007「呪いのSNS」
渋谷:「今日の日直は藤塚と北条か、」……渋ちんは何でも出席番号順に役割を割り当てるのが好きだ、
と言う訳で自動的に僕と藤塚はペアになるのだが、自分の事を避けている相手と一緒にいる事程居たたまれないモノは無い。 日直当番の今日、僕は藤塚の顔色を伺う様に可能な限り距離を取り、貝のように沈黙を守って一日をやり過ごして来たのだが、……
渋谷:「悪いけど、今日の放課後、保護者向けオープンデーの冊子作るの手伝ってくれるかな、」
ーーー
で、僕と藤塚は二人きり職員室横の会議室に閉じ込められて、A4とA3が混ざった合計6枚のプリントをページ順通りに重ねてずれないように畳んでステイプラで留めた小冊子を100部作る、と言う仕事を言いつけられた。 暫し気不味い雰囲気に包まれる二人だが、当然何時までも黙り込んだ侭では一向に埒があかないので、……
一貴:「あの、」
文華:「なに、」
一貴:「どうしようか、」
文華:「馬鹿なの?」……イチイチ一言二言辛辣なフレーズを組み込んで来るのは如何な物か、
それで藤塚は6束のプリントをページ順に長テーブルの上に並べて、
文華:「一枚ずつ取って重ねて行ってホチキスで留めるだけじゃない、」
それで藤塚はテーブルの隅にどっかりと腰掛けて詰まらなそうに外方を向く、
一貴:「えと、全部僕がやるのかな?」
文華:「何か問題でも?」
一貴:「えと、手伝ってくれると、早く終ると思うんだけど、」
文華:「しょうが無いわね、」……と、藤塚は本当にしょうがなさそうに僕を睨んで溜息を吐く、
それから漸く僕はプリントを重ね始めるが、…
文華:「一寸待ちなさい、全く段取りが悪いわね、先ず最初にA3プリントをA4サイズに折り畳んでおいてから束ねるのが常識でしょう?」……と、藤塚行成りの駄目だし、
言いたい事は諸々有るが、僕は黙った侭プリント束の前に座って、A3のプリントを半分のA4サイズに折り畳み更に半分折り返すと言う地味だが結構疲れる作業を開始する。 藤塚はもう一束のA3プリント折りに取り掛かる。
お互い差し向い座り、黙々と一言も口を利かない二人の代わりに二人が紙を折って畳む音だけが饒舌に会話する。 考えてみればこんな風に藤塚と正面を向いて直ぐ傍に座ると言うシチュエーションは初めてだ。 時折ちらりと盗み見る藤塚の顔はそんなの有り得ない事なのに何故だか少し微笑んでいる様にも見えて、僕は思わず油断してその美貌と仕草に見蕩れてしまう。
文華:「手が止まってる、」
一貴:「あ、ごめん、」
文華:「もっと綺麗に折れないの? ほらそこ曲がってる!」
ビク!と肩が竦み。 僕は文句一つ言わず言われた通りプリントを折り直す。 自分でも変だとは思いながらも何故だろう、叱られている事よりも声をかけてもらえる事の方が何倍も嬉しい。
ーーー
二人は15分程かけて全てのA3プリントを折り畳み、
文華:「私がホチキスで留めるから、アンタが6枚のプリントの束を作って私に渡しなさい、」
続いて製本の流れ作業に移る。 僕がプリントを束ねて藤塚に手渡し、僕が束ねたプリントを藤塚が受け取る、……他には誰も居ない部屋に二人きり、時計仕掛けの人形みたいに延々と同じ作業を只管繰り返す。 こうして黙って共同作業をしていると、何だか自分が藤塚に嫌われている事が嘘の様にも思えてくる。
濡れ烏の髪からちらりと覗くしなやかな項、長い睫毛に縁どられた大きな切れ長の瞳、華奢で黄金比な身体、細くて長い指、まるで人外の類の如く朧げな輝きを放つ滑らかな所作、そして藤塚の身体から熱を帯びて漂う甘い匂いが僕の心を捉えて離さない。 いや6年前に初めて会ったその日から、僕の六感の全ては既に彼女に囚われた侭だったのかも知れない。 こんなにも自分の事を深く支配する美しい少女が、こんなにもすぐ近くに居てそれなのに話しかける事も許されないなんて、理不尽だと思う。
