※この作品はR-18です。

蟲の王   作:ふくふくろう

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閑話・水面に揺れる華1

 

 

 

 都内の住宅地などではまず見かけない規模の門を、取り立てて特徴のない青年が潜る。

 強いて言えばその特徴は少し大きめの黒縁のメガネだろうか。

 もしもコンタクトレンズにしたなら世の女達が熱い視線を送るであろう顔立ちをメガネで隠す、青年はそういう人物である。

 

 その先にはいくつかの建物が見えているが、そのすべては木造の日本家屋。

 中でもお屋敷と呼べるほどの、最も大きな建物に青年の足が向かう。

 

 やがて玄関にまでその足が達すると、青年はその引き戸を至極気軽そうに開けた。

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 叫ぶように言いながらバタバタと足を取を立てて板張りの廊下を駆けてきたのは、真新しいブレザーの制服を着た少女。

 

 今時の女子高校生にしては少し長さのあるスカートの揺れが収まると、青年は微笑みを浮かべながら少女の高校入学を祝う言葉を口にする。

 それに元気よくありがとうと返した少女は、満面の笑みだ。

 

「おかえりなさい、真ちゃん。ひさしぶりね」

 

 奥から上品な足運びで現れた和服の女が少女の横に並ぶ。

 年齢と顔立ちから見るに、少女の母親であると誰もが一目で察するだろう。

 

 身に着けている着物も帯も、結い上げた黒髪を飾る簪も、一見して高級品とわかる見事な物。

 だが世の助平な男共はまず、その優し気な美貌と、むしゃぶりつきたくなるほどに蠱惑的な肉付きの良い肢体に目を奪われるはず。

 

「早苗さん。そんなにひさしぶりでもないでしょう、1か月前に顔を出しに来たばかりです。それと、真ちゃんはカンベンしてください。俺、もう28ですよ?」

「ちょっと、お願いだから歳の話はしないでちょうだい。私まで老けたって言われてるみたい」

 

 真と呼ばれた青年が浮かべた苦笑いを見て、少なくとも三十路の半ばには差し掛かっていそうな女が鈴を転がしたように笑う。

 

「早苗さんはいつでも綺麗ですから、年齢なんて気にする必要はないでしょう」

「あら、相変わらずお世辞がうまいのね」

「本心ですって」

「うーっ。お兄ちゃん、無駄話はいいから早く上がって。今日は杏の入学祝いでご馳走なんだからっ」

「そりゃあ楽しみだ。んじゃ遠慮なく、おじゃまします」

「ただいまでいいのに」

 

 また苦笑いを浮かべながら真が屋敷に上がると、杏はすぐさまその横に並んで長い板張りの廊下を歩き出す。

 

 杏の手が自分のそれに伸ばされては何度も引っ込められるのを、真は気づいているのかいないのか。

 母親の方はそんな娘の後姿を見て微笑んでいたが、特に助け舟を出してやるつもりはなさそうだった。

 

 ついに手を握れず終わった杏が開けたのは、この家の外見には似つかわしくない洋風のドア。

 その向こうにあったリビングもその調度もすべて洋風で、まるでありふれた一般家庭のそれである。

 

 どこにでもありそうではあるが、見る者が見れば一目で高級家具ブランドの物とわかるソファーセット。

 そのテーブルの上に並んでいる料理は唐揚げやエビフライ、卵焼きといった、いかにも若者が好みそうなものだった。

 

「おお、これはたしかにご馳走だ」

「でしょー。ね、座って早く食べよっ」

 

 席に着いた真はまず杏へ入学祝いだよと、丁寧にラッピングされた細長い箱を渡す。

 

 腕時計、それもこの元気でかわいらしい少女によく似合いながら、社会に出て普段使いをするのに問題なさそうなそれを、杏はとても気に入ったらしい。

 家で食事をする前に腕時計をしてどうするのと笑われても、一度細い手首に着けたそれを外そうとせず、時計を見ては心からのものとわかる笑みを浮かべていた。

 

 それから談笑しながらの食事が始まる。

 

 特に高校入学を祝ってもらう立場の杏はよく食べ、よく喋った。

 真と早苗はビールを飲みながら豪勢な大皿料理をツマミにして、彼女が食事を終えるのを待っていたらしい。

 その証拠に杏が箸を置くと、早苗は真剣な表情で話を切り出す。

 

