今回体験入学に参加している生徒は、下が万絢の中学2年生から上はプロレスラーみたいな柔道家溝口さんの大学1年生までと可成りの開きが有るのだけれど、授業には全員が一緒に参加する形式を取っていた、
今回参加出来る座学は、……「正しいエマージェンシーの対処方法」、「陰陽師の歴史と真実の歴史」、「最新未公開技術を活用した結界道具(見えない鎧の原理など)」、「基礎呪術」、「最新脳科学に基づく洗脳理論」、「暗号の作成と解読方法」、「ネットハッキング応用編」、……と、かなり一般的な学校の科目からはかけ離れて幅広く、且つ興味を引き易い内容に成っている。
そして初日の今日は午前中に幾つかの座学を受けた後、午後の一時限目がP.T.(体育)になっていて、授業では生徒に最も人気の有る対人戦闘訓練、通称「死合い」に参加出来ると言う事になっているのだが、流石に行成りの打っ付け本番は無くて、まずは在校生達によるデモンストレーションを見学すると言う事らしい、
体育館の隅には直径6m高さ1.5mほどの円柱形の土俵が数台設置されてあり、どうやらその上で「死合い」が行われるらしく、もう既に沢山の生徒達が土俵の周りを取り囲んで銘銘に自分の思う戦闘理論を戦わせて盛り上がっている。 体験入学生達は一番前で見学する様に薦められたのだけれど、僕は出来るだけ目立たない様にと後ろに下がって一人ニヒルっぽく床に腰を下ろして黄昏れていた、
生徒達の響きが体育館を揺らして、一人の生徒が土俵に上がる、
その男、長身の美男子。 痩せた体躯に一切無駄の無い筋肉を纏い、腰まで掛かる銀の長髪と超絶美麗なルックス。 長い睫毛に凍る様な瞳、何故だか銀の十字架ピアスをしている。 まるで一昔前の少女漫画から抜け出してきた様な男、だが、
此の学校、身嗜みについては結構自由なのか?
嘘みたいに判り易く彼がもう一人の「サンプル」室戸達也で間違いなかった。 朱莉さんの説明によれば、彼は芦谷家の従者の家に生まれ、幼少の頃からその類希なる才能を妬まれて、人ならぬモノ、鬼、と忌み嫌われて育った。 そんな中ただ一人、芦谷家の長女小百合姫だけが幼馴染として懇意に接し彼を庇護し続けていたのだが、不慮の事故で小百合姫が命を落とした後は、凡そ手の付けられない世捨て人の様な生活に落ちぶれてしまったのだと言う。 今で言うニートか、……それで見るに見かねた室戸家の者達が矯正の為にと、この訓練校に通わせた訳なのだが、学校に来てからも誰とも交わる事無く寮から一歩も出る事も無く、行事や役割分担にも参加せず性格は捻くれた侭で、一人きり餓死しそうになっていた所を、翠川に諭されて少しずつ授業にも参加する様になって来た、と言う事らしい。
そんな引き蘢りコミュ障な彼の噂の身体能力とは如何程のモノか興味が無いと言えば嘘になる、いや事実一目見たその瞬間から、僕の五感は彼の一挙手一投足に釘付けになってしまっていた。 すらりと真っ直ぐに何気なく立っただけのその姿から目が吸いつけられたみたいに離れない、それはかつて海住に感じたのと似た不思議な感覚だった。 奇妙な程に然りげ無く落ち着き払っていて、何が何だかよく分からないのだけれど美しい、
対する彼の相手は、背の高い痩せた男で、全体的に筋肉質ではないが緩やかに余裕を持ってしなる長い四肢は、得も言われぬ恐怖を呼び起こす、此の男も又、可成りの実力者である事は紛れも無く確かだった、
教師:「始め、」
開始の合図と共に両者は土俵の中央へと歩み寄り、まるで何気なく互いに握手を求めるかの様に差し伸ばしたそれぞれの右手が交差したと思った瞬間、その室戸の右の掌は擦り抜ける様にして相手の男の胸を受け止めていて、それで男は少しふらついて体勢を崩して、其の侭尻餅をついた、
教師:「やめ、」
室戸は地べたに座り込んだ侭の男をじっと見下ろして、相手の男は苦笑いしながら胸を押さえて立ち上がる、それで二人は土俵を降りて、……ざわざわと、観衆が穏やかでなく殺気立つ、
教師:「医務室に行って診てもらいなさい、」……教師に促されて相手の男はとぼとぼと体育館を後にする、
土御門:「なんだ大した事ないな、」
僕には一体何が起こったのか判らなかった、それなのに、二人が視界から離れてしまった後もずっと僕の中の危険を感知するセンサーの全てが、警笛を鳴らし続けて止まらない、気がつくと何時の間にか背中がびっしょりと冷たい汗で濡れている、
次の選手が土俵に上がって準備する。 今度はもう少し見栄えのいい打撃戦になりそうだ、一人はキックボクシングの様なしなやかな蹴りの名手、もう一人はどうやら空手の覚えがあるらしかった、
教師:「始め、」
やがて観衆が騒ぎ始めると、漸く僕の身体もジャングルに一人置き去りにされた様な硬直感からジワジワと解放されて指先に温かさが戻って来る、……今のは一体なんだったんだろうか?
