月曜日は憂鬱。
さんざん歌や詩にされてきたそのフレーズがまぎれもない事実だと痛感させられながら授業を受け終えた僕は、桃さんの事務所に来て初めて任された、探偵事務所らしい依頼に頭を抱えている。
「えっと、ここってどこ?」
「松濤なのっ」
「ええっ? 僕は渋谷って街にこの子を向かわせたんだけどっ!?」
意味がわからない。
さっき店の看板に『ナントカ渋谷店』って書いてあったし。
「山とかならどんな能力者より見事に索敵して見せんのに、街中になるとこれだよ。ホントとーちゃんに任せてていいのか、桃ねーちゃん?」
「ん。いい勉強になる」
「はーあ。せっかくクルマ買ったんだから、それで探しに行きゃあいいのに」
冗談じゃない。
パソコンで地図を見ながら蟲達を操ってもこれなのに、運転しながらなんて絶対にムリだ。
「アメジョのミーちゃんどこー!?」
「とーちゃん。アメショ、な」
「あっ、ととさまっ♪」
「いたのっ?」
「このお店、本番アリなのっ♪ 渋谷駅に近いから、今度ととさまも行くのっ♪」
「いいからネコを探しなさい、ネコを!」
「やれやれだぜ……」
結局、依頼の子猫探しは夜の8時までかかってしまった。
僕とセイでミーちゃんを見つけて監視、その場所を依頼主の飼い主さんに桃さんが伝えて、その20分後に無事に捕獲。
「お疲れさま。これ、今回の依頼料」
「ありがとうございます」
「ん。明日も学校なんだから、早く帰って寝る。残業代はつけとくから」
「はあ。でもなーんか疲れたし、今日だけ泊めてくれたりは?」
ダメ元で聞いてみる。
昨日マンションにクルマを運んできてくれた棗さんに、早く桃さんに使役蟲を産ませろと言われていたからだ。
それがなくとも僕は、朱音ちゃんよりだいぶ小柄な桃さんにのしかかって腰を振りまくりたいけど。
「……今日はダメ。依頼の手際が悪すぎた罰」
「ぐうっ。それを言われると痛い」
「だから早く帰る」
「でも、次になんか上手くやれたら泊めてもらいますよ?」
「ん。考えとく」
「ほんっとお願いしますね。じゃあ、お先に失礼します。今日もありがとうございました」
「ん」
いつものように虫達に見張りを頼んで、大嫌いなエレベーターに乗り込む。
するとそれはいつものように1階ではなく、1つ下の3階で機械仕掛けの箱が止まった。
「おおっ、ヒロキじゃんか。そっちも上がりか?」
「あー、うん。……結城くん、だっけか。お疲れさま」
「んだよ、他人行儀な。真白かシロでいいって。ドア閉めて1階っと」
「あー。なんか犬っぽいし、シロってピッタリだねえ」
「だろ? したら俺はヒロって呼ぶからよ。それより、晩メシは食ったか?」
「これからだねえ」
「なら、ラーメンでも食ってこうぜ。俺は野暮用があっから、飲みはまた今度になっけどよ」
「ラーメンかあ」
それなら値段も高くないだろうし、たまには外食もいいか。
「決まりだな。行こうぜ」
「歩き?」
「もちろん」
「りょーかい」
「気分は利しりって感じだなあ。ヒロはどこがいい?」
「まったくわかんないから、お任せで」
名前を言われても、僕はそれがラーメンの種類なのか店の名前なのかすらわからない。
お任せにするしかない。
「あいよ」
(セイ、フウカ。帰りにハンバーガーの持ち帰りでどう?)
(しゃーねーな。その条件で手を打つぜ)
(それかグローリー・ホールでタダで食べれるゴハンがいいのっ♪)
(んー。土日のバイトで財布の心配はあんまないし、アルバイト後にアルバイトするくらいなら、ホムラさんとアヤメさんの家で飲みたいなあ)
(グローリー・ホール、だっけ。あっこじゃ女子高生なんていねーもんな)
(でも完熟のOLさん人妻さんなんかはいるのっ♪)
(なるほど。悩むねえ)
ラーメンは、悪くない味だった。
ついでに頼んだチャーハンも。
今日もずうっと喋りっぱなしだったシロと別れて、まるで外国のような街並みを歩く。
人が多い。
そして騒がしい。
ネオンが多すぎて、目がチカチカしそう。
(ちょっと歩いただけなのに、まったく街の景色が違うねえ)
(これが歌舞伎町だよ、とーちゃん。天下の不夜城、ってヤツだ)
(ふうん)
お酒は好きだけど、飲み屋さんというのに入った経験はないし、別に行ってみたいとも思わない。
なので僕には縁のない街だからと足早に通り過ぎる途中で、思わず足を止めかけた。
気。
立ち昇るそれが見事すぎて、鬼斬りを抜きたくなる。
そんな人には、ひさしぶりに会った。
(おい、とーちゃん)
(だねえ。間違いなく能力者。それも、ハンパな腕じゃない)
(くたびれかけた風俗帰りのおじさんなのっ♪)
もし本社の管轄下にあるんならセックス免許持ちって事か。
(へへっ。咥えた爪楊枝をピコピコさせて挨拶してやがる)
(こっちも能力者だって見抜かれてるのかあ。腕だけじゃなく、目もいいんだねえ)
敵意はない。
こちらもそう知らせるため、男の人の爪楊枝が揺れた場所、頬の横を軽く掻いてみせる。
お互い雑踏に流されながら擦れ違う瞬間、その男の人はニヤリと笑った。
その横顔になぜか不吉なものを感じたけれど、僕になにができるはずもない。黙って、振り返りもせず足を進める。
「世間って広いや……」
夜宮さん、佐伯さん、どちらにも驚かされたけれど、まさか夜の街を歩いていてあの2人のような、もしかするとそれ以上かもしれない能力者と擦れ違うなんて。
(男で腕のいい能力者は、めちゃくちゃ少ねえらしいからなあ。棗かーちゃんか桃ねーちゃんに聞いたら、すぐにわかんじゃね?)
