「んじゃ他の4人の中で、試合形式で戦いながらアドバイスを受けるって方法じゃないのを希望する人は?」
そう言って答えを待っても、誰1人として声を発しないし挙手もしない。
「なら最初は杏ちゃんと博美ちゃんとフウカが、委員長ちゃんと朱音ちゃんが僕と試合形式でやろうか。フウカ、口頭での説明やアドバイスをする時は3人で話し合い、ディスカッションでもする感じでよろしくね。こっちもそうするし、一巡したら組を交換して僕もそうするから」
「あいよっ」
こっちも心配だけど。
まあフウカなら平気だろう。
これでもれっきとした吉喰流の使い手だし。
「じゃあ、僕達はまずお話から。いいですか?」
「え、ええ。仕方ないから聞いてあげてもよくってよ」
「テンプレなツンデレありがと」
「あの、よ、よろしくお願いします!」
「うんうん。でも、肩っ苦しいのは抜きで。じゃあまずは委員長ちゃん、まだ【言霊】っていう能力の行使には抵抗があったりする?」
委員長ちゃんが表情を暗くして俯く。
でもこの問題は委員長ちゃんが能力者として生きてゆくため、この伸び盛りの時期に強くなるためには避けて通れない話なんだと思う。
僕は嫌われたっていいから、ちゃんと話そう。
「……はい」
「やっぱりねえ。その理由は?」
「だって【言霊】は相手の意思を踏み躙って」
「それを言うなら僕や朱音ちゃんだってそうでしょ。相手の勝ちたいという意思を踏み躙って試合に勝つ。それって、悪い事?」
「そうじゃないです。そうじゃないです、けど……」
やっぱり根は深いか。
僕との試合の前に見せた卑屈さは、かなり長く自分を責め、そうなってしまうほどに誰かから責められないと、ああまではならないように思う。
「霧はいつも考えすぎなんですわ。あれほどの能力を誇るどころか恥じるなんて、親やご先祖様どころか、神様方に対しても不敬ですわよ」
「でも、干渉系は嫌われるってよく聞くし」
「そんなの、やっかみに決まってますわ。現にこの六道ヒロキやわたくし、それに杏はレジストしてますもの。弱い犬に吠えられて落ち込む必要なんてありませんわ」
「ホント、それだよねえ」
「でも……」
ここは、ホムラさんに手を貸してもらうか。
さっき朱音ちゃんの勘違いを容易く見抜いて、あっという間に誤解を解いたように。
亀の甲より年の劫、ってヤツだ。
「なーんか失礼な事を考えてないか、六道?」
「め、滅相もない。それより先生からもアドバイスを」
「根っこの部分を今どうこうしようと思うのがダメなんだよ」
「はあ」
ならどうしろと……
「なあ、幸田」
幸田って誰ですかと声に出しかけてしまったけれど、ホムラさんの声に涙目の委員長ちゃんがそっと顔を上げる。
そういや、そんな家名だったっけ。
「なんでしょう、赤岩先生」
「幸田は、本当に強くなりたいのか?」
すぐには返事をしないと思っていた委員長ちゃんが、驚くほど素早く、力強く頷く。
その迷いのなさを見せられて、僕は自分の心配が酷く的外れだった事に気づいた。
本当に強くなりたいなら、そんなに問題はない。
そのためにすべき事はわかり切っているんだから。
「私、強くなりたいです。こんな自分を、変えたいんです」
「なら、その方法を教えてやろう。六道がな」
「僕ですかっ!?」
「当たり前だろうに。ほら、どうせ思いついてるんだからさっさと話せ」
「はぁ」
「お願いします六道さん。どうか、どうか教えてください。私みたいなのが、本当に強くなれるんでしょうか!?」
「あ、うん。たぶんこのクラスの誰よりも簡単に、誰よりも大幅に強くなれると思うよ」
「そんな……」
委員長ちゃんの顔に、『信じられない』と書いてあるのが見えるようだ。
