今日は金曜日。
それが関係しているのか、いつもより道が混んでいる。
車は魔法で外から見えなくなっているセイとフウカが後部座席で遊んでいられるから気に入っているけど、こうも道が混んでいるとかったるくって仕方がない。
比喩でもなんでもなく、歩いた方が速いくらいだから余計に。
「ごめん、セイ。桃さんに魔法で、いつもより少し遅れるって伝えてくれる?」
「はぁい」
これで安心。
でもこの様子じゃまだかかりそうだと、普段はほとんど吸わないタバコを咥えて火を点ける。
懐かしい香りが車内に充満すると、それだけで少し気分が和らぐ。
「かーちゃん達の吸ってたタバコのニオイでイライラが収まるとか、どんだけだよ。とーちゃん」
「こんだけだよ。にしても、進まないなあ」
「ととさま」
「ん?」
「道が混んでるのは、事故だからなのっ。そして桃っちが渋滞を回避するルートを教えるからそれで西新宿に向かって、今日は夜ちゃんの授業を支社で受けて帰りなさいって言ってるのっ」
「なるほど。了解、それとわざわざありがとうございますって伝えて」
「はぁい」
夜宮さんの授業。
となれば、昼から……
「スケベな顔んなってんぞ、とーちゃん」
「失礼な。学ぶ喜びに表情が緩んだだけだから」
「はいはい。でもま、やっぱ楽しみだよなあ」
「だねえ」
本音を言うと授業より討伐系の依頼を回してもらった方がうれしいけれど、東京くらい能力者が多いとそうもいかないのかな。
東京奠都と同時に、かなりの数の能力者の家がこの都に居を移したそうだし。
討伐でしか稼ぐ方法のない能力者と、討伐でも稼げる僕のような能力者。
依頼を回す先がその2つなら前者に渡って当然だし、そういう人から依頼を奪いたいとも思わない。
支社に着いてつい先日バイクを置いた駐輪場に併設された社員用の駐車場に車を入れると、掃除のおばさんが吸殻を拾い上げてから運転席の僕にペコリと頭を下げる。
セイとフウカに影に入ってもらってから車を降り、しっかり施錠して掃除のおばさんに歩み寄った。
「今日はよろしくお願いします、夜宮さん」
「あは。見抜くねー」
「さすがに、この状況なら」
つい先日のように雑踏の中でなら自信はないけど。
「よしよし。なら受付に回って、19番エレベーターを降りたら一般席じゃなく特別室の1号室に。そこで合流」
「やっぱりグローリー・ホールですか」
「せっかくあるんだから使い倒さないとね。あれ以上の訓練場なんてないんだし」
「了解です。では下で」
「うん」
この間もそうだったけれど、本当に僕なんかが社会人に、それもこんなビルに出入りするビジネスマンに見えるのかなとドキドキしながら受付で身分証を見せる。
「お待たせしました。19番エレベーターへどうぞ」
「ありがとうございます」
ホッとした気分で、ビルの最も奥にあるエレベーターに向かう。
19番は男性専用。それも、グローリー・ホールでアルバイトをする男の人だけが使うエレベーターだ。
「特別室っと。……あ、あったあった」
エレベーターを降りてすぐ目に入った案内板に従って辿り着いたのは、かなり豪華な部屋だった。
春休みにホムラさんとアヤメさんと行ったラブホテルより広い。
「やっほ」
「お待たせしました。豪華な部屋ですねえ」
「能力に目覚めたばかりの能力者が、ここにカンヅメにされたりもするからね。住み心地も良くないと」
「そっか。色事系の能力が制御できないと、外なんて歩けませんもんね」
「うん。昔の誰かさんみたいにね」
「あはは。棗さんあたりに聞いちゃいましたか。恥ずかしいなあ」
「子供は恥をかいて大人になるの」
「はあ。で、いちおう聞きますけど、どうして夜宮さんは女子高生に変化してるんですか?」
「生徒がマジメに授業を受けて成績も悪くなかったら、このカッコで好きなだけパコらせるために決まってるじゃん」
「よっしゃー! では、お願いします」
「うん。好きな飲み物を取ったら、そこのパソコンの前に座って。セイとフウカの分はこっちのソファーに」
「ありがとうございます」
グローリー・ホールは繁華街フロアの1面すべてが店舗となっている大きな店。
飲み屋さんであり、レストランであり、インターネット喫茶であり、ラブホテルであり、そして『大人の出会い』を提供するお店でもある。
なので僕が缶コーヒーを持って座った机にあるパソコンのモニターには、女の人の顔写真とプロフィールと希望するプレイ内容や時間、それと女の人が払う最低金額が並んでいた。
「ここは2回目?」
「ですね」
「前回はどんなだった?」
「えっと、30分の穴部屋ってのを1回。プレイルーム2時間を2回でした」
「穴部屋はどんなので?」
「僕が寝っ転がって、下半身がある向こうの部屋で女の人がすべてしてくれる形でしたね」
