じっと、静寂の数十秒が硝煙の匂いと共に部屋に充満して行く、
一貴:「何故、すぐに殺さない? 奴は、敵なのか?」
理夜(通信):「殺せないのです、この会話を私が聞いているから、私が誰なのかを特定するまでは殺せない、だからまず翠川を殺して情報が漏れないようにした。 こいつは疾っくの昔から敵だった、だから翠川のデータにこいつの情報が無かったんです、データを集める必要が無かったから、」……そうだとして、それは最悪のシナリオを確認したに過ぎない。 どうすればいい、どう戦えばいい? 勝てない敵とどう戦えばいい?
逃げ道は一箇所だけ、室戸がその扉の前に立っている。 そして富士本が対峙し、室戸の背後にもう一人いた?
理夜(通信):「さっきの日本刀のスーツ女です、」
先手が有利と言う理屈は達人には通用しない、特に武器の間合いが自分よりも長い相手に対しての先手は不利である、それは自分の攻撃方針を晒すのと似てロングレンジのカウンター攻撃を受ける事は必至だからだ。 飛び道具を持っている室戸に対して、富士本はトンファの様な暗器、スーツ女は日本刀、どちらにしても近接戦闘用武器、富士本かスーツ女か、どちらかが先に動けばその人間が室戸の後手の餌食となり、残る一方がその隙を付いて室戸を仕留めると言う構図。 其れにしたって室戸の身体能力は規格外の未知数で、二人目が確実に仕留められると言う保証は無い、
室戸はこんな2対1の不利な状況下においても尚、凛と美しい立ち居には微塵の乱れも無く、……
突然、室戸から先手を撃った!
ふっと、扉から部屋の外へ飛び出したかと思うとスーツ女に向かって銃撃!……部屋の中に居る富士本の視界から消えて、……スーツ女は一発目の銃撃を避けつつ、二発目の銃弾を刀身で弾き返す!……富士本は室戸を追って部屋を飛び出し!……室戸の三発目の銃弾は辛くも富士本の頭上を掠める!……室戸を真ん中にした一直線の配置で、スーツ女は室戸の拳銃が富士本を狙うのと同時に室戸に向かって反撃を開始、新陰流青岸から切り上げ!更に独特の∞の軌道を太刀で描きながら間合いを詰めて逆の切り上げ!……室戸は富士本に対して銃口を向けた侭、その太刀が後方に回った一瞬の隙にスーツ女との距離をゼロに詰めてそのがら空きの顎に左の掌底突き!…… 富士本は室戸の発勁の一瞬前に流星錘を放って室戸の後頭部を狙い!……室戸は流星錘の軌道から身を逸らしつつ富士本に向かって四発目を銃撃!……銃弾は富士本の左肩を掠める!……スーツ女は強か脳を揺らされながらも、自ら後方に3mばかり吹き飛んで体内への破壊の透徹を防ぐ!が、威力は完全に消しきれずに其の侭床に膝を着く!……室戸は体勢を立て直しつつ五発目の銃弾を富士本に放ち!……富士本は三角飛びに壁を蹴って室戸の横に回りこんで、地上すれすれの軌道から起き上がり様ぐんと差し伸ばした中段の右手には毒針の付いた暗器!……室戸は地面から浮いた状態の富士本に銃口を照準!……が、これは富士本のフェイント、同時に天に向けて差し伸ばした富士本の左手によって遠心力を与えられた流星錘が室戸の死角からその首にカーボンナノファイバのワイヤーを巻きつける!……が、室戸は一瞬早く右手を旋転させてベレッタの銃身でワイヤーを逸らし!180度体を反転させて飛び掛ってきた富士本の中段突きを柔らかく躱して、そっと左手を富士本の中段突きに添えて其の侭富士本を地上へと引き落とす!……富士本はかろうじて虚歩で転倒を堪えるが、それで固まって行き場を失った富士本の顔面に室戸の膝蹴りが直撃!……更に室戸は其の侭踏み込んで、後方に蹌踉めいた富士本の胸に室戸の掌底突きが極った!
富士本は其の侭ぐにゃりと俯せに崩れ落ち、さらに室戸は富士本の暗器を奪って、其の先端の毒針を富士本の首筋に突き刺す!
