が教壇の横に立つ、
校長:「皆さん、初めまして、校長の吉永です、……どうぞ着席して下さい、……」
当然僕は校長の話なんか上の空で、しっかりと前を見つめる万絢の横顔からずっと目が離せずに、じっと歯を食いしばって涙を堪えながら、静かに鼻を啜る、