「杏」

「なあに、お母さん?」

「オナニーは週に何回してるの?」

「ぶっ、ぶはあっ! げへっ、ゴホッゴホッ……」

 

 あまりといえばあまりの問いかけ。

 杏は当然、飲みかけたジュースを噴き出して咳き込みながらも、自分の耳を疑っている。

 

「早苗さん、最初っから飛ばし過ぎですって」

「そう? でも、何より大事な事ですもの」

「いやいや」

「大事に決まってるわよ。杏、心して答えなさい。あなたが週に5回以上オナニーをしてるなら、今日から真ちゃんは、またこの家で暮らします」

「ええっ!?」

 

 驚きで再起動を果たしたらしい杏が、思わずといった感じで腰を浮かせる。

 

「だから飛ばし過ぎですから……」

「それで、どうなの? 毎日してるわよね?」

「え、ええっと」

 

 杏が顔を真っ赤にして言い澱む。

 

 それはそうだ。

 年頃の、恋する少女が想い人の前で、毎日かかさず自慰をしていますなんて言えるはずがない。

 

「ああもう、かわいそうだから俺が説明しますよ」

「相変わらず杏には甘いのね。妬けるわ」

「はいはい。それで杏ちゃん」

「な、なに?」

「男女を問わず、能力者は一般人よりも身体能力が高い。それはわかるよね?」

「うん。そんなの当たり前でしょ」

 

 真が頷く。

 そして、ゆっくりと語り出した。

 

 異能を持つ存在。

 能力者と呼ばれる人間が、そうでない人間と体を重ねる危険性を。

 実例を交えながら、事細かに。

 

「……と、いう訳だ。杏ちゃんは高校入学を機に関西の前衛能力者を婿に迎えて一緒にこの家で暮らすよう早苗さんに言われたけど、絶対に嫌だって断ったんだよね?」

「う、うん」

「さっき言ったように能力者が一般人と恋に落ちても、その恋心を成就させるのはかなりハードルが高い。能力や特性に剛力系が含まれてたりしたら、なおさらだ」

「わかってる。あたしは【剛力】だけじゃなく【頑強】と【自己再生】も持ってるから、小っちゃい頃から一般人の友達なんて作れなかったし」

 

 生粋の能力者にはよくある話だ。

 一般家庭に産まれて成長の途次で能力に目覚めた能力者なら別だが、この家のような家庭に能力者として生を受けたのなら仕方のない事である。

 

「だから早苗さんは早い結婚を勧めた。無理強いはせずにね」

「それは感謝してるけど……」

「うん。それでさっきの話に戻るんだけど、自慰、オナニーじゃ思春期の『淫気』が散りにくい。そしたら、どうなる?」

「あっ」

 

 どうやら杏はその言葉で気づいたらしい。

 

「わかったんだね」

「う、うん。『淫気詰まり』を起こしちゃう可能性が高いって事でしょ?」

「正解。能力者とのレズプレイでも淫気はある程度なら散るけど、杏ちゃんはソッチの嗜好がないって話だし」

「それも学校で習ったかも。能力者は女の方がかなり多いから、保険の先生から淫気詰まりの兆候があるって言われたら、友達同士で対処する方法もあるって」

「なら、淫気詰まりの怖さは学校で習ってるよね?」

 

 当然だ。

 能力者のみが通う一貫校では、初等部の3年時から保健体育でそれを習う。

 

「うん。気怠さから始まって、毎晩淫夢を観るようになったらもうヤバイ。最悪の場合は淫夢の出来事を、夢うつつの状態で現実でも求めちゃうんでしょ? 能力に目覚めてない一般人だけど素質のある人が、それでニュースになるような性犯罪を起こしちゃったりするって」

「そうだね。だから早苗さんは、俺に頼み事をしたんだ」

「頼みって?」

 

 真がこれ以上はないと断言できるほどの苦笑を浮かべる。

 

「この家に戻って、杏ちゃんが婿を取るまで淫気が詰まらないように相手をしてくれって」

「そ、それってまさかっ!?」

「まあどこまでするかとか、そもそもするかしないか。それも杏ちゃんの気持ち次第だけどね」

「お、お母さん」

 