文華:「どうしたの、早くしなさい、」
僕は何時の間にか、ぼおっと藤塚文華に魅入ってしまっていた。
一貴:「あのさ、どうして友達になれないのかな、僕達、」……どうしてだろうどうしても、諦められない、
文華:「くだらない事言ってないで手を動かしなさい、」
一貴:「僕、藤塚さんの事が好きなんだ、」……そして言葉は無自覚に口を吐いて零れ出す、
それで藤塚の手が止まって僕の顔を不安そうにじっと見つめる。 それからハッと我に返って、……あっと言う間に顔が真っ赤になって、行成り立ち上がって逃げる様に会議室を飛び出していってしまった、
僕は一人茫然と立ち尽くした侭で、……
渋谷:「うーん、今のは駄目だろう、」……いつの間にか渋ちんと三枝が会議室の外から僕の事を生暖かい目で見護っていた。
渋谷:「告白するにしてもだな、もう一寸ひねりを加えると言うか、ムードを盛り上げると言うかだな、何と言うか努力が見られないよな、」……と、担任教師からの厳しい指導、
一貴:「…………!」……僕は諸々取り返しのつかない事をしてしまった事に漸く其処で気が付いた。
ーーー
で、藤塚の代わりに三枝が手伝ってくれる事になった。 当然バツが悪い、黙った侭だと更に空気が重いので、何でも良いから話し掛けてみる。
一貴:「……三枝さんはこんな時間まで何してたの?」
三枝:「個人面談、最近ノイローゼで学校休む子が増えてるでしょう、それで、教師が成績上位者から順に面談やってるのよ、」
一貴:「ノイローゼって? 何か流行ってるの?」
三枝:「受験とか、恋愛とか、思春期はストレス多いからね。 生徒会長の森さんもこの間倒れて長期療養してるのよ、知ってた?」
知ってた、……でもあれは別の理由だ、
三枝:「ところで流行ってると言えば「呪いのSNS」の噂って聞いた事有る?」
一貴:「呪いのSNS?」
それはよく有る出会い系SNSアプリの一つから始まったらしい、ご多分に漏れずフレンド申請が承認されるとフレンドのタイムラインを閲覧する事が出来て、気の合いそうな人に友達申請する事でどんどんフレンドを増やして行くと言うものだ、それでありがちだがフレンドが増えて来ると一体誰だったのかよく分からない人もタイムラインに混じって来るが、その中に実際にはこの世に存在しない人が居ると言うのだ。 勿論それはボットと言うオチではなくてゲームのやり過ぎで倒れたMMORPG廃人の生霊だと言うのだ。 本体は意識不明の侭病院で延命治療を受けているが、何故か生霊がネット内のアバターの姿で活動を続けているらしい。
その通称「廃人さん」は年齢性別不詳だが、話術巧みでネトゲ廃人級のレアアイテムとか儲かります極秘情報を沢山持っていて、仲の良くなったフレンドには役に立つネタを色々教えてくれるらしい。 と此処迄は有益無害だが、段々仲が良くなって来て特別に気に入られると今度は色々と個人的な事を詮索したりストーカー的に付き纏われたりする様になるらしい。 だからと言って無闇にフォロー解除したりブロックしたりすると大変な事になってしまう。 今度は生霊そのものが付き纏う様になり、日常生活でも常に視界の何処かに廃人さんの姿が見えたり声が聞こえたり、更には風呂やトイレに迄出現する様になって気の休まる場を失ってしまう。そして最後には起きている時も眠っている時も廃人さんに悪戯され続け、肉体も精神も蝕まれ続けてとうとう正気を失ってしまい、気がついたら自分の魂もネットの世界に引き込まれてログアウト不能状態になってしまうというのだ。