一貴:「富士本!」……僕が室戸の初弾を聞いて部屋を飛び出す迄に掛かった時間は凡そ8秒、その間に全ては完了していた、
まるでなんの問題もなくすっと立ち上がって僕を振り返る室戸の足元には富士本はごろりと転がっていて、スーツ女は震えて血を吐きながら床に膝を付く。 僕の五感の全てが勝ち目が無いと叫び続けている。 それでも、文華を置いて逃げる訳には行かない。 たった一つだけ相打ちに持ち込める可能性があるとすれば、僕の体内に埋め込まれた自爆装置。 特殊な発火性溶剤が体内で爆発し人体のタンパク質を溶解しながら炭になるまで燃やし尽くす、これを室戸と接触した状態で作動させれば、室戸を道連れにする可能性もゼロでは無い、
理夜(通信):「何を考えているか分りましたが、そんなのは嫌です、」
一貴:「この侭じゃ、全員自白剤で洗いざらい喋らせられてから殺されるだけだ、其れにお前まで危険に巻き込む訳には行かない、」……武者震いが止まらない、自爆特攻ってこんな感じなのか、
でもそれには、確実に室戸に接近する必要がある、まだ何発も残っている銃弾で動きを止められる訳には行かない。 僕は全神経を集中して室戸の殺気を探る、
一貴:「無駄死にさせてくれるなよ、」
理夜(通信):「駄目!」
室戸はスーツ女を警戒しつつ、僕の方に向き直る。 何の技術もないくせにまだ諦めた様子の無い僕に奥の手があるのは見え見えだった筈だ。 室戸はベレッタの銃口を僕に向けて、……
「未だだ!」……次の瞬間マッチの炎が燃え上がるようにポッと殺気が点って、……僕は室戸が引き金を引く操作と同時に体を翻した!
室戸とて人間である、行動を起こす意思を持った瞬間から肉体が反応する迄に掛かる時間、拳銃の銃弾がトリガーに弾かれてから銃弾が僕に到達するまでの時間はゼロではない。 そして一連の起きてしまった行動を途中で変更する事は容易ではない。 だから、銃弾を避ける事は不可能ではない、
銃撃は僕のわき腹を掠った! 完全には避け切れなかったが、防刀ウエアのお陰で致命傷は避ける。 僕は痛みを切り離して特攻を続けながら、かすかな殺気に集中する! 自分で思っている程、自分の身体は思うようには動いてくれないものだ、こんなにも鈍い、こんなにも緩い、まるでスローモーションの様に、歯痒くて、……室戸の次の銃弾が僕の眉間を狙う!……僕は銃撃の瞬間を見極めて今度は反対側に横飛びして、其の侭室戸に向かって突っ込んだ! この侭室戸に辿り着きさえすれば、後は理夜が全部終わらせてくれる、
ところが銃弾は発射されなかった、
誰かが、僕に体当たりして、僕の決死の覚悟を全部ご破算にしてしまう。 それは柔らかくて、暖かくて、そして何よりも強い殺意を帯びた、……
文華:「馬鹿じゃないの!」
文華:「どんだけ私を怒らせたら気が済むのよあんたは!」
文華:「一人で勝手に居なくなって! ずっと私の事放ったらかしにして! その上私を置いてけぼりにして勝手に死ぬつもり? そんなの絶対許さないわよ!」
文華:「あんたが居ない世界なんか、私が認める訳ないでしょう!」
文華が僕に覆いかぶさって泣いている、……
文華:「お願い、もう一人にしちゃやだ、」
僕はもう、全ての反撃の理由を失って、床に寝っ転がった侭、
一貴:「わかった、」……文華の頭を撫ぜてやる、
一貴:「お前、いい匂いだな、」……文華の腕の中で死ねるなら、それはとても幸せな事に違いなかった、
何秒くらい経ったのだろうか、或いは何分?
不思議な事に、死を覚悟してからの時間はとても長く感じられて、……実際、室戸はじっと僕達の事を見下ろした侭、ベレッタの銃口は既に僕を狙ってすら居なかった、
そしてその侭、室戸は姿を眩ませる、