なら、実例を交えて話そう。
「朱音ちゃん。今まで委員長ちゃんの【言霊】をずっとレジストして試合に勝ってたんだよね?」
「そうですわね。でも、小学校の頃にはレジストできずに負けたりもしてましたわ。中学に上がってからは無敗ですけど」
『小学校の頃』、そういった瞬間に泣き出しそうになった委員長ちゃんが気になるけれど、さっきホムラさんが言ったようにそういう根深いトコを今、それも出会ったばかりの僕が掘り返したって絶対になにもしてあげられない。
なので、今できる事を話す。
「それはいつも『朱音ちゃんの動きを止めます』って言って?」
「ですわね」
「じゃあそれが、『朱音ちゃんの炎弾は徐々に小さくなって私に届く前に消える』だったら?」
「考えるだけで恐ろしいですけれど、そんな事が本当に可能ですの? 【言霊】の威力と怖さはこの身をもって知っていますけれど」
「あー、ごめん。例えが悪かった。術じゃなくて剣で例えよう。全身の動きを止めるより簡単な、例えば『その踏み出した朱音ちゃんの足は硬直して地に転ぶ』とかさ」
比喩でも大袈裟に表現しているのでもなく、朱音ちゃんは大きく身を震わせながら自分の肩を抱く。
「か、考えたくもありませんわね。霧ほどの使い手が【言霊】を全身ではなく、もっと術のかけやすい、それも片足や片手に限定して行使して動きを止めようとされたら、わたくしですらレジストできる気がしませんもの。そしてその霧が、もし……」
「だよねえ」
「煉上さん、あの、なにが、もしなんでしょう?」
「教えたげて、朱音ちゃん。委員長ちゃんを友達だと思ってるなら」
「友達どころか、霧は大切な幼馴染みで大親友ですわ。家も仲がよろしいですし。母親同士も幼馴染みで大親友ですもの。……いいこと、霧」
「う、うん」
大切な幼馴染みで親友。
そうであるらしい2人は真剣な表情で見つめ合い、仲の良さを証明するかのように同時に生唾を飲み下す。
「考えてみなさいな。もし霧が六道ヒロキの言ったように細かく【言霊】を駆使したら、もしもそんな戦い方を身に着けた霧が、……武器を持っていたら」
「あっ」
正解だ。
そうとでも言うように腕組みをして黙って話を聞いていたホムラさんが大きく頷く。
当たり前。
委員長ちゃんは、このクラスの誰よりも伸びしろがある。
それは能力に目覚めてから高校1年生、15歳になるまで最大の武器である【言霊】で、大技中の大技とでも言うべき『全身の動きを止める』という戦い方しかしてこなかった事。
そして同時に【言霊】と、その大技のみを鍛え上げて、本人は自覚していなくとも武術などの小細工を一切使わずにここまで強くなった事が、期せずして功を奏して。
つまり委員長ちゃんは今よりずっと簡単で心力を消費しない程度に【言霊】を行使し、さらに武術や、なんなら拳銃だけでも併用すれば、今すぐにでも銀将級くらいの能力者と肩を並べて討伐なんかに参加できるはず。
「簡単なのは拳銃だと思うんですけど、赤岩先生はどう思います?」
「それは急ぎすぎだ、六道。たしかに今の幸田が授業用の模擬銃を持って試合に出れば2位にはなれるかもしれんが、そんなのを望んで幸田は強くなりたいと言ったんじゃないはずだぞ。そうだろう、幸田?」
「えっ。あ、はい。私は能力者としてより、人間として強くなりたいと思います」
「よしよし。なら、まずは自分が学びたいと思う武器なり武術なりを探せ。そうすればその修行の途次で、幸田は人間としてもっと強くなれる。それは保証しよう」
「は、はいっ!」
うん、いい返事。
これなら大丈夫そうかな。
となると次は……
「こっちの方が大変そうだよねえ」
「間違いなくな。座って話すか」
「ですねえ」
