見上げるとヤケに近い天井、
そうか、昨日ギルフォード訓練校に来たんだった、……僕は狭い二階建てベッドの上の段でぎゅっと手足を伸ばして、それから腕時計で時刻を確かめる。 起床時間には未だ一寸早いが、大自然の呼び声には逆らえない、
皆を起こさない様にそっと部屋を抜け出して、一寸行って角を曲がった先のシャワールームと一緒になったトイレに入る、それで3つ並んだ個室の端っこに入って腰を落ち着かせると、加茂理夜から通信が入って来た、
一貴:「時と場合を選んでくれよ、」
理夜(通信):「ハッピータイムでしたか?」……僕の目に装着したコンタクトレンズ型のカメラから、理夜には此処がトイレだって見えている筈、
一貴:「トイレ中、」
理夜(通信):「オカズボイス提供しましょうか?」
一貴:「だからウンコ中!」……出るモノも引っ込んでしまう、、
一貴:「それで、何の用?」
理夜(通信):「度会のメール交信記録をチェックしたのです、」……最早この世に身を隠す場所等無いのだろうか?
理夜(通信):「結論から言うと、度会をイギリスに呼び寄せたのは藤塚先輩なのです。 表向きはお兄ちゃんが死んで三日月との契約が破棄になったので、一年前倒しで訓練校に編入する事にしたという事になっているのです。 実は体験入学の参加費は可成り高額なのですが、参加すると面接試験の免除と多少合格基準が甘くなるのです、その費用を藤塚先輩が理事長に働きかけて無料にしたミタイです、」
一貴:「ふーん、」
理夜(通信):「それで肝心の藤塚先輩とのやりとりメールですが、……かなり意味不明な大量の一行メールが延々と続いていて、」……何だか判る気がする、
理夜:「…要約すると「助けて欲しい、」つまり藤塚先輩が度会に助けを求めたと言う事の様なのです、」
一貴:「なんの助け?」
理夜:「未だよく分からないのです、けど、兎に角二人は共同して何かを企んでいるみたいです、くれぐれも巻き込まれて正体がばれないように注意するのです、」
ーーー
校舎の隣に有る教会の様な広い講堂が此の学校の食堂になっていた、
ぎっしりと並んだテーブルには、高校生から小学生まで取り混ぜた「食事グループ」が出来ていて、それぞれのグループでテーブルを囲んで食事を取る事になっているらしい。 グループの中の役割分担も持ち回りで、食器を運ぶ人、オカズを運ぶ人、机を拭いて食器を並べる人、水を配る人、オカズをお皿に取り分ける人、後片付けをする人、……7人の体験入学生はそれぞれ別のテーブルにばらけて招待されて、お客様扱いで座っているだけで後は全部生徒達が世話してくれる、
一貴:「ありがとう、」……僕はテーブルを拭いてくれた可愛らしい男の子にお礼を言う、
先生が壇上に立ってマイクで今日一日の行事について説明する。 それから当番の生徒が代表して、料理を準備してくれたコックさんと、此の学校に通わせてくれた両親と、ついでに神様に感謝の意を述べて、……「いただきます」の挨拶と同時に辺りは一斉にざわざわと騒がしくなった、
今日の朝食は玉葱とレタスのサラダにソーセージとベーコンとスクランブルエッグの典型的なイングリッシュブレイクファスト、それとパンとコーヒー。 最後にお塩と胡椒とビネガーが回ってきて、お好みで味を調整して食事開始、……うん、富士本のお陰でどんな料理もとても美味しく食べられる様になった、
女子A:「西加茂様はどんな趣味をお持ちなのですか?」……行成り隣に座っていた女子が話し掛けて来る、……北条一貴なら日長一日だらだらするのが趣味といえば趣味だったが、西加茂良太の趣味は、
一貴:「カードゲームかな、」……なんでも可成りのギャンブル好きらしい、
女子B:「もしかしてトレーディングカードですか?」……ん?モンスター召喚とか、マナとか?魔法とか??
一貴:「いや、普通のトランプだよ、」
女子A:「面白そう、今度教えてくださいませんか?」……そんな面白いか?
一貴:「そうだね、今度ゆっくり、」……そしてかなりの女好きらしい、
女子B:「イギリスにはよく来られるんですか?」
一貴:「いや、今回が初めて、」……記録では、西加茂はオーストラリアに6回旅行している、一体何しに行ったんだ?