でも一つだけ呪いを防ぐ方法が有って、それはフォロアー解除する前にあるキーワードを入力して廃人さんに伝えれば良いだけらしい。 そのキーワードは廃人さんと出会った最初の頃に廃人さん自身が不自然に口にする一寸変わった言葉なのだが、問題はその言葉をちゃんと覚えておかなければならないと言う事だ。
一貴:「何だか何処かのラノベみたいだね、そんなのが流行ってるんだ。」
三枝:「まあこれ自体は下らない街談巷説なんだけど、一寸気になるのは今ノイローゼで学校を休んでいる子の内3人が「ネットで廃人さんに会った」と言っていたと言う事、これが今学校裏サイトで凄い噂になっているのよ。」
一貴:「ふーん、」
三枝:「それで、北条クンは一体何をやったの?」
一貴:「何をやったって?」
三枝:「さっき藤塚さんが真っ赤になって職員室から飛び出して行ったじゃない。」
ーーー
という流れから学校帰り、JR駅近のファーストフードでドリンクバーとポテトを買って、三枝が恋愛相談に乗ってくれる事になった。
三枝:「北条クンも藤塚さんの事が好きなのね、何だか一寸残念、」
一貴:「自分でもよく分からないんだ、嫌われてるのにどうしてこんな気持ちになるのか、」
三枝:「高嶺の花より足元の豆って言うじゃない、誰もが理想の人と恋人になれる訳ではないわ、私くらいの女子で手を打っておけば万事上手くいくかも知れないわよ、」
一貴:「そんな簡単に諦められるなら相談なんてしてないよ、」
三枝:「じゃあ一つ試してみましょうか、」
一貴:「試すって何を?」
三枝:「さっき先生も言ってたでしょ、工夫と努力が足りないって、」
一貴:「何か良い案有るの?」
三枝:「恋愛にもテクニックはあるわ、テレフォンパンチじゃ当たらなくてもフェイントを使えばクリーンヒットを狙えるかもよ、」
一貴:「それってどうすれば良いの?」
三枝:「そもそも女子ってどんな男の子と付き合いたがるか知ってる?」
一貴:「格好良いとか、頭がいいとか、優しいとか?」
三枝:「先ず第一に女の子が付き合いたいと思うのはモテる男子よ、ブランドだって同じ、雑誌で特集したり有名人が持っているモノが欲しくなる、」
一貴:「そうなの? でもぼくモテた事ないからな、」
三枝:「もう一つ大事なのは自分に共感してくれる人、」
一貴:「共感って?」
三枝:「女子は受け身に回ると防衛本能でガードが固くなるから攻略は難しくなるの。 寧ろ女子の方から攻めさせてそれを綺麗にカウンターで返す方が良い訳よ、それが共感っていう事、」
一貴:「ごめん、余計に判らなくなった、」
三枝:「つまり男子の方からガンガンアピールするのは逆効果になる事が多いって事、それよりも女子は自分から発する信号に敏感に気付いてもらって言ってもらいたい事を言ってくれる人が好きなのよ、……要するに女子が愚痴ったら大変だねって言えば良いの、」
一貴:「そうなの?」
三枝:「そうだ、明日の放課後クラス会が有るでしょ、そこで試してみましょうか。」
一貴:「試すって?」
三枝:「彼女の前で私が北条君に気が有る振りをしてあげるわ、それで彼女が北条クンを見る目が変わるか試すの。 それでもしも向こうから話し掛けて来たら、その時に共感テクニックを使ってみたらどうかな、」
一貴:「上手く行くかな?」
三枝:「分らないけど、面白そうじゃない?」
一貴:「三枝さん何だか楽しんでない?」
三枝:「でなきゃやらないわよこんな事、」
で、三枝は勝手に僕のコーラのグラスを取ってストローに口を付ける。
一貴:「あ、それ飲みかけだよ、」
三枝:「これは報酬の前払い、実は格好付けてコーヒーにしたんだけど、……やっぱり私には未だ早かったみたい。」
そう言って、三枝は自分の飲みかけのコーヒーカップを僕に押し付けた。