アヤメさんはさっきからいろいろな班の稽古を見て回っているけれど、ホムラさんはうちの班にまだ付き合ってくれるようで、4人で車座になって板張りの床に座る。
「な、なんですの。六道ヒロキ。そんなにじっとわたくしを見て。あなたなんかに懸想されたって、嬉しくなんてありませんわよ? ええ、決して嬉しくなんてありませんわ」
「いやまあそんなのどうだっていいんだけどさあ」
「そんなの、ですって!?」
そこでキレるなと言いたい。
「まあまあ落ち着いて。朱音ちゃんってさ、剣でも術でもかなり稽古を積んでるよね?」
「当然ですわ」
そんなにない胸を張られても。
今まで努力しすぎてたのが問題なんだし。
「マジメで努力家なのが裏目に出てる状態だからなあ。本人も、それを鍛えている師にも落ち度はない」
「だから困るんですよねえ。この子、朱音ちゃんと委員長ちゃんと杏ちゃんは最低でも銀将級、うまくいけば金将だって狙えるくらいの逸材でしょう?」
「だなあ」
「な、なんですの。ホムラ姉さまも六道ヒロキも、褒めるならもっとちゃんと」
「褒めてないって」
「ならなんだとおっしゃいますのっ! ハッキリおっしゃってくださいな!」
チラリとホムラさんを見る。
ホムラ姉さまと呼んだのを注意するつもりはないらしいホムラさんが頷いたので、僕の口から言うのがいいという判断なんだろう。
ならばと朱音ちゃんの目をまっすぐに見る。
「朱音ちゃんの剣はね、基本に忠実すぎ。炎術もそうなんだろうなってのは、見なくたってわかる」
「基本に忠実なのが悪いんですの? それこそを美しい剣と言うべきでしょうに」
「剣の名人や剣豪になりたいならそれでいい。でも朱音ちゃんは時には人を斬り、主に瘴気を取り込んで妖異化した獣なんかを狩る能力者になりたいんだよね?」
「と、当然ですわ」
頭は悪くない、か。
どうやらこれだけの言葉で、自分の欠点がボンヤリとではあるけれど見えたみたいだ。
「人は、咄嗟の時にその本質を覗かせる。そう僕の師匠、龍王はよく言ってたよ。少しは知ってるんだよね、あの人の事?」
「え、ええ。知らぬ者などおりませんわ。あのお方達は飛車角が玉将より強いという事を、その身をもって証明されたんですもの」
「だね。実の父親である玉将を殺して、たしかに証明した」
「ッ! わ、わざわざ言葉にせずともっ!」
腰を浮かせまでして朱音ちゃんが怒鳴る。
人気あるなあ、アヤカさん。
「はいはい。で、そのお方はこうも言ってたよ。自分の弟子であるうちは咄嗟の判断を間違う者に背を預けてはならない、肩を並べるのも許さんってね」
「わ、わたくしは……」
「さっきの試合の最後、朱音ちゃんはフウカの突進に正眼で応戦しようとした。間違いだったのは理解してるよね?」
「……下段に構えるべきでしたわ」
「だね。でもそんなの今はどうでもよくって、そう選択した理由が朱音ちゃんの危うさだって気づいてくれたんじゃない?」
「ええ。言われて身に染みましたわ」
剣術を教えようと思ったら、それを達人にまで育てようと思ったら、どうしても正眼からの技を教える事になる。
弟子の剣の腕を誰かに証明しようと思ったら、その弟子に腕が上がったと自覚させたかったら、強いと言われる人間と竹刀や木刀で立ち会わせるのが最も簡単で効率的。
それは揺るぎない事実で、誰も責める事のできない判断だろう。
「朱音ちゃんが剣術と呼ばれるものの腕を上げたいだけなら、いい家の子みたいだから後方で指揮に徹して前線に出ないってんなら、それでもいいんだけどねえ」
「だが、この世代はそれじゃ困る。そんな者ばかりを後方に置くなら、前線に回すはずの銀将を突破された時の備えにだいぶ残さなきゃならないからね」
「難しいですよねえ」