女子A:「ぞれでは是非、今週末のアウティングにご一緒して下さいませんか? ロンドンの街を案内して差し上げたいな、」……何だか妙に積極的に近づいて来る女子A、それで制服のシャツの胸の天辺がぽっちと尖ってる? もしかしてノーブラ? もしかして誘ってんの??
平位:「行儀が悪いですよ、西加茂さんが困ってるではないですか、」……学年委員長が釘を刺して、一旦は大人しく引き下がる女子A、
女子女子:「「きゃあ!」」……行成りの悲鳴?いや嬌声?
俄に辺りが騒がしくなり……
女子S:「文華様!」
女子T:「文華様がいらっしゃったわ!」……ざわざわと席を立つ生徒達。 そしてホールの入り口に現れるスーツ姿の背の低い女の子? もしかしたら加茂理夜よりも低い?……それでその後から現れるアフタヌーンドレスに身を包んだ完璧な美少女、
瑠璃色の髪をハーフアップにしてリボンで結び、随分御嬢様っぽい印象になってはいるが、それは紛れも無く……文華、
加茂(通信):「お兄ちゃん、ステイ!ステイ!!」……僕は思わず立ち上がって見蕩れてしまう、
一貴:「わ、判ってるよ、」……2ヶ月ぶりに見た文華は以前にも増して美しくて、今直ぐにでも飛び出して行って抱きしめたくなる、……でも、僕は何の為に此処に来たんだ!
文華を此の手に取り戻す為に、今は、やらなければ成らない事がある、
男子生徒達が憧れの視線を送り、女子生徒達が羨望の眼差しで取り囲む中、文華はそんなモノには目もくれず辺りをぐるりと一瞥して、……そして見つけ出す、
文華:「万絢!」
万絢:「お姉さま、」……テーブルを立ち上がった万絢の元に文華が駆け寄って、ひしとその身体を抱きしめる、
文華:「よく、来てくれたわね、」
万絢:「お姉さま、」……万絢にはそれ以上の言葉が続けられない、何と言って良いのかどんな言葉を選べばいいのか、それでも万絢の顔を見れば文華には、その胸の内の全てが伝わっているに違いなかった、
文華:「ありがとう、元気そうで何よりだわ、」
万絢:「はい、」
文華:「ごめんなさい、お食事中だったのね、どうしても貴方に会いたくなっちゃって、つい、」
万絢:「お会いできて嬉しかったです、」
文華:「すぐに戻らないといけないの、この後お母様と約束があって、また来ます、その時にゆっくりお話しましょうね、」……それで、万絢のおでこにチュッと口づけする文華。 万絢、何だか照れて赤くなっている、
理夜(通信):「何だか雰囲気変わったのです、」……それでも、文華はかつての美しい侭の文華だった、
彼女がこの世に存在するだけで、同じ空間に居て、同じ空気を吸うだけで、……胸が熱くなって、全てが報われる様な気がする、今はそれだけで、……僕は喉元迄出掛った切なさをぐっと飲み下す、
文華はスーツ姿の小柄な女の人に付き添われて講堂を退場し、去り際にもう一度万絢を振り返って、小さく手を振った、
女子女子:「「はぁー、……」」……大きな溜息が此処其処に沸き起こり、僕の隣の女子もとぼとぼとテーブルに戻ってくる、
女子A:「あ、お行儀の悪い処を見られちゃいましたね、」
一貴:「気にしないで、」
女子A:「あの方をご存知ですか?」
一貴:「いいや、」
女子A:「あの方は藤塚文華様、この学校の創設者のお嬢様で、去年の最優秀卒業生、未だに文華様をお慕いし尊敬している在校生は多いんです、……とても綺麗な方、其れなのに御可愛そう、」
女子B:「ほんの数ヶ月前に、最愛の婚約者を「裏」の刺客に殺されて、とてもお辛いでしょうに、……」……なんだか有名な話になってるんだ、
女子A:「それにしてもあの女の子、誰なんでしょう?」
女子B:「あんなにも文華様と仲が良いなんて、羨ましい、」
見ると、万絢は女性徒達に取り囲まれて、……質問攻めにあっている?