(そこまではしなくていいかな。いきなり稽古をお願いしたりもできないだろうし、そもそも本社の人間じゃないのかも)
(もしそーだとしたら、棗ママがお仕事で監視してるのっ。だから敵になったら、ととさまの出番なのっ♪)
(勝てるかなあ、今の僕で)
(セックスとアルバイトと勉強とセックス。こっち来てからそればっかで、修行なんてしてねえもんなあ)
(んだねえ。それに、実戦もご無沙汰だ。そりゃあ体も鈍るよねえ)
とりあえず佐伯さんに稽古をつけてもらおうか。
それから棗さんに、誰も受けたがらないような討伐依頼を回してもらって。
(ととさま)
(んー?)
(なんか、さっきから桃っちの様子が変なのっ)
(変って。なにがどういう風に?)
(焦ってカタカタしてたと思ったら目を閉じて泣きそうな顔して、またカタカタって。なんか変なのっ)
カタカタというのは、パソコンのキーボードを操作してるって事だろう。
あの桃さんが、金将に最も近い銀将とまで言われる電脳妖精が焦るって。いったいどんな状況なんだ。
(気になるけど、僕が口出ししていいのかなあ)
(とりあえず口出ししてみりゃいーじゃんか。いらねえなら桃ねーちゃんだから、そうハッキリ言うだろうし)
(あっ。でも、落ち着いたみたいでシャワー浴びに行ったのっ)
(なら大丈夫なのかなあ)
「あら、ひさしぶりね」
突然、そんな声がかけられる。
20代の中頃。
長い茶髪をウェーブさせた、仕事帰りのOLさん。
それも、かなりの美人。
(わぁい、夜ちゃんなの~っ♪)
「……夜宮さんでしたか。こんばんは」
「はい、こんばんは。こんな時間にこんな場所を歩いてるなんて、夜遊びでも覚えたのかしら」
「いえいえ。知り合いとラーメンを食べた帰りなんで。夜宮さんは、お酒でも飲みに?」
「残念ながら仕事中。しかも、それに失敗して帰社命令が出たトコ。嫌になっちゃうわ」
「夜宮さんほどの人が失敗って、まさかさっきの……」
「やっぱり擦れ違ってたのね。顔を、よく覚えておくといいわ」
本社の監察部、そこの責任者。
おそらくこの現代の日本で、最も多く能力者を『喰った』男の顔を。
そう耳元で囁かれ、僕はさっき感じた不吉な印象は間違っていなかったのだと知らされる。
「……覚えておきます」
「そうしてちょうだい。では、またね」
「はい。お疲れさまでした」
歩き去る夜宮さんを見送って、僕が歩いてきた方向に視線を移す。
最も上の等級である能力者、玉将級は日本全国で3人しかいない。しかも、全員が有名人。
その玉将をも喰らうとされる飛車角は僕の師匠でセイとフウカの母親、サラさんとアヤカさんのみ。
となると、さっきの男の人は金将級。おそらくだけど、夜宮さんと佐伯さんも。
「ホント、世間は広いなあ」
事務所のある雑居ビルの駐車場から4階を見上げると、明かりが漏れているのが見える。
もう一度事務所に戻って桃さんに手伝える事はないか聞こうかかなり迷ったけれど、僕は足をビルではなく、昨日届いたばかりの黒い車に向けた。
「よし、支社の地下で少し体を動かしていこう」
(ならとーちゃん、オレとセイはカラオケボックスで飲み食いしながら待ってていいかっ?)
(別にいいけど。カラオケなんて歌えるの?)
(練習なのっ♪)
(なるほどね。予算はぜんぶで1万円。それならいいよ)
(せめて2万!)
(ダーメ)