「受けの腰部屋ね。なら、最初は攻めの腰部屋に決定」
「はあ。よくわかんないですけど」
「ここ、今からオープンチャットに書き込むから見てて。この店はこれからの授業でも使うから、なるべく早く慣れてほしいの」
「わかりました」
いいニオイを振り撒きながら、夜宮さんがキーボードを打ち込む。
特別室1号。
研修のため男部屋に教師役同席、ゆえに完全遮音。
攻め腰部屋。
オプション応談可。
チン長、能力で自由自在。ちな10代。
そこまで夜宮さんが打ち込んだ瞬間、ぶわーっと文字が流れ出す。
「あは。がっつくねえ」
「な、なんなんですか。これ」
「チンポに群がる欲求不満な女達の心の叫び?」
「意味わかんないですって」
「あは。なら、説明してあげよう。……おほん」
特別室1号。
というのはそのまんま、この部屋に付いてる穴部屋を使うという意味。
研修のため男部屋に教師役同席、ゆえに完全遮音。
これは色事系の能力者の修行目的で相手を募集するので自動的に教材にされますよ、授業をしてるから貴方の声も男の子の声も相手方には聞こえないようにしますよ、となる。
攻め腰部屋。
これは男の子が動いて女の人を悦ばせる側に回って、それは女の人が腰から下だけを相手に任せて施される。
オプション応談可。
これもそのまんま、希望があれば聞きますよと。
チン長、能力で自由自在。ちな10代。
なんとチン長というのは男の肉棒のサイズの事で、それが自由に変えられるから、それとその男が10代だから一気に問い合わせなんかが来たらしい。
「穴部屋は一律30分コース。だからこんなのを追加すると、さらに希望者は増えるって訳」
「えっと。……射精1回保障。中出し、割れ目ぶっかけ、尻ぶっかけ、ふとももや足の甲も可。持ち帰りも可。わあ、ホントに文字の列が増えましたよ」
「とーぜん。そしたらこの中で気になったのに返信して、話を決めちゃって」
「ええっ!? な、内容を把握すらできる気がしないんですけど。文字も片手で、指1本でしか打てないし」
「あちゃー。なら、タイピングなんかは明日から練習してもらうとして」
「うええっ!?」
桃さんのとんでもないスピードを間近で見てるからか、練習したってできるようになれる気がしないんですけど。
「これなんかどう?」
「ええっと。……わ、すごい美人さんだ。アリアリ、ナシナシOK。生中希望。10万。まったく意味がわかりません」
「アリアリは男の子、キミがなにをしてもいいって事。スパンキングだろうがアナルセックスだろうが、ご自由にって。なにされても感じるからって事」
「おおっ」
「ナシナシは逆に男の子が特にサービスなんかせず、ただ穴に突っ込むだけでもいいよって意味。生中はそのままゴムなしで中出し希望って事で、その料金が10万円。どう?」
「最高ですけど、貰いすぎじゃありません? もっと安くってもいいのに」
30分で10万円って。
「いーのいーの。金持ち女だしね、この厚化粧は」
「はあ」
「そんじゃ返信して希望のサイズを聞くから、セイに調整してもらって」
「はい」
ラッキー。
なにしてもいいとか、ほんっとありがたい。
30分じゃ物足りないと思ってたけど、それならしっかり愉しめそうだ。
「には。講習なら次もあるのかって聞かれたから『授業の補足が終わり次第連続予定』って返信したら、オープンチャットが盛り上がる盛り上がる」
「あはは」
準備が終わって、夜宮さんとセイと僕とで、まるでトイレみたいに自然に配置されたドアを抜ける。
そこは本当に狭い、本棚とアダルトグッズの並んだ棚、それと壁際に小さなテーブルとスツールが置いてある小部屋。
でも僕はその小部屋で待っていた異常な光景に、思わず足を止めて乾いた笑いを漏らす。
壁からお尻が生えている。
それも全裸の。
こんな光景を見たら、笑うしかないじゃないか。
「にはは。じゃあ、まずはセイ」
「はいなのっ」
「時間はかけていい。30分の時間制限は、男が女に触れてからカウントされるんだ。相手もそれは知ってるから」
「はぁい」
セイが妖精形態になって、白い物体に接近してゆく。
この小部屋の異常な光景の大元、壁から生えている白くて大きなお尻に。
「ね、淫乱度とかの表示はされてる?」
「はい。いつも通りに。あの、セイはなにをしてるんです?」
「淫気の分析。漏れ出してる淫気から数値を計測するんじゃなく、その発生源の思考を覗き見る訓練だね」
「それって、かなり難しいんじゃ?」
「もちろん。でも、この子ならきっと大丈夫」
そうか。
これは僕への授業でもあるけれど、セイのための授業でもあるのか。
ありがたいな。
「なるほど。わざわざありがとうございます」
「なんのなんの。だからパパさん、あのデカ尻を舐めまくるのはもうちょっと待ってね」
「了解です。いくらでも待ちますよ」