 杏はこれ以上ないほど真剣な表情。

 対する早苗は、そんな娘を見て笑いを堪えている。

 

「なあに?」

「も、もし杏が嫌だって言ったらどうするの?」

「外出時に監視を付けるわね。それも東京支社、下手をしたら本社から派遣されて来る複数の能力者にバカ高いお金を払い続けながら」

「……い、いくらくらい?」

「金将級が2人なら500と500で1000万。銀将級なら3人か4人必要だから900から1200万ね。言っておくけど、これって1日分の報酬よ?」

 

 うひぃ!?

 

 そんなかわいらしさの欠片もない声がリビングに響くが、杏はそれどころではないらしい。

 「いっせんまんかけるさんじゅうがさんぜんえんになればなんとか……」、とか訳のわからない事をブツブツと呟いている。

 

「まあ、杏ちゃんも順調に成長して18になれば、最低でも金将級だからね。支社の情報室だって、それくらいじゃないと納得はしてくれない。銀将級ならそこまではしなくていいけど、金将級は確実と早い段階で『視て』もらった杏ちゃんだからさ」

「ううっ、好きでこんな風に生まれた訳じゃないのにぃ……」

「能力者なんて誰もがそうよ。それで、どうするの?」

 

 たしかにそれは正しい。

 もっと言えば人は誰しも、生まれ方や周囲の状況を選べない。

 

「ええっと、それはその……」

「答えを急ぎすぎですって、早苗さん。とりあえず杏ちゃん」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「部屋に戻って着替えて、まずは落ち着いて考えてみるといいよ。かなり混乱してるでしょ?」

「う、うん」

「だからまずはよく考えてみて」

「わ、わかった。でもそしたら、お兄ちゃんはもう帰っちゃう?」

「俺は泊まってくから、まだここで飲んでるかな」

「……なら、部屋に戻って考えてみる」

「うん。それがいいよ。そうしな」

 

 よろけながら立ち、ふらついた足取りでリビングを出てゆく杏の背中を見ながら、真と早苗が同時にグラスを口へと運ぶ。

 すっかり泡のなくなったビールを真はまるでブランデーでも舐めるように少しだけ口に含み、早苗は天井を仰ぐようにして一息で飲み干してしまう。

 

「バカな子。相手が大好きなお兄ちゃんなんだから、何も考えず抱かれちゃえばいいのに」

「そうもいかんでしょう。杏ちゃんが俺に抱いてる感情は、幼い子にありがちな年上の異性に対する漠然とした憧れです。それを今日から性の対象として見ろと言われたら、混乱もするでしょう」

「体だけ大きくなっても、まだまだ子供なのね」

「まだ15歳ですからね。自慰だけで性欲と淫気の発散が可能なら、男を知るにも個人的にはまだ早いかなってくらいです」

「ねえ、隣に移ってもいいかしら? やりきれなくって、むしゃくしゃするわ」

「母親としちゃ、この上なく嫌な宣告だったでしょうからね。もちろんいいですよ」

「ありがとう」

 

 そう言ってグラスを持ったまま席を立った早苗は真の隣に腰を下ろし、それを置いた手で真のふとももを優しく撫でた。

 

「能力者が自由に生きるなんて夢のまた夢、か……」

「私達には納得できても、あの子の年頃じゃムリでしょうね」

「俺達もそうでしたもんね」

「ええ」

「ホント、やりきれなくなりますよねえ」

「だから男には女が、女には男が必要なのよ」

 

 呟くように言いながら、早苗の手が動く。

 己を撫でる手が股間に移動したのを見て、真はまた苦笑いだ。

 

「やめときましょうって。杏ちゃんが早く答えを出したらどうするんです?」

「お母さんが準備を整えておいてあげたわよ、って言いながら、真ちゃんのコレを舐め上げるわね」

「母親の唾液まみれのナニで処女喪失なんて、トラウマになりますって」

「そんなにヤワな淫乱家系じゃないわよ。いいから、早くしゃぶれって命令なさい」

「はいはい。ちゃんと準備をしたら、好きなだけ咥えさせてあげますよ」

 

 

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