ふと俯いた顔をあげると、目の前に万絢が立っていた、
万絢:「こんにちは、」……僕は何が何でも白を切り通す覚悟で西加茂良太になり切るセルフマインドコントロール、
一貴:「やあ、何か用?」……出来るだけそっけなく、
万絢:「どうしてこんな後ろで見てるんですか?」
一貴:「あんまり、こういうのは好きじゃない、」……万絢は不審そうにじいっと僕の顔を覗き込む、やっぱり化粧は似合ってないって、……言いたい、
それで万絢は何をトチ狂ったのか、僕の横にきてチョコんと体育座りする、
一貴:「どうかした?」……平常心平常心平常心、、、
万絢:「西加茂さんとは一度もお話し出来てなくって、なんだか避けられてるみたいだったから、もしかして何かお気に障るような事しちゃいましたか?」
一貴:「そんな事はない、いつもこんな感じだから、気にしないで、」
万絢:「そうですか、」……それで何だか不満ありげに唇を尖らせて、僕の顔を覗き込む、
万絢:「わあ、あの人凄いですね、」……土俵ではキックボクシングマンのハイキックが綺麗に極って、相手は倒れたまま失神してしまったらしい、
一貴:「皆のところに戻らなくて良いの?」
万絢:「もう一寸、一緒にいては駄目ですか?」……なんでこんな簡単に知らない男に懐くんだ? お前っていつの間にそう言う女子だったんだ? お兄ちゃんは心配がマックスで溜まらない!!
一貴:「駄目じゃないけど、あの人睨んでるよ、」……良い感じに土御門がコッチを見て睨んでる、…別に土御門の所に行って欲しい訳ではないが、
万絢:「あの人一寸苦手で、色々親切にしてくれるんですけど、」……だからなんでそんな風に知らない男に気安く愚痴るんだ! それじゃあ、まるで、…
一貴:「まあ、下心アカラサマだな、」
万絢:「えへ、」……久しぶりに見た万絢の笑顔に僕は複雑な心境を隠せない、
万絢:「お兄様は、編入試験受けられるんですか?」
一貴:「へ?」……まさかバレたのか?
万絢:「あ、ごめんなさい!どうしよう私ったら、」……万絢、何だか軽くパニック、
万絢:「実は西加茂さんって私のお兄様に何処となく雰囲気似てるんです、それでつい言い間違えちゃって、ほら女の先生の事をお母さんって言っちゃう子居るじゃ無いですか、それと同じっていうか、……あ、お兄様って言っても本当の兄じゃなくて、好き、だった人なんですけど、……御免なさい、迷惑ですよね、こんな話、」……万絢、真っ赤になって俯いて、体育座りの膝の中に顔を埋める、
万絢:「やっぱり私、行きますね、」……それで万絢はちょっと寂しそうに微笑んでから、
一貴:「うん、」……僕の元を離れて行った、